魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」3

63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18:45:11.38 ID:I63MLpWkP

――冬の王宮

冬寂王「こ、こんなことになるとは」ぐったり
執事「若、大丈夫でございますか?」

冬寂王「強い氷酒をくれ。――いや、酒は自殺行為だな。
 茶をくれ。うんと濃くしたヤツだ」
執事「ははっ」

将官「王よ、次の一団が控えの間に」
冬寂王「うう、判った。五分だけ、五分だけ休憩をくれ」

執事「若、お茶でございます」

冬寂王「とんでもないことになってしまった」
執事「さようですなぁ。これはまったく」

 

ごちゃらぁ

冬寂王「早まった決断だったのだろうか」
執事「いえいえ、決断自体は決して」

冬寂王「しかしこの惨状では……」
執事「はぁ、いかんともしがたいですな」

71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18:53:04.67 ID:I63MLpWkP

冬寂王「まさか、あの協定でここまで書類や陳情、
 嘆願に取引が増えるとは」 執事「予想外でしたな」

冬寂王「そもそも税などと云うのは、
 春と秋の2回にわけて、地主が城の倉庫へ運んできて
 終わりだったではないか」
執事「さようで」

冬寂王「内政など、堤が切れたら賦役の発布し、
 軍を養い食わせる程度であったのに、
 ここまで仕事が増えるのか!?」

執事「南氷海の西側を通るルートと、港の使用権。
 それに商人から上がる税収に、移民の申請……。
 王一人で捌くのは無理がありますな」

冬寂王「そうだ。我が国の文官はどうした?
 税務官も居ただろうに」

執事「あまりの激務に一週間で倒れましたな。
 そもそも税務官など親子二人でやっていた仕事です。
 これは我が国も、中央の大国のように
 専用の役人を雇用しなければなりませんかなぁ」

将官「あのー。王? そろそろ次の商人を通して
 よろしいでしょうか?」

冬寂王「ええい、通せ!」

73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18:58:49.17 ID:I63MLpWkP

商人子弟「お初にお目にかかります、王よ!!」

ごちゃらぁ

冬寂王「おお、良く来たな、若き商人殿よ」
商人子弟「はぁ」

執事「こっちか?」 将官「その山は、探しました。こっちでは?」
冬寂王「それともこれか? 違うではないか!」

商人子弟「何を探しておられるのですか?」

冬寂王「ああ、すまんな。立て込んでいて。
 商人殿はニシンの交易であったか?
 商人殿があらかじめ出しておいた書状が届いていたはずなのだが
 確かここらに置いたと……それから今月の税の
 とりまとめも。すまぬ、取り紛れてしまって」

商人子弟「ああ、それなら」 すたすたすた

 

ひょい。

商人子弟「これですね。紹介状です。……税のとりまとめは」
 ひょい 「おそらく、この帳簿でしょう」
 ひょい 「嘆願書はこれ。今月分は、
 紐でまとめてあるようですね。几帳面だけど乱暴だなぁ」

78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:06:17.82 ID:I63MLpWkP

冬寂王「おお! 助かった。時間の節約になった」
執事「いやはや、毎日が戦争ですな」
将官「しかも乱戦気味です。消耗戦かも」

冬寂王「して、商人殿。ニシンであったかな?」
商人子弟「違います。僕は商人の家の三男坊でして
 ニシンを含む交易は次男の兄さんが、
 商会と金貸しは長男の兄さんが継いだせいで、
 仕事がないんですよ」

冬寂王「ふむふむ。それは大変だな。して、我が宮殿に
 どのような用件で参ったのだ?」

商人子弟「この紹介状を……」

「育てるのには飽きた。
 あとは浴びるほど仕事を与えて
 現場でこき使ってやってくれ。
        ――紅」

冬寂王「……」

商人子弟「この宮殿で小さな船でも貸してくれるなら
 僕も商売やら情報集めやらでお役に立てると思うんですよ。
 一応商人の家の子ですからね」 ほやん

冬寂王「ふむ。いや、良いところにきた。あははは」 がしっ
執事「この国は、有望な若者を歓迎しますぞ」 がしっ

82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:13:27.57 ID:I63MLpWkP

――開門都市、大通りの縁日

 

~♪ ~~♪

勇者「へぇ、随分賑やかだな」
東の砦将「ああ、思いつきの突貫企画にしちゃ、良い線行ってるな」

勇者「良い匂いだ」
東の砦将「こいつぁ、焼き豚だな?
 おい懐かしいな! おい、黒騎士。一切れ買おうぜ」

勇者「おう、そうしよう、そうしよう!」
東の砦将「冷たいエールもなっ」

人間商人「らっしゃい!」 勇者「その良く味の染みてそうなところを4切れくれ!」

人間商人「ほいよ! 金貨2枚で良いよ!」
勇者「そんなに安くていいのかい?」

人間商人「この祭りの販売物の仕入れは、
 半額は都市の委員会さんがもってくれるんだとさ。
 それで今日は大盤振る舞いって訳だ!」

勇者「そうだったのか~。うっわぁ、良い匂いだなぁ!」

人間商人「そりゃそうだ。この焼き豚は、砂丘の国の
 秘伝のスパイスで味付けしてあるんだから。
 兄ちゃん、良い買い物をしたよ!」

90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:22:34.47 ID:I63MLpWkP

東の砦将「エールをくれ、ジョッキで二杯だ!」
魔族商人「こりゃぁ、東の大将じゃねぇですか」

東の砦将「ああ、すまねぇな。邪魔をして」
魔族商人「いやいや、とんでもねぇ。二杯ですね?
 きゅっと冷えた所を出しますから、待っててくだせえよ」

東の砦将「たのんだぜ。……どうだい? 案配は」
魔族商人「盛況ですねぇ。打ち壊し団も、今日ばっかりは
 出ねぇと思いますよ。こんなに楽しい祭りなんだもの」

東の砦将「だといいがなぁ」
魔族商人「なんせ、戦いがないのが一番ですや。
 もうね、戦争はまっぴらごめんですよ。焼け出されるのも
 おわれるのも、そりゃぁ辛いもんでがしょう?」

東の砦将「ああ、誓ってそんなことには
 成らないようにするととっつぁんに約束するよ」

魔族商人「はははは! 人間の約束かぁ……。
 でも、将軍様のだもんな! この都市ならそれも
 ありかもしれないなぁ。ほら、二杯だよ! 冷たいよ!」

東の砦将「おお、酒手はここに置くぜっ」

93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:26:36.58 ID:I63MLpWkP

 

~♪ ~~♪

勇者「おー。大将、買ってきたぜ?」
東の砦将「こっちもエール仕入れてきたぞ」

勇者「食おう、食おう」
東の砦将「よしきた。くっはぁ! んめぇなぁ!」

勇者「この火傷しそうな所を噛みちぎって、じゅわーってのがな!」
東の砦将「そいつを、この冷たいエールで流し込むと!
 最高だな、おい。やっぱ食い物ってのはこうじゃなきゃ!」

 

~♪ ~~♪

火竜公女「ここにおったかや」
魔族娘「あ、あの……ここ、こ、こんばんわっ」

勇者「あ?」
東の砦将「出たよ」

火竜公女「出た、とはなんですか。
 視察も公務だと再三言っておいたではないですか。
 それをお二人でこっそりと」

勇者「べ、べつにこっそりって訳じゃないし」
東の砦将「なぁ? 部下にだって云ってきたし」
勇者「俺……部下居ない……」

98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:32:23.87 ID:I63MLpWkP

魔族娘「ご、ご、ご……あぅあぅ」

火竜公女「妾を振り切って出掛けるのがすでに
 やましさの証です、黒騎士殿っ!」

勇者「は、はいぃ?」

火竜公女「妾は黒騎士殿の妻なのです。
 なんて連れない態度なのですか?
 火竜の一族でも涙が大河となってしまいましょう」

勇者「妻じゃないです」

火竜公女「そのような手練手管を用いずとも
 妾の心も身体も、我が君の物」

勇者「俺のじゃないしっ。何の関係もしてませんしっ」

魔族娘「ご、ご、ご。ごめんなさいっ」

勇者「いや、魔族娘は悪くないから」
魔族娘「いえ、その……黒騎士様が、出掛けたの……
 その……云ってしまった……ので、その
 ご、ごめんなさい」

勇者「まぁ、どっちにしろ、すぐばれたよ。うん」 がくり

104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:39:47.33 ID:I63MLpWkP

 

~♪ ~~♪

東の砦将「それにしても、着飾ってるじゃないか?」

火竜公女「当然です。……だって東の砦将様が、
 “縁日って云えば、庶民の娘も着飾ってくる”って
 仰ったんじゃありませんか?」

勇者「でも、ちょっと布すくなくね?」

東の砦将「ははは! そうだそうだ、云ったんだっけ。
 それになんだなぁ、見ようによっては、東の衣装に
 似て無くもないような、奇天烈なような……」

火竜公女「急いでしらべさせたのですよ。
 仕立てさせるのに手間がかかりましたが」

勇者「俺スルー……」

魔族娘「ううう、なんか、みなさんが……その……
 み、見てるような……」

東の砦将「おお、魔族の嬢ちゃんも可愛い格好させてもらって」

火竜公女「この娘に着替えさせるのに手間取ったのですわ。
 まったくとんだ愚図ですこと」

魔族娘「す、す、すみません……その、ごめんなさい」

106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:45:50.35 ID:I63MLpWkP

火竜公女「いいえ。良いんですっ」
魔族娘 びくっ

火竜公女「たかが下女とは云っても我が君に仕える以上
 最低限この程度、と云うたしなみと
 美麗さが必要なのです。
 だいたい、魔族の未婚の女性が
 肉体を誇示しなくてどうしますっ!」

魔族娘「それは竜族のことであって……ごにょごにょ……」

火竜公女「魔族の常識ですっ」
魔族娘「ひゃ、ひゃ……ひゃいっ!」

  

勇者「おー。焼き馬鈴薯だよ、こんなとこまで」
  東の砦将「あれはこのあたりの食い物だぞ」
  勇者「そういえば魔界原産だったっけ。食うか?」
  東の砦将「食おう、食おう! 美味いぞ!」

火竜公女「我が君?」

  

勇者「美味いな、バターが最高だな!」
  東の砦将「だろう? このまろやかな岩塩がな」

火竜公女「わ が き み っ!!」

勇者「はいっ!?」

109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:53:09.65 ID:I63MLpWkP

火竜公女「いかがです?」 くるんっ

勇者「いかがって? 良い縁日だな」

火竜公女「いかがでしょう?」 ふわり、くるんっ
魔族娘「ご、ご、ごめんなさい、黒騎士様」

勇者「美味いぞ、馬鈴薯食うか?」

火竜公女「い、い、いかがですか!?」 くるんっ

  

勇者「えーと」
  東の砦将(小声)「おい、その、あんだろ、もうちょっとこう」
  勇者(小声)「へ?」
  東の砦将(小声)「服褒めるとかさ」

火竜公女 ゴゴゴゴゴ

勇者「あー、うん! よく似合ってるぞっ。
 公女はスタイルが良いからどんな服でも似合うけれど、
 今日のは異国情緒が合って素敵だな!
 ……その、ちょっと露出が多いような
 気がしないでもないが、祭りだしな!」

  

東の砦将「あ、馬鹿。それは褒めすぎだ、知らんからなっ」

火竜公女「そ、そ、そうですかっ!? 我が君っ!
 妾はっ。妾は三国一の果報者でございます!」

123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:04:29.19 ID:I63MLpWkP

――冬越しの村、魔王の屋敷、執務室

魔王「ふむ……」
メイド長「今月に入って、もう2度ですから」

魔王「間隔も短くなってきているな」
メイド長「ええ、限界かと……」

魔王「あと、どれくらい余裕がある?」
メイド長「早ければ、早いに越したことはありませんが。
 そうですね……一週間程度なら」

魔王「よかろう。一週間後だ」
メイド長「……心中、お察しいたします」

魔王「いや、なに。二年近くだ。良くもったものさ。
 いずれこの日が来るとは判っていた」

メイド長「はいっ」

魔王「冥府宮に我が寝台を運ばせておけ」
メイド長「承りました」

魔王「人間界の仕事の後始末を急がねばな」
メイド長「はい」
魔王「そのような顔をするな」
メイド長「……」

魔王「すぐに戻れる。すぐにまた会えるさ」

128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:12:48.73 ID:I63MLpWkP

――鉄の国、郊外の丘の上

しゅいんっ!

魔王「ふぅ、こちらはまだ空気が湿っているな」
メイド姉「頭の中がくわんくわんします……」
勇者「大丈夫か」

メイド姉「は、はい……」
魔王「無理はせず、大きく息を吸え」

勇者「考えてみたら転移呪文は初体験だったな」

メイド姉「はい。なんだか、目眩みたいで……。
 ふぅ、もう大丈夫です」

魔王「転移酔いだな、仕方がない」
勇者「ゆっくり歩けば、回復するだろう」

 

ざっ、ざくっ、ざくっ

魔王「街までは、20分と云うところか」
勇者「そんなもんかな」

メイド姉「あれが鉄の国の都ですか! 大きいですねぇ!」
魔王「うむ、煙がたなびいているだろう?
 数多くの工房が並んでおるのだ」

132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:18:25.84 ID:I63MLpWkP

勇者「それにしても、今日は何の仕事なんだ?」
魔王「ああ、頼んでおいた機械の試作が出来たそうでな」

勇者「見に来たのか? メイド姉も?」

魔王「最近、わたしの仕事を色々教えておるのだ。
 貴族よりも商人よりも筋が良いぞ」

メイド姉「そんなこと、ないです……」

魔王「ほれ、市街地に入るぞ」

 

門衛「止まれ!」
 門衛「どこからやってきた、商人か?」
 魔王「冬の国の学者だ。これが身分証明」

 

門衛「冬の国の国王印。そうでしたか! どうぞっ!」

魔王「身分も、役に立つものだな」
勇者「面倒がないのはありがたいよ、ほんと」
メイド姉「すごいですねぇ! 家がみんな石で出来てますよ?」

魔王「こらこら、上ばかり見ては危ないぞ」

135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:23:40.86 ID:I63MLpWkP

勇者「で、どこへ行くんだ?」
メイド姉「どこでしょう?」

魔王「うむ、判らん」
勇者「なんだよ、頼りないな。手紙を見せろよ」
魔王「これだ」 ぺらっ

勇者「ああ、これは川沿いの職人街だな」
メイド姉「お詳しいのですね!」

勇者「勇者は風来坊だからな、色んな街でもめ事を
 解決する旅だから地理だけは詳しくなるんだよ」

メイド姉「すごい特技ですよ」
魔王「わたしの物だからな。ふふんっ」
勇者「はいはい」

魔王「ほほう、あれは鉄か? こちらの工房では、銀細工か」
勇者「興味津々だな」

魔王「現場を見るのは初めてだからな」

勇者「今日は、何の工房にいくんだ? 武器か、農具か?」

魔王「工房自体は、銅の鋳造を行っている工房だ。
 だが武器でも農具でもないな」

141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:28:42.95 ID:I63MLpWkP

魔王「勇者とは以前、教育について話したことがあったな」
勇者「ああ、そうだな」
メイド姉「……」

魔王「わたしは、教育はこの世界においてもっともっと
 大きな力を持っているのじゃないかと思う」
勇者「……ふむ」

魔王「本当の世界の広さは誰にも判らないほど広いのだ。
 それを人間は……魂ある存在は、己の常識や、知識に
 当てはめて知ったつもりになる」

勇者「それは、覚えがあるなぁ。
 自分のやり方しかないと思い込んだり、
 自分が正しいと思い込んだり」

メイド姉「はい……」

魔王「それらの闇を払うには、教育が必要だ。
 しかも、教育がより重要である理由は
 “教育が重要であるという事実”も教育がないと
 理解されないという点にある」

勇者「ん? ちょっと難しいぞ」

144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:39:19.79 ID:I63MLpWkP

メイド姉「それは、そうなんです」
勇者「判るのか? メイド姉は?」

メイド姉「はい。そのぅ……
 たとえば、農奴は、教育が、つまり知識が少なくて
 “もっと良い世界がある”事もよく判ってないんです。
 だからずっと貧しいんです」

勇者「でも、地主だのなんだのは良い生活してるだろ?
 そういうの見てるじゃないか」

メイド姉「でも、“そっちに行く方法”が判らないんです。
 ううん、正確には“そっちに行けるかもしれない”って
 事すらも判らないんです」

勇者「……」
魔王「……」

メイド姉「それは、とても不幸なことです。
 だからわたしには当主様の話はよく判ります」

勇者「そっか……」

154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:49:05.09 ID:I63MLpWkP

魔王「さて、そんな風に重要な教育だが、
 重大な欠点というか、弱点がある。判るか?」

勇者「なんだろう? なぁ?」
メイド姉「判りませんね……」

魔王「それは、速度が遅いと云うことだ。
 一人の人間が持つ知識を他の一人に伝えるのには
 莫大な時間がかかる。
 しかも、同時に多数の人間に伝えるのには限界がある。
 もし仮に、一人の教師が自分と同等の生徒一人を
 育てるのに一生の時間がかかるならば、
 知識を持っている人間は増えないことになるではないか」

勇者「あー。まぁ、云われてみればそうだなぁ」

メイド姉「でも、知識は尊い物ですからそれも仕方ないの
 ではないでしょうか? 当主様を学べば学ぶほど、
 追いつける気がしませんし……」

魔王「それもまた、勝手に思い込んだ限界だ」

勇者「そう、なのか?」

159 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:53:49.16 ID:I63MLpWkP

――鉄の国、職人街、大型工房

がちゃり

職人長「やぁ。これは学士様! 長旅、お疲れになったでしょう!」
魔王「世話になっているな、職人長」

職人長「いやなんの! この年齢になって
 まだこんなに面白い仕事をくださるなんて、
 みなの意気も上がっておりますよ」

メイド姉「広い工房ですね!」
職人長「ああ、あまり歩き回ると危険ですよ、お嬢さん」

 

プシュー!!

職人長「熱い蒸気なども使っていますからね!」
メイド姉「はいっ」

職人長「さて、お疲れでしょう。お茶でも入れますので、
 裏の屋敷の方にでも……」
魔王「いや、結構。何よりも、まずは試作品を見たい」

職人長「あははは。冬の国で話したときと
 その性急さは変わりませんなぁ! さぁ、お連れ様も
 こちらへどうぞ。専用の倉庫を設けたのですよ」

162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:57:58.44 ID:I63MLpWkP

魔王「これか!」
勇者「でかいなぁ!」

メイド姉「これは、なんですか……?
 脱穀機に似ているような、もっと大きなような……」

職人長「外側は仮組ですから、
 どうしても大きくなってしまいました。
 もっとも本体は小さい物です。巨大に見えるのは、
 ある種の棚というか、倉庫ですね」

勇者「倉庫?」
職人長「いらっしゃい」

 

カツン、カツン、カツン

メイド姉「引き出しと、棚がすごい数ですね」
職人長「これが入っているんですよ」 コロンッ

勇者「これは、印章?」
メイド姉「ハンコですか?」

職人長「ええ、『活字』と呼んでいます」
魔王「これが、私たちの新しい武器さ」

職人長「活版印刷機と名付けました」

169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:03:57.87 ID:I63MLpWkP

――冬越しの村、魔王の屋敷、深夜の廊下

女騎士「……」じぃぃっ
魔王「……」じぃっ

女騎士「な、なんで、こ、こんなところにっ」
魔王「それはこちらの台詞だ」

女騎士「いや、その洗面所はどこかなぁと」
魔王「洗面所は廊下の反対だ」

女騎士「大体、魔王は何でこんな所に?」
魔王「そっ、それはだな」

女騎士「それは?」

魔王「ええい、なんだ!
 女騎士のその白いふりふりの寝間着は!
 これは、き、き、絹ではないかっ!!??」

女騎士「いいではないか、人が何を着ようとっ!」

魔王「良くはないぞっ。そんなもの」

女騎士「それを言うなら、魔王は何で枕を抱えているんだっ」

177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:10:37.74 ID:I63MLpWkP

魔王「……それはその」じりじり
女騎士「そこ、ドアににじり寄るんじゃない」

魔王「べつにそんなことはしていない」
女騎士「勇者の部屋にこんな夜更けに行くつもりなのか?」

魔王「か、かまわないではないか。夜の茶会だ」
女騎士「それならこっちだって夜のお茶会決行だっ」

魔王「どこの世界に絹の寝間着で男の部屋に
 尋ねるお茶会があるのだ! この馬鹿!」

女騎士「枕持参でお茶会と言い切る馬鹿よりは
 まだましな馬鹿だ!」

魔王「うむ。あー、こほん。女騎士」
女騎士「なに?」

魔王「わたしは女騎士を人間界で
 ほとんど唯一の友達だと思っている……」

女騎士「……うん、そうだね。魔王」

魔王「だから見逃してくれ」
女騎士「それはダメ」

186 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:15:46.92 ID:I63MLpWkP

魔王「後生だ。事情があるのだ」
女騎士「こっちだって事情があるの」

魔王「どんな?」
女騎士「これだっ」 ばっ!

魔王「なになに? 『我が君への永久の忠誠を誓って』?
 これは女物のハンカチではないか……。
 え? ええっ!?」

女騎士「そうだ、あんの火竜公女だ。
 こっちがなんやかやの仕事で忙殺されていると思って、
 こんな粉かけるとは喧嘩を売るにもほどがある」ゴゴゴ

魔王「確かに……」ゴゴゴ

女騎士「そういう訳なので、今宵の私は退くに退けん。
 愛剣・神性惨殺も血に飢えている」

魔王「どんな事情だ! こちらだって、残り数日のっ」
女騎士「?」

魔王「いや、なんでもない。とにかく、こちらも退けないっ」

メイド長「それでは私めが」

魔王・女騎士「え?」

193 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:24:27.59 ID:I63MLpWkP

魔王・女騎士「えぇっ!?」

メイド長「夜伽でしょう?
 そんなことでもめるなんてはしたないですわ。
 不肖、私がお務めさせて頂きます。
 それで角が立たないでしょう?」

魔王「なんて事を云うんだメイド長!?」
女騎士「まったくだ、なんて横暴なんだ! 恥を知れっ!」

メイド長「だいたい未経験者の相手なのですから
 そんなにぴりぴりした気持ちで居てどうします?
 成功もおぼつきませんよ。
 こんな時こそ包容力と寛容の精神が必要なのです。
 閨房で殿方を甘えさせられなければ一人前とはいえますまい」

魔王「それは、そうかもしれんが……」
女騎士「たしかに婦女としてはずべきであった」

メイド長「ではちゃっちゃと済ませてきますので、
 そこで待っててくださいますね」

魔王「それとこれとを一緒にするなぁ!」
女騎士「それは騎士として諾とは云えないぞ!!」

メイド長「では、廊下でなんか騒がないで
 お二人で。いえ、三人で仲良くしてください」 にこりっ

     

がちゃ! ポポイッ!

199 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:29:42.50 ID:I63MLpWkP

――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋

ごろごろごろ、ズテン!

魔王・女騎士「ふぎゃっ!!」

勇者「……なにやってるんだ? お前ら」

女騎士「いや、その。こ、これはな! 事情があるんだ」

魔王「うむ、話せば長い事ながら深くやむにやまれぬ事情が
 あるのだ知っての通り世界情勢は混迷を極め我らが立場も
 また深い迷夢の中と言って良いというこの時期にだな」

女騎士「他人の錯乱を目にするとちょっと落ち着くな」

魔王「つまり、今後の展望と展開を踏まえた思索の果てに
 光明を見いだすべき勇者と我らが腹を割って話すことこ
 そが今もっとも求められていることなのではないか?
 たしかにぷにぷにと云われるリスクはあるのだが、
 我らはそろそろ次のステップを踏むべきなのではないかと」

勇者「落ち着け」 スコン!

魔王「ぐっ!」

203 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:34:04.82 ID:I63MLpWkP

勇者「で、要約するとどういう事なんだ」

魔王「……」ちらっ
女騎士「……」ちらっ

勇者「アイコンタクトとってんじゃねぇよ」

魔王「ではタイムだ」
勇者「は?」

魔王「あちらで作戦会議をするから、聞くなよ?」
勇者「はぁぁー?」

 

こそこそっ

女騎士「作戦ってどんな作戦があるんだ」

魔王「これでも私は話し合いの魔王なのだ。
 交渉は我が領域。話し合いで決着をつけよう」

女騎士「どんな?」

魔王「上は私で下が女騎士でどうだろう」
女騎士「どこの変態なのだっ。魔王はっ!?」

   

勇者「ひまだなぁ」

209 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:38:10.54 ID:I63MLpWkP

魔王「変態とは何だ? ベッドの上下だ」
女騎士「そ、そうか。済まない、誤解した」

魔王「それでいいか?」
女騎士「ちょっとまって、勇者は?」

魔王「ベッドの上に決まってる」
女騎士「私だけ下じゃないか、どこのいじめだ!」

魔王「だめか、ではタイムシェアリングはどうだ?」
女騎士「たいむしえあ? なにそれ?」

魔王「時間によって案件を共有するのだ」
女騎士「マシそうな提案ね」
魔王「生産性向上のための基礎知識だ」

女騎士「で、具体的には?」
魔王「勇者のベッドを陽のある間は女騎士が、
 陽が落ちてからは私が使う」

女騎士「魔王だけ勇者つきではないかっ!?」

  

勇者「なんか小腹へってきたし」

216 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:46:44.50 ID:I63MLpWkP

――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋

勇者「なんだこの状況は。何が起きてるんだ!?」

魔王「交渉とは妥協の婉曲な表現でもある。
 その現実の哀しい写し絵だ」

女騎士「私だって不本意だ。しかし、しかたない。
 “パンが一つ無いときは半分で感謝しなければならない”
 そうお祖母ちゃんも云っていた」

勇者「すげぇ粗末な扱いだよなぁ、俺」

魔王「何を言うんだ! 両手に女を抱えて!!
 まさか、勇者。……ふ、ふ、不満なのか」

女騎士「火竜のなんとかの方が良いって
 云うんじゃないでしょうね!?」

勇者「いや、そうじゃなくてっ」
魔王「ぷ、ぷにぷにだからダメなのか!? 駄肉だからか!?
 勇者は私の所有契約なのだぞ」むぎゅっむぎゅっ

女騎士「胸がないとだめなのかっ!?
 そんな腐った肉がいいのか?
 乙女の最上級は清らかさだぞっ。
 神に捧げられた純潔の方がいいに決まってるっ」すりすり

勇者「ううう、なんでだよう。なんでこうなんだよ」

230 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:52:09.48 ID:I63MLpWkP

魔王「むぅ。このままではメイド長のいうとおりだ」
女騎士「……腹立たしいけど、そうだな」
魔王「一次休戦だ」
女騎士「心得た」

勇者「いつも俺の頭越しに会談がまとまるよ」

魔王「頭越しではないぞ? こうやって耳元で横になっている」
女騎士「うむ、肩に頭をもたせかけているだけだ」

勇者「……」びくびく

魔王「勇者は緊張しているのか?」
女騎士「自分の寝床なんだからそんなことはないだろう」

勇者(緊張してるよっ! しないわけないだろがっ!?)

魔王「まあ落ち着け」
女騎士「うん、戦場では冷静が生死を分けるぞ」

勇者(絶体絶命だ!)

魔王「暖かいなぁ! もふもふだ!」
女騎士「うむ、意外なほどに寝心地が良いな」

241 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:02:03.90 ID:I63MLpWkP

勇者「……すー……すー」
魔王「寝たのか? 勇者」

女騎士「かもしれないな。疲れているのだろうし」

勇者(寝れるかっ。この状況下で寝れる童貞が居たら
 俺が全部雷撃魔法で電気椅子にしてやるわっ!!)

魔王「勇者の髪は、もふもふだ」
女騎士「うん、大きな犬みたいだね」

魔王「この髪を触るのが好きなのだ。
 勇者の髪を整えているのはわたしなのだぞ?」
女騎士「わたしの方が付き合いは長いから。そんなの知ってる」

勇者「……すー……すー」

勇者(だ、だめだ。寝たふりをするしかない。
 精神を鎮めるんだ!! 高まれ俺の魂!)

魔王「……」
女騎士「……」なで、なで

魔王「なぁ、女騎士」

女騎士「なに?」

249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:08:26.33 ID:I63MLpWkP

魔王「わたしは、来週にでも魔界へ帰る」
女騎士「へ?」
勇者(え?)

魔王「いや、なに。魔王の免許更新のようなものでな」
女騎士「免許? 免状みたいなもの?」
魔王「そうだ」
女騎士「そっか……。すぐ帰ってくるの?」

魔王「いや、どうかな。早くて数ヶ月はかかると思う」
女騎士「何かあるの? 魔王……躊躇ってるよね?」

魔王「いや迷いはない。仕方ないことだ。
 魔王というのは、何というか……。
 魔王以外には上手く説明できないこともあってな。
 代々の魔王の墓があるんだが、そこへ詣らないといけない」

女騎士「……」

魔王「それに、魔界にはたくさんの氏族があるが、
 それらの多くは人間界侵攻に賛成なのだ。
 今戦争が小康状態なのは、魔王であるわたしが
 勇者と相打ちになり怪我の療養をしているという話に
 なっている事が大きい。
 そろそろ姿を見せて、魔族の心をまとめなければ、
 かえって暴走した一部の氏族が勝手に戦争を再開する
 かもしれない」

251 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:21:00.90 ID:I63MLpWkP

女騎士「でも、それなら……」
勇者(……)

魔王「ん?」 女騎士「魔王は、魔界で戦争賛成派のまっただ中に
 取り残されることになるんじゃないのか?
 それはすごく危険なように聞こえる」

勇者(……)

魔王「わたしの専門は経済、すなわち交渉だ。
 そこまで酷いことにはならないさ。だいたい金も
 食料も無しで戦争を続けられる生き物なんて居ないよ」

女騎士「しかし誰か連れてった方が良いだろう?
 その……。勇者とか。なんならわたしが行こうかっ」

魔王「いや……」なで……
女騎士「……」

魔王「いいんだ。魔王の墓は、冥府殿というのだが、
 そこにはどうせわたし以外は誰も入れないのだ。
 ついてきて貰うには及ばない。一人で行く」

253 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:23:31.94 ID:I63MLpWkP

女騎士「そう……なのか……」
魔王「うん、だから、ちょっとだけ勇者の体温が欲しくてな」

勇者(……)

魔王「駄々をこねてしまった。許されよ」
女騎士「いや……」

魔王「もちろんメイド長はつれてゆく。身を守る程度なら
 二人でどうとでもなる」
女騎士「そうか」 ほっ

魔王「こちらの世界のことは、書類を残してゆくし、
 馬鈴薯や農業については女騎士も知っての通りだ」

女騎士「うん、修道会に任せて欲しい」

魔王「『同盟』に頼んだニシンも届こう。
 そろそろ風車の代金や新型羅針盤の契約料も入ってくるはずだ。
 これらの利益管理も『同盟』に依頼してある。
 必要なときは相談してくれ」
女騎士「承知した」

魔王「細かいことはみな、メイド姉に教えてある。
 そして……。
 勇者のことを頼む」

女騎士「わかった。――その命、この剣に賭けて守ろう」

366 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:37:01.74 ID:CkBATQ0gP

――冬越し村、魔王の屋敷、執務室

魔王「さて」
メイド姉「はい」
メイド妹「はーい」

魔王「大体飲み込めたか?」
メイド姉「判りました」
メイド妹「よくわかんない」

メイド長「妹は、お姉さんの云うことをちゃんと聞いて
 毎日のやることをこなしていくんですよ?」

メイド妹「はーい!」
メイド長「語尾を不必要に伸ばさない」

メイド妹「は、はいっ」

魔王「なに、気負うことはない」

勇者「やはり長引きそうか?」

魔王「メイド長の手の者に調べて貰っているが、
 氏族の長の中には頑固者も居るからな。
 人間世界が宝の山に見えている者も居るだろうし。
 何を考えているやら……。
 そんなものは、隣の芝生に過ぎないのだが」

370 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:42:05.60 ID:CkBATQ0gP

勇者「やっぱり俺も行くべきじゃないか?」

魔王「一人で行く」

勇者「……」

魔王「そのような顔をするな。
 どちらにせよこれは魔王の仕事なんだ。
 魔王でなければ出来ないこともする。
 約束する、無理はしない」

メイド長「わたしがまおー様のことは守りますわ」
魔王「うん、メイド長が居るからな」

勇者「……」

魔王「それに、この世界のことだって心配だ。
 南部諸王国は安定してきたし、農業改革も順調だとは云えるが
 聞いた話だと、白夜王国は政情不安定になってきていると
 云うじゃないか」

勇者「らしいな」

魔王「わたしがこの世で一番信頼しているのは、勇者だ。
 何せわたしの持ち主だからな」

372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:47:53.84 ID:CkBATQ0gP

魔王「だから、この場所に勇者を残していくのは、
 心強いことなんだ。
 前回は勇者が魔界に行って、わたしは残った。
 農業改革や技術指導は、わたしにしか出来なかったからだ。
 だが、今回は違う。
 開門都市の件で勇者がもうただの戦士じゃないことは判っている。
 もう一人のわたしだ。
 だから、ここを任せる」

勇者「……判った」

魔王「それから、メイド姉」
メイド姉「はい」

魔王「これを預けよう」
メイド姉「指輪、ですか?」

魔王「ああ、知り合いの地妖精に作らせたんだ。
 大したことはないが、姿変えの幻術が仕込んである。
 幻術だから声や仕草はどうにもならないが、
 わたしの姿になれるぞ」

メイド姉「どういうことでしょう?」

魔王「商人からの代金の受け取りや、尋ねてきた客人
と  会わなければならないときもあろう?
 大抵は勇者がうまくやってくれるだろうが、
 どうしても必要なときは、この指輪でわたしの替え玉を
 やってくれ」

373 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:53:26.57 ID:CkBATQ0gP

メイド姉「判りました」
メイド妹「当主のおねーちゃん!」

魔王「ん、なんだ?」

メイド妹「おみやげ。ね♪」にぱ
メイド長「これ!」

魔王「あははは。うん、何か見繕ってこよう」

勇者「……」

メイド姉「無事のお帰りを祈っております」
メイド妹「お祈りしてるー!」

魔王「うむ。早ければ三ヶ月、長くても半年といったところか」
メイド長「おなかを出して寝ちゃいけませんよ?」

メイド姉「いってらっしゃいませ」
メイド妹「いってらっしゃーい♪」

しゅいんっ!

376 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:57:38.85 ID:CkBATQ0gP

――開門都市、街外れ

ひゅわんっ!

魔王「やはり勇者の転移魔法は便利だな」
勇者「運び屋は任せてくれよ」
メイド長「まおー様のよりずっと転移酔いが少ないですね」

魔王「うん、久しぶりの魔界だ!」
メイド長「そうですね、緑色の太陽。懐かしいですわ」

魔王「ここは――うん。大体判った、都市の南の外れだな」
勇者「そうだ、丘を下れば開門都市の南門に出る」

魔王「よし、ではここでお別れだ」
勇者「いや、街までは送るよ」

魔王「いいや、ダメだ。勇者は街に近づくな」
勇者「へ?」

魔王「と、とにかく禁止だ。
 ……そんな、そのぅ。火竜の小娘に会いに行かなくても……」
勇者「?」

魔王「ええい。勇者!」
勇者「おう?」

魔王「もふもふさせろ!」 わしゃわしゃ!

378 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:03:27.05 ID:CkBATQ0gP

勇者「なっ、なんだよいきなり!」
メイド長「あらあら、まぁまぁ」

魔王「なぁに。ちょっとした燃料補給だ」
勇者「――大丈夫なのか?」
魔王「勇者は心配性だな。男が廃るぞ」
勇者「とは云ってもなぁ」

魔王「大丈夫だ。今エネルギーを貰ったからな。
 先代たちが束になってかかってきたところで
 負ける気はしない」

勇者「……」

魔王「それに、やっとここまで来た。
 わたしにも開門都市の明るい空気が感じられるぞ。
 人間と魔族が一緒に暮らしている街があるじゃないか。
 もう、丘の頂上は見え始めているんだ」
勇者「ああ、そうだな」

魔王「だから行ってくるぞ――わたしの勇者」
勇者「おう、いってきやがれ。――俺の魔王」

魔王・勇者「「また会おう、すぐにでも」」

383 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:07:45.08 ID:CkBATQ0gP

――冬越し村、実りの秋

小さな村人「ほーうぃ! ほーうぃ!」
中年の村人「おんや、こんにちはぁ」
羊毛職人「こんにちはぁ!」

小さな村人「きょうは一杯だぁね、どうするんだい?」
羊毛職人「ああ、もう秋だからねぇ。チーズの仕込みをしないと」

小さな村人「ああ、そうかぁ。今年はどんな案配だい?」
中年の村人「アーモンド入りのは作るだか?」

羊毛職人「良いよぉ、ミルクの出も良いし。
 もちろんアーモンド入りのも作るだぁよ。
 クローバーの葉をたっぷり食べてるせいかなぁ。
 今年のミルクは、すごく甘いだよ」

小さな村人「そりゃぁ、良いことを聞いただよ」
中年の村人「小麦か馬鈴薯ととりかえてくれるだか?」
羊毛職人「もちろんだよ。銀貨でもかまわないよ?」

小さな村人「そういや、銀貨も使うようになっだぁね」
中年の村人「そうだなや。うちは埋めて貯めてるだよ」
羊毛職人「あんれまぁ。そうだね、用心せんとね」

386 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:11:55.63 ID:CkBATQ0gP

小さな村人「こっちは馬鈴薯の畑に、灰と魚カスを撒くだよ」
中年の村人「撒くのかい?」
羊毛職人「魚カスってなんだべ?」

小さな村人「教会で教えて貰った、肥料だなや。
 大地の恵みが弱らないように撒くと良いらしいだよ」

中年の村人「でも、お金がかかるんがなぁ」
羊毛職人「そうなのかぁ」

小さな村人「まぁ、でも、たいした金額じゃねぇさ。
 修道士様が教えてくれた馬鈴薯で作った金だ。
 その修道院にお返ししたって罰は当たらないべ」

中年の村人「そりゃ、そうかもしれんなぁ」

小さな村人「それに、撒かないと馬鈴薯は病気に
 なりやすいっていうべさ。うちんとこは小麦の畑は
 減らしたから、馬鈴薯病気になったら困っちまう」

中年の村人「そうか、そうか。おらんとこも撒くかなぁ」

羊毛職人「おらは、自分の腹にニシン詰めてぇな」
小さな村人「あははは! 酒場でバター焼きを詰めるべ」
中年の村人「ああ、そりゃいいだなや!」

羊毛職人「チーズが一杯売れたら考えるだぁよ」
小さな村人「そうすべなぁ!」

387 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:17:57.20 ID:CkBATQ0gP

――聖王都、貴族院

 

がやがやがや

軍閥貴族「――開門都市を放棄して――」
富裕貴族「おめおめと――退却――とは」
司教「精霊の――にも――処罰――」

軍閥貴族「さすがは――弱腰の貴族――」
富裕貴族「――妾腹――な」
司教「王国臣民――100万の――」

軍閥貴族「この罰――」
富裕貴族「極刑――磔刑――」
司教「塩――すりこみ――焼きごて――」

 

がやがやがや

軍閥貴族「判決を――」
富裕貴族「いや、いまこそ――軍事法廷――」
司教「しかるべき――宗教裁判――」

軍閥貴族「敵前逃亡――任務放棄――」
富裕貴族「王国に対する裏切り――利敵行為――」
司教「神聖冒涜――」

392 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:23:15.26 ID:CkBATQ0gP

司令官「ちがうのだ! 居並ぶ王国重鎮の方々!
 聖なる光の精霊教会の方々! 我は決して決して
 王国を裏切ったわけではないっ!」

軍閥貴族「何を言う! あの開門都市を落とすのにどれだけ
 血が流れたか判っているのかっ!」

富裕貴族「二年ですぞ! 二年の準備期間と、多額の戦費。
 それこそこの大陸を搾り取るように作った戦費を浪費した
 あの第2回遠征の全てを、貴公は無にされた!」

司教「魔界を光の教えに導くのが精霊様のご意志だったのです。
 あなたは教会信徒9500万人の願いと希望を侮辱なされた」

司令官「違うっ! そ、そ、そうだ!
 わ、われは逃げたわけでは無い。
 そっ、そうだ。援軍に向かったまで! 我は決して逃げてなど」

軍閥貴族「黙れ、怯懦の輩がっ!」

司令官「あのとき、開門都市は恐ろしい敵の攻撃に
 晒されていたのだっ。戦略上の決断は司令官の権限だっ」

軍閥貴族「ふんっ」

司教「ではどのような敵だというのです」

396 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:29:51.24 ID:CkBATQ0gP

司令官「そ、それは……水と、炎と……影と、死の魔物……」
軍閥貴族「見たのか?」

司令官「姿を見ることが出来るような相手ではないのだっ。
 夜陰の乗じた卑怯な奇襲が繰り返され、我が部下達は次々と
 倒れていった! け、警備体制は崩壊し、士気は減衰。
 と、とても統治を維持できるような状態ではなかったっ。
 そ、そうだ!
 反乱だ! 反乱も起きたっ!」

軍閥貴族「ほほう」

司令官「魔族どもが反乱を起こしたのだ。
 我ら一万の将兵は死力を尽くして戦った。
 戦って戦って戦い抜いた!
 我が剣は血糊と刃こぼれで使い物にならなくなったのだ!
 あれはまさに死線だった。我らは九死に一生を得て帰ったのだ。
 我は、精霊より預かった、聖王国の宝とも云える
 遠征軍を失わずに連れ帰ろうとしただけだっ!!」

軍閥貴族「あははは」
富裕貴族「くくく、はははは」

司令官「笑うなっ! な、何がおかしい!?」

軍閥貴族「開門都市に駐留していた軍は約9000。
 その九千が千も減らずに極光島沖に現れたという。
 それだけの軍勢を温存しうる死線とはどのようなものか。
 貴公は500の兵卒も失わないうちから撤退をしたのかっ」

400 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:36:26.34 ID:CkBATQ0gP

司令官「~っ!!」
軍閥貴族「恥を知れっ!」

司令官「だがしかし!
 我らが現れたおかげで極光島の戦役に終止符が打たれたのは
 確かではないか! 我が増援で人類の版図であるあの島の
 奪還は成ったのだ!
 極光島攻略の第一の功は我にあるはずだっ!!」

富裕貴族「軍監および教会の情報によれば、
 すでにあの時点で戦闘は一旦の終結を向かえ、
 極光島城塞は南部諸王国軍に包囲された状態にあったと云います。
 貴公の――あえて聖鍵軍とは云いますまい。
 貴公の私軍はその戦いの最後に現われ、
 しかも魔族の残存兵力を殲滅するでもなく、いたずらに兵を失い、
 魔族の突破を許しただけではありませんか」

司教「8000の兵のうち2500も失い、申し開きのしようも
 あるものか!!」

司令官「我らは広大なる魔界の辺境に荒野を彷徨い、
 疲れ果てていたのだ。あのような突撃など、悪夢の突撃などっ
 防ぎうるはずもない。あれは天与の災いだったのだっ!」

407 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:50:00.91 ID:CkBATQ0gP

軍閥貴族「いい加減聞き苦しいわっ」
富裕貴族「ふっ。吠える犬は溺れても治らぬようですな」

司令官「東の砦将だっ! ヤツがっ!
 ヤツが魔族と謀り、我を陥れたのだ! 慈悲を!
 どうかもう一度機会をっ! 我ほど魔界に詳しい
 将はいないはず! 必ずやあの蛮族の土地を
 聖王の膝下に捧げるっ! どうか、どうかっ!」

軍閥貴族「いかがいたす? 司教殿」

司教「ここで一つの罪を許すことは
 聖なる教会の信徒9500万人にたいする罪を犯すこと。
 わたしの心は悲しみで裂けそうですが。
 くくくっ。  この病犬の罪は磔刑が相応しいものでしょう」

司令官「待ってくれ! 今少し、今少しの猶予を!」

軍閥貴族「軍律に照らしても貴公の極刑は避けられぬ」

司令官「東の砦将めぇ! 下賤の生まれの夷狄めっ!
 薄汚い傭兵めっ! 許さぬ、魔族と通じおって許さぬぅっ!」

富裕貴族「狂ったか」
司教「醜い狂いざまですな」

410 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:57:19.64 ID:CkBATQ0gP

――冬の国、王宮、予算編纂室

商人子弟「うわぁん、忙しいよ。どうなってんだよ」
将官「だ、大丈夫ですか?」
従僕「僕お茶を入れてきますっ」

商人子弟「お茶なんか良い! 逃げるな! 整理しろ!」
従僕「ふぇぇーん。もう目がしばしばしますぅ」

商人子弟「ちょっと泣きべその方がもてるんだ。
 お前みたいなショタっ子は特になっ! 下兄貴が云ってたぞ」

従僕「ふぇぇぇーん。ふぇぇーん」

将官「容赦がありませんね」

商人子弟「冬寂王が僕に判らせてくれたんだ……。
 容赦なんかしてると自分の方が酷い目に会うって」

将官「なるほど」

商人子弟「見ろ、この書類の山をっ!」

 

どでーん!!

将官「でも、商人子弟さんが来るまではこの六倍
 あったんですよ。もはや残敵掃討戦ではないですか」

商人子弟「王国経営する気無かったとした思えない!」

414 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:02:41.41 ID:CkBATQ0gP

将官「いや、冬寂王はあれでも名君って云われてるんですけどね」

商人子弟「そうなのか……。ノリで統治してるんじゃなかったのか」

従僕「そうですよ! 王様は格好良いですよ?」

商人子弟「とはいえなぁ、この惨状はなー」

将官「まぁ、三国通商協定や極光島奪還が成功するまでは
 こうじゃなかったんですよ。その頃から書類仕事が
 莫大に増えてしまったわけで」

商人子弟「ふむふむ。……その辺に解決のヒントがあるのかな?」

将官「そうなんですか?」

商人子弟「“問題を考えてはいけない。解決方法を考えよ”
 これが先生の教えだ。ちょっと聞かせてくれないか?」

将官「もちろんかまいませんが」

商人子弟「おい、従僕くん。お茶を頼む」
従僕「ふぁい! あの、ぼ、僕の分も良いですか?」

商人子弟「ああ、いいぞ。将官さんの分もだ」
従僕「はいっ! すぐ入れてきます!!」

 

たたたっ

416 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:07:33.57 ID:CkBATQ0gP

商人子弟「わんこみたいなヤツだな」
将官「可愛いですね」

商人子弟「しっかり仕込んでやらにゃぁ、僕が死んでしまう」
将官「そうですねぇ、これは流石に……」

 

ごちゃらぁ

商人子弟「で、話の続きなのだけど」

将官「そうですねぇ、どこから始めましょうかね……。
 うーん、お役に立つかどうかは判りませんが。
 例えば、南部諸王国には貴族領が無いんですよ」

商人子弟「そうなのか? でも、書類には、男爵だの侯爵だの
 色々出てくるぞ?」

将官「うーん、その辺が難しいんですけれどね。
 恩貸地ってわかりますか?」

商人子弟「授業で聞いてるから、だいたいは。
 王が臣下に土地を与えるということだろう?
 報酬として与える物だったと思うけれど」

将官「そうです。それが判ると早いですね。
 南部諸王国は冬が長く貧しいわけです。基本的に貧乏国ですね。
 本来は人が住むには適していなかったわけですよ。
 昔は今よりももっとそうでした。暖房とかが不十分でしたし」

417 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:14:42.38 ID:CkBATQ0gP

商人子弟「ふむふむ」

将官「ですから、国なんて偉そうなことを云っても、
 それほどたいした組織じゃないんですよ。人も少ないし。
 王とは名ばかりの、領主の親玉みたいな存在が
 一人で土地の隅々まで見てれば良かったわけです。
 どうせ監視が必要な土地はちょっぴりで、ほとんどは
 耕作に適さない深い森や荒れ地や山地なんですからね」

従僕「熱いお茶を入れてきましたぁ」

商人子弟「おお、ありがとう。……うん、続けて」

将官「ですから貴族という名前がついていても、
 大陸中央部とは意味合いが違うんです。
 大陸中央部では、貴族というのは王から恩貸地を授かった
 多くの場合、武力を持った領主です」

商人子弟「ふむふむ」

将官「当然、授かった土地は自分の物ですから、
 自分で――もちろん農奴にやらせるわけですが、
 開拓したり耕作したりして、作物も自由に取り立てます。
 通行税なども貴族が自由に設定して取り立てますね。
 賦役といって、農奴を強制労働させるのも自由です。
 ですから大河や港を領地にもつ貴族は金持ちになります」

418 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:21:17.88 ID:CkBATQ0gP

商人子弟「ふむふむ。ああ、それで同じ国の中でも
 何回も通行税を取られたり、
 場所によって税が違ったりするのか」
将官「そうですね」

将官「王の側から見ると、王の直轄地は、
 つまり自分が貴族であるのと同様に経営を行います。
 開墾や税の設定などは王自身が決めるわけですね。
 それ以外に臣下の貴族からの上納金が入ってきます。
 さらには商人や教会からの献金もありますね。
 ですから収入が複数あって、普段から税の処理は複雑です。
 そのため、税収人が沢山いるし、担当の文官も多い」

将官「そこへ行くと南部諸王国は土地も痩せているし
 貴族に対して恩貸地を与えるほどの良い土地もない。
 南部諸王国で云う貴族というのは、名誉職であるか
 宮廷内での位を表すんですよ」

商人子弟「それで文官の数が足りないのか……」

将官「付け加えると、軍の招集にも大きな差があります」

商人子弟「へ? 税と何か関係があるのか?」

将官「ええ。中央部では、王はもちろん軍をもっていますが、
 その数はけして多くないんですよ。
 そうですね……霧の国のような大国でも700程度ではない
 でしょうか?」

421 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:25:57.46 ID:CkBATQ0gP

将官「王は戦争を行う場合、貴族に召集令を発布するんです。
 貴族は土地を与えて貰っている代償として、
 この招集に応じる義務があります。
 貴族はさらに臣下の騎士や戦士に招集を掛けます。
 こうして軍が集まるんですよ。
 軍の規模は、王の直属の配下の十数倍になることが殆どです。
 こうした招集は、当たり前の話ですが
 集合までに時間がかかります。
 また、あまり長い間拘束は出来ません、
 貴族の側に負担があつまりますからね。
 でも、メリットとしてはお金が殆どかからないという点が
 あります」

商人子弟「なぜだい? 戦争するには金が必要だろう?」

将官「自分の軍を食べさせるのは貴族が自腹でやるんですよ。
 “自分の臣下の面倒は自分で見る”。そういう機構なんです。
 王は王の直下の軍だけ用意して食べさせれば良いんですね」

商人子弟「なんだか貴族には損ばかりに聞こえるな」

将官「いや、そんなことはないですよ。
 だって、戦争で勝てば、土地がもらえるんですからね」

商人子弟「ああ、そういうことか。
 恩貸地はそう言う循環で機能する訳なんだね」

将官「そうですね。ですから魔界への侵攻は多くの貴族の
 関心を集めないではおかないんです」

422 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:31:39.75 ID:CkBATQ0gP

商人子弟「つまり、貴族は賭けをしているわけだ。
 自分の君主が勝てば、自分も儲かると」
将官「その通りです」

商人子弟「南部諸王国はどこが違うんだ?
 というか、南部諸王国は貴族が居ないのだから
 軍もすごく少ないんじゃないのか?」

将官「南部諸王国の軍は、中央と違って常備軍なんですよ」

商人子弟「ああ、それも授業で聞いたなぁ。
 軍事のことだからあまり覚えてもいないけれど……」

将官「南部諸王国の軍の最大の目的は、魔族の侵攻を防ぐこと
 ですよね。そのような目的では、召集令を出してから集合する
 貴族の軍では動きが遅くて間に合わない」

商人子弟「当たり前だな」

将官「だから、常備軍。つまり“常に待機している軍”が
 必要なんですよ。当然招集なんて無いから、貴族の下でも
 ない。全員が王の直下にいるわけです。わたしもそうですよ」

商人子弟「だがしかし、先ほどとは逆のデメリットがあるだろう?
 つまり、常駐故に集合はきわめて高速。長い間拘束しても
 専用の軍なので不満は少ない。
 しかし、多量の金を食うはずだ」

将官「そうですね」

425 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:36:43.83 ID:CkBATQ0gP

将官「その弱点を、中央からの支援金がまかなってるわけです」

商人子弟「ああ、勘定項目の中でとがっているあれだな」
将官「そうです」

商人子弟「……」
将官「判って頂けましたか?」

商人子弟「だいたいな」
従僕「僕も少し難しかったけど、わかりました!」にぱぁ

商人子弟(だが、それはつまり……)

従僕「つまり、僕たちの兵隊さんは、魔界に行っちゃったり
 しないで、僕らを守ってくれるって事ですよね?」にこっ

将官「そうだよ、えらいね」なでなで

商人子弟(そういうことだ。……防衛目的の部隊。
 それに金を出すと云うことは、もちろん魔族の侵略を
 食い止めるという目的もあるだろうが……
 “美味しい獲物、つまり魔界の領土”を南部諸王国には取らせない
 そんな思惑もあるんじゃなかろうか……)

将官「どうしました?」

商人子弟「いや、ちょっと考え事を」

430 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:42:01.79 ID:CkBATQ0gP

将官「こんな話で参考になれば幸いですけれど」
従僕「なりました?」

商人子弟「十分に」
将官「え? 本当ですか? あれだけでっ?」

商人子弟「ああ、先生に沢山教わったからね。
 まず、話には出てこなかったけれど、中央の貴族制度には
 問題が他にもあると思う」

将官「どんなでしょう?」

商人子弟「それは一部の貴族が、
 ――たとえば地主とか、商人とか、大工房、
 あるいは傭兵部隊でもいい。そう言った勢力と癒着するのを
 防げないって事じゃないかな。
 だって貴族には税制の自由があるわけだろう?
 だからその種の癒着がおこって、税が不公平になる。
 実家は商人だからよくわかる。
 毎年納める賄賂の額は、そりゃ相当なものだ。
 もちろんその賄賂で港や運河の使用権を融通して貰ったり
 するんだけどね。
 時にはライバル商人の妨害を依頼することもある」

将官「ああ、そういうこともありますね。
 わたしたち南の田舎者が都会に行くとすぐ
 騙されて、ケツの毛まで抜かれるなんて聞きます」

432 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:47:05.86 ID:CkBATQ0gP

商人子弟「それにもう一つは、
 賄賂に似ているけれどコネや袖の下だろうね」
将官「コネ、でありますか」

商人子弟「うん。そういう制度で動いているって事は
 例えば役人や責任有る立場になるときに
 誰かの血縁であったり、賄賂を納められるかどうかが
 重要って事になってしまう。
 役人になってしまえば甘い汁が吸えるわけだから
 最初の段階で袖の下を使ったり、例えば血縁関係を
 使って潜り込んだりするのは当たり前になる」

将官「そういえば、そんなのも聞き及びますねぇ。
 都会の人の親戚自慢ってのはそう言うとこから来るんでしょうか」

商人子弟「これが答えだ」
将官「へ?」

商人子弟「判らないかな? つまり、大陸中央では
 “能力ややる気があっても出世できない”傾向がある。
 ならば、南部諸王国の答えは一つ」

将官「!」

商人子弟「広く一般から役人を募る。そしてその能力と
 やる気に応じて給金を出す。――賄賂との、決別だ」

436 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:56:45.07 ID:CkBATQ0gP

――冬越し村、冬の始まり、メイド妹の日記

「このお屋敷に着てから三度目の冬が始まりました。
 今年最初の雪です。
 空がどんどん低くなって、雲がぐるぐると動いていたので
 雨が降るかな、と思ったら雪でした。
 べしゃべしゃして重い雪です。こういう雪は嫌いです。
 当主のおねーちゃんと眼鏡のおねーちゃんが居ないので
 お屋敷は静かです。
 ご飯は、おねーちゃんとわたしが交代で作ります。
 掃除が楽になったので、美味しいご飯を沢山勉強できます。
 今日は酒場で、お料理を習ってきました。
 ニジマスの香草焼きです。
 おねーちゃんが当主様の書斎から、料理の本を探してくれました。
 汚したら二度と口を聞いてくれないというので、
 いま、紙に写しています。
 文字を覚えて初めて便利だって思いました!
 パイっていうのが面白そうです。
 何でも包んでパン釜で焼くみたい。
 このパイっていうの、作ってみたいな。
 おにーちゃんは、ぼけらっとしているので
 パイを作るのを手伝わせようと思います」

439 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:12:20.27 ID:CkBATQ0gP

――白夜の国、白夜王の宮殿

片目司令官「ええい! 黙れッ! 黙れッ!」

 

びゅっ! びゅうんっ!

白夜王「ふん。荒れておるではないか」

片目司令官「ふっ。疼くのだ、この目がっ。
 下郎っ! 酒だ! 酒を持てっ!!」

侍従「は、はひぃっ……」 ダダダダッ

白夜王「我が宮殿の者に乱暴を働くのはよしてもらいたい」

片目司令官「うるさいっ! この目が」ガリ、ガリ、ガリッ

白夜王「ふはは。憎いのか」

片目司令官「ああ、憎い。ニクイっ」

白夜王「だがその狂気、我には向けるな、判っているだろうな」

片目司令官「ああ。感謝はしているさ。死を待つだけの
 あの地下牢から替え玉まで使って救ってくれたことはな」

443 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:18:34.37 ID:CkBATQ0gP

白夜王「ふふ、そうだ。あの不潔な汚泥の中からな……。
 貴族院の地下の地下、拷問の塔の最下層、黄泉へと通じる
 ほどの深淵からお前を救ってやったのはこの我だ」

片目司令官「……」ごくっ、ごくっ、ごくっ

白夜王「思い出せるか? あの闇が」

片目司令官「ネズミがっ。ネズミが這い回り、我の目をっ。
 我の目を、我の光を……。
 うううっ。疼くっ。瞳が。
 見えるぞ、赤黒い闇がっ。
 闇が我を蝕むっ。痛い、全身が痛むっ。
 殺す、殺してやるっ。東の砦将めっ! くされ魔族めっ!
 我を取り囲み、愚弄しやがって!」

白夜王「そうだ、あやつらは我らを愚弄したのだっ」めらっ

片目司令官「……っ」

白夜王「冬の国の青二才め、この我をっ。この我を侮辱しおって。
 何が流氷だ。何が農業改革だ。なにが生産性だっ。
 やつのような詭弁を用いて戦って何になる。
 やつのようなやり方、精霊が認めるはずがないっ」

片目司令官「そうだ、奴らは裏切り者だ。この世界を
 暗黒に売り渡す売国奴。腐臭を放つ半人間どもよっ」

446 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:24:37.98 ID:CkBATQ0gP

白夜王「賢しい青二才が、西の交易を用いて
 巨額の利益を上げているだと?
 極光島は我ら南部諸王国共有の財産のはず。
 いや、あの島にもっとも血を捧げたのは
 我が白夜。
 我らではないかっ!!
 それをこともあろうに、なぜあの青二才が
 勝利を吸い上げる。利益をむさぼるっ?」

片目司令官「ヒヒヒ、ヒヒィーッ」

白夜王「それをあの鉄腕王や、氷雪の女王までもが
 英邁よ、豪傑よともてはやし、挙げ句の果ては
 義勇軍として参加したものどもまでが冬の国に住み着くという。
 わが白夜が凍えるような冬の厳しさに耐え
 貧しい暮らしをつづけているというのに、
 我を愚弄する小せがれは、我らが利益を盗んでいるのだ。
 そのようなこと、精霊がお許しになるはずもないわっ」

片目司令官「アハハハハッ! 任せろ。この我にっ。
 我にもはや失うべき命など無い。不死不滅の怨霊として
 その青二才、我が切って捨ててくれるわ。
 ははははっ。軍をよこせ! 我に手足を与えろっ!
 斬って、斬って、斬り殺してやるっ!」

452 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:31:00.01 ID:CkBATQ0gP

白夜王「まぁ、まて。その狂気を解き放つのはな」
片目司令官「何故だ……」

白夜王「奴らを殺すのはいつでも出来る。杯に垂らす
 一滴の毒、もしくは寝室に忍び込ませる短剣の一本でな」

片目司令官「ヒヒヒっ」 ごくっ、ごくっ

白夜王「あのヒヨッ子、そう容易くは殺しはしない。
 やつには我が味わった、この高貴なる王者のあじわった
 数千倍の恥辱を与えてやる。そうであろう?」

片目司令官「そうだっ! 屈辱の極みをっ。
 裏切りの叛徒どものに、侮蔑の視線にさらされ
 恥辱に灼かれる地獄を味あわせてやるっ!」

白夜王「ではまずはこの一手だ」にたり

片目司令官「……ふん? ははっ。
 あははははははは!! これはいい!
 そうか、そういうことかっ! あはははははは!!」

白夜王「ふふふ、そうだ。冬の王よ。お前の宝を
 お前の国をばらばらにしてやろう。あははははは!」

片目司令官「あはははははははははは!!!!!」

460 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:36:57.16 ID:CkBATQ0gP

――冬越し村、魔王の屋敷、客間

メイド妹「こ、こちらにどうぞー」
青年商人「おやおや。小さなお嬢ちゃん。そんなに緊張しないで」

メイド妹「き、緊張してないですでございます」
青年商人「右手と右足が一緒だよ?」

メイド妹「へ、平気だもんっ」
青年商人「あははっ。よろしくね」

 

がちゃ

メイド妹「こ、こ、ここにどうぞっ」
青年商人「はい、座ります」

メイド妹「では、おねーちゃ……じゃなかった、当主様を
 呼んでまいります。しょーしょーおまちくださひ」

青年商人「さひ?」

メイド妹 じわぁ

青年商人「あ、泣かない、泣かない!」 おろおろっ

463 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:42:59.95 ID:CkBATQ0gP

   

メイド妹「お、おねーちゃん、どうしよー?」
   メイド姉「仕方ないわ。当主様から貰った指輪を使うしか」
   メイド妹「う、うん……」
   メイド姉「お茶の準備をお願いね」

こんこん……

メイド姉「お待たせして、済まない」
青年商人「ご無沙汰しています、学士殿っ」

メイド姉「一別以来だな。どうかな、変わりないかな」
青年商人「ええ……。
 無事に商売を続けさせて頂いております」

メイド姉「……」
青年商人「……」

メイド姉「その、本日は」

青年商人「今回も定例の報告書や、収支決算書、納品書に
 領収書類などのお届けです。普段は船便ですが、流石に
 わたしも紅の学士殿の艶姿が懐かしくなりまして。
 今回はお目にかかるためにのこのこ参上してしまいました。
 はははは、お恥ずかしい」

メイド姉「それは、その……。言葉に困るな」

青年商人「ええ。はい。そのようなわけで、学士様。
 お色直しなど、いかがですか?」

466 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:49:25.89 ID:CkBATQ0gP

メイド姉「はい?」

青年商人「いえいえ。極光島奪還が成りましたからね。
 南西交易路による流通が増えて、船の便も増えました。
 この冬の国にも、様々な物資が入ってくるようになった
 でしょう?」

メイド姉「う、うむ」

青年商人「となると、商人に取りまして目利きが大事でして。
 麦などは水を含ませて取引の際に目方を増やそうとする
 者も居る始末でしてね。傷みが早くなるうえ、粗悪品。
 そのような物を掴むのは二流の商売人。
 わたしも駆け出しの頃は、父から良く鉄拳制裁を受けた
 物です。お恥ずかしい話ですが。あはははは」

メイド姉「……そ、それが」
青年商人「さぁて」

 

カチャ

勇者「メイド姉、もういいや」
メイド姉「は、はいっ。いえ、まだっ」

勇者「いや、下がって良い。この人はもう見抜いてる」

メイド姉「……そっ、そんな」

勇者「確かな目利きだ。話に聞いていたとおり凄腕だなー」

471 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:55:02.08 ID:CkBATQ0gP

メイド姉「失礼します」
 がちゃり。 とてて……

青年商人「や、すごい技ですね。幻術ですか?」
勇者「ああ、そうだ。一目で見抜かれるとは思わなかったよ」

青年商人「いえいえ逆です。こういう事は大抵直感が正しい。
 考えた末に見破るというのは少ないのです」

勇者「恐れ入ったよ」

青年商人「あははは。大したことではありません。
 それにしても……。お久しぶりですね、勇者殿」

勇者「ああ、久しぶり。三年、いや四年になるのか?」
青年商人「そうですね。懐かしいなぁ」

勇者「あー。腹立ってきた! そうだ、腹が立ってたんだ!
 くっそ、広範囲殲滅雷撃系呪文が猛烈に恋しくなってきた」 青年商人「はい? どうしました?」

勇者「あのときは俺のこと騙したって云うじゃないか!」
青年商人「とんでもない。騙すだなんてこれっぽっちも」

勇者「金貨十五枚だぞ!? そっちは金貨数万枚は
 少なくとも稼いだって云う話だぞっ!」

青年商人「ええ、あの演説は金になりました。
 ありがとうございます」にこにこ

476 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:02:21.26 ID:CkBATQ0gP

勇者「うっわ、むかつく」
青年商人「ちゃんと契約どおりのお金をお払いしたじゃないですか」
勇者「それで納得してた俺の幼さが腹立たしいっ!」

青年商人「これもまた駆け引きの勝敗です」にこっ
勇者「まーそうだよな。はぁ……」

青年商人「生きてらっしゃったんですね」

勇者「ああ? おう。ぴんぴんしてるぞ」

青年商人「ふむ……」
勇者「何を考えている?」

青年商人「この後の話のもって行き方を」
勇者「あんたは……少し、変わったような気がするな」

青年商人「そうですか?」
勇者「四年前に会ったときは、もっと隙が無くて完璧で
 どこをとってもとりつく島がないように見えた記憶がある」

青年商人「じゃぁ、四年で随分まるくなって温くなったんでしょう。
 わたしもそろそろ後進に道を譲って隠居すべきでしょうか。  あはははっ」

477 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:10:02.45 ID:CkBATQ0gP

勇者「でも、今の方がよほど敵にはしたくないな」

青年商人「おやおや、奇遇ですね。
 わたしもそう思っていたところです」

勇者「……」

青年商人「変わったとすれば、
 それはあの方のせいかもしれませんよ。
 自分の常識や今までの経験では飲み込めないような
 巨大な存在に出会ったとき、どうすればいいのか。
 腹をくくるとはどういうことか、
 それを教わったような気がします」

勇者「あいつなのか?」

青年商人「はい」
勇者「そうか……」

青年商人「“相容れない光と影を仲介し、妥協し、
 取引する”と。あれでわたしの商人としての生は
 一つの道しるべを得た。かけがえのない言葉です」

479 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:15:30.82 ID:CkBATQ0gP

勇者「あいつが?」

青年商人「はい、最初にあった時に。
 そして勇者、あなたがここに現われたことで
 確信が持てました」

勇者「……契約は守ったとか云ってたよな?」

青年商人「はい?」
勇者「四年前の演説だよ」

青年商人「ええ、云いましたが……」

勇者「それは嘘だろう?
 ……俺が帰ったら宴を奢るとって云ってたじゃないか」

青年商人「おお。そうでした! 良く覚えていましたね。
 それはまさしくその通りです。よろしいでしょう。
 契約は果たさねば。いつでも良いですよ」

勇者「よし、その言葉、二言はないな」
青年商人「ええ、もちろん」

勇者「じゃぁ、今だ」

しゅいんっ!!

482 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:21:57.89 ID:CkBATQ0gP

――魔界、開門都市、郊外の虹降りしきる丘

しゅわんっ!

青年商人「こ、ここは……。くっ」
勇者「転移酔いだ。深呼吸すれば治るさ」

青年商人「これは……移動の呪文ですか?」
勇者「そうだ」

青年商人「ここは……。なんて場所だろう!!」

勇者「このあたりでは、夜になるとなぜか虹が降るんだ
 磁気がどうとか説明されたけれど、俺にはちょっと
 難しくて判らなかったな」

青年商人「すごい……」

勇者「夢魔鶫っ」
 夢魔鶫「御身の側に」

勇者「公女に云って酒の用意を頼んでくれないか。
 場所はここで良いだろう」
 夢魔鶫「仰せのままに」

青年商人「魔族……?」
勇者「使い魔っていうんだ。伝言に便利だよ」

483 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:26:20.97 ID:CkBATQ0gP

青年商人「ここはまさか」
勇者「うん、魔界だ」

青年商人「……」

勇者「さっきの言葉で判ったよ。だから連れてきた」

青年商人「あの人は」

勇者「魔族だ」

青年商人「やはり……」

勇者「……」

青年商人「空気の香りも、違うのですね」
勇者「ん。そうかもな。でも、港町には港町の、
 都市には都市の匂いがあるだろう? そういうものだ」

青年商人「あの外壁は?」

勇者「あれが『開門都市』。……この間まで人間が占拠
 していた街さ」

青年商人「ああ。司令官が逃げ帰って魔族に再統治されたという」

488 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:32:50.23 ID:CkBATQ0gP

勇者「そりゃ嘘だな。だいたいその話が本当なら
 開門都市にいた人間の商人数千人は殺されたことになる」

青年商人「違うのですか?」

勇者「あの都市で今でも商売をしているよ」
青年商人「は?」

勇者「ゲート周辺の治安や周囲の荒野の関係で、
 いまはちょっと人間界と連絡を取りずらいかもしれないが
 『同盟』の商人だって、残ってる」

青年商人「本当ですかっ!?」
勇者「嘘は言わない」

青年商人「そんな……」
勇者「おいおい。あいつと話したんだろう?」

青年商人「あ……。ええ……」

勇者「じゃあ判ってたはずだ。あいつが何を夢見ていたか」

青年商人「勇者……」
勇者「あいつは、お前のこと買ってたぞ?」

青年商人「……っ」
勇者「人間界にも好敵手は居る、ってな」

491 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:41:56.11 ID:CkBATQ0gP

勇者「俺はあいつじゃないから、あいつのように
 計画も語れないし損得勘定であんたを説得できそうもない。
 でも、やっぱり、今あんたに降りられると困るし。
 あー。なんだろうな。
 この感じは……。
 うん……寂しい。
 ただの勇者に戻るのは――寂しいんだな」

青年商人「……」

勇者「だから、見せる。これが開門都市だ。
 今この世界にある唯一の魔族と人間が共存する交流都市だ。
 この都市の人口は約三万二千。湖の国の首都より大きい。
 この都市は中立地帯として魔王にも承認されている。
 自治都市として、都市議会が統治を行っているんだ。
 議会のメンバーの1/3は人間だよ。
 議長は人間の元軍人が務めている。議員には魔界の
 有力氏族の子女も……」

  

火竜公女「わが君~ぃぃ」

勇者「入ってもらう形で……」

火竜公女「わが君、ご下命に応じましてただいま参上
 いたしました。宴席であるとか。わが火竜一族の誇りに
 賭けてお客人のおもてなしに無礼があっては成りませぬ故、
 ただいま設営をっ!」

勇者「あー、んー。そのー。お手柔らかに」

494 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:46:46.44 ID:CkBATQ0gP

――魔界、開門都市、虹降りしきる丘、宴席

火竜公女「酌をしましょう、お客人」

青年商人「いえ、随分飲んだので」

火竜公女「なりませぬ」ぷいっ

勇者「ああ。飲んだ方がいいぞ。
 火竜の酌を拒むと耳がかじられる。片耳だと不便だぞ」

青年商人「ええっ!? そんな無法なっ!!」

勇者「魔界だから仕方ない」 魔族娘「そ、その……黒騎士さまも、どうぞ……」

 

ぽたぽたぽた

青年商人「そ、そのくらいで。止めてくださいっ」

火竜公女「一人前の男子たるもの、杯の縁より酒が
 こぼれるくらいでないと“注いだ”とは申しませぬ」

青年商人「なんて所なんだ!?」

勇者「おい、商人」
青年商人「なんですか、勇者」

496 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:50:55.47 ID:CkBATQ0gP

勇者「どーだ」
青年商人「なにがどーだですか」

勇者(小声)「おっぱいだよ、おっぱいっ!」

青年商人「はぁぁ!?」

勇者「お前がおっぱいいっぱいの打ち上げパーティーを
 企画しておくから、民衆に手を振ってばきゅーん☆って
 しろって俺を魔界に送り出したんだろ!」

青年商人「あ。あははは! そうでしたっ。
 あははっ。ひどいなぁ、わたしそんなこと
 云ってましたよね。若気の至りとは言え
 我ながら呆れる悪辣さだっ」

勇者「どうよ、これ」ちらっ
青年商人「ええ、結構なお点前です」こくり

勇者「……あははっ」
青年商人「あはははっ。
 ああ、おかしい。こんなに笑ったのは久しぶりです」

勇者「酒も旨いか」
青年商人「ええ。わたしは商人ですからね。
 色んな国の酒を飲む。酒にはその国がでるような気がしますね」

勇者「おい、商人」
青年商人「なんですか、勇者」

499 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:54:50.66 ID:CkBATQ0gP

勇者「虹が、すごいなぁ!」 ごろん
青年商人「確かに」 ごろんっ

  

火竜公女「まぁ、殿方は子供ですね」
  魔族娘「でも、ほんとうに……風が気持ちいいです」

青年商人「虹はすごいですが、それで交渉の妥協は
 しませんよ? 勇者殿」にこっ

勇者「あいつが云ってたぞ。
 “商人たちはその『許可』を求める”ってな。
 使用許可、通行許可。新しい土地は新しい市場でもあり
 新しい物産の供給源でもある。そう言った場所と
 取引をする」

青年商人「ええ」

勇者「あの都市のそれはどうだ?」

青年商人「それは、そうですね。まさに……
 “中央大陸の都市の金全て。
  いや、既知世界の全てよりも金になる”」

勇者「売ろう」

青年商人「良いのですか?」

500 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 20:00:45.18 ID:CkBATQ0gP

勇者「かまわない」
青年商人「対価は何を求めるんです?」

勇者「俺はあいつじゃないから、何が適当な対価なんて
 判らないんだよな。何が釣り合って、
 何が釣り合わないかなんて、今までろくに考えないで生きてきた」

青年商人「……」

勇者「だから、対価なんて困っちまうんだけど。
 それでも、となるとさ。
 ……商人は、何でも損と得に切り分けて
 考えるのだろう?」

青年商人「ええ」

勇者「なんて云うのかな。
 みんなは、そんな商人を強突張りだとか
 利益にしか関心のない化け物のように云うけれど、
 あいつを見ていると、
 そんなことはないのじゃないかと、俺は思うんだ」

青年商人「……」

勇者「誰よりも利に聡く、誰よりも真剣に損得勘定で
 生きている商人は、もしかしたら世界で一番最初に
 損得では割り切れないものを見つけるかもしれない」

502 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 20:04:08.42 ID:CkBATQ0gP

青年商人「勇者……」

勇者「もしかしたらもっとちゃんとした
 対価を求めるべきかもしれない。
 あとであいつに殺されるかもなぁ。
 でも、俺に『それ』を見せてくれ。それが対価だ」

青年商人「はははっ。なんでしょうね、この」

勇者「あいつと俺には、あんたの見つけるそれが必要だと思うんだ」

青年商人「うん、そうだ。このばかばかしい気持ちはっ!
 ああ、愉快だ。わたしはどうやらとっても愉快ですよ」

勇者「……」

青年商人「良いでしょう、確かにその契約をお受けしました。
 わたし自らが陣頭に立ち『同盟』を率いて
 必ずや『それ』を仕入れてご覧に入れましょうっ」

勇者「頼む」

青年商人「その暁には」
勇者「?」

青年商人「あなたとあの方の関係を聞いても、
 きっと退かずにに済むでしょう。なぁに、不利な時期に
 戦いを挑むほど、この商人は愚かではありません」

537 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:06:26.36 ID:CkBATQ0gP

――冬越し村、屋敷の馬小屋

馬 ぶるるるんっ!

女騎士「よしよし、いいこだぞ。今拭いてやるからな」
勇者「やっぱり騎士だけあって、馬の扱いは上手いなぁ」

女騎士「何云ってるんだ。勇者だって乗れないと困るぞ」
勇者「自分で走った方が早いし……」

女騎士「見栄えの問題だ」
勇者「わかっけど。よし、林檎やる」

馬 がぶっ!

勇者「な、なにをするおんどれー!?」
女騎士「おい、大人げないな」

勇者「こいつがぶってやったんだぞ!?」
女騎士「お前、怒らせたんだろ?」

勇者「ちっげーよ。林檎食べる? ヘイ君可愛いねって」

馬 がぶっ!

勇者「ちょ、まてやこら。しまいにゃ卸すぞっ!」

543 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:13:32.13 ID:CkBATQ0gP

――。
――――。

女騎士「ったく、馬と喧嘩するやつがあるか」
勇者「だって……」

女騎士「おまけに駆けっこで負かすやつがあるか。
 ほれみろ、お前の馬だって自信喪失だぞ」
勇者「面目ない」

馬 しょんぼり。

女騎士「まぁ、いい。馬の世話はやってやる」
勇者「む……」

女騎士「いくら勇者でも、馬で旅することもあるだろう?
 何かのパレードに参加する事にでもなったら、
 馬に乗れないじゃ格好はつかないぞ」
勇者「それはそうだけどさ」

 

ごっしごっし、ごしごし

女騎士「~♪」

勇者「やっぱ、戦いよりも平和のが良いよな」
女騎士「それは当たり前だ」

勇者「当たり前なのに、そうならんのは何故かなぁ」
女騎士「それは判らない。わたしは馬鹿だからなっ」ふふん

548 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:19:28.53 ID:CkBATQ0gP

勇者「魔王と一緒にいると傷つくものが
 女騎士と一緒だと癒されるよ」

女騎士「どういう意味だ?」
勇者「そのまま馬鹿でいて欲しい」

女騎士「喧嘩を売ってるのか?」
勇者「ちげー、ちげーですよ」

女騎士「まったく、勇者と居るとふざけてばっかりだ」
勇者「それがいいんじゃないか」

女騎士「へ?」
勇者「そういうのが良いんじゃないか。判って無いな」

女騎士「……」

勇者「俺はそうやって女騎士とふざけてるの好きだぞ?」

女騎士「え、あ……その」
勇者「?」

女騎士「……ありがとう」

勇者「……うわ、むず痒っ。普通に返すなよ」ぼりぼり

551 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:24:54.29 ID:CkBATQ0gP

女騎士「どうしたんだ?」

勇者「いや、髪が。ちょっと目に刺さって」
女騎士「ああ、長くなってきたもんな」

勇者「ちょっと切ってくれないか?」
女騎士「えっ。いいのかっ?」

勇者「うん。なんで?」

女騎士「あ。いや……。なんでもない。
 何でもないけれど、切るのはやめておこう」

勇者「なんでだよ」

女騎士「なんでもない。……そうだ。
 額環を作ってやるよ。それで髪をまとめれば、伸びても
 目に刺さらないぞ」

勇者「面倒くさそうだぞ」

女騎士「いいや、似合うよ。ちょっと都会風になって
 もてるかもしれないぞ? 勇者」

勇者「お! そうか? 格好良くなるのかっ」
女騎士「うむ、似合うものを作ってやろう!」

554 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:33:13.07 ID:CkBATQ0gP

女騎士 すっ
勇者「な、なんだよっ」

女騎士「いや、髪の毛を確かめているだけだ。
 額環は、碧色が良いな。きっと似合う」

勇者「そかな」

女騎士「うん。わたしは切らないが、
 それくらいなら許してくれるだろう?」

勇者「うーん。切った方が絶対早いんだけどな」

勇者「……」
女騎士「……」

女騎士「なぁ、勇者」
勇者「ん?」

女騎士「勇者は、魔王の物なんだろう?」
勇者「え。あ。……うん。そうだ。所有契約だ」

女騎士「そうか……」
勇者「まぁ、いろいろあったんだよ。そこに至るには」

557 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:38:06.50 ID:CkBATQ0gP

女騎士「魔王は勇者の物なのか?」
勇者「うん、まぁ。成り行き上、一応」

女騎士「じゃ、魔王がもし酷いことになったら保護しないとな」

勇者「そりゃするよ。でも俺は勇者だろう?
 たいていのやつが困ってたら保護するんだぜ?」

女騎士「ああ、それはよく判ってるよ」

勇者「なんだかなぁ、心臓にストレスがキリキリと」

女騎士「そうなのか?」

勇者「そうなんだ。俺の勘は根拠はないけど良く当たる」

女騎士「勘じゃなくて、もうちょっと空気を
 読む能力を身につけてくれると周囲が助かるんだがな」

勇者「なんだ、それは?」

女騎士「いや、気にしないでくれ。こっちの愚痴だ」

559 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:43:34.04 ID:CkBATQ0gP

女騎士「でも、やっぱり一方的なのは悔しいな」
勇者「?」

女騎士「わたしも勇者に何かあげたいのだ」

勇者「額環くれるんだろう? もてもての」

女騎士「うん、貰ってくれるか?」

勇者「もちもち。もてもてアイテムか~。
 女騎士に貰えるものなら何でも貰うぜ?」

女騎士「そうか。……そう言ってくれると嬉しい」にこり

勇者「大げさだな-。女騎士らしくもない」

女騎士「勇者」

 

ザッ

勇者「なんだよ、女騎士っ」
女騎士「黙って立ってろ」

勇者「何でいきなり跪くんだ?」

562 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:51:36.08 ID:CkBATQ0gP

女騎士「我は……
 湖畔の国に精霊の恩寵を受け、生を賜りし光のしもべ。
 勇者と共に旅をした長きにわたるこの剣を
 女騎士の全てと共に勇者に捧げる」

勇者「……」

女騎士「我が剣、我が力、我が身体。
 我が魂からの忠節と純潔は、勇者のもの。
 勇者こそ我が魂の主人にして、我が希望の宿り主」

勇者「まてよ、女騎士っ」

女騎士「またない。勇者、この剣は勇者のもの」

勇者「立てって」

女騎士「立たない。勇者が貰ってくれるまで、動かない」

勇者「なに子供みたいな事言ってるんだよ」

女騎士「子供になって勇者に貰って貰えるならかまわない」

570 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:58:46.33 ID:CkBATQ0gP

女騎士「勇者が魔王の持ち物なのは、判った。
 仕方ない。……わたしが、遅かった」

勇者「……」

女騎士「魔王はすごい。魔王は賢くて、懐が広くて
 夢があって、ずぅっと遠くを見てる」

勇者「……」

女騎士「だから、わたしは勇者のことを欲しがったりはしない。
 それは魔王のものだから、仕方ないと云えば、仕方ない。
 もちろんその……魔王がいらなかったり隙があれば
 遠慮なんかするつもりはないけれど」

女騎士「でも、だからといって、わたしはわたしのものだ。
 せめて、わたしを勇者にあげたいんだ。
 騎士に生まれて、今まで剣を捧げてこなかったわたしは、
 騎士にしたって半端者だった。
 剣を捧げるなら、勇者が良い。
 始めに勇者に剣を捧げて、以後、主を変えない。
 わたしは、そんな騎士でいたい」

勇者「……良いのかよ、こんなので。
 こんな思いつきみたいな場所で。
 そ、それってすげー大事な事じゃないのかよ」

574 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 23:03:59.22 ID:CkBATQ0gP

女騎士「どこだって、何時だって同じ事だ。
 わたしだって何かがしたいんだ。
 勇者たちが未来へ出掛けるなら、
 わたしの居場所だってその近くに欲しい。
 もう……  もう、おいて行かれるのはいやだ」

勇者「……悪かった」

女騎士「剣を取って、我が主。大丈夫、わたしはあなたに叛かない」

勇者「……」こくり

 

すっ

女騎士「よし。……反対にして、返して」

勇者「うん」

 

びゅんっ! びゅんびゅんびゅっ!! しゃきんっ!

女騎士「これで、わたしの剣は勇者のものだ。
 わたしの身も心も、勇者に捧げたって訳だ。
 うん、なんだかそこはかとなく充実感があるなっ!」

579 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 23:11:22.35 ID:CkBATQ0gP

勇者 ぞくっ
女騎士「どうした? 勇者」

勇者「いや、なんか寒気がした。あのさ、あのさ。女騎士」
女騎士「ん?」

勇者「その、返品とかって出来るのか? 契約解除とか」
女騎士「出来ると思うのか」にこり

勇者「……」

女騎士「大丈夫だ。その悪寒の件はわたしが対処する。
 わたしたちは親友になったんだ」

勇者(親友~!?)

女騎士「ちゃんと正面から話せば判ってくれるはずだ」

勇者(ちょ、なんでそう力勝負ばっかりっ!)

女騎士「勇者のことは、わたしが守るッ」
勇者「いや、まじほんと」

女騎士「ん?」
勇者「俺から云いますんで、一つ勘弁して」

593 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 23:20:30.64 ID:CkBATQ0gP

――冬越しの村、湖畔修道院

修道士「たっ! 大変だ!」
修道士「どうしたっていうんだっ!?」

修道士「大変だ、恐ろしいことが起きたっ。
 も、もうだめかもしれないっ!!」

修道士「水を飲め、説明するんだ」

修道士「それどころじゃないっ。修道院長は?
 女騎士様を呼べ、いや、探せっ! 一刻を争う!
 早く女騎士様を捜すんだ!!」

――湾岸都市、商業区、大きな商業会館執務室

辣腕会計士「急報です、委員っ!」
青年商人「何ですか、慌ただしい」

辣腕会計士「一大事です。こ、これを……っ
 とにかく、この報告書を……」

 

ガサリ

青年商人「……まっ、まさかっ!? 選挙の影響なのか。
 迂闊、迂闊だった。この展開を見落とすとはってて。
 ――確認を、至急確認の船を出してくださいっ!!」

598 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 23:25:50.51 ID:CkBATQ0gP

――冬の国、冬の宮殿、謁見の間

 

ガタンッ!

冬寂王「なんだとっ!?」

使者「お聞こえになりませんでしたかな?
 ではもう一度繰り返させて頂きます」

冬寂王「……」ぎりぎり

使者「冬の国にて学者を開きし『紅の学士』を名乗りしもの
 彼のものについては、以下のような疑惑有り。
 ひとつ。彼のものが湖畔修道会を利用して、罪なき
 農民に広めている馬鈴薯なる作物は、魔族によって
 栽培される悪魔の実である。
 ひとつ。彼のものが進める農法、指導および肥料の
 方法は精霊の教えたもうたものにあらず。そこには
 邪なる異界の関与が認めらるる。
 ひとつ。彼のものがその学校で教えている学問の数々。
 これらは教会の権威をないがしろにし、侮蔑するものである。
 ひとつ。聖王都の神学院は、彼のものが名乗るような
 『紅の学士』なるものを輩出した記録はない。

   告発と以上のような疑惑に基づき、
 『紅の学士』なるものは異端であると疑いが十分である。
 即刻身柄を引き渡すべし。
               中央聖光教会 異端審問司教。

 ――この通り、署名もそろっております」

604 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 23:30:02.52 ID:CkBATQ0gP

冬寂王「そ、それは……間違いないのか、使者殿」

使者「言葉を控えた方がよろしかろう! 冬寂王どの。
 それが真実かどうかは、異端審問の場で審議が為されること。
 もっとも光の精霊の教えを受けたる司教どのが
 千に一つ、万に一つも過つことがないことなど
 敬虔なる信徒である冬寂王ももちろんお解りだろうが」

冬寂王「……」

執事「こ、このような……」

使者「もちろん聡明なる司教殿は、こうも仰せられた。
 おそらく冬の国、および湖畔修道会は、この異端の学士の
 奸計に巻き込まれた、いわば被害者であろうと」

冬寂王「っ!」 ぎりっ

執事「……」

冬寂王(……中央の妬心か。それほどまでにっ。
 それほどまでに南部諸王国が首輪から外れるのを
 嫌われるのかっ。聖王国よっ、聖教会よっ!
 南部諸王国が貧しさを脱し、自らの意志を持つことを
 そこまで憎まれるかっ。このような手まで使って
 足止めを狙うほどにっ)

606 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 23:33:46.85 ID:CkBATQ0gP

使者「ご返答は如何に、冬寂王」

冬寂王「……」
執事「……」

使者「この世界において、教会に逆らうと云うことの意味は
 わかっているでしょうな? 若き王よ。
 信仰は光、教会は世界。それに背くと云うことは、
 背教の輩、すなわち人類全てを敵に回すと云うことですぞ」

冬寂王「……く」

使者「大主教は、『破門』と云う言葉は口に出されませんでした。
 ただ、“同じ信徒として異端に与するものが居たことは
 非常に悲しい”とだけおっしゃった。
 そのご厚情を無にするおつもりか、冬寂王っ」

冬寂王「そ、それは……」
執事「若……」

冬寂王「使者殿の、お言葉……痛み……いる……」
使者「では?」

冬寂王「軍を……出そう。しかし、冬越し村は、遠い。
 時間を頂くことに……なる」

使者「よいでしょう。ただしお気をつけて、冬寂王。
 もし、紅の学士を取り逃がすことなどあらば
 あなたもこの国も湖畔教会も、背教のそしりを
 免れないでしょうからなっ!」

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