魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」6

22 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:47:37.22 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”大きな客間

ガチャ

勇者「……ん、っせっと。っと」
魔王「……すぅ」

勇者「うわ、こりゃまた。……すげぇな。
 良く判らんけど、ベッドに天井ついてるぞ」

魔王「……んぅ」

勇者「そぉっと、そぉっと……。
 うわ、近寄ると余計すげぇ。
 ……下手な宿屋の部屋と同じくらい
 でかいぞ、このベッド。どんな布団だよ」

 ぼふっ

魔王「うー」

勇者「起こしちゃったか」

魔王「……うー」

勇者「気持ち悪いか? トイレ行くか」
魔王「……」きゅっ

勇者「いや、けろけろ吐くなら俺の服には吐くなよ?」
魔王「くっ……」
(メイド長っ。こんな発言にどうやってムードなんて
 作ればいいのだっ!?)

23 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:49:25.05 ID:z6GJxeoP

魔王「むぅ。平気だ。……でも、少しついてて欲しい」
勇者「うん、判った」

魔王「……」くてっ
勇者「結構飲んでたもんな」
魔王「うん。久しぶりだ。楽しかった」

勇者「そりゃよかった」

魔王「勇者」くてん
勇者「なんだ」

魔王「権利保持者的言動をしていいか?」
勇者「ん? いいけど?」

魔王「そうか」にこ「じゃあな」
勇者「うん」

魔王「靴を脱がせてくれ……ないか?」
勇者「へ」

魔王「ぬ、脱がせてくれ。その……ベッドが汚れるか」
勇者「う、うん……」

魔王「早くぅっ、するのだっ」ぱたぱた
勇者「暴れるなよ。汚れるんだろ」

24 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:50:34.69 ID:z6GJxeoP

魔王「んぅ。くすぐったい」
勇者「ったく……。これでいいか?」

魔王「ん。楽になった」くてっ ごろごろ

勇者「転がって移動するなよ」
魔王「広いのだ。立つとふらふらする」
勇者「はいはい」

魔王「勇者は飲んでないのか?」
勇者「いや、飲んだけど。酩酊するほどじゃない」

魔王「そうか、つまらないな」
勇者「なんで?」

魔王「勇者も酔ってれば楽しいだろうに」
勇者「なにが?」
魔王「雇用、実質利子率、および収益率の関係について
 2人で語り合うんだ。面白いぞう。ふふふふっ」
勇者「わかんないよ」

魔王「ぷくくくっ」
勇者「お前、相当に酔っぱらってるだろう?」

魔王「お酒は酔うために生産されたんだ。
 つまり私が酔っていないと云うことは
 酒類生産者の努力を無にしているではないか」ばふばふ

勇者「そりゃそうかも知れないけどさ」

25 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:51:33.70 ID:z6GJxeoP

魔王 ぽむぽむ
勇者「?」

魔王 ぽむぽむっ!

勇者「そこへ来いって?」
魔王「そうだ」

勇者「いいけど」

とさっ

魔王「勇者だ」のしっ
勇者「勇者だよ」

魔王「いいなぁ。暖かくて、触り心地がよい」
勇者「この酔っぱらいめ」

魔王「嗚呼! 自分を褒めたい。
 あの時の私はなんて目利きだったんだろう。
 自分の賢さを再確認できるというのは
 人生における喜びの一つだと私は思うなぁ」

勇者「その喜びはどうやら俺にはないようだ」

魔王「そんなことはないぞ?」
勇者「そうか?」

26 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:52:29.07 ID:z6GJxeoP

魔王「だって、勇者はあのとき、
 私を選んでくれたじゃないか……」

勇者「う、うん……」

魔王「勇者はとても賢い。本当だ。
 本当にするために、私はあらゆる手を尽くすぞ?
 そうしたら、勇者はいつか
 “あのときの俺はなんて賢かったんだろう”って。
 そう云えるようになるだろう?」

勇者「お、おう」

魔王「それでいいではないか、勇者」にこっ
勇者「おう。あんがとな」

魔王「いいんだ。私は、勇者のものだからな」
勇者「う、うん……」(どきどき)

魔王「……」
勇者「……そのぅ近くないか?」

魔王「離れないとだめか?」
勇者「だめ……じゃないんだけど」

魔王「それでこそ勇者だ」くたぁ
勇者「楽しそうな」

魔王「かなりな」

27 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:53:33.42 ID:z6GJxeoP

勇者「なんだかなぁ」
魔王「勇者もまったりしないか?」

勇者「へ?」

魔王「まったりして、しばらく喋ったりしよう。
 どうせ戻っても、もう宴もお開きだろう。
 まだ眠くはないし、たまにはいいだろう?」
勇者「えーっと」

魔王「場所開けてあげるぞ。広いし」
勇者「えーっと」

魔王「だめ……か?」
勇者「そう言われるとすごく断りづらいんだよな」

魔王「うむ。学習した。
 その時は肩をぎゅっとすぼめるようにして、
 半分泣きそうな表情でやると
 効果が倍増するという分析も出た」

勇者「……ちょっと用を思い出したので、また」

魔王「わかった! すまん! 謝りますっ
 以後乱用はしないっ。約束するっ!」

勇者「ふんっ。油断の隙もないな」

28 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:55:32.81 ID:z6GJxeoP

魔王「いいではないか。ちょっぴりごろごろするくらい」

勇者「魔王がごろごろするのに文句は言ってないよ」

魔王「いいではないか。ちょっぴり一緒にごろごろするくらい」

勇者「別にごろごろすることそのものじゃなくて
 あっさり魔王の手に乗っている自分自身に
 そこはかとないお手軽さを感じてきついわけだよっ」

魔王「難しい年頃だな」
勇者「簡単に生きたいのに、なんで難しくなる」

魔王「ほら、場所作ったぞ」
勇者「わぁったよ」

ぽふっ

魔王「脚を伸ばしてくれ」
勇者「なんで?」

魔王「靴を脱がせてやる」
勇者「いいよ! 自分で脱ぐよっ!」

魔王「いいではないか。私だって脱がせてもらった。
 くすぐったくて、ぞくっとして、
 正直未知の感覚だが、背徳的常習性を感じたぞ?」

29 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:56:48.85 ID:z6GJxeoP

勇者「そんな訳のわからない常習性を感じたくないよ」
魔王「面白いのに」
勇者「面白くないって云ってるのっ!」

こつん、こつん、こつん……

勇者「誰だろう」
魔王「通路だな」

こつん、こつん、こつん……

勇者「……」
魔王「……」

こつん、こつん、こつん……

勇者「……何で息殺してるんだよ。魔王」
魔王「……勇者こそ、何か罪悪感でもあるのか?」
勇者「……少しもないよ」
魔王「……私だって堂々としたものだ」

こつん、こつん、こつん……

勇者「……」
魔王「……やっぱり押し黙るじゃないか」

ギイィィィィ

勇者「っ!?」

39 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20:36:29.15 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”大きな客間

女騎士「えーっと、7番。……8番」

コツ、コツ、コツ

女騎士「9番目。っと……私の部屋はここか。
 荷物は届いてるって云うけど……」

ギイィィィィ

勇者「っ!?」
魔王「……」
女騎士「……」

女騎士「なっ! 何をしているんだ、2人はっ!」
勇者「な、なにって」

魔王「夜のお茶会だ」
女騎士「魔王のごまかし方はそれだけかっ!」ぽかっ

勇者「いや、落ち着け」
魔王「だ、だって! だいたいっ!
 女騎士こそ何をしているんだ。
 こんな時間にいきなり訊ねてきてっ」

女騎士「いきなりも何も、この部屋は9番だろう?
 私に割り振られた部屋だぞ」

魔王「何を言うんだ。9番は私の部屋だ!」

勇者「そうなのか? 俺も9番だぞ?」

40 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20:37:37.41 ID:z6GJxeoP

魔王「そんな馬鹿な話がある物か。
 クローゼットを見てみろ。ほら、これは私の鞄だ。
 やっぱり私の部屋ではないか!」

女騎士「いや、その奥のケースは私のものだ。バッグも。
 どうやら私の荷物もこの部屋に運び込まれているらしい」

魔王「じゃぁ、この風呂敷も?」
勇者「……いや、それは俺のです」

魔王「……」

女騎士「3人ともこの部屋なのか……」
勇者「誰が部屋割りしたかは予想がつくけど」

魔王「部屋が足りないわけでもあるまいに。
 なんでこういうことになるのだ」

女騎士「なんか、檻に入れられて戦う、
 コロセウムののライオンのような気分に……」

魔王「……せっかくこちらが攻めていたのにっ」
女騎士「何か言った?」

魔王「ううう。なんでもない」
女騎士「でも、やっぱり部屋割を組み直さないと」

勇者「そうだな。まぁ、2人で寝てくれ。
 俺は何処でも寝れるし。んじゃ、またあした」しゅたっ

魔王「少し待て」 女騎士「ちょっと待って」

41 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20:39:03.38 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”大きな客間

  女騎士「――。――――」
  魔王「――――、――!」

勇者「なんだかなぁ」

魔王「あー。勇者。話がまとまったぞ」
女騎士「待たせて済まなかったな」

勇者「へ?」

魔王「今晩は3人で寝る」
女騎士「そう言うことでよろしく」

勇者「またまたぁ」

魔王「一度あったことだ。二度目は問題ない」
女騎士「教会の正義からすれば問題はあるのだが
 精霊様が細かく諭しておられた分野でもないことだし
 今回はお許し願おう」

勇者「……う、うう」じりじり

魔王「何でそう嫌がる」
女騎士「そうだ、嫌がるなんておかしいぞ」

勇者「別に一緒に寝るぐらいちっとも嫌じゃないけど
 お前達は空気が重すぎるんだっての!」

43 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20:41:03.84 ID:z6GJxeoP

魔王「それなら安心しろ」
女騎士「今晩の所は休戦協定だ」

勇者「へ?」

魔王「いや、メイド長の作戦に乗って
 毎回のように戦ばかりというのも面白くない。
 だから今日は、喧嘩はしない」

女騎士「うん、私も魔王と喧嘩はしない。
 張り合わない。すこし話をして、寝るだけだ」

勇者「そう……なのか?」

魔王「そうだ。……んっ」ひょい

魔王「このあたりの部屋には、全ての部屋に小さな浴室が
 ついているのだ。汗を流して夜着をきてくる」

女騎士「いいのか?」
魔王「休戦だから信頼しよう。勇者と話でもしていてくれ」

とっとっと、かちゃ

女騎士「そう怯えない。剣の主のくせに」
勇者「お前ら、すごい勢いで喧嘩するからなぁ」

女騎士「それもこれも勇者が原因だ」

44 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20:42:34.35 ID:z6GJxeoP

勇者「うすうす、判ってはいるんだけど」
女騎士「まぁ、勇者らしいけれど」

勇者「はぁ……」
女騎士「ため息をつかない。
 ……休暇の旅行に来てなんだけど、
 なんとかっていう魔界の会議があるというしな」

勇者「ああ。忽鄰塔とかいう」
女騎士「それだ」

勇者「何か云ってたのか、魔王?」

女騎士「良くは判らないけれど、
 随分厳しいのじゃないか? 何を目指すかにもよるが」

勇者「そういえば、最近は何だか
 相談したそうだった気もするな……」

女騎士「私も知識はないのだがな」えへんっ
勇者「俺だって無いよ」

女騎士「私よりは、魔界の知識はあるだろう?」
勇者「細かい知識はあるけれど、仕組みや、
 組織は良く判らない。地上みたいな意味での国家は
 あんまり感じたことがないな」

女騎士「そういえば、魔界でその種の国境を
 感じたことはないな……」

45 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20:44:05.64 ID:z6GJxeoP

勇者「氏族とか、種族とか云う言葉、何となくで使うけど
 よく考えると細かい部分が不明瞭だしな」

女騎士「とりあえず、知能がないのが魔物。
 私たちの世界で云う、動物だよな。
 知能があるのが魔族。
 これはあちこちの都市や荒野に住んでいる」

勇者「忽鄰塔は、魔族の族長が集まり、重要事項を
 決定する大会議、って云ってたな」

女騎士「そこでよい決議が出れば、人間との戦争は終わる?」
勇者「それだったらいいんだけど」

からからから、カチャン

魔王「ふぅ」

女騎士「早かったな」
魔王「さんざん風呂には入ったから、汗を流しただけだ」

女騎士「じゃあ、私も借りる」
勇者「いってらー」
魔王「暖まっているぞ」

とっとっと、かちゃ

勇者「忽鄰塔の話をしていたんだ」
魔王「ああ」

勇者「困っているのか?」
魔王「困っている、と言うわけでもないのだが
 状況はあまり芳しくないな」

57 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21:34:33.16 ID:z6GJxeoP

勇者「んー。そもそもの基本から聞きたいんだが、
 魔族って云うのはどれくらいの氏族がいるんだ?」

魔王「判らないな」

勇者「おいおい。把握もしていないのか?」

魔王「増えたり減ったりしているんだ。
 名乗りの問題でもあるからな。
 例えばある若者が新しい氏族だと名乗りを上げるなら、
 それは新しい氏族なんだ。
 もちろん古い氏族から縁を切る必要はある。
 魔族の社会は氏族を中心に動いているから
 “氏族から離れる”というのはなかなかに勇気のいることだ。
 でも、勇気があれば誰にでも可能なことなんだ」

勇者「ってことは、その会議にはおびただしい族長が来るのか?」
魔王「そうなるな」

勇者「良くそんなんで会議になるな」
魔王「大会議に出席するのは八つの大氏族と魔王だけだ」

勇者「そうなのか?」

魔王「ああ。さっきも云ったように、
 氏族というのは莫大な種類があるんだ。
 正確な統計ではないが、おそらく魔族と呼ばれる
 知的種族の4割は、そう言った雑多な氏族だよ。
 残りの6割を八つの大氏族がしめている。
 会議に出席する魔王は、4割の雑多な種族の信任を受けている。
 そういう建前なんだ」

勇者「そういうことなのか」

58 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21:36:46.53 ID:z6GJxeoP

勇者「で、会議の議題とかは誰が出すんだ?」
魔王「基本的には魔王だな。話の流れで他の族長が
 出すこともあるが、進行は魔王だからな」

勇者「ふむふむ、その辺は人間の会議に似てるな」
魔王「普通だ」

勇者「で、話合う内容について、意見が割れたらどうなるんだ」
魔王「意見が割れないように話合う」

勇者「それでどうにかなるものなのか?」
魔王「意見をまとめるために、長い期間をかけるんだ。
 話し合いで一ヶ月をかけることもある」

勇者「そうか……。ちょっと想像がつかないな」
魔王「数日ごとに会議を繰り返すんだが、
 当然その間には各氏族が意見のことなる氏族に
 個別に交渉を行ったりするんだ。
 贈り物をしたり、婚姻の約束をしたりもする。
 時には圧力をかけることもあるな。
 そうして意見を調整するんだな」

勇者「ああ、そういうことか。多数派工作ってやつだな」
魔王「そうだな。それで、だんだんと意見をすりあわせて
 最終的には全会一致で結論が出る」

勇者「ふぅん……。それでも結論が出ない、
 っていうか、論が割れちゃったりしたらどうなるんだ?」
魔王「最終的には割れたことはないんだ」

勇者「――?」
魔王「300年ほど前の咬竜の焔魔王の治世に行われた
 忽鄰塔において、獣人族の族長が頑として
 同意しなかったことがある」

勇者「そうそう。あるだろう? そういうとだってさ」
魔王「そこで、焔魔王はその族長を消し炭にしてしまったんだ。
 結論は全会一致で素直にまとまったそうだ」

60 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21:39:05.26 ID:z6GJxeoP

からからから、カチャン

女騎士「良いお湯だった」
勇者「お帰り」

女騎士「話の続きはどうだ?」
勇者「いま聞いてたよ、やっぱり地上とは
 いろいろ手続きが違うもんだなぁ」

女騎士「そうか……」

魔王「布団に入るぞ?」 もそもそ
勇者「聞く前から入ってるじゃないか」

魔王「べつに急いで入った訳じゃない」
女騎士「勇者は真ん中」

勇者「えーっと」

魔王「早く入れ。勇者」
女騎士「入らないと、わたしが入れないじゃないか」

勇者「おう」 もそもそ

魔王「ふぅ。なんだかこれはこれでよいものだな」
勇者「天井つきベッドなんて初めてだよ」
女騎士「天蓋って云うのだ」

魔王「まぁ、忽鄰塔の話はそんな感じだ」
女騎士「なかなかやっかいそうだ」

勇者「一筋縄ではいかなさそうだなぁ。
 だいたい魔王だったら“消し炭にしてしまう”なんて
 しないだろう?」

魔王「そんな実力はないし、したくもないな」

61 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21:40:22.17 ID:z6GJxeoP

女騎士「条件面で折り合うとか、説得するとか」
魔王「まぁ、一氏族ごとに地道に行くしかないのかも知れぬ」

勇者「……」

魔王「どうした? 勇者」

勇者「あ、いや。魔界で見聞きした色んな人を思い出していた。
 あの人達はどの氏族だったのかなぁ、って」

魔王「様々な氏族の者どもがいるからな」

女騎士「戦った記憶ばかり鮮明だけど、考えてみると
 生活していたり家族がいるんだな。不思議だ」

魔王「こちらだって不思議に思っている。
 殆どの魔族は人間なんて見たことがないんだからな」

勇者「そうだよな」

魔王「……ぅぁぁぅ」

女騎士「眠そう」

魔王「少し眠い」

女騎士「寝るとするか」

勇者「話の続きは、また明日にでも」

魔王「そうだな。勇者」
女騎士「うん、勇者」

62 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21:41:19.33 ID:z6GJxeoP

 むぎゅぅ すりっ

勇者 びきっ

女騎士「我ら二人が喧嘩をしなければ、良いのだろう?」
魔王「うむ。喧嘩さえしなければ勇者を堪能できるわけだ」

勇者「……寝るんじゃないですか」

女騎士「寝るから暖を求めてる」
魔王「落ち着きすぎて眠れないくらいだ」

勇者「すごく辛い気がするんですが」

女騎士「つらいのか? 剣の主。どこが辛いんだ?」
魔王「何か問題があるようだったら、わたしがすぐに解決するぞ?」

勇者「もういいっす」

女騎士「そうかそうか」
魔王「あいかわらず、もふもふだなぁ」

 むぎゅぅ すりっ

勇者「多分幸せなんだけど」

女騎士「それについては早めに結論を出すべきだな」
魔王「そうしないと有利子負債が膨らむばかりだぞ、勇者よ」

79 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:17:28.20 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”客室

メイド妹「んぅ……」ぼへぇ
メイド姉「……すぅ……すぅ」

メイド妹「あ。おねーちゃんだ」
メイド姉「……すぅ」

メイド妹「おねーちゃん、おねーちゃん」ゆさゆさ
メイド姉「……くぅん」

メイド妹「朝やよ ごはんつくららいと」ぼへぇ
メイド姉「……んぅ」

メイド妹「パンやからいと、おねーちゃん」
メイド姉「……んぅー。……すぅ」

 ほわぁ

メイド妹「おいしいぱん。ほかほか……においする」ぼへぇ
メイド姉「んー。いもーと。今日は、旅行よ……」

メイド妹「そか」きょろきょろ

メイド姉「すぅ……。すぅ……」

メイド妹「わ! わぁ! あ、朝ご飯があるっ」ずざざっ

80 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:18:44.99 ID:z6GJxeoP

メイド姉「すぅ……。すぅ……」

メイド妹「ど、ど、どうしよう?
 作ってないのに朝ご飯があるよっ。
 どうすればいい?
 お姉ちゃん、朝ご飯だよぅ」

メイド姉「……んぅ。……なかったらおなか減る癖にぅぅ」くて

メイド妹「そっか」

メイド姉「……くぅ」

メイド妹「そういえばそうだよね」

メイド姉「すぅ……。すぅ……」

 ほわぁ

メイド妹「良い匂い」じゅるっ

メイド妹「ど、どんなかなぁ……。わ。わ。黒いパンと、
 白いパンと、ベーコンエッグと、黄色い果物と、
 これなにかな。……ジャガイモのポタージュだぁ♪」

メイド姉「んっぅ」のびっ

メイド妹「お姉ちゃん。起きた?
 ご飯だよ! ご飯できてたよっ!」

メイド姉「すごいね」にこっ

メイド妹「食べて良い?」
メイド姉「二人で顔を洗ってからね」

81 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:20:18.27 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”午前の岩風呂

ザパーン、ザプーン

東の砦将「おうっ」
勇者「おっす。おはよう」

東の砦将「何だ、顔色悪いな。眠れなかったのか」
勇者「いや、いろいろ……」

東の砦将「そうか。まぁ、色々あらぁな」
勇者「……主に自分が敵だったんだけど」

東の砦将「戦場では良くある事さ。しゃぁねぇな!」

勇者「なんだそれ?」
東の砦将「酒だ。用意してくれたんだ」

勇者「昼から飲んでるのか?」

東の砦将「昼からだから美味いんだろう」
勇者「うーん。一理あるな」

東の砦将「よし、いこうぜ」

トットット……トク、トクッ

勇者「うっす。では一献」
東の砦将「乾杯!」

勇者・東の砦将「ぷはぁっ!」

勇者「肴は何なんだ?」

82 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:21:16.04 ID:z6GJxeoP

東の砦将「ああ、焼いた小魚と、野菜の塩もみだ」
勇者「美味そうだな」

東の砦将「どんどん行こうぜ」 トク、トクッ

勇者「ああ……。ぷはぁ」

東の砦将「で、どうなんだ?」
勇者「なにがさ」

東の砦将「どれが本妻なんだよ」
勇者「へ? 何の話だ?」

東の砦将「おいおいおい。家族旅行だって云っただろう?」
勇者「“みたいなもん”だよっ」

東の砦将「ほぉ」にやり
勇者「ど、どうだっていいだろっ!」

東の砦将「隠すなって」
勇者「隠してないって」

女魔法使い「……興味津々」

勇者「うわっ!?」

東の砦将「ど、どこにいたんだっ」

女魔法使い「……潜っていた」

東の砦将「魔、魔、魔法使いの嬢ちゃん」

83 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:22:28.09 ID:z6GJxeoP

東の砦将「どういう人間なんだ」

勇者「こういうやつなんだ。
 とらえどころはないけど、悪いやつじゃない」

女魔法使い「……本妻争奪戦勃発。実録極道物語」

東の砦将「えー」
勇者「……」

東の砦将「嬢ちゃんが本妻なのか?」

勇者「そんなわけがあるかっ!」
女魔法使い「……本妻なんかよりも深い仲?」くたっ

勇者「だいたいなんで魔法使いがここにいるんだ。男湯だぞ」
女魔法使い「……混浴」

勇者「混浴でも何でも問題有るだろう。ううう、なんとかしろ」
女魔法使い「……迷彩魔法で問題なし」

東の砦将「何か肌色をした四角が一杯ちらちらしてるが」
勇者「どこが迷彩なんだっ」

女魔法使い「……最先端の薄いぼかし」

東の砦将「本当にとらえどころがないなぁ」

勇者「これで魔法使いとしての腕は特級なんだ。
 導師クラスだろうが小指でひねれる」

東の砦将「そいつはすげぇな」
女魔法使い「ごきげん」

109 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:57:19.79 ID:z6GJxeoP

東の砦将「こうして昼から風呂の使って酒を飲んでると
 浮き世のしがらみが、すーっと抜けていくな」

勇者「うーん」
女魔法使い「……勇者はぬけないの? お尻が青いから?」

勇者「もう青かねぇよっ」

女魔法使い「……赤かったらお猿」

東の砦将「どうした? なんかあるのかい?」

勇者「あー。まぁ」

東の砦将「なんだい」

勇者「忽鄰塔って判るか?」

東の砦将「ああ、大族長会議だろう。
 魔王……って昨晩のあの美人が招集したって云う。
 その話は、今じゃ魔族なら四つの子供でも知ってるぜ」

勇者「そっか」

東の砦将「忽鄰塔がどうかしたのか?」

勇者「出来れば、その族長会議で、人間との共存の道を
 探りたいんだけれど、どうなるか判らないんだよなぁ」

東の砦将「そいつぁ、無理ってもんだろう?」

勇者「へ?」

112 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:59:43.56 ID:z6GJxeoP

東の砦将「いや、だからよ。今度の忽鄰塔は人間世界への
 遠征の規模を決めるもんなんだろう?」

勇者「誰がそんな話を?」

東の砦将「世間じゃもっぱらそういう話だ」

勇者「それは誤解だ。魔王はそんなことは望んじゃいない。
 永久和平条約とは行かなくても、何とか停戦というか
 少なくとも荒っぽくない結末を望んでいるんだ」

東の砦将「いや、そいつは昨日話を聞いたから判るけれど。
 今度の忽鄰塔じゃ無理だろう?」

勇者「なんでだ?」

東の砦将「だって、魔族の間に“今度はどこまで攻め込む”
 なんて話がある時点で意識が
 そっちに向かっちまっているってことじゃないか。

 みんなが戦争を望んでいるとは思わねぇが、
 うわさ話がこう流れてるって事は
 戦争したい誰かさんにとっては好都合なんだ。
 そいつはきっとこの流れを利用している」

勇者「……っ」

東の砦将「戦ってのは、武器だの人数だの練度も大事だけど
 こういう数字には出せないような“雰囲気”ってのも
 大事なんだよ。
 雰囲気を持ってかれちまった軍は大抵負けるな。
 傭兵生活が長いと、この匂いをかぎ分けるようになる。
 負け戦の軍に傭兵が居着かないのはそのせいさ」

勇者「……うん」

113 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 23:01:08.91 ID:z6GJxeoP

東の砦将「その上、八大氏族だ」
勇者「ん?」

東の砦将「人魔族、蒼魔族、巨人族、竜族」
女魔法使い「……獣人族、鬼呼族、妖精族、機怪族」

勇者「それが八大氏族なのか?」

東の砦将「知らなかったのか?
 まぁ、とにもかくにも。
 この八大氏族のうち、人間との和平……というか、
 共存を望んでいるのは妖精族だけだ」

勇者「へ?」

東の砦将「妖精族だけなんだよ。共存を望んでいるのは」

勇者「だって開門都市には色んな氏族の人たちがいる
 じゃないか。それをいうなら火竜公女だって」

東の砦将「それは時勢、ってやつだ。
 もし共存と決まれば、そりゃ共存するしかないだろう?
 開門都市では少なくとも、当面共存と決まった。
 だとすればその中でどう生きるかって話だよ。
 俺たちは本当は共存なんて望んじゃいなかったんだ、
 なーんて泣き言を言っても始まりゃしない。

 それと同じように、共存を望んでいない派閥だって
 もし共存になったらと考えて、色々手は打ってるさ」

勇者「そうなのか……」

114 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 23:02:18.16 ID:z6GJxeoP

東の砦将「公女の嬢ちゃんの話によれば、
 火竜の一族は頭は固いが馬鹿じゃないって事らしい。
 竜族は大体のところ山岳部に住んで、
 あまり他の魔族とも関わらない孤高の種族なんだ。
 共存に反対って云うよりは放っておいて欲しいって事だな。

 だが、竜族の住む山にはえてして鉱山物資が眠っている。
 魔界では少ない純度の高い鋼の取れる山も竜族のものだ。
 そういう場所に住んでいて、トラブル無しとは行かない。

 だから、娘の一人には、出来る限りの学をつけて
 人里に送り出したんだ。
 もちろん公女の嬢ちゃん本人の性格もあるけどな」

勇者「そうだったんだ」

女魔法使い「……それぞれの氏族も内側は複雑」

東の砦将「まぁ、そうゆうこともある」

勇者「そうなのか?」

東の砦将「枝族といってな。
 氏族の中も小さな氏族に分かれているんだよ。
 たとえば公女の嬢ちゃんは竜族のなかの、火竜族、
 その名門大公家の娘だ。
 竜族はほかにも飛竜族だの土竜族だのがいる」

勇者「複雑なんだなぁ」

東の砦将「まぁ、生きてるんだから仕方ない」

117 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 23:05:10.01 ID:z6GJxeoP

勇者「……」
東の砦将「どうした」

勇者「でも、どうにかしなきゃ」
女魔法使い「……」

東の砦将「ふぅむ」
勇者「……」

東の砦将「黒騎士だの魔王の力でどかんと……やっちゃまずいか」
勇者「ああ」

東の砦将「そいつは親父のげんこつと一緒だもんな」
勇者「そうだ。出来れば俺たちは手を出さないで事が
 うまく運べばいいのに」

女魔法使い「……」

東の砦将「俺にもなんて云って良いのかは判らないが
 例えばさっきの竜族みたいに“共存にしたい訳ではないが
 あえて云えば中立”みたいな氏族も他に探せばいるかも知れない。
 あいにく公女みたいな知り合いは俺には他にいないから、
 詳しい事情はわからんがよ」

勇者「ああ」

東の砦将「そういう氏族をきちんと調べてみるのが
 手がかりかも知れねぇな」

勇者「そうだな」

119 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 23:07:24.85 ID:z6GJxeoP

女魔法使い「……典範」

東の砦将「ん?」
勇者「なんだ、魔法使い」

女魔法使い「……」

東の砦将「は?」
勇者「……調べればいいのか?」

女魔法使い こくり

勇者「よく判らないけど、
 テンパンってのを探せば良いんだな?
 たはぁ。捜し物ってのは苦手なんだよな」
東の砦将「ふはははっ。お互いな」

女魔法使い「……」

東の砦将「まぁ、いいさ。そいつは俺の副官にでも言いつける」

勇者「悪いな」

東の砦将「いや、良いってことよ。
 戦争は避けられないかも知れないが、
 そうやって努力しておけば無駄にはならないさ。
 出兵する氏族が一つでも減るかも知れないし
 もし戦争になっても、
 いざという時に情けが刃に乗るかも知れない。
 俺だって、てめぇがいつか助かるために
 あがいてるにすぎないんだからな」

180 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 17:56:18.27 ID:LAEzTxgP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”テラス

メイド姉「お茶を入れました」
メイド長「ありがとう」

メイド姉「いえ……。静かですね」
メイド長「ええ」

メイド姉「……」こくっ
メイド妹「~♪」

メイド長「メイド妹は何をしているのです?」

メイド妹「日記を書いてますー」

メイド長「日記?」

メイド姉「最近は良く書くんですよ」
メイド妹「へへ~」

メイド長「それは感心です。文字は毎日書くにつれ
 理解が深まると云いますからね」

メイド姉「……えーっと」
メイド長「?」

メイド姉「絵が入ってても良いんでしょうか……」
メイド妹「これは、無いと、ダメなのっ」

メイド長「絵が入ってるんですか?」

181 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 17:58:19.26 ID:LAEzTxgP

メイド妹「じゃぁん♪ これは昨日食べたスープ!」

メイド長「あらあら」
メイド姉「そんなに気に入ったの?」

メイド妹「うん、美味しかった! 酪が入ってまーす」
メイド長「あら。レシピまで? 誰に聞いたのかしら」

メイド妹「黒っぽいもやもやのおねーさんに教わりましたー♪」

メイド長「……」
メイド姉「え? え?」

メイド妹「ほかにも、酪を塗って漬け込んだお肉を焼いたの
 の作り方はこれでーす」 かきかき

メイド長「……はぁ。時々この子には驚かされます」
メイド姉「わたしなんて毎日ひやひやです……」

メイド妹「できたー!」

メイド長「ふふふっ。美味しい料理の研究ですか?」
メイド妹「はいっ。美味しいものは毎日書くの」

メイド長「料理以外のことも書くと良いですよ」
メイド妹「そうなのですか?」

メイド長「味の記憶は、印象ですからね。
 その日起きた印象深い事を書いておけば、
 後で味の記憶を思い出す時に役に立ちます」

メイド妹「そっかー! じゃぁ、女騎士のお姉ちゃんが
 謳ったことも書いておこう♪」

メイド姉「あれは忘れたいんじゃないかしら……」

194 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:19:17.44 ID:LAEzTxgP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”広間

メイド妹「これ、牛さんなのっ?」
メイド長「ええ」

東の砦将「牛なんて固くてまずくて食えたものじゃないと
 思っていたけど、これは美味いな」
副官「ええ、豚よりも歯ごたえがあって、爽やかですね」

メイド妹「ね、どーしてっ? どーして柔らかいの?」

メイド長「普通の牛の肉が固くなるのは、
 一杯働いているせいですよ。これは仔牛ですから」

勇者「へぇ、それで違うのかぁ」
女騎士「ふむ、こんな味だとはなぁ」

東の砦将「俺は気に入ったな。
 これ、串焼きにしたら美味いんじゃねぇのか? 岩塩かけて」
副官「いいですね、わたしはこっちの団子が好きですよ。
 スープに浮かべたり、ああ、煮込むのも良いかもしれません」

メイド姉「でも、あまり食べた事がないのはなぜかしら?」

魔王「それは生産性と関係がある。
 馬と比べて気性が大人しい牛は、
 農作業の大切なパートナーなのだ。
 畑を耕したり、牛車で樽を運んだりとな。
 馬車より遅いが、扱いは難しくない。
 それに肉を食べるよりも、乳を搾る方が多くの農民に
 取っては魅力的なのだろう。
 豚に比べて子供の数も多くはないから、一家に乳を提供する
 牛は家族の一員として扱われることもある」

勇者「そっかぁ」
女騎士「何にでも、子細はあるのだなぁ」

196 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:20:59.62 ID:LAEzTxgP

東の砦将「しかし、魔界は地上と比べれば豊かだよな」
副官「そうですね~」

メイド姉「魔界?」
魔王「しまった」

   東の砦将「云っちゃダメだったのか?」
   勇者「まだ内緒にしてたんだよ」
   メイド長「困りましたね」

   女騎士「そんなことか」
   勇者「女騎士。そんなことって云うけれど、
    なかなかこれはデリケートでさ」

   女騎士「わたしに任せろ」ズシャァ
   勇者「上手くごまかしてくれ」

メイド姉「魔界って、あの魔界ですか?」
女騎士「そうだ」えへん

   メイド長「……」
   魔王「まんま認めてるではないかっ!?」

女騎士「ここは魔界ので一番の高級リゾートでな」

   メイド長「たしかに一番高級、はあってますね」

女騎士「あちらにいる君たちの主人はこのリゾートの持ち主でもある」

198 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:23:40.39 ID:LAEzTxgP

メイド姉「ご当主さまが!?」
魔王「ま、まぁな」

女騎士「そんなわけで格安利用できたのだ」

メイド姉「そうだったんですか。ご当主様はどこかの
 貴族だと思っていましたが、こんな領地をお持ちとは」

メイド妹「うんうん、美味しかった」

   メイド長「微妙なずれが気に掛かりますね」
   東の砦将「いや、いくらなんでも魔界だぞ」
   副官「あんなにけろっと受け入れられるものですか?」

メイド姉「では、魔界の貴族様なんですね?」
魔王「あ。ああ……貴族というか、なんというか……」
女騎士「有り体に言えば王族なのだ」

メイド姉「それで魔王様ですか。やっと得心しました。
 以前から、まおー様とか魔王様などの呼びかけを受けて
 らっしゃいましたから、不思議には思ってたんです」

メイド妹「お姉ちゃん、どうゆう事?」

メイド姉「えーっと。うーん……」
メイド妹「?」

メイド姉「ご当主様は、美味しい料理のたくさん出てくる
 お城をもってるんだって。で、地元には今の屋敷とは
 別の領地もお持ちなのですって」

メイド妹「そっか! お金持ちなんだっ♪」

   勇者「大物だっ!?」

199 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:25:40.80 ID:LAEzTxgP

魔王「いや、お金はあんまり無いのだが……。
 城も代々のお下がりで維持費も馬鹿にならないし。
 直轄領からの税収はインフラと領地運営でかつかつだし……」

メイド姉「没落した偉い貴族様なんですって」
メイド妹「没落はどっちでも良いよぉ。美味しい料理が重要だよ」

メイド姉「それでも、ご飯は美味しいのじゃないかしら」
メイド妹「美味しい?」

メイド長「昨日でた宴席料理のような物が基本です」

メイド妹「すっごいねぇ! お金持ちだよ、お姉ちゃん!
 ご馳走も出てくるし、料理も上手だよ~♪」

魔王「いやっ。そのっ。なにもわたしが作ってる訳じゃ……」

   東の砦将「これはこれで逸材だな。ちびの嬢ちゃん」

メイド姉「そうね」にこにこ
メイド妹「当主のお姉ちゃんは偉いと思ってたけれど
 本当に偉かったんだね~。すごいよぉ、また料理教えて貰おう!」

女騎士「……ぷっ。くくくくっ」
   副官「あはははっ」

メイド姉「あんまり邪魔をしたらダメですよ。忙しいのですから」
メイド妹「うんっ♪」

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

魔王「わたしは料理なんてまったく……」
勇者「魔族ってあたりは何のショックもないんだなぁ」

200 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:55:13.04 ID:LAEzTxgP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”滝の温泉

ザザァ、カポーン

女騎士「それにしても……。はぅぅぅん」
女魔法使い「……」

女騎士「食べて温泉、ごろごろして温泉、そして宴会だなぁ」
女魔法使い「……それが温泉宿」

魔王「慰労であるからな」きゅっきゅ
女騎士「うん……。あ゛あ゛」

魔王「なんて声を出すのだ」
女騎士「熱い湯に入ると自然に漏れるのだ。仕方ない」

女魔法使い「……はぅぅ」
魔王「……ふぅぅ」

女騎士「……平和だなぁ」
女魔法使い「……」
魔王「魔王城だからな」

女騎士「やはり、あれか?」
魔王「?」

女騎士「こういう生活を続けていると……肉がつくのか?」
女魔法使い「……なるほど」

魔王「そんなことはないぞ。
 わたしだってこんなに温泉三昧なのは初めてなくらいだ。
 幼少の時からこっち、研究生活一筋だったからな」

201 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:56:37.42 ID:LAEzTxgP

女騎士「研究かぁ……はぅぅ」
魔王「言っておくが肉を増やす研究ではないぞ」

女騎士「自慢なのか」
女魔法使い「……コンプレックスとナルシズムの軋む音がする」

魔王「いっ、いいではないか。事実だっ」

女騎士「ろくな運動もせずに不摂生をしているから贅肉がつくのだ」
魔王「わたしのは駄肉だっ。まだ贅肉ではないっ」

女騎士「どういう区別で使ってるんだ?」
魔王「そ、それはメイド長が……」
女騎士「?」

魔王「“男を捕まえられない肉は宝の持ち腐れだから駄肉”
 だって云っていたんだ。魔族の女性として恥ずかしいと」

女騎士「どうも魔族のそのあたりの文化は直接的すぎると思う」
女魔法使い「……同意」

魔王「わたしが創った文化ではないっ」

女騎士「もっと他にも色々あるだろう。細やかさとか、
 気配りとか、家のことを細々と整える能力とかっ」

女魔法使い「……女騎士には一つもない」

女騎士「それ以外にもあるっ。突進力とか剣技とか武勇とか
 堅固な守りとか、詠唱能力とかっ」

魔王「魔族の文化だって、破壊力で異性を物にしようというほど
 無骨で野蛮ではないぞ」

202 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:58:11.67 ID:LAEzTxgP

女騎士「愛情とか、貞節とか、誠意とかはどうなんだ」

魔王「そんな物はあっても当たり前だ。当たり前の物が
 あるだけではライバルに勝てないではないか」

女騎士「そうなのか?」

魔王「貞節については、地上の方が相当に厳しいと思うがな」
女騎士「ふむ……」

魔王「こちらでは、貞節は貞節で重要とされるが、
 それは精神的な関係においてだな。
 結婚に関してはまた少し別だ。
 特に身分が高い場合、子供を残すことも重要だからな」

女騎士「それは、地上の王族と似たような事情か?
 たしかに王族ともなれば、側室を多数かかえるしな」

魔王「その“側室”という言い方がこちら風に云えば
 愛情や誠意の部分で問題がある、と云うことなのだろうな。
 心の問題を正室、側室などと順番をつけるのは良くない、と」

女騎士「それで重婚するのか?」

魔王「重婚というとなにやら犯罪的だが、まぁそうだ。
 複数を相手とする婚姻関係は、さほど珍しい物ではないな。
 だがしかしその辺は氏族にもよる。
 蒼魔族などは純潔を重視するから、一対一以外認めようとしない。
 そのかわり兄妹で結婚することも一般的だ」

女騎士「魔界ってのはいろいろ有るんだなぁ」

女魔法使い「……人間だって、色々」

魔王「そういうことだな」

203 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:00:00.40 ID:LAEzTxgP

女騎士「それにしたって」ちらっ

魔王「はぅぅ……」 ばゆん

女騎士「……」 ちょいん

女魔法使い「……すぅ」 ぷにり

女騎士「身長だって大差がないのに、何でこんなに
 戦力差があるのだ。寡兵にもほどがあるぞ」

魔王「何を言っているのだ?」

女騎士「なんでもない」

女魔法使い「……すぅ。……すぅ」ごぼ

魔王「湯に入ると実感する。肩が凝るのはやはり
 これのせいなのだ。重しが取れて、すぅーっとするようだぞ」

女騎士「……愛剣・惨殺廻天さえあればっ」ぎりぎりっ

女魔法使い「……すぅ」ごぼごぼごぼ

魔王「魔法使い殿も、なかなか可愛らしい割には
 ボリュームもあるのだな。着やせというのか。
 ところで、なんで水面につっぷしているのだ?」

女魔法使い がぼがぼがぼがぼ

女騎士「その状況で何で寝続けられるんだっ!?」

217 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:24:10.46 ID:LAEzTxgP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”中庭

さらさらさら……

メイド姉「……」

  さらさらさら……

メイド長「良い風ですね」
メイド姉「あっ。はい……。メイド長」

メイド姉「……」

メイド長「……」

さらさらさら……

メイド長「やっぱり、ショックでしたか」

メイド姉「……」

メイド長「騙していたことになるのでしょうね」

メイド姉「それは、違います。ちょっとびっくりでしたけど。
 ……妹は本当にけろっとしていましたけどね。
 あの娘は本当に強いから」

メイド長「……」

メイド姉「――たとえ当主様が魔族でも、メイド長や
 勇者様が魔族でも、わたし達が救われたという事実には
 変わりありません。
 あのときの一晩の温かさと食事は、
 わたし達を死から救ってくれましたけれど、
 それだけではないもっと大事な物も救って貰ったんです」

219 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:27:30.57 ID:LAEzTxgP

メイド姉「でも、それとは別に、やっぱりショックです」
メイド長「……」

さらさらさら……

メイド姉「わたしは今まで、戦争という物については
 よく知らなくて、ただひたすらに恐ろしかった。
 鉄の国でわたしに剣を向けたのは、
 同じ南部諸王国の兵士の人でした……。
 その狂ったような眼差しが忘れられなくて
 いまでも夜中に飛び起きる事があるんです。
 だから戦争は恐ろしくて、狂っていて
 絶対にしてはいけないこと……そう思いました」

メイド長「……」

メイド姉「でも魔族は魔族だから……
 そんな風に考えて……。ううん、考えもせずに
 ただそういう風に納得していた自分がいました。
 “魔族との戦争は戦争じゃない”そう考えてるわたし。
 ショックを受けているのはその自分です。

 魔族は悪だからって信じていたから
 そうじゃないって判って、
 今まで自分の一部分だった古いわたしが
 ショックを受けているんです」

メイド長「魔族が善とは限りませんよ」

メイド姉「でも、悪ではない。
 わたしは当主様もメイド長さまも知っていますから、
 そんなことは判ります」

さらさらさら……

メイド姉「むかし、わたしは当主様に尋ねたことがあるんです」

220 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:30:56.16 ID:LAEzTxgP

メイド姉「“戦争って何ですか?”って」
メイド長「……」

  さらさらさら……

メイド姉「当主様は云いました。

 “村に2人の子供がいて、出会う。
 あの子は僕ではない。僕はあの子ではない。
 2人は別の存在だ。別の存在が出会う。
 そこで起こることの一部分が、争いなんだ。
 戦争は沢山の人が死ぬ。
 憎しみと悲しみと、愚かさと狂気が支配するのが戦争だ。
 経済的に見れば巨大消費で、歴史的に見れば損失だ。
 でも、そんな悲惨も、出会いの一部なんだ。
 知り合うための過程の一形態なんだよ”
 ――って」

メイド長「まおー様がそんなことを……」

メイド姉「とても、哀しそうでした」
メイド長「……」

メイド姉「あのときのわたしは、少しも判りませんでした。
 同じ人間なのに、偉い人の命令で戦っているだけだ。
 これは“出会い”なんかじゃない。
 そんなことを思いました。
 当主様が何を思ってそんなことを仰ったのか、
 少しも判らなかった」

メイド長「……」

メイド姉「今でも、正直に言えば、判ってはいません。
 どのような気持ちで、あんな表情をなされたのか。
 でも、判らなくてはならないと思うんです」

221 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:32:59.30 ID:LAEzTxgP

メイド長「強くなりましたね」
メイド姉「そんなことはありませんっ」

メイド長「あなたも、妹も……こほんっ」
メイド姉「はい?」

メイド長「自慢の弟子です」
メイド姉「あ……」

メイド長「……」
メイド姉「……」じわぁっ

  さらさらさら……

メイド長「入りましょう。身体が冷えますよ」

メイド姉「はい」

メイド長「メイド姉?」

メイド姉「はい」

メイド長「世界は広大で、果てがない。
 そこには無数の魂持つ者がいて
 残酷で汚らしく醜く歪んだ、でも暖かく穏やかで美しい
 ありとあらゆる関係と存在をつくっています。

   あなたにはすでに翼がついています。
 だからいつかそれらを見て理解できると思います。

   諦めなければ、きっと」

メイド姉「はい。――先生」

228 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:51:54.30 ID:LAEzTxgP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”エントランス

東の砦将「よーっし。荷物もまとまったぞ」
副官「たいした物はもってきませんでしたしね」

メイド姉「わたし達もまとまりました!」
メイド妹「お土産いっぱーい♪」

メイド長「まおー様、よろしいですか?」
魔王「ん。準備万端だ」
女騎士「移動時間がないというのは本当に便利だな」

勇者「一応ほら、奥義呪文だしな」

東の砦将「いやー。誰にも信用されないだろうな。
 魔王上で温泉に入ってきたとか云ったって」
副官「そうですねぇ、まぁいいじゃないですか」

女騎士「そういや、魔法使いは?」
東の砦将「ん? さっきそこらを歩いていたような」

とてててててっ

女魔法使い「……到着」

メイド長「では、帰りましょう」

魔王「勇者は砦将殿を先にお送りしてくれ。待ってるから」

女魔法使い「いい。わたしがする」

勇者「お、いいのか? 開門都市の場所、判るのか?」

女魔法使い こくり

230 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:53:25.70 ID:LAEzTxgP

東の砦将「よっし、じゃぁ、魔法使い殿と行くかぁ」
副官「よろしくお願いします」
女魔法使い「……ごきげん」

しゅいんっ

メイド長「ではこちらも」
メイド妹「冬越し村に帰ろう~♪」

魔王「勇者、頼むぞ」
勇者「ああ!」

女騎士「これ以上温泉につかっていると、
 色んな事を投げ出してしまいそうだからな」

魔王「帰れば山ほど仕事が待っているさ」
勇者「そうだな」

メイド長「またすぐ来ることになります」
魔王「うむ」

女騎士「え?」

魔王「月が開ければ、すぐにでも忽鄰塔だ」

勇者「情報を集めて、交換条件に使えそうなカードの交渉を
 すすめないとな。それから冬寂王や、中央の様子も心配だ」

女騎士「そうだな。帰ろう!」
勇者「任せとけ」

しゅわんっ!

231 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 20:00:28.24 ID:LAEzTxgP

――地下世界、大河沿いの街、郊外の庵

奏楽子弟「おーい! おーぅい!」

 ガキン! ドグチャ

奏楽子弟「なんてボロ屋なのよ、まったく。
 うっわ、こ、これ何っ!? た、食べ物っ!?
 ぐちゃぐちゃじゃないっ。
 おーうい!
 いるんでしょー? 起きてよー!」

土木子弟「なんだー」

奏楽子弟「帰ったわよ」

土木子弟「あれ? どこから?」

奏楽子弟「『開門都市』に行ってくるって云ったでしょ!」

土木子弟「そうだっけ? そう言えば、しばらく会ってなかったな」

奏楽子弟「二ヶ月も会ってないのよっ!
 ほら、これお土産っ! それに食事もしてないだろうから
 こっちは出来合の焼きめしっ。ほら、お茶もっ」

土木子弟「ありがとっ。ふわぁーあぁ」

奏楽子弟「ほっとくといつまでたってもやってるんだから」

232 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 20:01:56.53 ID:LAEzTxgP

土木子弟「仕方ない。工夫と設計、管理と運用。
 土木ってのは奥が深いんだ。
 師匠が残してくれた本だって完全に理解したと云えるのは
 1冊もない。治水からしてまだまだだ」

奏楽子弟「“テキストに溺れる事なかれ”って
 云われてるでしょう。
 いっくら学んだって実践しなきゃ意味なんて無いじゃないのよ」

土木子弟「そんなこと云われてもなぁ。
 そっちの音楽や叙述とちがって、土木ってのは馬鹿みたいに
 人でも金も必要なんだよ。一人でやるには限界がある」

奏楽子弟「兄妹弟子がこのていたらくとは、
 あたし情けないわよ……」

土木子弟「そういうなよ。やっとここの近くの村は
 一通りの潅漑指導が終わったんだ」

奏楽子弟「どうだった?」

土木子弟「ま、生産性は上がったんじゃないか?
 土木ってのはすぐには結果が出ないから、
 数年のオーダーで改良をしていくべきだと思うけれど、
 耕作可能面積は倍近く増えたはずだ。
 あとは河が肥料を運んでくれるのを待てば良いな」

奏楽子弟「へぇ、善行したじゃない」

土木子弟「まぁねー」

奏楽子弟「で、報酬は?」
土木子弟「ぼちぼちかな。ほらっ」

234 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 20:03:34.61 ID:LAEzTxgP

奏楽子弟「わぉ、すごっ!」
土木子弟「やるよ」

奏楽子弟「ええっ。いいよ、そんなのっ!」
土木子弟「俺の稼ぎがない時は、なんだかんだと
 面倒見てくれたじゃないか」

奏楽子弟「そりゃ、ほら。演奏ってのは日銭になるから」

土木子弟「こっちは長い時間かけて報酬が出る。
 山分けすれば、同じことさ」

奏楽子弟「そう? ……じゃ、預かっといたげる」
土木子弟「おう、頼んだ」

奏楽子弟「……」
土木子弟「……もぎゅもぎゅ」

奏楽子弟「ここの仕事は、一段落?」
土木子弟「ああ」

奏楽子弟「どうしよっか」
土木子弟「つってもなぁ。次の仕事は決まってないし。
 師匠はどこに行っちゃったのかまったく判らないし」

奏楽子弟「うん……」

土木子弟「もっと色んな工事をしてみたいけれど、大規模な
 潅漑や堤防の作成、水道や道路の敷設、築城なんてのは
 大氏族の族長でもないとやらないし。
 俺、平民だからそんなコネはないしさ」

奏楽子弟「まったく稼ぎにならない技術だなぁ」
土木子弟「何を言う。土木は技術の王様なんだぞ」

235 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 20:04:58.06 ID:LAEzTxgP

奏楽子弟「へー」
土木子弟「師匠が云ってたんだ」

奏楽子弟「師匠はあれはあれで浮世離れした人だから……」
土木子弟「天才だ」

奏楽子弟「浮世離れした乳だったからなぁ」
土木子弟「天才だ」

奏楽子弟「ま、それはいいとして。ほらっ」
土木子弟「え? なんだよ?」

奏楽子弟「出掛けるよ」
土木子弟「どこへ?」

奏楽子弟「仕事、無いんでしょう?
 『開門都市』は今すごく景気がよいみたいなのよ。
 城壁の修理とか道路の敷設とか、そんな話しもでているしさ。
 だんだん交易が戻ってきたから税収も上がってるんだって。
 おまけにあそこはどこの氏族にも支配されていない独立都市。
 わたし達みたいな妖精族と鬼呼族の若造でも
 何とか仕事にありつけるわよ」

土木子弟「そりゃ、いい話だな」
奏楽子弟「いける?」

土木子弟「師匠の本の他にはもっていく物もろくにない」
奏楽子弟「じゃぁ、旅立とう♪」

土木子弟「でかい仕事にありつきたいもんだ」
奏楽子弟「あたしだってサーガの一本も書き上げたいわよ」

258 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:01:59.48 ID:LAEzTxgP

――冬の王宮、執務室

執事「そうではなくて、お茶は濃いめ。砂糖は二つ」
宮殿女官「は、はぁ」

文官「生産物税の書類はどこに仕舞ってあるのでしょうか?」
執事「去年の分までは商人子弟殿の執務室。
 それ以前は文書館ですな」

宮殿女官「冬の女王への親書の文面が出来ました」
文官「それは若にお見せしてご裁可を頂くように」

ばたばた
  ばたばた

冬寂王「忙しそうだな」
執事「おお、若」

冬寂王「やはり大変か?」
執事「いえいえなんの。せっかくのお役目ですからな」

冬寂王「やはり少し心配だが」

執事「心配めさるな、若。これでも爺は若い頃は
 ちょっと無茶するダンディーでならしていたのですぞ」

冬寂王「余計に心配だ」

執事「とはいえ、このお役目、他にこなせる人もおりますまい?」
冬寂王「それはそうなのだが」

259 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:03:06.03 ID:LAEzTxgP

諜報局武官「局長。選抜隊準備整ってございます」
執事「よし、乙種兵装で待機」

諜報局武官「はっ」

冬寂王「魔界の奥となると連絡もままなるまいな」

執事「そうともいえますまい。何とか手立てを見つけます。
 潜入偵察とは腕が鳴りますなぁ。
 若い頃を思い出して、うきうき心が弾みまする」

冬寂王「くれぐれも若い娘に手を出さぬようにな」
執事「……」

冬寂王「しっかと申しつけたからな」
執事「はぁ……。しょんぼりでございますなぁ……」

冬寂王「爺の役目は調査と、和平の可能性の模索だ」
執事「畏まってございます」

冬寂王「出来れば、今魔族との間に戦争は起こしたくはない。
 国内が流入した民であふれかえり、産業が興っているこのとき
 中央との確執だけでも手一杯だ」

執事「はっ」

冬寂王「領民の反応を考えると、
 軽々な言質を与える事など出来るわけもないが
 わたしとしては、何らかの停戦協定なり
 秘密協定などを作ることも視野に入れている。
 いや、その方がどれだけ助かることかと思っている」

執事「さようでございますなぁ」

260 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:04:25.54 ID:LAEzTxgP

執事「魔界では、いや地下世界では活発な動きがあるようです。
 『開門都市』は魔族に奪還されたと云うことですが、
 皆殺しにされたと中央が弾劾していた、
 商人を中心とした民間人の人間が生き残っているようで」

冬寂王「ふむ……」

執事「どれくらい生き残っておるかは判りませぬが
 渡りがつけられれば情報のとっかかり程度にはなりましょう。
 魔界には何度も渡りましたが、姿形は人間と変わらぬ
 種族も沢山おります。
 変装をして偵察する分にはさほど怪しまれたりもせぬでしょう」

冬寂王「出来る限り情報を集めてくれ」
執事「命に代えましても」

冬寂王「いや、それは代えんで良い」
執事「もう歳なのですから格好つけさせてください、若」

冬寂王「爺がいうと冗談にしか聞こえぬ」
執事「にょっほっほっほっ」

冬寂王「それにしても……」
執事「はい」

冬寂王「魔族とは何なのか……。
 魔王とはどのような男なのか、最近よく考える……」
執事「ふむ」

冬寂王「世界を統べて、他と戦うとは、
 あの世界ではおそらく並び立つもののいない英雄、
 征服者と尊敬を受けているのだろうな」

執事「さようでございましょうな」

286 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:50:22.89 ID:LAEzTxgP

――氷の宮廷、小広間

貴族子弟「――と、そんなわけでして」

氷雪の女王「随分働いたようですね」
貴族子弟「いえいえ、食っては寝ての放蕩三昧でしたよ」

氷雪の女王「状況をとりまとめると、どうなりますか?」

貴族子弟「国の単位で三ヶ国通商への参加を希望しているのは、
 湖の国、梢の国、葦風の国。この3つですね」

氷雪の女王「ふむ……」

貴族子弟「もっとも、表だって参加を唱えられそうなのは
 湖の国だけ。他は“参加はしたいが教会は怖い”という  状況でしょう」

武官「やはり領土問題で?」
密使貴族「でしょうねー。赤馬の国をどうやっても無視できない」

氷雪の女王「もっともですね」

貴族子弟「逆に云えば、赤馬の国と……まぁ、あとはついでに
 白夜の国ですか。この二つを説得できれば“挟み撃ち”は
 無くなるわけですから、どの国も我が方へ参加を表明しや
 すくはなるんでしょうね」

氷雪の女王「農奴の件はどうなのですか?」

貴族子弟「それの前にまず、そのほかの領主のご説明をしましょう」

氷雪の女王「続けなさい」

287 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:51:57.04 ID:LAEzTxgP

貴族子弟「えーっと、領主は。……どこにやったかな」

 ごそごそ

貴族子弟「ん。……こちらとの通商を望んでいるところは
 なんと! 24にものぼりますね。
 その多くは自治都市を預かっているいわゆる都市領主ですけどね」

氷雪の女王「やはりその立場ですと、交易が気になりますか」

貴族子弟「ええ。小麦を始め物資が高騰して
 “売れない”と云うのも確かに痛いのでしょうが、
 それよりなにより“荷が動かない”と云うのが痛いようで」

氷雪の女王「どういう事です?」

貴族子弟「物資の値段が高かろうと安かろうと、
 自治都市を預かっている領主にとっては
 直接影響が大きい訳じゃなかったんですよ。
 特に交易だけで考えた場合はですね。
 金貨2枚で買った物を3枚で売っても
 金貨5枚で買った物を6枚で売っても、儲けは同じ金貨1枚でしょ」

氷雪の女王「ふむ」

貴族子弟「しかし、今回の事件で、物資の値段が上がってしまった。
 あがったなりに売り買いがあれば良いんでしょうが、
 物が売れないから荷が動かない。
 荷が動かないと通行税も市門税も取れないんです。
 歌船河のほとりのある都市の領主は、
 河船税が去年の1/10になってしまったと嘆いていましたよ」

氷雪の女王「そういうことですか」

288 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:53:42.77 ID:LAEzTxgP

貴族子弟「彼らの立場からすれば、
 いま一番荷が動いているように見えるのは南部です。
 南部と関われば、物資の流れが生まれて税金が取れる。
 何も自分の所で物を生み出さなくても
 物が流れる通路になればお金が落ちてくると云う思惑です」

氷雪の女王「それはそれで、頼りがいがありませんね」

貴族子弟「ええ、まぁ。
 ……例えば武器の輸出をしたとなれば
 あとから聖教会に睨まれるって事もあります。
 でも、“武器とは知らず、荷の行き来の途中にあっただけの都市”
 であるだけなら、どうとでも言い逃れは出来ますからね。
 通商を望んでいる、とは云ってもこちらの傘下に入りたい、
 同盟したいと云うほど強く望んでいるのはいくつある事やら」

氷雪の女王「……」

貴族子弟「だが一方、彼ら都市領主は農奴の権利解放については
 そこまで目くじらを立ててはいませんよ。都市に住む職人や
 ギルドの関係者の殆どは農奴ではないわけですから」

氷雪の女王「そうですね」

貴族子弟「農奴の解放について神経を尖らせているのは、
 耕作面積や教会の発言力が大きい国です。
 麦の国や楡の国が代表格ですね。湖の国も本来大きいですが、
 あそこは湖畔修道会発祥の地だけあって、農奴解放の報せが
 早く浸透しました。下からの突き上げもあって、湖の国の
 女王はこちらに親しい方へ傾いています」

氷雪の女王「ふむ」

貴族子弟「全般的に云うと、貴族には自信がないのでしょう」

290 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:56:11.95 ID:LAEzTxgP

氷雪の女王「自信、ですか?」

貴族子弟「ええ。貴族の暮らしは税金によってまかなわれて
 いるわけで、暮らしの物質的側面以外は、
 身分制度によって支えられてるんですよね。
 つまり、王によって“お前は有能だ!”と保証されて
 農奴や家臣からは“あなた様に従います!”と崇められて、
 それで精神的には満たされているわけですよ」

氷雪の女王「……」

貴族子弟「それにたいして、農奴という最下層の、
 いわば“身分制度の底”を失ってしまうとどうなるか。
 自分自身も世界もがらがらと崩れてしまうのじゃないか?
 その辺が不安でならないんでしょう。

 見て判るとおり、農奴の解放を達成しつつある
 我が通商同盟でだって、
 開拓民や農民は、相変わらず税を納めている。
 もちろん徐々に仕組みは変わっていっていますけどね。
 貴族が居なくなったわけではないのです。
 別に農奴解放=貴族は全員死刑なんてことはない。
 でも、彼らは自信がないんでしょうね-。哀れなものです」

氷雪の女王「それにしては……」
貴族子弟「はい?」
氷雪の女王「貴族子弟は、貴族なのに随分余裕が
 あるように見えますね」

貴族子弟「ああ、それはもちろんですよ」

氷雪の女王「?」

貴族子弟「ぼかぁ、雅を信じていますからね。
 連中は貴族のくせに、雅も文化も信じていやしないのです」

292 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:58:09.59 ID:LAEzTxgP

氷雪の女王「文化……」

貴族子弟「歌だの踊りだの芸術だのってのは
 決して馬鹿にした物ではないのです。

   犬がドレスを着ますか? 猫が絵を描きますか?
 熊が詩作をしますか? 豚が歌劇を演じますか?
 そんなことをするのは魂を持つ我らだけですよ。
 これぞ人間らしいと云うものです。
 無駄に見えても、ちゃぁんと意味があるんです。

   わたし達がわたし達であり、
 わたし達の今日をわたし達の明日につなげるために
 文化と洗練は続いていくんですよ。
 貴族に生まれたのなら、
 それくらい信じないでどうするんでしょうね?

   下からおだてられないと貴族を続けていけないのなら
 とっとと商人にでも軍人にでもなってしまえばよいのに。
 生まれただけで貴族面しているから、これっくらいのことで
 動揺するんですよ。
 “事はすべてエレガントに運べ”と祖母も云ってました」

氷雪の女王「……ふふふっ」くすくす

貴族子弟「女王陛下だってそう思いますよね?」

氷雪の女王「ええ、本当に。ああ、おかしい。くすっ」
貴族子弟「今後はいかがしましょう」

氷雪の女王「赤馬の国を頼みます」
貴族子弟「では」

氷雪の女王「ええ、もちろん。
 事はすべてエレガントに運びなさい」

314 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 23:48:26.86 ID:LAEzTxgP

――鉄の国、王都宮殿、護民官詰め所

軍人子弟「うわぁぁぁあああ!?」
鉄国少尉「ど、どうしたんでありますか? 護民卿!」

軍人子弟「限界でござるよう」 がたがた
鉄国少尉「しっかりしてくださいよっ」

軍人子弟「拙者軍人なのにっ。軍人なのにっ」
鉄国少尉「わたしだって軍人ですってば」

軍人子弟「落ち着くでござる。拙者落ち着くでござるよ」
鉄国少尉「ゆっくり深呼吸でも」

軍人子弟「ひっひっふーひっひっふー」
鉄国少尉「それは妊婦では?」

軍人子弟「ひぃぃぃ、書類がぁ」がくがく
鉄国少尉「錯乱しすぎです、護民卿!」

軍人子弟「その“護民卿”というのが諸悪の根源でござるよっ。
 拙者一介の軍人にて、街道防衛部隊指揮官だったはずなのに」

鉄国少尉「軍人が功を上げて階級が上がるのは当然じゃないですか」

軍人子弟「それがなんで卿なんてつくでござるかっ!」

鉄国少尉「それは、ほら。
 鉄の国は軍人貴族で構成されてますから。
 基本的に行政職は全員軍人ですし。
 将官以上は全員部署を持って国の仕事しませんと。
 “軍人は戦争の時しか仕事していないので、
 平時は行政の仕事をすべし”というのが鉄の国のモットーです」

軍人子弟「ひぃぃ、騙されたでござるぅ!?」

320 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 23:53:55.40 ID:LAEzTxgP

鉄国少尉「まぁまぁ、現実をみすえてくださいよ」

軍人子弟「書類怖い書類怖い」ぶるぶる

鉄国少尉「そんなに怖い物ですかねぇ」

軍人子弟「書類間違えるとぶたれるでござる。
 騎士殿が拙者を剣の腹でぶつでござるぅ。
 学士どのが鉄定規でぶつでござるぅ。
 椅子に座れなくなるでござるよ。
 トイレで泣くでござるよ」ぶるぶる

鉄国少尉「何か過去にあったのかなぁ……」

軍人子弟「そっ、そんなことはないでござるよっ」がばっ

鉄国少尉「まぁ、落ち着いてくださいよ。茶でも飲んで。
 書類が怖いのなら、俺が読んで聞かせますから。
 なんせ子弟殿にほれこんで、あの峠からずっと
 ついてきたんですからね」

軍人子弟「有り難いでござる。拙者挫けそうでござった……」

鉄国少尉「んで、まぁ。死ぬほど沢山書類があるわけですが」
軍人子弟「ぐふっ」

鉄国少尉「目下のところは、これ。
 これ一枚解決すれば書類の半分は解決しますよ」

軍人子弟「……どういう案件でござるか?」

鉄国少尉「ぶっちゃけ、“人が増えてるからどうにかしろ”
 という王様からの命令書ですよ」

322 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 23:57:17.77 ID:LAEzTxgP

軍人子弟「はぁ? 人が増えたら良いではござらんか」

鉄国少尉「まぁ、良いことですけどね。
 人が増えれば食べ物だって一杯作れるし、
 戦争した時だって強いですから」

軍人子弟「で、ござるよね」

鉄国少尉「でも、とりあえずの所は問題が山積みな訳です。
 そもそも何でこの国にここまで移民が来ているかって云うと
 食料が豊富で農奴の解放が進んでいる三ヶ国通商同盟のなかで、
 中央に対して国境線が比較的近いのが
 冬の国と我が鉄の国だからですよね」

軍人子弟「そうでござるな」

鉄国少尉「しかし、そこでやってくる移民っていうのは
 殆どが逃亡農奴や、貧しい開拓民で、
 財産なんてろくに持っていなかったりするわけです。
 たとえ財産を持っていた場合でも、一家族で他国へとやってきて
 いきなり食っていくのは相当に難しいですよね」

軍人子弟「そう言えばそうでござるなぁ」

鉄国少尉「今まではそういた移民は冬の国や氷の国にも
 お願いしたり、あちこちの村にちょっとずつ
 引き受けて貰ったりして分散の処理してきたんですが、
 それも限度を迎えているわけで」

軍人子弟「ふむふむ、それでどうしたんでござるか?」

鉄国少尉「そこで護民卿が解決すると」

軍人子弟「ほほう! ……それって拙者じゃござらんかっ!」

330 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 00:05:14.66 ID:GDf918.P

鉄国少尉「そもそも護民卿ってのは民を護る役ですからね」

軍人子弟「ううう」

鉄国少尉「まぁ、さっきの話も問題ですが、
 貧しくなって食い詰めた開拓民が溢れれば、
 窃盗や略奪などの問題も起きてきます。
 色んな国からやってきた人々は、文化も生活習慣も違いますから、
 地元民とトラブルを起こすケースもありますよ。

   ここにある山のような書類は、そういった苦情が多いんです。
 もちろん、我ら護民卿の部隊が、酷い物については
 対処しているわけですが、受け皿を作らないと苦情の量は
 減らないんですよ」

軍人子弟「それは、その通りでござるな」

鉄国少尉「……」
軍人子弟「……」

鉄国少尉「どうです?」

軍人子弟「うーん。……師匠の教えでも、いくつかのケースは
 学んだんでござるが……。開拓民、でござるかぁ」

鉄国少尉「……」

軍人子弟(確かにやっかいでござるねぇ。
 場合によっては暴動なんてことも起きかねないでござるし、
 何よりも、無秩序に開拓を行った場合、防衛上の飛び地が
 無数に出来る恐れもあるでござるし……)

331 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 00:07:32.41 ID:GDf918.P

軍人子弟「ギルドはどうでござるか?」
鉄国少尉「ギルドですか?」

軍人子弟「鉄工ギルドは、徒弟として受け入れてくれたりは
 しないでござるかね?」

鉄国少尉「はぁ、それは聞いてみますね。
 ギルド評議会で良いのかな。
 ……それにしても徒弟ですから、
 多くて5人とか10人の世界じゃないでしょうかね……」

軍人子弟「で、ござるか。とすると、そもそもの工房を
 こちらで用意して、職人を招聘して教えて貰うとか。
 ……工房よりも大規模になるでござるかねぇ」

鉄国少尉「工房ですか?」

軍人子弟「いやいや、違うでござるね。……うーん。とりあえず」

鉄国少尉「とりあえず?」

軍人子弟「希望者は全て軍で雇用するでござるよ」

鉄国少尉「はぁ!?」

軍人子弟「だって、“軍人は平時は行政の仕事をする”のでござろう?
 それなら兵科を新設するでござる。工兵の下に。
 平時は農業を営む、半農半軍の組織を作るのでござるね。
 軍務は、とりあえず5年。5年つとめれば、適当な金額と
 農地を与えると云うことで設立できるでござろう」

鉄国少尉「軍で、ですか」

334 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 00:09:13.10 ID:GDf918.P

軍人子弟「妻子連れであっても受け入れ可能なように、
 年齢規制も広げるでござる。
 氷の国に近い荒れ地や森林に送り出して開墾を
 お願いするでござるよ。
 あのあたりであればそうそう戦にも巻き込まれぬ内側だし
 河もあれば丘もあるでござろう? 人手さえあれば
 優良な放牧地とのうちになるはずだと聞いてござった」

鉄国少尉「支援体制は? 食料などはどうするんですか?」

軍人子弟「軍人でござるから、当然国家からの支給を
 すべきでござろうね。
 この件については直接、鉄腕王に奏上するでござる。
 ただ、馬鈴薯の生育速度を上手に使えば3年で
 十分に元は取れるでござろう」

鉄国少尉「はぁ」メモメモ

軍人子弟「軍内部にも開拓民出身、開拓民の子弟だった
 軍人は多く在籍しているでござろう?」

鉄国少尉「それはもう。わたしがそうだったくらいですからね」

軍人子弟「7人ばかり集めて、この計画の問題点と、
 課題を洗い出しておいて欲しいでござる。
 それから修道院への協力要請を。
 前回も思ったでござるが、やはり従軍の医療者を
 どうにかすべきでござるね。
 医療兵、という科の新設も検討するでござるよ。

   そうすれば、新しく開拓をした村を結ぶ巡回路を
 設定するだけで、疫病を早期発見したり傷病者の元へ
 訪れる事が出来る仕組みも作れるはずでござる」

335 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 00:12:11.63 ID:GDf918.P

軍人子弟「加えて、街道整備でござるね」
鉄国少尉「街道、ですか?」

軍人子弟「街道の有無で、行軍スピードに
 倍の差がつくことも珍しくはないでござる。
 特に我が国および、三ヶ国は歩兵が多いでござるからね。
 物の流れも、人の流れも街道に左右されるでござろう?
 この際、街道を新設したり、古い街道の拡張をすべきでござろう」

鉄国少尉「どこにそんな金が?」

軍人子弟「これについては、
 氷の国と冬の国に無心しにいくでござるよ」
鉄国少尉「はぁ……?」

軍人子弟「鉄の国だけではなく、まずは大街道の整備を
 三ヶ国横断でやるでござる。そうすれば、交易も便利になるし
 人同士の交流も自然に起きるでござろう?
 鉄の国の財布も楽でござる」

鉄国少尉「それはそうかも知れませんが」

軍人子弟「さらに前後して、鉄工所を作るべきでござるか」
鉄国少尉「鉄工所……?」

軍人子弟「大規模な鉄工房でござるよ。職人を育てるにも
 働きながら育てられた方が良いでござろう?
 国営の機構を作って、武具の補充も目指すべきでござろうね」

鉄国少尉「お気づきでしょうが」
軍人子弟「なんでござる?」 きょとん

鉄国少尉「莫大に仕事が増えましたね」

軍人子弟「ひぃぃ、騙されたでござるぅ!?」

392 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 14:56:25.56 ID:GDf918.P

――開門都市、小さな月桂樹の神殿

土木子弟「なんだよ、つく早々」
奏楽子弟「参拝よ、参拝」

土木子弟「なんだよ。神殿か? お前そんなに熱心だったっけ?」
奏楽子弟「別にそんなでもないけど。
 せっかく音楽の神様の神殿もあるもんだからさ」

土木子弟「そうなのか?」
奏楽子弟「『開門都市』っていえば、神様の多い聖地だからね」

土木子弟「そっか」

奏楽子弟「一応その庭で商売しようってんだから
 挨拶くらいしかないと気分悪いじゃない?
 別に参拝くらい損する訳じゃないしさ」

土木子弟「そりゃそうかぁ」

奏楽子弟「さっ。きりきり歩くっ」

てくてく、てくてく

土木子弟「それにしても、神殿多いな」
奏楽子弟「そうねー。街を囲む丘には全部神殿有るんだって」

土木子弟「そうなのか、そりゃすげぇ」
奏楽子弟「大きいのは片目の神の神殿、雷霆の神の神殿、
 光明神、欺きの神、闇の神ってあたりだけどね~」

土木子弟「で、音楽の神ってのは?」

393 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 14:57:23.40 ID:GDf918.P

奏楽子弟「じゃん!! ここでーっす」
土木子弟「これ、神殿じゃなくて祠じゃん」

奏楽子弟「ぶーぶーっ! どっちだって同じじゃない」
土木子弟「建築の様式上、明らかに違うだろ」

奏楽子弟「信じる心の貴賎はないのよっ」
土木子弟「たいして信じてもないくせに」

奏楽子弟「さっ。軽く掃除しててよ」
土木子弟「お前はどうするの?」

奏楽子弟「奉納に一曲弾くっ」ぴしっ

土木子弟「で、俺は肉体労働?」
奏楽子弟「そのとーり♪」

土木子弟「まぁ、いいんだけどね」

奏楽子弟 ~♪ ~~♪

土木子弟「それにしても、あいつ本当に音楽馬鹿の本馬鹿に
 なっちゃったなぁ。学んでいる時は色んな教科やってたのに」

奏楽子弟 ~♪ ~~♪
土木子弟「人のこと云えないか。俺だって土木好きだもんな」

ざしゅざしゅっ

奏楽子弟 ~♪ ~~♪
土木子弟「……せっ、っせ。結構土貯まってるなぁ」

394 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 14:59:08.54 ID:GDf918.P

――開門都市、小さな月桂樹の神殿の前

    奏楽子弟 ~♪ ~~♪

土木子弟「んっと。こんなもんか」

土木子弟「それにしても……神殿か。見事なもんだなぁ。
 二本の河と都市を囲む九つの丘、その丘の上に立つ神殿」

土木子弟「この都市を考えついたのは、相当な才覚の持ち主だぞ」

土木子弟「特に神殿が良いな。
 どの神殿も優美な胸壁があるじゃないか」

土木子弟「えーっと。ん? まてよ。
 どっかに紙あったかな、無いか。……地面でいいや」

がりがり

土木子弟「防壁、防壁内通路、胸壁だろー。
 これって神殿って云うよりは砦みたいだよな。
 形が美しいからそう見えないけど。
 参拝路を支援物資搬入路だと考えれば、開放型の防御線なのか?
 いや、開放型とも云えないか……。
 古代には防壁で繋がれていた可能性もあるもんな」

土木子弟「そもそもこれらの神殿はどれくらいの
 古さの物なんだ? 随分堅牢な作りだけど……」

土木子弟「今考えれば、二本の河川も
 護岸工事が為されていたようだし……。
 そもそも俺たちが渡ってきたあの船着き場も、
 随分高くて都合の良い曲がり角だと思っていたけれど、
 古代の堤なのじゃないか?
 石だの土塁だのを積んで作ったあとに、長い年月で
 土が被さって植物が生えてああなったとか」

中年商人「ふむふむ」

395 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:00:54.02 ID:GDf918.P

土木子弟「だとするとー」

がりがり

土木子弟「こっちが北だから、こんなもんかな。
 こんな風に街道があるけれど、
 本来はこの山を貫く街道があってもおかしくない、っと。
 いや、むしろ、南へ延びる動脈が必要なわけで。
 そうじゃなきゃ辻褄が合わないだろう。
 と、すると、この都市の本来の正門は南門なわけだ」

中年商人「ありますよ」
土木子弟「へ?」

中年商人「その方向には旧道があります」
土木子弟「ホントですかっ?」

中年商人「ええ、山を途中まで登って途切れていますけどね。
 ゲートへ向かう新道から分岐してるんですよ」

土木子弟「広さは? 工法は!?」

中年商人「工法は判りませんけれど、
 広さは人の身長の3倍弱ってところですかねぇ。
 場所によっては石畳になっていますよ」

土木子弟「石畳……」

中年商人「興味があるんですか?」

土木子弟「すごく見たいな! 旧街道かぁ。
 途切れている? それは何らかの災害のせいなんじゃないですか。
 その災害で途切れて、山を迂回する新道が作られたとすれば
 辻褄があうし。新道から旧街道が分岐したのではなく
 その逆が正しい物の見方だと思います」

396 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:02:14.46 ID:GDf918.P

中年商人「ふむふむ」
土木子弟「あ。すんません。見ず知らずの人を巻き込んで」

中年商人「あー。いえいえ、面白い話が聞けましたからね」
土木子弟「俺は土木子弟。見ての通り角つきの鬼呼族です」

中年商人「わたしは中年商人。この開門都市にやってきた
 旅の商人って所ですね」
土木子弟「旅商人さんか。それで道に詳しいんですね」

中年商人「ええ、まぁ。随分あちこちに行きましたから」

土木子弟「それにしても興味深いな」
中年商人「……街路に興味があるんですか?」

土木子弟「ああ、おれは土木屋なんですよ」
中年商人「土木?」

土木子弟「聞き慣れない言葉ですよね。
 堤防や街道を造ること、防壁や城を造ること、
 水を生かして農業に用いる水利、木を植えたり、
 災害に備えて山の形を変えたりもします。
 そういう一人の手には負えない、大きなものを造るのが
 俺の仕事なんですよ」

中年商人「街道も?」

土木子弟「街道もですね。獣道なんて云う言葉もあるとおり
 道なんて放っておいても歩きやすい場所には
 自然に出来上がっていくものだけど、
 造るとなるとこれはなかなか奥の深い物なんですよ」

中年商人「橋なんてどうです?」
土木子弟「ああ。橋も重要ですね!」

397 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:03:44.67 ID:GDf918.P

土木子弟「橋というのは橋梁とも呼ばれて、
 人や物が、谷、川、窪地などを乗り越えるための構造物です。
 人が渡る物を橋、水を渡す物を水道橋なんて云いますね。
 木造の物も多いけれど、石造りの方が主流じゃないかなぁ。
 いやまてよ、この時代……。いやもっと先の時代なら
 鉄製の物が出現する可能性もあるのかな?
 たとえばボルトのような物を……」

がりがり

中年商人「え、あ。いや」
土木子弟「となると、強度面での問題を負荷拡散して……」

がりがり

中年商人「もしもしっ」
土木子弟「あっ! いや、すいません! 話の途中で。
 こういう事になるとすっかり夢中になっちゃって」

中年商人「橋と街道に興味がおありなら、
 一度わたくしどもの仕事場を見に来ませんか?」

土木子弟「仕事場?」

中年商人「ええ。今まさに、橋を架けようとしているところです」
土木子弟「そうなんですかっ!? どんなです?」

中年商人「さぁ……。
 見たこともないような、としか云えませんね。
 なにせ、天と地が反転するような場所に橋を架けていますから」

401 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:07:41.43 ID:GDf918.P

――冬越しの村、冬の終わり、メイド妹の日記

「三度目の冬の終わりです。
 この冬は使える香辛料が増えました。
 肉荳蔀や胡椒、蕃紅花などです。こういうのは、
 お兄ちゃんが魔界から持ってきてくれて、とっても便利です。
 おにいちゃん万歳!

 当主のお姉ちゃんは色々忙しいみたいです。
 お兄ちゃんと一緒に、冬のお城に行くんだっていって
 今日も出掛けています。
 交易とか、通商とか、受け入れとかいっています。
 お土産を沢山用意しないといけないんだって。
 当主のお姉ちゃんは、魔界の王様もしているので
 お土産が沢山必要なそうです。
 お土産で貧乏になるんだって。
 大変だね。

 本日は、ソーセージの平焼きパイを作ります。
 胡椒が手に入ったので、胡椒味です。
 お兄ちゃんはこれが大好きです。
 血入りのソーセージのも作ろうっと。
 村長さんへ届けると、喜んでくれるから。

   もうすぐ、春です」

404 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:53:28.16 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、天幕で作られた街

勇者「おいおい、すげぇな」
メイド長「そんな風に覗かれると、不審に思われますよ」

勇者「それにしたってこれは。……街みたいだぞ」
魔王「まぁ、小さな街程度の人は集まっているだろうな」

メイド長「各氏族の主立った実力者、小さな氏族の者たち、
 そういった忽鄰塔の参加者を目的に集まる商人や芸人、
 売り込みに来た戦士達。
 忽鄰塔には忽鄰塔に参加する何倍もの人数が詰めかけるのが
 常のことですから」

勇者「……いよいよか」
魔王「ああ、いよいよだ」

勇者「勝算はどんなものだろうな」
魔王「決して良いとは云えぬ。が、時間はある」

勇者「そんなことを云っていたな」

魔王「全会一致が原則だからな。
 わたしが首を振らなければ最悪引き延ばしは出来るわけだ」
勇者「ふむふむ」

魔王「とは云っても、無限の時間をかけられるわけでもない。
 いくら長いとは言え、二月が限度だろう。
 忽鄰塔においては前例が重視されるからな。
 時には魔王の言葉よりもだ」

勇者「そうなのか」
魔王「ああ。だから二ヶ月。
 その間に探り、交渉して事態を打開せねばならぬ」

405 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:54:52.26 ID:GDf918.P

メイド長「本日の所は、開催宣言と挨拶程度ですね」

勇者「開催宣言は、魔王がするのか?」
魔王「そうだ」

勇者「俺はどうすればいい?」
魔王「どうするんだった? メイド長」

メイド長「えーっと、守護騎士の扱いですよね……。
 魔王様が挨拶している間には、剣を抜いて地面に突き立て
 右後ろあたりでぼーっと立ってればよいのではないかと」

勇者「なんだかえらく地味だな」

魔王「魔王直属の最強騎士、かつ将軍というシロモノだからな」

メイド長「ええ。ある種の権威付けと脅しですから。
 ときたま“ギラッ!”とか無意味に殺気を放って
 参加者連中に“こいつ、出来る!”とか思わせれば
 いいんじゃないでしょーか」

勇者「不安になってきたぞ」

魔王「初っぱなから不安になってはダメだ」
メイド長「そうですよ。体力消費しますよー」

勇者「それもそうだけど」

魔王「我らの天幕はこれと周囲の八つだ」
メイド長「そんなに必要ないんですけれどね」

勇者「俺らだけだしな」
魔王「とはいえ、後で貢ぎ物を届けられたり、
 客人を待たせたりすることもある。
 そもそも魔王の天幕がちんけでは示しが付かぬ」

406 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:56:20.26 ID:GDf918.P

魔王「さぁて、そろそろか?」 すくっ
メイド長「お待ちください」

魔王「へ?」
メイド長「まさかその綿のシャツと巻きスカートに白衣
 なんて出で立ちで開幕の演説に向かうおつもりでは
 ないでしょうね?」

魔王「だ、だめか? やっぱり」おどおど
メイド長「何で小声になるんですか」
勇者「あはははっ。びびってやんの」

メイド長「勇者様」
勇者「はい?」

メイド長「しばらく背中を向けていてください」
魔王「だ、だめだっ! 勇者は外に出ているべきだっ」

メイド長「勇者様がいないと魔王様が抵抗するでしょっ!」

勇者「えー、はい。仰せの通りに」

   魔王「だ、だめだというのにっ! わ、わかった。
    脱ぐっ! 自分で脱ぐっ! ちゃんとするっ」
   メイド長「まぁたこんな地味な下着を着けてっ」

   魔王「暖かいのだ、良いではないかっ!」
   メイド長「色の取り合わせをお考えください。
    ほら黒ですよっ。ちゃんとつけて」

   魔王「やっ。ど、どこに触るっ。苦、苦しいっ」
   メイド長「脇から肉を持ってくるんですよ。
    こんな時こそ駄肉でも活用しないとっ」

勇者 ……ぽたっぽたっ。

407 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:57:48.85 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、中央大広場

魔王「我が同胞(はらから)よっ! 我が臣民よっ!」

おおおおお! 魔王様だっ! 魔王様が演台にあがられたぞ!

魔王「まずは我が呼びかけにかくも多くの同胞が応えてくれたこと
 この魔王嬉しく思う。魔族の繁栄よ、とこしえなれっ!」

おおおおっ!

魔王「我が治世もはや二十年に達する。
 人間族の強襲により突破されたゲートは、
 長らく活動状態にあった。
 起動されたゲートは魔力や法力により制御され、
 我らが住むこの内側なる大地と、
 人間族の住まう外側なる大地の間を隔て、
 またつなげる関門としての役目を果たしてきた。

 しかし、ゲートはその役目を終えた。
 我が右腕にして守護の剣、
 黒騎士によりついにゲートは消滅したのであるっ!」

  メイド長「ほら、勇者様。一歩前へ。やり過ぎ禁止ですよ」
  勇者「お、おうっ」

勇者 ザッザッザ、ガシャン!!

く、黒騎士だ! あれが黒騎士……。魔王麾下の最強騎士。
光るらしいぞ? いや、俺は回るって聞いた。音も出るらしい……。

勇者 ギラッ☆

す、すごい殺気だっ! なんて恐ろしい気迫なんだ……。

409 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:58:34.99 ID:GDf918.P

魔王「我が同胞(はらから)よっ! 我が臣民よっ!
 ゲートは消滅したっ。
 これにより、内なる大地と外なる大地は、
 今ひとつの大地となったのである!

 我らの前に広がるのはもはや旧き日の我らが世界ではない。
 新しい一つの世界であるっ!」

おおおお! 魔王! 魔王様! 魔界に栄光あれっ!

魔王「我が臣民よっ! 今こそ我らは岐路に立つっ。
 この内なる大地に山積した諸問題にもけりをつける時が来た。

 あまたある氏族の長なるものよっ。
 参集に応えてくれて礼を言おうっ。

 だがしかし、今はそのような儀礼に時を費やすことなく
 我らが明日への道を探らねばならぬ」

おおおお!
  おおおおお!

魔王「我、三十四代魔王なる“紅玉の瞳”は
 ここに忽鄰塔の開催を宣言するものであるっ!」

おおおお!
  おおおおお!
 魔王様! 魔王様~! 魔王様ーっ!! 魔王様!!

 

 魔界万歳! 忽鄰塔万歳! 魔族の繁栄よとこしえなれっ!!

   メイド長「……ふぅ」
   魔王「とりあえずはこのような物でよかろう
   勇者「なんか、もう、えらい人数だなぁ」

423 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16:39:02.47 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕
――その夜

勇者「はぁぁぁ」 ぐってり
魔王「ううう。しんどかったな」 くたり

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

勇者「何でメイド長はそんなにタフなんだ」
魔王「ば、ばけものか」

メイド長「わたしがご挨拶に付き合った訳じゃありませんから」

勇者「あれから何人にあったんだ?」
魔王「さぁ……? 15組くらいまでは覚えていたが」

メイド長「48氏族でございますよ」

勇者「48!? よんじゅうはちって云ったか」
魔王「数千人はいたかと思ったのに」
メイド長「まぁ、一組の氏族さまが挨拶に見えられると
 族長に何人かの有力な枝族のひとに、王子や王女や
 なんやかやにお付きの人なんかも来て、
 結構な大人数ですからね」

勇者「それが一斉に喋ると、なんかこー。
 うわーんと耳鳴りがするような……。すげぇな」

魔王「メイド長。茶を頼む。甘いやつ」
勇者「俺もだ。すげー甘いやつ」

メイド長「はいはい、お待ちくださいね」

424 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16:39:58.04 ID:GDf918.P

勇者「なんだっけ、魔王」 くて
魔王「なんだ勇者」ずるずる

勇者「えーっと。八大なんちゃらってのは、挨拶来てたのか」
魔王「来てたぞ。真っ先に来てた」

勇者「よく判らなかった」
魔王「そうか。馴れないとなかなかピンとは
 来ないのかも知れないな。どこの氏族も立派な挨拶をしていたぞ」

勇者「そうか。悪いけれど、今後のためにもざっくり解説
 してくれないか? 今日の様子も含めてさ」

魔王「うむ、かまわんが。……メイド長、もう一杯たのむ」

メイド長「はい。畏まりました」

 とぽとぽとぽ……

魔王「まず、真っ先に来た使節は人魔族だな。
 人魔族はもっとも数の多い魔族だ。
 姿形は、人間族に似ているな。もちろん瞳の形や身体の各部分に
 特徴のあるものもいるが、ちょっとした変装で人間社会で
 暮らすことが出来るものが殆どだろう。

 人魔族は数が多い上に、混交や、他の種族からの流入も多い。
 生粋の人魔族は、紋様族や秘眼族くらいだろうな。獣人族や
 鬼呼族のものが、人魔族と交わり、一員になっているケースは
 珍しいことではない」

勇者「ああ、わかった。あの威厳のある貴族風のおじさんだな」

魔王「そうだな。あれでも斧を使わせると強いらしいぞ?」

425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16:41:19.41 ID:GDf918.P

魔王「彼らは人間界侵攻については、賛成でも反対でもないんだ。
 というか、数も多いし、枝族も多いから
 そこまで統一された意見を持ちずらいというのが本音だ。
 人間界侵攻に限らず、多くの問題に中庸の姿勢を取る。
 まぁ、氏族としては煮えきれないんだが
 個人個人は好奇心も強く、その場その場の状況に悪く云えば迎合、
 よく言えば臨機応変に対応してゆける連中だ」

メイド長「都市居住の魔族は、特に人魔族が多いですね」

勇者「ああ。開門都市で出会う、ちょっと猫目だったり
 腕が長かったりする連中は人魔族なのか」

魔王「そうだな。彼らは氏族としては、
 良くも悪くも保守的で堅実だ。
 と云うのも数が多くて、内部での
 意見調整が付かないせいなのだがな」

勇者「ふぅん。……まぁ、会議では敵でも味方でもない感じだな」
魔王「そうだ」

勇者「ふむ」

魔王「次に来ていたのが、蒼魔族の連中だ。
 肌が蒼くて、記章をいっぱいつけていた……判るか?」

勇者「ああ、判る。すっごいきびきびしてた連中だろう?
 蒼魔族は知ってるぜ。何度か剣をあわせたこともあるし。
 なんだろうな、エリートって感じだよなー。
 実際弱い蒼魔族にはあったことがない」

魔王「そうだな。蒼魔族は強力な部族だ。
 数としては人魔の半分もいないだろうが、
 身体能力と魔力に秀でていて、個体能力が高い。
 魔族の中でも優秀と云えば、優秀だ。
 彼らもいくつかの枝族に分かれているが、
 共通しているのは蒼い肌だな。瞳の色は金色から赤まで様々だ」

427 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16:43:18.32 ID:GDf918.P

勇者「ふぅん」

魔王「彼らは結束力の強い氏族で、
 氏族内部では完全な階級社会を築いているな。
 蒼魔族の族長は、他部族の族長とは別次元の権限を持っている。
 また戦士が尊ばれる軍人国家的な性格を持っているな。
 彼らは純潔を重んじるために、他種族と交わることは
 殆ど無い。親戚での結婚が奨励されるほどだ」

勇者「魔族もいろいろだな。共存についてはどうなんだ?」

魔王「彼らは人間界侵攻論の急先鋒だ。
 もちろん領土的だったり経済的な野心も持っているが、
 一番強いのはエリート意識だな。
 その意識が発展に向かううちはよいが、
 戦争に向かうとなかなか物騒な一族なんだ」

メイド長「実際、大きな軍事力も持っているから始末に負えません。
 八大氏族の中ではもっとも多くの魔王を輩出しているという
 自負心もあるでしょうしね……」

勇者「やっかいそうだなぁ」

魔王「やっかいついでに、開戦論のもう一方の雄が獣人族だ。
 獣人族は、これまた様々な氏族に分かれているな。
 獣の身体の一部を身体の特徴として持っている氏族だ。
 いまの族長は銀虎公と呼ばれている。
 彼らはあまり都市には住まない。山野に城塞などを作り、
 そこに住むことが多いな。
 森の中や自然の中で起居するものも多いようだ。
文明程度では遅れた氏族だが、その分戦士としては強靱だ」

勇者「あー。んー……。魔狼元帥とかやっちゃった……」

魔王「それは先代の大将軍だ……。やっぱり勇者がやったのか」
メイド長「まぁ、あの将軍も開戦論派でしたから……」

428 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16:45:27.72 ID:GDf918.P

魔王「この獣人族も、開戦論派だな。
 元々血気にはやった連中だし、地下世界では、
 最近耕作面積が増えて、原生林の伐採や開墾が進んでいる。
 新しい居住空間を求めて、地上世界を縄張りにしようという、
 いわば偏向した領土欲求だな」

勇者「偏向してるのか?」

魔王「獣人族の概念では、縄張りというか領土は重複可能なんだ。
 そもそも彼らの多く、まぁ肉食獣的な性向を持つ氏族は、
 1人あたりに要求する空間が桁違いに大きい。
 人間や農耕を行う魔族は、せいぜい一人が耕せる広さしか
 要求してこないが、彼ら獣人族が要求するのは、
 1人あたり数km四方の“狩り場”なんだ。
 その上、彼らは彼らと文化の違う氏族、
 つまり農耕をする氏族の縄張りと、自分たちの縄張りは
 重なっていても構わないと考えてる。
 なぜなら自分たちが行っているのは、
 農耕ではなくて“狩り”だから、だとね。
 これではいくら人数が少なくとも
 他の氏族との関係はぎくしゃくするよ」

勇者「そりゃそうだ」

魔王「まぁ、そんな獣人族も最近は内部で穏健派が
 育っていたはずなんだが……。
 今は強硬派が息を吹き返しているらしいな」
メイド長「そうですねぇ」

魔王「さて、次は機怪族だ。魔族の中でも相当に
 変わった連中だな。機械仕掛けの鎧みたいな連中だ」

勇者「ああ。うん、判った。いたな、そういうの」

魔王「彼らはからくりと魔力機関を育てている氏族でな。
 時に技術者を輩出することでも有名だ。
 もっとも彼らのからくりは、機怪族の身体と接合される
 前提なので、魔界全土に広まることは滅多にないのだが」

429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16:47:23.47 ID:GDf918.P

魔王「彼らもまた開戦論支持者だ。
 もっとも機怪族は前の二氏族よりは随分冷静というか、
 利己的で目的ははっきりしている。
 彼らが欲しいのは金属資源なのだな。
 それも希少土類が欲しいらしい。
 彼らの研究欲を満たすためには新しい金属サンプルが必要で
 そのためには地上はもってこいの鉱山なのだろう。
 また、彼らの領土の鉄鉱山は枯渇しつつある。
 それも開戦論を支持する理由の一つだな」

勇者「やっと説得できそうな相手が来たよ」
メイド長「そうですね」

魔王「まぁ、だからといって油断は出来ん。
 かれらは、八大氏族の中ではもっとも数が少なかったように思う。
 そのため謎が多くてな。わたしにも実態は知れない。
 どのような隠された目的や意図があるやも判らないのだ。

   そもそも、彼らがどのようにして生まれて、
 本当はどのような姿なのかも判らぬ。
 あの大鎧のような外見が本物なのか
 からくりなのかも今ひとつ判然とせぬのだ」

勇者「ああ、あれはからくりだよ?
 鎧の中には、クリーム色とピンクの、
 何かどろっとした果肉みたいなのがつまってて、
 その中に女の子が入ってるんだ。
 中から魔力伝達糸と圧力シリンダで動かしてるって云ってた」

メイド長「……」
魔王「……」

勇者「え? どうしたの?」

437 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:39:25.50 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕

勇者「らからなんれもないのり……」

魔王「わたしも女騎士もいるのに、なんでそう
 女子に好意を振りまいて生活するのだっ」

勇者「いや、あれは好意じゃなくて勇者の義務で……」
魔王「問答無用ぞっ」

メイド長「はぁ……」

魔王「連れ帰って紹介するくらいの覚悟があるならともかく、
 それだけの覚悟もなく婦女子の裸体だけを見るとは何事か」

勇者「はひすひません」

魔王「まったく!」
メイド長「ほんとですよ。傷物にする順番を考えてください」

勇者「えらいすひまへんれひた」

魔王「……」ぷんすか
勇者「……」

魔王「……えーっと、どこまで解説したのだったか?」
メイド長「人魔族、蒼魔族、獣人族、機怪族までですね」

勇者「のこりは……4っつか?」

魔王「と、なると……竜族か」
勇者「ううう。竜なら少しは判るぞ」

魔王「そう言えば火竜大公とは面識があるのであったな」
勇者「開門都市の時に賭けをしたからな」

439 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:41:58.71 ID:GDf918.P

魔王「竜族もまた高い戦闘力と英知を秘めた氏族だ。
 現在の長は火竜大公だな。
 竜の姿と人の姿を行き来できると云われているが、
 実際行うには高い魔力が必要とされるので
 限られた血筋の才能有るものが可能にする秘術だ。

   多くの竜族は、竜の角や鱗を秘めた人型の氏族だな。
 彼らもまた山中に住み、あまり他の氏族と関わろうとはしない
 孤高の氏族だ。だが決して愚かではないため、先々の
 展開を読もうとするところは買えるな。

   わたしとしては、今日火竜大公と話した感じでは
 そこまで馬鹿ではないと思った。
 だがしかし、ひいき目に見ても氏族としての態度は保留、
 中立であろうなぁ」

メイド長「そうですね」

勇者「まぁ、氏族を率いるなんて云う立場に成ると、
 どんな決断でも軽々しくは下せないのかも知れないな」

魔王「次は巨人族か」
勇者「おお、あのでかい連中だな?」

魔王「うん、そうだ。とは云っても、
 身長はわたしの3倍程度から倍程度の者が多い。
 彼らはこの地下世界でも中央部から北方にかけて住んでいる。
 多分に漏れず枝族にわかれていて、
 山に住まう者、森に住まう者、丘に住まう者などがいて
 性質も様々だ。
 中には乱暴者もいるが、それも“乱暴”程度であってな。
 凶暴とまではとても云えぬ。
 話してみれば素朴で素直な連中だと云えよう」

勇者「じゃぁ、味方になってくれそうか?」

440 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:43:32.48 ID:GDf918.P

魔王「それはそれで、ちょっと難しい。
 彼らの先祖は、どうやら地上世界に
 何回か出た事があるらしくてな」

勇者「そういえば、巨人のおとぎ話は地上にもあるな」

魔王「どうも、人間には良い感情を持っていない。
 “巨人を騙して無理矢理働かせる意地の悪い人間”というのは
 巨人族全体で語り継がれている、
 それこそ子供でも知っている物語なのだ。
 彼らは地上世界に関わることを望んではいない。
 どちらかと云えば放っておいて欲しい派閥だ。

 しかし、あえてどちらかを選べ、と迫るならば
 人間と共存するよりは戦争をすることを選ぶと思う」

勇者「人間のご先祖様何やってるんだよ……」
魔王「まぁ、仕方有るまい」

勇者「見るからにでっかくて気の良い連中っぽいのだけどな」
魔王「付き合ってみると、酒好きの良い奴らだ」

勇者「残りは?」

魔王「鬼呼族は角を持った氏族だ。
 なかなか複雑な氏族だが地下世界の東側を領域としている。
 魔族の中でも器用な連中で、法力を使いこなす者もいるな。
 妖力を持ち、姿を消したり変えたりするのもお手の物だ。
 ……魔物の中にも、動物とは言え、それなりに知恵を
 持つ存在がいるのは知っているであろう?」

勇者「ん? ああ」

441 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:45:04.60 ID:GDf918.P

魔王「そういった魔物を使役する術も鬼呼族が得意とするものだ。
 彼らは彼らなりのやり方で世界を見る。
 彼らの傘下に収まっている小氏族も多いし、支配地域も広い。
 あまり発言力は強くないが、それは彼らが魔族にもあまり
 興味を抱いていないせいだな。
 詰まるところは自分たちでバランス良くやっているのだ。
 そのせいで、人間界侵攻には否定的。
 だがしかし、共存したいわけでもない。
 出来れば二つの世界は切り離したいという所であろう」

勇者「そうか。鬼呼族とは知り合いが居ないように思う」

魔王「開門都市のあたりには少ないだろうな」

メイド長「お酒が有名ですよ。それに米、ですね」

勇者「米?」
魔王「温暖で湿潤な地方で取れる農作物だ。麦に似ているが、はるかに生育条件の制約は厳しい。その代わり面積あたりの生産量は段違いに優れる」

勇者「そんな作物があるのか」
魔王「気候によるんだ。南部諸王国では芽さえでないだろうな」

勇者「で、ラストは俺でも判る。妖精族だ」

魔王「うむ。いまは妖精女王が治めるのが妖精族だ。
 元来は森に住む小さな魔族の総称だったが、時を経るごとに
 だんだんと融和し、今では妖精女王の治める宮殿を中心に
 協力して暮らしを営んでいるな」

勇者「妖精族は味方なんだろう?」

魔王「ああ、彼らは殆ど唯一と言っても良い
 人間族共存派だ。聖鍵遠征軍からの被害にも遭っていないし
 悪感情を持っていなかったんだろうな。
 姿形に美しい者が多いので、
 おそらく人間とも会話しやすいのだろう」

メイド長「妖精女王もなかなか英明な方のようですしね」

444 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:51:42.78 ID:GDf918.P

魔王「ま、あ妖精族は基本的には
 ちょっと悪戯好きだが、戦争嫌いの臆病な連中だ。
 と云うのも彼らは魔力こそそこそこ有るが戦闘能力が低くてな。
 魔族同士の戦乱の世ではまっ先に
 犠牲になっていたという歴史があるからだ」

勇者「そう言えば、以前、人間との戦争の前は
 魔族同士で争っていたって云ってただろう?
 あれはどんな感じだったんだ?」

メイド長「あれは乱世でしたね」
勇者「乱世……?」

魔王「基本は鬼呼族と蒼魔族の戦い、
 人魔族と獣人族の戦いの二つが同時に起こっていた。
 だがまぁ、至る所へ飛び火してな。
 魔界の中に無関係と云えるような氏族や場所の
 方が少なくなってしまった」

メイド長「血なまぐさい時代でしたね」

勇者「魔王は止めようとはしなかったのか?」
魔王「もちろんした。あのときも忽鄰塔を開こうとしていたのだ。
 人間との戦争が開始されなければ……。
 いや、それは云っても、仕方ないか」

メイド長「……」

勇者「まぁ、それはそれとしてもだな」
魔王「うむ」

勇者「やっぱり相当に辛そうだよな」
魔王「うーん」

445 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:53:30.73 ID:GDf918.P

勇者「だって、人間との共存を認めているのは
 妖精族だけなんだろう? 

 そんで、全会一致って事はそれ以外の氏族は
 全部説得して人間との共存を認めさせなきゃならない。
 7つの氏族をそれぞれに説得して回るってのは
 これは相当に難しい問題だろう。
 ちょっと方法の想像さえ付かないぞ」

魔王「人間との共存は目指さないよ」

勇者「へ?」

魔王「共存じゃなくても良いんだ。
 とりあえずの所は、戦争の停止だけで十分だ。
 なんだったら限定的な鎖界、とかでもいい」

メイド長「鎖界とはなんですか?」

魔王「界を閉ざす。交流を断つってことだな」

メイド長「出来るんですか? ゲートのない今」

魔王「そりゃ完全なことは出来ないだろうが、
 お題目としては有りだろう。
 もちろん鎖界が戦争に繋がっては意味がないから
 人間側の、まぁすくなくともいくつかの国とは
 停戦協定をした上での鎖界と云うことになるだろうが」

勇者「そんなのでいいのか?
 魔王は共存を目指してきたんだろう?」

446 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:56:29.74 ID:GDf918.P

魔王「それはそうだが、絵に描いた餅を眺めていても
 仕方ないだろう。
 目下は戦争を急いで停止することだ。
 今のところはわたしが怪我で負傷をしたと云うことで
 休戦状態にあるが、別に条約を交わしたわけでもなく
 “事実上の休戦”でしかない。

 人間とは現在戦争中なんだよ。
 この状況では、小さなきっかけからどこで火が付くか判らない。

 現にこのあいだ蒼魔族が人間界に単独侵攻したけれど
 あれだって戦時下だから、魔王とは言えわたしにも
 なにも云えない」

勇者「そうか。……そうだな」

魔王「とりあえず、停戦を目指す。
 平和とか交流は戦争を止めてから考えるしかない。
 地下世界と地上世界の交流にはそれだけの価値があると
 わたしは思うんだ。だから、心配はしていない。
 わたしは経済屋だしな」

勇者「交易で?」

メイド長「うん。地下世界から見れば、地上は宝の山だ。
 塩や鉄や麦、羊や魚。欲しいものが沢山ある。
 地上から見た地下も同様だ。香辛料や金、茶。

   平和が来さえすれば、たとえ鎖界していたとしても
 地下と地上は徐々に触れあってゆく。
 当たり前だ。もうゲートはないんだからな。

   人が行き来をすれば、感情的に行き違いがあっても
 少しずつ傷も癒える。一口に魔族や人間と云ったところで
 個人個人はいろんな存在がいるのだって判るようになる。
 共存も出来るようになるさ」

447 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:58:52.13 ID:GDf918.P

勇者「そっか。うん」

魔王「目指す結論が、一時的な停戦であれば
 氏族の意見も中立で十分だ。
 “共存はともかく、積極的に攻めなくても良い”程度でな。
 積極的な抗戦論を展開している氏族は、
 蒼魔族、獣人族、機怪族の3氏族だけだ。
 この三者を口説き落とすか、鬼呼族を交流賛成にまで
 もっていって説得の側面支援に回ってもらえれば、
 とりあえずの停戦は成り立つと思う」

勇者「そう考えれば……。さっきよりは無理じゃない気がしてきた」
魔王「であろう?」

勇者「そうだな。俺たちの代で全部やらなくても良いんだ」
魔王「なにをいうか。見届けるまでは……」

メイド長「まおー様」
魔王「あっ……」

勇者「……」
魔王「……」

勇者「まぁ、うん。とにかく随分目の前が開けたぜっ!」
魔王「……」

勇者「なんてツラしてんだよ。忽鄰塔を乗り切らなきゃ
 どっちみち明日も明後日もないんだぞっ。
 そのみっつの氏族を切り崩す準備はあるんだろうな?」

魔王「む。それは、明日からの交渉次第だな」
勇者「作戦は?」

魔王「まずは時間稼ぎだ」

452 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 18:17:37.17 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、中央の交易都市、酒場

執事「クリッタイ?」
魔族の旅人「忽鄰塔、だよ。クーリールーターイー」

執事「忽鄰塔ですか。ほむ」
魔族の旅人「どこの山から下りてきたんだい、爺さん」

執事「し、失敬な! 田舎者ではございませぬぞ」
魔族の旅人「いや、どこからどう見ても田舎者だよ」

執事「そうかもしれませんが」しょんぼり

魔族の旅人「まぁ、良いってことよ。
 暴漢から助けてもらったのは有り難かったしな!
 爺さん、あんた強いなぁ!」

執事「これでも昔はぶいぶいいわせてたのですよ」
魔族の旅人「昔はか?」

執事「いまもぶいぶいですぞ。主にこんな」ぎゅいんぎゅいん
魔族の旅人「わははは! 爺さん若いなぁ!」

執事「にょっほっほっほ」
魔族の旅人「まぁ、お陰で荷物も無事だったよ」

執事「ところで、その忽鄰塔なるものは賑やかなのですか?」
魔族の旅人「ああ、そうだよ。大会議って云うくらいだからな」

執事「ほむ」
魔族の旅人「どれくらい賑やかなのかは
 何十年に一度のものなんで行ってみなければ判らないが
 主立った氏族の族長全ての魔王様まで出席だし
 賑やかじゃないはずがないだろう」

453 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 18:19:02.00 ID:GDf918.P

執事「魔王、ですか」きらっ
魔族の旅人「魔王様だろっ、爺さん」

執事「そうでした! 魔王様魔王様。にょはは」ぎゅいんぎゅいん

魔族の旅人「俺もここらで玉蜀黍を仕入れたら
 忽鄰塔へと回ってみるつもりなのさ」

執事「おや、会議なのに今から向かっても間に合うのですか?」

魔族の旅人「忽鄰塔と云えば、一ヶ月は開かれているのが
 普通だって話だぜ。たとえ会議が早く終わっても、
 その場合は早く終わったことを記念して宴が開かれるはずさ。
 そうなれば玉蜀黍も捌けるだろうし、
 ああいう会合は東西から商人が集まるんだ。
 何か面白い荷が買い込めるかも知れない。どうせ一人旅だしな」

執事「そうですか、それは良いことですぞ」
魔族の旅人「ま、そんなわけで乾杯だ!」

執事「乾杯!」
魔族の旅人「乾杯!」

執事「にょっはっは。これは美味いですな!」
魔族の旅人「だろう、このあたりは玉蜀黍で酒をつくるのさ」

執事「にょっほっほ。いけますぞ!」
魔族の旅人「おうおう、どんといけ!」

執事(……忽鄰塔。魔王もその姿を現すという魔族の
 戦略会議……。情報の価値は無限に大きいでしょうな)

465 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19:54:39.40 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、騎馬の背

青年商人「配役に手違いがある気がしませんか?」
火竜公女「約束は、約束ですゆえ」

青年商人「適材適所という言葉があると思うんですが」
火竜公女「契約を捨てるかや?」

青年商人「……」
火竜公女「反故にするかや?」

青年商人「判りました」
火竜公女「殿方はそうでなければ」

青年商人「どこで間違ったかは反省の余地がありますね」

火竜公女「明日の朝日をみれるのならば
 反省会には妾がとっくりと付き合って進ぜる」

青年商人「いや、そこでお酒を入れるのが間違いだと思うんです」
火竜公女「酒は百薬の長にして人生の友と云うゆえ」

青年商人「公女のそれは度を過ぎています」
火竜公女「“我が君”の言葉であれば聞きもしましょうが」ふいっ

青年商人「……はぁ」

火竜公女「殿御ぶりが下がりますよ」
青年商人「もう大暴落ですよ。中央金貨も真っ青です」

火竜公女「行ってらっしゃいませ」
青年商人「骨は適当に肥料にでもしてください」

466 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19:56:09.22 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、竜族の天幕

さくり

火竜大公「誰ぞ?」
青年商人「こんばんは。お邪魔します」

火竜大公「何者だ? 近習、なにをしているっ」

近習「この男、公女殿下の紹介状を持っておりまして」

青年商人「よろしくおねがいします」
火竜大公「……良かろう。で、何者なのだ? 人間」

近習「にっ、人間っ!?」「人間ですって!?」

青年商人「判るものですか」
火竜大公「匂いが違うわ」

青年商人「ご慧眼ですね。竜族の長たる火竜大公。
 わたしは青年商人。人間の世界で商売を営むものです」

火竜大公「商売とは?」

青年商人「あらゆるものを売り買いしております」

火竜大公「ふむ。まぁよい。
 公女の紹介状ゆえ見逃そう。疾く去れ」

青年商人「そうはいきません」

火竜大公「何を言うのだ、人間風情が」ぼうっ
青年商人「いや、わたしだって去りたいんですけれどね」

467 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19:57:39.38 ID:GDf918.P

火竜大公「消し炭にでもなりに来たのか」
青年商人「いや、消し炭にならなかった“ソレ”もいるでしょう?」

火竜大公「……っ」
青年商人「ええ、そうです。黒騎士です」

火竜大公「知っているのか」
青年商人「ほんのりと」

火竜大公「近習っ」
近習「「「はっ!」」」

火竜大公「さがっておれっ」

近習「たっ、ただいまっ!」
 ザッザッザツ

青年商人「……」
火竜大公「貴様、何者だ。何をしにきた?」

青年商人「実はさる契約がありまして。
 商業上の道義的な責任において、
 わたしはその契約に縛られているんです」

火竜大公「……」

青年商人「その契約者との約定に基づき、
 “火竜大公をこてんぱんにしてこい”と。このようなわけでして」

火竜大公「ふっ。商人風情が、そのようなこと出来るのか」

青年商人「出来ません」
火竜大公「ふっ。白旗か。……あの男に似た気配かと思えば」

青年商人「しかしながら降伏も出来ない案件で」
火竜大公「契約者には腹を捌いて詫びるのだな」

468 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19:59:27.36 ID:GDf918.P

青年商人「いえいえ、そうも行きません」
火竜大公「なにゆえ?」

青年商人「契約を守られなかった契約者の鬱憤は
 その謝罪で多少は癒えるかも知れませんが、
 契約を守りたかったわたしの鬱憤は少しも癒えませんので」

火竜大公「大きな口を叩くではないか」

青年商人「そこでお願いがあるのですが、
 ……負けてはいただけませんか?」

火竜大公「何を言っているのだ。気でも狂ったか。
 いや、やはり消し炭になりたいものと見える。
 安心をしろ。一瞬で燃えかすまで焼き尽くしてくれようっ」

青年商人「塩を止めます」

火竜大公「は?」

青年商人「『開門都市』に流れている塩の流通量の95%を
 現在わたしが掌握しています。その塩を止めることも可能です」

火竜大公「……なっ。なにを」

青年商人「魔族豪商殿は竜一族でもっとも力のある商人ですね。
 彼の元へと卸される塩の蛇口を私どもが握っている。
 その事実を申し上げました」

火竜大公「卑劣なっ」

青年商人「今回ばかりは、正真正銘命がけですから」しれっ

469 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:01:48.47 ID:GDf918.P

火竜大公「……貴様」

青年商人「塩がこの地において貴重品であるとの認識は
 わたしも持っています。
 わたしとしても、依頼者としても竜族と事を
 無駄に荒げたくはない。
 いや、地下世界における交易において、
 竜族が新しいパートナーとしてもっとも相応しいと
 敬意を抱いております」

火竜大公「脅しておいて今さら世辞を言うつもりかっ」

青年商人「そこで買って頂きたいものがありまして」
火竜大公「……何を売りつけようというのだ」

青年商人「じつは、先年人間の軍に奪還された極光島。
 あの島を私どもは租借する結果となりました」 火竜大公「租借?」

青年商人「ええ、島ごと借り上げた形です。
 現在旧来の設備に加えて、塩田を整備しています。
 その塩田からあがる塩を」

火竜大公「買い取れと云うのか?」

青年商人「いいえ」 火竜大公「では、どういう用件なのだ」

青年商人「塩そのものではありません。
 この塩田から毎年採取される塩の、その総量の1/3を
 優先的に買い付けることの出来る権利。
 これを買って頂きたい」

火竜大公「権利、か」
青年商人「あくまで権利です。対価は毎年頂きましょう。
 しかし、価格については市場価格から両者が合意できる
 額を決定できるように取りはからいます」

471 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:04:41.44 ID:GDf918.P

青年商人「念のために申し上げれば、この“総量の1/3”は
 かつて魔族の軍は極光島を占領していた際、
 地下世界へ送っていた塩の量にほぼ匹敵します。
 塩田設備の差と、効率採集によるものだと考えてください」

火竜大公「……」
青年商人「……」じっ

火竜大公「強気じゃの」
青年商人「交渉は、それが可能なら強気で行うべきです」

火竜大公「ふんっ。……我が氏族にとってその塩は
 なければならぬもの。塩がなければ命を落とすものも出よう」
青年商人「……」

火竜大公「何が欲しいのだ。我の首かっ。商人っ!」ギロッ

青年商人「……」
火竜大公「……」

青年商人「“わたしと戦って負けた”と云うことにして頂ければ」
火竜大公「……何故かは知らんが、心底嫌そうだの」

青年商人「当たり前です。わたしは商人です。
 今回のような圧力をかけるような交渉だって
 けして好ましくはない。
 ましてや個人のプライドを対価に取るなど」

火竜大公「ふんっ。ここまで来て騎士道とやらか?」

青年商人「いえ、ただ利潤追求上、無意味であるばかりか
 不利益であるということです。
 将来的にパートナーになりうる可能性があるのならば、
 顔まで出して恨みを買う意味などどこにもない。
 同様の交渉は代理人や何枚かの壁を間に挟んでも
 出来たはずなのですが……」

473 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:06:12.66 ID:GDf918.P

火竜大公「出来なかった、と」
青年商人「ああ。面倒くさいですね。やめましたっ」

火竜大公「ぬっ?」

青年商人「さて、ここに極光島塩田開発の計画書および
 その生産量、塩の品質、輸送計画、コスト計算に関する
 資料、それらに基づいた事業計画書があります。
 われら『同盟』はとりあえず20年間、あの島を租借して
 塩田開発事業、およびその輸出事業の許可を受けている。

   本来は購入権利などでお茶を濁すべきかも知れないが
 それはわたしの商人としての勘もそろばんも矜持ですら
 “ぬるい”と告げている。

   直裁に申し上げる。
 我らはこの事業全体を“分割”する用意がある」

火竜大公「分割……?」

青年商人「そうです。この事業に出資して頂きたい。
 この事業全体は人間の金貨にして6000万の規模を持ちます。
 見返りとして、出資額に応じ、相応の割合の塩を
 毎年お届けしましょう。またそれとは別に塩を好きなだけ
 買い取って貰っても結構」

火竜大公「結局は塩の買い取りではないか」

青年商人「まったく違います」

火竜大公「……」

青年商人「これは一種の協定だと考えて頂きたい」

474 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:07:48.55 ID:GDf918.P

火竜大公「協定とは?」

青年商人「この契約が存在する限り、
 わたしどもの組織『同盟』は、竜の一族に塩を供給します。
 この事業が発展すれば、地下世界で塩を扱うことにより
 竜の一族がより交易での繁栄を願うことも可能でしょう。
 同様に、竜の一族が健在で、この契約を守っていてくれる
 限りわたし達はこの事業から手数料や正当な利潤を経て
 着実な利益を上げることが可能となる」

火竜大公「……」

青年商人「お解りのはずです。
 これは、塩の交易を媒介とした安全保障条約です」

火竜大公「そのようなことを信ぜよと?」

青年商人「全ての情報はそこに書いてある通り。
 現地の視察をなさっても構わないし、
 魔族豪商どのに塩の運び入れ状況と品質について
 お尋ねになるのも構わないでしょう」

火竜大公「……」

青年商人「私どもはこの魔界に販路を持ちたく願っています」

火竜大公「販路、か」
青年商人「……」

火竜大公「依頼者は公女か?」
青年商人「守秘義務のためにお答えできません」

476 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:10:10.36 ID:GDf918.P

火竜大公「良かろう、この話、検討しよう」
青年商人「……」

火竜大公「出資については追々詰めるべきであろうが、
 人間界の金貨は持ち合わせがない。
 砂金で払っても構わぬであろうな?」

青年商人「もちろん」

火竜大公「そちらの希望、および当方の事情からすれば
 出資金による金銭授受の他に、いくつかの物品について
 相互に物資をやりとりすることにより、空荷での
 交易を取りやめ利益を上げるべきかと思うが?」

青年商人「はい」

火竜大公「こちらから供出、輸出できる品目については、
 追ってリストを届けさせよう。これら取引の窓口は
 魔族豪商にて依存は?」

青年商人「ありません」

火竜大公「――覇は求めぬのか?」
青年商人「商人の手には余ります」

火竜大公「負けた。……公女にはそう言っておこう」
青年商人「……」

火竜大公「嫌そうな顔をするな。これは我のあずかり
 知らぬ事情なのだ。商人と依頼者の問題であろう?」

青年商人「はぁ……」

火竜大公「黒騎士殿に詫びる必要があるかどうかは
 じきに判るのであろうな。ふわーっはっはっはっは!」

482 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:38:12.02 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕

勇者「あ゛~」 へたぁ
魔王「ううう……」 くたぁ

メイド長「あらあら、二人ともだらしない」

魔王「そんなことは云っても」 へろぉ

勇者「なんだ。会議だの根回しだのってのは
 こんなにも疲れるのか。合戦並みの疲労だぞ」 よぼよぼ

メイド長「神経を消耗するという意味では同じですからね」

魔王「で、どうだったのだー勇者」
勇者「そっちこそどうだったんだよー魔王」

魔王「……」
勇者「……」

魔王「せーので、云うか」
勇者「わぁった」

魔王「せーの」

勇者「蒼魔族はだめだめ」 魔王「獣人族は話通じない」

魔王「……」 がくっ
勇者「……」 ぽてっ

メイド長「あらあら」

483 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:39:53.69 ID:GDf918.P

魔王「獣人族の奴ら、はなっから話を聞かないのだ。
 どうもうさんくさい感じはするのだが、
 挨拶をした次の瞬間から帰れと言われる始末。
 挙げ句の果てには、女が魔王になっても
 ろくな事にはならないなどと陰口を叩かれる。
 あそこまで女性蔑視が強い氏族であったとは思わなかった」

勇者「蒼魔族は、なんていうか、表面上は最敬礼だぞ。
 よく判らんが、黒騎士ってのは強い戦士なんだろう?
 戦士部族らしい下にも置かないもてなしを受けたぜ。
 ただ、話はさっぱり通じてる雰囲気がない。
 “平和? 戦士である我らがそんな冗談を言ってはいけませんよ”
 くらいの温度感だ。あいつらどっかいかれてるよ」

魔王「はぁ……」
勇者「ふぅ……」

魔王「なかなか先行き厳しそうだなぁ」
勇者「もーあれだよ。なんだっけ? 昔の魔王みたいに
 ぱかーんとトップをやっちまうか?」

魔王「綺麗事を言うつもりはない。だからそれで氏族の意志が
 変わるならやむを得ないとも思うのだが、そうでないならば
 ただの押さえつけだ。いずれ噴出することになるだろう」

勇者「そうなー」

メイド長「お茶ですよ」

とぽとぽとぽ

魔王「ありがたい……」もそもそ

484 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:41:25.64 ID:GDf918.P

勇者「話すにしても交渉するにしても、もうちょっと
 情報というか、背景みたいなのが判ってこないと
 何にも見えてこない感じだ。
 蒼魔族ってのは、あれかな。教会なのか?」

メイド長「?」
魔王「いや、違うと思うが」

勇者「なんだろうな。うまくは言えないけれど、
 信仰みたいな匂いを感じたぞ。
 信仰と云うよりは、確信なのかな。
 疑いのない強さみたいな」

魔王「ふむ……。氏族に特定の宗教的な教えはなかったと思うが」

勇者「そうか……」

魔王「まぁ調べてみよう。
 獣人族の方はもっとあからさまな女性蔑視を感じたな。
 これはなぜだろう。新たな長と、その取り巻きのせいなのか……」

勇者「どんどん時間がたっていくな」
メイド長「ええ……」

魔王「そろそろ本腰を入れて交渉を開始せねばならぬのだが」
勇者「切っ掛けが欲しい」

魔王「軍人子弟と商人子弟、それに貴族子弟にまかせてある」
勇者「大丈夫なのかよ、あいつら」

魔王「信用するしか有るまい。信用できなかったら
 そもそも共存の道など探る意味がない」

523 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 14:47:51.85 ID:pOGbuk6o

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、鬼呼族の天幕

鬼呼執政「では、停戦派にまわると?」

鬼呼の姫巫女「そうだ」

鬼呼執政「ご決断賜りまして」

鬼呼の姫巫女「我が鬼呼の地は極とは遠い。
 ゲートが無くなったとは言え、地上界への道のりは
 ずいぶんな距離になろう。
 戦を傍観すれば被害も少なかろうが、
 うまみも少ない」

鬼呼執政「人界への領土は作らぬ、とお考えで?」

鬼呼の姫巫女「領土が増えれば民は潤うだろうが、
 その間の線を保つ労力は潤いととんとん、だと。そう踏んだ」

鬼呼執政「それも道理でしょうな」

鬼呼の姫巫女「蒼魔族の専制地を迂回するのならば、
 竜族や人魔族の土地を踏み越えねば極へは至れぬ。
 交易をするにしても、何らかの方法を考えねば
 利を挙げることは叶わぬ。

 最悪、魔族を挙げての大戦争に兵を取られて、
 うまみは蒼魔族や竜族に全て持って行かれる
 などと云うことにもなりかねない」

鬼呼執政「と、なるとまた形勢が変わりますな」

524 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 14:50:40.78 ID:pOGbuk6o

鬼呼の姫巫女「そもそも、今の魔王は停戦を望んでいるようだ」
鬼呼執政「ええ、はっきりとは申されませんでしたが」

鬼呼の姫巫女「……ふむ」

鬼呼執政「魔王様も、得体が知れない方ですな」

鬼呼の姫巫女「先代は考えの判りやすい方だったからな」
鬼呼執政「ええ」こくり

鬼呼の姫巫女「そもそも今回の魔王殿は、
 聞いたこともない小氏族の出身だ。
 確固とした自分の領土も、支援を誓う氏族も持たずに
 しかも、見せしめの処刑や戦争もせずに
 よくぞ20年も持ったものよな」

鬼呼執政「そろそろ、命脈尽きると?」

鬼呼の姫巫女「占術官の言葉によれば、あと一月」
鬼呼執政「……ほう。病ですかな、それとも討たれるのか」

鬼呼の姫巫女「しょせん、占術。気力と意志であろうな」
鬼呼執政「いやいや、しかし。馬鹿にしたものでもありませぬ」

鬼呼の姫巫女「わたしはあの頼りなくて危なっかしい
 魔王が嫌いではないのだが……。他人ごととも思えぬゆえ」

鬼呼執政「しかし、まつりごとは自ずと別でございましょう」

鬼呼の姫巫女「心得ておる」
鬼呼執政「では、停戦。ということで」

鬼呼の姫巫女「その方向で、枝族の族長達への
 内々に説明を頼む。親書の草稿を文官に書かせよう」

526 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 14:52:58.30 ID:pOGbuk6o

――冬越しの村、魔王の館、厨房

メイド妹「いいの、お姉ちゃん?」
メイド姉「いいのいいの。
 皆様ちゃんと頑張って働いたんですからね。
 美味しい料理をどんどんお願いね」

メイド妹「うん♪ んっとね、次はベーコンと
 アスパラガスのパイ、それから肝臓の煮込みだよ。
 それにクレソンのサラダ」
メイド姉「上出来よ」にこっ

商人子弟「で、そっちはどうなんです?」
軍人子弟「拙者もう、へろへろでござるよぉ」 ぱたり
貴族子弟「エレガントさが足りないね。君たちは」

商人子弟「いや、そういう君も弱ってない?」
貴族子弟「曇りの日だって時にはあるさ」
軍人子弟「書類が。書類がぁ」

商人子弟「そんなこと喚いたって武勲を立てて出世したんだろ?」
貴族子弟「聞いているよ。なんでも護国卿だっていうじゃないか
 僕たちの中じゃ一番の出世頭だと思うよ」

軍人子弟「騙されたんでござるよ……」

メイド妹「はーい! 新作のパイだよぉ♪」
メイド姉「ワインもありますよ?」

商人子弟「おお、ありがとう!」
貴族子弟「お二人はいつも可愛らしいですな」
軍人子弟「飲まないとやってられないでござる」

527 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 14:54:25.23 ID:pOGbuk6o

メイド妹「あのねー。軍人のお兄ちゃんは、鉄の国で
 私たちを助けてくれたんだよ? 格好良かったよ」

メイド姉「ええ、凛々しかったです」

商人子弟「なんだお前。見せ場あったんじゃないか」

貴族子弟「そうだそうだ。
 女性を助けるなんて僕にふるべき役所だろう?
 君は自分の顔をわきまえたまえよ」

軍人子弟「軍人は民間人を助けてなんぼでござるっ」むぅ

メイド妹「喧嘩はダメだよー?」
メイド姉「そうですよ。注いであげませんよ?」

商人子弟「いやいや。これは喧嘩って云うか。なぁ?」
貴族子弟「そうそう。仲間内の愚痴ですよ」

とくっ、とくっ、とくっ

軍人子弟「騙されたんでござる……」

商人子弟「それに、なんだ。貴族子弟も……。もぐもぐ」
貴族子弟「?」

商人子弟「湖の国と赤馬の国での話は聞いているぞ?」
貴族子弟「まぁね」

軍人子弟「拙者も聞いたでござるよ!」

メイド妹「なになに、なーにぃ?」ちょこん
メイド姉「どんなお話ですの?」

貴族子弟「たいした話じゃないんですよ、淑女がた」
軍人子弟「いーや! たいした話でござる」

530 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:02:19.01 ID:pOGbuk6o

商人子弟「修道院で働いていた湖の王族の外戚がいましてね。
 まぁ、色んな事情で恵まれない環境でしたが、
 それでも王族の一人。
 歳は花も色づく16歳、美しく貞淑なること百合のごとし少女」

軍人子弟「おぬし語りが上手いでござるなぁ。
 このパイも絶品でござるが……。もしゃもしゃ」

商人子弟「なぁに、僕のは吟遊詩人の受け売りさ。
 で、この事情が事情なら、王宮で暮らしているはずの王女。
 この王女と、遊歴の身の上で修行中の赤馬の国の王子と
 知り合った。――修道院の光さす庭で、
 互いにそうとは知らぬまま」

メイド妹「わぁ。お話みたい!」

商人子弟「一目で恋に落ちる二人!
 しかしお互いの名も知らず身分も知らず、
 何度かの逢瀬を繰り返すもすれ違うばかり。
 時は風雲急を告げ、中央の国家に降りかかる未曾有の国難。
 物価の高騰に、なにやら戦の気配。
 赤馬の王子は国元へ呼び戻され、
 おり悪くその外戚の王女も宮殿へと力尽くで移されることに」

メイド姉「……王族の方も、自分の意志では生きられないのですか」

商人子弟「王族であらばこそ。って云うのもあるんでしょうね」

軍人子弟「きっと騙されたんでござるよ……」

商人子弟「もはや巡り会うことのない星の定めの二人。
 かたや湖の国の淑女としてゆくゆくは政略結婚の道具。
 かたや赤馬の国の王子として、いずれは長兄を王にいただき
 戦場へと赴く身。どう考えても二人の運命は
 離れて行かざるを得ない」

531 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:03:10.14 ID:pOGbuk6o

貴族子弟「……」
商人子弟「そこで我らが貴族子弟の登場だ。

 赤馬の王子と夜盗と化していた盗賊団と戦い
 酒を酌み交わしたと思えば、馬術大会で競いあう。
 かたや湖の国の宮殿にて、市井の卑しい生活を送っていたと
 陰口を叩かれ、友の一人もいなかった孤独な王女の
 話し相手となり、ダンスの手ほどきをする。
 やがて彼女は生まれながらの典雅さを備えたとも思える
 優美で清楚な姫君へと変わる」

メイド妹「かぁっこいい!」

商人子弟「舞踏会で再会をした二人。
 気が付かないままに赤馬の王子は二回目の恋に落ち、
 群舞曲の調べのままに、花のような娘と踊る。

 意を決した王子が赤馬の王へと出奔を願い出て
 二人でどこか他国へと駆け落ちするかと思えたその夜に

 貴族子弟が知恵を貸し、父王を鮮やかに説得。
 四方丸く収めて王子と王女の早春の恋も成就と聞けば
 ――これはもう、歌物語のようではないですか?」

メイド姉「素敵なお話じゃないですか」
メイド妹「うんうんっ!」

軍人子弟「なんでお前にだけ格好良い役が
 回ってくるでござるかっ」

貴族子弟「別に格好良くはないだろう?
 僕の役回りなんて、聞いての通り、徹頭徹尾脇役じゃないか」

商人子弟「いやいやいや。なかなか出来る事じゃないと思うぞ」

軍人子弟「夜盗の一団と戦ったのでござるか?」
貴族子弟「まぁ、やりあったけれど」

532 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:05:03.50 ID:pOGbuk6o

貴族子弟「あんな街角で歌われているような
 派手な戦いではなかったよ。
 傭兵崩れだったけれど、100人なんて嘘っぱち。

   本当は15人ほどしか居なかったし、酔っていたんだって。
 その殆どだって王子が格好良く切り伏せてしまったのさ。
 首領との一騎打ちは、それは流石に見応えがあったけどね。
 僕がやったのは、斥候して見張りを倒して。
 ……まぁ、僕が出来るのは、そんなものさ」

メイド妹「ねぇねぇ。お姫様は本当にそんなに綺麗だったの?」

貴族子弟「それはぁ。
 ――うん。
 でも、お話よりもずっとおてんばでね。
 穀竿なんて振り回したりして、勇ましかったよ。
 明るかったし聡明だったし、なによりも気品があったね。

 修道院勤めで、繕いだらけの古着を着ていた時にさえ、
 月の移る湖面みたいな美しくて、優しい娘だった。

 ……笑うと子供みたいなんだけどね」

メイド姉「……」

軍人子弟「何でこいつばかりが……ううう」

533 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:07:23.47 ID:pOGbuk6o

メイド妹「わぁ、美人さんなんだねぇ」

貴族子弟「メイド妹だって、十分キュートだよ?
 あと5、6年も立てば男の子が放っておかない
 淑女になること、間違いなしさ」

メイド妹「えへへへ~♪」

商人子弟「何にせよ大活躍だ」

軍人子弟「だいたい、そんな可愛い娘にダンスだの
 教えて、おぬしの方はなーんにも無かったんでござるか?」

貴族子弟「ははははっ。ないない、全然さ。
 そもそも相手は、慕ってる男がいるんだよ?
 そこに僕が登場するなんて野暮も良いところじゃないか。

 僕はちょっぴり話し相手になって
 宮廷生活に付きものの細かい仕来りやマナーを教え、
 ダンスを1、2曲手ほどきしただけさ。

 なんていうのかな……。
 あんまりにも、彼女が必死なものだからさ。
 手助けしてやらずにはいられないほど健気で
 諦めを知らないものだから。つい、だよ。

 それに、花のような笑顔とでもいうんだろうね。
 あんな風に微笑まれたら、手助けせずにはいられないよ。
 ぼかぁこれでも貴族だからね」

メイド姉・商人子弟「……」

535 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:10:13.09 ID:pOGbuk6o

軍人子弟「さようでござるかぁ……。
 拙者も可愛い娘と知り合いたいでござるなぁ」

メイド妹「じゃぁ、貴族のお兄ちゃんは、がんばったんだね!
 えらいよぅ。もう一個パイをあげる!」

貴族子弟「これはこれは、レディ。光栄でございます」にこっ

商人子弟「まぁ、まだこの先色んな機会があるさ」
メイド姉「はい」

貴族子弟「そうさ、軍人君? 君にだって出会いがね」

軍人子弟「有るんでござるかなぁ……」

メイド妹「軍人のお兄ちゃんには、この馬鈴薯をあげます。
 たすけてもらったもんね!」

軍人子弟「なんかこのしょっぱい馬鈴薯だけで、
 拙者いきていける勇気がわいてくるでござるよ」

メイド姉「立派な仕事を為されているのですわ」くすくすっ

貴族子弟「税収と通商の方はどうなんだい?」

商人子弟「忙しいねっ」
軍人子弟「まったくでござるよ」

貴族子弟「おいおい、それが仕事なのだろう?」

536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:12:55.05 ID:pOGbuk6o

商人子弟「追われてるよ。……でもまぁ、おかげさまで。
 この半期は前期と比べて、馬鈴薯の収穫量は倍だ。
 戸籍と里家制の効果が出始めてきた」

軍人子弟「その辺の制度、鉄の国でも運用できないでござるかね」

商人子弟「里家制はともかく、戸籍は早期に把握すべきだろうな」

貴族子弟「うちのほうで、紙の生産工房をふたつ増やしたそうだよ」

商人子弟「丁度良いじゃないか。過去の羊皮紙の記録も
 紙に移し替えた方が断然便利だぞ。かさばらないし」

軍人子弟「そこも手をつけるべきでござるかねぇ」

商人子弟「記録から手をつけなきゃだめだろう。
 記録、保存、参照は経験を蓄積するための基本だって
 授業でも何度も出てきたじゃないか」

軍人子弟「いやしかし、そこに手をつけるとなると、
 高官の皆様方に話を通す必要があってでござるなぁ。
 面倒くさい仕事がねずみ算式に……」

商人子弟「まーその悩みは判るけどね。
 ……となると、冬の国は王が若く変わったタイミングで、
 僕が士官したんだな。それで、結構やりたい放題やっても
 老臣さん達はあんまり文句を言ってこないのか。
 何事も都合が良かったんだな」

貴族子弟「エレガントにこなすためには、
 付き合いや根回しは重要なのだよ。諸君。
 ……それが社交という言葉の意味だよ?」

537 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:14:06.77 ID:pOGbuk6o

軍人子弟「いやはや」
商人子弟「で、我らが妹弟子の方はどうなんだい?」

貴族子弟「そいつは、是非聞かないとね」くるっ

メイド妹「美味ひぃね……。もきゅもきゅ」
メイド妹「はい?」

軍人子弟「お二人でござるよ」

メイド妹「??」
メイド姉「弟子って……」

商人子弟「おいおい。同じ師匠に教わったじゃないか」
メイド姉「でも、わたし達、そんな授業なんて」

貴族子弟「授業だけが学ぶ場ではないでしょう。
 ぼくたちが授かったモノはそんな小さくはないはずですよ」

軍人子弟「授業だけで学んだのなら、
 あんなにお尻が腫れ上がることもなかったでござる」

メイド妹「わたしはぁ、去年は40個新作のレシピを
 作りました! みんな美味しいと大好評でしたっ♪」

貴族子弟「それは素晴らしい。この煮込みなんて宮廷でも
 ちょっと食べられないくらい柔らかくて美味しいですよ」

軍人子弟「まったくでござる。鉄の国の酒場は量が多いばかりで、
 味付けはどんな料理でも一緒でござるよ」

商人子弟「うんうん。妹くんはどこに勤めるにしても
 我々三人の推薦状つきでコックになれるよ」にこにこ

538 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:16:19.56 ID:pOGbuk6o

メイド姉「わたしは……」

貴族子弟「ん?」

メイド姉「わたしは何もしてないです……」

商人子弟「おいおい、そんなことを云っちゃダメだよ」
貴族子弟「僕たちは、あの演説の学士が
 本当は君だって知っているんだし」

軍人子弟「そうでござるよ」 むしゃむしゃ

メイド姉「でもあれは、何かしたというわけでもないです。
 みんなに迷惑ばかり掛けて、戦争になりかけていうるわけで。
 正しいことなのか、間違ってはいないかって
 ずっとずっと思い悩んでいるのに」

商人子弟「それは結果だよ」

メイド姉「……っ」

貴族子弟「君は僕らの妹弟子なんだから、
 もうちょっとしゃんとして欲しいね。
 自信のなさは女性の麗質を曇らせるんじゃないかと僕は思うよ?」

軍人子弟「でも、子女はこのくらいがたおやかで良いでござるよ」

メイド妹「お姉ちゃん……?」

商人子弟「お節介かも知れないけれど、
 “そこ”にいつまでも隠れているわけにも行かないだろう?」

貴族子弟「……」
軍人子弟 こくり

539 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:17:48.18 ID:pOGbuk6o

商人子弟「まあね」にこっ

メイド妹「?」

商人子弟「まだ時間はあるさ!」

メイド姉「……」

貴族子弟「今日のところは、別件がありますしね」
軍人子弟「あ! そうでござった!」

商人子弟「たまに頼ってきてくれたかと思えば
 師匠の人使いの荒さってのは言語に絶するな」

貴族子弟「まったく。僕が一番の重労働だと思うね」
軍人子弟「こっちでござろう?」

商人子弟「懐が痛いのはこっちだよ。各種貴石を金貨で
 5万枚分だぜ? 痛いじゃ済まない」
貴族子弟「こっちは、12地方の土壌サンプルだ」
軍人子弟「拙者は純度別の鉄鉱石、馬車一台相当でござる」

メイド姉「あっ。はい。話は聞いています」

商人子弟「ここに預けるで構わないのかな?」

メイド姉「ええ、後で取りに来るって仰ってました」

商人子弟「師匠は何をやっているのだか」
貴族子弟「師匠のことだから、何かとてつもなく迂遠なことを
 天才的な手腕でやってるのではないかな」

軍人子弟「井戸の底から月を射貫くような人でござるからなぁ」

メイド妹「当主のお姉ちゃん達も、
 一緒にご飯食べられればいいのにね-」

545 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:24:18.28 ID:2wq60CIP

――地下世界(魔界)、天幕で作られた街、広場

おおおお! すっげぇ! 六人抜きだっ!

ドガシャァー!

勇者「俺の勝ちだ」
銀虎公「くっそぉぉぉぉ! 次だっ!
 誰かおらぬのか!? 我ら獣牙の勇士はっ!」

白狼勇士「わたしが相手だっ!」くるくるくるっ! すたっ!

勇者「銀虎公、魔王を侮辱した件。10人抜きで謝罪して貰うぞ」

銀虎公「良かろう、黒騎士よっ!」

白狼勇士「その戦、見事! しかしここまでだっ!」

 ガギィィンっ!

勇者「お。強いな」
白狼勇士「何を抜かす! 我と打ち合ったが最後、
 狼族の脚力から繰り出す必殺のっ!」

勇者「ヤクザキック」

 ぼぐぅ

白狼勇士「かはっ!? ……腹が。俺の腹が……
 無くなったようだぁっ!」

す、すげぇ。あの猛者、白狼が泡を吹いて……
悶絶してるよ……。起き上がらないぞ……

勇者「悪い、あんまり加減できなかった」

546 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:25:48.09 ID:2wq60CIP

銀虎公「次だっ! 次へ掛かれっ!」

銅熊勇士「我が無双の剛力をしかと受けよっ!」ずだーん!

勇者「しっかし、獣人族は層が厚いな。
 こんだけ強いのがわんさといるのかよ。
 ……呪文無しじゃ結構きついぞ」

銀虎公「ふふんっ。戦士の名誉にかけて
 証明するのではなかったか?」

勇者「云われなくてもっ」
銅熊勇士「せいやぁ!」 ずどーん! ずだーん!

勇者「せやっ!」 ひゅばっ!! キン!

銅熊勇士「!?」

鉄の六尺棒を一太刀で切った!? なんて切れ味だ。
あれが剣の魔王がかつて使ったと云われる黒の武具の力か……

勇者「武具じゃねぇよ、自前だよ」

銀虎公「ええーい! 五神将! 五神将はおらぬか、かかれっ!」

赤鮫将「ようやく出番かっ! 行くぞ、黒騎士っ!!」

ギン! キン! ガギンギンギン!

勇者「……って。ナニ食ったらこんなパワーが出るんだっ」
赤鮫将「骨が丈夫になる小魚だっ!」

勇者「冗談でもねぇっ!」
赤鮫将「はははっ! そらそら、足がもつれているぞ!」

547 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:26:58.60 ID:2wq60CIP

勇者「こういう場合は、いなすっ」 シュキンっ
赤鮫将「ぬぉっ!?」

 ずるっ

勇者「一手!」 ひゅばっ! 「二手ッ!」 ギンッ!
赤鮫将「早いっ! これほどとはっ!」

勇者「んでもってぇ」ひゅぅぅんっ「見えない刃っ!!」

ズダン!!

勇者「ふっ。峰打ちだ」

な、なんだ? 何が起きたんだ!? 黒騎士が一瞬素手になって
赤鮫将軍が起きれないぞ。痙攣してるっ。
今のはやばいだろ、垂直に落ちたぞっ!?

勇者「いま9人だ。引くならここだ」
銀虎公「……っ」

勇者「銀虎公に申し上げるっ! ここに集まった皆も聞けっ!」

ざわざわ、ざわざわ

勇者「魔王は弱いっ」

……え。
な、なんてことを言い出すんだ!? 黒騎士殿はっ。

549 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:29:46.73 ID:2wq60CIP

勇者「確かに魔王は弱い。銀虎公殿は別格として、
 今戦ったどの勇士にも、魔王は戦場では勝てないだろう」

そ、そんな……。魔王様は弱いのか?
でも魔王様なんだぞ? そんなわけが……。

勇者「いや、ちゃんと弱い。大抵の魔物より弱い。
 配下の俺が言うのも何だが、メイドよりも弱い。

 しかし、本当の強さとは何か?
 確かに銀虎公どのは戦場では無双の勇士だろう。
 しかし、万の大軍にたった一人で勝てるか?
 勝てはしまい。
 そのときは銀虎公どのも軍を率いて戦うだろう。
 それが長の強さというもので、己一人の力では
 成し遂げられぬ事をも成し遂げる指導者の器だ」

勇者「魔王は個人としての武力は弱いがそれで構わない。
 むしろ己のみが強く軍を率いることの出来ない魔王よりも
 己はか弱くても、大軍を率いて勝てる
 そんな魔王の方が、この魔界において強大なのは自明だ。
 さらにいえば、かの魔王はその上を行く。

 それは“戦をせずに勝つ”ことだ。
 かの魔王の目指す地平は遠く、
 誰にもが理解できる物ではないがな。

 魔王が在位してから、魔族通しも含めて戦で命を落とした
 ものがどれだけ減ったか」

銀虎公「……っ」

白狼勇士「それこそ怯懦の証ではないか!
 戦を避けてこそこそ逃げ回っていただけのことよっ!」

勇者「貴公は俺に倒されて今は死体だ。死体は喋るな」
白狼勇士「っ!」

550 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:31:40.01 ID:2wq60CIP

勇者「いかがか、銀虎公」
銀虎公「……」

勇者「魔王の強さを認めても、
 銀虎公の強さはいささかも揺らがぬ」
銀虎公「……」

勇者「魔王は弱い。戦場では力強き腕の力が必要だ。
 銀虎公どのの万夫不当の力が必ずや必要となろう」

銀虎公「……わかった」

勇者「では」

銀虎公「魔王に謝罪するとしよう。
 かの魔王殿は、その名にふさわしい実力を持っていると。
 黒騎士どのは魔王の剣だ。
 その武力があるのならば、獣人一党は魔王殿を侮らぬ」

勇者「ありがたい」すちゃ

銀虎公「だがしかし、魔王に武力が必要だという考えは変わらぬ」
勇者「……」

銀虎公「いまは我が武将に勝った黒騎士の顔を立てよう。
 戦場での差配に関する話もその通りだと認めよう。
 しかし、魔王は戦場で指揮を執ったこともないではないか。
 実際、戦功を立てるまで、あの魔王殿の実力はまだ判らぬ。
 判らぬものに、信頼は置けぬ」

勇者「……そんな戦場自体をこちらはなくしたいんだがなぁ」

銀虎公「そのような戯れ言判らぬわっ」

勇者「まぁ、とりあえずはこんな手打ちで良いかぁ」

551 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:39:45.21 ID:2wq60CIP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の天幕街

執事「ここが忽鄰塔の会議場。まるで街が出来たかのような」

諜報局精鋭「局長。後続部隊8名到着」

執事「にょっほっほ。交代要員は適当な丘をさがし
 天幕を張り商人を装うこと。
 そちらをしばらくの間本部とする。班編制の上哨戒を実行」

諜報局精鋭「はっ」

 ザッザッ!

執事「さぁて、どうなっていますかな」

諜報局精鋭「先行偵察、戻っています」

執事「聞きますよ~」

諜報局精鋭「はっ。この天幕街には少なく見積もっても
 6000名以上の魔族が集まっているようです。
 周辺の渓谷などには今少しの護衛などが分散しており、
 激しくはありませんが、一種の軍事的拮抗が存在します」

執事「ふむ」

諜報局精鋭「ここに集まっている魔族の約1/3は
 族長や、族長に準ずる魔族の有力者、その側近、召使い、
 護衛などのようです。
 残りの2/3にはそう言った有力者や今回の会議を対象に
 商売をしようとする商人たち、また自分の腕を売り込もうと
 する士官希望者達も含まれています」

552 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/20(日) 16:40:54.65 ID:2wq60CIP

諜報局精鋭「忽鄰塔なる魔族の族長会議は
 中央の専用大天幕で連日のように行われています。
 文化的背景については未だはっきりとしないものの
 ここに集まった多くのものたちは、
 この会議が今月末までは最低でも続くと思っているようです」

執事「あと一週間ですか」

諜報局精鋭「中央の天幕の隣にあるのが魔王の天幕のようです。
 魔王は初日に演説をしたとのこと。
 驚くべき事ですが、現在の魔王は女性。
 つまり女王だとのことです」

執事「ふむ。女王……」

諜報局精鋭「しかし、以降姿は公には見せず、
 会議に専念している様子。先ほども云いましたが
 中央の大天幕との往復、もしくは会議に出席をする
 八大氏族と呼ばれる特に有力な氏族の族長を訪ね
 協議を重ねているのだと思われます」

執事「接触は?」

諜報局精鋭「現在までに機会はありませんでした。
 こちら側の情報が漏洩しないことを第一に考えて
 相当に防御的な配置で諜報をしています」

執事「そのままで結構」

諜報局精鋭「はっ」

553 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:42:47.05 ID:2wq60CIP

執事「しかし、ふむ」

諜報局精鋭「局長はいかが為されますか?」

執事「ここはわたしも潜入することにしますかね」

諜報局精鋭「大丈夫でしょうか」

執事「もちろん十分に注意はします。
 しかし、今までに巷間に流れた噂と会わせて
 会議は地上世界との戦争についてだと考えて
 ほぼ間違いがないでしょう。
 これについてはなんとしてでも確度の高い情報を
 入手するべきでしょうな。にょっほっほ。

   もし、必要であれば」

諜報局精鋭 ごくり

執事「“突然死”という二つ名の由来を指導せねばなりません」

諜報局精鋭「はっ、はいっ」

執事「にょっほっほっほ」

諜報局精鋭「ではっ、探索に戻ります」

執事「判りました。連絡は本部を使用してください」

諜報局精鋭「はっ」

561 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 17:21:46.06 ID:2wq60CIP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕

魔王「……」
勇者「どうした? どこからだったんだ?」

魔王「ふむ。鬼呼族の姫巫女からの親書だ」
勇者「どんな?」

魔王「停戦に同意する、と」
勇者「おお。……つっても、
 あそこは元から交戦派じゃないよな」

魔王「いや、この意味合いは小さくはない。
 “交戦したくはない”と“停戦をしたい”では
 その示すところが大きく異なる。
 鬼呼族は大勢力であるしな。
 先の乱世では 蒼魔族とは感情的なもつれがある仲だ。
 蒼魔族を説得、とはいわぬが、意志をかえさせるには
 鬼呼族の側面支援はありがたいだろう」

勇者「そうか。……機怪族はどうだ?」

メイド長「勇者様に運んで頂いた、鉱石、土壌サンプルなどを
 全て届けさせました。大きな興味を示されたようです」

魔王「そうでなくては、かなわぬ」
勇者「これでテコ入れになったかな?」

魔王「確実に効果はあろう。機怪族は発展のためにも、
 一族を増やすためにも希少鉱石と鉄が必要不可欠だ。
 この二つが、地上世界との交易により安定的に
 供給されるとあらば、一族の意志は根底から
 問い直されることとなろう」

勇者「良い方向だな」

563 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 17:22:49.08 ID:2wq60CIP

勇者「それにまぁ、荒療治だけど、
 獣人族の方も云われたとおりにしてきたぞ」

メイド長「いかがでした?」

勇者「メイド長の思惑どおり、矛は収めてくれたよ」
メイド長「そうでしたか。ふふふっ」

魔王「どういう事なんだ?」
勇者「いや、獣人族の女性蔑視が酷いって言ってたじゃないか」

魔王「ああ」

勇者「その辺いじって喧嘩をふっかけさせてさ。
 そのうえで十人抜きとかいって、その侮辱を撤回させてきた」

魔王「そんなこと出来るのか?」
勇者「おいおい、一応は勇者だぜ」

魔王「でも、余計に感情が悪化しなければいいが」

勇者「その辺は、メイド長の作戦でな」
メイド長「はい」

勇者「適当なところでこっちも譲って、
 相手を持ち上げていおいたんだ。成功したとは思うけれど」

メイド長「しばらくはぎくしゃくするかと思いますが
 悪い方に転がってはいないでしょう。殿方ですからね」

魔王「ふぅむ、やるな」
勇者「ちょっとつついただけさ」

564 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 17:23:54.49 ID:2wq60CIP

魔王「だが、こうなると。そろそろ頃合いか」
勇者「うん」

魔王「……迷うが」

勇者「でも、そろそろ時間的にも押してきているんじゃないか?
 なんとなくだけど、他氏族の長も苛々している印象を受ける」

メイド長「そうですねー。あまりにも長引きすぎると、
 温度は魔王様の指導力の問題も感じさせてしまいますね」

勇者「だけどまだ、蒼魔族は全然攻略できてないんだよな」

メイド長「ですね」

魔王「いや、一度押してみる時期か」

勇者「いくのか?」

魔王「ああ、この件で鬼呼族が当てに出来ると判った以上、
 他氏族の反応も含めて探るべきだろう。
 特に機怪族の意見について変化があったかどうかを知りたい。
 うまくいけば、蒼魔族の底意が開戦であったとしても
 全体の意見の圧力で雰囲気を一気に停戦に
 持っていけるかも知れない。

 そうなれば蒼魔族の1氏族だけでは、そこまで強固に
 交戦の主張も出来ぬであろうしな」

勇者「確かにそうなるか」

メイド長「では、明日にでも」

魔王「うむ、最初の激突といこう」

567 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:13:48.69 ID:2wq60CIP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕

ざわざわ……

魔王「さて、議論も出尽くした感がある。
 我ら魔界を支える偉大なる八大氏族。その氏族の長がたに
 今一度、この先の人間界との関係について意見を求めたい」

紋様の長「ふむ……」

蒼魔王「そんなものは決まっている。踏みつくし侵攻すべきだ」

銀虎公「おう! 人間何するものぞっ。
 そもそものところが、われらが緑なる大地に盗賊のように
 忍び込み、火を放って侵略を進めてきたのは人間ではないか!」

鬼呼族の姫巫女「しかし、勝ちが決まったとういう訳でもあるまい」

巨人伯「そうだ……。関わり合っても……。
 人間とは……被害、増える、だけ……」

碧鋼大将「地上世界の鉱物資源には気を引かれますがな」

蒼魔王「鉱物資源など、征服してしまえばいかようにでもなる!」

火竜大公「……これは勇ましい」

妖精女王「わたしは反対です。せっかく二つきりの世界。
 戦争は多くを踏みにじり、踏みにじられ、
 互いに疲弊する選択肢。
 ここは平和への道を模索するべきです」

銀虎公「ふんっ。腰抜けの妖精族がっ」

568 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:15:46.37 ID:2wq60CIP

魔王「銀虎公。忽鄰塔の場だ、無駄な挑発は慎んで頂こう」

銀虎公「ふんっ」

魔王「わたしはなにも、停戦して即座に人間世界と
 共存しようだなどとは考えてはいない。
 だがしかし、現在の地下世界と地上世界の戦力を考えると
 戦争をして勝てるとは言いきれぬ。
 いや、緒戦もしくは短期間であるならば、
 奇襲を中心に勝ちを収めることも出来ようが
 長期に渡る遠征は費用から見ても難しいだろう。

   そもそも勝ってどうする?
 人数では圧倒的に勝る人間の地を我ら魔族が支配して
 その支配を維持できるのかが疑問だ。

   当面の間、ゲートが破壊された“極”には十分の防衛軍を置き
 出入りに関してはな警戒を続ける。
 我ら地下世界にとって有利で有益な貿易であれば、
 制限しつつ続行をしても良いが人間となれ合う気はない。
 開門都市を取り返したとは言え、我らは侵略を受けた側なのだ。
 謝罪の必要は認めぬ。
 ただ現在の状況を見て、戦争を継続するのが合理的かどうかを
 判断して欲しい」

   勇者「上手い言い様だな。あれなら反感もかき立てない」
   メイド長「魔王様ですから」

紋様の長「我ら人魔族は、最初からの意見を変えるつもりはない。
 この件に関しては氏族の中でも議論も意見も割れている。
 よって立場としては中立、どちらにも与せぬ」

569 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:17:06.97 ID:2wq60CIP

蒼魔王「われら蒼魔の意見は統一されておる、
 このさい人間は滅ぶべきだ。彼らには彼らの罪の深さを
 炎の中で思い知らせるのが我らの道だと考える」

銀虎公「我が一族も同様。人間どもの狩り場を
 我ら魔族の物とすれば、遠征にかかる費用など容易く
 取り戻せよう。……ただし」

火竜大公「ただし?」

銀虎公「そのための準備期間として、しばらくの停戦が
 必要だというのであれば、その声に耳を傾けぬでもない」

蒼魔王「銀虎公っ。臆したかっ」

銀虎公「何を言うっ!」

鬼呼族の姫巫女「わが鬼呼族は戦争には反対だ。停戦を求める」

蒼魔王「っ!!」

鬼呼族の姫巫女「万事考え合わせるに、
 こたびの戦は我が方の受ける被害が
 甚大であろうという結論に達した。

   おのおのがたも覚えておいでだろうが、
 我らは一度は人間界の版図、極光島を占領したのだぞ。
 しかし、その極光島を維持することは出来なかったのだ。

   それはなぜか?
 われらが維持に必要なだけの兵力や物資を
 あの島に供給し続けられなかったのが大きな要因といえよう。

   確かに口惜しいことではあるが、現在の我らは
 仲間内で争うばかり。この戦争をやり遂げる実力に
 欠けるのではないかという疑念をぬぐえん」

570 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:18:48.21 ID:2wq60CIP

妖精女王「私ども妖精族も停戦には賛成です。
 もとより戦を望んだことは一度もありません。
 しかるべき使いを立てて、人間との交渉に当たらせるべきです」

巨人伯「俺たちは……戦争……しないで……すむなら……
 停戦に……合意……する……」

碧鋼大将「停戦するにしろ、地上世界の物資は我が氏族に
 とって必要だと判断する。
 よって停戦の場合の条件に何らかの交易取引、
 もしくは賠償としての物資要求をしていただきたい。
 ――そのような条件下で停戦に合意しましょう。
 かなえられない場合は、一戦を辞さないと我が氏族は考えます」

火竜大公「まぁ、このような流れになってしまっては
 仕方ありませぬなぁ。
 竜族としても停戦に合意いたしましょう。
 懸念であった開門都市もまた、
 人間族からは奪い返し魔王殿の直轄領となった。
 あの地が征服されたままでは絶対に合意することは
 ありませんでしたがな」 ぼうっ

魔王「ふむ、ではとりまとめると……
 条件はあれど、停戦に合意できるとする氏族が6。
 中立が人魔族一統、そして交戦すべしが蒼魔族……。
 このようになるな」

   勇者「思ったよりも良い流れだぞ」
   メイド長「ええ。獣人族が曲げてくれたのが大きいです」

蒼魔王「なんて軟弱な奴らなのだっ。おのおのがた!
 魔族の誇りはどうなされた! 我ら魔族が人間の風下に
 立ってなんとするっ!」

571 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:20:58.03 ID:2wq60CIP

妖精女王「しかし、停戦は魔王様の意志でもあります」

銀虎公「ふんっ。小癪だが魔王は、魔王だ」
巨人伯「そう……だ……」

鬼呼族の姫巫女「われらが魔族の大協定。
 魔王の言葉にはそれだけの重みがある。
 一考しなければなるまい?」

蒼魔王「っ! 敗北主義者どもが」

魔王「どうだろう? 蒼魔の勇士よ、ここは曲げてもらえぬか?」

紋様の長「あえて、というならば人魔の意見も停戦だ。
 なにもことさら人間と和議を結びたいわけではないが、
 ここで会議の結果が割れては、
 またしても魔界は乱世をむかえてしまうだろう。
 それだけは避けねばならぬ」

蒼魔王「――そんなにも」
銀虎公「?」

蒼魔王「そんなにも魔王の言葉が重いのか。
 では、各々がたに問おう。
 たしかに三十四代魔王“紅玉の瞳”の意志は停戦に有りとて
 しかしその魔王ご自身が決戦を決意されたならどうなさる!」

572 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:22:26.35 ID:2wq60CIP

巨人伯「……それは……しかたない」

碧鋼大将「魔王のご意志であれば、我ら鋼の民はくつわを並べて
 戦場にはせ参じ、人間らと一戦交えるのみ」

銀虎公「それこそが我ら獣牙の勇者の望みよっ。
 そのような雄々しい魔王の指揮の下、新たなる肥沃な世界に
 領土を求めることこそ、戦士の誉れっ」

妖精女王「しかし、戦はっ。戦争は互いの氏族を滅ぼす
 諸刃の剣っ。そのようなことでは氏族の命脈保てませぬっ」

蒼魔王「それこそ魔王の責務であろうっ。
 魔族を導き魔界に大いなる繁栄をもたらすことがっ。
 優れた魔王であるならば、
 妖精族から被害を出さずに勝利を手にすることも可能なはずだ。

 妖精族は魔王に信頼を置くことが出来ないというのか?
 それともなにか? 妖精族は我が氏族可愛さに
 魔界全ての繁栄を否定するというのかっ」

妖精女王「そのようなことはありませぬが……」

蒼魔王「我ら蒼魔の一族は、ここに
 三十四代魔王“紅玉の瞳”の廃位を要求するっ!!」

巨人伯「っ!」
火竜大公「なんじゃとっ!?」

鬼呼族の姫巫女「そのようなこと、許されると思うてかっ!」

573 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:23:34.25 ID:2wq60CIP

魔王「っ!?」

   勇者「なっ、なんだ!? そんなことあるのかっ!?」
   メイド長「判りませんっ。そんなことが出来るか
    どうかなんて考えたことさえありませんでしたっ」

妖精女王「馬鹿なことをっ! どのような権利を持って
 たかが一介の氏族長がそのようなことを要求するのですっ!」

蒼魔王「出来るのだ。『典範』にも明記されている。
 非常に希なことではあるが、第八代の治世に前例がある」

巨人伯「前例……」
火竜大公「うかつっ」

鬼呼族の姫巫女「前例とは?」

蒼魔王「『典範』によれば、“魔王を除いた忽鄰塔参加族長の
 半分の賛成を持って魔王を廃位出来る”となる。
 すなわち、4名だ。
 使われたことが一度しかない権利だが、前例は前例だ」

銀虎公「そのような前例が……」にやり

碧鋼大将「魔王殿はその在位の間一度も戦の経験がおありではない。
 このような魔界存亡の危機にその資質が問われると?」

蒼魔王「我ら蒼魔族はそのように考える」

銀虎公「そうだな。魔王たるもの相応の実力を持ってなきゃいかん」

碧鋼大将「……理に叶うのであればそれも道」

巨人伯「……魔王は……おおきな……ほうが……良い」

574 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:26:18.09 ID:2wq60CIP

   勇者「何だってんだこいつら」ぎりっ
   メイド長「落ち着いてくださいっ」

火竜大公「ふぅ……」
鬼呼族の姫巫女「魔王の廃位か。……して、新魔王は?」

蒼魔王「それは魔王が倒れた時と同じように、
 新しい星が魔王を選ぶだろう。
 候補者の中から魔王選定の武会を開催して決めればよい」

銀虎公「今度こそ、我が獣人から魔王を出すのだっ」

蒼魔王「これは頼もしいことですな。だがしかし、
 われら蒼魔族も忘れて貰っては困りますぞ。
 どちらにせよ、次代は雄々しい魔王をいただけるというわけだが」

巨人伯「我ら……巨人の子らに……栄光は……輝く……」

鬼呼族の姫巫女「……そのようなことを考えておったか」

魔王「……」

   メイド長「まおー様が、真っ青です……」
   勇者「魔王っ。どうにかならないのか」

   メイド長「まったく予定にないことですから……」

蒼魔王「では、決を採るとしましょう、各々がた」

火竜大公「いや、またれよ」

蒼魔王「は?」

575 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:28:46.55 ID:2wq60CIP

火竜大公「これはこれで、重大事。
 しばし協議の時間をいただきたい」

蒼魔王「何を話合う必要がある。
 この評決は全会一致を目指す訳でもない。
 己が信じるところの意思を表明すればそれで事足りるわ」

銀虎公「その通りだっ」

鬼呼族の姫巫女「いや、火竜大公の云うことももっとも。
 氏族への説明も無しに決めることは、出来ないこともあろう。
 それぞれがそれぞれの事情を抱えているのだ」

蒼魔王「ふんっ」

巨人伯「日没……来る……」

蒼魔王「良いでしょう。日没まで後二時間ほどだ。
 採決は日没に行いたい。
 そのために二時間を協議に当てると云うことで宜しかろうな」

火竜大公「……良かろう」
鬼呼族の姫巫女「心得た」

妖精女王「そんな……」

魔王「……では」

紋様の長「いや、これは魔王“紅玉の瞳”殿の進退を問う評決。
 魔王殿、あなたが発言することは重大な『典範』への
 挑戦となりましょう。二時間を、心安らかにお過ごしあれ。
 結果如何によっては、今宵、開戦の決が取れるやもしれませんぞ」

603 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 20:29:22.37 ID:2wq60CIP

魔王「やられたっ」どんっ

メイド長「まおー様……」

魔王「あんな手に出てくるとは、予想してなかった。
 こちらの読みが甘かった……。
 わたしも魔王の権威に頼っていたというのかっ」

勇者「……」

魔王「……すまぬ。良いところまで議論を
 追い詰めていたというのに。このままでは……」

勇者「いや、これは俺の責任だ」

メイド長「勇者様……?」

勇者「警告は受けていたんだ。――魔法使いから。
 『典範』を探して、調べろって。それを突き詰めなかった
 ――俺の責任だ」

メイド長「……」

魔王「いや、そうではない。
 結局は目先の停戦ばかりを追いかけて、魔族の中に信頼を
 育てることが出来なかったわたしの無為が招いた結果だ」

勇者「駄目なんて云うなよ」
メイド長「そうですよ、諦めるには早すぎます」

魔王「しかし、この二時間で打てる手がない。
 あそこまではっきりと釘を刺された以上、
 わたしが他の族長の説得をすると云うことは、
 保身以外の何者でも無かろう。
 残されるとすれば、採決の場にて魔王廃位に票を投じた長を」

604 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 20:31:12.87 ID:2wq60CIP

勇者「殺しちまう、ってやつか」

魔王「そうなる」
勇者「だが、この状況になっては意味がないな」

メイド長「そうですか?
 まおー様だって云ってたじゃありませんか。
 過去には言うことを聞かなかった
 長を消し炭にした魔王さえいるって。
 それこそ前例があります」

魔王「だが、しかしそれは1名だったのだ」

勇者「ああ。つまりは、全会一致のために、
 その1名を取り除く必要があったんだ。
 消し炭って云う過激な手段に目が行くけれど、
 結局魔王は他の7氏族の支持を受け代表して粛正したに等しい」

メイド長「……」

魔王「この状況で、たとえば4名の長がわたしの
 廃棄に票を入れたとする。
 その長を皆殺しにして決定を破棄させたとしても、
 “半数の氏族が魔王を支持していない”と云う事実は
 消えることがない」

メイド長「そんな……」

魔王「今までも支持をしていたわけではないだろうが、
 それでも魔王の名前が持つ権威に従ってくれていたのだ。
 蒼魔族は判っているのだろうか。
 わたしの廃位うんぬんではなく、
 ここで決定的な亀裂が起きてしまえば
 また魔族の内部分裂が始まる。
 乱世の再来を自分たちで招いていることに……」

勇者「……」

魔王「事は魔王が廃位する、と云うことより深刻なのに
 ただ見ているしかできないとは……」

607 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:06:12.56 ID:2wq60CIP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕

蒼魔王「さて、時間だ」

魔王「……」

   勇者「大丈夫だ。いざとなれば力尽くでも」
   メイド長「でもそれじゃ」
   勇者「魔王を護る。そうすればまだチャンスはあるはずだ」

紋様の長「日が沈むな……」

蒼魔王「さよう。緑の太陽がその輝きを衰えさせる」

銀虎公「評決と行こうではないか、皆の衆」

碧鋼大将「良かろう」

巨人伯「……わがっだ」

火竜大公「……」

蒼魔王「では、動議を提出させて貰ったわたしから行こう。
 われら魔族が戦を望もうと望むまいと、
 現に今は戦時下である。人間が何時攻め込んでくるやもしれぬ。
 そのような時に、怯懦な魔王を頂くとは
 氏族の民に対する裏切りにも等しい。
 わが蒼魔は、現魔王の廃位に票を投じる」

609 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:08:21.73 ID:2wq60CIP

妖精女王「妖精族は現魔王の今までの業績を評価します。
 魔族同士の争いを止め、紙や土木技術などの面で
 魔界の文化に貢献なされました」

銀虎公「文化? ふんっ」

妖精女王「我らは小さきもの、かそけきもの。
 月光と森羅に住む妖精族は現魔王を支持します」

魔王「……」

銀虎公「わが獣人族にとって力が全て。力あるものに従い
 戦においては武功を立てて、平時にあっては力を蓄える。
 現魔王は1回の親征も行ってない故にその実力は未知数。
 わが獣人族は伝統に従い、力計れぬものに信頼は置けぬ。
 獣人族は、現魔王の廃位を求める」

鬼呼族の姫巫女「我らが戦に対する求めは
 先に話したとおりの現状維持。魔王を変えてなんとする。
 次に選ばれる魔王が、戦に狂った狂人でない保証はなく
 現魔王よりも力に溢れているという保証もない。

   我らは常に何時の世代であれ、
 配られた札での勝負を余儀されなくされてきた。
 それがこの世界の不文律。
 限られた選択肢の中で知恵をしぼる尊さを理解する故に、
 我ら鬼呼の民は現魔王を支持する」

碧鋼大将「地上に溢れる宝はやはり我が氏族に不可欠。
 その素晴らしさを教えてくれた現魔王には感謝するが
 やはり我らと人間はわかりあえぬ。
 魔族の中ですらその異形ゆえ、
 長い間権利も認められず機械人形の類として虐げられてきた我らは
 人間との交わりの中で、
 一度得た我らが権利が失われることをこそ恐れる。
 やはり人間と共には暮らせぬ。
 ――我らは、現魔王の退位を望む」

610 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:09:47.40 ID:2wq60CIP

紋様の長「我らが人魔一統は、この件に関しても中立を
 貫かせて頂く。つまり、棄権だ」

蒼魔王「ふんっ。その優柔不断がそのうち手ひどい
 火傷になって自らを焼かないように気をつけることですな」

巨人伯「……魔王は……ちいさ、すぎる……。
 俺たちは……小さいひとより……おおきな、ひとが、良い……
 ……いくさは。なくてもいい……が……
 魔王は……変わるなら……変わった、ほうが……
 良い……」

魔王「……っ」

   勇者「よっつだ……」
   メイド長「駄目――なのですか……」

銀虎公「魔王は廃位。これで次代の魔王が生まれるのだっ!」

碧鋼大将「新魔王、か」

蒼魔王「早速ふれを出さなければ。しかし、在位20年。
 長くはないが、けして短くはない。
 しかも、存命のまま魔王の座を降りることが出来るなど
 ある意味限りなく幸運なことと云えましょうな」

火竜大公「黙れ」

蒼魔王「は? なにを云っているのですか? 老公。
 もはや結果は出たのです。今さら何をかばう必要があります」

火竜大公「黙れ、と云ったのじゃ」 ごうっ!

619 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:24:51.07 ID:2wq60CIP

鬼呼族の姫巫女「……」

蒼魔王「では黙りましょう。ご老公。何か仰りたいことでも?」

火竜大公「我がまだ票を入れていない」

銀虎公「何を言っている、もう結果は出たのだ!」

蒼魔王「さよう。ご老公が現魔王を支持したとしても、
 結果は変わりませぬ。何を言い出すのです」

火竜大公「そのようなことを云っているのではない。
 我はこれでももっとも古くから魔界の氏族として
 成り立ってきた竜の一族、そのとりまとめたる火竜大公ぞ。
 何故その言葉を聞かれることもなく
 かような重大な決議を下されねばならぬっ!」

銀虎公「だから結果は変わらないと……」

火竜大公「黙らっしゃい!!
 我が一族を軽んじるのではない! そのように云っているっ!!」

鬼呼族の姫巫女「それは、もっともな仰りようではあるな」

紋様の長「確かに」

蒼魔王「ふむ。一理あるようだな。
 是非ご老公の判断も伺いたい。
 たとえその意見が結果にいささかも影響を
 与えられないとしても、ですがな」

620 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:25:55.06 ID:2wq60CIP

銀虎公「早く言って欲しいな、こちらは年寄りではないのだ」

火竜大公「……」

妖精女王「火竜大公、最後の意見を」

魔王「……」

紋様の長「ご老公、票を投じ為されませ」

火竜大公「……」

蒼魔王「ええい、何を押し黙っているのだ!
 みずから軽んじるな、発言を重んじろと云っておきながら
 沈黙を通すとは、いかなる了見か。応えて頂こうっ」

銀虎公「そうだ、ご老公。その態度はわれら八大氏族と
 忽鄰塔を愚弄することに他ならぬぞっ」

バサッ

東の砦将「遅れましたかい?」
副官 ぺこり

魔王「え?」
勇者「砦将……? なんで」

624 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:27:22.12 ID:2wq60CIP

火竜大公「では、我が竜の一族から申しあげよう。
 我が竜の一族は、ここに改めて、新しい氏族を紹介したい」

蒼魔王「なっ、何を言い出す! この危急の時にっ!」ダンッ
銀虎公「氏族だと!? 聞いたこともないっ!」

鬼呼族の姫巫女「説明して頂けるか? ご老公」

火竜大公「もちろんだ。
 だがひとまずは彼の者の口上を聞くのが宜しかろう」

東の砦将「あー。俺、じゃねぇや。
 えーっと。それがしは東の砦将と申す者。
 ここに忽鄰塔本会議すなわち大氏族会議への
 参加を求めてやってきた」

魔王「参加……?」

蒼魔王「何を言う! 忽鄰塔本会議は魔族のなかでも
 もっとも実力ある八大氏族と魔王が意志決定をする
 魔界の最高機関。
 貴様のような木っ端魔族が参加するような所ではないわっ!」

東の砦将「そいつぁどうも。俺は魔族でもない人間なもんで」

蒼魔王 がたっ!
銀虎公「人間だとっ!?」

巨人伯「に、人間……!」

蒼魔王「どういうつもりだ、火竜大公っ!!」

火竜大公「どういうつもりもこう言うつもりもない。
 そもそも魔族とはなんぞ? この地下世界、魔界へ住む
 ものの総称であろうがよ。この者は魔界に住んでいる。
 故に魔族だ。人間でもあるのだろうがな」

627 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:28:35.56 ID:2wq60CIP

銀虎公「そんな説明が納得できるかっ!」

火竜大公「『典範』のどこにも、人間を魔族と認めぬとは
 書いていないではないか」

鬼呼族の姫巫女「あははははは!!!」

紋様の長「その人間がこの会議に何用なのだっ!」

東の砦将「ええ、それをこれからご説明しますよ。
 俺、あー。それがしは、族長として」

蒼魔王「人間の次は族長だとっ!?」

東の砦将「そうですな。
 それがしは衛門族の族長として、氏族四万八千を背負い、
 この忽鄰塔大会議への参加を要求します」

銀虎公「……」
碧鋼大将「な、なんだ、それは……」
妖精女王「四万八千……?」

火竜大公「さよう。この忽鄰塔大会議は魔王と魔族の中の
 有力部族の長による会議。
 別に八大氏族などと決まっていたわけではない。
 思い出すが良かろう?
 そもそも機怪族が参入したのは、たかだか6代前ではないか」

碧鋼大将「我らはその権利を勝ち取った」
巨人伯「あれは……戦争の……結果……」

火竜大公「何も戦は必須ではない。4万を超える氏族と
 すでに会議に参加している二氏族の長からの推挙があれば
 それでよい」

635 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:30:35.71 ID:2wq60CIP

妖精女王「4万……?」

紋様の長「ばかな、それでは中小の氏族でさえ、
 大会議に参加できることになる」

蒼魔王「そうだ、そのような民の数で何故有力を名乗れる!」

火竜大公「そんなことは、わしのあずかり知ったことではないわ!
 前例があり、『典範』に記述がある。それだけよ」

副官「私から説明させて頂きます。
 えー。
 おそらくは前例の作られた時代による要因が
 大きいのではないでしょうか?
 つまり当時であれば、おそらく4万は十分な
 大氏族であったのかと考えます」

紋様の長「時代……だと……」

火竜大公「しかし、前例は前例だ。前例は絶対なのであろう?」

銀虎公「だ、だれが推挙するというのだっ!
 人間の治める氏族などっ!!」

東の砦将「頼むよ、爺さま」

火竜大公「我が後見に立とう。後1名は、そうじゃな……」

鬼呼族の姫巫女「あはははははっ! これは愉快、痛快じゃ。
 よかろう。わたしが立とう。妖精女王でも引き受けては
 くれようが、わたしもこの人間の言い様が気に入った」

644 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:33:49.52 ID:2wq60CIP

副官「こちらが氏族四万八千の連名書。
 および氏族の本拠地たる開門都市自治政府の信任状。
 ただいま後見を頂きました両氏族の長の言葉を持ちまして
 全ての条件を整えましてございます」

蒼魔王「我らの声はどうなるっ」

火竜大公「この前例は評決さえ必要とはせぬよ。
 手続きが終わった今よりこの男は衛門族の族長。
 この会議に参加し、発言する権利を完全に備えた参加者じゃ」

鬼呼族の姫巫女「はははっ! して、どうする」

魔王「っ!」
蒼魔王「……まっ、まさか」

東の砦将「問うまでも無きこと。我が衛門族が望むは平和と繁栄っ。
 すでに我が都市には多数の人間が暮らし、
 魔族と手を携えてやっておりますよ。

 もちろん面倒揉めごとはありやすがね。
 それでも何とかやっていけるもんでさぁ。
 俺たちゃべつにガキじゃねぇんだ。
 腹立ち紛れに殴り合うこともあれば、
 同じ釜の飯を食って肩をたたき合うこともある。

   人魔族、獣人族、妖精族に、竜族、蒼魔族、
 数は少ないが巨人族さんや機怪族、鬼呼族さんだって
 いらっしゃるんだ。
 ルールは一つだ。仲良くやって豊かになれ。

   俺たち……あー、なんだ面倒だな。
 それがしと衛門族は、現魔王を支持しますってことで」

火竜大公「さて。おぬし。半数は取れなんだようじゃの」

653 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:49:03.77 ID:2wq60CIP

勇者「砦将っ! 砦将っ! ば、馬鹿やろうっ!
 知らなかったぞ、俺はっ!!」

東の砦将「すまねぇな、勇……黒騎士さんよぅ。
 俺たちだって馬を何頭もつぶしてさっきついたばっかりなんだ。
 どうもその、二時間か? その間についちまったらしくて
 どうやっても魔王の天幕には近づけなくてな」

魔王「これだけのことを……。
 わたしはその恩に応えるほどの事もしていないだろうに。
 あの都市に砦将殿が残された遠因はわたしにもあるのに」

東の砦将「いいってことさ。あの馬鹿な司令官の
 煤払いをしてくれたんだって思えば有り難いくらいで。
 って、魔王さまだったな。
 えー、ありがたく思っているんです」

魔王「ふふふっ。普段どおりで良いのだ」

東の砦将「ほう。なんだよ、笑うじゃねぇか」
副官「ま、その辺は後ででも」

火竜大公「そうだの。卿の会議はこれ以上進むまい?」

鬼呼族の姫巫女「宜しかろうな、皆様方」

銀虎公「ちっ! 切り上げだ! 帰るぞっ!」

蒼魔王「不愉快だ。失礼するっ」ガタッ

紋様の長「あれが開門都市の……」がたり

654 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:50:40.53 ID:2wq60CIP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕前

魔王「そうか、それで馬を飛ばして……」
勇者「魔法使いが『典範』を届けてくれていたのか」

副官「そうなんですよ。でも、解読するのに時間が掛かって。
 それで、もしかして何か役に立てるかもと思って信任状を
 とったり慌ただしかったものです」

魔王「手間をかけたな。深く礼を言う」
勇者「魔王がこんなに感謝するのも珍しいぞ」

魔王「何を言う、わたしは恩知らずではないぞ!」

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

勇者「まぁ、ともかく天幕で一息つこう」
東の砦将「喉もからからだし腹も減ったよ」
副官「そうですねぇ」

メイド長「とびっきりのお茶を入れますわ。
 ねぇ、魔王様。お祝いですから、紅葉色の深煎り茶でも」くるんっ

ヒュン! ヒュンヒュンヒュン!!

魔王「え」 トスっ

勇者「狙撃っ!? どこだっ!?」
東の砦将「弓矢かっ、伏せろッ!!」

副官「なんて威力だっ」

メイド長「魔王様っ!? 魔王様っっ!!!」

魔王「あ。……ん。……ゆう、しゃ」
勇者「魔王っ!!!!!」

755 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:21:22.12 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕

バサッ!!

火竜大公「魔王殿が倒れたというのは真実かっ!」

東の砦将「……」
鬼呼族の姫巫女「そうだ」

火竜大公「何が起きたというのだ。説明せんかっ!」

副官「あの会議の後、わたし達は魔王様の天幕へと
 短い距離を談笑しながら移動していました……。
 何者かが、無防備な魔王様を弓矢による狙撃で……」

火竜大公「魔王殿は、魔王殿は無事なのであろうなっ」

紋様の長「今は遅延の紋様を施した奥の部屋にて」

火竜大公「遅延……とは?」
紋様の長「毒をお受けです。その効果をゆるめるために」

東の砦将「弓矢は、肺を貫いた。どうあっても相当な重傷だ。
 いや、本来即死でもおかしくはねぇ。
 それを黒騎士が尽きっきりで食い止めようとしている」

副官「……」

紋様の長「紋様の唱え師と鬼呼族の癒し手に
 祈呪をさせてはいますが、あまりにも傷が深すぎ
 毒性も強すぎる……」

756 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:22:48.45 ID:0Bi87sEP

鬼呼族の姫巫女「なにゆえ……」

火竜大公「どこの誰がやったのだっ。
 このような時に、このような場所で。
 かつて忽鄰塔において魔王が討たれたことなど一度たりとて無いっ」

東の砦将「……っ」

鬼呼族の姫巫女「このようなやり方で魔王を討ってなんとする。
 そのような卑劣なやり口、
 我らが魔族において受け入れられると思うているのか。
 ――痴れ者がっ。
 卑劣な暗殺などで意を通そうとしても八大、
 いや九大氏族ことごとく背くことがなぜ判らぬ」

紋様の長「人間、ですか……」

副官「何を仰るんですっ!?」

紋様の長「このような方法で魔王を討ったとしても
 それは汚名になりこそすれ、武名とはなりません。
 魔族においてそれは判りきったこと。
 我ら族長を動かすことなど……。
 であれば、魔王を討つための人間の刺客を疑うのは必然」

火竜大公「……いや、さように考える我らたればこそ。
 ことさらに魔族かも知れぬ。
 討っ手が露見さえせねば汚名もまたかぶる必要がない。
 “障害が取り除かれた”。
 その一事を持ってよしと考える輩かも知れぬ」

鬼呼族の姫巫女「今は祈るしかないのか……」

757 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:24:04.91 ID:0Bi87sEP

ぱさり……

勇者「……」
火竜大公「黒騎士殿っ」
鬼呼族の姫巫女「魔王殿の様態はどうなのだ!?」

勇者「……一両日が峠だ」

東の砦将「っ!」

鬼呼族の姫巫女「何かいりようなものはないか?
 氷か? 薬草か? いま本拠に最高の癒し手を
 呼びに行かせておる」

勇者「……いや、お二方には世話になった。
 望める限りの援助の手をさしのべて貰って、感謝の言葉もない。
 いまはメイド長がついているが……。
 奥には入らないでくれ。
 ――壊死が、ひどい」

副官「そんな……」

勇者「……魔王が倒れたら、次の魔王の選出はどうなる?」

火竜大公「今はそれどころでは」

勇者「教えてくれ」

紋様の長「……星が魔王の候補者を選びます。
 候補者は身体のどこかに刻印が現われる。
 刻印がくっきりと大きいほどに魔王になる素質が高いと
 一般には言われています。
 事実、歴代の魔王は濃い刻印を持っている」

758 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:25:40.85 ID:0Bi87sEP

鬼呼族の姫巫女「刻印を持つ者は多くの場合複数現われる。
 と云っても、二人から三人だが。
 現魔王が即位した時は、例外的に刻印を持つ者が多かった。
 あのときは確か……」

紋様の長「六人でした」

鬼呼族の姫巫女「刻印を持つ者が一人であれば、その者が魔王だ。
 複数であれば、魔王を決めるための継承候補者戦を行う。
 魔王本人、もしくは従者を代理に立てての勝ち抜き試合だ。
 この勝者を持って魔王とする」

勇者「……そうか」

ざっざっざっ

火竜大公「どこへ行く、黒騎士殿っ」
東の砦将「おいっ!」

勇者「魔王の意に沿いに行く」

火竜大公「何を!? どこへじゃ」

勇者「……戦いを止めるには時を移す訳にはいかない。
 魔王の命を燃やす時は黄金の一粒より貴重だ」

副官「そんな……」

鬼呼族の姫巫女「黒騎士殿」
紋様の長 ざっ

鬼呼族の姫巫女「鬼呼族の長としてわたしはここに留まろう。
 結果をうけあえぬは断腸の想いなれど癒しの祈り手と共に
 最善を尽くしましょう」

勇者「感謝する」

ばさっ!

759 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:26:33.82 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、天幕の街

ひゅん、しゅばっ!
 たったったったっ、たったったったっ。

勇者「夢魔鶫っ」
夢魔鶫「御身の側に」

勇者「足跡は?」
夢魔鶫「申し訳ありません、たどれませんでした」

勇者「位置の把握は出来たか」
夢魔鶫「北東の丘の一つです」

勇者「案内しろっ。“加速呪”っ」

ひゅん、しゅばっ!

――。 ――――。

夢魔鶫「こちらです」
勇者「……ここから狙撃したのか」

妖精女王「黒騎士様」

勇者「こちらにいたのか」

妖精女王「はい。妖精族は氏族をもって都市を封鎖しています。
 もっともわたしたちの戦力では、封鎖と云うよりも
 監視に過ぎませんが……」

勇者「それで良い」

760 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:27:26.96 ID:0Bi87sEP

妖精女王「魔王様は……?」
勇者「危険だ」

妖精女王「……」

勇者「そのまま監視を続けてくれ。変事があれば報告を頼む」

夢魔鶫「主上」
勇者「どうした?」

夢魔鶫「逃走経路を探索した結果、複数の形跡を発見。
 おそらく犯人は、数人から十人程度の組織で行動中です。
 互いに移動の痕跡を消しあいながら移動している様子」

妖精女王「集団なのですね」

勇者「そいつには聞きたいことがある、色々とな」
妖精女王「はい」

夢魔鶫「主上、おかしな痕跡を発見しました」
勇者「……なんだ」

妖精女王「何もないではありませんか」
勇者「これは……戦闘か?」

夢魔鶫「判りません」
妖精女王「妖精族の魔力でも、何かあったかどうか
 かろうじて感じることが出来る程度ですが……」

勇者「“影の中の一矢”。……爺さんか」

770 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:08:29.97 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、天幕の街外縁

羽妖精「イタ?」
羽妖精「イナイー」

羽妖精「ミタ?」
羽妖精「ミナイー」

羽妖精「デモ」

羽妖精「デモ」

羽妖精「ナンカ、キタ」
羽妖精「兵隊ダヨ、兵隊ガイルヨ」

羽妖精「息ヲ潜メテイルヨ」
羽妖精「隠レテイルヨ」

羽妖精「ゴ注進ダ-!」
羽妖精「女王様ニゴ注進ダ-!」

羽妖精「黒騎士様ト魔王様ガ危ナイヨ」
羽妖精「危険ダヨー!」

羽妖精「ゴ注進ダ-!」
羽妖精「女王様ニゴ注進ダ-!」

羽妖精「谷間ニハ兵隊ガ潜ンデイルンダッテ!」

771 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:10:26.07 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、蒼魔族の天幕

蒼魔王「黒旗がたなびいたか」

蒼魔武官「どうやら魔王の命脈は尽きたようですな」

蒼魔王「ふっ。あのような惰弱な魔王、
 どうあってもその命の炎は揺らめいていたのだ。
 我らが提案に乗り引退しておれば命ながらえたものを。
 しょせん、女に戦は出来ぬ」

蒼魔武官「真にその通りで」

ざっざっざっ

蒼魔上級将軍「王よ」ざっ

蒼魔王「おお。上級将軍、よくぞまいったな。
 魔王は死んだぞ。……どこの誰だかは判らんが
 まったく見事なタイミングの事件よな」
蒼魔武官「将軍、お早いおつきで」

蒼魔王「して、王子は?」

刻印の蒼魔王子「父上。僕も一緒ですよ」

蒼魔王「おお! 健勝であったか?
 我が息子にして世継ぎの皇子よ!」

刻印の蒼魔王子「はははっ。おかげさまでね」

蒼魔上級将軍「刻印の確認、済ませてございます」

蒼魔王「していかに?」
刻印の蒼魔王子「ふっ。この両目こそがその証」キィンッ

772 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:11:56.60 ID:0Bi87sEP

蒼魔上級将軍「二つの瞳に表れた刻印、これこそ魔王の証。
 しかもその強さたるや、歴代屈指かと」

紋章官「……蒼魔王子に称えあれ。ひゅっ」

蒼魔王「慶事である。わが治世もここに完結を見たか。
 刻印の王子を得た年に、魔王が死ぬ。
 これも魔界の神が蒼魔の一族を嘉したもうあかし!」

刻印の蒼魔王子「何時までも王子じゃ格好もつかないさ」

蒼魔王「……どういうことだ?」

刻印の蒼魔王子「将軍、頼むよ」
蒼魔上級将軍「はっ。御身がために」

紋章官「……」ニタニタ

蒼魔王「なっ! なにをっ!?」

蒼魔上級将軍「相馬族の繁栄のため、心安んじられよ、陛下」

蒼魔王「なっ! な、なっ! 貴様ぁっ!?」

ザッシュ!!
 ――ゴトン。

刻印の蒼魔王子「ふん」
蒼魔上級将軍「終わりましたな。刻印王よ」

刻印の蒼魔王子「刻印王か……。
 悪くはないが、別の称号が待っている」

蒼魔上級将軍「さようでございます、我が主よ」

刻印の蒼魔王子「魔王はこの僕が継ごう。
 ふっふっふっふ。はぁーっはっはっはっはっは!!」

776 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:30:45.41 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕

蒼魔上級将軍「さて、お集まり頂いたのは他でもない。
 不幸な事件により魔王殿が身罷られたのは
 我らにとって大きな傷手。
 この窮地を脱するために、
 氏族の長の知恵を借りねばならぬかと思い、お招きした次第」

碧鋼大将「……」ぎろっ

火竜大公「お前は誰だ。それに蒼魔王はどこにいるのだ」

蒼魔上級将軍「これは失礼をした、
 わたしは蒼魔一族の兵を束ねる上級将軍。
 蒼魔一族はこのほど新しい族長を迎えた。
 今回のお招きは、新しい族長の紹介もかねていると
 思っていただければ、これ幸い」

鬼呼族の姫巫女「新しい、族長じゃと?」

蒼魔の刻印王「この僕だ。蒼魔王の世継ぎの長子に当たる。
 蒼魔王は昨晩、急な発作で世を去った。
 僕は父からの後継指名を受けて王として学ぶべきを
 学んできた身だ。この継承は蒼魔一族の支持も受けている。
 ――以後、お見知りおき願おう」

銀虎公「……そうかい。血の匂いがしねぇでもないが」
巨人伯「一族の……きめごと……」

火竜大公「ふっ、そうだな」

鬼呼族の姫巫女「氏族の内側には干渉しないのが我らが習い。
 それが蒼魔族の下した決断ならばしかたなかろう」

777 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:32:01.62 ID:0Bi87sEP

紋様の長「だが“魔王亡き後の”とは?」

蒼魔の刻印王「魔王殿が身罷られたことは
 諸卿らもご存じのことと思うが、その後の対応策についてだ」

銀虎公「対応策も何も……」

鬼呼族の姫巫女「次期魔王決定については
 星回りが決めることであろう」

蒼魔の刻印王「しかし、その時期が問題だ。
 わが蒼魔族がかねてから再三主張してきたように、
 今われらが魔界は人間界との戦時下にある。
 停戦とも交戦とも結論が出ぬままに
 魔王だけがこの世を去った。
 次期魔王を得ぬままに時を浪費しては、
 これは魔界の存亡に関わる」

勇者「……」

紋様の長「そう言われれば、そうではありますね」
碧鋼大将「では、どうせよと若長はいうのだ?」

火竜大公「魔王不在で忽鄰塔を続行すると?」

蒼魔の刻印王「それが必要であれば」

銀虎公「この九名で物事を決しようというのかい」

蒼魔の刻印王「ひとつ諸卿に報告すべき事がある。
 それは僕のこの両目に、刻印があると云うことだ」

778 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:33:41.64 ID:0Bi87sEP

碧鋼大将「両目……に!?」
鬼呼族の姫巫女「まさか……」

妖精女王「かつて“魔眼”と恐れられた魔王でさえ、
 刻印は右目のみだったと云うのに」

東の砦長「どういうこったい?」

蒼魔の刻印王「そうだ。僕はほぼ確実に、次の魔王だ。
 いや、現魔王が死んでいる今、
 ほぼ魔王であると云ってもおかしくはない。
 蒼魔族が確認している限り、現時点で他の候補者は、
 存在しない」

銀虎公「そうなのか!?」
碧鋼大将「そのようなことが……」

勇者「……っ」

紋様の長「考えてみれば、先代の六人は多い候補者でした」

蒼魔の刻印王「ふふふふっ。
 そのような影響が、今代で出たのかも知れないな」

巨人伯「魔王……決まった……か……」

火竜大公(蒼魔族め……。何が魔族のためだ。
 魔王廃位とはこのような心算あっての。
 ……いわば保証付きの要求だったか)

鬼呼族の姫巫女「だが、しかし現在は候補者だ」
妖精女王「ええ、そうです。けして魔王ではない」

779 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:35:30.99 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「それは判っている。僕とて若輩の身。
 諸卿らに支持して頂くまでは、
 努々、魔王であるなどとは思い上がるまい」

碧鋼大将「ふむ」

巨人伯「では……どうしたい……」

蒼魔の刻印王「蒼魔族の長として、魔王の候補者として、
 諸卿らに云いたいのは以下のようなことだ。
 まず第一に今は非常事態であり、
 魔王の空位は望ましくはないと云うこと」

銀虎公「それはそうだろうな」

蒼魔の刻印王「第二に前魔王の葬儀を行うべきだと云うこと。
 と、同時に魔王殺害の犯人も探させなくてはならぬ。
 この責任者を決める必要があるであろう」

火竜大公「ふむ、もっともな話ではあるな」

蒼魔の刻印王「蒼魔族としては、この暗殺事件の犯人は
 人間だと考える」

東の砦長「憶測だっ!」だんっ!

蒼魔の刻印王「もちろん現時点では何の証拠もない。
 魔族が犯人である可能性も十分に考慮に入れつつ
 犯人を捜さねばならないだろう。
 だが少なくとも、これは魔族の内部分裂を誘う卑劣な
 やり口であることには違いない。
 この犯人は厳しく追跡し、捕らえなければならぬ」

碧鋼大将「人間か……」
銀虎公「奴らのやりそうな事だ。はんっ!」

780 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:37:35.10 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「第三に、僕はいつまで待てばよいのか?
 と云うことだ。第一にも云ったように今は時間が惜しい。
 確かに星によって刻印が押される者が今後出るかも
 知れないが、継承候補者戦の時期を決めるのは
 八大氏族、いまや九大氏族となったか。
 その族長の持ち回りであったはず。
 その決定をお願いしたい」

鬼呼族の姫巫女「次は、どの氏族が主催を行う予定だったか?」

妖精女王「先代はわたし達でした」

紋様の長「で、あるなら、我ら人魔か」

蒼魔の刻印王「どうか決定を下して頂きたい」

碧鋼大将「……」
火竜大公「……ぐぐっ」

鬼呼族の姫巫女「如何にする?」

紋様の長「……」

蒼魔上級将軍「紋様の長。ご裁可を」

紋様の長「……今は危急の時であると。
 その言葉はわかります。
 またいたずらに長引かせれば魔族全体の和が乱れるでしょうね。
 わたし達には今すぐにでも新しい魔王が必要です。

   どれだけの時が必要か。
 これは難しい問題ですが……。
 時をおく危険の方が大きいでしょう。

   明朝。――明朝をもって継承候補者戦を行います。
 その時までに刻印を持つ継承候補者が他に名乗り出ない場合、
 魔王として、蒼魔の新王を頂くことになります」

781 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:39:05.22 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「……黒騎士殿」

勇者「……何用か?」

蒼魔の刻印王「御身は魔王の片腕。
 その身体をつつむ漆黒の鎧兜は、
 かつて剣の魔王と呼ばれた覇王を包んでいたもの」

勇者「……」
東の砦長「黒騎士……」

蒼魔の刻印王「魔王殿が身罷られたことには
 深い哀悼の念を覚えるが、御身はわれらが魔界最強の騎士。
 悪逆なる人間の侵攻に立ちはだかる最後の砦。
 なにとぞご自愛くださり、
 我と共にこの魔界の柱石となることを願う」

蒼魔上級将軍「我が君と当代無双の誉れ高い黒騎士殿!
 これで魔族の軍は世に並び立つことのない
 最強のものとなりましょうなっ!
 ふはーっはっはっはっは」

巨人伯「……」
火竜大公「はしゃぐな、若造が」

蒼魔の刻印王「これは我が族のものが失礼をいたしました。
 申し訳ございませぬ、ご老公どの……」

火竜大公「ふんっ」ばふっ

鬼呼族の姫巫女「このままでは……。また戦火が」
妖精女王「戦になってしまうのですか……」

810 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 14:56:48.06 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、天幕で作られた街
――明朝。

銀虎公「日が昇るな」
巨人伯「朝……だ……」

火竜大公「ふんっ」

妖精女王「誰も、来ませんね」
鬼呼族の姫巫女「この期間では難しいだろう」
蒼魔の刻印王「……」

  東の砦将「黒騎士、そんなもの。脱いじまえ」
  副官「そうですよ」

  勇者「こんなもんでも、魔王に貰ったもんでな」

蒼魔上級将軍「今朝の太陽も、碧の美しい輝きだな」
銀虎公「誕生の朝か」

碧鋼大将「……刻限だ」

紋様の長「良いでしょう。仕方ありませぬ。
 蒼魔の新王よ、前に。」

蒼魔の刻印王 ざっ

811 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 14:58:00.13 ID:0Bi87sEP

東の砦将「……」ぎりっ

紋様の長「我、紋様の長は忽鄰塔九大氏族の族長として
 そなたを最終候補者としてみとめる。

 正式に魔王と名乗るは、魔王城、最下層、冥府殿にて
 潔斎の四日を過ごしてからとなろうが、
 そなたはこれより魔王として生きる覚悟有りや?」

蒼魔の刻印王「無論」

紋様の長「魔王の継承者として、その力を引き継ぐや?」
蒼魔の刻印王「謹んで」

紋様の長「では、魔王の略王冠を……」

蒼魔の刻印王「しばらく。紋様の長よ」
紋様の長「なにか?」

蒼魔の刻印王「これより我が右腕として、
 この魔界全てを統べることのなる黒騎士に、
 是非その栄誉をおわけ願いたい」

紋様の長「よかろう。では黒騎士よ」

勇者「……」

紋様の長「黒騎士よ、一歩前に進み、
 この略王冠を新生魔王の額に乗せるよう」

813 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:04:43.13 ID:0Bi87sEP

東の砦将「黒騎士……」
副官「黒騎士様……」

妖精女王「黒騎士様……」じぃっ

勇者「……」ざっ

蒼魔の刻印王「我が片腕よ。長征の将軍よ。
 魔界最高の騎士にして常勝無敗の黒き死の使いよ。
 我が代の片腕としてそなたを迎えることを嬉しく思う。
 そのことだけでも先代には感謝の気持ちを抑えられぬな。

   この魔界に繁栄をもたらすために、その剣を
 魔王に捧げ、魔王の命により為すべきを為せ」

勇者「御命了承つかまつった。
 我が神聖なる所有の契約により
 我が身命は永世に魔王のもの。
 我が剣は魔王の敵を貫くものなり」

蒼魔の刻印王「……所有?」

東の砦将「黒騎士っ!!」

蒼魔上級将軍「新生魔王に祝福あれ!!」

 うわぁぁぁ!! ばんざい! 魔王ばんざーい!!

蒼魔の将校「魔王ばんざい!!」
蒼魔の侍従「新魔王、蒼魔の魔王万歳っ!!」
紋章官「ヘヒヒッ。ふしゅ。ばんざい! ばんざい!」

――黒点は伊達ではないのですぞ。

ヒュ………………ッ!!!!

シュカッ!

814 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:06:12.33 ID:0Bi87sEP

紋章官/暗殺者「ふしゅーへっひっは……。ごぶっ。
 く、くるじ……脚が、脚がぁ……。ふしゅっ、ふしゅぅ」

執事「静かにわめきなさい。みっともない」

ザシュ!

紋章官/暗殺者「ひげっ! ひぎぃぃ!! ふしゅるしゅる。
 な、なにを、なにをする、じ、爺ぃいしゅ」

蒼魔の刻印王「何者だっ!」
蒼魔上級将軍「我らが家臣に何の狼藉を働くっ!!」

執事「だまらっしゃい!
 儀礼の最中に取り乱すなど王族ともあろう者がはしたない
 若でさえもうちょっとお上品でしたぞ」

東の砦将「あ、あ……あの方は。昔戦場で見たことがあるっ」

勇者「爺さん、遅いぞ。遅すぎだぞ」

執事「にょっほっほっほ。お待たせして申し訳ありません」

火竜大公「何が起きているのだ」

執事「にょっほっほ。これを持っていると確信できる、
 そのチャンスを伺っていたのですよ。
 ほれ……。こいつの懐に」

ごそごそっ

紋章官/暗殺者「それはっ! へぶしゅるしゅるっ!
 その瓶はやめろぉ!!」

815 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:07:14.87 ID:0Bi87sEP

銀虎公「瓶……!?」

執事「壊死の毒ですよ。
 ……この毒のせいで、追っ手に差し向けた
 わたしの可愛い部下が五人もやられてしまった。
 恐ろしい毒です。
 既知の解毒方法では効果も望めない」

碧鋼大将「毒……まさか……」
巨人伯「暗殺……?」

蒼魔上級将軍「~っ!!」

東の砦将「おう。なんで、魔王を殺したのと同じ毒使いが
 蒼魔の陣中にいるってんだ? え?」

紋章官/暗殺者「離せしゅるっ! 離すのだ、じぃ!」

紋様の長「それについてはじっくりとこの暗殺者に問う
 必要があるでしょうな……」

紋章官/暗殺者「貴様、爺っ! 俺を足蹴にっ!」 がばっ!

ザシュッ!!

紋章官/暗殺者「カハっ! あ、そ、そんな……。
 ふしゅ、しゅる……しゅ……しゅ……」

蒼魔の刻印王「危ないところでしたな、ご老人」ちゃきん

東の砦将「貴様っ! 大事な手がかりをっ!
 口封じのつもりか、蒼魔族のやり方はそうなのかっ!?」

817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:08:09.14 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「とんでもない、これはご老人を助けようと
 しただけにすぎません」にこり

蒼魔上級将軍「ふっふっふっ」

東の砦将「そのような言い訳が通ると思っているのかっ!」
副官「重大な疑惑行為ですよっ!」

紋様の長「蒼魔の王よっ!
 自らの口で、容疑者を捕縛し
 詮議しなければならぬと云ったそばから、
 重大な手がかりを握っているに違いないその者を
 殺すとはいったい何事ですかっ!?」

銀虎公「そうだ、信義に悖るにもほどがあるぞっ!」

蒼魔の刻印王「ふっ」

こつんっ――ばさっ……

碧鋼大将「こ、これは……。仮面……?」
巨人伯「この、おどご……」

火竜大公「この暗殺者は……。蛇蠱族だったのか……」

副官「蛇蠱族……?」

銀虎公「そんな……。獣人の一族だと……?
 ……ちがうっ!
 俺たちは違うっ! 確かに俺たちは力を発揮するための
 戦場を望んでいたが、暗殺なんぞ力を貸したりはしないっ!
 違うんだ、俺たちはこんな事はしないっ!!」

蒼魔上級将軍「誰が信じる、そのようなことっ」

819 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:09:23.38 ID:0Bi87sEP

碧鋼大将「それを言うならば、蒼魔族とて同じであろう!」

火竜大公「そうだ、その蛇蠱族を紋章官として
 雇い入れていた蒼魔族も疑念を避けることは叶わぬっ!」

蒼魔の刻印王「何か勘違いをなさっているようですね」

鬼呼族の姫巫女「何っ!?」

蒼魔の刻印王「言い訳? 疑惑? ふふふっ」

副官 ぞくっ

蒼魔の刻印王「僕はね、魔王なんですよ?
 言い訳などする必要はない。
 疑念を晴らす必要などさらにない。

   それが魔王。
 唯一にして絶対。
 至高にして無二。
 魔界の全てを統べる者。

   今さらそのようなご託を聞く耳はありません」

紋様の長「だが魔王は忽鄰塔において、
 氏族の長の半数を持って廃位出来るっ!
 このような状況下で魔王を続けられるわけがない!」

蒼魔の刻印王「僕は忽鄰塔の終了をここに宣言する。
 そして、再び忽鄰塔の招集を出来るのは魔王だけだ」

碧鋼大将「っ!!」
妖精女王「そんなっ」

824 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:12:54.86 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「宣言しますが、僕は二度と忽鄰塔など
 開催しませんよ。
 こんな会議は自分の意志を押し通す実力のない、
 三流の魔王が頼る弱者の藁に過ぎない。
 覇道を進む魔王は、絶対の支配者。
 僕は、あの腐った女とは違う。

   魔界の秩序とは我が身、この魔王のこと。
 全ての法を越えた支配者が魔王っ。
 判っていないのはあなたたちのほうだっ!

   ふっ。これで詰み。……お仕舞いですよ、諸卿」

ざっ

「そのような考え方をこそ改めたかったんだがな」

蒼魔上級将軍「誰だっ」

魔王「誰だとは挨拶だな……。ごほっ」

メイド長「まおー様、ご無理は」
女騎士「まだ法術が不十分なんだ。戻ろう」

魔王「必要があるんだ、目をつぶってくれ」

火竜大公「魔王……どの……」
東の砦将「魔王さんよっぅ!!」

妖精女王「魔王さまぁっ!!」

827 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:14:15.82 ID:0Bi87sEP

蒼魔上級将軍「何故っ!! 何故貴様が生きているっ!」

魔王「ここで一度云っておく。
 魔王の身でこんな事をいうのもなんだが
 そもそもこの魔王というシステム自体が過渡期的性質を
 持っているのだ。
 たった一人の絶対者によって、その権威と武力と調整力によって、
 氏族間の意見の相違やバランスの欠如を
 全て吸収させようだなどという考えそのものが前時代きわまる。

   良いか? 忠義だなどと云えば聞こえはよいかも知れないが
 その内とちくるった魔王が出てきて、積み上げたものを
 全て根こそぎおじゃんにするのが世のおちだ」

執事「学士殿……」

魔王「済まなかったな。疑った」
執事「しかし、信じてくださった」

魔王「勇者が真剣にいうからな。
 “あの爺はD以上は絶対に殺さないんだ”って。
 それに、毒を使うのは流儀に反するのであろう?」

執事「わたしは紳士で通っていますからね。にょほっほっほ」

勇者「――と、云うわけだ“候補止まり”くん。
 俺の剣は魔王のもの。俺の剣は魔王の示したものを貫く刃」

蒼魔の刻印王「黒騎士、貴様ッ!!」

魔王「勇者っ!」
勇者「あいよぉっ!」

魔王「蒼魔の王を捉えよ! 出来れば生かしたまま。
 だが手向かいするならそれはそれで構わんっ!」

830 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:17:01.32 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「はぁ!! まだ終わらんっ!!」

 ガギィィン!!!

勇者「っ!?」

女騎士「な、なんだ。あの異常な魔力はっ!?」
メイド長「あれは冥府殿の負の気っ!」

 ヒュバンッ!

蒼魔の刻印王「はぁっ! せやっ! せぃやぁぁ!!」

勇者「こいつっ。桁外れだっ」
 ギン! ギキン! ガギン!!

勇者「“加速呪”っ! “雷剣呪”っ! “被甲呪”っ!」
蒼魔の刻印王「“飛脚術”っ! “火炎鳴動術”っ!!!」

 ギンッ!! ガッギギギギ!!

東の砦将「な、なんて奴らだっ!」
副官「銀光しかっ、見えないっ!?」

魔王「勇者っ!」

蒼魔上級将軍「いまだ! 黒騎士は我が君が押さえる。
 今のうちに魔王を討ち取れっ! 魔王は軟弱だ!
 ましてや今は毒で弱っている、どの将兵にでも討ち取れるぞ!!」

勇者「なっ! ちょ。まて、それはたんまっ!」
蒼魔の刻印王「死にたいのか、貴様っ!」

 ヒュギンッ!!

勇者「まずいっ。こいつ……戦力だけで云えば真魔王かっ」

831 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:18:52.62 ID:0Bi87sEP

蒼魔上級将軍「行けぇ!!」

蒼魔騎兵「はいやっ!」「どうっ!」「突撃ぃぃぃ!!」

東の砦将「騎兵だって!? おい副官っ!」
副官「はっ!」

東の砦将「族長をまとめろ、天幕は役に立たない。
 蹴倒して足跡の防塁を造れっ!」

碧鋼大将「どこにこれだけの兵をっ!?」
銀虎公「うぉぉぉ!! やられる訳にはいかぬぅ!」ズダーン!!

  勇者「夢魔鶫っ! 行って魔王を護れっ!」
  蒼魔の刻印王「死人鴉っ! 行かせるな!!」
   ギン! ギキン! ガギン!!

巨人伯「おおん……魔王……まもる……」

魔王「このような身体が。……けふっ。げふっ。」
メイド長「まおー様!」
女騎士「寄るなっ! 寄らば斬るぞっ!!」

蒼魔上級将軍「弓兵隊っ! 構えぇぇぇーい!!」
蒼魔弓兵隊 ざしゃっ

東の砦将「ありゃまずいっ!」

メイド長「っ!?」

蒼魔上級将軍「近づくなっ! 矢の数で攻めよっ!
 一斉射撃準備っ! 撃てぇぇーい!」

832 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:19:55.28 ID:0Bi87sEP

ヒュ………………ッ!!!!

蒼魔弓兵隊「え?」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「なんだ」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「なんで、おまえ。……弓を捨てて」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「首がっ! あいつの首がっ!?」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「どこだっ!? 何をされてるんだっ!?」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「見えないっ。俺の目がっ。目がぁ!!」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「うわぁぁぁああああ!!」

 ッカ

執事「ふむ。二流の下というところですな」

835 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:21:48.25 ID:0Bi87sEP

東の砦将「あの爺さん、何やったんだ。あれは何なんだっ」
女騎士「射撃で倒したんだろう」

東の砦将「だって爺さん、何も持ってなかったじゃないかっ!」
女騎士「あの爺さんが何か持ってるところなんて見たことが無い」

東の砦将「あの爺さんは伝説の“弓兵”じゃないのかっ!?」
女騎士「そうだよ。でも、見たことはない」

東の砦将「なんで“弓兵”なんだよっ」
女騎士「相手は矢に刺されたように死ぬからだ」

  勇者「行けぇ!! “上級雷撃呪”っ!」
  蒼魔の刻印王「はじけっ! “凍結壁術”っ!」
   ドッシャァァーーン! ビリビリビリッ!

蒼魔騎兵「いまぞ! 魔王を討ち取れっ!」
蒼魔騎兵「蒼魔に魔王を取り戻せっ!!」

 ダカダッダカダッダカダッ

女騎士「っ! まずいっ。こっちは二日近く解毒に回復に、
 もう体力も法力も限界なのに。数で押されるとは……」

メイド長「わたしが行きます」

魔王「だめだ……けふっ。お前だって」

蒼魔騎兵「我に続け! 魔王を討つぞっ!!」

 ダカダッダカダッダカダッ

火竜大公「こわっぱどもがっ! 黙りんしゃいっ!!」
  ゴオオオオッッゥッツ!!

836 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:24:27.51 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「はぁっ! はぁっ……。
 黒騎士よ、ここまでやるとは思わなかったぞ」

勇者「はっ……。はっ……。
 それはこっちの台詞だ、“候補止まり”くん」

蒼魔の刻印王「だがここまでだ。受けてみろ!!
 魔力充装っ“超高域炎撃死滅術式”っ!!」

メイド長「っ!?」

勇者「っ! 間に合えっ! 魔力結晶っ!
 “超高域雷撃結界呪文”っ!!」

ヒュダァァアン! ガキィィィィン!!

東の砦将「空がっ! 燃えあがる!?」

魔王「勇者っ!」
蒼魔上級将軍「わが君っ!!」

ゴゴオオオン!!

勇者「……はぁっ。はぁっ」
蒼魔の刻印王「……はぁっ、はぁっ。くっ」

執事「勇者。このままでは、学士殿がっ!」
蒼魔の刻印王「わが君、ここはっ」

蒼魔の刻印王「……兵を引かせよっ! 退却だっ!!」
勇者「……」ぎろっ

蒼魔の刻印王「……ふっ。命拾いをしたな」
勇者「魔王は守った。俺の勝ちだ」

蒼魔の刻印王「これは新たな戦乱の始まりに過ぎぬわっ。
 ふはーっはっはっはっは!!」

905 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:12:33.25 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕
――その夜

鬼呼族の姫巫女「それで、魔王殿の様態はいかがなのだ?」

紋様の長「それが心配だ」

勇者「一命は取り留めるだろうが、二週間は絶対安静だ。
 その後も数ヶ月は不自由だろうな」

銀虎公「そうであったか……」

碧鋼大将「蒼魔族は?」

妖精女王「蒼魔族はどうやら付近に相当数の軍勢を
 伏せていたようです。そちらと合流して、領土へと
 帰還する進路を取っています」

東の砦将「……」

紋様の長「戦か」

碧鋼大将「蒼魔族の大会議に対する裏切りは明白だ」
巨人伯「……裏切り……よくない」

鬼呼族の姫巫女「きゃつらとの決着をつけるべき時が来たか」

勇者「現在魔王は病臥中だ。
 その判断はいま少し待つべきかと思う。
 今回の忽鄰塔にあたって、
 蒼魔族は独自の予定や策謀を持って動いていたという印象を受けた」

906 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:14:00.91 ID:0Bi87sEP

火竜大公「それについては同感じゃな」ぼうっ

勇者「で、あれば現在の逃走も何らかの策謀である
 可能性も否定できないだろう」

紋様の長「暗殺者についても詮議をしませんとね」

銀虎公「獣人族は無関係だっ。信じてくれ」

碧鋼大将「今さらそのような申し開きを!」

(その商人は、たしかに蒼魔族の人と会ってました……
 えっと、背は副官さんくらいで……
 でも、横幅は、細くて、フードかぶっていて……
 なんか、その……呼吸音が、変で)

(漏れるような……蛇みたいな……)

東の砦将「いや、それについては、思い当たる節がないでもない」

火竜大公「なんだと?」

東の砦将「開門都市で“蛇のような呼吸音をさせる男”が
 ある捜査線上に浮かんだことがあってな」
副官「ありましたね。結局捕まえることは出来ませんでしたが」

紋様の長「それが今回の暗殺者だと? しかしだとしても
 銀虎公や獣人の一族が無関係という証拠にはなりません」

銀虎公「本当だ、信じてくれっ」

東の砦将「その捜査自体は四ヶ月もまえのことで、
 当時はその男は人間だと思われていた。
 確かに人間の商人として開門都市に入り込んだはずなんだ」

907 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:15:51.57 ID:0Bi87sEP

副官「砦将……。そのようなことを。人間に対する疑義を
 いたずらに煽ってしまいかねません」

東の砦将「いいや。腹ぁ割っといたほうがいい。
 俺たちゃどうあがいたって新参なんだ。
 知恵を借りた方が良い結果もでらぁ」

紋様の長「……」

勇者「そうだよな……。うん。この兜ももういいだろう」
がちゃり

銀虎公「人間っ!」
碧鋼大将「まさかっ!?」

巨人伯「……その風貌」

勇者「ああ、俺も出身は人間だ。
 今でも魔界に完全に定住しているとは言いがたい。
 火竜大公の言葉を借りたとしても“半魔族”だな」

火竜大公「ふっ。はははっ。なるほど」
鬼呼族の姫巫女「人間が何故魔王の鎧を着ることに?」

勇者「俺はかつて人間に『勇者』と呼ばれていた男だ」

東の砦将「……云っちまうのかよ」

紋様の長「なっ!? 勇者ですって!」
銀虎公「魔族の宿敵、最強の人間!」

鬼呼族の姫巫女「やはりあの戦いの中、魔王殿が
 叫んでいたあの言葉は聞き間違いではなかったのだな」

碧鋼大将「万機千刀の猛者、我が眷属千をたった一人で
 屠ったというあの勇者かっ」

908 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:18:42.21 ID:0Bi87sEP

勇者「そうだ。……すまなかったな。
 あれは戦争だった。綺麗事は言わない。
 多くの魔族が俺に恨みを持つのは当然だ。
 俺が倒した」

紋様の長「……っ」

銀虎公「あれほどの手練れ、どこの魔族が
 隠れ潜んでいたのかと思ったが……っ」

火竜大公「ふぅむ。ふぅむ。得心がいったぞ」

鬼呼族の姫巫女「その勇者がなにゆえ、黒き鎧を着る?
 その鎧はかつての旧き魔王が纏ったもの。
 魔王の許し無くば触れることも出来ない、魔界の宝の一つぞ」

勇者「魔王に口説かれてな」

妖精女王「口説く……?」

勇者「――三年前の秋、俺は魔王城に忍び込んだ。
 魔王を討つためだ。
 人間は魔族と激しい戦争を続けていて。
 その頃の俺は、魔族が人間にたいして宣戦布告をして
 人間を虐殺していたと思い込んでいてな」

紋様の長「それは違う。攻め入ってきたのは人間だっ」

勇者「今は判っている。しかし、あれは戦争だったんだ。
 そして戦争にはその種の思い込みや誤解も付きもの。
 少なくとも人間世界ではそのように事実は喧伝されていた。
 酷い言い方だが、どちらに原因があったかは
 少なくとも俺にとっては重要ではなかった。
 魔族が人間を殺していた。それで十分だった」

909 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:19:37.57 ID:0Bi87sEP

銀虎公「……」

勇者「ともかく、俺は魔王の城に忍び込んだ。
 罠は仕掛けてあったが、それまで多くいた魔族の衛兵や
 戦士は姿を見せなくなっていた。
 俺は仲間とも別れて、一人で奥へ奥へと魔王の城の中を
 進んでいった。

   そこで魔王と出会ったんだ」

碧鋼大将「魔王殿と」

勇者「自分を殺しに来たこの俺を魔王はたった一人で迎えたよ。
 皆にも云ったように魔王は弱い。
 あった瞬間に判ったよ。
 ああ、こいつ今まで出会った魔物よりも格段に弱いって。
 でも、あいつはたった一人で俺を待ち構え、
 たった一人で俺を迎撃した。必死で。

   剣を交える以外のことをしようとした。
 言葉をつくして、信念を、自分の全てを賭けた。

   今なら何となく判る。あいつがあのとき死んでいたら、
 魔界がどうなったかも。人間の世界がどうなっていたかもな」

鬼呼族の姫巫女「どうなる……とは?」

勇者「あいつの言葉に寄れば、
 二つの世界は互いの存在に依存している。
 互いに憎しみあい、争いながらも
 互いの存在がなければ成立しないんだ」

914 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:36:46.36 ID:0Bi87sEP

東の砦将「……」

勇者「人間世界には疫病と飢餓という問題があってな。
 ……こちらから見れば、人間の世界は鉄やら塩やらがあって
 豊かに見えるそうだが、実際暮らしている人間にとっては
 そうでもない。食料が足りなかったりしてな。
 人が飢えて死ぬ。それをまぁ、言葉は悪いが
 ごまかすために魔族との戦争を決意した節がある」

副官「そう言われれば、頷ける節もあります」

勇者「一方魔界は血みどろの乱世だった。
 俺が見た素直な感想を言えば、魔界には魔族が多すぎるんだ。
 その上で居住可能な豊かな土地と、そうでない荒野の差が
 激しすぎる。それが戦乱の本質的な原因じゃないか?
 魔族同士を結束させ、まがりなりにも未来を見つめさせるために
 人間との戦争は有用だった」

紋様の長「……」
銀虎公「それは……」

勇者「魔王はそれがイヤだったんだな。
 こればっかりは理屈じゃない。
 いや、理屈はどうとでもつけられるだろうさ。

 本質をごまかした戦争は消耗戦にならざるを得ない。
 それは文明都市族の全てを浪費する戦いでしかない。
 とか。
 じゃなければこのまま一進一退の攻防を繰り広げることは
 乱世よりも甚大な人的被害を魔界にもたらす。
 とかな」

915 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:38:19.42 ID:0Bi87sEP

勇者「でも、おそらく。そうじゃなかった。
 ただ魔王は、イヤだったんだろう。
 そんな非建設的なことをするのが。

   魔族は――それを言うならば人間もだが、
 とにかく自分たちが生まれてきた意味は、
 そんなつぶし合いではなくて
 もっと他にもあるんじゃないか、って。

   そう信じたかったんだろう」

勇者「だから人間の勇者である俺に云った。
 そんなことは止めよう。もっと別の結末を見に行こう。
 そう云ったんだ」

勇者「俺は勇者だ。そう呼ばれてきた。人間を救う英雄だと。
 そうおだてられて魔界へ攻め込んだただの殺し屋だったよ。
 でも、魔王は違う。
 魔王は真剣に考えてた。
 自分に出来るどんな手でも使って魔界を救おうと考えていた。
 魔王が……本当の勇者だよ」

妖精女王「魔王様が……そんな……ことを……」

東の砦将「……」
副官「……」

勇者「ああ、別にあいつは戦争も争いも否定した訳じゃないぜ?
 ただなんて云うのかな、いまの『これ』は
 あまりにも不自然だ。歪んでいる。どこにもたどり着かない。
 そんなことが云いたかったんだと、今の俺は思ってる。
 あいつはちょっと頭が良すぎて、
 云ってることの半分も
 俺には理解できないことが多いのだけれど。

   あいつの考える『豊か』とか『平和』ってのは
 決して争いのない楽園じゃないよ。
 ただ、争いが自らを滅ぼさず未来へ繋がるって事なんだと思う」

916 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:39:59.82 ID:0Bi87sEP

魔王「ええい。わたしがいないところで
 余計なことをべらべらとっ」
メイド長「……」ぎゅっ

紋様の長「魔王殿っ」
銀虎公「魔王っ」

魔王「何時までも寝てはいられない。……こふっ」
メイド長「まおー様っ」

碧鋼大将「気をお確かにっ!」

魔王「見ての通りのざまだ。……やはり戦闘の出来ない
 そのつけが回ってきてしまった。笑ってくれ」

火竜大公「いや、魔王殿」
鬼呼族の姫巫女「笑う者などいようはずもない」

魔王「すまないな。……体力が持たない、手身近に済ませるとする。
 わたしはこの通りのていたらくだ。わたしの意志は勇者が
 ここで喋ったと思うが、それは一事忘れてくれても良い」

勇者「……おまっ。せっかく俺がっ」

魔王「良い機会だ。魔界は魔族のふるさと。
 その長の肩には氏族の重みが乗る。
 そして長達の方々にのし掛るは全魔界の重みだ。

   わたしは魔王としての権威を一時、この会議に預ける」

紋様の長「なん……ですとっ!?」

917 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:41:52.53 ID:0Bi87sEP

魔王「云ったとおりだ。火竜大公」
火竜大公「はっ」

魔王「会議の議長をお願いしたい」
火竜大公「承った」

魔王「妖精女王」
妖精女王「はい」

魔王「九大氏族以外の、小氏族のことも気にかけてやってくれ」
妖精女王「はい」

魔王「小氏族の件は妖精女王を後見とし、黒騎士に一任する」
勇者「……わかったよ」

魔王「重大事については、過半数の賛成を持って決と
 するのが宜しかろう。ただし、万端に配慮し交渉を
 尽くして欲しい」

火竜大公「承りましたぞ」

魔王「二月、三月もあれば戻る」
銀虎公「魔王! 魔王殿っ!」

魔王「なにか? 銀虎公殿」

銀虎公「獣人族は今回の件には無関係だっ。
 我らは暗殺などと云う卑劣な攻撃によって
 武勲を得ようだなどと考えたことは一度もないっ。
 今回の件は間違いなのだっ。俺はよい。
 しかし、我が氏族に今回のような不名誉を与えないでくれ。
 この雪華山、銀虎公。切にお願い申し上げるっ」

がばっ!

918 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:43:50.64 ID:0Bi87sEP

魔王「銀虎公、手を挙げられよ」
メイド長「まおー様っ。傷に障られますっ」

銀虎公「魔王殿、どうかっ! どうか、切にっ。
 我ら獣人は戦の民。誇りの民っ。
 卑怯にも同胞を暗殺し、
 しかも謀略によってその事実さえもなかったことにして
 ただ勝利をむさぼろうとは
 我が民はそのような恥辱にまみれるくらいなら
 死を選ばざるを得ないっ。
 どうか我が一命を持って。
 我が民の、我が氏族の恥を注ぎたまえっ」

魔王「銀虎公。銀虎公と獣人の一族を疑ったことは一度もない」

銀虎公「っ!」

魔王「それよりも、わたし自身が氏族の長がたに詫びねばならぬ。
 偽りの死を持って長がたを謀った事についてだ。
 ゆえあってとはいえ、誇り高き、魔族の中に大きな勢を
 振るう長がたを騙し、偽るような仕儀となってしまった。

   すまなかった。
 あのときああせねば、今回の暗殺の犯人は誰なのか、
 そして犯人は判ったとしても
 その背後には誰が立っているのか
 それを知るすべはわたしには無かった。
 全ては賭けだった。長がたの助力無くば
 わたしの命はとうになかったものと思う……。

   全てはわたしが、長がたの信頼を得るために
 すべきことをしなかったため起きたこと。
 自身一人で全てを進めようと傲慢にも思っていたせいだ。
 ……すまなかった」

920 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:45:44.76 ID:0Bi87sEP

碧鋼大将「いや、魔王殿はその器をしめされた」
巨人伯「……もう……小さいとは、見えぬ……」

鬼呼族の姫巫女「我ら一同は魔王殿の帰りを待とう」

東の砦将「ここは任せて、身体をいたわってくれ」
妖精女王「何かあれば、至急お耳に入れましょう」

銀虎公「魔王殿。魔王殿よ。
 ……覚えておいてくれ。
 我と我が一族は魔王殿に大きな恩義をおった。
 戦場において、魔王殿の命を三度かばうまではこの恩義は消えぬ。
 我ら獣牙の一族は、魔王殿に従い
 常にその身命を護る盾となりましょう」

魔王「ありがたい……ことだ」ふらっ
メイド長「まおー様っ!」

碧鋼大将「限界だ、すぐに寝所に運ばれよ」

メイド長「はいっ」

鬼呼族の姫巫女「癒し手を差し向けよう」

ばさっ ザッザッザッ

東の砦将「書状を書く。副官、お前は開門都市へと戻れ。
 自治委員会への報告と、色々入り用なものもあるだろう」
副官「はっ!」

紋様の長「それにしても……。魔王殿不在の忽鄰塔とは」

火竜大公「さりとてこれは大きな課題を残されたものだ。
 我らも我ら自身の大地と民を護れと?
 魔王殿の仰ることもごもっとも。
 我らもその責を果たす季節がやってきたということ。
 この歳になって、負うた子に教わるとはっ。はははははっ」

927 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21:03:32.41 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕、上部

ひゅんっ!

執事「そういう事情でしたか」
勇者「聞こえていたんだろう?」

執事「あなたがわざと聞かせたのでしょう」

勇者「あの場面を聞き逃すなんて事、
 爺さんはするはずがないからな」

執事「にょっほっほっほ」

勇者「あーっ」とさっ
執事「どうされました?」

勇者「やっぱあれだよなー。俺って人間の裏切り者だよなっ?」 執事「はぁ……」

勇者「指名手配だよなっ!? うぉおおお」ごろごろっ
執事「さようですなぁ」

勇者「おまけに魔族の中では外様も良いところじゃね?」
執事「はい」

勇者「今は魔王の懐刀って云うか黒騎士だから
 見逃してもらえているけれど、そうじゃなくなったら
 ふるぼっこじゃね? っていうか、魔王だって勇者の
 俺とつるんでいたら最悪殺されちまうよなっ? なっ!?」

執事「そうなっても逃げるくらいなら造作もないでしょう?」

勇者「そーいう問題じゃないじゃん」がくりっ

929 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21:05:15.09 ID:0Bi87sEP

執事「ふむ」

勇者「だってそんなことになったらもてないじゃん?」
執事「それは仕方ないでしょう」

勇者「これからが勝負の年齢なのにっ!!」
執事「そう思っている内にこの歳ですよ」

勇者「だって女の子にちやほやされないんだよ!?」
執事「わたくしだってされてませんぞ」

勇者「だって爺さんは目つきがいやらしいから」
執事「勇者にだけは言われたくありませんなっ!」

勇者「はぁ……」
執事「結構本気で落ち込んでいますか?」

勇者「まぁ……」
執事「なぜです?」

勇者「……」
執事「……」

勇者「いや。やっぱし、嫌われたくは、ねぇよ」
執事「さようですか」

勇者「魔族の味方だもんな。
 正直、爺さんに撃たれても文句は言えねぇよ」

執事「ふむ。好かれるために勇者をやっていたのですか」

勇者「それは違う。みんなを、世界を救いたかったからだ」

執事「では、そのままで良いではありませんか」

931 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21:07:23.70 ID:0Bi87sEP

勇者「え?」

執事「勇者のままで。
 人の世界を救うために魔族を討っていた勇者のままで。
 だってそうでしょう?

   もうゲートはなくなった。
 魔界は地下世界だったのですから。
 二つの世界など最初から無かったですぞ。

   世界は一つしかない。
 いや、一つしかない故に世界と呼ぶのかも知れませんなぁ。
 勇者。違いますか?
 世界を救うのが、勇者の仕事なのでしょう」

勇者「――ああ。そうさっ。ったりまえだ」

執事「では、多少嫌われてもへこたれぬ事ですよ。
 大丈夫です。

 確かにわたし達はあまりにもちっぽけな存在で
 持って生まれた邪悪で残虐な性質と云うよりは、
 あまりにも盲いていて愚かなために
 時に自分が何をしているかも判らずに
 人を傷つけ害してしまいますが、
 それでも、そんなに救いようがないほど
 馬鹿なわけでもないと思うのですよ。
 いつか判ってくれる時も、人も、あるでしょう」

勇者「爺さん……」

執事「それに、素晴らしいこともあるでしょう」
勇者「なんかあったっけ?」

933 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21:10:10.72 ID:0Bi87sEP

執事「揉んだのですか?」
勇者「へ?」

執事「揉んだのですか、あのふよんふよんの大質量を。
 心躍る魅惑の楕円回転運動体をっ!?
 小悪魔的に跳ね回る我が儘なたゆたゆおっぱいをっ!」

勇者「えーっと、ね?」

執事「勇者、ぱふぱふ道の教えをお忘れか? ひとつっ!」

勇者「“ボインはお父ちゃんの為にあるんやないんやで~”!」
執事「二つっ!」

勇者「“会えば拝め、拝めば触れ、触れば揉めっ!”」
執事「三つっ!!」

勇者「“おっぱいは文学! おっぱいは人生っ!”」
執事「よろしい。で、揉んだのですか?」

勇者「いや……機会が無くて……」
執事「にょほっ。とんだ臆病勇者ですね」
勇者「うっわ、すげぇ上から笑顔!? まじでっ!?」

執事「免許皆伝にはほど遠いです」
勇者「でも、(腕を寝ている間に)
 はさんだ(はさんでもらった)し……」

執事「なんですとっ!?」
勇者「……さ、(偶然)触ったし」

執事「さぁ、裏切り者決定ですな。にょほほほっ!」
勇者「何で、云ってることがさっきと違うじゃん!?」

執事「人間世界のではなく、男性の裏切り者ですぞっ!!」

954 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:14:03.03 ID:0Bi87sEP

――重力の衰えるとき、ゲートのあった大空洞

ゴゥゥーン!

奏楽子弟「それにしても、壮観ね!!」

中年商人「はっはっは! わたしなんか何回きても
 目がくらんでしまいますよ」

ゴォォーン!

奏楽子弟「何であんな巨大な岩が浮かんでいるのかしら?
 不思議でしょうがないわ。それにこの鐘の鳴り響くような音!」

中年商人「ええ、まったく」

土木子弟「やー」しょぼしょぼ

奏楽子弟「やーって、あんた! 目の下真っ黒じゃない。
 寝てないんでしょう!? まったく」

中年商人「調子はいかがですか?」

土木子弟「あはは。いやはや、すごいところですね」
奏楽子弟「もうっ! 土木馬鹿」

ゴォォーン!

土木子弟「そう言うなよ、こんなすごい場所なんだぞ?
 わくわくして当然だろう?」

奏楽子弟「そりゃ、すごいけれど」

土木子弟「まぁ、何とか目処は立ったよ」

955 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:15:30.17 ID:0Bi87sEP

中年商人「ほほぅ、なんと!」

土木子弟「まず、この空中に浮かんだ岩は、引力のせいだ」
中年商人「引力?」

ゴォォーン!

土木子弟「ああーっと。そうか、聞き慣れないか。
 モノが地面に落ちる力、みたいなものです。
 それが地上世界と地下世界では反対方向に働いている。
 我々は、一枚の板の表裏に住んでいるような関係にあるんです。
 その板が全てのものを引き寄せているから、
 どちらの側に立っていても、転がり落ちないで済む」

奏楽子弟「そう言うことだったのね……」

ゴォォーン!

中年商人「なんとこれはまた……。奇怪な話ですな」

土木子弟「で、この大空洞は差し渡し20里はある円筒状ですが
 いわば、その“板”にあいた穴のようなもの。
 穴の途中で引力は弱くなって、方向が切り替わる。
 そのせいであのような巨岩が、いわば
 “どちらにも落ちることが出来ない”状態で浮かんでいます」

中年商人「ほほう」

土木子弟「あの巨岩は小さなものでも
 馬小屋ほどの大きさがあるけれど、
 浮かんでいるから重さはないに等しい。
 それがわずかな気流や接触に寄ってふれ合い、
 おそらく金属質のこの空洞の内壁に反射して
 この鐘のような音を立てるんだ」

956 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:17:35.28 ID:0Bi87sEP

奏楽子弟「で、予定の方はたったの?」

中年商人「おお。そうでしたな」

土木子弟「うん、これが図面だ。こっちは工程表。
 もっとも、この図はおおざっぱなもので概略でしかない。
 必要な橋はプランに寄るけれど、
 大小合わせて12から30。
 個別の橋の設計は大体は想像できているけれど
 図面起こしにはもっと時間が掛かる」

中年商人「何故数に幅があるのですか?」

土木子弟「商人さんが通り抜けてきたとおり、
 ロープを伝って危険な場所は荷物を手運びすれば、
 この空洞は今でも通り抜けできます。

 キャラバンではなく、徒歩の旅であれば、
 危険はあるけれど普通の人でも通り抜け可能でしょう。
 それに対して道と橋を整備するのは、
 安全性の確保と、移動のしやすさを考えてです」

中年商人「そうですね」

土木子弟「地質も調べていくつかのルートを考えてみました。
 概略図を見てください。この赤い線のラインならば
 工期は約四ヶ月。造る橋は12。一カ所が石造で残りは木造。
 最低限の手間で、おそらく中型の馬車が通れるようになる」

奏楽子弟「ふむ」

957 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:19:03.80 ID:0Bi87sEP

土木子弟「こちらの二重線で示したルートは、
 かなり大規模な工事が必要になります。
 通す道も要所要所は二重にして崖崩れへの備えをするわけですね。
 作る橋は30。
 全て石造で作ったとして、おそらく工期は8年」

奏楽子弟「随分大規模だねー。お金もかかりそう」

中年商人「まずは四ヶ月でおねがいします」

土木子弟「随分即断即決ですね」

中年商人「ええ。金が惜しいわけではありませんが
 それ以上に時間が惜しい。一刻も早く馬車が通れる道が
 欲しいのです」

土木子弟「職人と人夫が入れば、真っ先に安全索を
 張りましょう。それで多少は楽になると思います」

奏楽子弟(なんだ、格好良い表情もするんじゃん)

中年商人「ありがとうございます! あなたに会えて良かった!」

中年商人「では一度開門都市へ?」
土木子弟「ええ、戻りましょう。俺も作業をする人を
 見て選びたいですし、人数や細かい点についても
 相談しなけりゃならない」

中年商人「そうですね。わたしもいくつか連絡を出さねば」

土木子弟「商談成立ですね」
中年商人「二つの世界へ渡る道を目指してっ!」

 がしっ

962 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:29:31.21 ID:0Bi87sEP

――外なる図書館、停時庫

ゴゴゥン!!

女魔法使い「……足りない」

ゴゴゥン!! ドグォォン! ゴォォォン!

女魔法使い「……まだ、たりない」

ぽうんっ♪
明星雲雀「ご主人、ご主人。そんなにしたら倒れちゃいますよぅ」

女魔法使い「でも、足りてない」

明星雲雀「そんなにしょんぼりしなくたって
 ご主人最強じゃないですか。ピィピィピィ!
 そんなに魔力あげなくたって勝てる人なんていやしませんよ!」

女魔法使い「……」
明星雲雀「また考え込むー」

女魔法使い「……すぅ」
明星雲雀「説明が面倒だとすぐ寝る」

女魔法使い「……うるさいピィピィ使い魔」

ピィピィバタバタ! ピィピィバタバタ!

明星雲雀「やっ! やめてっ! フライドはやめてっ!!
 せめてタツタにしてぇ! ピィピィ!!」

966 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:31:16.58 ID:0Bi87sEP

女魔法使い「瀬良は昴。昴は統ばる。その意は、集合。
 束ね、一つになる結束点。収斂の先」

明星雲雀「??」

女魔法使い「収斂とは常に1点。それが何故2つも?
 “良き問いは、常に良き答えに勝る”。
 それを問うべき」

明星雲雀「ご主人の云っていることはさっぱり判りません」

女魔法使い「……すぅ」
明星雲雀「寝てちゃ余計に判りませんっ! ピィピィ」

女魔法使い「……足りない」
明星雲雀「ピ?」

ゴゴゥン!! ドグォォン! ゴォォォン!

女魔法使い「……まだ、たりない」

明星雲雀「そんなに鍛えたら、また倒れちゃいますよぅ!
 もうごめんですよぅ、あんなに血をおはきになって!!」

ドグォォン! ゴゴゥン!!

女魔法使い「……間に合わないかも、勇者」

ゴゴゥン……!!

女魔法使い「……許して」

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