440 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:43:32.48 ID:GDf918.P
魔王「それはそれで、ちょっと難しい。
彼らの先祖は、どうやら地上世界に
何回か出た事があるらしくてな」
勇者「そういえば、巨人のおとぎ話は地上にもあるな」
魔王「どうも、人間には良い感情を持っていない。
“巨人を騙して無理矢理働かせる意地の悪い人間”というのは
巨人族全体で語り継がれている、
それこそ子供でも知っている物語なのだ。
彼らは地上世界に関わることを望んではいない。
どちらかと云えば放っておいて欲しい派閥だ。
しかし、あえてどちらかを選べ、と迫るならば
人間と共存するよりは戦争をすることを選ぶと思う」
勇者「人間のご先祖様何やってるんだよ……」
魔王「まぁ、仕方有るまい」
勇者「見るからにでっかくて気の良い連中っぽいのだけどな」
魔王「付き合ってみると、酒好きの良い奴らだ」
勇者「残りは?」
魔王「鬼呼族は角を持った氏族だ。
なかなか複雑な氏族だが地下世界の東側を領域としている。
魔族の中でも器用な連中で、法力を使いこなす者もいるな。
妖力を持ち、姿を消したり変えたりするのもお手の物だ。
……魔物の中にも、動物とは言え、それなりに知恵を
持つ存在がいるのは知っているであろう?」
勇者「ん? ああ」
441 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:45:04.60 ID:GDf918.P
魔王「そういった魔物を使役する術も鬼呼族が得意とするものだ。
彼らは彼らなりのやり方で世界を見る。
彼らの傘下に収まっている小氏族も多いし、支配地域も広い。
あまり発言力は強くないが、それは彼らが魔族にもあまり
興味を抱いていないせいだな。
詰まるところは自分たちでバランス良くやっているのだ。
そのせいで、人間界侵攻には否定的。
だがしかし、共存したいわけでもない。
出来れば二つの世界は切り離したいという所であろう」
勇者「そうか。鬼呼族とは知り合いが居ないように思う」
魔王「開門都市のあたりには少ないだろうな」
メイド長「お酒が有名ですよ。それに米、ですね」
勇者「米?」
魔王「温暖で湿潤な地方で取れる農作物だ。麦に似ているが、はるかに生育条件の制約は厳しい。その代わり面積あたりの生産量は段違いに優れる」
勇者「そんな作物があるのか」
魔王「気候によるんだ。南部諸王国では芽さえでないだろうな」
勇者「で、ラストは俺でも判る。妖精族だ」
魔王「うむ。いまは妖精女王が治めるのが妖精族だ。
元来は森に住む小さな魔族の総称だったが、時を経るごとに
だんだんと融和し、今では妖精女王の治める宮殿を中心に
協力して暮らしを営んでいるな」
勇者「妖精族は味方なんだろう?」
魔王「ああ、彼らは殆ど唯一と言っても良い
人間族共存派だ。聖鍵遠征軍からの被害にも遭っていないし
悪感情を持っていなかったんだろうな。
姿形に美しい者が多いので、
おそらく人間とも会話しやすいのだろう」
メイド長「妖精女王もなかなか英明な方のようですしね」
444 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:51:42.78 ID:GDf918.P
魔王「ま、あ妖精族は基本的には
ちょっと悪戯好きだが、戦争嫌いの臆病な連中だ。
と云うのも彼らは魔力こそそこそこ有るが戦闘能力が低くてな。
魔族同士の戦乱の世ではまっ先に
犠牲になっていたという歴史があるからだ」
勇者「そう言えば、以前、人間との戦争の前は
魔族同士で争っていたって云ってただろう?
あれはどんな感じだったんだ?」
メイド長「あれは乱世でしたね」
勇者「乱世……?」
魔王「基本は鬼呼族と蒼魔族の戦い、
人魔族と獣人族の戦いの二つが同時に起こっていた。
だがまぁ、至る所へ飛び火してな。
魔界の中に無関係と云えるような氏族や場所の
方が少なくなってしまった」
メイド長「血なまぐさい時代でしたね」
勇者「魔王は止めようとはしなかったのか?」
魔王「もちろんした。あのときも忽鄰塔を開こうとしていたのだ。
人間との戦争が開始されなければ……。
いや、それは云っても、仕方ないか」
メイド長「……」
勇者「まぁ、それはそれとしてもだな」
魔王「うむ」
勇者「やっぱり相当に辛そうだよな」
魔王「うーん」
445 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:53:30.73 ID:GDf918.P
勇者「だって、人間との共存を認めているのは
妖精族だけなんだろう?
そんで、全会一致って事はそれ以外の氏族は
全部説得して人間との共存を認めさせなきゃならない。
7つの氏族をそれぞれに説得して回るってのは
これは相当に難しい問題だろう。
ちょっと方法の想像さえ付かないぞ」
魔王「人間との共存は目指さないよ」
勇者「へ?」
魔王「共存じゃなくても良いんだ。
とりあえずの所は、戦争の停止だけで十分だ。
なんだったら限定的な鎖界、とかでもいい」
メイド長「鎖界とはなんですか?」
魔王「界を閉ざす。交流を断つってことだな」
メイド長「出来るんですか? ゲートのない今」
魔王「そりゃ完全なことは出来ないだろうが、
お題目としては有りだろう。
もちろん鎖界が戦争に繋がっては意味がないから
人間側の、まぁすくなくともいくつかの国とは
停戦協定をした上での鎖界と云うことになるだろうが」
勇者「そんなのでいいのか?
魔王は共存を目指してきたんだろう?」
446 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:56:29.74 ID:GDf918.P
魔王「それはそうだが、絵に描いた餅を眺めていても
仕方ないだろう。
目下は戦争を急いで停止することだ。
今のところはわたしが怪我で負傷をしたと云うことで
休戦状態にあるが、別に条約を交わしたわけでもなく
“事実上の休戦”でしかない。
人間とは現在戦争中なんだよ。
この状況では、小さなきっかけからどこで火が付くか判らない。
現にこのあいだ蒼魔族が人間界に単独侵攻したけれど
あれだって戦時下だから、魔王とは言えわたしにも
なにも云えない」
勇者「そうか。……そうだな」
魔王「とりあえず、停戦を目指す。
平和とか交流は戦争を止めてから考えるしかない。
地下世界と地上世界の交流にはそれだけの価値があると
わたしは思うんだ。だから、心配はしていない。
わたしは経済屋だしな」
勇者「交易で?」
メイド長「うん。地下世界から見れば、地上は宝の山だ。
塩や鉄や麦、羊や魚。欲しいものが沢山ある。
地上から見た地下も同様だ。香辛料や金、茶。
平和が来さえすれば、たとえ鎖界していたとしても
地下と地上は徐々に触れあってゆく。
当たり前だ。もうゲートはないんだからな。
人が行き来をすれば、感情的に行き違いがあっても
少しずつ傷も癒える。一口に魔族や人間と云ったところで
個人個人はいろんな存在がいるのだって判るようになる。
共存も出来るようになるさ」
447 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:58:52.13 ID:GDf918.P
勇者「そっか。うん」
魔王「目指す結論が、一時的な停戦であれば
氏族の意見も中立で十分だ。
“共存はともかく、積極的に攻めなくても良い”程度でな。
積極的な抗戦論を展開している氏族は、
蒼魔族、獣人族、機怪族の3氏族だけだ。
この三者を口説き落とすか、鬼呼族を交流賛成にまで
もっていって説得の側面支援に回ってもらえれば、
とりあえずの停戦は成り立つと思う」
勇者「そう考えれば……。さっきよりは無理じゃない気がしてきた」
魔王「であろう?」
勇者「そうだな。俺たちの代で全部やらなくても良いんだ」
魔王「なにをいうか。見届けるまでは……」
メイド長「まおー様」
魔王「あっ……」
勇者「……」
魔王「……」
勇者「まぁ、うん。とにかく随分目の前が開けたぜっ!」
魔王「……」
勇者「なんてツラしてんだよ。忽鄰塔を乗り切らなきゃ
どっちみち明日も明後日もないんだぞっ。
そのみっつの氏族を切り崩す準備はあるんだろうな?」
魔王「む。それは、明日からの交渉次第だな」
勇者「作戦は?」
魔王「まずは時間稼ぎだ」
452 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 18:17:37.17 ID:GDf918.P
――地下世界(魔界)、中央の交易都市、酒場
執事「クリッタイ?」
魔族の旅人「忽鄰塔、だよ。クーリールーターイー」
執事「忽鄰塔ですか。ほむ」
魔族の旅人「どこの山から下りてきたんだい、爺さん」
執事「し、失敬な! 田舎者ではございませぬぞ」
魔族の旅人「いや、どこからどう見ても田舎者だよ」
執事「そうかもしれませんが」しょんぼり
魔族の旅人「まぁ、良いってことよ。
暴漢から助けてもらったのは有り難かったしな!
爺さん、あんた強いなぁ!」
執事「これでも昔はぶいぶいいわせてたのですよ」
魔族の旅人「昔はか?」
執事「いまもぶいぶいですぞ。主にこんな」ぎゅいんぎゅいん
魔族の旅人「わははは! 爺さん若いなぁ!」
執事「にょっほっほっほ」
魔族の旅人「まぁ、お陰で荷物も無事だったよ」
執事「ところで、その忽鄰塔なるものは賑やかなのですか?」
魔族の旅人「ああ、そうだよ。大会議って云うくらいだからな」
執事「ほむ」
魔族の旅人「どれくらい賑やかなのかは
何十年に一度のものなんで行ってみなければ判らないが
主立った氏族の族長全ての魔王様まで出席だし
賑やかじゃないはずがないだろう」
453 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 18:19:02.00 ID:GDf918.P
執事「魔王、ですか」きらっ
魔族の旅人「魔王様だろっ、爺さん」
執事「そうでした! 魔王様魔王様。にょはは」ぎゅいんぎゅいん
魔族の旅人「俺もここらで玉蜀黍を仕入れたら
忽鄰塔へと回ってみるつもりなのさ」
執事「おや、会議なのに今から向かっても間に合うのですか?」
魔族の旅人「忽鄰塔と云えば、一ヶ月は開かれているのが
普通だって話だぜ。たとえ会議が早く終わっても、
その場合は早く終わったことを記念して宴が開かれるはずさ。
そうなれば玉蜀黍も捌けるだろうし、
ああいう会合は東西から商人が集まるんだ。
何か面白い荷が買い込めるかも知れない。どうせ一人旅だしな」
執事「そうですか、それは良いことですぞ」
魔族の旅人「ま、そんなわけで乾杯だ!」
執事「乾杯!」
魔族の旅人「乾杯!」
執事「にょっはっは。これは美味いですな!」
魔族の旅人「だろう、このあたりは玉蜀黍で酒をつくるのさ」
執事「にょっほっほ。いけますぞ!」
魔族の旅人「おうおう、どんといけ!」
執事(……忽鄰塔。魔王もその姿を現すという魔族の
戦略会議……。情報の価値は無限に大きいでしょうな)
465 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19:54:39.40 ID:GDf918.P
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、騎馬の背
青年商人「配役に手違いがある気がしませんか?」
火竜公女「約束は、約束ですゆえ」
青年商人「適材適所という言葉があると思うんですが」
火竜公女「契約を捨てるかや?」
青年商人「……」
火竜公女「反故にするかや?」
青年商人「判りました」
火竜公女「殿方はそうでなければ」
青年商人「どこで間違ったかは反省の余地がありますね」
火竜公女「明日の朝日をみれるのならば
反省会には妾がとっくりと付き合って進ぜる」
青年商人「いや、そこでお酒を入れるのが間違いだと思うんです」
火竜公女「酒は百薬の長にして人生の友と云うゆえ」
青年商人「公女のそれは度を過ぎています」
火竜公女「“我が君”の言葉であれば聞きもしましょうが」ふいっ
青年商人「……はぁ」
火竜公女「殿御ぶりが下がりますよ」
青年商人「もう大暴落ですよ。中央金貨も真っ青です」
火竜公女「行ってらっしゃいませ」
青年商人「骨は適当に肥料にでもしてください」
466 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19:56:09.22 ID:GDf918.P
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、竜族の天幕
さくり
火竜大公「誰ぞ?」
青年商人「こんばんは。お邪魔します」
火竜大公「何者だ? 近習、なにをしているっ」
近習「この男、公女殿下の紹介状を持っておりまして」
青年商人「よろしくおねがいします」
火竜大公「……良かろう。で、何者なのだ? 人間」
近習「にっ、人間っ!?」「人間ですって!?」
青年商人「判るものですか」
火竜大公「匂いが違うわ」
青年商人「ご慧眼ですね。竜族の長たる火竜大公。
わたしは青年商人。人間の世界で商売を営むものです」
火竜大公「商売とは?」
青年商人「あらゆるものを売り買いしております」
火竜大公「ふむ。まぁよい。
公女の紹介状ゆえ見逃そう。疾く去れ」
青年商人「そうはいきません」
火竜大公「何を言うのだ、人間風情が」ぼうっ
青年商人「いや、わたしだって去りたいんですけれどね」
467 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19:57:39.38 ID:GDf918.P
火竜大公「消し炭にでもなりに来たのか」
青年商人「いや、消し炭にならなかった“ソレ”もいるでしょう?」
火竜大公「……っ」
青年商人「ええ、そうです。黒騎士です」
火竜大公「知っているのか」
青年商人「ほんのりと」
火竜大公「近習っ」
近習「「「はっ!」」」
火竜大公「さがっておれっ」
近習「たっ、ただいまっ!」
ザッザッザツ
青年商人「……」
火竜大公「貴様、何者だ。何をしにきた?」
青年商人「実はさる契約がありまして。
商業上の道義的な責任において、
わたしはその契約に縛られているんです」
火竜大公「……」
青年商人「その契約者との約定に基づき、
“火竜大公をこてんぱんにしてこい”と。このようなわけでして」
火竜大公「ふっ。商人風情が、そのようなこと出来るのか」
青年商人「出来ません」
火竜大公「ふっ。白旗か。……あの男に似た気配かと思えば」
青年商人「しかしながら降伏も出来ない案件で」
火竜大公「契約者には腹を捌いて詫びるのだな」
468 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19:59:27.36 ID:GDf918.P
青年商人「いえいえ、そうも行きません」
火竜大公「なにゆえ?」
青年商人「契約を守られなかった契約者の鬱憤は
その謝罪で多少は癒えるかも知れませんが、
契約を守りたかったわたしの鬱憤は少しも癒えませんので」
火竜大公「大きな口を叩くではないか」
青年商人「そこでお願いがあるのですが、
……負けてはいただけませんか?」
火竜大公「何を言っているのだ。気でも狂ったか。
いや、やはり消し炭になりたいものと見える。
安心をしろ。一瞬で燃えかすまで焼き尽くしてくれようっ」
青年商人「塩を止めます」
火竜大公「は?」
青年商人「『開門都市』に流れている塩の流通量の95%を
現在わたしが掌握しています。その塩を止めることも可能です」
火竜大公「……なっ。なにを」
青年商人「魔族豪商殿は竜一族でもっとも力のある商人ですね。
彼の元へと卸される塩の蛇口を私どもが握っている。
その事実を申し上げました」
火竜大公「卑劣なっ」
青年商人「今回ばかりは、正真正銘命がけですから」しれっ
469 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:01:48.47 ID:GDf918.P
火竜大公「……貴様」
青年商人「塩がこの地において貴重品であるとの認識は
わたしも持っています。
わたしとしても、依頼者としても竜族と事を
無駄に荒げたくはない。
いや、地下世界における交易において、
竜族が新しいパートナーとしてもっとも相応しいと
敬意を抱いております」
火竜大公「脅しておいて今さら世辞を言うつもりかっ」
青年商人「そこで買って頂きたいものがありまして」
火竜大公「……何を売りつけようというのだ」
青年商人「じつは、先年人間の軍に奪還された極光島。
あの島を私どもは租借する結果となりました」
火竜大公「租借?」
青年商人「ええ、島ごと借り上げた形です。
現在旧来の設備に加えて、塩田を整備しています。
その塩田からあがる塩を」
火竜大公「買い取れと云うのか?」
青年商人「いいえ」
火竜大公「では、どういう用件なのだ」
青年商人「塩そのものではありません。
この塩田から毎年採取される塩の、その総量の1/3を
優先的に買い付けることの出来る権利。
これを買って頂きたい」
火竜大公「権利、か」
青年商人「あくまで権利です。対価は毎年頂きましょう。
しかし、価格については市場価格から両者が合意できる
額を決定できるように取りはからいます」
471 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:04:41.44 ID:GDf918.P
青年商人「念のために申し上げれば、この“総量の1/3”は
かつて魔族の軍は極光島を占領していた際、
地下世界へ送っていた塩の量にほぼ匹敵します。
塩田設備の差と、効率採集によるものだと考えてください」
火竜大公「……」
青年商人「……」じっ
火竜大公「強気じゃの」
青年商人「交渉は、それが可能なら強気で行うべきです」
火竜大公「ふんっ。……我が氏族にとってその塩は
なければならぬもの。塩がなければ命を落とすものも出よう」
青年商人「……」
火竜大公「何が欲しいのだ。我の首かっ。商人っ!」ギロッ
青年商人「……」
火竜大公「……」
青年商人「“わたしと戦って負けた”と云うことにして頂ければ」
火竜大公「……何故かは知らんが、心底嫌そうだの」
青年商人「当たり前です。わたしは商人です。
今回のような圧力をかけるような交渉だって
けして好ましくはない。
ましてや個人のプライドを対価に取るなど」
火竜大公「ふんっ。ここまで来て騎士道とやらか?」
青年商人「いえ、ただ利潤追求上、無意味であるばかりか
不利益であるということです。
将来的にパートナーになりうる可能性があるのならば、
顔まで出して恨みを買う意味などどこにもない。
同様の交渉は代理人や何枚かの壁を間に挟んでも
出来たはずなのですが……」
473 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:06:12.66 ID:GDf918.P
火竜大公「出来なかった、と」
青年商人「ああ。面倒くさいですね。やめましたっ」
火竜大公「ぬっ?」
青年商人「さて、ここに極光島塩田開発の計画書および
その生産量、塩の品質、輸送計画、コスト計算に関する
資料、それらに基づいた事業計画書があります。
われら『同盟』はとりあえず20年間、あの島を租借して
塩田開発事業、およびその輸出事業の許可を受けている。
本来は購入権利などでお茶を濁すべきかも知れないが
それはわたしの商人としての勘もそろばんも矜持ですら
“ぬるい”と告げている。
直裁に申し上げる。
我らはこの事業全体を“分割”する用意がある」
火竜大公「分割……?」
青年商人「そうです。この事業に出資して頂きたい。
この事業全体は人間の金貨にして6000万の規模を持ちます。
見返りとして、出資額に応じ、相応の割合の塩を
毎年お届けしましょう。またそれとは別に塩を好きなだけ
買い取って貰っても結構」
火竜大公「結局は塩の買い取りではないか」
青年商人「まったく違います」
火竜大公「……」
青年商人「これは一種の協定だと考えて頂きたい」
474 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:07:48.55 ID:GDf918.P
火竜大公「協定とは?」
青年商人「この契約が存在する限り、
わたしどもの組織『同盟』は、竜の一族に塩を供給します。
この事業が発展すれば、地下世界で塩を扱うことにより
竜の一族がより交易での繁栄を願うことも可能でしょう。
同様に、竜の一族が健在で、この契約を守っていてくれる
限りわたし達はこの事業から手数料や正当な利潤を経て
着実な利益を上げることが可能となる」
火竜大公「……」
青年商人「お解りのはずです。
これは、塩の交易を媒介とした安全保障条約です」
火竜大公「そのようなことを信ぜよと?」
青年商人「全ての情報はそこに書いてある通り。
現地の視察をなさっても構わないし、
魔族豪商どのに塩の運び入れ状況と品質について
お尋ねになるのも構わないでしょう」
火竜大公「……」
青年商人「私どもはこの魔界に販路を持ちたく願っています」
火竜大公「販路、か」
青年商人「……」
火竜大公「依頼者は公女か?」
青年商人「守秘義務のためにお答えできません」
476 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:10:10.36 ID:GDf918.P
火竜大公「良かろう、この話、検討しよう」
青年商人「……」
火竜大公「出資については追々詰めるべきであろうが、
人間界の金貨は持ち合わせがない。
砂金で払っても構わぬであろうな?」
青年商人「もちろん」
火竜大公「そちらの希望、および当方の事情からすれば
出資金による金銭授受の他に、いくつかの物品について
相互に物資をやりとりすることにより、空荷での
交易を取りやめ利益を上げるべきかと思うが?」
青年商人「はい」
火竜大公「こちらから供出、輸出できる品目については、
追ってリストを届けさせよう。これら取引の窓口は
魔族豪商にて依存は?」
青年商人「ありません」
火竜大公「――覇は求めぬのか?」
青年商人「商人の手には余ります」
火竜大公「負けた。……公女にはそう言っておこう」
青年商人「……」
火竜大公「嫌そうな顔をするな。これは我のあずかり
知らぬ事情なのだ。商人と依頼者の問題であろう?」
青年商人「はぁ……」
火竜大公「黒騎士殿に詫びる必要があるかどうかは
じきに判るのであろうな。ふわーっはっはっはっは!」
482 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:38:12.02 ID:GDf918.P
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕
勇者「あ゛~」 へたぁ
魔王「ううう……」 くたぁ
メイド長「あらあら、二人ともだらしない」
魔王「そんなことは云っても」 へろぉ
勇者「なんだ。会議だの根回しだのってのは
こんなにも疲れるのか。合戦並みの疲労だぞ」 よぼよぼ
メイド長「神経を消耗するという意味では同じですからね」
魔王「で、どうだったのだー勇者」
勇者「そっちこそどうだったんだよー魔王」
魔王「……」
勇者「……」
魔王「せーので、云うか」
勇者「わぁった」
魔王「せーの」
勇者「蒼魔族はだめだめ」 魔王「獣人族は話通じない」
魔王「……」 がくっ
勇者「……」 ぽてっ
メイド長「あらあら」
483 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:39:53.69 ID:GDf918.P
魔王「獣人族の奴ら、はなっから話を聞かないのだ。
どうもうさんくさい感じはするのだが、
挨拶をした次の瞬間から帰れと言われる始末。
挙げ句の果てには、女が魔王になっても
ろくな事にはならないなどと陰口を叩かれる。
あそこまで女性蔑視が強い氏族であったとは思わなかった」
勇者「蒼魔族は、なんていうか、表面上は最敬礼だぞ。
よく判らんが、黒騎士ってのは強い戦士なんだろう?
戦士部族らしい下にも置かないもてなしを受けたぜ。
ただ、話はさっぱり通じてる雰囲気がない。
“平和? 戦士である我らがそんな冗談を言ってはいけませんよ”
くらいの温度感だ。あいつらどっかいかれてるよ」
魔王「はぁ……」
勇者「ふぅ……」
魔王「なかなか先行き厳しそうだなぁ」
勇者「もーあれだよ。なんだっけ? 昔の魔王みたいに
ぱかーんとトップをやっちまうか?」
魔王「綺麗事を言うつもりはない。だからそれで氏族の意志が
変わるならやむを得ないとも思うのだが、そうでないならば
ただの押さえつけだ。いずれ噴出することになるだろう」
勇者「そうなー」
メイド長「お茶ですよ」
とぽとぽとぽ
魔王「ありがたい……」もそもそ
484 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:41:25.64 ID:GDf918.P
勇者「話すにしても交渉するにしても、もうちょっと
情報というか、背景みたいなのが判ってこないと
何にも見えてこない感じだ。
蒼魔族ってのは、あれかな。教会なのか?」
メイド長「?」
魔王「いや、違うと思うが」
勇者「なんだろうな。うまくは言えないけれど、
信仰みたいな匂いを感じたぞ。
信仰と云うよりは、確信なのかな。
疑いのない強さみたいな」
魔王「ふむ……。氏族に特定の宗教的な教えはなかったと思うが」
勇者「そうか……」
魔王「まぁ調べてみよう。
獣人族の方はもっとあからさまな女性蔑視を感じたな。
これはなぜだろう。新たな長と、その取り巻きのせいなのか……」
勇者「どんどん時間がたっていくな」
メイド長「ええ……」
魔王「そろそろ本腰を入れて交渉を開始せねばならぬのだが」
勇者「切っ掛けが欲しい」
魔王「軍人子弟と商人子弟、それに貴族子弟にまかせてある」
勇者「大丈夫なのかよ、あいつら」
魔王「信用するしか有るまい。信用できなかったら
そもそも共存の道など探る意味がない」
523 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 14:47:51.85 ID:pOGbuk6o
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、鬼呼族の天幕
鬼呼執政「では、停戦派にまわると?」
鬼呼の姫巫女「そうだ」
鬼呼執政「ご決断賜りまして」
鬼呼の姫巫女「我が鬼呼の地は極とは遠い。
ゲートが無くなったとは言え、地上界への道のりは
ずいぶんな距離になろう。
戦を傍観すれば被害も少なかろうが、
うまみも少ない」
鬼呼執政「人界への領土は作らぬ、とお考えで?」
鬼呼の姫巫女「領土が増えれば民は潤うだろうが、
その間の線を保つ労力は潤いととんとん、だと。そう踏んだ」
鬼呼執政「それも道理でしょうな」
鬼呼の姫巫女「蒼魔族の専制地を迂回するのならば、
竜族や人魔族の土地を踏み越えねば極へは至れぬ。
交易をするにしても、何らかの方法を考えねば
利を挙げることは叶わぬ。
最悪、魔族を挙げての大戦争に兵を取られて、
うまみは蒼魔族や竜族に全て持って行かれる
などと云うことにもなりかねない」
鬼呼執政「と、なるとまた形勢が変わりますな」
524 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 14:50:40.78 ID:pOGbuk6o
鬼呼の姫巫女「そもそも、今の魔王は停戦を望んでいるようだ」
鬼呼執政「ええ、はっきりとは申されませんでしたが」
鬼呼の姫巫女「……ふむ」
鬼呼執政「魔王様も、得体が知れない方ですな」
鬼呼の姫巫女「先代は考えの判りやすい方だったからな」
鬼呼執政「ええ」こくり
鬼呼の姫巫女「そもそも今回の魔王殿は、
聞いたこともない小氏族の出身だ。
確固とした自分の領土も、支援を誓う氏族も持たずに
しかも、見せしめの処刑や戦争もせずに
よくぞ20年も持ったものよな」
鬼呼執政「そろそろ、命脈尽きると?」
鬼呼の姫巫女「占術官の言葉によれば、あと一月」
鬼呼執政「……ほう。病ですかな、それとも討たれるのか」
鬼呼の姫巫女「しょせん、占術。気力と意志であろうな」
鬼呼執政「いやいや、しかし。馬鹿にしたものでもありませぬ」
鬼呼の姫巫女「わたしはあの頼りなくて危なっかしい
魔王が嫌いではないのだが……。他人ごととも思えぬゆえ」
鬼呼執政「しかし、まつりごとは自ずと別でございましょう」
鬼呼の姫巫女「心得ておる」
鬼呼執政「では、停戦。ということで」
鬼呼の姫巫女「その方向で、枝族の族長達への
内々に説明を頼む。親書の草稿を文官に書かせよう」
526 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 14:52:58.30 ID:pOGbuk6o
――冬越しの村、魔王の館、厨房
メイド妹「いいの、お姉ちゃん?」
メイド姉「いいのいいの。
皆様ちゃんと頑張って働いたんですからね。
美味しい料理をどんどんお願いね」
メイド妹「うん♪ んっとね、次はベーコンと
アスパラガスのパイ、それから肝臓の煮込みだよ。
それにクレソンのサラダ」
メイド姉「上出来よ」にこっ
商人子弟「で、そっちはどうなんです?」
軍人子弟「拙者もう、へろへろでござるよぉ」 ぱたり
貴族子弟「エレガントさが足りないね。君たちは」
商人子弟「いや、そういう君も弱ってない?」
貴族子弟「曇りの日だって時にはあるさ」
軍人子弟「書類が。書類がぁ」
商人子弟「そんなこと喚いたって武勲を立てて出世したんだろ?」
貴族子弟「聞いているよ。なんでも護国卿だっていうじゃないか
僕たちの中じゃ一番の出世頭だと思うよ」
軍人子弟「騙されたんでござるよ……」
メイド妹「はーい! 新作のパイだよぉ♪」
メイド姉「ワインもありますよ?」
商人子弟「おお、ありがとう!」
貴族子弟「お二人はいつも可愛らしいですな」
軍人子弟「飲まないとやってられないでござる」
527 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 14:54:25.23 ID:pOGbuk6o
メイド妹「あのねー。軍人のお兄ちゃんは、鉄の国で
私たちを助けてくれたんだよ? 格好良かったよ」
メイド姉「ええ、凛々しかったです」
商人子弟「なんだお前。見せ場あったんじゃないか」
貴族子弟「そうだそうだ。
女性を助けるなんて僕にふるべき役所だろう?
君は自分の顔をわきまえたまえよ」
軍人子弟「軍人は民間人を助けてなんぼでござるっ」むぅ
メイド妹「喧嘩はダメだよー?」
メイド姉「そうですよ。注いであげませんよ?」
商人子弟「いやいや。これは喧嘩って云うか。なぁ?」
貴族子弟「そうそう。仲間内の愚痴ですよ」
とくっ、とくっ、とくっ
軍人子弟「騙されたんでござる……」
商人子弟「それに、なんだ。貴族子弟も……。もぐもぐ」
貴族子弟「?」
商人子弟「湖の国と赤馬の国での話は聞いているぞ?」
貴族子弟「まぁね」
軍人子弟「拙者も聞いたでござるよ!」
メイド妹「なになに、なーにぃ?」ちょこん
メイド姉「どんなお話ですの?」
貴族子弟「たいした話じゃないんですよ、淑女がた」
軍人子弟「いーや! たいした話でござる」
530 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:02:19.01 ID:pOGbuk6o
商人子弟「修道院で働いていた湖の王族の外戚がいましてね。
まぁ、色んな事情で恵まれない環境でしたが、
それでも王族の一人。
歳は花も色づく16歳、美しく貞淑なること百合のごとし少女」
軍人子弟「おぬし語りが上手いでござるなぁ。
このパイも絶品でござるが……。もしゃもしゃ」
商人子弟「なぁに、僕のは吟遊詩人の受け売りさ。
で、この事情が事情なら、王宮で暮らしているはずの王女。
この王女と、遊歴の身の上で修行中の赤馬の国の王子と
知り合った。――修道院の光さす庭で、
互いにそうとは知らぬまま」
メイド妹「わぁ。お話みたい!」
商人子弟「一目で恋に落ちる二人!
しかしお互いの名も知らず身分も知らず、
何度かの逢瀬を繰り返すもすれ違うばかり。
時は風雲急を告げ、中央の国家に降りかかる未曾有の国難。
物価の高騰に、なにやら戦の気配。
赤馬の王子は国元へ呼び戻され、
おり悪くその外戚の王女も宮殿へと力尽くで移されることに」
メイド姉「……王族の方も、自分の意志では生きられないのですか」
商人子弟「王族であらばこそ。って云うのもあるんでしょうね」
軍人子弟「きっと騙されたんでござるよ……」
商人子弟「もはや巡り会うことのない星の定めの二人。
かたや湖の国の淑女としてゆくゆくは政略結婚の道具。
かたや赤馬の国の王子として、いずれは長兄を王にいただき
戦場へと赴く身。どう考えても二人の運命は
離れて行かざるを得ない」
531 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:03:10.14 ID:pOGbuk6o
貴族子弟「……」
商人子弟「そこで我らが貴族子弟の登場だ。
赤馬の王子と夜盗と化していた盗賊団と戦い
酒を酌み交わしたと思えば、馬術大会で競いあう。
かたや湖の国の宮殿にて、市井の卑しい生活を送っていたと
陰口を叩かれ、友の一人もいなかった孤独な王女の
話し相手となり、ダンスの手ほどきをする。
やがて彼女は生まれながらの典雅さを備えたとも思える
優美で清楚な姫君へと変わる」
メイド妹「かぁっこいい!」
商人子弟「舞踏会で再会をした二人。
気が付かないままに赤馬の王子は二回目の恋に落ち、
群舞曲の調べのままに、花のような娘と踊る。
意を決した王子が赤馬の王へと出奔を願い出て
二人でどこか他国へと駆け落ちするかと思えたその夜に
貴族子弟が知恵を貸し、父王を鮮やかに説得。
四方丸く収めて王子と王女の早春の恋も成就と聞けば
――これはもう、歌物語のようではないですか?」
メイド姉「素敵なお話じゃないですか」
メイド妹「うんうんっ!」
軍人子弟「なんでお前にだけ格好良い役が
回ってくるでござるかっ」
貴族子弟「別に格好良くはないだろう?
僕の役回りなんて、聞いての通り、徹頭徹尾脇役じゃないか」
商人子弟「いやいやいや。なかなか出来る事じゃないと思うぞ」
軍人子弟「夜盗の一団と戦ったのでござるか?」
貴族子弟「まぁ、やりあったけれど」
532 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:05:03.50 ID:pOGbuk6o
貴族子弟「あんな街角で歌われているような
派手な戦いではなかったよ。
傭兵崩れだったけれど、100人なんて嘘っぱち。
本当は15人ほどしか居なかったし、酔っていたんだって。
その殆どだって王子が格好良く切り伏せてしまったのさ。
首領との一騎打ちは、それは流石に見応えがあったけどね。
僕がやったのは、斥候して見張りを倒して。
……まぁ、僕が出来るのは、そんなものさ」
メイド妹「ねぇねぇ。お姫様は本当にそんなに綺麗だったの?」
貴族子弟「それはぁ。
――うん。
でも、お話よりもずっとおてんばでね。
穀竿なんて振り回したりして、勇ましかったよ。
明るかったし聡明だったし、なによりも気品があったね。
修道院勤めで、繕いだらけの古着を着ていた時にさえ、
月の移る湖面みたいな美しくて、優しい娘だった。
……笑うと子供みたいなんだけどね」
メイド姉「……」
軍人子弟「何でこいつばかりが……ううう」
533 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:07:23.47 ID:pOGbuk6o
メイド妹「わぁ、美人さんなんだねぇ」
貴族子弟「メイド妹だって、十分キュートだよ?
あと5、6年も立てば男の子が放っておかない
淑女になること、間違いなしさ」
メイド妹「えへへへ~♪」
商人子弟「何にせよ大活躍だ」
軍人子弟「だいたい、そんな可愛い娘にダンスだの
教えて、おぬしの方はなーんにも無かったんでござるか?」
貴族子弟「ははははっ。ないない、全然さ。
そもそも相手は、慕ってる男がいるんだよ?
そこに僕が登場するなんて野暮も良いところじゃないか。
僕はちょっぴり話し相手になって
宮廷生活に付きものの細かい仕来りやマナーを教え、
ダンスを1、2曲手ほどきしただけさ。
なんていうのかな……。
あんまりにも、彼女が必死なものだからさ。
手助けしてやらずにはいられないほど健気で
諦めを知らないものだから。つい、だよ。
それに、花のような笑顔とでもいうんだろうね。
あんな風に微笑まれたら、手助けせずにはいられないよ。
ぼかぁこれでも貴族だからね」
メイド姉・商人子弟「……」
535 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:10:13.09 ID:pOGbuk6o
軍人子弟「さようでござるかぁ……。
拙者も可愛い娘と知り合いたいでござるなぁ」
メイド妹「じゃぁ、貴族のお兄ちゃんは、がんばったんだね!
えらいよぅ。もう一個パイをあげる!」
貴族子弟「これはこれは、レディ。光栄でございます」にこっ
商人子弟「まぁ、まだこの先色んな機会があるさ」
メイド姉「はい」
貴族子弟「そうさ、軍人君? 君にだって出会いがね」
軍人子弟「有るんでござるかなぁ……」
メイド妹「軍人のお兄ちゃんには、この馬鈴薯をあげます。
たすけてもらったもんね!」
軍人子弟「なんかこのしょっぱい馬鈴薯だけで、
拙者いきていける勇気がわいてくるでござるよ」
メイド姉「立派な仕事を為されているのですわ」くすくすっ
貴族子弟「税収と通商の方はどうなんだい?」
商人子弟「忙しいねっ」
軍人子弟「まったくでござるよ」
貴族子弟「おいおい、それが仕事なのだろう?」
536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:12:55.05 ID:pOGbuk6o
商人子弟「追われてるよ。……でもまぁ、おかげさまで。
この半期は前期と比べて、馬鈴薯の収穫量は倍だ。
戸籍と里家制の効果が出始めてきた」
軍人子弟「その辺の制度、鉄の国でも運用できないでござるかね」
商人子弟「里家制はともかく、戸籍は早期に把握すべきだろうな」
貴族子弟「うちのほうで、紙の生産工房をふたつ増やしたそうだよ」
商人子弟「丁度良いじゃないか。過去の羊皮紙の記録も
紙に移し替えた方が断然便利だぞ。かさばらないし」
軍人子弟「そこも手をつけるべきでござるかねぇ」
商人子弟「記録から手をつけなきゃだめだろう。
記録、保存、参照は経験を蓄積するための基本だって
授業でも何度も出てきたじゃないか」
軍人子弟「いやしかし、そこに手をつけるとなると、
高官の皆様方に話を通す必要があってでござるなぁ。
面倒くさい仕事がねずみ算式に……」
商人子弟「まーその悩みは判るけどね。
……となると、冬の国は王が若く変わったタイミングで、
僕が士官したんだな。それで、結構やりたい放題やっても
老臣さん達はあんまり文句を言ってこないのか。
何事も都合が良かったんだな」
貴族子弟「エレガントにこなすためには、
付き合いや根回しは重要なのだよ。諸君。
……それが社交という言葉の意味だよ?」
537 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:14:06.77 ID:pOGbuk6o
軍人子弟「いやはや」
商人子弟「で、我らが妹弟子の方はどうなんだい?」
貴族子弟「そいつは、是非聞かないとね」くるっ
メイド妹「美味ひぃね……。もきゅもきゅ」
メイド妹「はい?」
軍人子弟「お二人でござるよ」
メイド妹「??」
メイド姉「弟子って……」
商人子弟「おいおい。同じ師匠に教わったじゃないか」
メイド姉「でも、わたし達、そんな授業なんて」
貴族子弟「授業だけが学ぶ場ではないでしょう。
ぼくたちが授かったモノはそんな小さくはないはずですよ」
軍人子弟「授業だけで学んだのなら、
あんなにお尻が腫れ上がることもなかったでござる」
メイド妹「わたしはぁ、去年は40個新作のレシピを
作りました! みんな美味しいと大好評でしたっ♪」
貴族子弟「それは素晴らしい。この煮込みなんて宮廷でも
ちょっと食べられないくらい柔らかくて美味しいですよ」
軍人子弟「まったくでござる。鉄の国の酒場は量が多いばかりで、
味付けはどんな料理でも一緒でござるよ」
商人子弟「うんうん。妹くんはどこに勤めるにしても
我々三人の推薦状つきでコックになれるよ」にこにこ
538 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:16:19.56 ID:pOGbuk6o
メイド姉「わたしは……」
貴族子弟「ん?」
メイド姉「わたしは何もしてないです……」
商人子弟「おいおい、そんなことを云っちゃダメだよ」
貴族子弟「僕たちは、あの演説の学士が
本当は君だって知っているんだし」
軍人子弟「そうでござるよ」 むしゃむしゃ
メイド姉「でもあれは、何かしたというわけでもないです。
みんなに迷惑ばかり掛けて、戦争になりかけていうるわけで。
正しいことなのか、間違ってはいないかって
ずっとずっと思い悩んでいるのに」
商人子弟「それは結果だよ」
メイド姉「……っ」
貴族子弟「君は僕らの妹弟子なんだから、
もうちょっとしゃんとして欲しいね。
自信のなさは女性の麗質を曇らせるんじゃないかと僕は思うよ?」
軍人子弟「でも、子女はこのくらいがたおやかで良いでござるよ」
メイド妹「お姉ちゃん……?」
商人子弟「お節介かも知れないけれど、
“そこ”にいつまでも隠れているわけにも行かないだろう?」
貴族子弟「……」
軍人子弟 こくり
539 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:17:48.18 ID:pOGbuk6o
商人子弟「まあね」にこっ
メイド妹「?」
商人子弟「まだ時間はあるさ!」
メイド姉「……」
貴族子弟「今日のところは、別件がありますしね」
軍人子弟「あ! そうでござった!」
商人子弟「たまに頼ってきてくれたかと思えば
師匠の人使いの荒さってのは言語に絶するな」
貴族子弟「まったく。僕が一番の重労働だと思うね」
軍人子弟「こっちでござろう?」
商人子弟「懐が痛いのはこっちだよ。各種貴石を金貨で
5万枚分だぜ? 痛いじゃ済まない」
貴族子弟「こっちは、12地方の土壌サンプルだ」
軍人子弟「拙者は純度別の鉄鉱石、馬車一台相当でござる」
メイド姉「あっ。はい。話は聞いています」
商人子弟「ここに預けるで構わないのかな?」
メイド姉「ええ、後で取りに来るって仰ってました」
商人子弟「師匠は何をやっているのだか」
貴族子弟「師匠のことだから、何かとてつもなく迂遠なことを
天才的な手腕でやってるのではないかな」
軍人子弟「井戸の底から月を射貫くような人でござるからなぁ」
メイド妹「当主のお姉ちゃん達も、
一緒にご飯食べられればいいのにね-」
545 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:24:18.28 ID:2wq60CIP
――地下世界(魔界)、天幕で作られた街、広場
おおおお! すっげぇ! 六人抜きだっ!
ドガシャァー!
勇者「俺の勝ちだ」
銀虎公「くっそぉぉぉぉ! 次だっ!
誰かおらぬのか!? 我ら獣牙の勇士はっ!」
白狼勇士「わたしが相手だっ!」くるくるくるっ! すたっ!
勇者「銀虎公、魔王を侮辱した件。10人抜きで謝罪して貰うぞ」
銀虎公「良かろう、黒騎士よっ!」
白狼勇士「その戦、見事! しかしここまでだっ!」
ガギィィンっ!
勇者「お。強いな」
白狼勇士「何を抜かす! 我と打ち合ったが最後、
狼族の脚力から繰り出す必殺のっ!」
勇者「ヤクザキック」
ぼぐぅ
白狼勇士「かはっ!? ……腹が。俺の腹が……
無くなったようだぁっ!」
す、すげぇ。あの猛者、白狼が泡を吹いて……
悶絶してるよ……。起き上がらないぞ……
勇者「悪い、あんまり加減できなかった」
546 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:25:48.09 ID:2wq60CIP
銀虎公「次だっ! 次へ掛かれっ!」
銅熊勇士「我が無双の剛力をしかと受けよっ!」ずだーん!
勇者「しっかし、獣人族は層が厚いな。
こんだけ強いのがわんさといるのかよ。
……呪文無しじゃ結構きついぞ」
銀虎公「ふふんっ。戦士の名誉にかけて
証明するのではなかったか?」
勇者「云われなくてもっ」
銅熊勇士「せいやぁ!」 ずどーん! ずだーん!
勇者「せやっ!」 ひゅばっ!! キン!
銅熊勇士「!?」
鉄の六尺棒を一太刀で切った!? なんて切れ味だ。
あれが剣の魔王がかつて使ったと云われる黒の武具の力か……
勇者「武具じゃねぇよ、自前だよ」
銀虎公「ええーい! 五神将! 五神将はおらぬか、かかれっ!」
赤鮫将「ようやく出番かっ! 行くぞ、黒騎士っ!!」
ギン! キン! ガギンギンギン!
勇者「……って。ナニ食ったらこんなパワーが出るんだっ」
赤鮫将「骨が丈夫になる小魚だっ!」
勇者「冗談でもねぇっ!」
赤鮫将「はははっ! そらそら、足がもつれているぞ!」
547 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:26:58.60 ID:2wq60CIP
勇者「こういう場合は、いなすっ」 シュキンっ
赤鮫将「ぬぉっ!?」
ずるっ
勇者「一手!」 ひゅばっ! 「二手ッ!」 ギンッ!
赤鮫将「早いっ! これほどとはっ!」
勇者「んでもってぇ」ひゅぅぅんっ「見えない刃っ!!」
ズダン!!
勇者「ふっ。峰打ちだ」
な、なんだ? 何が起きたんだ!? 黒騎士が一瞬素手になって
赤鮫将軍が起きれないぞ。痙攣してるっ。
今のはやばいだろ、垂直に落ちたぞっ!?
勇者「いま9人だ。引くならここだ」
銀虎公「……っ」
勇者「銀虎公に申し上げるっ! ここに集まった皆も聞けっ!」
ざわざわ、ざわざわ
勇者「魔王は弱いっ」
……え。
な、なんてことを言い出すんだ!? 黒騎士殿はっ。
549 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:29:46.73 ID:2wq60CIP
勇者「確かに魔王は弱い。銀虎公殿は別格として、
今戦ったどの勇士にも、魔王は戦場では勝てないだろう」
そ、そんな……。魔王様は弱いのか?
でも魔王様なんだぞ? そんなわけが……。
勇者「いや、ちゃんと弱い。大抵の魔物より弱い。
配下の俺が言うのも何だが、メイドよりも弱い。
しかし、本当の強さとは何か?
確かに銀虎公どのは戦場では無双の勇士だろう。
しかし、万の大軍にたった一人で勝てるか?
勝てはしまい。
そのときは銀虎公どのも軍を率いて戦うだろう。
それが長の強さというもので、己一人の力では
成し遂げられぬ事をも成し遂げる指導者の器だ」
勇者「魔王は個人としての武力は弱いがそれで構わない。
むしろ己のみが強く軍を率いることの出来ない魔王よりも
己はか弱くても、大軍を率いて勝てる
そんな魔王の方が、この魔界において強大なのは自明だ。
さらにいえば、かの魔王はその上を行く。
それは“戦をせずに勝つ”ことだ。
かの魔王の目指す地平は遠く、
誰にもが理解できる物ではないがな。
魔王が在位してから、魔族通しも含めて戦で命を落とした
ものがどれだけ減ったか」
銀虎公「……っ」
白狼勇士「それこそ怯懦の証ではないか!
戦を避けてこそこそ逃げ回っていただけのことよっ!」
勇者「貴公は俺に倒されて今は死体だ。死体は喋るな」
白狼勇士「っ!」
550 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:31:40.01 ID:2wq60CIP
勇者「いかがか、銀虎公」
銀虎公「……」
勇者「魔王の強さを認めても、
銀虎公の強さはいささかも揺らがぬ」
銀虎公「……」
勇者「魔王は弱い。戦場では力強き腕の力が必要だ。
銀虎公どのの万夫不当の力が必ずや必要となろう」
銀虎公「……わかった」
勇者「では」
銀虎公「魔王に謝罪するとしよう。
かの魔王殿は、その名にふさわしい実力を持っていると。
黒騎士どのは魔王の剣だ。
その武力があるのならば、獣人一党は魔王殿を侮らぬ」
勇者「ありがたい」すちゃ
銀虎公「だがしかし、魔王に武力が必要だという考えは変わらぬ」
勇者「……」
銀虎公「いまは我が武将に勝った黒騎士の顔を立てよう。
戦場での差配に関する話もその通りだと認めよう。
しかし、魔王は戦場で指揮を執ったこともないではないか。
実際、戦功を立てるまで、あの魔王殿の実力はまだ判らぬ。
判らぬものに、信頼は置けぬ」
勇者「……そんな戦場自体をこちらはなくしたいんだがなぁ」
銀虎公「そのような戯れ言判らぬわっ」
勇者「まぁ、とりあえずはこんな手打ちで良いかぁ」
551 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:39:45.21 ID:2wq60CIP
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の天幕街
執事「ここが忽鄰塔の会議場。まるで街が出来たかのような」
諜報局精鋭「局長。後続部隊8名到着」
執事「にょっほっほ。交代要員は適当な丘をさがし
天幕を張り商人を装うこと。
そちらをしばらくの間本部とする。班編制の上哨戒を実行」
諜報局精鋭「はっ」
ザッザッ!
執事「さぁて、どうなっていますかな」
諜報局精鋭「先行偵察、戻っています」
執事「聞きますよ~」
諜報局精鋭「はっ。この天幕街には少なく見積もっても
6000名以上の魔族が集まっているようです。
周辺の渓谷などには今少しの護衛などが分散しており、
激しくはありませんが、一種の軍事的拮抗が存在します」
執事「ふむ」
諜報局精鋭「ここに集まっている魔族の約1/3は
族長や、族長に準ずる魔族の有力者、その側近、召使い、
護衛などのようです。
残りの2/3にはそう言った有力者や今回の会議を対象に
商売をしようとする商人たち、また自分の腕を売り込もうと
する士官希望者達も含まれています」
552 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/20(日) 16:40:54.65 ID:2wq60CIP
諜報局精鋭「忽鄰塔なる魔族の族長会議は
中央の専用大天幕で連日のように行われています。
文化的背景については未だはっきりとしないものの
ここに集まった多くのものたちは、
この会議が今月末までは最低でも続くと思っているようです」
執事「あと一週間ですか」
諜報局精鋭「中央の天幕の隣にあるのが魔王の天幕のようです。
魔王は初日に演説をしたとのこと。
驚くべき事ですが、現在の魔王は女性。
つまり女王だとのことです」
執事「ふむ。女王……」
諜報局精鋭「しかし、以降姿は公には見せず、
会議に専念している様子。先ほども云いましたが
中央の大天幕との往復、もしくは会議に出席をする
八大氏族と呼ばれる特に有力な氏族の族長を訪ね
協議を重ねているのだと思われます」
執事「接触は?」
諜報局精鋭「現在までに機会はありませんでした。
こちら側の情報が漏洩しないことを第一に考えて
相当に防御的な配置で諜報をしています」
執事「そのままで結構」
諜報局精鋭「はっ」
553 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:42:47.05 ID:2wq60CIP
執事「しかし、ふむ」
諜報局精鋭「局長はいかが為されますか?」
執事「ここはわたしも潜入することにしますかね」
諜報局精鋭「大丈夫でしょうか」
執事「もちろん十分に注意はします。
しかし、今までに巷間に流れた噂と会わせて
会議は地上世界との戦争についてだと考えて
ほぼ間違いがないでしょう。
これについてはなんとしてでも確度の高い情報を
入手するべきでしょうな。にょっほっほ。
もし、必要であれば」
諜報局精鋭 ごくり
執事「“突然死”という二つ名の由来を指導せねばなりません」
諜報局精鋭「はっ、はいっ」
執事「にょっほっほっほ」
諜報局精鋭「ではっ、探索に戻ります」
執事「判りました。連絡は本部を使用してください」
諜報局精鋭「はっ」
561 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 17:21:46.06 ID:2wq60CIP
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕
魔王「……」
勇者「どうした? どこからだったんだ?」
魔王「ふむ。鬼呼族の姫巫女からの親書だ」
勇者「どんな?」
魔王「停戦に同意する、と」
勇者「おお。……つっても、
あそこは元から交戦派じゃないよな」
魔王「いや、この意味合いは小さくはない。
“交戦したくはない”と“停戦をしたい”では
その示すところが大きく異なる。
鬼呼族は大勢力であるしな。
先の乱世では 蒼魔族とは感情的なもつれがある仲だ。
蒼魔族を説得、とはいわぬが、意志をかえさせるには
鬼呼族の側面支援はありがたいだろう」
勇者「そうか。……機怪族はどうだ?」
メイド長「勇者様に運んで頂いた、鉱石、土壌サンプルなどを
全て届けさせました。大きな興味を示されたようです」
魔王「そうでなくては、かなわぬ」
勇者「これでテコ入れになったかな?」
魔王「確実に効果はあろう。機怪族は発展のためにも、
一族を増やすためにも希少鉱石と鉄が必要不可欠だ。
この二つが、地上世界との交易により安定的に
供給されるとあらば、一族の意志は根底から
問い直されることとなろう」
勇者「良い方向だな」
563 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 17:22:49.08 ID:2wq60CIP
勇者「それにまぁ、荒療治だけど、
獣人族の方も云われたとおりにしてきたぞ」
メイド長「いかがでした?」
勇者「メイド長の思惑どおり、矛は収めてくれたよ」
メイド長「そうでしたか。ふふふっ」
魔王「どういう事なんだ?」
勇者「いや、獣人族の女性蔑視が酷いって言ってたじゃないか」
魔王「ああ」
勇者「その辺いじって喧嘩をふっかけさせてさ。
そのうえで十人抜きとかいって、その侮辱を撤回させてきた」
魔王「そんなこと出来るのか?」
勇者「おいおい、一応は勇者だぜ」
魔王「でも、余計に感情が悪化しなければいいが」
勇者「その辺は、メイド長の作戦でな」
メイド長「はい」
勇者「適当なところでこっちも譲って、
相手を持ち上げていおいたんだ。成功したとは思うけれど」
メイド長「しばらくはぎくしゃくするかと思いますが
悪い方に転がってはいないでしょう。殿方ですからね」
魔王「ふぅむ、やるな」
勇者「ちょっとつついただけさ」
564 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 17:23:54.49 ID:2wq60CIP
魔王「だが、こうなると。そろそろ頃合いか」
勇者「うん」
魔王「……迷うが」
勇者「でも、そろそろ時間的にも押してきているんじゃないか?
なんとなくだけど、他氏族の長も苛々している印象を受ける」
メイド長「そうですねー。あまりにも長引きすぎると、
温度は魔王様の指導力の問題も感じさせてしまいますね」
勇者「だけどまだ、蒼魔族は全然攻略できてないんだよな」
メイド長「ですね」
魔王「いや、一度押してみる時期か」
勇者「いくのか?」
魔王「ああ、この件で鬼呼族が当てに出来ると判った以上、
他氏族の反応も含めて探るべきだろう。
特に機怪族の意見について変化があったかどうかを知りたい。
うまくいけば、蒼魔族の底意が開戦であったとしても
全体の意見の圧力で雰囲気を一気に停戦に
持っていけるかも知れない。
そうなれば蒼魔族の1氏族だけでは、そこまで強固に
交戦の主張も出来ぬであろうしな」
勇者「確かにそうなるか」
メイド長「では、明日にでも」
魔王「うむ、最初の激突といこう」
567 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:13:48.69 ID:2wq60CIP
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕
ざわざわ……
魔王「さて、議論も出尽くした感がある。
我ら魔界を支える偉大なる八大氏族。その氏族の長がたに
今一度、この先の人間界との関係について意見を求めたい」
紋様の長「ふむ……」
蒼魔王「そんなものは決まっている。踏みつくし侵攻すべきだ」
銀虎公「おう! 人間何するものぞっ。
そもそものところが、われらが緑なる大地に盗賊のように
忍び込み、火を放って侵略を進めてきたのは人間ではないか!」
鬼呼族の姫巫女「しかし、勝ちが決まったとういう訳でもあるまい」
巨人伯「そうだ……。関わり合っても……。
人間とは……被害、増える、だけ……」
碧鋼大将「地上世界の鉱物資源には気を引かれますがな」
蒼魔王「鉱物資源など、征服してしまえばいかようにでもなる!」
火竜大公「……これは勇ましい」
妖精女王「わたしは反対です。せっかく二つきりの世界。
戦争は多くを踏みにじり、踏みにじられ、
互いに疲弊する選択肢。
ここは平和への道を模索するべきです」
銀虎公「ふんっ。腰抜けの妖精族がっ」
568 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:15:46.37 ID:2wq60CIP
魔王「銀虎公。忽鄰塔の場だ、無駄な挑発は慎んで頂こう」
銀虎公「ふんっ」
魔王「わたしはなにも、停戦して即座に人間世界と
共存しようだなどとは考えてはいない。
だがしかし、現在の地下世界と地上世界の戦力を考えると
戦争をして勝てるとは言いきれぬ。
いや、緒戦もしくは短期間であるならば、
奇襲を中心に勝ちを収めることも出来ようが
長期に渡る遠征は費用から見ても難しいだろう。
そもそも勝ってどうする?
人数では圧倒的に勝る人間の地を我ら魔族が支配して
その支配を維持できるのかが疑問だ。
当面の間、ゲートが破壊された“極”には十分の防衛軍を置き
出入りに関してはな警戒を続ける。
我ら地下世界にとって有利で有益な貿易であれば、
制限しつつ続行をしても良いが人間となれ合う気はない。
開門都市を取り返したとは言え、我らは侵略を受けた側なのだ。
謝罪の必要は認めぬ。
ただ現在の状況を見て、戦争を継続するのが合理的かどうかを
判断して欲しい」
勇者「上手い言い様だな。あれなら反感もかき立てない」
メイド長「魔王様ですから」
紋様の長「我ら人魔族は、最初からの意見を変えるつもりはない。
この件に関しては氏族の中でも議論も意見も割れている。
よって立場としては中立、どちらにも与せぬ」
569 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:17:06.97 ID:2wq60CIP
蒼魔王「われら蒼魔の意見は統一されておる、
このさい人間は滅ぶべきだ。彼らには彼らの罪の深さを
炎の中で思い知らせるのが我らの道だと考える」
銀虎公「我が一族も同様。人間どもの狩り場を
我ら魔族の物とすれば、遠征にかかる費用など容易く
取り戻せよう。……ただし」
火竜大公「ただし?」
銀虎公「そのための準備期間として、しばらくの停戦が
必要だというのであれば、その声に耳を傾けぬでもない」
蒼魔王「銀虎公っ。臆したかっ」
銀虎公「何を言うっ!」
鬼呼族の姫巫女「わが鬼呼族は戦争には反対だ。停戦を求める」
蒼魔王「っ!!」
鬼呼族の姫巫女「万事考え合わせるに、
こたびの戦は我が方の受ける被害が
甚大であろうという結論に達した。
おのおのがたも覚えておいでだろうが、
我らは一度は人間界の版図、極光島を占領したのだぞ。
しかし、その極光島を維持することは出来なかったのだ。
それはなぜか?
われらが維持に必要なだけの兵力や物資を
あの島に供給し続けられなかったのが大きな要因といえよう。
確かに口惜しいことではあるが、現在の我らは
仲間内で争うばかり。この戦争をやり遂げる実力に
欠けるのではないかという疑念をぬぐえん」
570 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:18:48.21 ID:2wq60CIP
妖精女王「私ども妖精族も停戦には賛成です。
もとより戦を望んだことは一度もありません。
しかるべき使いを立てて、人間との交渉に当たらせるべきです」
巨人伯「俺たちは……戦争……しないで……すむなら……
停戦に……合意……する……」
碧鋼大将「停戦するにしろ、地上世界の物資は我が氏族に
とって必要だと判断する。
よって停戦の場合の条件に何らかの交易取引、
もしくは賠償としての物資要求をしていただきたい。
――そのような条件下で停戦に合意しましょう。
かなえられない場合は、一戦を辞さないと我が氏族は考えます」
火竜大公「まぁ、このような流れになってしまっては
仕方ありませぬなぁ。
竜族としても停戦に合意いたしましょう。
懸念であった開門都市もまた、
人間族からは奪い返し魔王殿の直轄領となった。
あの地が征服されたままでは絶対に合意することは
ありませんでしたがな」 ぼうっ
魔王「ふむ、ではとりまとめると……
条件はあれど、停戦に合意できるとする氏族が6。
中立が人魔族一統、そして交戦すべしが蒼魔族……。
このようになるな」
勇者「思ったよりも良い流れだぞ」
メイド長「ええ。獣人族が曲げてくれたのが大きいです」
蒼魔王「なんて軟弱な奴らなのだっ。おのおのがた!
魔族の誇りはどうなされた! 我ら魔族が人間の風下に
立ってなんとするっ!」
571 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:20:58.03 ID:2wq60CIP
妖精女王「しかし、停戦は魔王様の意志でもあります」
銀虎公「ふんっ。小癪だが魔王は、魔王だ」
巨人伯「そう……だ……」
鬼呼族の姫巫女「われらが魔族の大協定。
魔王の言葉にはそれだけの重みがある。
一考しなければなるまい?」
蒼魔王「っ! 敗北主義者どもが」
魔王「どうだろう? 蒼魔の勇士よ、ここは曲げてもらえぬか?」
紋様の長「あえて、というならば人魔の意見も停戦だ。
なにもことさら人間と和議を結びたいわけではないが、
ここで会議の結果が割れては、
またしても魔界は乱世をむかえてしまうだろう。
それだけは避けねばならぬ」
蒼魔王「――そんなにも」
銀虎公「?」
蒼魔王「そんなにも魔王の言葉が重いのか。
では、各々がたに問おう。
たしかに三十四代魔王“紅玉の瞳”の意志は停戦に有りとて
しかしその魔王ご自身が決戦を決意されたならどうなさる!」
572 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:22:26.35 ID:2wq60CIP
巨人伯「……それは……しかたない」
碧鋼大将「魔王のご意志であれば、我ら鋼の民はくつわを並べて
戦場にはせ参じ、人間らと一戦交えるのみ」
銀虎公「それこそが我ら獣牙の勇者の望みよっ。
そのような雄々しい魔王の指揮の下、新たなる肥沃な世界に
領土を求めることこそ、戦士の誉れっ」
妖精女王「しかし、戦はっ。戦争は互いの氏族を滅ぼす
諸刃の剣っ。そのようなことでは氏族の命脈保てませぬっ」
蒼魔王「それこそ魔王の責務であろうっ。
魔族を導き魔界に大いなる繁栄をもたらすことがっ。
優れた魔王であるならば、
妖精族から被害を出さずに勝利を手にすることも可能なはずだ。
妖精族は魔王に信頼を置くことが出来ないというのか?
それともなにか? 妖精族は我が氏族可愛さに
魔界全ての繁栄を否定するというのかっ」
妖精女王「そのようなことはありませぬが……」
蒼魔王「我ら蒼魔の一族は、ここに
三十四代魔王“紅玉の瞳”の廃位を要求するっ!!」
巨人伯「っ!」
火竜大公「なんじゃとっ!?」
鬼呼族の姫巫女「そのようなこと、許されると思うてかっ!」
573 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:23:34.25 ID:2wq60CIP
魔王「っ!?」
勇者「なっ、なんだ!? そんなことあるのかっ!?」
メイド長「判りませんっ。そんなことが出来るか
どうかなんて考えたことさえありませんでしたっ」
妖精女王「馬鹿なことをっ! どのような権利を持って
たかが一介の氏族長がそのようなことを要求するのですっ!」
蒼魔王「出来るのだ。『典範』にも明記されている。
非常に希なことではあるが、第八代の治世に前例がある」
巨人伯「前例……」
火竜大公「うかつっ」
鬼呼族の姫巫女「前例とは?」
蒼魔王「『典範』によれば、“魔王を除いた忽鄰塔参加族長の
半分の賛成を持って魔王を廃位出来る”となる。
すなわち、4名だ。
使われたことが一度しかない権利だが、前例は前例だ」
銀虎公「そのような前例が……」にやり
碧鋼大将「魔王殿はその在位の間一度も戦の経験がおありではない。
このような魔界存亡の危機にその資質が問われると?」
蒼魔王「我ら蒼魔族はそのように考える」
銀虎公「そうだな。魔王たるもの相応の実力を持ってなきゃいかん」
碧鋼大将「……理に叶うのであればそれも道」
巨人伯「……魔王は……おおきな……ほうが……良い」
574 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:26:18.09 ID:2wq60CIP
勇者「何だってんだこいつら」ぎりっ
メイド長「落ち着いてくださいっ」
火竜大公「ふぅ……」
鬼呼族の姫巫女「魔王の廃位か。……して、新魔王は?」
蒼魔王「それは魔王が倒れた時と同じように、
新しい星が魔王を選ぶだろう。
候補者の中から魔王選定の武会を開催して決めればよい」
銀虎公「今度こそ、我が獣人から魔王を出すのだっ」
蒼魔王「これは頼もしいことですな。だがしかし、
われら蒼魔族も忘れて貰っては困りますぞ。
どちらにせよ、次代は雄々しい魔王をいただけるというわけだが」
巨人伯「我ら……巨人の子らに……栄光は……輝く……」
鬼呼族の姫巫女「……そのようなことを考えておったか」
魔王「……」
メイド長「まおー様が、真っ青です……」
勇者「魔王っ。どうにかならないのか」
メイド長「まったく予定にないことですから……」
蒼魔王「では、決を採るとしましょう、各々がた」
火竜大公「いや、またれよ」
蒼魔王「は?」
575 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:28:46.55 ID:2wq60CIP
火竜大公「これはこれで、重大事。
しばし協議の時間をいただきたい」
蒼魔王「何を話合う必要がある。
この評決は全会一致を目指す訳でもない。
己が信じるところの意思を表明すればそれで事足りるわ」
銀虎公「その通りだっ」
鬼呼族の姫巫女「いや、火竜大公の云うことももっとも。
氏族への説明も無しに決めることは、出来ないこともあろう。
それぞれがそれぞれの事情を抱えているのだ」
蒼魔王「ふんっ」
巨人伯「日没……来る……」
蒼魔王「良いでしょう。日没まで後二時間ほどだ。
採決は日没に行いたい。
そのために二時間を協議に当てると云うことで宜しかろうな」
火竜大公「……良かろう」
鬼呼族の姫巫女「心得た」
妖精女王「そんな……」
魔王「……では」
紋様の長「いや、これは魔王“紅玉の瞳”殿の進退を問う評決。
魔王殿、あなたが発言することは重大な『典範』への
挑戦となりましょう。二時間を、心安らかにお過ごしあれ。
結果如何によっては、今宵、開戦の決が取れるやもしれませんぞ」
603 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 20:29:22.37 ID:2wq60CIP
魔王「やられたっ」どんっ
メイド長「まおー様……」
魔王「あんな手に出てくるとは、予想してなかった。
こちらの読みが甘かった……。
わたしも魔王の権威に頼っていたというのかっ」
勇者「……」
魔王「……すまぬ。良いところまで議論を
追い詰めていたというのに。このままでは……」
勇者「いや、これは俺の責任だ」
メイド長「勇者様……?」
勇者「警告は受けていたんだ。――魔法使いから。
『典範』を探して、調べろって。それを突き詰めなかった
――俺の責任だ」
メイド長「……」
魔王「いや、そうではない。
結局は目先の停戦ばかりを追いかけて、魔族の中に信頼を
育てることが出来なかったわたしの無為が招いた結果だ」
勇者「駄目なんて云うなよ」
メイド長「そうですよ、諦めるには早すぎます」
魔王「しかし、この二時間で打てる手がない。
あそこまではっきりと釘を刺された以上、
わたしが他の族長の説得をすると云うことは、
保身以外の何者でも無かろう。
残されるとすれば、採決の場にて魔王廃位に票を投じた長を」
604 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 20:31:12.87 ID:2wq60CIP
勇者「殺しちまう、ってやつか」
魔王「そうなる」
勇者「だが、この状況になっては意味がないな」
メイド長「そうですか?
まおー様だって云ってたじゃありませんか。
過去には言うことを聞かなかった
長を消し炭にした魔王さえいるって。
それこそ前例があります」
魔王「だが、しかしそれは1名だったのだ」
勇者「ああ。つまりは、全会一致のために、
その1名を取り除く必要があったんだ。
消し炭って云う過激な手段に目が行くけれど、
結局魔王は他の7氏族の支持を受け代表して粛正したに等しい」
メイド長「……」
魔王「この状況で、たとえば4名の長がわたしの
廃棄に票を入れたとする。
その長を皆殺しにして決定を破棄させたとしても、
“半数の氏族が魔王を支持していない”と云う事実は
消えることがない」
メイド長「そんな……」
魔王「今までも支持をしていたわけではないだろうが、
それでも魔王の名前が持つ権威に従ってくれていたのだ。
蒼魔族は判っているのだろうか。
わたしの廃位うんぬんではなく、
ここで決定的な亀裂が起きてしまえば
また魔族の内部分裂が始まる。
乱世の再来を自分たちで招いていることに……」
勇者「……」
魔王「事は魔王が廃位する、と云うことより深刻なのに
ただ見ているしかできないとは……」
607 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:06:12.56 ID:2wq60CIP
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕
蒼魔王「さて、時間だ」
魔王「……」
勇者「大丈夫だ。いざとなれば力尽くでも」
メイド長「でもそれじゃ」
勇者「魔王を護る。そうすればまだチャンスはあるはずだ」
紋様の長「日が沈むな……」
蒼魔王「さよう。緑の太陽がその輝きを衰えさせる」
銀虎公「評決と行こうではないか、皆の衆」
碧鋼大将「良かろう」
巨人伯「……わがっだ」
火竜大公「……」
蒼魔王「では、動議を提出させて貰ったわたしから行こう。
われら魔族が戦を望もうと望むまいと、
現に今は戦時下である。人間が何時攻め込んでくるやもしれぬ。
そのような時に、怯懦な魔王を頂くとは
氏族の民に対する裏切りにも等しい。
わが蒼魔は、現魔王の廃位に票を投じる」
609 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:08:21.73 ID:2wq60CIP
妖精女王「妖精族は現魔王の今までの業績を評価します。
魔族同士の争いを止め、紙や土木技術などの面で
魔界の文化に貢献なされました」
銀虎公「文化? ふんっ」
妖精女王「我らは小さきもの、かそけきもの。
月光と森羅に住む妖精族は現魔王を支持します」
魔王「……」
銀虎公「わが獣人族にとって力が全て。力あるものに従い
戦においては武功を立てて、平時にあっては力を蓄える。
現魔王は1回の親征も行ってない故にその実力は未知数。
わが獣人族は伝統に従い、力計れぬものに信頼は置けぬ。
獣人族は、現魔王の廃位を求める」
鬼呼族の姫巫女「我らが戦に対する求めは
先に話したとおりの現状維持。魔王を変えてなんとする。
次に選ばれる魔王が、戦に狂った狂人でない保証はなく
現魔王よりも力に溢れているという保証もない。
我らは常に何時の世代であれ、
配られた札での勝負を余儀されなくされてきた。
それがこの世界の不文律。
限られた選択肢の中で知恵をしぼる尊さを理解する故に、
我ら鬼呼の民は現魔王を支持する」
碧鋼大将「地上に溢れる宝はやはり我が氏族に不可欠。
その素晴らしさを教えてくれた現魔王には感謝するが
やはり我らと人間はわかりあえぬ。
魔族の中ですらその異形ゆえ、
長い間権利も認められず機械人形の類として虐げられてきた我らは
人間との交わりの中で、
一度得た我らが権利が失われることをこそ恐れる。
やはり人間と共には暮らせぬ。
――我らは、現魔王の退位を望む」
610 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:09:47.40 ID:2wq60CIP
紋様の長「我らが人魔一統は、この件に関しても中立を
貫かせて頂く。つまり、棄権だ」
蒼魔王「ふんっ。その優柔不断がそのうち手ひどい
火傷になって自らを焼かないように気をつけることですな」
巨人伯「……魔王は……ちいさ、すぎる……。
俺たちは……小さいひとより……おおきな、ひとが、良い……
……いくさは。なくてもいい……が……
魔王は……変わるなら……変わった、ほうが……
良い……」
魔王「……っ」
勇者「よっつだ……」
メイド長「駄目――なのですか……」
銀虎公「魔王は廃位。これで次代の魔王が生まれるのだっ!」
碧鋼大将「新魔王、か」
蒼魔王「早速ふれを出さなければ。しかし、在位20年。
長くはないが、けして短くはない。
しかも、存命のまま魔王の座を降りることが出来るなど
ある意味限りなく幸運なことと云えましょうな」
火竜大公「黙れ」
蒼魔王「は? なにを云っているのですか? 老公。
もはや結果は出たのです。今さら何をかばう必要があります」
火竜大公「黙れ、と云ったのじゃ」 ごうっ!
619 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:24:51.07 ID:2wq60CIP
鬼呼族の姫巫女「……」
蒼魔王「では黙りましょう。ご老公。何か仰りたいことでも?」
火竜大公「我がまだ票を入れていない」
銀虎公「何を言っている、もう結果は出たのだ!」
蒼魔王「さよう。ご老公が現魔王を支持したとしても、
結果は変わりませぬ。何を言い出すのです」
火竜大公「そのようなことを云っているのではない。
我はこれでももっとも古くから魔界の氏族として
成り立ってきた竜の一族、そのとりまとめたる火竜大公ぞ。
何故その言葉を聞かれることもなく
かような重大な決議を下されねばならぬっ!」
銀虎公「だから結果は変わらないと……」
火竜大公「黙らっしゃい!!
我が一族を軽んじるのではない! そのように云っているっ!!」
鬼呼族の姫巫女「それは、もっともな仰りようではあるな」
紋様の長「確かに」
蒼魔王「ふむ。一理あるようだな。
是非ご老公の判断も伺いたい。
たとえその意見が結果にいささかも影響を
与えられないとしても、ですがな」
620 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:25:55.06 ID:2wq60CIP
銀虎公「早く言って欲しいな、こちらは年寄りではないのだ」
火竜大公「……」
妖精女王「火竜大公、最後の意見を」
魔王「……」
紋様の長「ご老公、票を投じ為されませ」
火竜大公「……」
蒼魔王「ええい、何を押し黙っているのだ!
みずから軽んじるな、発言を重んじろと云っておきながら
沈黙を通すとは、いかなる了見か。応えて頂こうっ」
銀虎公「そうだ、ご老公。その態度はわれら八大氏族と
忽鄰塔を愚弄することに他ならぬぞっ」
バサッ
東の砦将「遅れましたかい?」
副官 ぺこり
魔王「え?」
勇者「砦将……? なんで」
624 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:27:22.12 ID:2wq60CIP
火竜大公「では、我が竜の一族から申しあげよう。
我が竜の一族は、ここに改めて、新しい氏族を紹介したい」
蒼魔王「なっ、何を言い出す! この危急の時にっ!」ダンッ
銀虎公「氏族だと!? 聞いたこともないっ!」
鬼呼族の姫巫女「説明して頂けるか? ご老公」
火竜大公「もちろんだ。
だがひとまずは彼の者の口上を聞くのが宜しかろう」
東の砦将「あー。俺、じゃねぇや。
えーっと。それがしは東の砦将と申す者。
ここに忽鄰塔本会議すなわち大氏族会議への
参加を求めてやってきた」
魔王「参加……?」
蒼魔王「何を言う! 忽鄰塔本会議は魔族のなかでも
もっとも実力ある八大氏族と魔王が意志決定をする
魔界の最高機関。
貴様のような木っ端魔族が参加するような所ではないわっ!」
東の砦将「そいつぁどうも。俺は魔族でもない人間なもんで」
蒼魔王 がたっ!
銀虎公「人間だとっ!?」
巨人伯「に、人間……!」
蒼魔王「どういうつもりだ、火竜大公っ!!」
火竜大公「どういうつもりもこう言うつもりもない。
そもそも魔族とはなんぞ? この地下世界、魔界へ住む
ものの総称であろうがよ。この者は魔界に住んでいる。
故に魔族だ。人間でもあるのだろうがな」
627 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:28:35.56 ID:2wq60CIP
銀虎公「そんな説明が納得できるかっ!」
火竜大公「『典範』のどこにも、人間を魔族と認めぬとは
書いていないではないか」
鬼呼族の姫巫女「あははははは!!!」
紋様の長「その人間がこの会議に何用なのだっ!」
東の砦将「ええ、それをこれからご説明しますよ。
俺、あー。それがしは、族長として」
蒼魔王「人間の次は族長だとっ!?」
東の砦将「そうですな。
それがしは衛門族の族長として、氏族四万八千を背負い、
この忽鄰塔大会議への参加を要求します」
銀虎公「……」
碧鋼大将「な、なんだ、それは……」
妖精女王「四万八千……?」
火竜大公「さよう。この忽鄰塔大会議は魔王と魔族の中の
有力部族の長による会議。
別に八大氏族などと決まっていたわけではない。
思い出すが良かろう?
そもそも機怪族が参入したのは、たかだか6代前ではないか」
碧鋼大将「我らはその権利を勝ち取った」
巨人伯「あれは……戦争の……結果……」
火竜大公「何も戦は必須ではない。4万を超える氏族と
すでに会議に参加している二氏族の長からの推挙があれば
それでよい」
635 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:30:35.71 ID:2wq60CIP
妖精女王「4万……?」
紋様の長「ばかな、それでは中小の氏族でさえ、
大会議に参加できることになる」
蒼魔王「そうだ、そのような民の数で何故有力を名乗れる!」
火竜大公「そんなことは、わしのあずかり知ったことではないわ!
前例があり、『典範』に記述がある。それだけよ」
副官「私から説明させて頂きます。
えー。
おそらくは前例の作られた時代による要因が
大きいのではないでしょうか?
つまり当時であれば、おそらく4万は十分な
大氏族であったのかと考えます」
紋様の長「時代……だと……」
火竜大公「しかし、前例は前例だ。前例は絶対なのであろう?」
銀虎公「だ、だれが推挙するというのだっ!
人間の治める氏族などっ!!」
東の砦将「頼むよ、爺さま」
火竜大公「我が後見に立とう。後1名は、そうじゃな……」
鬼呼族の姫巫女「あはははははっ! これは愉快、痛快じゃ。
よかろう。わたしが立とう。妖精女王でも引き受けては
くれようが、わたしもこの人間の言い様が気に入った」
644 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:33:49.52 ID:2wq60CIP
副官「こちらが氏族四万八千の連名書。
および氏族の本拠地たる開門都市自治政府の信任状。
ただいま後見を頂きました両氏族の長の言葉を持ちまして
全ての条件を整えましてございます」
蒼魔王「我らの声はどうなるっ」
火竜大公「この前例は評決さえ必要とはせぬよ。
手続きが終わった今よりこの男は衛門族の族長。
この会議に参加し、発言する権利を完全に備えた参加者じゃ」
鬼呼族の姫巫女「はははっ! して、どうする」
魔王「っ!」
蒼魔王「……まっ、まさか」
東の砦将「問うまでも無きこと。我が衛門族が望むは平和と繁栄っ。
すでに我が都市には多数の人間が暮らし、
魔族と手を携えてやっておりますよ。
もちろん面倒揉めごとはありやすがね。
それでも何とかやっていけるもんでさぁ。
俺たちゃべつにガキじゃねぇんだ。
腹立ち紛れに殴り合うこともあれば、
同じ釜の飯を食って肩をたたき合うこともある。
人魔族、獣人族、妖精族に、竜族、蒼魔族、
数は少ないが巨人族さんや機怪族、鬼呼族さんだって
いらっしゃるんだ。
ルールは一つだ。仲良くやって豊かになれ。
俺たち……あー、なんだ面倒だな。
それがしと衛門族は、現魔王を支持しますってことで」
火竜大公「さて。おぬし。半数は取れなんだようじゃの」
653 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:49:03.77 ID:2wq60CIP
勇者「砦将っ! 砦将っ! ば、馬鹿やろうっ!
知らなかったぞ、俺はっ!!」
東の砦将「すまねぇな、勇……黒騎士さんよぅ。
俺たちだって馬を何頭もつぶしてさっきついたばっかりなんだ。
どうもその、二時間か? その間についちまったらしくて
どうやっても魔王の天幕には近づけなくてな」
魔王「これだけのことを……。
わたしはその恩に応えるほどの事もしていないだろうに。
あの都市に砦将殿が残された遠因はわたしにもあるのに」
東の砦将「いいってことさ。あの馬鹿な司令官の
煤払いをしてくれたんだって思えば有り難いくらいで。
って、魔王さまだったな。
えー、ありがたく思っているんです」
魔王「ふふふっ。普段どおりで良いのだ」
東の砦将「ほう。なんだよ、笑うじゃねぇか」
副官「ま、その辺は後ででも」
火竜大公「そうだの。卿の会議はこれ以上進むまい?」
鬼呼族の姫巫女「宜しかろうな、皆様方」
銀虎公「ちっ! 切り上げだ! 帰るぞっ!」
蒼魔王「不愉快だ。失礼するっ」ガタッ
紋様の長「あれが開門都市の……」がたり
654 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:50:40.53 ID:2wq60CIP
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕前
魔王「そうか、それで馬を飛ばして……」
勇者「魔法使いが『典範』を届けてくれていたのか」
副官「そうなんですよ。でも、解読するのに時間が掛かって。
それで、もしかして何か役に立てるかもと思って信任状を
とったり慌ただしかったものです」
魔王「手間をかけたな。深く礼を言う」
勇者「魔王がこんなに感謝するのも珍しいぞ」
魔王「何を言う、わたしは恩知らずではないぞ!」
メイド長「あらあら、まぁまぁ」
勇者「まぁ、ともかく天幕で一息つこう」
東の砦将「喉もからからだし腹も減ったよ」
副官「そうですねぇ」
メイド長「とびっきりのお茶を入れますわ。
ねぇ、魔王様。お祝いですから、紅葉色の深煎り茶でも」くるんっ
ヒュン! ヒュンヒュンヒュン!!
魔王「え」 トスっ
勇者「狙撃っ!? どこだっ!?」
東の砦将「弓矢かっ、伏せろッ!!」
副官「なんて威力だっ」
メイド長「魔王様っ!? 魔王様っっ!!!」
魔王「あ。……ん。……ゆう、しゃ」
勇者「魔王っ!!!!!」
755 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:21:22.12 ID:0Bi87sEP
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕
バサッ!!
火竜大公「魔王殿が倒れたというのは真実かっ!」
東の砦将「……」
鬼呼族の姫巫女「そうだ」
火竜大公「何が起きたというのだ。説明せんかっ!」
副官「あの会議の後、わたし達は魔王様の天幕へと
短い距離を談笑しながら移動していました……。
何者かが、無防備な魔王様を弓矢による狙撃で……」
火竜大公「魔王殿は、魔王殿は無事なのであろうなっ」
紋様の長「今は遅延の紋様を施した奥の部屋にて」
火竜大公「遅延……とは?」
紋様の長「毒をお受けです。その効果をゆるめるために」
東の砦将「弓矢は、肺を貫いた。どうあっても相当な重傷だ。
いや、本来即死でもおかしくはねぇ。
それを黒騎士が尽きっきりで食い止めようとしている」
副官「……」
紋様の長「紋様の唱え師と鬼呼族の癒し手に
祈呪をさせてはいますが、あまりにも傷が深すぎ
毒性も強すぎる……」
756 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:22:48.45 ID:0Bi87sEP
鬼呼族の姫巫女「なにゆえ……」
火竜大公「どこの誰がやったのだっ。
このような時に、このような場所で。
かつて忽鄰塔において魔王が討たれたことなど一度たりとて無いっ」
東の砦将「……っ」
鬼呼族の姫巫女「このようなやり方で魔王を討ってなんとする。
そのような卑劣なやり口、
我らが魔族において受け入れられると思うているのか。
――痴れ者がっ。
卑劣な暗殺などで意を通そうとしても八大、
いや九大氏族ことごとく背くことがなぜ判らぬ」
紋様の長「人間、ですか……」
副官「何を仰るんですっ!?」
紋様の長「このような方法で魔王を討ったとしても
それは汚名になりこそすれ、武名とはなりません。
魔族においてそれは判りきったこと。
我ら族長を動かすことなど……。
であれば、魔王を討つための人間の刺客を疑うのは必然」
火竜大公「……いや、さように考える我らたればこそ。
ことさらに魔族かも知れぬ。
討っ手が露見さえせねば汚名もまたかぶる必要がない。
“障害が取り除かれた”。
その一事を持ってよしと考える輩かも知れぬ」
鬼呼族の姫巫女「今は祈るしかないのか……」
757 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:24:04.91 ID:0Bi87sEP
ぱさり……
勇者「……」
火竜大公「黒騎士殿っ」
鬼呼族の姫巫女「魔王殿の様態はどうなのだ!?」
勇者「……一両日が峠だ」
東の砦将「っ!」
鬼呼族の姫巫女「何かいりようなものはないか?
氷か? 薬草か? いま本拠に最高の癒し手を
呼びに行かせておる」
勇者「……いや、お二方には世話になった。
望める限りの援助の手をさしのべて貰って、感謝の言葉もない。
いまはメイド長がついているが……。
奥には入らないでくれ。
――壊死が、ひどい」
副官「そんな……」
勇者「……魔王が倒れたら、次の魔王の選出はどうなる?」
火竜大公「今はそれどころでは」
勇者「教えてくれ」
紋様の長「……星が魔王の候補者を選びます。
候補者は身体のどこかに刻印が現われる。
刻印がくっきりと大きいほどに魔王になる素質が高いと
一般には言われています。
事実、歴代の魔王は濃い刻印を持っている」
758 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:25:40.85 ID:0Bi87sEP
鬼呼族の姫巫女「刻印を持つ者は多くの場合複数現われる。
と云っても、二人から三人だが。
現魔王が即位した時は、例外的に刻印を持つ者が多かった。
あのときは確か……」
紋様の長「六人でした」
鬼呼族の姫巫女「刻印を持つ者が一人であれば、その者が魔王だ。
複数であれば、魔王を決めるための継承候補者戦を行う。
魔王本人、もしくは従者を代理に立てての勝ち抜き試合だ。
この勝者を持って魔王とする」
勇者「……そうか」
ざっざっざっ
火竜大公「どこへ行く、黒騎士殿っ」
東の砦将「おいっ!」
勇者「魔王の意に沿いに行く」
火竜大公「何を!? どこへじゃ」
勇者「……戦いを止めるには時を移す訳にはいかない。
魔王の命を燃やす時は黄金の一粒より貴重だ」
副官「そんな……」
鬼呼族の姫巫女「黒騎士殿」
紋様の長 ざっ
鬼呼族の姫巫女「鬼呼族の長としてわたしはここに留まろう。
結果をうけあえぬは断腸の想いなれど癒しの祈り手と共に
最善を尽くしましょう」
勇者「感謝する」
ばさっ!
759 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:26:33.82 ID:0Bi87sEP
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、天幕の街
ひゅん、しゅばっ!
たったったったっ、たったったったっ。
勇者「夢魔鶫っ」
夢魔鶫「御身の側に」
勇者「足跡は?」
夢魔鶫「申し訳ありません、たどれませんでした」
勇者「位置の把握は出来たか」
夢魔鶫「北東の丘の一つです」
勇者「案内しろっ。“加速呪”っ」
ひゅん、しゅばっ!
――。
――――。
夢魔鶫「こちらです」
勇者「……ここから狙撃したのか」
妖精女王「黒騎士様」
勇者「こちらにいたのか」
妖精女王「はい。妖精族は氏族をもって都市を封鎖しています。
もっともわたしたちの戦力では、封鎖と云うよりも
監視に過ぎませんが……」
勇者「それで良い」
760 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:27:26.96 ID:0Bi87sEP
妖精女王「魔王様は……?」
勇者「危険だ」
妖精女王「……」
勇者「そのまま監視を続けてくれ。変事があれば報告を頼む」
夢魔鶫「主上」
勇者「どうした?」
夢魔鶫「逃走経路を探索した結果、複数の形跡を発見。
おそらく犯人は、数人から十人程度の組織で行動中です。
互いに移動の痕跡を消しあいながら移動している様子」
妖精女王「集団なのですね」
勇者「そいつには聞きたいことがある、色々とな」
妖精女王「はい」
夢魔鶫「主上、おかしな痕跡を発見しました」
勇者「……なんだ」
妖精女王「何もないではありませんか」
勇者「これは……戦闘か?」
夢魔鶫「判りません」
妖精女王「妖精族の魔力でも、何かあったかどうか
かろうじて感じることが出来る程度ですが……」
勇者「“影の中の一矢”。……爺さんか」
770 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:08:29.97 ID:0Bi87sEP
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、天幕の街外縁
羽妖精「イタ?」
羽妖精「イナイー」
羽妖精「ミタ?」
羽妖精「ミナイー」
羽妖精「デモ」
羽妖精「デモ」
羽妖精「ナンカ、キタ」
羽妖精「兵隊ダヨ、兵隊ガイルヨ」
羽妖精「息ヲ潜メテイルヨ」
羽妖精「隠レテイルヨ」
羽妖精「ゴ注進ダ-!」
羽妖精「女王様ニゴ注進ダ-!」
羽妖精「黒騎士様ト魔王様ガ危ナイヨ」
羽妖精「危険ダヨー!」
羽妖精「ゴ注進ダ-!」
羽妖精「女王様ニゴ注進ダ-!」
羽妖精「谷間ニハ兵隊ガ潜ンデイルンダッテ!」
771 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:10:26.07 ID:0Bi87sEP
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、蒼魔族の天幕
蒼魔王「黒旗がたなびいたか」
蒼魔武官「どうやら魔王の命脈は尽きたようですな」
蒼魔王「ふっ。あのような惰弱な魔王、
どうあってもその命の炎は揺らめいていたのだ。
我らが提案に乗り引退しておれば命ながらえたものを。
しょせん、女に戦は出来ぬ」
蒼魔武官「真にその通りで」
ざっざっざっ
蒼魔上級将軍「王よ」ざっ
蒼魔王「おお。上級将軍、よくぞまいったな。
魔王は死んだぞ。……どこの誰だかは判らんが
まったく見事なタイミングの事件よな」
蒼魔武官「将軍、お早いおつきで」
蒼魔王「して、王子は?」
刻印の蒼魔王子「父上。僕も一緒ですよ」
蒼魔王「おお! 健勝であったか?
我が息子にして世継ぎの皇子よ!」
刻印の蒼魔王子「はははっ。おかげさまでね」
蒼魔上級将軍「刻印の確認、済ませてございます」
蒼魔王「していかに?」
刻印の蒼魔王子「ふっ。この両目こそがその証」キィンッ
772 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:11:56.60 ID:0Bi87sEP
蒼魔上級将軍「二つの瞳に表れた刻印、これこそ魔王の証。
しかもその強さたるや、歴代屈指かと」
紋章官「……蒼魔王子に称えあれ。ひゅっ」
蒼魔王「慶事である。わが治世もここに完結を見たか。
刻印の王子を得た年に、魔王が死ぬ。
これも魔界の神が蒼魔の一族を嘉したもうあかし!」
刻印の蒼魔王子「何時までも王子じゃ格好もつかないさ」
蒼魔王「……どういうことだ?」
刻印の蒼魔王子「将軍、頼むよ」
蒼魔上級将軍「はっ。御身がために」
紋章官「……」ニタニタ
蒼魔王「なっ! なにをっ!?」
蒼魔上級将軍「相馬族の繁栄のため、心安んじられよ、陛下」
蒼魔王「なっ! な、なっ! 貴様ぁっ!?」
ザッシュ!!
――ゴトン。
刻印の蒼魔王子「ふん」
蒼魔上級将軍「終わりましたな。刻印王よ」
刻印の蒼魔王子「刻印王か……。
悪くはないが、別の称号が待っている」
蒼魔上級将軍「さようでございます、我が主よ」
刻印の蒼魔王子「魔王はこの僕が継ごう。
ふっふっふっふ。はぁーっはっはっはっはっは!!」
776 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:30:45.41 ID:0Bi87sEP
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕
蒼魔上級将軍「さて、お集まり頂いたのは他でもない。
不幸な事件により魔王殿が身罷られたのは
我らにとって大きな傷手。
この窮地を脱するために、
氏族の長の知恵を借りねばならぬかと思い、お招きした次第」
碧鋼大将「……」ぎろっ
火竜大公「お前は誰だ。それに蒼魔王はどこにいるのだ」
蒼魔上級将軍「これは失礼をした、
わたしは蒼魔一族の兵を束ねる上級将軍。
蒼魔一族はこのほど新しい族長を迎えた。
今回のお招きは、新しい族長の紹介もかねていると
思っていただければ、これ幸い」
鬼呼族の姫巫女「新しい、族長じゃと?」
蒼魔の刻印王「この僕だ。蒼魔王の世継ぎの長子に当たる。
蒼魔王は昨晩、急な発作で世を去った。
僕は父からの後継指名を受けて王として学ぶべきを
学んできた身だ。この継承は蒼魔一族の支持も受けている。
――以後、お見知りおき願おう」
銀虎公「……そうかい。血の匂いがしねぇでもないが」
巨人伯「一族の……きめごと……」
火竜大公「ふっ、そうだな」
鬼呼族の姫巫女「氏族の内側には干渉しないのが我らが習い。
それが蒼魔族の下した決断ならばしかたなかろう」
777 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:32:01.62 ID:0Bi87sEP
紋様の長「だが“魔王亡き後の”とは?」
蒼魔の刻印王「魔王殿が身罷られたことは
諸卿らもご存じのことと思うが、その後の対応策についてだ」
銀虎公「対応策も何も……」
鬼呼族の姫巫女「次期魔王決定については
星回りが決めることであろう」
蒼魔の刻印王「しかし、その時期が問題だ。
わが蒼魔族がかねてから再三主張してきたように、
今われらが魔界は人間界との戦時下にある。
停戦とも交戦とも結論が出ぬままに
魔王だけがこの世を去った。
次期魔王を得ぬままに時を浪費しては、
これは魔界の存亡に関わる」
勇者「……」
紋様の長「そう言われれば、そうではありますね」
碧鋼大将「では、どうせよと若長はいうのだ?」
火竜大公「魔王不在で忽鄰塔を続行すると?」
蒼魔の刻印王「それが必要であれば」
銀虎公「この九名で物事を決しようというのかい」
蒼魔の刻印王「ひとつ諸卿に報告すべき事がある。
それは僕のこの両目に、刻印があると云うことだ」
778 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:33:41.64 ID:0Bi87sEP
碧鋼大将「両目……に!?」
鬼呼族の姫巫女「まさか……」
妖精女王「かつて“魔眼”と恐れられた魔王でさえ、
刻印は右目のみだったと云うのに」
東の砦長「どういうこったい?」
蒼魔の刻印王「そうだ。僕はほぼ確実に、次の魔王だ。
いや、現魔王が死んでいる今、
ほぼ魔王であると云ってもおかしくはない。
蒼魔族が確認している限り、現時点で他の候補者は、
存在しない」
銀虎公「そうなのか!?」
碧鋼大将「そのようなことが……」
勇者「……っ」
紋様の長「考えてみれば、先代の六人は多い候補者でした」
蒼魔の刻印王「ふふふふっ。
そのような影響が、今代で出たのかも知れないな」
巨人伯「魔王……決まった……か……」
火竜大公(蒼魔族め……。何が魔族のためだ。
魔王廃位とはこのような心算あっての。
……いわば保証付きの要求だったか)
鬼呼族の姫巫女「だが、しかし現在は候補者だ」
妖精女王「ええ、そうです。けして魔王ではない」
779 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:35:30.99 ID:0Bi87sEP
蒼魔の刻印王「それは判っている。僕とて若輩の身。
諸卿らに支持して頂くまでは、
努々、魔王であるなどとは思い上がるまい」
碧鋼大将「ふむ」
巨人伯「では……どうしたい……」
蒼魔の刻印王「蒼魔族の長として、魔王の候補者として、
諸卿らに云いたいのは以下のようなことだ。
まず第一に今は非常事態であり、
魔王の空位は望ましくはないと云うこと」
銀虎公「それはそうだろうな」
蒼魔の刻印王「第二に前魔王の葬儀を行うべきだと云うこと。
と、同時に魔王殺害の犯人も探させなくてはならぬ。
この責任者を決める必要があるであろう」
火竜大公「ふむ、もっともな話ではあるな」
蒼魔の刻印王「蒼魔族としては、この暗殺事件の犯人は
人間だと考える」
東の砦長「憶測だっ!」だんっ!
蒼魔の刻印王「もちろん現時点では何の証拠もない。
魔族が犯人である可能性も十分に考慮に入れつつ
犯人を捜さねばならないだろう。
だが少なくとも、これは魔族の内部分裂を誘う卑劣な
やり口であることには違いない。
この犯人は厳しく追跡し、捕らえなければならぬ」
碧鋼大将「人間か……」
銀虎公「奴らのやりそうな事だ。はんっ!」
780 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:37:35.10 ID:0Bi87sEP
蒼魔の刻印王「第三に、僕はいつまで待てばよいのか?
と云うことだ。第一にも云ったように今は時間が惜しい。
確かに星によって刻印が押される者が今後出るかも
知れないが、継承候補者戦の時期を決めるのは
八大氏族、いまや九大氏族となったか。
その族長の持ち回りであったはず。
その決定をお願いしたい」
鬼呼族の姫巫女「次は、どの氏族が主催を行う予定だったか?」
妖精女王「先代はわたし達でした」
紋様の長「で、あるなら、我ら人魔か」
蒼魔の刻印王「どうか決定を下して頂きたい」
碧鋼大将「……」
火竜大公「……ぐぐっ」
鬼呼族の姫巫女「如何にする?」
紋様の長「……」
蒼魔上級将軍「紋様の長。ご裁可を」
紋様の長「……今は危急の時であると。
その言葉はわかります。
またいたずらに長引かせれば魔族全体の和が乱れるでしょうね。
わたし達には今すぐにでも新しい魔王が必要です。
どれだけの時が必要か。
これは難しい問題ですが……。
時をおく危険の方が大きいでしょう。
明朝。――明朝をもって継承候補者戦を行います。
その時までに刻印を持つ継承候補者が他に名乗り出ない場合、
魔王として、蒼魔の新王を頂くことになります」
781 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:39:05.22 ID:0Bi87sEP
蒼魔の刻印王「……黒騎士殿」
勇者「……何用か?」
蒼魔の刻印王「御身は魔王の片腕。
その身体をつつむ漆黒の鎧兜は、
かつて剣の魔王と呼ばれた覇王を包んでいたもの」
勇者「……」
東の砦長「黒騎士……」
蒼魔の刻印王「魔王殿が身罷られたことには
深い哀悼の念を覚えるが、御身はわれらが魔界最強の騎士。
悪逆なる人間の侵攻に立ちはだかる最後の砦。
なにとぞご自愛くださり、
我と共にこの魔界の柱石となることを願う」
蒼魔上級将軍「我が君と当代無双の誉れ高い黒騎士殿!
これで魔族の軍は世に並び立つことのない
最強のものとなりましょうなっ!
ふはーっはっはっはっは」
巨人伯「……」
火竜大公「はしゃぐな、若造が」
蒼魔の刻印王「これは我が族のものが失礼をいたしました。
申し訳ございませぬ、ご老公どの……」
火竜大公「ふんっ」ばふっ
鬼呼族の姫巫女「このままでは……。また戦火が」
妖精女王「戦になってしまうのですか……」
810 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 14:56:48.06 ID:0Bi87sEP
――地下世界(魔界)、天幕で作られた街
――明朝。
銀虎公「日が昇るな」
巨人伯「朝……だ……」
火竜大公「ふんっ」
妖精女王「誰も、来ませんね」
鬼呼族の姫巫女「この期間では難しいだろう」
蒼魔の刻印王「……」
東の砦将「黒騎士、そんなもの。脱いじまえ」
副官「そうですよ」
勇者「こんなもんでも、魔王に貰ったもんでな」
蒼魔上級将軍「今朝の太陽も、碧の美しい輝きだな」
銀虎公「誕生の朝か」
碧鋼大将「……刻限だ」
紋様の長「良いでしょう。仕方ありませぬ。
蒼魔の新王よ、前に。」
蒼魔の刻印王 ざっ
811 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 14:58:00.13 ID:0Bi87sEP
東の砦将「……」ぎりっ
紋様の長「我、紋様の長は忽鄰塔九大氏族の族長として
そなたを最終候補者としてみとめる。
正式に魔王と名乗るは、魔王城、最下層、冥府殿にて
潔斎の四日を過ごしてからとなろうが、
そなたはこれより魔王として生きる覚悟有りや?」
蒼魔の刻印王「無論」
紋様の長「魔王の継承者として、その力を引き継ぐや?」
蒼魔の刻印王「謹んで」
紋様の長「では、魔王の略王冠を……」
蒼魔の刻印王「しばらく。紋様の長よ」
紋様の長「なにか?」
蒼魔の刻印王「これより我が右腕として、
この魔界全てを統べることのなる黒騎士に、
是非その栄誉をおわけ願いたい」
紋様の長「よかろう。では黒騎士よ」
勇者「……」
紋様の長「黒騎士よ、一歩前に進み、
この略王冠を新生魔王の額に乗せるよう」
813 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:04:43.13 ID:0Bi87sEP
東の砦将「黒騎士……」
副官「黒騎士様……」
妖精女王「黒騎士様……」じぃっ
勇者「……」ざっ
蒼魔の刻印王「我が片腕よ。長征の将軍よ。
魔界最高の騎士にして常勝無敗の黒き死の使いよ。
我が代の片腕としてそなたを迎えることを嬉しく思う。
そのことだけでも先代には感謝の気持ちを抑えられぬな。
この魔界に繁栄をもたらすために、その剣を
魔王に捧げ、魔王の命により為すべきを為せ」
勇者「御命了承つかまつった。
我が神聖なる所有の契約により
我が身命は永世に魔王のもの。
我が剣は魔王の敵を貫くものなり」
蒼魔の刻印王「……所有?」
東の砦将「黒騎士っ!!」
蒼魔上級将軍「新生魔王に祝福あれ!!」
うわぁぁぁ!! ばんざい! 魔王ばんざーい!!
蒼魔の将校「魔王ばんざい!!」
蒼魔の侍従「新魔王、蒼魔の魔王万歳っ!!」
紋章官「ヘヒヒッ。ふしゅ。ばんざい! ばんざい!」
――黒点は伊達ではないのですぞ。
ヒュ………………ッ!!!!
シュカッ!
814 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:06:12.33 ID:0Bi87sEP
紋章官/暗殺者「ふしゅーへっひっは……。ごぶっ。
く、くるじ……脚が、脚がぁ……。ふしゅっ、ふしゅぅ」
執事「静かにわめきなさい。みっともない」
ザシュ!
紋章官/暗殺者「ひげっ! ひぎぃぃ!! ふしゅるしゅる。
な、なにを、なにをする、じ、爺ぃいしゅ」
蒼魔の刻印王「何者だっ!」
蒼魔上級将軍「我らが家臣に何の狼藉を働くっ!!」
執事「だまらっしゃい!
儀礼の最中に取り乱すなど王族ともあろう者がはしたない
若でさえもうちょっとお上品でしたぞ」
東の砦将「あ、あ……あの方は。昔戦場で見たことがあるっ」
勇者「爺さん、遅いぞ。遅すぎだぞ」
執事「にょっほっほっほ。お待たせして申し訳ありません」
火竜大公「何が起きているのだ」
執事「にょっほっほ。これを持っていると確信できる、
そのチャンスを伺っていたのですよ。
ほれ……。こいつの懐に」
ごそごそっ
紋章官/暗殺者「それはっ! へぶしゅるしゅるっ!
その瓶はやめろぉ!!」
815 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:07:14.87 ID:0Bi87sEP
銀虎公「瓶……!?」
執事「壊死の毒ですよ。
……この毒のせいで、追っ手に差し向けた
わたしの可愛い部下が五人もやられてしまった。
恐ろしい毒です。
既知の解毒方法では効果も望めない」
碧鋼大将「毒……まさか……」
巨人伯「暗殺……?」
蒼魔上級将軍「~っ!!」
東の砦将「おう。なんで、魔王を殺したのと同じ毒使いが
蒼魔の陣中にいるってんだ? え?」
紋章官/暗殺者「離せしゅるっ! 離すのだ、じぃ!」
紋様の長「それについてはじっくりとこの暗殺者に問う
必要があるでしょうな……」
紋章官/暗殺者「貴様、爺っ! 俺を足蹴にっ!」 がばっ!
ザシュッ!!
紋章官/暗殺者「カハっ! あ、そ、そんな……。
ふしゅ、しゅる……しゅ……しゅ……」
蒼魔の刻印王「危ないところでしたな、ご老人」ちゃきん
東の砦将「貴様っ! 大事な手がかりをっ!
口封じのつもりか、蒼魔族のやり方はそうなのかっ!?」
817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:08:09.14 ID:0Bi87sEP
蒼魔の刻印王「とんでもない、これはご老人を助けようと
しただけにすぎません」にこり
蒼魔上級将軍「ふっふっふっ」
東の砦将「そのような言い訳が通ると思っているのかっ!」
副官「重大な疑惑行為ですよっ!」
紋様の長「蒼魔の王よっ!
自らの口で、容疑者を捕縛し
詮議しなければならぬと云ったそばから、
重大な手がかりを握っているに違いないその者を
殺すとはいったい何事ですかっ!?」
銀虎公「そうだ、信義に悖るにもほどがあるぞっ!」
蒼魔の刻印王「ふっ」
こつんっ――ばさっ……
碧鋼大将「こ、これは……。仮面……?」
巨人伯「この、おどご……」
火竜大公「この暗殺者は……。蛇蠱族だったのか……」
副官「蛇蠱族……?」
銀虎公「そんな……。獣人の一族だと……?
……ちがうっ!
俺たちは違うっ! 確かに俺たちは力を発揮するための
戦場を望んでいたが、暗殺なんぞ力を貸したりはしないっ!
違うんだ、俺たちはこんな事はしないっ!!」
蒼魔上級将軍「誰が信じる、そのようなことっ」
819 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:09:23.38 ID:0Bi87sEP
碧鋼大将「それを言うならば、蒼魔族とて同じであろう!」
火竜大公「そうだ、その蛇蠱族を紋章官として
雇い入れていた蒼魔族も疑念を避けることは叶わぬっ!」
蒼魔の刻印王「何か勘違いをなさっているようですね」
鬼呼族の姫巫女「何っ!?」
蒼魔の刻印王「言い訳? 疑惑? ふふふっ」
副官 ぞくっ
蒼魔の刻印王「僕はね、魔王なんですよ?
言い訳などする必要はない。
疑念を晴らす必要などさらにない。
それが魔王。
唯一にして絶対。
至高にして無二。
魔界の全てを統べる者。
今さらそのようなご託を聞く耳はありません」
紋様の長「だが魔王は忽鄰塔において、
氏族の長の半数を持って廃位出来るっ!
このような状況下で魔王を続けられるわけがない!」
蒼魔の刻印王「僕は忽鄰塔の終了をここに宣言する。
そして、再び忽鄰塔の招集を出来るのは魔王だけだ」
碧鋼大将「っ!!」
妖精女王「そんなっ」
824 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:12:54.86 ID:0Bi87sEP
蒼魔の刻印王「宣言しますが、僕は二度と忽鄰塔など
開催しませんよ。
こんな会議は自分の意志を押し通す実力のない、
三流の魔王が頼る弱者の藁に過ぎない。
覇道を進む魔王は、絶対の支配者。
僕は、あの腐った女とは違う。
魔界の秩序とは我が身、この魔王のこと。
全ての法を越えた支配者が魔王っ。
判っていないのはあなたたちのほうだっ!
ふっ。これで詰み。……お仕舞いですよ、諸卿」
ざっ
「そのような考え方をこそ改めたかったんだがな」
蒼魔上級将軍「誰だっ」
魔王「誰だとは挨拶だな……。ごほっ」
メイド長「まおー様、ご無理は」
女騎士「まだ法術が不十分なんだ。戻ろう」
魔王「必要があるんだ、目をつぶってくれ」
火竜大公「魔王……どの……」
東の砦将「魔王さんよっぅ!!」
妖精女王「魔王さまぁっ!!」
827 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:14:15.82 ID:0Bi87sEP
蒼魔上級将軍「何故っ!! 何故貴様が生きているっ!」
魔王「ここで一度云っておく。
魔王の身でこんな事をいうのもなんだが
そもそもこの魔王というシステム自体が過渡期的性質を
持っているのだ。
たった一人の絶対者によって、その権威と武力と調整力によって、
氏族間の意見の相違やバランスの欠如を
全て吸収させようだなどという考えそのものが前時代きわまる。
良いか? 忠義だなどと云えば聞こえはよいかも知れないが
その内とちくるった魔王が出てきて、積み上げたものを
全て根こそぎおじゃんにするのが世のおちだ」
執事「学士殿……」
魔王「済まなかったな。疑った」
執事「しかし、信じてくださった」
魔王「勇者が真剣にいうからな。
“あの爺はD以上は絶対に殺さないんだ”って。
それに、毒を使うのは流儀に反するのであろう?」
執事「わたしは紳士で通っていますからね。にょほっほっほ」
勇者「――と、云うわけだ“候補止まり”くん。
俺の剣は魔王のもの。俺の剣は魔王の示したものを貫く刃」
蒼魔の刻印王「黒騎士、貴様ッ!!」
魔王「勇者っ!」
勇者「あいよぉっ!」
魔王「蒼魔の王を捉えよ! 出来れば生かしたまま。
だが手向かいするならそれはそれで構わんっ!」
830 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:17:01.32 ID:0Bi87sEP
蒼魔の刻印王「はぁ!! まだ終わらんっ!!」
ガギィィン!!!
勇者「っ!?」
女騎士「な、なんだ。あの異常な魔力はっ!?」
メイド長「あれは冥府殿の負の気っ!」
ヒュバンッ!
蒼魔の刻印王「はぁっ! せやっ! せぃやぁぁ!!」
勇者「こいつっ。桁外れだっ」
ギン! ギキン! ガギン!!
勇者「“加速呪”っ! “雷剣呪”っ! “被甲呪”っ!」
蒼魔の刻印王「“飛脚術”っ! “火炎鳴動術”っ!!!」
ギンッ!! ガッギギギギ!!
東の砦将「な、なんて奴らだっ!」
副官「銀光しかっ、見えないっ!?」
魔王「勇者っ!」
蒼魔上級将軍「いまだ! 黒騎士は我が君が押さえる。
今のうちに魔王を討ち取れっ! 魔王は軟弱だ!
ましてや今は毒で弱っている、どの将兵にでも討ち取れるぞ!!」
勇者「なっ! ちょ。まて、それはたんまっ!」
蒼魔の刻印王「死にたいのか、貴様っ!」
ヒュギンッ!!
勇者「まずいっ。こいつ……戦力だけで云えば真魔王かっ」
831 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:18:52.62 ID:0Bi87sEP
蒼魔上級将軍「行けぇ!!」
蒼魔騎兵「はいやっ!」「どうっ!」「突撃ぃぃぃ!!」
東の砦将「騎兵だって!? おい副官っ!」
副官「はっ!」
東の砦将「族長をまとめろ、天幕は役に立たない。
蹴倒して足跡の防塁を造れっ!」
碧鋼大将「どこにこれだけの兵をっ!?」
銀虎公「うぉぉぉ!! やられる訳にはいかぬぅ!」ズダーン!!
勇者「夢魔鶫っ! 行って魔王を護れっ!」
蒼魔の刻印王「死人鴉っ! 行かせるな!!」
ギン! ギキン! ガギン!!
巨人伯「おおん……魔王……まもる……」
魔王「このような身体が。……けふっ。げふっ。」
メイド長「まおー様!」
女騎士「寄るなっ! 寄らば斬るぞっ!!」
蒼魔上級将軍「弓兵隊っ! 構えぇぇぇーい!!」
蒼魔弓兵隊 ざしゃっ
東の砦将「ありゃまずいっ!」
メイド長「っ!?」
蒼魔上級将軍「近づくなっ! 矢の数で攻めよっ!
一斉射撃準備っ! 撃てぇぇーい!」
832 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:19:55.28 ID:0Bi87sEP
ヒュ………………ッ!!!!
蒼魔弓兵隊「え?」
ッカ
蒼魔弓兵隊「なんだ」
ッカ
蒼魔弓兵隊「なんで、おまえ。……弓を捨てて」
ッカ
蒼魔弓兵隊「首がっ! あいつの首がっ!?」
ッカ
蒼魔弓兵隊「どこだっ!? 何をされてるんだっ!?」
ッカ
蒼魔弓兵隊「見えないっ。俺の目がっ。目がぁ!!」
ッカ
蒼魔弓兵隊「うわぁぁぁああああ!!」
ッカ
執事「ふむ。二流の下というところですな」
835 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:21:48.25 ID:0Bi87sEP
東の砦将「あの爺さん、何やったんだ。あれは何なんだっ」
女騎士「射撃で倒したんだろう」
東の砦将「だって爺さん、何も持ってなかったじゃないかっ!」
女騎士「あの爺さんが何か持ってるところなんて見たことが無い」
東の砦将「あの爺さんは伝説の“弓兵”じゃないのかっ!?」
女騎士「そうだよ。でも、見たことはない」
東の砦将「なんで“弓兵”なんだよっ」
女騎士「相手は矢に刺されたように死ぬからだ」
勇者「行けぇ!! “上級雷撃呪”っ!」
蒼魔の刻印王「はじけっ! “凍結壁術”っ!」
ドッシャァァーーン! ビリビリビリッ!
蒼魔騎兵「いまぞ! 魔王を討ち取れっ!」
蒼魔騎兵「蒼魔に魔王を取り戻せっ!!」
ダカダッダカダッダカダッ
女騎士「っ! まずいっ。こっちは二日近く解毒に回復に、
もう体力も法力も限界なのに。数で押されるとは……」
メイド長「わたしが行きます」
魔王「だめだ……けふっ。お前だって」
蒼魔騎兵「我に続け! 魔王を討つぞっ!!」
ダカダッダカダッダカダッ
火竜大公「こわっぱどもがっ! 黙りんしゃいっ!!」
ゴオオオオッッゥッツ!!
836 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:24:27.51 ID:0Bi87sEP
蒼魔の刻印王「はぁっ! はぁっ……。
黒騎士よ、ここまでやるとは思わなかったぞ」
勇者「はっ……。はっ……。
それはこっちの台詞だ、“候補止まり”くん」
蒼魔の刻印王「だがここまでだ。受けてみろ!!
魔力充装っ“超高域炎撃死滅術式”っ!!」
メイド長「っ!?」
勇者「っ! 間に合えっ! 魔力結晶っ!
“超高域雷撃結界呪文”っ!!」
ヒュダァァアン! ガキィィィィン!!
東の砦将「空がっ! 燃えあがる!?」
魔王「勇者っ!」
蒼魔上級将軍「わが君っ!!」
ゴゴオオオン!!
勇者「……はぁっ。はぁっ」
蒼魔の刻印王「……はぁっ、はぁっ。くっ」
執事「勇者。このままでは、学士殿がっ!」
蒼魔の刻印王「わが君、ここはっ」
蒼魔の刻印王「……兵を引かせよっ! 退却だっ!!」
勇者「……」ぎろっ
蒼魔の刻印王「……ふっ。命拾いをしたな」
勇者「魔王は守った。俺の勝ちだ」
蒼魔の刻印王「これは新たな戦乱の始まりに過ぎぬわっ。
ふはーっはっはっはっは!!」
905 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:12:33.25 ID:0Bi87sEP
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕
――その夜
鬼呼族の姫巫女「それで、魔王殿の様態はいかがなのだ?」
紋様の長「それが心配だ」
勇者「一命は取り留めるだろうが、二週間は絶対安静だ。
その後も数ヶ月は不自由だろうな」
銀虎公「そうであったか……」
碧鋼大将「蒼魔族は?」
妖精女王「蒼魔族はどうやら付近に相当数の軍勢を
伏せていたようです。そちらと合流して、領土へと
帰還する進路を取っています」
東の砦将「……」
紋様の長「戦か」
碧鋼大将「蒼魔族の大会議に対する裏切りは明白だ」
巨人伯「……裏切り……よくない」
鬼呼族の姫巫女「きゃつらとの決着をつけるべき時が来たか」
勇者「現在魔王は病臥中だ。
その判断はいま少し待つべきかと思う。
今回の忽鄰塔にあたって、
蒼魔族は独自の予定や策謀を持って動いていたという印象を受けた」
906 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:14:00.91 ID:0Bi87sEP
火竜大公「それについては同感じゃな」ぼうっ
勇者「で、あれば現在の逃走も何らかの策謀である
可能性も否定できないだろう」
紋様の長「暗殺者についても詮議をしませんとね」
銀虎公「獣人族は無関係だっ。信じてくれ」
碧鋼大将「今さらそのような申し開きを!」
(その商人は、たしかに蒼魔族の人と会ってました……
えっと、背は副官さんくらいで……
でも、横幅は、細くて、フードかぶっていて……
なんか、その……呼吸音が、変で)
(漏れるような……蛇みたいな……)
東の砦将「いや、それについては、思い当たる節がないでもない」
火竜大公「なんだと?」
東の砦将「開門都市で“蛇のような呼吸音をさせる男”が
ある捜査線上に浮かんだことがあってな」
副官「ありましたね。結局捕まえることは出来ませんでしたが」
紋様の長「それが今回の暗殺者だと? しかしだとしても
銀虎公や獣人の一族が無関係という証拠にはなりません」
銀虎公「本当だ、信じてくれっ」
東の砦将「その捜査自体は四ヶ月もまえのことで、
当時はその男は人間だと思われていた。
確かに人間の商人として開門都市に入り込んだはずなんだ」
907 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:15:51.57 ID:0Bi87sEP
副官「砦将……。そのようなことを。人間に対する疑義を
いたずらに煽ってしまいかねません」
東の砦将「いいや。腹ぁ割っといたほうがいい。
俺たちゃどうあがいたって新参なんだ。
知恵を借りた方が良い結果もでらぁ」
紋様の長「……」
勇者「そうだよな……。うん。この兜ももういいだろう」
がちゃり
銀虎公「人間っ!」
碧鋼大将「まさかっ!?」
巨人伯「……その風貌」
勇者「ああ、俺も出身は人間だ。
今でも魔界に完全に定住しているとは言いがたい。
火竜大公の言葉を借りたとしても“半魔族”だな」
火竜大公「ふっ。はははっ。なるほど」
鬼呼族の姫巫女「人間が何故魔王の鎧を着ることに?」
勇者「俺はかつて人間に『勇者』と呼ばれていた男だ」
東の砦将「……云っちまうのかよ」
紋様の長「なっ!? 勇者ですって!」
銀虎公「魔族の宿敵、最強の人間!」
鬼呼族の姫巫女「やはりあの戦いの中、魔王殿が
叫んでいたあの言葉は聞き間違いではなかったのだな」
碧鋼大将「万機千刀の猛者、我が眷属千をたった一人で
屠ったというあの勇者かっ」
908 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:18:42.21 ID:0Bi87sEP
勇者「そうだ。……すまなかったな。
あれは戦争だった。綺麗事は言わない。
多くの魔族が俺に恨みを持つのは当然だ。
俺が倒した」
紋様の長「……っ」
銀虎公「あれほどの手練れ、どこの魔族が
隠れ潜んでいたのかと思ったが……っ」
火竜大公「ふぅむ。ふぅむ。得心がいったぞ」
鬼呼族の姫巫女「その勇者がなにゆえ、黒き鎧を着る?
その鎧はかつての旧き魔王が纏ったもの。
魔王の許し無くば触れることも出来ない、魔界の宝の一つぞ」
勇者「魔王に口説かれてな」
妖精女王「口説く……?」
勇者「――三年前の秋、俺は魔王城に忍び込んだ。
魔王を討つためだ。
人間は魔族と激しい戦争を続けていて。
その頃の俺は、魔族が人間にたいして宣戦布告をして
人間を虐殺していたと思い込んでいてな」
紋様の長「それは違う。攻め入ってきたのは人間だっ」
勇者「今は判っている。しかし、あれは戦争だったんだ。
そして戦争にはその種の思い込みや誤解も付きもの。
少なくとも人間世界ではそのように事実は喧伝されていた。
酷い言い方だが、どちらに原因があったかは
少なくとも俺にとっては重要ではなかった。
魔族が人間を殺していた。それで十分だった」
909 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:19:37.57 ID:0Bi87sEP
銀虎公「……」
勇者「ともかく、俺は魔王の城に忍び込んだ。
罠は仕掛けてあったが、それまで多くいた魔族の衛兵や
戦士は姿を見せなくなっていた。
俺は仲間とも別れて、一人で奥へ奥へと魔王の城の中を
進んでいった。
そこで魔王と出会ったんだ」
碧鋼大将「魔王殿と」
勇者「自分を殺しに来たこの俺を魔王はたった一人で迎えたよ。
皆にも云ったように魔王は弱い。
あった瞬間に判ったよ。
ああ、こいつ今まで出会った魔物よりも格段に弱いって。
でも、あいつはたった一人で俺を待ち構え、
たった一人で俺を迎撃した。必死で。
剣を交える以外のことをしようとした。
言葉をつくして、信念を、自分の全てを賭けた。
今なら何となく判る。あいつがあのとき死んでいたら、
魔界がどうなったかも。人間の世界がどうなっていたかもな」
鬼呼族の姫巫女「どうなる……とは?」
勇者「あいつの言葉に寄れば、
二つの世界は互いの存在に依存している。
互いに憎しみあい、争いながらも
互いの存在がなければ成立しないんだ」
914 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:36:46.36 ID:0Bi87sEP
東の砦将「……」
勇者「人間世界には疫病と飢餓という問題があってな。
……こちらから見れば、人間の世界は鉄やら塩やらがあって
豊かに見えるそうだが、実際暮らしている人間にとっては
そうでもない。食料が足りなかったりしてな。
人が飢えて死ぬ。それをまぁ、言葉は悪いが
ごまかすために魔族との戦争を決意した節がある」
副官「そう言われれば、頷ける節もあります」
勇者「一方魔界は血みどろの乱世だった。
俺が見た素直な感想を言えば、魔界には魔族が多すぎるんだ。
その上で居住可能な豊かな土地と、そうでない荒野の差が
激しすぎる。それが戦乱の本質的な原因じゃないか?
魔族同士を結束させ、まがりなりにも未来を見つめさせるために
人間との戦争は有用だった」
紋様の長「……」
銀虎公「それは……」
勇者「魔王はそれがイヤだったんだな。
こればっかりは理屈じゃない。
いや、理屈はどうとでもつけられるだろうさ。
本質をごまかした戦争は消耗戦にならざるを得ない。
それは文明都市族の全てを浪費する戦いでしかない。
とか。
じゃなければこのまま一進一退の攻防を繰り広げることは
乱世よりも甚大な人的被害を魔界にもたらす。
とかな」
915 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:38:19.42 ID:0Bi87sEP
勇者「でも、おそらく。そうじゃなかった。
ただ魔王は、イヤだったんだろう。
そんな非建設的なことをするのが。
魔族は――それを言うならば人間もだが、
とにかく自分たちが生まれてきた意味は、
そんなつぶし合いではなくて
もっと他にもあるんじゃないか、って。
そう信じたかったんだろう」
勇者「だから人間の勇者である俺に云った。
そんなことは止めよう。もっと別の結末を見に行こう。
そう云ったんだ」
勇者「俺は勇者だ。そう呼ばれてきた。人間を救う英雄だと。
そうおだてられて魔界へ攻め込んだただの殺し屋だったよ。
でも、魔王は違う。
魔王は真剣に考えてた。
自分に出来るどんな手でも使って魔界を救おうと考えていた。
魔王が……本当の勇者だよ」
妖精女王「魔王様が……そんな……ことを……」
東の砦将「……」
副官「……」
勇者「ああ、別にあいつは戦争も争いも否定した訳じゃないぜ?
ただなんて云うのかな、いまの『これ』は
あまりにも不自然だ。歪んでいる。どこにもたどり着かない。
そんなことが云いたかったんだと、今の俺は思ってる。
あいつはちょっと頭が良すぎて、
云ってることの半分も
俺には理解できないことが多いのだけれど。
あいつの考える『豊か』とか『平和』ってのは
決して争いのない楽園じゃないよ。
ただ、争いが自らを滅ぼさず未来へ繋がるって事なんだと思う」
916 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:39:59.82 ID:0Bi87sEP
魔王「ええい。わたしがいないところで
余計なことをべらべらとっ」
メイド長「……」ぎゅっ
紋様の長「魔王殿っ」
銀虎公「魔王っ」
魔王「何時までも寝てはいられない。……こふっ」
メイド長「まおー様っ」
碧鋼大将「気をお確かにっ!」
魔王「見ての通りのざまだ。……やはり戦闘の出来ない
そのつけが回ってきてしまった。笑ってくれ」
火竜大公「いや、魔王殿」
鬼呼族の姫巫女「笑う者などいようはずもない」
魔王「すまないな。……体力が持たない、手身近に済ませるとする。
わたしはこの通りのていたらくだ。わたしの意志は勇者が
ここで喋ったと思うが、それは一事忘れてくれても良い」
勇者「……おまっ。せっかく俺がっ」
魔王「良い機会だ。魔界は魔族のふるさと。
その長の肩には氏族の重みが乗る。
そして長達の方々にのし掛るは全魔界の重みだ。
わたしは魔王としての権威を一時、この会議に預ける」
紋様の長「なん……ですとっ!?」
917 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:41:52.53 ID:0Bi87sEP
魔王「云ったとおりだ。火竜大公」
火竜大公「はっ」
魔王「会議の議長をお願いしたい」
火竜大公「承った」
魔王「妖精女王」
妖精女王「はい」
魔王「九大氏族以外の、小氏族のことも気にかけてやってくれ」
妖精女王「はい」
魔王「小氏族の件は妖精女王を後見とし、黒騎士に一任する」
勇者「……わかったよ」
魔王「重大事については、過半数の賛成を持って決と
するのが宜しかろう。ただし、万端に配慮し交渉を
尽くして欲しい」
火竜大公「承りましたぞ」
魔王「二月、三月もあれば戻る」
銀虎公「魔王! 魔王殿っ!」
魔王「なにか? 銀虎公殿」
銀虎公「獣人族は今回の件には無関係だっ。
我らは暗殺などと云う卑劣な攻撃によって
武勲を得ようだなどと考えたことは一度もないっ。
今回の件は間違いなのだっ。俺はよい。
しかし、我が氏族に今回のような不名誉を与えないでくれ。
この雪華山、銀虎公。切にお願い申し上げるっ」
がばっ!
918 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:43:50.64 ID:0Bi87sEP
魔王「銀虎公、手を挙げられよ」
メイド長「まおー様っ。傷に障られますっ」
銀虎公「魔王殿、どうかっ! どうか、切にっ。
我ら獣人は戦の民。誇りの民っ。
卑怯にも同胞を暗殺し、
しかも謀略によってその事実さえもなかったことにして
ただ勝利をむさぼろうとは
我が民はそのような恥辱にまみれるくらいなら
死を選ばざるを得ないっ。
どうか我が一命を持って。
我が民の、我が氏族の恥を注ぎたまえっ」
魔王「銀虎公。銀虎公と獣人の一族を疑ったことは一度もない」
銀虎公「っ!」
魔王「それよりも、わたし自身が氏族の長がたに詫びねばならぬ。
偽りの死を持って長がたを謀った事についてだ。
ゆえあってとはいえ、誇り高き、魔族の中に大きな勢を
振るう長がたを騙し、偽るような仕儀となってしまった。
すまなかった。
あのときああせねば、今回の暗殺の犯人は誰なのか、
そして犯人は判ったとしても
その背後には誰が立っているのか
それを知るすべはわたしには無かった。
全ては賭けだった。長がたの助力無くば
わたしの命はとうになかったものと思う……。
全てはわたしが、長がたの信頼を得るために
すべきことをしなかったため起きたこと。
自身一人で全てを進めようと傲慢にも思っていたせいだ。
……すまなかった」
920 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:45:44.76 ID:0Bi87sEP
碧鋼大将「いや、魔王殿はその器をしめされた」
巨人伯「……もう……小さいとは、見えぬ……」
鬼呼族の姫巫女「我ら一同は魔王殿の帰りを待とう」
東の砦将「ここは任せて、身体をいたわってくれ」
妖精女王「何かあれば、至急お耳に入れましょう」
銀虎公「魔王殿。魔王殿よ。
……覚えておいてくれ。
我と我が一族は魔王殿に大きな恩義をおった。
戦場において、魔王殿の命を三度かばうまではこの恩義は消えぬ。
我ら獣牙の一族は、魔王殿に従い
常にその身命を護る盾となりましょう」
魔王「ありがたい……ことだ」ふらっ
メイド長「まおー様っ!」
碧鋼大将「限界だ、すぐに寝所に運ばれよ」
メイド長「はいっ」
鬼呼族の姫巫女「癒し手を差し向けよう」
ばさっ ザッザッザッ
東の砦将「書状を書く。副官、お前は開門都市へと戻れ。
自治委員会への報告と、色々入り用なものもあるだろう」
副官「はっ!」
紋様の長「それにしても……。魔王殿不在の忽鄰塔とは」
火竜大公「さりとてこれは大きな課題を残されたものだ。
我らも我ら自身の大地と民を護れと?
魔王殿の仰ることもごもっとも。
我らもその責を果たす季節がやってきたということ。
この歳になって、負うた子に教わるとはっ。はははははっ」
927 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21:03:32.41 ID:0Bi87sEP
――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕、上部
ひゅんっ!
執事「そういう事情でしたか」
勇者「聞こえていたんだろう?」
執事「あなたがわざと聞かせたのでしょう」
勇者「あの場面を聞き逃すなんて事、
爺さんはするはずがないからな」
執事「にょっほっほっほ」
勇者「あーっ」とさっ
執事「どうされました?」
勇者「やっぱあれだよなー。俺って人間の裏切り者だよなっ?」
執事「はぁ……」
勇者「指名手配だよなっ!? うぉおおお」ごろごろっ
執事「さようですなぁ」
勇者「おまけに魔族の中では外様も良いところじゃね?」
執事「はい」
勇者「今は魔王の懐刀って云うか黒騎士だから
見逃してもらえているけれど、そうじゃなくなったら
ふるぼっこじゃね? っていうか、魔王だって勇者の
俺とつるんでいたら最悪殺されちまうよなっ? なっ!?」
執事「そうなっても逃げるくらいなら造作もないでしょう?」
勇者「そーいう問題じゃないじゃん」がくりっ
929 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21:05:15.09 ID:0Bi87sEP
執事「ふむ」
勇者「だってそんなことになったらもてないじゃん?」
執事「それは仕方ないでしょう」
勇者「これからが勝負の年齢なのにっ!!」
執事「そう思っている内にこの歳ですよ」
勇者「だって女の子にちやほやされないんだよ!?」
執事「わたくしだってされてませんぞ」
勇者「だって爺さんは目つきがいやらしいから」
執事「勇者にだけは言われたくありませんなっ!」
勇者「はぁ……」
執事「結構本気で落ち込んでいますか?」
勇者「まぁ……」
執事「なぜです?」
勇者「……」
執事「……」
勇者「いや。やっぱし、嫌われたくは、ねぇよ」
執事「さようですか」
勇者「魔族の味方だもんな。
正直、爺さんに撃たれても文句は言えねぇよ」
執事「ふむ。好かれるために勇者をやっていたのですか」
勇者「それは違う。みんなを、世界を救いたかったからだ」
執事「では、そのままで良いではありませんか」
931 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21:07:23.70 ID:0Bi87sEP
勇者「え?」
執事「勇者のままで。
人の世界を救うために魔族を討っていた勇者のままで。
だってそうでしょう?
もうゲートはなくなった。
魔界は地下世界だったのですから。
二つの世界など最初から無かったですぞ。
世界は一つしかない。
いや、一つしかない故に世界と呼ぶのかも知れませんなぁ。
勇者。違いますか?
世界を救うのが、勇者の仕事なのでしょう」
勇者「――ああ。そうさっ。ったりまえだ」
執事「では、多少嫌われてもへこたれぬ事ですよ。
大丈夫です。
確かにわたし達はあまりにもちっぽけな存在で
持って生まれた邪悪で残虐な性質と云うよりは、
あまりにも盲いていて愚かなために
時に自分が何をしているかも判らずに
人を傷つけ害してしまいますが、
それでも、そんなに救いようがないほど
馬鹿なわけでもないと思うのですよ。
いつか判ってくれる時も、人も、あるでしょう」
勇者「爺さん……」
執事「それに、素晴らしいこともあるでしょう」
勇者「なんかあったっけ?」
933 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21:10:10.72 ID:0Bi87sEP
執事「揉んだのですか?」
勇者「へ?」
執事「揉んだのですか、あのふよんふよんの大質量を。
心躍る魅惑の楕円回転運動体をっ!?
小悪魔的に跳ね回る我が儘なたゆたゆおっぱいをっ!」
勇者「えーっと、ね?」
執事「勇者、ぱふぱふ道の教えをお忘れか? ひとつっ!」
勇者「“ボインはお父ちゃんの為にあるんやないんやで~”!」
執事「二つっ!」
勇者「“会えば拝め、拝めば触れ、触れば揉めっ!”」
執事「三つっ!!」
勇者「“おっぱいは文学! おっぱいは人生っ!”」
執事「よろしい。で、揉んだのですか?」
勇者「いや……機会が無くて……」
執事「にょほっ。とんだ臆病勇者ですね」
勇者「うっわ、すげぇ上から笑顔!? まじでっ!?」
執事「免許皆伝にはほど遠いです」
勇者「でも、(腕を寝ている間に)
はさんだ(はさんでもらった)し……」
執事「なんですとっ!?」
勇者「……さ、(偶然)触ったし」
執事「さぁ、裏切り者決定ですな。にょほほほっ!」
勇者「何で、云ってることがさっきと違うじゃん!?」
執事「人間世界のではなく、男性の裏切り者ですぞっ!!」
954 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:14:03.03 ID:0Bi87sEP
――重力の衰えるとき、ゲートのあった大空洞
ゴゥゥーン!
奏楽子弟「それにしても、壮観ね!!」
中年商人「はっはっは! わたしなんか何回きても
目がくらんでしまいますよ」
ゴォォーン!
奏楽子弟「何であんな巨大な岩が浮かんでいるのかしら?
不思議でしょうがないわ。それにこの鐘の鳴り響くような音!」
中年商人「ええ、まったく」
土木子弟「やー」しょぼしょぼ
奏楽子弟「やーって、あんた! 目の下真っ黒じゃない。
寝てないんでしょう!? まったく」
中年商人「調子はいかがですか?」
土木子弟「あはは。いやはや、すごいところですね」
奏楽子弟「もうっ! 土木馬鹿」
ゴォォーン!
土木子弟「そう言うなよ、こんなすごい場所なんだぞ?
わくわくして当然だろう?」
奏楽子弟「そりゃ、すごいけれど」
土木子弟「まぁ、何とか目処は立ったよ」
955 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:15:30.17 ID:0Bi87sEP
中年商人「ほほぅ、なんと!」
土木子弟「まず、この空中に浮かんだ岩は、引力のせいだ」
中年商人「引力?」
ゴォォーン!
土木子弟「ああーっと。そうか、聞き慣れないか。
モノが地面に落ちる力、みたいなものです。
それが地上世界と地下世界では反対方向に働いている。
我々は、一枚の板の表裏に住んでいるような関係にあるんです。
その板が全てのものを引き寄せているから、
どちらの側に立っていても、転がり落ちないで済む」
奏楽子弟「そう言うことだったのね……」
ゴォォーン!
中年商人「なんとこれはまた……。奇怪な話ですな」
土木子弟「で、この大空洞は差し渡し20里はある円筒状ですが
いわば、その“板”にあいた穴のようなもの。
穴の途中で引力は弱くなって、方向が切り替わる。
そのせいであのような巨岩が、いわば
“どちらにも落ちることが出来ない”状態で浮かんでいます」
中年商人「ほほう」
土木子弟「あの巨岩は小さなものでも
馬小屋ほどの大きさがあるけれど、
浮かんでいるから重さはないに等しい。
それがわずかな気流や接触に寄ってふれ合い、
おそらく金属質のこの空洞の内壁に反射して
この鐘のような音を立てるんだ」
956 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:17:35.28 ID:0Bi87sEP
奏楽子弟「で、予定の方はたったの?」
中年商人「おお。そうでしたな」
土木子弟「うん、これが図面だ。こっちは工程表。
もっとも、この図はおおざっぱなもので概略でしかない。
必要な橋はプランに寄るけれど、
大小合わせて12から30。
個別の橋の設計は大体は想像できているけれど
図面起こしにはもっと時間が掛かる」
中年商人「何故数に幅があるのですか?」
土木子弟「商人さんが通り抜けてきたとおり、
ロープを伝って危険な場所は荷物を手運びすれば、
この空洞は今でも通り抜けできます。
キャラバンではなく、徒歩の旅であれば、
危険はあるけれど普通の人でも通り抜け可能でしょう。
それに対して道と橋を整備するのは、
安全性の確保と、移動のしやすさを考えてです」
中年商人「そうですね」
土木子弟「地質も調べていくつかのルートを考えてみました。
概略図を見てください。この赤い線のラインならば
工期は約四ヶ月。造る橋は12。一カ所が石造で残りは木造。
最低限の手間で、おそらく中型の馬車が通れるようになる」
奏楽子弟「ふむ」
957 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:19:03.80 ID:0Bi87sEP
土木子弟「こちらの二重線で示したルートは、
かなり大規模な工事が必要になります。
通す道も要所要所は二重にして崖崩れへの備えをするわけですね。
作る橋は30。
全て石造で作ったとして、おそらく工期は8年」
奏楽子弟「随分大規模だねー。お金もかかりそう」
中年商人「まずは四ヶ月でおねがいします」
土木子弟「随分即断即決ですね」
中年商人「ええ。金が惜しいわけではありませんが
それ以上に時間が惜しい。一刻も早く馬車が通れる道が
欲しいのです」
土木子弟「職人と人夫が入れば、真っ先に安全索を
張りましょう。それで多少は楽になると思います」
奏楽子弟(なんだ、格好良い表情もするんじゃん)
中年商人「ありがとうございます! あなたに会えて良かった!」
中年商人「では一度開門都市へ?」
土木子弟「ええ、戻りましょう。俺も作業をする人を
見て選びたいですし、人数や細かい点についても
相談しなけりゃならない」
中年商人「そうですね。わたしもいくつか連絡を出さねば」
土木子弟「商談成立ですね」
中年商人「二つの世界へ渡る道を目指してっ!」
がしっ
962 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:29:31.21 ID:0Bi87sEP
――外なる図書館、停時庫
ゴゴゥン!!
女魔法使い「……足りない」
ゴゴゥン!! ドグォォン! ゴォォォン!
女魔法使い「……まだ、たりない」
ぽうんっ♪
明星雲雀「ご主人、ご主人。そんなにしたら倒れちゃいますよぅ」
女魔法使い「でも、足りてない」
明星雲雀「そんなにしょんぼりしなくたって
ご主人最強じゃないですか。ピィピィピィ!
そんなに魔力あげなくたって勝てる人なんていやしませんよ!」
女魔法使い「……」
明星雲雀「また考え込むー」
女魔法使い「……すぅ」
明星雲雀「説明が面倒だとすぐ寝る」
女魔法使い「……うるさいピィピィ使い魔」
ピィピィバタバタ! ピィピィバタバタ!
明星雲雀「やっ! やめてっ! フライドはやめてっ!!
せめてタツタにしてぇ! ピィピィ!!」
966 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:31:16.58 ID:0Bi87sEP
女魔法使い「瀬良は昴。昴は統ばる。その意は、集合。
束ね、一つになる結束点。収斂の先」
明星雲雀「??」
女魔法使い「収斂とは常に1点。それが何故2つも?
“良き問いは、常に良き答えに勝る”。
それを問うべき」
明星雲雀「ご主人の云っていることはさっぱり判りません」
女魔法使い「……すぅ」
明星雲雀「寝てちゃ余計に判りませんっ! ピィピィ」
女魔法使い「……足りない」
明星雲雀「ピ?」
ゴゴゥン!! ドグォォン! ゴォォォン!
女魔法使い「……まだ、たりない」
明星雲雀「そんなに鍛えたら、また倒れちゃいますよぅ!
もうごめんですよぅ、あんなに血をおはきになって!!」
ドグォォン! ゴゴゥン!!
女魔法使い「……間に合わないかも、勇者」
ゴゴゥン……!!
女魔法使い「……許して」