魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」10

35 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:02:37.22 ID:O8aL4rAP

――冬の国、王宮、予算執務室

商人子弟「どうだ?」

従僕「あったかいですー!」

商人子弟「指は?」

従僕「にぎにぎしてもひっぱられませーん!
 良いなぁ、この手袋もっふもふですよ?
 すごいなぁ。お水も弾くのですか?」

商人子弟「きちんと手入れすればね」

従僕「もっふもふー」ぺたぺた

商人子弟「こらこら、ところ構わず撫でるのはやめなさい」

従僕「えへへ」なでなで

がちゃん

将官「着ましたよ」

商人子弟「そっちはどうです?」

将官「保温性は、まだちょっと判りませんが
 従来の外套よりも暖かいですね。それに、随分軽い。これは?」

商人子弟「毛皮を薄くして、
 二重ばりの内側に羽毛を入れたものです。
 多少値段が張るんですがね、よいでしょう?」

将官「ええ、素晴らしいですよ」

38 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:04:13.40 ID:O8aL4rAP

商人子弟「この種の防寒装備は、我ら冬の国の得意と
 するところですからね」

従僕「温かいのです」 なでなで

将官「急に防寒具の改良に着手されたのは何故です?」

商人子弟「急にではありませんよ。
 そのうちに、とは思っていたんですけれどね。
 魔族は毎年攻めてくる相手ではありませんけれど、
 冬は毎年やってくるでしょう?
 で、あれば防寒具の改良をするのは
 国民全体の利益になり得ますしね。以前からの計画です」

従僕「そうですよねー」にこにこ

商人子弟「必要になる気もしますしね」

従僕「?」
将官「……?」

商人子弟「それに、我が国はやはりいま少し兵士が欲しいでしょう?
 軍人になれば上等な外套や手袋が支給されるとなれば
 応募も増えるでしょうし、現場の士気もあがるでしょう?
 冬になったからと云って、領内の巡視は続くんですからね」

将官「そうですね、はい」

商人子弟「銀行も出来ましたし、
 この種の仕事は随分やりやすくなりましたよ」

40 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:06:16.65 ID:O8aL4rAP

将官「銀行? お金を借りることが出来ると、
 何か良いことがあるんですか?」

商人子弟「試作品さえ出来てしまえば、
 あとは銀行からお金を借りて
 “企業”を一つ立ち上げれば良いわけです。
 “企業”には、今回の場合興味のある皮商人や、
 縫製ギルドの職人に参加して貰うわけですね。
 そして品物を生産する。仕事は沢山あります。

   まずはこの手袋と外套を、軍に行き渡るだけ納品して貰う。
 その後は同じアイデアで品物をつくってみんなに売れば
 良いわけですものね。

   良いアイデアや商品があるにもかかわらず、お金がなかったり
 ギルドの中で若手であると云うだけで、チャンスがつぶれていた
 様々な人たちの仕事が新しく始まりやすくなるわけですよ」

従僕「新しいケーキ屋さんとかっ♪」

将官「しかし、でも、そうすると、銀行からお金を借りて
 それでもし仕事が失敗したらどうするんですか?
 銀行だってお金を損してしまうでしょう?」

商人子弟「だから試作品が大事なんですよ。
 計画書でも良いですけれどね。
 そう言った資料と、仕事をしたいという人の人柄をよく見て
 銀行は貸すお金を判断するんですよ。
 金貸しは役人であってはならないし、銀行は役所ではないんです。
 どちらかというと、仕事を一緒にする仲間であるべきです。

   ……師匠の受け売りですけれどね。
 この立場に成ってみると、いちいち身に染みます」

従僕「チーズの保管所も出来ましたもの♪」
将官「難しいのですねぇ」

商人子弟「この国は恵まれています。人々はみんな素朴だし、
 働き者で、笑顔が力強いですから。なにごともなければ
 ずーっと発展が続くはずですよ」

45 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:35:46.18 ID:O8aL4rAP

――鉄の国、兵舎、執務室

軍人師弟「次の書類が欲しいでござる」

鉄国少尉「はっ」しゅたっ

軍人師弟「ふむふむ……。これはよしっと」 ぺたん
鉄国少尉「確認済みですね」

軍人師弟「うむ。みんな真面目に警備を続けているでござるね」
鉄国少尉「ですね。前回の戦いで国境警備の重要性も判りましたし」

軍人師弟「連絡手段も重要でござるね」

鉄国少尉「通信塔の建築、早く済むと良いですね」

軍人師弟「あれはやはり来年まではかかるでござろう。
 秋の間に大まかな測量が終わって、着工は来年でござるよ」

鉄国少尉「はい」

かりかりかり
 かりかりかり

軍人師弟「ん……」
鉄国少尉「どうされました」

軍人師弟「旧白夜王国に放った密偵からでござる」
鉄国少尉「ふむ」

軍人師弟「……やはり治安に問題が生じているようでござるね。
 それからしきりに練兵を繰り返しているようでござる」

鉄国少尉「練兵ですか……」

軍人師弟「他にやることもないのでござろう」

46 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:37:05.71 ID:O8aL4rAP

軍人師弟「次を」
鉄国少尉「こちらです」 しゅたっ

軍人師弟「これは、護岸卿に回して欲しいでござる」
鉄国少尉「了解しました」

軍人師弟「閲兵および、行軍訓練の指揮指導は第一大隊長に
 任せるでござるよ。そろそろ出来るでござろう?」

鉄国少尉「はい、通達いたします」

軍人師弟「それから、開拓村の収支の報告書は」がさがさ
鉄国少尉「こちらです」すっ

軍人師弟「司書を呼んで、これの複製を二つ作って
 欲しいでござる、かたほうは冬の国の商人子弟宛に。
 拙者が手紙をそえるでござる。
 一つは王へと報告書と共に出すでござる」

鉄国少尉「すでに複製もありますよ」
軍人師弟「助かるでござるよー」 かきかき

鉄国少尉「……」じー

軍人師弟「それから、少尉には近衛の訓練と」
鉄国少尉「お断りします」

軍人師弟「へ?」
鉄国少尉「そんなに仕事を振りまくって何を考えているんですか?」

軍人師弟「あ、いや。そろそろ皆、自分の仕事を……」
鉄国少尉「違いますよね」

軍人師弟「……」
鉄国少尉「わたしは一緒に行きますからね」

軍人師弟「……そう、でござるか」
鉄国少尉「はいっ」

54 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:45:52.01 ID:O8aL4rAP

――魔界(地下世界)の荒野、傭兵騎士団の旅

器用な少年「うっわ、すげぇな」
生き残り傭兵「見渡すばかり赤い土、あっちに見えるのは、森か?」

ちび助傭兵「視界が良すぎるな」
若造傭兵 こくり

傭兵弓士「さぁって、あの大空洞を抜けたは良いが」

貴族子弟「しばらくは北西だねー」
器用な少年「なんだよ。あんちゃんはこっちも詳しいのか?」

貴族子弟「あんちゃんって呼ばないでくれないか?
 いい加減温厚な僕でも盗癖のある子供の調理法を
 考え始めてしまうよ?」

器用な少年「な、なんだよっ。やんのかよっ」

生き残り傭兵「暴れるなよ。馬が驚く」

ちび助傭兵「このあたりもまだ寒いな」
若造傭兵「ああ」

貴族子弟「来ました」

器用な少年「え?」

ふっ
冬国諜報部員 ぺこり

貴族子弟「しばらく世話になりますよ」

冬国諜報部員「いえ、上から支持を受けております。
 如何様にでもお使い下さい」

55 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:48:44.87 ID:O8aL4rAP

生き残り傭兵「隠密かっ?」

貴族子弟「ええ。流石にこのあたりの様子がわからないのも
 心配ですしね。わたしも腕っ節には自身がないですし」

メイド姉「手紙でお願いしたものは、揃いそうですか?」

冬国諜報部員「はい、しかし、宜しいのでしょうか?
 情報だけでよいという話でしたが」

メイド姉「ありがとうございます」ぺこり

冬国諜報部員 すっ

メイド姉「……。ん……。距離よりも、山道のほうが
 やっかいですね。ここからだと、一月はかかるでしょうか?」

冬国諜報部員「20日ほどでしょうか」

生き残り傭兵「ずいぶんな距離だな」

貴族子弟「開門都市の状況は?」

冬国諜報部員「現在は、防壁などが作られたり、
 物資が運び込まれたりしています。
 相変わらず人の出入りはルーズですが、
 聖王国側の人間が入った様子は今のところありません」

貴族子弟「そっちの警戒心はゆるそうですからね。
 そのへんは冬国さんのほうで見てあげて下さいますよね?」

冬国諜報部員「はい、局長の指示ですから。
 暗殺にだけはくれぐれも用心しろと……」

貴族子弟「食えない爺さんだなぁー」

57 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:50:30.12 ID:O8aL4rAP

メイド姉 ぺらっ、ぺらっ
冬国諜報部員「いかがです?」

メイド姉「把握しました、ありがとうございます」
冬国諜報部員「いえいえ。あ、宜しいですよ、それは」

メイド姉「いえ。トラブルの元ですし、全て覚えました」

冬国諜報部員「了解」

生き残り傭兵「で? 代行。これからどっちに行くので?」
ちび助傭兵「こうなれば、ヤケクソだな。どこまでもいくさ」
若造傭兵 こくり

傭兵弓士「どちらにしろ、移動しよう」

貴族子弟「メイド姉くん。僕は、しばらく別れて良いかな?」
メイド姉「はい。お願いします」

生き残り傭兵「おろ、旦那は?」

貴族子弟「僕は根っからの都会ものだしね。
 そろそろ都会の空気が恋しいよ。それに仕事にも好都合だ。
 開門都市へ向かう」

傭兵弓士「じゃぁ、俺たちは代行と? どこへ向かうんだ?」

メイド姉「竜の領域へ。この魔界でももっとも古くから栄える
 大氏族、竜の一族の本拠地のある、火焔山脈です」

生き残り傭兵「火焔山脈……?」

メイド姉「ええ。竜一族、一万年の宝を借り受けないといけません」

102 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:21:29.44 ID:O8aL4rAP

――新生・白夜直轄領、王宮、執務室

王弟元帥「ここが限界点だな」
参謀軍師「……」

聖王国将官「そのようですね」
灰青王「意見の一致を見たわけだ。結構」

聖王国将官「食料の残量、砲弾の備蓄、装備の普及。
 これ以上時間をかけても、おそらく人数が増えてはゆくが
 補給の関係でよりアンバランスな、
 非戦力の増加を招くだけでしょうね」

灰青王「逆に言えば、この数字が、現在の中央国家群の
 基盤的な限界点ということになる」

従軍司祭長「と、なれば躊躇うことなく一刻も早い出発を」

王弟元帥「軍の規模を報告せよ」

参謀軍師「総勢は約24万と3千。
 農奴による新規編制歩兵部隊は20万強となります。
 うち、マスケット部隊は10万。新型銃フリントロック部隊は250。
 残りの14万は槍兵、および大盾部隊。
 貴族軍3万と5千、騎馬戦力1万となっています。
 またこれ以外にも非軍事参加者8万」

聖王国将官「非軍事参加者と云うのが気に食いませんな」

王弟元帥「そういうな。彼らは職人や飯炊き女、娼婦、
 それに商人なのだ。彼ら無しでは、いくら輜重隊を整備しようが、
 軍そのものが機能しなくなる」

103 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:24:13.01 ID:O8aL4rAP

参謀軍師「最終的には、マスケットと槍兵の比率は
 ほぼ同数の混成部隊となりました」

灰青王「それは運用でどうとでもなるだろう」

王弟元帥「中核歩兵部隊20万、か」

参謀軍師「これ以上この地に留まりましても、
 食糧備蓄の低下を招くだけ。また、これ以上時をおきますと
 本格的な氷雪の季節の到来となります」

王弟元帥「よかろう。……出陣だっ」

参謀軍師「はっ!」
聖王国将官「はっ!」
灰青王「腕が鳴るな、ふふふっ」

従軍司祭長「精霊様もことのほかお喜びでしょう」

王弟元帥「残存部隊5000を残す。この港および都市は重要な
 補給中継点だ。残存部隊は落葉の国の管理に一任し、
 ただし槍兵4000を与えよ」

参謀軍師「承りました」

王弟元帥「大主教猊下は?」

従軍司祭長「もちろん同道いたします。猊下は王弟閣下に
 全幅の信頼を置いておいでになる。
 道中であっても、その安全はいささかも損じられることはない。
 そう考えて宜しいですね」

王弟元帥「もちろんだ」
参謀軍師「早速部隊への通達に取りかかります」

灰青王「搬入および連絡も急がせるとしよう」

104 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:26:45.75 ID:O8aL4rAP

――冬の王宮、謁見室

タッタッタッタッ

将官「王! 王! 冬寂王っ!」

冬寂王「何事だ」

将官「白夜の国に駐留していた聖鍵遠征軍が
 とうとう動き始めました!
 船団を活発化させて極大陸の前哨地に、
 次々と兵を送り込んでいます」

執事「始まりましたな」

冬寂王「やはり魔界への侵攻を優先させたか」

執事「まぁ、こちらに攻めて来るとなると、
 相当の消耗を覚悟しなければなりませんし。
 そもそも南部連合となった現在、南部の我ら三ヶ国をつぶす間に
 湖の国が聖王国中枢部を破壊するなどと云うことも
 考えられますからな」

冬寂王「うむ。……誰ぞ伝令はおらぬか!」

伝令「は、ここに!」

冬寂王「至急、氏族会議の領事館にお知らせせよ!」

将官「随分と情勢が変わりますね」
執事「無関係というわけには行きますまい……」

冬寂王「われらも南部連合会議を開催し、対応策を協議するのだ」

105 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:28:06.27 ID:O8aL4rAP

――氷の国、紫の応接間

氷雪の女王「目の回るような忙しさですね。これだけの書状とは!」

参事官「ええ、しかしなんとか目を通してしまわないと」

氷雪の女王「この手紙は……

 “我が領内には天然痘の患者があふれかえり、
 その有様はまさに煉獄の門が開いたかのようです。
 氷の国におかれましては、同じ人間としての公徳心を持って、
 どうか我が領土に薬を寄付して頂けることを願います”」

参事官「はぁ……。寄付ですか」

氷雪の女王「銅の国なのよ。腹立たしいわねぇ。
 この間まで人の国の人間をマスケットで
 ばんばん撃ち殺しておいたくせに、
 公徳心なんてどんな顔をしていたら、云えるのでしょう?」

参事官「肖像画が確かありましたよ。
 吟遊詩人に命じて各国首脳の肖像画は
 なるべくそろえさせておりますからね」

氷雪の女王「いいわ、見ないでも。
 思い出したわ。
 カエルに似てるけれど、カエルの側も
 縁を切りたいような顔だったわね」

参事官「さようで」

氷雪の女王「はぁ、これ全部そうなのかしらねぇ」

参事官「さようですなぁ」

107 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:29:14.30 ID:O8aL4rAP

氷雪の女王「出来れば助けてあげたいのだけれど」
参事官「だからこそ、書状も検討しておきませんと」

氷雪の女王「これの山は?」
参事官「そちらの山も似たようなものですが、
 比較的小さな村からの嘆願の手紙ですよ」

氷雪の女王「何故封筒が二重なのかしら」

参事官「湖の国や梢の国に送られたものも、
 全てこちらに回して貰っているからですな」

氷雪の女王「え?」 参事官「こういった仕事は、女王の得意とされることですので
 ぜひ情報を一元化するように貴族子弟様が手配されまして」

氷雪の女王「この仕事全部をあの昼行灯に押しつけてやりたいわ」

参事官「さようですか」

氷雪の女王「ええっと……。
 “じょおうさまこんにちは ぼくたちのむらは
 おとなのひとが、てんねんとーで みんなたおれて
 くろくなって、たべるものも ないです
 たすけてください。
 おねがいします”」

参事官「ふぅむ。これは潮の王国の辺境の村からですね」

氷雪の女王「すぐにでも接種の薬と修道士を送らなければ」

参事官「いや、少し待って下さい」

109 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:32:37.47 ID:O8aL4rAP

氷雪の女王「どうして?」

参事官「これと同様の手紙も数多くきております」

氷雪の女王「でも、小さな村であれば種痘の量も
 それほどには必要ないだろうし、
 第一、この幼い子供達自身はなんの罪も咎もないはず。
 出来るのであれば力を貸してあげたいって、
 修道院の教えにもそうでしょう?」

参事官「いえ、同様の手紙24通は、全て同じ書式で、
 潮の国鱒の港の商館を経由して郵送されてきたわけです」

氷雪の女王「え……?」

参事官「鱒の港の商館といえば、潮の国の王の伯母が、
 王族の免税特権を用いて巨額の利益を稼ぎ出している裕福な
 貴族商人ですからね」

氷雪の女王「……」
参事官「いかがいたしましょう?」

氷雪の女王「至急人をやって真偽を確かめさせて!」
参事官「はぁ。……かなり真っ黒だとは思いますが」

氷雪の女王「もうっ。こっちは?」
参事官「ふむふむ、これは猪首の国からですな」

氷雪の女王「えーっと

 “精霊の恵みたる治療薬を貴公ら南部連合なる
 蛮夷の国にて独占するとは言語道断。
 我が勇猛なる教会僧兵百万の狼牙棒の餌食になりたくなくば
 速やかなる慈悲を請い、全ての医の秘密を
 つまびらかに明かし、我が国に服従を誓え”」

参事官「……空気が読めていませんな。
 100万の兵ってどこのお花畑で遊んでいるんでしょうか」
氷雪の女王「これは捨てちゃいましょう」

110 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:34:54.20 ID:O8aL4rAP

氷雪の女王「はぁ、それにしてもねぇ。殆どゴミね」
参事官「ええ」

氷雪の女王「検討する気になるのは、わずか5通とは」
参事官「どうにも外交する気がないとしか思えませんな」

氷雪の女王「どうした物かしらねぇ」

参事官「鵲の魔術ギルド、これはどういたします?」

氷雪の女王「候補に残しては見たけれど、パスね」
参事官「で、ございますか」

氷雪の女王「ええ。研究目的で売ってくれという話でしょう?
 この種痘でお金儲けをするつもりはないし、
 金儲けの意図が透けて見えすぎるわ」

参事官「と、なりますと……。稲穂の国の支援と、
 自由貿易都市でございますか」

氷雪の女王「自由貿易都市の件は、『同盟』の商館に依頼をして
 高炉に組み込めるかどうか、黒い噂がないかどうかを
 見て貰いましょう」

参事官「さようでございますね」さらさら

氷雪の女王「稲穂の国の支援については、
 わたしの一存では決めがたいわね。
 これは連合の会議ではかってみます。保留にしましょう」

参事官「承知いたしました」

氷雪の女王「天然痘の対処方法の情報は、ずいぶんな衝撃を
 各国に与えたようね……。取り扱いに注意しなくては」

116 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18:17:22.88 ID:O8aL4rAP

――聖鍵遠征軍、旗艦『勇壮』の貴賓室

王弟元帥「はっはっはっ! 随分すさまじい経験をしてきたのだな」

勇者「やー。まぁ、でも、美味いんだってば!
 魔界の猪はさー。尻のところなんかぷりっとした感じなんだよ」

王弟元帥「そうなのか?」

勇者「ああ。捕まえるのはちょっと大変だけどね。
 あいつら、特にゲートに近い場所では、気が荒くなるんだよ。
 いまはゲートが無くて大空洞だけどね」

王弟元帥「そうだと聞いたな。勇者は何か知ってるのか?」

勇者「なにかって? もっぎゅ、もっぎゅ」

王弟元帥「ゲートが消失した顛末についてだよ」

勇者「ああ。1回蒼魔族が攻めてきた事件があってね」

王弟元帥「ああ。白夜王国の時か?」

勇者「いや、それよりずっと前にさ。
 その時、ちょっとした必要があって広域殲滅呪文で
 穴を掘ったんだ。穴掘るのは魔法でも大変だな。
 ゲートが壊れちゃったのはもったいなかったけれど
 結果として魔界へと通じる穴が空いたから、
 同じと云えば同じだよね」

王弟元帥「そうだな。すごい景色だと聞いている」

勇者「うん、見物だよ。……むしゃむしゃ。
 あ、これも食べて良い?」

王弟元帥「おお。たっぷりと食べてくれ」
勇者「ありがとうなっ」

   参謀軍師「……何が起きているんだ」
   聖王国将官「……判らない」

119 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18:19:08.18 ID:O8aL4rAP

勇者「んでまぁ。機怪族ってのはさ、全体的に板金鎧を着た騎士に
 似ているんだけど、中身もぎっしりだから相当重いわけだな。
 重さで云うと、同じ大きさの騎士の1.5倍くらいはあると思うぞ。
 でも、防御力は二倍あると思った方がいい」

王弟元帥「ほほう、そうか。さすが勇者だ。
 魔界のありとあらゆる事に精通しているのだな」

勇者「旅暮らしが長いからね」

参謀軍師「あの……閣下?」
聖王国将官「こちらは……?」

王弟元帥「おお、紹介しよう。一時行方不明と噂されていた勇者だ」
勇者「おじゃましています。勇者です」

参謀軍師「いえ、その……。お姿は見たことがありますが」
聖王国将官「生きていらっしゃったのですね!」

王弟元帥「うむ、やはり魔王と戦ったそうだ」

勇者「そうそう。痛み分けだ。
 やぁ、ぶっちゃけ前評判はあてにならないよ。
 弱い弱いなんて云っても魔王だね。
 あの圧倒的な(胸の)オーラ。決着をつけることは出来なかった」

参謀軍師「そうだったのですか……。魔王は?」
聖王国将官「では噂どおり」

王弟元帥「うむ、一命を取り留めたそうだ」

勇者「実は俺も深手を負って、仮死状態だったんだ。
 目覚めたのはつい最近でね」

王弟元帥「聖鍵遠征軍の噂を聞き、やってきてくれたのだ」

120 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18:20:30.68 ID:O8aL4rAP

勇者「うん、しばらくやっかいになろうかと
 思うんだが、良いかい?」

参謀軍師「それは……」
聖王国将官 ちらっ

王弟元帥「もちろんだとも勇者。
 覚えていてくれるだろうか?
 そなたが魔王征伐を決意し、
 教会の祝福を一身に受けて旅立ったあの日、
 わたしも他の王族に入り交じりバルコニーから
 熱い思いで見つめていたのだ。

   勇者の鎧を光に輝かせ旅立つそなたは、この歳になったとはいえ
 男子の胸の中にある高潔な騎士道と冒険の心を刺激せずには
 置かないまさに一幅の英雄の肖像だったよ」

勇者「そう言われると照れるな。でへへぇ」

参謀軍師(勇者の戦闘能力は一人で重武装の騎士数千に
 匹敵すると云われていた。
 その戦闘能力は、マスケットであっても大隊規模。
 さらに勇者には長い魔界での冒険により地形や文化、
 魔族の知識がある。懐柔するメリットは十分にある、
 と云うことか……)

聖王国将官「ではしばらくご一緒ですね」

王弟元帥「おお、そうなるな。
 どこかに快適な部屋を用意してくれ」

勇者「ああ、気を遣わなくて良いよ。おれはさ。
 水浸しでなけりゃ船底でも相部屋でもなんでも良いから。
 メシさえ美味ければそれでさ」

参謀軍師「至急、整えさせましょう」

王弟元帥「そして食料をたっぷりとな! 勇者は病み上がりだ。
 身体を癒すためには美味い食事と酒がなければ始まらぬだろう」

勇者「いや、ごっつぁんです!」

122 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18:22:45.71 ID:O8aL4rAP

――聖鍵遠征軍、旗艦『勇壮』の執務室

がちゃり

参謀軍師「勇者の部屋は整え、ご案内してきました」

王弟元帥「ふむ……」

参謀軍師「どのような目論見でしょう、勇者は」

聖王国将官「目論見があるのでしょうか?」

王弟元帥「どういうことだ?」

聖王国将官「いえ、旅に出る以前。
 つまりもう4、5年は前になりますが
 勇者についてわたしが聞いた話ですと、
 豪放磊落と云えば聞こえは良いですが、
 強大な戦闘力にまかせた行動をする
 多少子供じみた正義感を持つ冒険者だったと。
 そう聞いています」

王弟元帥「わたしもそう聞いたな。
 しかし、今日の印象はかなり違う。
 確かに損得抜きで動きそうな熱みたいな物は感じたが、
 それとは別に、世界に損得勘定があること自体は
 理解していると思わされた。
 なんの考えも無しに来たわけでも無かろう」

参謀軍師「とりあえずの口上はどのようなものだったのですか」

王弟元帥「魔界の魔物は強い。人間界の猛獣に比べてもさらに
 凶暴な種類も少なくはないし、独特の生態や毒を持つものも多い。
 これだけ大人数で魔界へと渡ると、その犠牲者も多くなる。
 勇者として、一般人の犠牲はなかなか見過ごしがたい。
 ちょっとしたガイドを務めるためにやってきたが、
 勇者である自分を雇わないか、と」

参謀軍師「ふむ」

聖王国将官「話をそのまま信じるならば、
 雇わない手はありませんね」

124 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18:25:21.70 ID:O8aL4rAP

王弟元帥「それはそうだ。勇者の戦闘能力は脅威だしな」

参謀軍師「それに話を信じるのならば、
 魔王もまた健在と云うことでしょう。
 勇者の傷が癒えて魔王の傷だけが癒えぬと考えるのは
 都合の良い考えですから」

聖王国将官「そうですね」

王弟元帥「対魔王のためにも、勇者は飼っておく必要がある」

参謀軍師 こくり

聖王国将官「しかし、あれだけの脅威は危険ではありませんか」

王弟元帥「居所のわからぬ脅威よりは判る脅威のほうが
 まだ対処のしようがあるというものだ。
 そのためにも手元に置いておいた方が良いだろう。
 しばらくはわたしが勇者の相手をしよう。
 ふふっ。わたしと同じく、あれもまだ若い男に過ぎない。
 人はそこまでおのれ自身から自由になることは出来ぬ。
 いずれ何らかの尻尾を出すだろうさ」

参謀軍師「そう仰られるのであれば、私からは何も」
聖王国将官「ええ、王弟閣下の御心のままに」

王弟元帥「あと数日もあれば極大陸に到着する。
 そのあとは雪中行軍になるだろう。
 船の座礁などがないように十分な警戒を呼びかけろ」

参謀軍師「はっ、承知いたしました」

王弟元帥(勇者、か。……確かに得体が知れないが
 強力なカードが手に入ったものだ。
 このカード、使い方によっては民衆の信仰を一手に引き受ける
 教会に匹敵するほどの影響力さえ持つやも知れぬ。
 大主教、それがお解りか? ふふふふっ)

135 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19:41:08.48 ID:O8aL4rAP

――開門都市、九つの丘、防壁建築現場

土木師弟「じゃぁ、説明したとおりだ。
 今日から北側の防壁にかかる。
 チーム制でかかるので頑張ってくれ」

蒼魔族中年作業員「判りました。配置につけ」
蒼魔族作業員「「「「はい」」」」 ざっざっざっ

ざわざわ

中年商人「どうだい調子は?」

土木師弟「商人さん。随分進んでましたよ。作業は加速しています」

中年商人「やっぱり予算かい?」

土木師弟「予算が付いたのは有り難いですね。
 作業員に給料が払えます。日当で払えると進みますね」

ざっざっ

火竜公女「そうかそうか。弁舌を振るった甲斐があった」
副官「そうですね、これはいずれ必要になる物ですから」

土木師弟「お姫さま」
中年商人「姫さんも来てたのか」

火竜公女「姫はよして欲しいと云っておりましょう」
副官「ははははっ」

土木師弟「それにしても、こんなに予算を
 つけて貰っても良いんですか?」

副官「ええ、かまいませんよ。
 この防壁作成で人が集まっていますからね。
 彼らが食料を買ったり、生活すれば物資もどんどんと
 運び込まれて、それだけ税収も上がる計算です」

136 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19:42:29.76 ID:O8aL4rAP

土木師弟「そういうものなのか?」

中年商人「まぁ、自治委員会と俺たちでは立場が違う」
副官「自治委員は商人ではないですからね。
 儲けなくても良いんですよ。逆に大もうけするとまずいです」

土木師弟「ふむ……」
火竜公女「それよりも、あれに見えるは蒼魔族かや?」

土木師弟「ええ。今週から参加しているんですよ。
 300人ほどです。氏族会議の紹介状でやってきましてね」

副官「どうですか?」

土木師弟「働き者ですね。規律正しいかなぁ。
 集団で何かをすると云うことに非常に馴れているし、
 簡単な指示でも勝手に手順を決めてこなしますよね」

中年商人「ふーむ」
副官「ああ、やっぱりねぇ」

土木師弟「でも、その反面、やはりプライドは高いですよ。
 昔から云いますからね。蒼魔族の誇りの高さは雪豹山脈を
 越えるほど、って。他の種族の人には負けたくないって
 思ってるみたいですね。ま、来週からはその辺も加味して
 ばらして混ぜて作業かな、なんて思うんですが」

中年商人「現場監督ってのも難しいんだな」
土木師弟「まったくですよ。
 一介の設計士には荷が重いって云うのに」

火竜公女「それも修行ゆえ、頑張ってください」ころころっ
副官「早いところ大将が帰ってきてくれれば良いんですけどねぇ」

137 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19:44:06.02 ID:O8aL4rAP

――湖の国、首都、『同盟』作戦本部

がやがや

同盟職員「速報が入りました。遠征軍、白夜王国を進発!
 目標極大陸、魔界侵攻。採集へ委員数、24万。総数33万。
 大型船1000隻以上の大船団です」

本部部長「動きましたな」

青年商人「こちらは?」

同盟職員娘「大陸中央部に流通する木炭の価格は前年比320%
 流通量の70%に何らかの影響を行使できています。
 鉄鉱石が多少ふえています」

本部部長「情報が入っています。
 どうやら秘密工房の会計は、木炭を購入する資金を目当てに
 手元に置いていた鉄鉱石の一部を売りに出したようですな」

青年商人「買いたたいてしまって下さい」

本部部長「同じくこれは娼館経由の情報ですが、
 秘密工房および、銅の国の鉄工ギルドは王弟閣下の名前を使って
 夫君の国から木炭を供出させるように、嘆願書を送ったようです」

青年商人「嘆願書、ですか」

本部部長「体裁は嘆願書ですが、内容はかなり威圧的で
 実際問題としては要求書に近いものと思われます」

青年商人「手紙を書きましょう。……そうですね、これは。
 湖の国へ直接で構わないでしょう。
 同じく冬の国の商人子弟殿にも出します。
 片棒を担いで貰いますよ」

138 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19:45:36.28 ID:O8aL4rAP

同盟職員「どうするんですか?」

青年商人「梢の国も湖の国も、もはや南部連合の一員でしょう。
 銅の国ごときの命令を受ける立場にはないはず。
 銅の国の工房に物資を送り込むためには、
 湖の国の湖上輸送を利用せざるを得ません。

   湖を渡る木炭輸送船に関税をかけてもらいます。
 冬の国では防御に用いられた策ですが、
 それが攻撃に用いられるとどうなるか、
 まだ中央の国々は知らなすぎる。

   関税をとりあえず、木炭馬車一台あたり金貨60枚あたりから
 始めましょうか」

同盟職員「60枚!? 木炭そのものよりも高額ですよ!」

青年商人「まだ買わないという選択があります。
 欲しくないのなら買わなければなんの問題もありません。
 輸送連絡路を押さえていないという意味がそれなんですからね」

同盟職員「了解っ」

本部部長「この後の動きですが、どうしますか」

青年商人「……」
本部部長「……」

青年商人「『同盟』で銀行が現在設置されている都市の数は?」

同盟職員娘「64です」

青年商人「南部連合を中心に増やしたとして、100前後ですか」

本部部長「何をお考えですか?」

青年商人「聖光教会の力の根源は数です」

139 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19:47:50.33 ID:O8aL4rAP

同盟職員「信者のですか?」

青年商人「それもありますが、支部の数も大きい。
 支部というのはただの出先機関ではありますが、
 一定の数を越えることで、単体として以上の機能を持ち始める。
 あれは、網状機構です」

同盟職員「よく判りません」

青年商人「つまり、4つの教会寺院は、
 4つの建築物という以上の存在になるわけですね。
 実際のところ、1つの教会寺院よりも
 5倍か6倍の意味合いを持っている」

同盟職員「……ふむ」

青年商人「そのもっとも顕著な例が『為替』です」
本部部長「まさか、為替に手を出すおつもりですか!?」

青年商人「はい」

本部部長「それはリスクが大きすぎるのでは……」
青年商人「承知の上です」

同盟職員「リスクって?」

本部部長「……知っての通り、為替というのは、遠隔地に
 金を送るための機構の一種だ。
 現金を直接送る場合、気候の変動や、盗賊、事故などの
 リスクが存在する。金貨を積んだ馬車ほど野盗のよだれが垂れる
 得物は有りはしない。わが『同盟』でもどれだけの金が
 輸送商談の護衛費に払われているか考えてみれば良い。
 多量の金貨は馬車数台分になることすらある」

同盟職員娘「はい」

本部部長「為替の応用は様々にあるが、たとえばある都市で
 金貨100枚を証書に変える。別の街でその証書を金貨100枚に
 戻すことが出来る。……実際には税がひかれるが、
 これが為替だ。これを実行するためには、別の都市の間に
 同じ組織の支部があり、それなりの資金力を持っていて  信用がないと成立しない。
 ――そして現在それが可能なのは、小さな領土内以外では
 聖光教団だけだと云える」

140 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19:49:49.79 ID:O8aL4rAP

青年商人「聖光教会はこの為替機構を用いて
 莫大な利益を上げています。
 それが教会の力の源泉の一つとなっている」

同盟職員「1/10税ですね?」

青年商人「そうです。為替を売買する場合、
 税として1/10が教会の懐に入る。
 確かに遠距離を護送するに当たって多量の
 傭兵を雇うよりは安くつきますが、
 それでも決して小さな金額ではない」

同盟職員娘「わたし達『同盟』はそれを嫌って
 独自の銀行組織を立ち上げるに至ったのだと理解していました」

本部部長「確かにその側面はある」

青年商人「為替業務は本来銀行の職分だとわたしは考えています。
 教会が主張するように税収の代行業務のオマケではないと
 思っていますからね」

本部部長「しかし、聖光教会の支部の数は莫大で
 これと正面からぶつかれば、いままで様々な商人や
 社会動静を隠れ蓑に使ってきたわたし達の存在が
 注目を集めることにもなりかねません」

青年商人「最大限配慮しましょう。
 しかし、考えても見て下さい。
 いま、この大陸は政治的にも軍事的にも文化的にも
 動乱のまっただ中にあり、
 様々な勢力が虎視眈々とおのれの領域を
 拡張するチャンスをうかがっている。
 そのなかで、聖光教会は指導者たる大主教がゲーム盤を
 離れているのですよ?
 礼節の問題としてすら、この勝負には激突の価値があります」

本部部長「勝機は?」

青年商人「もちろん」にやり「ありますよ」

195 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 22:44:50.20 ID:O8aL4rAP

――魔界(地下世界)辺境部、赤の荒野

勇者「でやっ!」

ボンッ!!

光の兵士「す、すげぇ!!」
光の銃兵「鉄みたいな皮膚の犀の魔物を、一撃で!」

荷運びの作業員「ありがとうございました!」

勇者「なんのなんの。ここいらでは、あの種の魔物が多いのだ。
 歌いながら歩いた方がいいぞ。変に静かに進むより、むこうが
 さけてくれるし」

光の兵士「そうなのか?」
光の銃兵「勇者様、ありがとうございます」

勇者「はっはっは。しばらく一緒に行くぜ」

娼婦のお姉さん「勇者様ぁん♪ かわいい」

勇者「そっ、そういうことは、夜になってからですっ。
 えっちなのはいけないことだと思いますっ」

娼婦のお姉さん「ふふふっ。助けてもらったもの、
 サービスするわよん♪」

    従軍司祭「……」じぃっ

光の兵士「流石勇者様! おもてになる!」

勇者「はっはっは。ボクはそんな欲望のために戦っている
 わけじゃナいのだヨ。世界の平和のためサ」

荷運びの作業員「はっはっはっは!
 勇者様、無駄にハンサム顔になってるぞ、まったく!」

198 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 22:46:30.01 ID:O8aL4rAP

王弟元帥「どうやら随分馴染んでいるようだな」
聖王国将官「ええ」

  光の銃兵「勇者様は銃は撃てないのか?」
  勇者「いーんだよ。おれは雷だせっから」
  光の銃兵「そうなんかぁ? 銃は強いぞ」

参謀軍師「聖百合騎士団から、勇者の身柄引き渡し
 要請があったというのは?」
王弟元帥「事実だ」

聖王国将官「え?」

王弟元帥「勇者は、光の精霊の使徒。
 そうである以上、その存在は精霊の恵みであり、
 教会が世話をするに相応しい、とな」

聖王国将官「何を考えているんでしょう」

参謀軍師「勇者の象徴としての力ですか?」
王弟元帥「教会も気が付いてはいると見える」

  荷運びの作業員「それにしても、重いな」
  勇者「馬どうしたのよ?」
  荷運びの作業員「あの雪の中連れてくるのは大変なんだ。
   可愛い馬っ子は沢山倒れちまった」
  蹄鉄職人「無事な馬は、みんな貴族様の騎馬に持ってかれたしな」
  勇者「そうなのかぁ」

聖王国将官「どうご返答されたんですか?」
王弟元帥「勇者本人の意志による、と答えておいたよ」

聖王国将官「では……」
王弟元帥「どこかで下らぬ夕食会、だろうな。戦場なのに」

参謀軍師「そこで、勇者自身の言葉を聞くと?」

王弟元帥「大主教殿も見極めたいのであろうよ、勇者を」

201 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:29:20.29 ID:O8aL4rAP

――開門都市、庁舎、自治委員会

副官「出来ればそうでなければ良いとは思っていましたが
 人間の軍が近づいてきています」

人間職人長「そうなのか……」

人魔商人「人間? 軍?」

獣人軍人「状況は俺から報告しよう。人間の軍は総勢約三十万」

人間長老「さんじゅうまんっ!?」
魔族娘「ご、ごめんなさいっ」

火竜公女「これこれ。何でも謝ればいいと云うものではありませぬ」
魔族娘「大きい声で、びくっとしちゃって……ご、ごめんなさい」

人間長老「いや、すまぬ」

火竜公女「つづきを」

獣人軍人「約三十万の軍勢だ。これはこの都市の人口の
 おおよそ5倍から6倍に達する」

人間長老「なんと」

副官「彼らは聖鍵遠征軍です。
 つまり、1回はこの街を征服したあの人間の軍ですね」

人魔商人「また人間か! 何回この街を滅ぼせば気が済むっ!」

魔族娘「うううっ」

204 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:30:34.75 ID:O8aL4rAP

火竜公女「我らはここで意見を一つにせねばならぬかと思う」
副官「はい」

人間職人長「意見、とは」
人魔商人「市中の人間族の動向だろう」

獣人軍人「そうだな」
魔族娘「……?」

人間長老「この自治委員会にも何人かの人間が参加している。
 街の人口も、約1/3が人間だ。
 この情報が広まれば、戦火を避けて聖鍵遠征軍に
 投降を考える人間も出てこよう」

火竜公女「そうですね」

人魔商人「つまりは、裏切り者と云うことだな」
獣人軍人「……」

火竜公女「この街は魔王殿の直轄領。
 そもそもこの都市の人間たちは魔族の奴隷として
 この街にいるのではなく自由意志で
 この都市にいるのではありませぬかや?」

副官「……」
人魔商人「……」

火竜公女「で、あれば投降が裏切りとは云えぬのでは?」

獣人軍人「しかし結果としてこちらの情報が
 筒抜けになるやも知れぬ」

副官「話が先走りすぎです、一度戻りましょう。
 そもそも聖鍵遠征軍の現在位置は?」

205 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:32:57.32 ID:O8aL4rAP

獣人軍人「大空洞とこの都市の間に広がる赤き荒れ地。
 奇岩荒野をゆっくりと前進中だ」

副官「速度は?」

獣人軍人「一日に3里がせいぜいだろう」

人間長老「そのままの速度で12、3日ですか」

火竜公女「都市を目の前にすれば、速度も上がりましょうが」

副官「しかし、その位置では、まだこの都市に目標が
 定まったとは言いきれないでしょう。
 進路変更もあり得る場所だ。
 まずは、紋様族、鬼呼族、および旧蒼魔族領地の機怪族に
 警告を発するべきです。異存のある方は?」

人間職人長「……ありませんな」
人魔商人「即座に発するべきだろう」

副官「では、これを決定とします。書き取ってくれ」
魔族娘「は、はい」かきかき

火竜公女「しかし、やはり最大の目的地はこの都市でありましょう」

副官「ええ。現実的に考えればそれ以外にはないでしょうね。
 この都市は近郊最大の物資集積所にして
 交通の要にもなっています。
 いまや、第二次聖鍵遠征の時よりもさらに栄えている」

人間職人長「……」
人魔商人「たわわに実った果物と云うことか」

獣人軍人「この都市の兵力は少ない。
 同規模の都市に比べても少ないのだ。
 ましてやいまは治安維持のための警備軍1500を残すのみ。
 とてもではないが、抵抗はままならない」

魔族娘「うぅ……」

206 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:35:27.25 ID:O8aL4rAP

副官「……いまは、主力騎士はうちの大将が
 連れていってしまってますしね」

人間職人長「……」

火竜公女「まずは、人間の長老どの。
 市民の気持ちのほうを聞かせて頂きたく思いまする。
 都市に住む人間族の住民の声はどうなのかや?」

人間長老「そうですな。……ふぅむ。
 旅商人などを除き、我ら人間の多くは、
 もはや故郷に帰れるなどとは思ってはいませんでした。
 魔族になりきった、などと云うつもりはありませんが、
 少なくともこの都市の住民でいる自覚はあったのです。

   正直に申せば、今さら……という気持ちが強いですな。
 聖鍵遠征軍が“人間の捕虜を救いに来た”というのであれば
 それはまさに今さらでもあるし、そもそものところ
 そこまで非道な扱いを受けているわけでもない。
 救うくらいなら捨てなければ良いではないか、と」

火竜公女「……」

人間長老「逆に一方、人間族の裏切り者として告発を
 受けるのであれば、それこそ噴飯もの。
 こう言っては何ですが、この都市に取り残された人間は
 あの司令官に対する恨みがことのほか強いのです。

   我ら街の住民には一言も告げずに出て行った司令官にね。
 司令官の一存で取り残され、
 この街で暮らしていくしか生きるすべとてなくなった我らを
 今さら裏切り者として告発するのであれば、
 もはや人間界に対する情も枯れ果てる。

   そう考える人間が多数でしょう」

副官「……」

207 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:38:03.43 ID:O8aL4rAP

人間職人長「だがその一方で、
 やっと人間界との連絡が取れ初めてもいた。
 通商といっては云いすぎですが、わずかなやりとりが
 復活しつつあったのも事実です。
 徐々にですが、月に一つ、二つの隊商が行き交うようになり
 これからという時だったのですよ。

   それこそ、この都市を気に入り、
 これならばと家族や子供達に手紙を出そう
 そして、もし良ければ招き寄せてこの都市に骨を
 埋めようではないか。
 そう決意した職人や商店主も数多くいました。
 このわたしにしてからがそうなのですからね。

   魔族と人間が共同して暮らし、活気溢れ、学問が新興しつつある
 この都市でならば、骨を埋めて商売を行なうのも良い。
 そう考える市民も数多くいたのです。
 我らの本音を言えば、戦争なんてまっぴらだ。
 そちらから捨てたのだからほうって置いてくれれば良いというのが
 もっとも本音になってしまうのではないでしょうか」

人魔商人「それはこちらとしても同じ事。
 前回であっても同じであっただろう。
 この都市は別に人間界に攻め込もうと考えたことも
 何かを奪おうと考えたこともなかったのだ。
 かつて栄えた神殿の都は、交易都市として再生を
 遂げようとしている。
 ほうって置いてくれればこれに勝る親切はない」

獣人軍人「しかし」

火竜公女「“しかし”なのでしょうね。
 そのようにして興った貿易の富に引きつけられてくる者は多い。
 かつて魔族の間に血で血を洗う戦乱があったように。
 今度は人間が引き寄せられたのでありましょう」

208 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:39:54.36 ID:O8aL4rAP

魔族娘「あのぉ」
人間長老「なんじゃ?」

魔族娘「ご、ごめんなさいっ」
火竜公女「はっきりと伝えねばなりませぬよ」

魔族娘「……やはり、負けてしまいます…よね?」

獣人軍人「常識的に考えてみて、1500対30万では話にならない」

魔族娘「そ、そうですよね……」しょんぼり

人魔商人「……お前は、抗戦を主張したいのか?」

魔族娘「いっ。いえ、そんな。意見なんて滅相もないですっ。
 ……で、でも」

火竜公女「……」ぽむぽむ

魔族娘「その、……わたくしごとなのですが。
 ……わたし、ほら。何族だかも判らないではないですか。
 蒼魔族っぽい肌ですけれど、竜族みたいに角もあるし
 でも猫目族みたいな瞳でもあるし……雑種って云うんですか。
 血混じりっていうんでしょうか……。
 その」

人魔商人「何を言いたいのだ?」

魔族娘「いえ、すいません。ごめんなさいっ。
 ただ、衛門の一族って、なんかすごく嬉しかったので……」

人間長老「……」

魔族娘「故郷というか、自分の家みたいに思えてきて。
 この街が……、なんだかすごく大切で」

人間長老「ふぅむ」

210 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:42:15.72 ID:O8aL4rAP

獣人軍人「われら衛門の一族は自由を尊ぶ一族であるか」
副官「そうですね」

人間職人長「それはそれで仕方ないでしょう」

火竜公女「出来れば今すこし余裕を持った
 やり方を選択したくはありましたが、詮方ありませぬ」

副官 ぐるり 「各々がた、よろしいな」

人間職人長「……」 人魔商人「……」
獣人軍人「……」 人間長老「……」

副官「では、我々自治委員会はこの事実をつつみ隠さず
 全ての市民に公表したく思います。
 その上で、抗戦か、降伏か、交渉か、その意見を募りたい。

   議論の期限は三日としましょう。
 その議論の中で逃げ出すものも、人間の軍に降るものも
 いるかも知れませんが、それはそれで、仕方がない」

獣人軍人「とうてい賢いとは云えませんが、仕方ないでしょうね」

人魔商人「魔族には、それぞれ氏族ごとに流儀という物がある。
 流儀を失って賢くあるよりは、衛門の流儀に従おう」

人間長老「異存はありません」
火竜公女 こくり

副官「各々がたも近しい方と十分の論議をして頂くことを
 望みます。どのような結果になってもそれは自分たちが
 選んだと思えるように」

人間職人長「今度は口が裂けても“選択の余地が無く
 捨てられた”などとは言いたくないものだ。
 捨てるにせよ、護るにせよ、それは我らが決めることなのだから」

火竜公女「願わくば、我らが行く手に、碧の光のあらんことを」

227 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:10:46.78 ID:bGZgmCoP

――遠征軍、奇岩荒野、野営地中央、豪奢な天幕

王弟元帥「では、勇者の無事の帰還と、その武勇を称えて!
 またこたびの遠征の輝かしい勝利と我らが凱旋を願い、乾杯」

参謀軍師「乾杯!」 聖王国将官「乾杯!」
灰青王「乾杯!」 百合騎士団隊長「乾杯!」
大主教「……精霊の恵みを」 従軍司祭長「我らに光を」

勇者「これ美味いな!」もぐもぐ

王弟元帥「勇者は本当に健啖だな」
灰青王「うむ、一人前の英雄とはかくあるべしだ」

勇者「いや。すまないな。こんなに大食いで。
 思うに魔力の上限が高いと、その補充のために
 食うようになる気がする」

王弟元帥「ふむ、興味深いな」

参謀軍師「勇者殿。これは霧の国産の葡萄酒ですぞ」

勇者「いただきまっすっ!」

聖王国将官「勇者が見てくれている大隊は、他の大隊と比べて
 底なし沼にはまり込んだり、魔物に襲われたりして出る被害が
 二桁も少ないのですよ。本当にありがとうございます」

勇者「いやいや。みんなを護るのも勇者の役目」

大主教「……」
従軍司祭長「……猊下、あの青年はもしや……」
大主教「……」

勇者「あったりまえのことですから」えへん

王弟元帥 ちらっ
大主教「――」

228 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:12:41.34 ID:bGZgmCoP

灰青王「それに、感心したのはあれだ」

参謀軍師「おお!」

聖王国将官「あれですな」

灰青王「うむ。あれだけの野生馬の大群、
 どのように呼び寄せたのだ? まるで魔法のようだったが
 あのような技は知られてはおらぬだろう」

勇者「あー。あれは、夢魔鶫がね」

参謀軍師「つぐみ?」

勇者「いや。あー。たまたまあのあたりに
 野生馬の群がいたのを知っていたのと、あとは勇者魔法だよ。
 あそこの馬は野生で小型だから軍馬には向かないけれど
 荷馬にするには十分だろう?」

王弟元帥「うむ、早速感謝の言葉が諸侯から届いている」
参謀軍師「ええ、これで荷運びが随分と楽になりますからね」

聖王国将官「傷病者の運送もだ」

勇者「はっはっはっ。大したことはないのだぜ」

王弟元帥「大主教猊下。ぜひ猊下からも、この光の子に
 暖かきお言葉を賜れないでしょうか」

大主教「……百合の」

百合騎士団隊長「はっ、猊下」

大主教「勇者に杯を取らせよ」

百合騎士団隊長「畏まりましたっ」

229 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:14:01.95 ID:bGZgmCoP

百合騎士団隊長「勇者殿、猊下からの杯です」すっ

勇者「えーっと」どぎまぎ

百合騎士団隊長「さぁ」

王弟元帥「照れているのか、勇者?」

聖王国将官「百合騎士団の団長は、大陸でも有名な美姫ですからね」

勇者「いや、そういうわけではないですよ?」
百合騎士団隊長「さぁ」にこり

王弟元帥「ふっ。隅に置けぬな」

勇者「いえいえ、では頂きます。ははっ」
百合騎士団隊長「お注ぎしましょう」

大主教「……」

王弟元帥(なんだ、この重苦しさ……)

勇者「いや、綺麗な色ですね! これはどこのお酒ですか?」

従軍司祭長「教会直轄領において、乙女が一粒づつ手詰みを
 して作る最高級の琥珀葡萄酒ですな」

勇者「貴重な物なんですねっ!」

百合騎士団隊長「猊下のおこころざしです、さぁ」

王弟元帥(……何か、あるのか?)

勇者「いっただっきまーす!         “消毒呪”」

大主教「……」じぃっ

勇者 ごっきゅんごっきゅん 「美味いっす!」

230 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:15:56.66 ID:bGZgmCoP

ばさり

料理人「閣下、お持ちしても宜しいでしょうか?」
参謀軍師「うむ、持ってきてくれ」

勇者「お!」

がたり!

料理人「さぁ、どうぞ! 勇者様! こいつはとびきりですよ」

勇者「ありがとうな、料理人! それから牛追いの皆にも礼を」

料理人「いえいえ、とんでもない。光栄なことです!
 こんがり焼き上げた仔牛の丸焼きですよ、
 こいつを作るのにはたっぷり丸一日かかるんでさぁ。
 腕によりをかけたんで、美味しく食って下さい!」

王弟元帥「ん? 料理人と知り合いなのか?」

勇者「いや、数日前に」もぐもぐ 「河のところで、
 香辛料が濡れちまうって云ってたから、少し助けただけ」

参謀軍師「そうでしたか。ああ! 湖面が凍り付いて
 渡河が非常に早く終わったことがあったというのは」

聖王国将官「勇者殿の器の大きさを感じさせますな」

灰青王「ふぅん」にやり

大主教「……勇者」

勇者「はいな?」 もぎゅもぎゅ

233 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:17:28.99 ID:bGZgmCoP

大主教「そなたの武勇と献身を光の精霊はご寵愛下さる」

勇者「……そうかなぁ。
 いつも泣きそうな顔してない? あのひと」

百合騎士団隊長「……っ!?」
従軍司祭長「……っ!!」

勇者「いえ、すいません。で?」

大主教「どうだろう、そなたに聖別を施したいのだが」

  勇者(小声)「すまん。聖別って何?」
  参謀軍師(小声)「この場合は聖職者として
   迎えたいという意味ですね」

勇者「あー。無理」ぱたぱた

従軍司祭長「……っ!」

百合騎士団隊長「勇者殿、猊下のお誘いをっ」

勇者「いや、それは、その。すごく有り難いのですが。
 猊下ともいらっしゃいますとね、ほら。
 恐れ多いというか、なんというか。
 神々しくて近寄りがたいというか、なんというか
        ……実際はもう売約済みだしね、うん」

従軍司祭長「では、こうされてはいかがでしょう?
 聖別を受けるかどうかはともかく、勇者殿はしばらく
 聖百合騎士団の、天幕で暮らして頂いては。
 身も心も清らかな乙女との暮らしは
 俗界の汚れが落ちると申しますよ」

勇者「うわー」

王弟元帥(どこまで押すつもりなのだ。教会は)

237 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:20:34.42 ID:bGZgmCoP

勇者「それはその。めくるめく誘惑ですね。えー」

百合騎士団隊長「歓迎いたしますよ?」にこり

勇者「でも遠慮します」

従軍司祭長「なにゆえに?」

勇者「いや、ほら。ね。……勇者なんてやっていると、
 肘までどっぷり血にまみれているでしょう?
 これが俗界の汚れなら、今までの俺の為した所行
 これ全て汚れですしね」

従軍司祭長「それゆえ、清らかな光で贖罪を……」

勇者「それに、なんだかんだ理屈こねたところで、
 これからここにいるみんなで“汚れ”を
 大量生産しに行くのでしょ?
 今から清めたところで、また血を浴びるなら、
 それこそ二度手間じゃないですか。

   口清く“罪は洗い清められた”などと云ったところで
 胸の重しが取れるわけで無し。
 それならいっそ、あの生暖かい、ぬるぬると滑る、
 鉄の香りの後悔と痛みを自覚していたほうが
 まだ両足で立てるかと」ひょい、ぱくっ

百合騎士団隊長「……」

王弟元帥(ふふんっ。小気味の良いことを)

勇者「まぁ、それ以外にも。ほら、自分、今回は
 王弟元帥のところの食客ですからね。
 ずいぶん飯を食わせて貰った義理があるわけで」

王弟元帥「いやいや」

244 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:23:13.29 ID:bGZgmCoP

勇者「そんなわけで、聖別は遠慮しますが、
 王弟元帥がしばらく教会の生活も味わってみろと
 いうのならばおじゃましますよ。

   俺個人は、職人さんやら料理人のおっちゃんと一緒に
 馬車でゴロ寝旅が良いんですけれどね。

   ですので、俺の寝床については、王弟元帥と相談して
 決めて下されば、それで結構ですよ」

王弟元帥「いやいや、義理堅いな。流石民の規範」

参謀軍師(義理堅い? ……ちがう。狡猾なのだ。
 大主教と王弟元帥閣下の間に自分をぶら下げて
 “欲しいほうが力尽くで取れ”と宣言したに等しいぞ。
 ……閣下は判っているだろうが)

灰青王「ははは。騎士隊長。ふられてしまいましたね」にやっ
百合騎士団隊長「これも、全て精霊の御心。しかたありません」

聖王国将官「勇者ともなりますと、貫禄ですな」

勇者「いやー。旨い飯さえあればどこででも働く男ですよ、俺は。
 世界の平和のために戦っている聖鍵遠征軍の中枢なんて
 こちらが申し訳ないくらいですよ」

王弟元帥「では、この話は我らと猊下で詰めておくとしよう。
 まぁ、そのようなことは些末時。
 勇者、子牛肉が冷めてしまうぞ?」

勇者「お。そうだった。やっぱり王弟元帥は物がわかっているな!」

灰青王「ではわたしもご相伴させて貰おうかな」
勇者「うん、食べよう食べよう。皮のところが美味しいと思うぞ!」

従軍司祭長「……ちっ」

278 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 01:44:18.30 ID:bGZgmCoP

――冬の国、首都冬の都、商人街

のっしのっしのっし

大きな衛兵「ここか?」

ちび羽妖精「ココー」

大きな衛兵「すまん。はいるぞ?」

ガラス職人「いらっしゃいませー」

ちび羽妖精 きょろきょろ

大きな衛兵「主人はいるか?」
ガラス職人「私がそうでございますよ」

ちび羽妖精「ココ、がらすノ瓶ハアリマスカ?」

ガラス職人「わぁっ!?」がたんっ

ちび羽妖精「ワァッ」びくっ

大きな衛兵「驚かせて済まない。しかし、話は聞いているだろう。
 この小さき物は、街の南の領事館に住む、職員。
 妖精族のちび羽妖精だ」

ガラス職人「はっ、はいっ。は、始めておめ、おめ、おめに」

ちび羽妖精「初メマシテ」ふわふわぺこり
ガラス職人「初めまして」ぺこり

ちび羽妖精「がらす瓶アリマスカ?」
ガラス職人「ご、ございますよ」

280 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 01:46:01.06 ID:bGZgmCoP

ちび羽妖精「コレ?」
ガラス職人「こちらは全てでございます。どのような用途に
 おつかいでしょうか?」

ちび羽妖精「ヨウト?」
大きな衛兵「使い道だな」

ガラス職人「はい」

ちび羽妖精「がらす瓶ヲ作レル人ヲ買イタイデス」
大きな衛兵「ああ……」
ガラス職人「は?」

ちび羽妖精「ソウイウ人ヲ欲シイ氏族ガイマス」
大きな衛兵「うーむ」

ガラス職人「ふぅむ、職人の募集ですか」

ちび羽妖精「ダメデスカ?」
ガラス職人「そう言うわけではありません。
 新しい街へ職人を募集するなどと云うことは開拓村では
 良くあることですから。ただし、行く先はそのぅ、
 魔界なんですよね?」

ちび羽妖精「ハイ」

ガラス職人「では、ギルド会館にご案内しましょう」

ちび羽妖精「ぎるど?」

ガラス職人「ええ。職人はみなそこに登録をしているのですよ。
 若くてチャンスを待っている僕の後輩や、まだ徒弟の年季が
 開けたばかりの者もいます。何が出来るか見てみましょう」

282 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 01:50:20.33 ID:bGZgmCoP

――遠征軍、奇岩荒野、野営地、開門都市まで12里

従軍司祭長「残すところあと12里まで迫りましたな」
百合騎士団隊長「はっ」

王弟元帥「もはや一息。開門都市へは斥候をだしています」

灰青王「そうですな」

大主教「……精霊の御心のままに。
 このまま速度を上げ、到着と同時に一斉攻撃を仕掛けよ
 光の教徒の全力をもって陶片のような魔族の抵抗を打ち破り
 あの都市に教会の旗を立てるのだ」

王弟元帥「それについては」

従軍司祭長「我ら、最強の聖鍵遠征軍は、
 三日後の夜を待つことなくあの都市を平らげるでしょう。
 各々がたも、よろしいな?」

王弟元帥「お待ち下さい」

従軍司祭長「何か異論でも?」

百合騎士団隊長「これは託宣ですぞっ!」

王弟元帥「しばしおまちを。報告を」

参謀軍師「はっ。我らは魔界へと侵攻を果たしてから
 約10日の行程を踏破して参りました。
 ここまでの行軍にて兵の疲労は頂点に達しています。
 また思ったよりも時間がかかりましたゆえに、
 糧食の控えは後一月分もございません。
 また今回の戦、敵地へ限りなく
 奥深く入り込んでいることを片時も忘れるわけには行きません」

285 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 01:52:49.90 ID:bGZgmCoP

参謀軍師「ここまでの行軍路の途中には幾つか陣営地を残し
 糧食の保管および警備にあたらせて、
 輜重隊の動きを助けさせていますが、
 補給線は限りなく伸びきりとっさの動きには
 対応しづらいのが現実です。

   もちろん最初の一撃で戦を決めることが出来れば……
 いいえ、一撃とは言いません。
 二週間で決めることが出来れば問題はないかと存じます。
 あの都市には大量の食料もあるでしょうから。
 しかし、それ以上かかりますと、
 追い詰められるのはこちらかと」

従軍司祭長「遠征軍は最強ではなかったのかっ?」

王弟元帥「それは適切な準備を行ない、
 油断も慢心もなく戦った場合のこと。
 九分九厘勝てるであろう、などという甘えは戦場では禁物です」

聖王国将官「この件では、戦場の意見にも耳を
 傾けて欲しく思います」

灰青王「ふぅむ……」 ちらっ

大主教「申してみよ」

王弟元帥「本隊をもう10里進めて、本格的な宿営地を作ります。
 出来れば、木材を切り出して見張り塔程度は作り上げたいところ。
 付近の地形を測量し、カノーネの威力を最大限に生かせる
 布陣を作りつつ、兵には十分な休息を取らせますな。
 断続的な砲撃にて、防壁は数日で崩れ始めるでしょう。

   またその一方、マスケット兵および騎馬部隊を中心に編制した
 遊撃部隊15万にて西進。旧蒼魔族領地を強襲します」

従軍司祭長「……旧蒼魔族領地?」

百合騎士団隊長「なにゆえに?」

287 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 01:56:25.55 ID:bGZgmCoP

王弟元帥「魔族どもは一族ごとに暮らしているというのは
 すでにお聞き及びかと思います。
 旧蒼魔族領地はここから往復で20日程度の距離ですが
 その領地に侵攻、全土制圧を行ないます。
 蒼魔族の軍勢は地上にて討ちやぶり
 我々が独自に入手した情報によれば、
 かの領地は今は少数の混成軍で護られているとのこと。

   開門都市に砲撃を加えつつであればそれが牽制となり、
 魔族は連携を取ることすら出来ず、
 旧蒼魔族領地を見捨てる決断となってそれは現われましょう。

   軍は失いましたが、蒼魔族の農奴たちは
 自らの領地に残り耕作しているはず。そこで食料を入手します。
 また、蒼魔族は多くの鉱山を持ち、その中には硝石を
 算出するものもあります」

百合騎士団隊長「硝石……?」

参謀軍師「聖鍵遠征軍の主力、銃兵がもちいる火薬の原料です」

灰青王「それは是が非でも入手の必要があるね」

大主教「火薬は少ないのか?」

参謀軍師「聖鍵遠征軍30万が全力で戦った場合、
 8日分が現在確保している量です」

大主教「なんの問題もない。それだけあれば開門都市を
 落とすことは可能だ」

従軍司祭長「8日あれば魔族を一網打尽に出来ましょう」

百合騎士団隊長「確かに」

王弟元帥「しかし、完全に、ではない」

従軍司祭長「くどい。これは猊下のご意向。
 ひいては精霊のご意志ですぞっ!」

288 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 01:59:26.22 ID:bGZgmCoP

王弟元帥「しかしお考え下さい。
 開門都市を落としてもまだ終わりではないのです。
 ここはまだ魔界の玄関口に過ぎません。
 この後魔界の全土を転戦するためには、
 旧蒼魔属領の豊富な鉱物資源、とりわけ硝石が必須です」

灰青王「ふむ」ぽりぽり

百合騎士団隊長「そこまで硝石とやらが重要でしょうか?
 われらは猊下のご意志に従う光の戦士です。
 兵の疲労? そのような甘えは純然たる信仰と
 陛下の祝福に吹き飛びましょう」

大主教「ふふふ。……判っていないのはそなただ。
 ――目の前には開門都市。“門”たる祭壇と“鍵”たる勇者は
 我らが手の内にある。魔界全土で戦う必要などどこにある」

王弟元帥「は?」

参謀軍師「斥候の報告によれば、開門都市は長大な防壁を築き
 近隣諸氏族の軍をも率いれ、我が軍との激突姿勢」

従軍司祭長「それこそ好都合。会戦にてけりをつければ
 遙かに簡単に魔族の心根を砕くことができましょうぞ」

参謀軍師「っ」

聖王国将官「――それです」

従軍司祭長「は?」

聖王国将官「我ら聖鍵遠征軍は、
 確かに強大な戦力と兵力を有しますが
 それだけに兵の末端にまで指令を行き渡らせるのは至難の業。
 一斉攻撃は確実に巨大な攻撃力を有しましょうが
 いまだかつて10万を超えるような兵力を投入した戦場は
 歴史上存在しません。
 その混乱ぶりは想像を絶するでしょう。
 もとは農奴の兵士がどのような行動を取るかどうかも判りません。
 最悪、遠征軍は瓦解する可能性もあるのです」

292 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 02:02:57.07 ID:bGZgmCoP

従軍司祭長「……っく」

百合騎士団隊長「灰青王さま?」
灰青王「はい」

百合騎士団隊長「兵については、掌握が出来るのでしょう?」
灰青王「それは、そのための前線司令官ですからね」

聖王国将官「灰青王陛下っ!」

百合騎士団隊長「昨日ゆっくりと話してくださいましたよね?
 マスケット銃の運用の仕方について……。
 期待させてくださっても構いませんわよね?」くすり

灰青王「まぁ。お任せ下さい。としか云えんでしょうね」

参謀軍師(取り込まれたかっ)

大主教「これでもまだ不安か、王弟元帥」

王弟元帥「ええ。不安ですね」

大主教「ふっ。ふははははっ。臆病ではないか? 王弟元帥」

王弟元帥「我が身の使命は猊下および中央大陸の権益と
 その体制を保ち永遠を護ることだと考えております。
 そのためには、臆病で丁度良いかとも思いますが?」

参謀軍師「……閣下」

灰青王「いやいや。硝石が必要というのも判ります。
 そもそも魔族の軍の陣容や人数だって判ってはいない。
 しかしね、あの都市の駐留軍を併せても5万を大きく
 越えると云うことはないでしょう。
 それにたしかに20万は多すぎです」

294 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 02:06:32.82 ID:bGZgmCoP

大主教「……」

灰青王「ここは軍を二分しましょう。
 二正面作戦は定石から云えば悪手ですが、
 幸い聖鍵遠征軍にはそれを可能にするだけの兵力がある。
 いままでの駐屯地や補給線の防衛に回した分を
 差し引いても未だ18万の兵力は温存している訳ですよ。

   王弟元帥には5万の兵力を率いて、蒼魔族の領地を落として頂く。
 王弟元帥の仰るとおり手薄な領地であれば、
 5万の兵力であっても十分でしょう?

   そして開門都市攻略千には15万の軍を率いて当たる。
 カノーネをこちらに残して頂ければなお結構。
 それであってもおそらく魔族の4倍。悪くて3倍。
 蹂躙するには不足がない。……いかがです?」

大主教「よかろう。開門都市を落とせば光は見えるのだ」

従軍司祭長「……宜しいでしょう」

百合騎士団隊長「期待していますわ。灰青王さま」

王弟元帥「……」

従軍司祭長「宜しいですな、王弟元帥閣下」

王弟元帥「承知した」
参謀軍師「……」

灰青王「明朝には?」
大主教「明朝には出発だ。兵には行進速度を速めさせるよう」

従軍司祭長「精霊は欲したもう」

百合騎士団隊長「全ては精霊の御心のままに」

349 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 20:18:16.53 ID:bGZgmCoP

――火焔山脈、その麓

ヒヒィーン、ブルブルブル

生き残り傭兵「どう、どう」
ちび助傭兵「どうだった」

傭兵弓士「うん、この先がどうやら火焔山脈だな。
 山門には“焔璃天”と書かれていた。
 この山道の先が火竜一族の城と云うことで間違いないらしい」

メイド姉「助かりましたね。比較的あっさり見つかって」

傭兵弓士「いいや、問題はここからだろう。
 山門には衛兵が詰めていたが、どれも一騎当千といった印象で、
 微塵の油断もなかったぞ。数十の手勢で突破できるような
 場所じゃない」

ちび助傭兵「まさか! そんなあほな!
 突破なんてしていたら命がいくつあっても足りない」

傭兵弓士「どうするんだ?」

メイド姉「ここに限ってはどうにかなる策があるんですが」

生き残り傭兵「ふむ。いけそうなのか?」

メイド姉「おそらく」
生き残り傭兵「聞こうじゃないか」

メイド姉「いえ、聞かせるような策でもないんですけれど……」

生き残り傭兵「?」

351 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 20:20:47.94 ID:bGZgmCoP

――火焔山脈、山門

竜族衛士「止まれっ!」
竜族衛士「汝ら、何者だ! 名を名乗れっ」

メイド姉「あー。こほん。わたしだ」

竜族衛士「まっ!? 魔王様っ!!」
竜族衛士「なんだって!?」
竜族衛士「間違いない。魔王様だ。
 俺は忽鄰塔でお目にかかっているんだっ」

  傭兵弓士「魔王って云ってるよ。本当に魔王に化けられるのか」
  生き残り傭兵「ちょ……。あの姿、なんだってんだ」
  ちび助傭兵「魔法使いだったのか!? 代行はよっ」
  若造傭兵「驚かない。俺は何が起きても驚かない」

メイド姉「火竜大公に取り次いでくれないか。
 内密、かつ急ぎの用件だと云って貰えば良い」

竜族衛士「しかし、この人間達は……?」

メイド姉「彼らは人間界から一緒に旅をしてきたわたしの護衛だ。
 出来れば別館で馬の世話を見てもらえぬか。
 長旅で蹄鉄などがすり減っているやも知れぬからな。
 我らの旅は、これからも長い。
 ねぎらってやってくれると助かる」

竜族衛士「はっ。判りましたっ。
 おい、至急大公に取り次ぐんだ。
 それから、おつきの方々は衛士宮にお望みの施設がありますゆえ」

メイド姉「頼む」

生き残り傭兵「良いんですかい、お嬢……魔王どの」
メイド姉「“心配ない”」

竜族衛士「では、おつきの方々はこちらへ」
メイド姉「話し合いで片がつく。で、無ければあがいても意味はない」

357 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 20:31:46.34 ID:bGZgmCoP

――火焔山脈、紅玉神殿、応接室

竜族衛士「こちらでございます」

メイド姉「ありがとう」

竜族衛士「大公様! 火竜大公様! 魔王様をお連れしました」

  火竜大公「入って下され」
メイド姉「ここからは内密の話だ。下がっていてくれ」

竜族衛士「はっ。承知しました」

がちゃり

メイド姉「……ふぅ」
火竜大公「ぬ」ぼうっ

メイド姉「お初にお目にかかります」ぺこり

火竜大公「お前は何者だ? その姿は確かに魔王殿だが
 人間の匂いがするな……」

メイド姉「はい。人間です。わたしはメイド姉と申します」

 きらきらきら……

火竜大公「幻術の指輪か……」
メイド姉「はい」ひゅるんっ

火竜大公「ここに忍び込んだのは、どのような用件だ」
メイド姉「まずは、このように訪れたことをお詫びいたします」ぺこり

火竜大公「ふんっ」

メイド姉「……あまり驚かれないし、お怒りになられないのですね」

火竜大公「この数年で無礼な闖入者には馴れたわ。
 勇者を皮切りにどいつもこいつも人間と来ておる」ぼうっ

359 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 20:34:56.01 ID:bGZgmCoP

メイド姉「申し訳ありません」
火竜大公「その礼の尽くしかたは、メイド長に学んだか」

メイド姉「はい。わたしの先生です」
火竜大公「そうか」

メイド姉「わたしはメイド長さまと魔王様に学びました。
 生徒、と云うか師弟……のようなものですね。
 もっともわたしは正規のそれではなくて、
 魔王様のお世話をさせて頂きながら、
 聞きかじりをしたに過ぎないのですが……」

火竜大公「ふむ」

メイド姉「と、言っておいて申し訳ないのですが、
 今回伺わせて頂いたのは魔王様の命令や伝言、あるいは
 書状を携えて参ったわけではありません。
 現在わたしは魔王様のもとを離れて活動しています」

火竜大公「誰か、もしくは何らかの組織の指示を受けているのか?」

メイド姉「いえ。わたしの意志です」

火竜大公「ならばよかろう。ふはは」ぼうっ

メイド姉「?」

火竜大公「腐ってもこの火竜大公。魔界の大氏族、四竜が長。
 使いごときと問答する口は持ち合わせぬ」

メイド姉「ありがとうございます」

火竜大公「礼には及ばぬ。気に入らぬ事をさえずるならば
 そのそっ首を食いちぎれば済むだけゆえ
 話をさせているに過ぎぬ。
 魔王の姿まで借りてここに来た用件を言うが良い」

メイド姉「竜族に伝わる宝をお借りしに参りました。
 いえ、返せない可能性もあるので、
 お譲り頂けると嬉しいのですが……」

火竜大公「何が望みだ? “ふぶきのつるぎ”か?
 それとも“女神の指輪”か?」

メイド姉「“ひかりのたま”です」
火竜大公「っ!?」

362 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 20:58:36.65 ID:bGZgmCoP

火竜大公「何故その名を人間であるお前が口にするっ」

メイド姉「……」

火竜大公「答えよ。それは我が竜族の秘事に関することぞっ。
 なんとなれば、それこそは我らが竜族永遠の宝。
 魔王との最初の契約にまで遡る、伝承の礎。

   我ら竜族が何故魔族の中でもっとも古く、
 もっとも偉大でもあり、最も高く重要な位置を占めているのか。
 それは、“ひかりのたま”が伝えられているからなのだ。

   伝説は伝える。
 “ひかりのたま”を失った我らが一族の王が
 如何にして狂い、歪んだかを。
 如何にして死んだかを。
 その宝を貸す事さえ慮外であるのに、
 与えて欲しいとは何を言うっ」 ごぉぉっ

メイド姉「それでもお願いします」

火竜大公「答えよ、何故その名を知るっ!? 人間」

メイド姉「……夢で見ました」
火竜大公「夢で?」

メイド姉「おそらく」
火竜大公「雲を掴むような話ではないか」

メイド姉「遙か時の彼方、古の昔……」 火竜大公「――」

メイド姉「精霊に五つの氏族有り。後の世に云う五大家。
 全ての魔族は祖先を辿れば、精霊に行き着くと云いますね。
 精霊は争いのない理想郷に住む祝福された存在でした。
 何故それが魔族としてこの地へおりることになったか。
 それは五大家の一つ、土の家に汚れしものが生まれ、
 炎のカリクティス家との激しい争いを行なったから。
 その憎しみは精霊の世界を汚染して、
 世界は叩きつけられた水晶球のように無数の破片に砕けた」

363 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 20:59:28.93 ID:bGZgmCoP

メイド姉「炎の宗家に生まれた一人の娘は、
 その命を、哀れな民を救うことに捧げ、天に召されます。
 彼女は光の精霊になることによって精霊の民の生き残りを救い、
 世界には人々という種子がまかれた。

   “ひかりのたま”は彼女の残した贈り物の一つ。
 でも、なぜ?

   なぜ彼女は人間の世界で信仰を集め、
 この魔界では知られていないのでしょう?

   それなのに何故、地上の教会にも魔界と同じ物語の
 痕跡が残っているのでしょう?

   あの人はあの青い海の中でそれを教えてくれた。
 わたしは人間として最初からそれを知っていた。

   わたしたち人間は、理想郷を滅ぼした土の氏族の末裔だから。
 そして魔族は光の精霊が救おうとした、理想郷の末裔だから。

   あなたたちの先祖は彼女が神ではない事を知っていた。
 彼女は勇気はあったけれど全能とはほど遠い存在だと
 知っていた……。
 ただ人々の救済を願った一人のか弱い精霊だと知っていたから。
 だから魔族は彼女を崇めなかった。
 ただ尽きせぬ感謝を込めて伝説へと……物語へと残した

   わたし達の先祖は耐えられなかった。
 自分たちがあんなにも胸焦がすほど愛していた理想郷を
 打ち砕く切っ掛けになってしまったことにも耐えられなかった。
 そしてそれを全能でも全知でもない一人の少女が
 命を捨てることによって救ったことにも耐えられなかったから。
 だから彼女を神としてまつることしかできなかった。

   しかし時は流れ、わたし達は長い旅路の果てに起源を忘れる。
 雪にふりこめられ自分の足跡を見失うように。
 後悔と贖罪の気持ちは同じだったはずなのに、
 耐えられなかった痛みを忘れ、永久の感謝を忘れる。

   誰も悪いわけではないけれど
 何を間違えたわけでもないけれど
 それでも道を違えた地上と地下は、遠く遠くすれ違う」

365 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:01:05.33 ID:bGZgmCoP

火竜大公「そのような話聞いたこともないっ」
メイド姉「はい」

火竜大公「お前は詩人の絵空事を信じよと云うのか」

メイド姉「出来れば。でも、信じて頂きたいのは
 “ひかりのたま”を貸して頂きたいからではありません」

火竜大公「ではなぜだ?」
メイド姉「一人の胸に納めるには悲しいお話ですから」

火竜大公「お前は怖くはないのか、命が惜しくはないのかっ」

メイド姉「怖いです。恐ろしいです。
 ……わたしは貧しい生まれです。死が首筋を撫でるのを
 感じたことが何回もあります。雪の夜に膝を抱え、
 夜が明けるまでわたしは生きられるだろうかと
 何万回も問う夜を過ごしたこともあります。
 ……でも、それでも、死よりも恐ろしいものがある」

火竜大公「それはなんだ」

メイド姉「死よりももっとひどいこと。です。
 何もしなければ、わたしの大事な人も大事な場所も
 大事な思い出さえも砕かれ、踏みにじられ、虚無に沈む。
 その確信があるから。いまは怯えている暇は、ありません」

火竜大公「それゆえ、竜の宝を欲すると?」

メイド姉「……“ひかりのたま”は
 彼女の残した思いでだとわたしは思います。
 竜の氏族に託された宝物ではあるけれど、
 同時にそれは、ありてあるものの一つに過ぎません。
 永遠ではないものです。

   本当はご存じのはずです。
 永遠でないものは、永遠ではないんです。
 それを用いて何を為すかを試されるために
 あらかじめ与えられた物。

   ですから、それをお与え下さい。わたしが使うために。
 地上のみんなに思い出して貰うためには
 “ひかりのたま”が必要だと思うんです。
 みんなが“自分の分”の血を流すために」

366 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:02:41.45 ID:bGZgmCoP

火竜大公「……汝の言葉は、あるいは正しいやもしれぬ」

メイド姉「……」

火竜大公「しかし、汝が汝の言葉の正しさを
 貫くだけの力があるかどうかどうして我に判ろうっ。
 ここは竜の領域、われは竜族の束ね、火竜大公。
 歴史ある氏族を司る者として
 汝を信用するわけには行かぬ。
 魔族として汝は何ら証を立ててはいないのだ」

メイド姉「……ですがっ」

火竜大公「今や魔界へと人間の軍が侵略の手を伸ばしてきた
 汝もそれは知るであろう?」

メイド姉「はい」

火竜大公「その細腕で、平和を望むのか?」
メイド姉「はい」

火竜大公「どいつもこいつも、途方もない夢を語る」
メイド姉「この胸に芽生えた声なき声のせいです」

火竜大公「では、証明して見せろ」

メイド姉「証明……?」

火竜大公「あの軍勢のどれだけでもよい。
 汝が退かせて見せよ。

   我ら魔族は、行動を持ってそのものの勇を見定め
 信おけるかどうかを判断する。

   その一事を持って、汝が宝玉を持つ資格ある者と認めよう。
 欲に駆られて血走り濁った瞳を持つ餓狼の群。
 その前に一人立ちはだかり、何が出来る?

   女に身である汝には無理だ。諦めるが良い」

367 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:04:25.31 ID:bGZgmCoP

メイド姉「やりましょう」

火竜大公「ふんっ!! 汝が死んでも
 我のあずかり知るところではないっ。
 強がりを言うたとて意味はないぞ」

メイド姉「証明を終えて、もう一度お伺いします」

火竜大公「我は一切の兵は貸さぬ。汝が汝の持つ力と仲間とやら
 その力だけを持って、一軍を退かせるのだ」

メイド姉「お心遣いに感謝します」

火竜大公「……」ぎろりっ

メイド姉「“退かせろ”とおっしゃってくれたことに。
 “殺せ”であったならば、わたしはもし仮にそれに成功しても
 その後みんなに語るべき言葉を失ってしまうところでした」

火竜大公「そのよう寝言は、条件を果たしてから云うが良い」

メイド姉「はい」にこり

火竜大公「なぜ笑える」

メイド姉「それが先生の教えですから」

火竜大公「お前のような娘と話すと目がくらむ。
 魔王殿も、良く飽きもせずこのような知己や仲間を
 次々と作りなさるか。この老骨、もはや目の回る思いよ」

メイド姉「もう一人の師匠は云っていました。
 “弱気が兆してきたらそれ以上考えるのはやめることだ。
 確かに頭は弱くなるかも知れないが、
 大抵はそれで上手く行く”と。
 わたしのこの胸には宝物が溢れています。
 その輝きを曇らせないために、この足を止めるわけには参りません」

379 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:43:19.16 ID:bGZgmCoP

――開門都市、南門近く、臨時兵舎大会議室

副官「現在聖鍵遠征軍はこの開門都市から12里の地点におり
 早ければ明後日にでも襲いかかってくるかと思われます。
 あまりにも膨大な量の軍なのでしかとした把握は出来ませんが
 20万に迫る軍を抱えております」

鬼呼の姫巫女「20万……」
鬼呼執政「改めて聞くと気が遠くなりますな」

獣人軍人「しかし、幾つかの斥候の報告では、
 隊を二分する動きもあるなどとありますが、
 あまりにも膨大、その宿営地の大きさもともすれば
 この都市に匹敵するほどのサイズになり把握しがたいようです」

紋様の長「しかし、手をこまねくわけにも行かないだろう」
鬼呼の姫巫女「そうだの」

副官「……申し訳ありません。長がた」

鬼呼の姫巫女「この開門都市は魔界の至宝。礼を言うに及ばぬ」

紋様の長「この都市が攻略されれば、後は川沿いの
 交易都市をいくつか落とすだけで、人魔の領土は蹂躙されよう。
 これは我らが我らを護るための戦いでもある」

文官「ただいま、竜族の重装甲部隊到着いたしましたっ」

副官「判った。休んでいただけっ」

鬼呼の姫巫女「しかし、かき集めたとは言え……」

紋様の長「我らは総数6万に過ぎぬな」

副官「族長不在の今、これだけの獣人の一族が参戦してくれるとは
 思ってもいませんでしたが、それでも数の上ではまだ圧倒的に
 及びません」

381 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:44:23.21 ID:bGZgmCoP

鬼呼の姫巫女「もはや云っても仕方ないだろう。
 少なくとも我らには豊富な糧食と地の利がある」

鬼呼執政「そうですな」

紋様の長「やはり、討って出るべきだろうな」
副官「ふむ……」

鬼呼の姫巫女「で、あろう。
 この都市に新しい防壁が完成しかけておるとは聞いておるが、
 一度も実戦に用いたことがない防壁を
 どこまで信じて良いかは判らぬ。
 それに報告によれば、人間の遠征軍の大半は正規の軍人ではない。
 特に緒戦においては士気に乱れがあるだろう。
 そこをつき、野戦にて出来るだけの数をそぐ」

紋様の長「紋様一族から魔術に秀でた者を集め、
 魔術部隊を編制しました。
 人間界の者は魔術に対する防御がお粗末なのは
 前回の戦役で証明済みです。
 その弱点を突き、混乱させて、数を減らす」

副官「それしかありませんか……」

鬼呼の姫巫女「副官殿の気持ちも判らないではないが
 これだけの数ともなると、手加減することは出来ぬ」

鬼呼執政「いえ、これだけの手段を講じてさえ、
 結果どうなるかは請け合えぬのです。
 我らはマスケットなる新武器の威力を知っているわけでは
 無いのですから……」

獣人軍人 こくり

紋様の長「布陣については如何様に考える?」
副官「そうですね……」

383 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:46:35.39 ID:bGZgmCoP

副官「ここに、私たちが以前使っていた東の砦があります。
 砦の内側に隠れるというわけには行きませんが
 この周辺の地形は護るに易く、幾つかの塹壕も掘ってあります。
 砦を中核として伏兵を配します。
 人魔族およびその魔術部隊にお願いをしたいと考えます」

紋様の長「ふむ」

副官「一方、この南大門から出陣した本隊は、
 中央部を鬼呼の軍にまかせ、右翼を獣人の一族、
 左翼を竜族、人間、巨人族などの混成軍とします。
 都市から1里半ほどの地点に布陣を行ない、
 敵の突進を柔らかく受け止める」

鬼呼の姫巫女「柔らかく?」

副官「中央部を後退させるようにです。
 今回の敵の弱点は、部隊としてはあまりにも多数過ぎることです。
 指揮も行き届きませんし、
 必ずやその兵の質にはばらつきがあります。
 そのように受け止めれば、敵の軍は中央部が突出し
 長く伸びるでしょう。

   そこを魔術部隊で最前線の公武に後部を仕掛け、混乱を誘います。
 敵の伸びきった最前部を“噛みちぎる”。
 この方法で敵の数を減らしましょう。
 もし何らかのトラブルが発生した場合や、
 敵の勢力が大きかった場合は後退して城門の中に入る。

   獣人軍人さん」

獣人軍人「はっ」

副官「市の防衛部隊を中心に民間人からも義勇兵を募り、
 義勇軍を組織して下さい。もし撤退する場合は防壁からの
 援護射撃も必要になる。
 義勇兵を前線に出すのは馬鹿げていますしね」

獣人軍人「了解」

385 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:47:27.63 ID:bGZgmCoP

副官「このような形でどうでしょう?」

鬼呼執政「何とかなりそうですな」

紋様の長「ええ、一万ほども噛みちぎれば、
 人間の遠征軍も頭が冷えるでしょう」

鬼呼の姫巫女「事はそこまで簡単に行くか、どうか」

獣人軍人「……」

紋様の長「だが、退く道はない」
副官「はい」

鬼呼の姫巫女「うむ」

副官「決戦はおそらく、明後日になるでしょう。
 今このときも魔界の各地に伝令が走り回っているはずです。
 人間界へと渡っている魔王殿も、銀虎公も
 それにあの生き汚いうちの大将も、
 手をこまねいているわけがない」

鬼呼の姫巫女「そうだの」

紋様の長 こくり

副官「今は目の前の戦いを生き延びることを考えましょう」

鬼呼の姫巫女「任せるが良い」

紋様の長「開門都市は、鬼呼と人魔の氏族が護ろう」

395 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 22:22:27.36 ID:bGZgmCoP

――湖の国、首都、『同盟』作戦本部

がやがや

同盟職員「調査はほぼ終了しました」

青年商人「どうですか?」

同盟職員「やはり、全域をカバーするのは到底不可能ですね。
 こっちに図を作ってみたんですが……。
 主要な隊商道や航路の3割くらいをなんとか、と云うところです」

同盟職員娘「やはり聖光教会の寺院の数は桁外れですね」

本部部長「我らの商館の全てに銀行を作ったとしても、
 その数の開きは十倍では効かないな」

青年商人「数の違いはこの際度外視しましょう。
 こちらの銀行同士で、仮に為替取引を行ない始めた場合
 構成できるラインはどれくらいになりますか?」

同盟職員「えー。38ルートですね」

青年商人「やはり主要な交易路に集中していますね」

同盟職員「もともと『同盟』の商館は主要な交易都市や
 物資の資源国に集中しているわけですから、
 その商館同士をラインでつなげば、主要な交易路と
 重なるのは当たり前なんですけれどね」

青年商人「問題は、このルートのシェア、
 つまり為替取引の全てをこちら側に奪えたならば、
 教会にどれだけのダメージを与えられるか、です」

同盟職員「……うーむ」

青年商人「どうですか? 本部長」

397 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 22:24:48.44 ID:bGZgmCoP

本部部長「本当に概算にしかなりませんが、
 我ら『同盟』の年間の利益のうち、
 これらの主要な交易路からあがるものは15%ほどでしょうね。
 しかし、それ以外の交易ルートも、これら主要な交易ルートに
 ぶら下がっていると云う可能性は大いにあり得る」

同盟職員娘「ぶら下がっているとは?」

同盟職員「たとえば麦で云えば、
 交易都市から、海辺の領地を通って村に至るルート。
 ……こんな感じだな。
 この地方ルートは主要交易路とは関係がない。
 今回の為替網を作るという企画とも無関係だけれど
 そもそもこの関係ないルートの起点にある交易都市は
 主要なルートに含まれているだろう?
 で、あれば、この小麦は、主要交易ルートを通って
 どこか別の場所から運ばれてきた小麦である可能性も
 あるって事だ。
 主要じゃない末端の交易ルートも、こういった形で
 主要ルートの恩恵を受けている可能性は十二分にある」

同盟職員娘「なるほど……」

本部部長「そう言ったことを考え合わせると、
 教会が得ている為替による利益全体のなかで、
 これら38ルートの利益はおおよそ20~30%に
 なるのではないかと推測されますな」

青年商人「30%か……それでは、この38ルート全てを
 得たとしても買ったとは言いきれませんね」
本部部長「どれほど必要ですか?」

青年商人「泥仕合を避けたいのならば、60%」

本部部長「ふむ……」

同盟職員「うーん」
青年商人「どうしました?」

398 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 22:27:55.83 ID:bGZgmCoP

同盟職員「いえ。30じゃダメ、なんですよね?」

青年商人「もう少し欲しいですね。
 これではシェアを奪ったとしても“勝った”という印象には
 なりがたい。今はその印象が欲しい」

本部部長「その印象で何を商うのです?」

青年商人「それは、勝った後の話です」

同盟職員「んー」 ばりばり
同盟職員娘「どうしたの、頭かきむしって」

同盟職員「何か思いつきそうなんだ。
 何かが出かかっている感じがする。
 泥仕合を避ける……。うー。どっかで似たようなシチュエーションを  やった気がするんだけど」

同盟職員娘「なんの取引?」

同盟職員「判らない」
同盟職員娘「それじゃ手伝えないわよ」

青年商人「ふむ」

同盟職員「30……。多分、切り口は、まだ試合前って事なんだよ」
青年商人「試合、前」

同盟職員「……うん、そうです。それが鍵です」
同盟職員娘「……」

本部部長「何を悠長な。可否判断にそこまでの手間を」
青年商人「いや、待ちましょう」

同盟職員「……圧縮? いや……買い付け、か。
 つまり、敵に無くて、僕たちにあるものだっ!」

青年商人「時間っ。そうですね?」
同盟職員「そうです。それをなんとか利用して……」

青年商人「買い付けた為替証と、反転させた攻勢の
 組み合わせで、全体を溢れさせる……。
 その瞬間を勝利宣言。……それで二倍。30%の二倍」

同盟職員娘「は? はぁ!?」

青年商人「判りました。まずは勝利する。
 得点はその後。……そういう流れになりますね?」

同盟職員「そうです。いけますよ。きっと!」

424 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:13:17.22 ID:bGZgmCoP

――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、遠征軍

ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!

百合騎士団隊長「見えたぞ! 進め! 進め! 光の子らよっ!」
従軍司祭長「あれぞ! 目指す開門都市はあれぞっ!」

灰青王「中央銃兵!! 列を崩すなっ!」

光の銃兵 ザッザッザ

「光は求め給う!」 「光は求め給う!」 「光は求め給う!」

光の槍兵「我らが猊下のために!」
光の中隊長「光の精霊、万歳っ!!」
光の軽装歩兵「光の精霊、万歳っ!!」

ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!

百合騎士団隊長「敵は正面、方陣を引いているっ」

灰青王「ふんっ。中央に歩兵、右翼に軽装散兵。
 左翼には……あれは巨人か」

百合騎士団隊長「巨人とは……。ふふふ、どうするの?」

灰青王「山よりも大きな訳でも無し。
たかが身長が倍ほどあるだけではないか。
 あれはカノーネの良い的になってくれるだろうさ」

ザッザッザッ

光の中隊長「進め! 進め! 敵は目の前だ」

百合騎士団隊長「お手並みを拝見といこうかしら」

灰青王「勝利はあなたの唇に捧げるとしよう。
 マスケット準備! このまま前進するぞっ!!」

425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:15:14.48 ID:bGZgmCoP

――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、魔族軍

  うわぁぁぁ!!!

副官「来ましたね」
鬼呼の姫巫女「うむ。頼むぞ」

鬼呼軍団長「遠征軍が来た! 鬼呼の勇士達よっ!」

鬼呼の刀兵 かちゃ
鬼呼の槍兵 ちゃきっ

鬼呼軍団長「諸君らの勇猛はわたしのもっとも知るところだ。
 敵の突進は熾烈を極めるだろうが、それを受け止める必要がある。
 諸君らの武勇は、敵の猪口才な火筒などに
 左右されるものではない!
 鬼呼の誇りをかけて切り刻めっ!」

鬼呼の刀兵「はっ!」
鬼呼の槍兵「承知っ」

副官「ここはお任せしてよろしそうですね。
 わたしは混成軍の指揮に行ってきます」ひらりっ

鬼呼の姫巫女「頼んだぞ」
鬼呼軍団長「お任せあれ!」

  うわぁぁぁ!!!

だかだっだかだっ
副官「近づいてきたな」

竜族の重装歩兵「人間めらが来たなっ」
巨人投擲兵「うん……きた……」

副官「そろそろ始まりますよ。準備を!!
 巨人の皆さんの手元へ投げ槍を運んで下さい。
 この場所から、敵軍へ向かって連続投擲を行ないます」

426 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:17:34.58 ID:bGZgmCoP

――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、遠征軍

ザッザッザッ

灰青王「ここ、だな」
霧の国騎士「はじめますか」

灰青王「うむ。――中央第1部隊! 突撃!
 敵軍に接触時点で射撃っ! ゆっけーい!!」

光の銃兵「うわぁぁぁぁ!!」
光の槍兵「突撃ぃ! 突撃だぁ!!」
光の中隊長「光は求めたもうっ!!」

灰青王「続いて、中央第2部隊! マスケット準備!
 第1部隊が敵軍と接触、銃撃をしたならば次は諸君達だ!!」

光の中隊長「急げ、遅れるなっ!!」
光の軽装歩兵「魔族を打ち倒せ!」

百合騎士団隊長「そうだ、あの開門都市を我らが手にっ!」
従軍司祭長「光の精霊のお求めですぞっ!」

灰青王「精霊? 戦場で事を決するのは、常に鋼と炎よっ」

ズダーン! ドーン! ドンッ! ズダーン!!

霧の国騎士「第1部隊、発射確認っ!」

灰青王「中央第2部隊! 突撃開始っ! 必ず、第1部隊の
 位置より敵陣に食い込んでから発射するのだっ!
 発射までは槍兵を中心にマスケット兵を護れっ!
 突撃っ! ゆけーいい!!」

光の銃兵「うぉおおおおおお!!」

「光は求め給う!」 「光は求め給う!」 「光は求め給う!」

光の中隊長「戦場の功は我ら第2部隊のものだぁっ!」

427 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:18:51.62 ID:bGZgmCoP

――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、魔族軍

鬼呼の姫巫女「来たな」ザシャ

鬼呼軍団長「刀を取れ! 勇者よ。行くぞ、突撃っ!」

鬼呼の刀兵「おおー!!」
鬼呼の槍兵「突撃っーーっ!!」

副官「こちらも行きます。マスケットの狙いを
 少しでも甘くさせてやるんです。
 接触よりも奥の地点を狙って下さい。それっ!!」

巨人投擲兵「ま、かせろ……」

 びゅんびゅんっ! びゅぅぅん!!

獣牙の散兵「我らも行くぞ、右翼より食らいつけっ!」
獣牙の突撃兵「突撃ぃ! 突撃っ!!」

ズダーン! ドーン! ドンッ! ズダーン!!
  ドーン! ドンッ! ズダーン!!

鬼呼軍団長「っ!?」

「うわぁぁあああ!!」 「な、なんだ……と……」

鬼呼の刀兵「ひるむなっ! 切り込めっ! 切り込めっ!」
鬼呼の槍兵「鬼呼の武勇を見せろ! 全軍突撃っ!」

巨人投擲兵「せいっ……」びゅんっ! びゅっ!

副官「なんてことだ。これがマスケットの突撃なのか……っ」

「ゆけぇ!」 「光は求めたもう!」 「光は求めたもう!!」
ドンッ! ズダーン!! ズダーン! ドーン! 

副官「なっ、第二射っ!? 早すぎるっ!!」

428 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:19:55.18 ID:bGZgmCoP

――開門都市、奇岩荒野、東の砦、人魔軍

紋章の長「……我ら人魔軍も行きますよ」

魔術部隊隊長「了解。ゆくぞ」
魔術兵「はっ!」

ダカダッダカダッダカダッ

人魔騎兵「全体をそろえよ、遠征軍の戦闘部分を横から切断するぞ」

人魔槍兵「了解っ」

         ズダーン! ドーン! 

紋章の長「始まっていますね。魔術部隊、術式展開!」
魔術部隊隊長「はっ! “多重幻影術式”開始っ!」

魔術兵「“多重幻影術式”っ!」
魔術兵「“夢幻幻影術式”っ!」

紋章の長「騎兵諸君! 諸君らの身体には幻影の術式が
 かけられている。この術式のお陰で、諸君らの身体は
 敵からは薄れ、ぼやけ、あるいは鏡に映ったように
 何人もに分裂して見えるはずだ。
 敵の新型兵器マスケットは射撃武器だ。
 射撃武器である以上、この幻影にて命中率は大幅に下がる。

   騎兵を中心に横合いから突撃っ!
 敵部隊の前方突出部隊を噛みちぎり、そのまま乱戦に突入。
 開門都市のほうへと駆け抜ける」

人魔騎兵「了解いたしましたっ!」
人魔槍兵「我らが大儀のためにっ!」

429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:20:56.79 ID:bGZgmCoP

――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、遠征軍

霧の国騎士「左翼から敵の伏兵。分断を目的とした突撃」

灰青王「ふぅむ。それくらいはやるだろうな」にやり

霧の国騎士「敵は幻影魔法による隠蔽の上、
 騎兵をぶつけてくる模様」

百合騎士団隊長「灰青王さま。分が悪いのかしら?」

灰青王「まさか。想定の範囲内ですよ。
 マスケットの意味と、兵の人員差を実感させてさしあげよう。
 左翼防御師団っ! マスケット準備っ!!」

光の銃兵 がちゃ
 がちゃ、がきん! がたっ! がちゃ、がちゃっ!!

光の中隊長「照準っ!」
光の軽装歩兵「構えーぃ、筒ぅ!!」

百合騎士団隊長「これは……」

灰青王「左右からの奇襲は織り込み済み。
 防御師団にはすでに射撃準備を命じてあると云うことですよ。
 どれほどかと思えば、騎兵5千に、突撃装備の槍兵2万と
 いうところですかね。
 マスケット兵1万の射撃にどこまで抗しうることか」

霧の国騎士「いけます」
灰青王「目標は騎馬! 幻影のことで思い悩むな!
 水平射撃を心がければよい! 斉射っ!!」

 ズダーン! ガガーン!
 ドーン! ズダオーン!

灰青王「射撃終わり次第装填! 第二射に備えよっ!!」

431 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:22:43.19 ID:bGZgmCoP

――開門都市、奇岩荒野、人魔軍

 ズダーン! ガガーン!
 ドーン! ズダオーン!

紋章の長「なっ!」

人魔騎兵「うわぁぁぁ!!」
  「手がぁっ!」 「馬がっ! 馬が暴れてっ!!」
  「何だ、何が起きたんだっ!!」 「うわぁぁっ!」

人魔槍兵「なんで突然っ!? う、うわぁぁぁ!!」

ゴウゥゥン!! ゴォォン!
   ゴウゥゥン!! ゴォォン!

魔術部隊隊長「援護を! 何をしている! 騎馬の援護をするのだ!」
魔術兵「くっ! “中級火弾術式”っ!」
魔術兵「こ、これでもくらえぇ! “中級氷弾術式”っ!」

 ドーン! ズダオーン!

人魔槍兵「せ。せめて一撃くらいはっ! うぉぉぉ!」

ゴウゥゥン!! ゴォォン!

紋章の長「っ!!」
魔術部隊隊長「ダメです! 数が違いすぎますっ!」
魔術兵「隊長っ! 敵の攻撃が途切れませんっ」

紋章の長「魔方陣を組みなさい、広域呪文をっ!」

魔術部隊隊長「了解っ! 中級以上の術者は集まれっ!」

ひぅるるるるる!! ごぉぉん!!

魔術部隊隊長「うわぁぁぁ!!!」

432 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:23:45.98 ID:bGZgmCoP

――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、魔族軍

ひぅるるるるる!! ごぉぉん!!

副官「本陣に直接打撃っ!?」

どぉぉんっ!!

巨人投擲兵「うわぁぁっ!!」

副官「これはっ。まさか、大砲!?
 だがこんな大型で高性能な砲が開発されたなんて話は
 聞いたことがないぞ、いったい何がっ」

どどどーんっ!!

巨人投擲兵「ぐぅぅっ……、ぅ、腕がっ」

副官「下がれっ! 竜族! 重装歩兵、前へっ!!
 撤退だ、撤退支援に入るっ! 傭兵隊はわたしに続けっ!
 鬼呼族の乱戦に突撃するっ!!」

人間騎士「くっそぉ」 人間剣士「きやがれ、こっちゃ生まれた時から戦場暮らしなんだ。
 ぽっと出の農民なんかに負けてたまるかよぉ!!」

竜族重装歩兵隊「委細承知っ。部隊前進っ!!」

 ざっざっざっざっ!!

  獣牙の散兵「ひるむなぁぁ!!」
  獣牙の突撃兵「つっこめぇぇ!!!」

副官(なんてことだ。こんなにも、こんなにも戦力差があるなんて!)

438 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:08:54.80 ID:UGv5Hk.P

――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、魔族軍

鬼呼軍団長「っ! これほどとはっ」

 ズダーン! ガガーン!
 ドーン! ズダオーン!

鬼呼の刀兵「進めぇ! 切り伏せろぉ」
鬼呼の槍兵「なっ! うわぁぁぁっ」ばたーんっ

   人魔騎兵「止めろぉ! 撃たせてたまるかぁ!!」
   光の銃兵「ぎゃぁぁっ!!」
  光の槍兵「死ね! 魔族めっ!」
  人魔騎兵「うわぁぁっ!!」

ダカダッ! ダカダッ!!

「光は求め給う!」 「光は求め給う!」 「光は求め給う!」

光の槍兵「我らが猊下のために!」
光の中隊長「光の精霊のために! 進めぇ! 撃て! 撃てぇ!」

ダカダッ! ダカダッ!!

副官(だめだ。この乱戦では……。くっ。やつらは
 最初からこちらが数を減らそうとすることを読んでいたんだ。
 これは……飽和攻撃だ。
 そのことは最初から理解していたはずなのに。
 兵力差があることは判っていたけれどそれでは甘かった……っ。
 こいつらは。
 こいつらは“最初から飽和攻撃を目的にした軍”なんだっ)

ダカダッ! ダカダッ!!

副官「だめだっ!! 姫巫女っ! 退いてください!
 都市に入ってくださいっ!!」

439 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:10:10.98 ID:UGv5Hk.P

――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、遠征軍

観測兵「敵右翼、巨人の一団は沈黙。撤退の動き有り」

灰青王「中央部はどうだ?」

観測兵「すさまじい土煙で確認できません。
 しかし、奇襲を仕掛けてきた伏兵騎馬部隊はほぼ壊滅。
 残存部隊は、逆に乱戦区域に切り込んだ模様」

灰青王「させておけばよい」

霧の国騎士「いかがしましょう?」

灰青王「第1および第3部隊を下げさせろ。ほら貝を吹き鳴らせ。
 おまえは第4部隊を率いて前線をより深く打ち立てろ」

霧の国騎士「はっ!」

  ゴウゥゥン!! ゴォォン!
     ゴウゥゥン!! ゴォォン!

光の銃兵「精霊は欲したもうっ!」
光の槍兵「つっこめぇ!」

百合騎士団隊長「すさまじい銃火。どうなっていますの?」

灰青王「正気の司令官ならば、そろそろ撤退判断を
 下すでしょうね。確認は出来ないが、
 損耗率はもはや許容限界を遙かに超えている」

百合騎士団隊長「であ、もちこしに?」
従軍司祭長「そのようなこと、許されませんぞ」

灰青王「ええ。前線は乱戦となって膠着しかけている。
 そんな中で撤退の報せが走れば動揺が走り、
 反転時に大きな隙が生まれる。
 こちらは魔族のそんな動揺にに、
 完全な予備兵力として温存しておいた精鋭マスケット兵団と
 フリントロック隊、合計6000を投入する。
 ……連中が背中を見せた瞬間が、最後だ」

440 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:11:37.75 ID:UGv5Hk.P

――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、魔族軍

獣牙の散兵「獣牙の勇姿を今こそ見せよっ!」
獣牙の突撃兵「仲間の撤退を護れ! つっこめっ!!」

鬼呼の姫巫女「撤退だっ」
鬼呼軍団長「歩兵部隊、傷病者より、後退っ!!」

副官 ぞくっ

獣牙の散兵「うぉぉっ!!」
獣牙の突撃兵「当たるかぁ!!」

鬼呼軍団長「くっ」
鬼呼の姫巫女「どうした、何故早く撤退をせぬっ」

鬼呼軍団長「急激に背中を見せれば、その隙を突かれますっ。
 こうして後退を行なうしかありませんっ。
 それすらも人魔族を見捨ててやっとなのです」

副官(なんだ、首筋が……。ぞわぞわするぞ……)

 ズダーン! ガガーン!
 ドーン! ズダオーン!

獣牙の散兵「うわぁぁっ!!」
獣牙の突撃兵「な、なにっ!? 新手だっ!」

鬼呼軍団長「新手っ!?」

副官(なっ!? この上、予備兵力だとっ!?)

鬼呼の刀兵「うわぁぁぁ!! な、なんであんなとこっ」
鬼呼の槍兵「ぐぎゃぁぁっっ!!」

 ズダーン! ガガーン!
 ドーン! ズダオーン!

副官「くっ。くそぅっ!! くそうっ!!
 助けるんだ、撤退を助けろっ! 弱いところを探して
 突撃を集中させるんだっ!」

うぉぉぉ。うわぁぁぁぁぁあ!!

副官「っ!?」

441 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:12:43.46 ID:UGv5Hk.P

――開門都市、奇岩荒野、人魔軍

うおおおぉぉぉおお!!

銀虎公「突っ込んでゆさぶれぇ!! 接近戦だっ」
獣牙双剣兵「おおおおっ!!」

獣牙斧兵「我ら獣牙精兵、友軍を見捨てはしないっ」

ドドオーン! ドーン!

魔王「敵にこだわるなっ! 混乱させればそれでいい!
 いまは撤退を助けて開門都市を目指せっ!!」

東の砦将「しっかりしろっ!」
紋様の長「ぐっ。うううっ……」

獣牙双剣兵「うりゃぁぁ!!」
獣牙斧兵「どっせぇーぇいっ!!」

魔王「魔法部隊っ! 歩兵に不可視呪文を投射せよっ!
 同士討ちを警戒させるのだっ。騎馬部隊は魔法部隊を保護っ!
 場合によっては同乗して東側より戦場を待避! 急げっ!!

銀虎公「気合いをいれろぉぉ! 合戦だぁぁぁ!!」

獣牙の散兵「銀虎公だっ!!」
獣牙の突撃兵「銀虎公のご帰還だぁ!」

銀虎公「俺が戻ったぞぉ!! 必ず生きて街へと戻るんだ!
 傷ついたやつがいれば肩を貸してやれ!
 どんなことになっても良い、戻るんだっ!!」

「魔王様だっ!」 「魔王様の援軍が現われたぞっ!!」
「撤退だ、魔王様の援軍が護ってくださるっ!」

「魔王のためにっ!」 「我らが護り手、紅玉の瞳のためにっ!!」

443 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:14:11.36 ID:UGv5Hk.P

――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、遠征軍、天蓋馬車

「魔王のためにっ!」 「魔王のためにっ!」

大主教「……来たか」
従軍司祭長「は?」

 ズダーン! ガガーン!
 ドーン! ズダオーン!

大主教「魔王が来たぞ」 従軍司祭長「なんですとっ」きょろきょろっ

大主教「戦場の中央部、乱戦部を抜けようとしているな」
従軍司祭長「何故そのようなことを居ながらにしてっ?」

大主教「くくく。これも精霊の啓示」
 ころん、ころんっ

百合騎士 ぞくっ

大主教「百合騎士隊よ」
百合騎士「ははぁっ」 がばっ

大主教「騎馬マスケット部隊にて、魔王を包囲するのだ。
 魔王の守りは薄い。
 持てる兵の全てを撤退戦に投入していると見える。
 王の守りを薄くするとは……。
 魔王とは云えぬ愚かさ。その割り切りも持てぬとは」

従軍司祭長「騎乗、攻撃準備っ!」

百合騎士「ははぁっ!!」

大主教「汝らの優先に、光の祝福を」

百合騎士「百合騎士隊よっ! 猊下のお導きだ。行くぞっ!!」

457 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:57:02.82 ID:UGv5Hk.P

――開門都市、奇岩荒野、合戦のさなか

  ゴウゥゥン!! ゴォォン!
     ゴウゥゥン!! ゴォォン!

霧の国騎士「死ねぇ! 異端めぇぇ!!」
東の砦将「うらっ! そうはいくかっ!」

 ギィインッ!

霧の国騎士「なぜ人間が魔族につくっ!」
東の砦将「なぜ殴りかかっても来ない相手に殴りかかるっ!!」

 ギィンッ! キン! キキンッ!

霧の国騎士「それが戦場の常だっ」
東の砦将「ああ、まったくだ。同意見だよっ!」

 ギィインッ! ヒュバッ!

 

霧の国騎士「っ!?」

東の砦将「同意見だから、人間だ魔族だ、やれ精霊だ。
 そういう面倒くせぇご託抜かしてるんじゃねぇよっ。
 どうせお前も俺も、野盗に毛が生えた程度の
 浅ましい畜生根性なんだからっ!
 よぉっ!!」

 ギィインッ!

霧の国騎士「黙れっ! 黙らないか、痩せ犬がっ!」
東の砦将「剣で黙らせてみろっ」

 キンッ! ヒュバッ! シュバッ!!

霧の国騎士「裏切り者の分際でぇっ!」

458 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:58:23.53 ID:UGv5Hk.P

――開門都市、奇岩荒野、合戦のさなか

 ゴウゥゥン!! ゴォォン!
    ゴウゥゥン!! ゴォォン!

魔王「急げ! 右翼に隙を見せるなっ! げほっげほっ」
人間の騎兵「魔王様、ここは危ない。早く移動をっ」

魔王「しかし、魔法部隊がっ」

銀虎公「行くぞ、魔王殿。……これはただの戦闘なんだ。
 魔王殿の出番は他にあるはずだ」

魔王「……っ」

ひゅるる……ドォォン!!

獣牙双剣兵「っ!」

ゴウゥゥン!! ゴォォン!

獣牙斧兵「なっ!」 ゴロンッ!

「魔王だ!」 「この近くに魔王がいるはず、魔王を捜せっ!」
「魔王を見つけ出し、マスケットを喰らわせるのだ!」
「魔界の背教者、暗黒の権化に死の鉄槌をっ!!」

銀虎公「くっ。どうやらばれたらしいな。早く行こう」

魔王「判った。都市へと退却するぞっ!」

人間の騎兵「「「はっ!!」」」

魔王(マスケットの威力がこれほどとは……。
 これも運用か。火器の配置と集中。
 そして乱戦を意にも介しない悪意に満ちた集中力と無慈悲さ。
 このような容赦のない用兵を行なう者が、
 聖鍵遠征軍に存在するとは……。
 これも、わたしの罪なのか……)

459 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:59:46.01 ID:UGv5Hk.P

    ゴウゥゥン!! ゴォォン!

ダカダッ! ダカダッ!!
 ダカダッ! ダカダッ!!

魔王(それにしてもなんという数だ。20万? 30万?
 そんな数字を聞いても判りはしない。
 この軍勢を見るまではわたしにも判らなかった。
 まずい。
 まずいぞ……。
 これだけの数のマスケットと大軍勢は、上手く運用さえすれば
 魔族を一人残らず殺すことも可能かも知れない)

ゾ クッ

魔王(なっ。何を馬鹿なっ。
 そのような非効率的、非現実的な妄想などあるものかっ。
 ……だが。
 この悪魔的な破壊力、殲滅力。おびただしい血の量はどうだ。
 戦が始まってからまだ半日もたっていないはずなのに
 大地はおびただしい血を吸って黒くぬめったような
 異様な光景になりはてている……。
 これが火薬の作り出す地獄なのだとすれば……。
 わたしは……。わたしはっ)

ダカダッ! ダカダッ!!

東の砦将「魔王っ! 伏せろっ!」

ゴウゥゥン!

百合騎士「死ねぇっ!」
魔王「っ!!」

ズドンっ! ぽたっ、ぽたっ

銀虎公「くふっ。ふはっ」
魔王「銀虎公っ!!」

463 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 01:02:28.14 ID:UGv5Hk.P

銀虎公「ふふっ。ふははははっ!
 遠からん者は音にも聞けっ、近くは寄って目にも見よっ。
 魔界に氏族数多あれど、武勇の誉れ叩きは
 我が獣牙っ。白虎の眷属にして、導きの長。
 戦場に誉れ高き七つ矛の主っ。

   我こそは、魔界に轟き右府将軍っ!
 名は隗、字は草雲、黒眼雪髪、銀虎公と称す。

   その方らのような雑兵に、やられる俺ではないわぁっ!」

獣牙双剣兵「っ!」

魔王「ぎ、銀虎公?」

百合騎士「死ねぇっ!」 ズギュゥゥン!!
百合騎士「化け物めっ! 倒れろっ! 倒れろぉっ!!」

ゴウゥゥン!! ゴォォン!
ドゥゥン!! ズドォォン!

魔王「ぎっ、銀虎公ーっ」
東の砦将「ダメだっ! 魔王っ! 行くんだっ!」

 獣牙双剣兵「うわぁっ!!」
 獣牙短槍兵「突撃ぃぃぃ!!」

銀虎公「ふははははっ! ははははははっ!!
 愉快、痛快っ!! それ、木っ端騎士めっ!
 我が大薙刀を受けきるかっ! せいやぁぁっ!!」

ドゴォォーン!!!

魔王「銀虎公っー! 銀虎公っー!!」

東の砦将「行かせないっ。魔王っ!!」

ダカダッ! ダカダッ!!

468 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 01:05:51.95 ID:UGv5Hk.P

銀虎公「ははははっ!!
 戦場こそ我ら獣牙の故郷っ!
 楽しい戦だったぞ、魔王殿っ!!
 そして、夢のような日々であった。
 心が軽くなり、何を話しても、何をしても楽しかった。
 そーっれっ! せいやっ!!

   ――約束は少しは守れただろうかっ。
 我ら獣牙は戦の民。
 しかし、粗にして野でも、卑にはあらず。
 魔王殿っ。魔王殿に誓った忠誠は、その報恩は
 未だ尽きてはいないぞっ!
 はははははっ!」

魔王「銀虎公ーっ」
東の砦将「……っ」

ダカダッ! ダカダッ!!

銀虎公「はははっ! 人間の勇士よ! 砦将よっ。
 礼を言うぞ。そして出来れば頼みたいっ。
 我は三度の約束のうち、二度は果たしたが、
 最後の一度をお返しする前に果てるようだ。はははははっ」

百合騎士「化け物めっ!」 ゴォォン!

銀虎公「五月蠅いわぁっーっ!!」

ズザーン!! ザパァッ!!

銀虎公「魔王殿はか弱いっ。か弱くて、
 弱く、頼りなく、転んだだけで死にそうなほど情けない方だっ。
 だが、その細い肩にはこの魔界がのっておるっ。
 砦将よっ。我を認めてくれた人間よっ!
 気の良い男よっ。酒を酌み交わした戦友よっ。
 頼んで良いだろうか」

ダカダッ! ダカダッ!!
東の砦将「――っ」ぎゅぅっ

銀虎公「我亡き後、できれば最後まで……
 魔王殿を……支えて……」

魔王「銀虎公ーっ!!」

    ゴウゥゥン!! ゴォォン!

558 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 20:05:41.44 ID:Oxb903Uo

――魔界、南部、風強き荒れ地、宿営地の天幕

王弟元帥「……ん?」

参謀軍師「どうされました? 閣下」

王弟元帥「いや。今頃は、総攻撃かと思ってな」
参謀軍師「ふむ。そうですな」
聖王国将官「どうなるでしょうね」

王弟元帥「ふふっ」

参謀軍師「?」
聖王国将官「どうされたのです?」

王弟元帥「いいや。荒野での決戦が上手く行くにせよ、
 行かぬにせよ、さほど大勢に影響はないだろうさ」

聖王国将官「そうなのですか?」

王弟元帥「もちろん、失敗すれば魔界攻略は
 大きく後退するだろうが、失敗とはこの場合、何をさす?
 確かに残した15万をまるまる失えば、それは失敗だろうが
 7万も残れば、取り返しはつくのだ」

参謀軍師「7万では魔界の全土制圧は不可能です」

王弟元帥「だが、それがどうした?
 開門都市を落とすには、その7万と我らが率いる
 精鋭3万で十分ではないか。
 開門都市を落としそこに駐留軍を置いて我らは大陸に帰る。
 ――何も失ってはいない」

聖王国将官「失っては、いない?」

559 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 20:06:45.37 ID:Oxb903Uo

王弟元帥「もとよりここは異境の地なのだ。
 我らの大陸ではない。
 兵を失っても領地が失われる訳ではない。
 我らは帰り、数年後には再び同じ数の軍勢をそろえて
 攻めあがることが可能だろう。
 その時はより高性能なフリントロックを用いて、だ」

参謀軍師「たしかに」

王弟元帥「そもそも我らの最低限の課題は、
 人間の持つ地上の大陸を死守し、
 そこに千年王国を打ち立てること。

   大陸中央部にある我ら聖王国を中心とした政治体制の確立だ

   その計画の異分子としての魔族があり、戦いがあった。
 結果として我らの結束を高める効果があり、
 この戦いは消して無益ではなかったといえる。
 そして今、魔界という存在が明白となり、
 共通の脅威として存在する以上、
 実際の戦闘の有無にはかかわらず、
 我が大陸のにおける聖王国の求心力は高まっていると云えよう。

   その意味では、魔族の領土はなにも制覇の必要はない。
 いや、制覇し、統治することによって聖王国が世界の中心から
 外れるとなれば、これは残すべきなのだ。

   本来、優先順位が高いのは南部連合の処理だった。
 しかし南部連合の処理をするためには、魔界を叩き
 教会の支持を強固にする必要があっただけのこと」

参謀軍師「教会、ですか」

聖王国将官「近頃の彼らの横車は目に余るものがあります」

王弟元帥「確かにな」

聖王国将官「元帥閣下はいかがお考えなのですか?」

562 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 20:13:22.19 ID:Oxb903Uo

王弟元帥「ふむ。……我ら聖王国、中央諸国、いや
 あの大陸全ての民は、光の精霊信仰のもと繋がっている。
 我らが集団的な能力を持っているのもそれによるところが大きい。
 今回の聖鍵遠征軍にしてからが、そうだ。

   マスケットの威力や、その修練速度、つまり農奴の兵としての
 コストの安さが戦場の様相を一変させたが、
 それも実は教会への信仰あってのこと。
 単一の教えがここまで根付いていなければ、
 国家を横断した“自由意志を装った徴兵”などという
 乱暴な手段は機能しなかっただろう。

   教会は必要不可欠で、我らの生活には欠くことが出来ぬ」

聖王国将官「教会は正義ですか……」

王弟元帥「正義? そんなものとは関係ない。石と同じさ」

聖王国将官「石?」

王弟元帥「路傍の石でも、皆で頭を下げれば崇拝の対象だ。
 磨けば光るだろうし、刻めば人の姿も取るだろう。
 そんな事はどこでも見られること。
 ……本質的なのは“期間”だよ」

参謀軍師「期間とは?」

王弟元帥「祈りの長さ、とでもいうかな。
 教会千数百年の歴史が教会に正当性と権威を与えているのだ。
 正義とは、表面的な戦闘力と事の帰趨を別にすれば
 正当性に過ぎない。
 では正当性の源泉はどこからもたらされる? と問うならば、
 それは“期間”だ。歴史と言い換えても良い。
 現在という視点に限れば、より古いものこそが正義と云える。
 教会の歴史は長い。長いからこそ、正当なのだ。
 そしてその正当を護ることが、
 我ら聖王国の利益と正当性にも繋がる。

   ……千年王国は理想郷への憧れではない。
 いつか正当性を手に掴むためのきわめて現実的な方針なのさ」

568 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 20:42:35.26 ID:Oxb903Uo

――魔界、南部、風強き荒れ地、勇者の天幕

夢魔鶫「昨晩夕刻に開門都市軍は都市防壁に撤収。
 しかしその被害は甚大で、3万に迫るとのこと」

勇者「3万……っ!?」
夢魔鶫「……」

勇者「半壊……か」
夢魔鶫「御意」

勇者(半壊、かよ。
 魔王……は、まだ人間界か。
 だとすれば、副官。紋様の長、火竜大公、鬼呼の姫さん。
 無事でいてくれ……。
 なんで俺はそこにいれないんだよっ。
 ……また。
 また同じかよ、爺さん。魔法使い。
 これで良いのかよ。俺は勇者なんだぞっ。
 勇者なのに人も救えないで、何が勇者だよっ)

ぎりぎりっ

夢魔鶫「主上」

勇者「……ん」
夢魔鶫「御身が傷つきます」

勇者「ん? ああ」
夢魔鶫「……」

勇者「戦場は、すさまじい有様だったろうな」
夢魔鶫「大地は血を吸い、ぬかるみに変わったと」

勇者「そう……か」
夢魔鶫「……」

勇者「転移も禁止、上級呪文以上は全部禁止。
 勇者剣技も禁止で、移動速度は馬の三倍まで……って。
 どんな罰ゲームだよ、魔法使いよぅ」

571 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 20:45:20.20 ID:Oxb903Uo

勇者「こんなのじゃ何も出来ないじゃねぇか。
 それで聖鍵遠征軍に入り込む意味なんてあるのかよっ。
 見てるだけなら木偶人形でも出来る。
 こんなになんにも出来ないで、無力で、みっともなくてっ。
 何が勇者だってんだよっ!!」

夢魔鶫「……」

勇者「ふざけんなよっ!」
 どんっ

夢魔鶫「恐れながら、主上」

勇者「なんだ」

夢魔鶫「ヒトは、人間も魔族も、みなそうです」

勇者「……?」

夢魔鶫「ヒトは主上のような魔法も戦闘力も、
 移動力も、無限に思える頑強さや活力も、持ちません。
 ヒトは今の主上よりさえも、数十倍も無力です」

勇者「あ……」

夢魔鶫「しかしヒトはけして木偶人形ではありません」

勇者「すまん。
 俺は……。
 ……心ないことを云った」

夢魔鶫「……」

勇者「引き続き、監視を頼む」
夢魔鶫「御身がために」

しゅんっ! ひゅばっ

579 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:05:24.98 ID:Oxb903Uo

――湖の国、首都、『同盟』作戦本部

がやがや

  同盟職員娘「買いです。買い取ってくださいっ」
  同盟職員「良いから買いだ。手数料として色をつけても良い。
   ただし『同盟』の存在は気取られぬなっ」
  同盟職員娘「そうです、為替証の買い取りです」

  早馬番「早馬、三騎あきました」
  同盟職員「自由貿易都市に送り出せ、ばらばらにだ。
   『同盟』の商館に回状を回せ!」

  同盟職員娘「波頭の国の財務官に接触できました。
   このまま交渉を続行します」

青年商人「こちらはどうです?」
本部部長「徐々に浸透はしてきていますが」

青年商人「着火点の見切りが全てですね」

本部部長「この策、上手く行きますかね」

青年商人「“ひとは、真実であって欲しい。
 もしくは、真実であって欲しくないという理由で噂を信じる”。
 “二つの真実に、一つの嘘を混ぜよ。そうすれば、鴨は
 その餌を丸ごと飲み込む”」

本部部長「ふっ。『同盟』の格言ですな」

青年商人「……まず、湖畔修道会が天然痘の予防策を完成し
 これを理由に湖畔修道会に同調する自治都市が増え始めている。
 また、難民が天然痘を恐れて南部連合への流入している。
 これは、事実です」

本部部長「はい」

580 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:08:29.16 ID:Oxb903Uo

青年商人「第二に、来年の春小麦も豊作か不作かは別に
 戦地へ送るためにすでに高価な買い取りが開始されている。
 教会の税収士がその権利を押さえて、価格の高騰は避けられない。
 また、各地の教会では鉄の差し押さえが始まり、
 武器へと鋳直すために教会の鐘さえ次々と取り外されている。
 これも、事実です」

本部部長「そうですね」

青年商人「……そして、だから、そのために。
 実は聖光教会の財政は非常に切迫しており、
 もはや為替事業の破綻は目前である」

本部部長「……それが、嘘」

青年商人「嘘ですが、この嘘は“ただの嘘”ではないわけです」

同盟職員娘「へ? なんか違うんですか?」

青年商人「為替証とは、商人が教会にお金を預けて発行してもらう。
 手数料として1/10は払わねばなりませんけれどね。
 たとえば、金貨100枚をあずければ
 “金貨90枚を払ってもらえる為替証”を発行してもらえる。
 金は目減りしますが、この為替証は
 基本的にどの教会支部でも現金化出来るわけです。
 現金で取引をするリスクを減らすことが出来る。

   しかし、発行された為替証全てが
 即座に現金化されるわけではない。
 たとえば“金貨90枚を払ってもらえる為替証”は
 最終的には金貨90枚と同価値を持つわけですし、
 金貨を持ち運ぶよりも遙かに安全に持ち歩くことが出来る。
 ですから、商取引の中で金貨90枚が必要であり、
 為替を相手もしくは自分が持っているのであれば、
 この為替で支払ったり、もしくは代金として
 受け取る事もあり得ますよね?」

同盟職員娘「ええ、よくある光景ですね」

581 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:10:54.68 ID:Oxb903Uo

青年商人「つまり、この世界には“現金化されていない為替証”
 がかなりの数に上って存在するはずです。
 視点を変えれば、これは教会が商人たちから金を借りている、
 とも云えますよね?
 商人たちが一斉に為替の現金化を始めれば、
 教会は現金を支払う義務がある。

   もし、教会の財政が危険だと判ればどうします?」

同盟職員娘「あっ」

青年商人「そうです。手元の為替証を、現金化するでしょうね。
 本当に教会が危なかった場合、その為替証はゴミになってしまう
 可能性がある。その危機感と行動が、教会を真実追い詰める」

同盟職員娘「本当に教会は倒れるんですか?」

青年商人「まさか! 教会の財政がいくら逼迫しているとは言え、
 そこまで軟弱なわけがありませんよ。
 農民や国からの寄付、独自の税金、産業、
 免罪符などの商品を考えれば、
 教会はこの『同盟』と比べてさえ、莫大です。
 云うならば天文学的な資産を持っていると云える。
 この程度のことで転覆するなんてあり得ません。

   しかし、聖光教会が総体としては無尽蔵の資金が
 あったとしても、意味はありません」

本部部長「そうですね」
同盟職員娘「?」

同盟職員「すべての支部が無尽蔵に資金を持っている
 訳じゃないと云うことさ。忘れたのか?
 金貨を運ぶって云うのは、それはそれでリスクもあれば
 時間もかかる、手間もね。
 たとえば、聖王国の首都の教会にお金があったとしても、
 末端まで金が行き渡っているわけではない。
 それに気が付いたところで、事は手遅れだ」

590 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:38:41.04 ID:Oxb903Uo

――鉄の国、宮廷、大会議室

氷雪の女王「――以上のように、議論は出尽くしましたかな」

赤馬武王「そうだな」
葦の老王「うむ」

湖の女王「まことに」
梢の君主「同意しましょう」

自由都市の領主「とはいえ。ううむ……」

冬寂王「では、各々がたの思うところを述べて頂くとしよう。
 魔界へと向かった遠征軍は、総勢三十万。その兵力は強大無比。
 もちろん戦の勝敗は数のみよるとは云えないながらも、
 恐ろしい災厄として魔界は暴虐の嵐に巻き込まれていよう」

執事「さようですなぁ」

商人子弟「……」ちらっ
軍人師弟「……」

赤馬武王「だがしかし、我らが行ったところで何が出来るか」

梢の君主「そもそも、今は停戦し平和条約が結ばれたとは言え
 それは防衛条約でもなければ共同戦線を約した物でもない。
 我らが何らかの援助をしなければならないという
 根拠は何一つ無いのです」

湖の女王「それはその通りでしょう」

自由都市の領主「しかし、魔界との条約により、
 明らかに通商の活性化が為されたことはすでに報告差し上げた」

氷雪の女王「無視できませんね」

梢の君主「そもそもその報告自体の真実性に疑問がある」

591 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:39:57.24 ID:Oxb903Uo

自由都市の領主「聞き捨てなりませんな。
 我ら自由都市の統計と調査が信用できないとっ!?」

梢の君主「そうは云っていない。
 しかし、その交易の税の増加が
 他の要因に端を発するものではないと何故云えるのか?
 たしかに税の増収と魔界との通商開始時期はかさなっている。
 それは我が国でも確認された。
 しかし、同時期に聖鍵遠征軍が黄泉の準備を行なっていたことも
 確かなのだ。この税収の上昇、すなわち商業の活性化は
 戦争の影響によるものだという推測も十分に成り立つ」

自由都市の領主「それはっ……」

葦の老王「うーむ。戦争により、商いが活性化するとは……。
 古来よりもよく言われるところ。梢の君主の説にも
 説得力がありますな……」

湖の女王「……」

商人子弟「王よ」こくり

冬寂王「ふむ。我が国の財務長からの報告があるそうだ」

氷雪の女王「ふむ」

商人子弟「各国の代表者の方々に、財務、商業の専門家の
 立場から申し上げられることは
 それは“戦争により経済が活性化する”という言葉の欺瞞性です。
 大局的に云って、そのような事象は存在しません」

赤馬武王「まさか? 実際古来より云われてきたことではないか」

葦の老王「何を言い出すのだ」

593 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:43:38.74 ID:Oxb903Uo

商人子弟「もちろん、限定的、かつ局所的にそのような
 事象は発生します。しかし、冷静に考えてください。
 戦争はありとあらゆる物資を必要とします。
 食料や武器、衣類や、防寒具、移動のための様々な乗り物
 燃料、生活消耗品、そして今回のマスケットの登場で
 弾薬までもが消費されるようになりました。
 マスケットの銃弾は鉄です。
 鋳造には鉄鉱石とその二倍の木炭を必要とする。
 我がほうの試算によれば、この銃弾2発で金貨1枚の計算です」

梢の君主「だからこそ、商業が活性化するのではないか。
 それだけの物資を必要とするならば、供給せねばならない」

商人子弟「ですからそれは限定的な解なのです。
 大局的に見れば、これらの社会財を消耗しながら
 戦争は新たなどういう富を作り出しますか?
 例えば4頭の豚を買ってくれば、翌年には8頭になる。
 それが富が増えると云うことでしょう。
 あるいは、5人で小麦を作った結果、10人が養える。
 そう言ったことでも良い。

   それらと比べた時、戦争が本当に富を生み出すと思えますか?
 そのようなことはあり得ない。
   戦争によって豚が殺される。死んだ豚が子を産みますか?
 兵によって畑が焼かれる。焼け野原が小麦を実らせますか?
 戦争は巨大な消費である一方、富を生み出すための
 施設や機能の破壊でもあるのです。
 で、ある以上、戦争が総体として富を生み出すなどと
 云うことはない。それどころか巨大な浪費と云えるでしょう。

   同じだけの投資を、例えば開墾や牧畜の振興に回したら
 どれほどの未来が約束されるかを考えればそれは明らかです。

   戦争によって、かろうじてあると云えるのは、
 局所的な富の移動だけです」

氷雪の女王「それは例えば、どのようなことなのです?」

594 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:45:09.10 ID:Oxb903Uo

商人子弟「まず考えられるのは
 “戦争を行ないながらも、その費用を他者へと
 押しつけられる存在が行なう戦争”です。
 押しつける方法は協定でも陰謀でも圧力でも権力でも構わない。
 戦費を全て他者に押しつけることが出来るのであれば
 戦争というのは、確かに魅力的な巨大消費です。

   自分から戦争を仕掛け、しかし戦費は他者の財布に
 回せるとしたら原理的には無限に財産を殖やすことさえ可能です。
 古の時代、略奪を目的に行なわれていた戦争とは
 これに当たります。略奪という形で戦費をまかなっていたのです。
 これは現在でも、敗戦側の賠償金という形で存在します。

   賠償金のもっと進んだ形で考えるのならば
 恫喝的外交があげられます。
 つまり、戦争をするぞという脅しで他者からお金を巻き上げる。
 実際銃弾や遠征費、食料を一切使わずに、
 利益だけを得ることが出来るので、非常に効率がよい。

   いうまでもないことですが、これらの行動のためには
 強大な軍事力、もしくは少なくとも軍事力に繋がる
 権力基盤が必要です。

   明らかですが、我らは現在戦争を仕掛けてはいませんし
 恫喝的外交を行なう方針も一切持ち合わせていません。
 ゆえに、この手法で利益を上げるという可能性は、
 まったく考慮しなくて良い」

鉄腕王「ふむ」

赤馬武王「それはその通りだろうな」

595 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:47:27.91 ID:Oxb903Uo

商人子弟「次に考えられるのは、
 戦争の当事者ではない、または関係の薄い第三者が、
 自国の商品を戦争の当事者に販売をする場合です。
 これは明からですね。
 わたしは、戦争は経済活動として論外だと思いますが
 一級品の消費活動ではある。
 ありとあらゆる物資がそこでは消費されます。
 ですから、自国が被害を受けない状態が
 保証されているのならば魅力的な市場たり得る。
 “特需”などと呼ばれる現象がこれに該当します」

梢の君主「それがまさに今の南部連合の位置ではないか」

軍人師弟「……っ」

梢の君主「中央諸国と魔族軍の戦いによって、
 南部連合の様々な物資が売れている。
 銅の国からは木炭を売って欲しいという嘆願書が、
 秋の雨のような勢いで降ってきているほどだ」

自由都市の領主「……しかし」

商人子弟「そうですね-。そうとも云えなくはないですけどねー」

軍人師弟「……」ぶるぶる

梢の君主「経済、税収面から見れば、
 ここは傍観するのも手段としてはあり得ると発言させて頂く」

冬寂王「だが」

がたんっ

軍人師弟「どこからわれら南部連合は部外者になったでござるか?
 蔓穂ヶ原では遠征軍の銃撃に倒れた者もいたのを
 忘れてしまったでござるか?
 いや、遺恨で派兵を求めるわけではござらん。
 ござらん、が。
 ――そもそも、我らは第三者なのでござるか?
 いま交戦していないだけの当事者なのではござらんか?
 われらは幸運にしていま攻め込まれていないでござる。
 だからこのような会議も開いていられる。
 しかし、我らの安全は誰が保証してくれるのでござる?」

598 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 22:09:42.42 ID:UGv5Hk.P

赤馬武王 こくり

軍人師弟「あのマスケットの向けられる先が
 我らでなかったことに理由などござらん。
 いや、正確には理由はあるのでござろうが、
 それは中央諸国と教会の気まぐれ以上の理由などではござらんよ。
 蒼魔族はたしかに我ら三ヶ国にとっては大きな試練でござった。
 あのとき我らの軍は全滅する可能性さえあったのでござる。

   しかし、いまの聖鍵遠征軍はその蒼魔賊軍の5倍の数でござる。
 軍の危機ではない。
 この南部連合の、民の一人一人にいたるまで
 それこそ炉辺で精霊の迎えを待つ老爺から、
 生まれたばかりの幼子まですべての民の危機でござる。

   なんとなれば、6万の蒼魔軍は我らの軍を
 滅ぼすことが出来たかも知れませぬが
 30万の聖鍵遠征軍は、われらの王国全てを
 地上から抹消する事さえ可能だからでござる。

   けして危機感を煽り立てたい訳ではござらんが、
 拙者は軍人でござる。そこにある危機を、
 しかもいつこちらに向けられるか判らぬ危険を放置し、
 警告さえしないわけには行かないのでござる。

   各々がたに再考を求めるでござる。
 出来れば、その時、ほんのわずかでも、
 あのときの魔族の軍の支援で救われた人々もいるという事実も
 心に留めておいて欲しく、伏して願う次第でござる」

梢の君主「……」

商人子弟「さて、では現場から付け加えることはもう一点あります。
 おい、フリップ」

従僕「はいっ!」 しゅたん

600 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 22:11:26.31 ID:UGv5Hk.P

商人子弟「さて、今回の聖鍵遠征軍は我ら人間がかつて経験した
 どの戦よりも長距離の遠征であり、最大級の規模です。
 また、マスケットの登場により、いままでの戦争にはなかった
 種類の費用が発生することになりました。
 マスケットは、おそらく農奴の短期的な鍛錬により
 編制された歩兵軍です。そのためにこれだけの人数が
 騎士や用兵に比べれば遙かに安価に集められたわけですが
 逆に言えば、戦争をしている期間中ずっと食料を消費し続け
 いざ合戦となれば火薬と弾薬を垂れ流す存在となってしまった。
 次たのむ」

従僕「はいっ!」 しゅたん

氷雪の女王「っ!?」
梢の君主「なっ!?」

商人子弟「これが、現在推定される聖鍵遠征軍の維持費です」

鉄腕王「これは……」

商人子弟「そうです。べらぼうな額ですよ。
 我々がいままで経験してきたどんな戦争でも
 見たことがない数字です。
 戦費の増大は予想していましたが。
 金貨にして一億三千万、しかもそれは月あたりです。
 さて、この戦費を如何に徴収するか。
 戦争がきわめて短期間に、例えばいまから一ヶ月以内に遠征軍の
 全面的勝利で終われば、魔界からの領土割譲や賠償金などで
 打ち消せる可能性はあります。しかし、長期化するならば
 それさえも焼け石に水になるでしょう。

   次に考えられるのは、八代前に西方諸王国が行なったような
 “戦争税”の導入です。これは一時的な効果が望めるでしょう。
 しかし、ここで考えて欲しいのは、各国共に働き盛りの年齢の
 男性の少なくない割合が、マスケット兵として遠征軍へ
 参加しているという事実です。
 小麦にしろ林業、漁業、そのほかにしろあらゆる産業の
 生産量は減少している。その状況下で重税を長期にわたって
 支えることは不可能とは云えないが、非常に大きな重圧を伴う」

軍人師弟「商人……」

601 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 22:14:33.53 ID:UGv5Hk.P

商人子弟「もちろん死人は物を食べませんから、
 戦争が長期化するにつれ、戦費は徐々に低下していくでしょうが
 負債というのは消えるものではない。
 医薬品や身代金が必要になる局面もあるでしょうね。
 とすると、この軍を維持するためには
 “維持するための戦争と勝利”が必要になる。
 なぜって、軍というのは戦争をするための物で、
 基本的には戦争をしない軍は無駄飯ぐらいな訳ですからね。
 この場合、先の恫喝的外交なども戦争に入るわけですが……。

   そう考えると、我々が直面している現実は、
 安全とはほど遠いと云えるかと思います」

葦の老王「長期的に考えて、我らがまったく巻き込まれない
 可能性を商人子弟殿はどの程度と見積もっておられる?」

商人子弟「ゼロです。論外だ。我らは異端指定を受けてるんですよ」

梢の君主「……っ」

自由都市の領主「そ、それでは滅亡ではないか」

商人子弟「いえ、それは違います。巻き込まれない可能性は
 ゼロですが、何も軍事的な意味に限定したわけではありませんから」

葦の老王「では、軍事的な意味では?」

商人子弟「さて」
軍人師弟「このまま頭を低くしていれば、三割程度かと」

葦の老王「三割……」

軍人師弟「でもそれは、中央の聖王国や教会に
 毎年のように莫大な上納金を納め、奴隷のような国家になった
 上での三割でござるよ」

602 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 22:16:37.88 ID:UGv5Hk.P

赤馬武王「ずいぶん偏った意見ではあると思うが
 わたしはおおむね真実ではあると考える。
 我らはそもそも中央の圧政を嫌い、その横暴を嫌い連合に
 身を投じたのだ。
 後退をするつもりなら最初から参加をしなくても良かったのだ」

葦の老王「……」

湖の女王「そうですね。生き残るための道を模索せねば」

冬寂王「いかがだろう、諸王よ」

商人子弟「……」 軍人師弟「……」

鉄腕王「我ら鉄の国は、魔界へ軍を送るべきかと考える。
 いまであれば、魔族の一部とは少なくとも対話が出来るのだ。
 もし軍事的な意味で決着をつけるのならばいまを置いて
 他に道はないと考えるし、
 仮に何らかの話し合いにより決着をつけるにしても
 一定の軍事力を背景にしない限り、
 耳を傾けてもらえるとは思わん。

   さらに云えば、我ら鉄の国はさる遠征の部隊となった国で
 遠征軍のマスケット兵団に攻撃を受けた国でもある。
 相手が魔族とはいえ、その魔族に救われたのも我が国だ。

 わだかまりがない、とは云わぬ。
 しかし、恩を忘れるような国にはなりたくない。
 国民もそのように望んでいると理解している。
 我が国の意見は、派兵だ」

赤馬武王「我が国の意見も派兵だ。聖鍵遠征軍の脅威は理解した。
 決着をつけるにせよ、その時期が早い方が良いと云うこともな」

氷雪の女王「我が国は、残念ながら派兵には賛成できません。
 そもそも、派兵するだけの余力がない。しかし、聖鍵遠征軍の
 脅威は理解しました。それ以外の方法の模索を提案します」

自由都市の領主「我らもいわば棄権です。
 わたし達自由港益都市は
 そもそも派兵と呼べるだけの兵を持っていない。
 しかし、現在の独立を捨てるつもりもまったくありません。
 輸送船団および、金銭、物資的な側面支援をもって
 状況に対応すべきかと思います」

603 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 22:19:18.15 ID:UGv5Hk.P

葦の老王「我が国も派兵するだけの余力は、現在のところ無い。
 しかしそれでも、この場合は派兵に賛成と云うておかねばならぬ。
 義勇兵を募ることも視野に入れよう」

湖の女王「そうですね。我らは王宮騎士団、および魔法兵団の
 参加も検討しましょう。もちろん戦争を避けるための方法を
 限界ぎりぎりまで模索した上でのことですが」

梢の君主「しかたあるまい。一度戦争が始まってしまえば
 我らには破滅以外の道は残されていないと云うことは判った。
 わが梢の国も、介入に賛成しよう」

冬寂王「戦争は悪であると考えるが、身を守るためには
 善悪にかかわらずそれを行使する必要もあるだろう。
 我らも被害を最小限にするために、派兵に賛成する。
 続いて規模についてだが、
 これについては、各国の事情もあるであろう。
 どのような形で、どれくらいの兵力の提供が可能かを
 各国検討に入って欲しい。
 第一報を今夕までにお願いしたく思う。

   派兵軍総大将だが、わたしとしては鉄腕王を推す。
 異論がある方はいらっしゃるだろうか?」

赤馬武王「前線司令官を何人か推挙させてもらえるのならば
 異論はない。いままでの司祭あること、適切かと思う」
葦の老王「異論はありませんな」
梢の君主「その武勇の鳴り響くところ。相応しいかと存ずる」

自由都市の領主「異論などとんでもない」

    軍人師弟「騎士師匠はどうしたでござる?」
    商人子弟「爵位はあっても、家臣じゃないからね。
     そこまでの拘束力はないんだ」

    軍人師弟「へ?」
    商人子弟「修道院騎士団と義勇兵をまとめて
     とっくに出発しちゃったよ」

624 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/07(水) 22:58:58.94 ID:UGv5Hk.P

――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍

灰青王「どうだ?」

観測兵「もうしわけありません。
 まさか後方からの直接奇襲などと」

灰青王「いいや、かまわん。猊下の移動天幕を狙われたら
 構わんからな。そこを護りきっただけで上等だ。
 打撃の方も上々だろう。報告はあがったのか?」

観測兵「おそらく、魔族軍の損害は3万に迫るかと」

灰青王 にやり

百合騎士団隊長「灰青王さま、いかがでした?」

灰青王「敵の損害は3万。およそ半数を削った」

従軍司祭長「半数ですと? 全滅させると仰ったではありませんか!?」

観測兵「ちっ」

灰青王「そう言わないでほしいなぁ、まったく。
 ある一定の規模の軍がその戦闘能力を維持するための
 損害許容の割合はおおよそ三割と云われている。
 半分も倒れた魔族の軍は、もはや事実上壊滅だ」

百合騎士団隊長「ふふっ。魔族。……壊滅」 とろん

灰青王「続いて都市攻略戦に移る。銃兵部隊に護衛を命じる。
 カノーネ部隊、砲撃位置へと急げ!
 輜重部隊および後方部隊は宿営地の建設を急げっ!」

625 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:00:18.05 ID:UGv5Hk.P

――開門都市、城壁の上、防御部隊

獣人軍人「日が暮れる! 急げっ!」
土木師弟「灯心に火を灯せっ」

ぽやぁ

巨人作業員「……明るいな」
義勇軍弓兵「これは?」

土木師弟「ガラス鏡だよ。さぁ、撤退作業の支援を。
 土木班は、土嚢を積み上げろ! 油と丸石の積み上げも忘れるな」

巨人作業員「わかったぞ……」

義勇軍弓兵「開けてくれ! 開けてくれぇ、けが人だ!!」

人間作業員「ダメだ、これじゃ人が溢れちまう」

土木師弟「神殿回廊の門を全て開けろ! 丘を取り巻く
 幅の広い参詣道は天幕を張れるように拡張してあるっ」

ひゅるるる……どぉぉーん!!
    ひゅるるる……どぉぉーん!!

巨人作業員「っ!」
義勇軍弓兵「なっ! なんだ、あの音はっ!?」

どごぉぉーん!!

土木師弟「落ち着いてっ! あれは“砲撃”ですっ。
 火薬で鉄の弾を撃ち出す火砲の巨大な物ですっ」

人間作業員「なっ。大丈夫なのか、俺たちはっ」

626 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:02:09.25 ID:UGv5Hk.P

土木師弟「よく聞いてくれ! この防壁は丈夫だ。
 十分な厚さを取ってあるし、砲弾をそらす傾斜を備えている。
 この事態も前提に設計してある。
 時間は少なかったが防衛施設や塹壕も準備されている。
 だから、落ち着いてくれっ!」

巨人作業員「そうだぞ……」
人間作業員「俺たちの設計士様は嘘はいわねぇ!」

義勇軍弓兵「そっ、そうかっ?」

土木師弟「まずは手分けだ! 義勇軍は、傷病兵の
 受け入れをたのむ!」

獣人軍人「こころえたっ!」
 義勇軍弓兵「行きましょう隊長っ!」

ひゅるるる……どぉぉーん!!
    ひゅるるる……どぉぉーん!!

人間作業員「俺たちは?」

土木師弟「土木班は監視だ。かといって、神殿の大鐘楼はまずい。
 あれは良い的だし、石造りでそこまでの強度はない。
 防壁城の監視所から敵陣を観測してくれ。
 たいまつは灯すなよ、目をつけられるっ」

人間作業員「判った!」
 たったったったった

土木師弟「それ以外は物資の搬入を急げ。
 滑車壺で水のくみ上げもさせてくれっ。
 今晩はおそらく一晩中砲撃が続くだろう。
 交代要員の編成も行なう! えーっと。臨時本部を
 どこにおけば良いんだ!?
 畜生っ。俺はただの土木技師なんだぞっ!!」

627 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:03:51.54 ID:UGv5Hk.P

――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍

灰青王「どうだ?」

観測兵「……第三波着弾を確認とのことっ。
 しかし目立った損害を観測できません」

百合騎士団隊長「どういう事です?」

灰青王「どうやら普通の城壁ではなさそうだ。
 あの黒くうずくまったような不細工な外見は、
 どういう理屈かは判らないが火砲への防御をも可能にして
 いるらしいですな」

百合騎士団隊長「事前の試射では、現存するどのような
 防壁や城壁であれ3時間の砲撃で壊滅できると
 仰っていたではありませんか」

灰青王「ここは魔界ですから。
 人間界での試射の成果に過剰にこだわると
 足下をすくわれるでしょう。
 目の前で起きていることを認めた方が、手間がない」

    カノーネ部隊長「撃てい!!」
    カノーネ兵「はっ!」

    ひゅるるる……どぉぉーん!!
      ひゅるるる……どぉぉーん!!

百合騎士団隊長「しかし」

灰青王「それならそれで、手は他にもある。
 兵力、兵数の差が戦場を変えるという実例をお見せしましょう。
 カノーネ部隊っ!」

カノーネ部隊長「はっ!」

灰青王「部隊を4班編制にするのだ。
 あの防壁に間断無い砲撃を加えよっ。
 あれなる魔族の街から、安らかな夜の眠りを奪い去れ!!」

644 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:26:46.64 ID:UGv5Hk.P

――開門都市、騒がしい市街、路上に張られたいくつもの天幕

「ううっ。足がぁ」 「焼けるっ。傷が」
「ぐぅうううぅううっ」 「痛む。誰か、誰かっ」
「水をお願いだ。一杯だけで良い……。水を……」

魔族娘「どんどんお湯を沸かして! 傷の浅い人は応急手当と
 包帯、場合によっては縫合してくださいっ」

人間の市民「湯だぁ!?」

魔族娘「ごっ。ごめんなさい、ごめんなさいっ。
 偉そうに支持をしちゃったりしてごめんなさいっ」ぺこぺこ

竜族の中年女「なにすごんで見せてるんだいっ!
 この子はこの神殿治療院の責任者なんだよ!!
 湯だね? 任せておくれなっ」

衛生兵「通りますっ! 通りますよっ」

魔族娘「はっ、はい、ごめんなさいっ」こけっ

連絡兵「魔族娘さん、自治院解の倉庫から、布の運び出しが
 終わりましたっ。どうしましょうっ」

魔族娘「えっと、そ、そうですね……。その……。
 ひ、ひ、人手をっ」

連絡兵「人手ですね? 判りました、義勇軍にお願いして参ります」
 たったったっ

魔族娘「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ」わたわた

腕を失った獣人男「そこの嬢ちゃん」

魔族娘「ひっ!? ごめんなさいっ」

腕を失った獣人男「悪いな、ちぃと、そっちの端っこを持ってくれ」

647 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:28:41.36 ID:UGv5Hk.P

魔族娘「包帯ですね。ま、ま、巻きます。
 任せてください。……へ、へたくそですが」

腕を失った獣人男「適当でかまわねぇよ。どうせ片腕なんだ」

魔族娘「すいません、すいませんっ」

ぎゅ、まきまき

腕を失った獣人男「ぷはぁ。……嬢ちゃんも酒飲むか?」

魔族娘「だ、だめですよっ! お酒なんか飲んだら
 血が止まりませんよっ!!」

腕を失った獣人男「うるせぇやい。飲まないでなんの戦だ」

魔族娘「だ、だだ。ダメに決まってるじゃないですかっ!
 片腕なんですよ!? また出るつもりなんですかっ!?」

腕を失った獣人男「ったりめぇだ。俺たちは止まりはしねぇ。
 こいつは弔い合戦なんだ。さぁ、くっちゃべってないで
 早いところ、俺の腕を固めてくれ。
 出来れば鉄の棒でも結わえ付けて欲しいくらいだ」

ぎゅ、ぎゅっ

魔族娘「……うう」

ぎゅっ。ぎゅっ。

腕を失った獣人男「ありがとうよ」

魔族娘「……なにも出来てないのに。
 ごめんなさいしか云えないのに」

腕を失った獣人男「じゃぁ、これからすりゃぁ、いいじゃねぇか。
 おれたちだって、これからやらかしてやるんだからよ」

648 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:29:56.26 ID:UGv5Hk.P

――開門都市、自治委員会、兵舎

カッカッカッカッ!

「魔王様っ!」 「魔王さまぁっ!!」 「魔王様のご帰還だ!」

人間長老「よくぞご帰還されてくださった!」
人魔商人「魔王様、良くご無事でっ」

魔王「心配をかけたな。……軍議だっ」

カッカッカッカッ!

副官「大将。こいつは、ぼろっちくなっちまって」
東の砦長「ふっ、お互いになっ」 どんっ

副官「ご無事で。……良かったです」
東の砦長「ふんっ。無事とは喜べないがな」ぎりっ

火竜公女「魔王どのっ」さっ

カッカッカッカッ!

魔王「戦の最中だ。だが、無事で良かった。お互い」

火竜公女「はい」

魔王「誰ぞあるかっ! 防壁の責任者を連れてこいっ。
 あの防壁を設計した男じゃ。
 寝ぼけたような顔をした鬼呼の大男のはずだ。
 ぐだぐだ抜かしたら構わんから
 赤い瞳が定規でひっぱたくと云えば大人しくなるっ。
 連れてこいっ」

鬼呼の姫巫女「鬼呼の……?」

649 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:31:08.94 ID:UGv5Hk.P

紋様の長「魔王どの、その男とは?」

魔王「昔、しばらくの間いろいろなことを教え込んだ男だ。
 もしあのまま研鑽を重ねているのであれば、
 きちんと手抜きのない防壁を作り上げておるだろう。
 もし期待通りだとすれば、
 この防壁の強度はこの戦役の生命線となる」

人間長老「……なんと!」

副官「あの方が、魔王様の、弟子?」
火竜公女「あまり値切るのではなかったかもしれませぬ」

がちゃり

魔王「さて、自治委員会の諸卿」

人間長老「はっ」
人魔商人「はいっ」

魔王「わたしがいない間、大きな心配と多大な負担をかけた。
 すまなかった。そして、ありがとう。わたしの見込みの
 甘さからこのような事態を招いたことを謝罪する」

人間長老「いえ、これは……その」 人魔商人「人間族のせいです」

副官「……」

魔王「その責を問うのは生き延びてからにしよう。
 紋様の長よ」

紋様の長「はっ」
魔王「傷はどうだ?」

紋様の長「いま少し時間をもらえれば、戦場に立ってご覧に入れる」

651 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:33:01.65 ID:UGv5Hk.P

魔王「無理はして欲しくない。
 わたしは、二人目の銀虎公を見たくはないのだ」

副官「……」
鬼呼の姫巫女「……」

魔王「砦長。頼まれてくれるか?」
東の砦長「おうっ」

魔王「では、この都市の防衛総司令、および迎撃を任せる」

東の砦長「その命、承った」

魔王「鬼呼の姫巫女よ」
鬼呼の姫巫女「はっ」

魔王「都市内部の統制と、内務の全てを見てはくれぬか?
 自治委員会の方々よ。姫巫女は、鬼呼一族を掌握されていた
 希代の名君だ。姫巫女に力を貸し、その手足となって動いて欲しい」

鬼呼の姫巫女「承りましたっ」

魔王「この都市を落とされるわけにはいかない。
 それは我ら魔族のためでもあるし、
 ある意味では人間族のためでもある。
 この都市が再び陥落し戦火に踏みにじられれば、
 その怨嗟の声は千年にわたる呪いとなって
 魔族のみならず、人間族の未来をも
 黒い鎖で縛り付けるだろう。
 我らは争うために生まれてきたのではない。
 しかし、なんのために生まれてきたかを証したてるためにも
 今日を生き延びねばならぬ。
 この戦を、開門都市で食い止めるのだっ!!」

660 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:46:08.36 ID:UGv5Hk.P

――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍

王弟元帥「軍使、だと?」

斥候兵「はっ。前方半里ほどの丘の上に、
 白旗を立てて待っております。
 その……人間であります」

参謀軍師「人間……」
聖王国将官「どういうことでしょう?」

王弟元帥「どれくらいの人数なのだ?」

斥候兵「おおよそ10名ほどかと見ましたが、
 丘の麓から向こうは魔界の原生林が広がっておりますので
 兵が伏せてある可能性は否定できません」

王弟元帥「人間か……」

聖王国将官「いかがされますか? 元帥閣下」

王弟元帥「面白い、会おう」
参謀軍師「ふむ」

王弟元帥「こちらからも十人ほどを連れて、
 その丘まで出向くのが礼儀であろうな。
 無用な戦闘を望んでいるわけではないと示すためにも」

参謀軍師「そこまで下手に出る必要がありますか?」

王弟元帥「相手の正体が判らぬ以上な」

斥候兵「いえ、会って頂けるのならば、
 こちらの陣営まで来ると先方は云っております」

王弟元帥「はははっ。度胸がいい男ではないか」

斥候兵「それが、先方は女性でして……」

670 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:00:43.59 ID:7lABGacP

――湖の国、首都、『同盟』作戦本部

がやがや

  同盟職員「はい、はい。そうですっ」
  同盟職員娘「資金不足発生。西の海岸自由都市三つです」

本部部長「来ましたね」

青年商人「崩壊線を超えそうなのは?」

ばさっ

本部部長「噂の進行は、どうも西部ほど早いようです。
 波頭の国、この付近三つの都市では真っ先に火が付くかと」

青年商人「判りました。では、同盟が保有する為替の65%を
 三都市に集中させてください。不安が最大化した時点で
 これらの為替を、意図的に同時に現金化する」

同盟職員「はいっ」

青年商人「その一撃で、三都市の教会の持っている現金は
 全て蒸発するでしょう。
 商人たちは、為替を現金化したくても
 出来ないという悪夢を経験することになる。
 そうすれば、早馬を使ってでも隣の都市で、
 つまりまだ現金のある都市で現金化をしようと動くでしょうね。
 現金が蒸発する教会は、こうして次々と広がって行く。
 ――噂の現実化現象です。
 パニックになった領主から為替を買い取る作戦はどうですか?」

同盟職員娘「『同盟』の買い付け部隊には手配済みです。
 額面の70%であるならば押さえろと指示を出しておきました」

本部部長「一刻も早い現金化を望む領主は投げ売りに走るかも
 知れませんからね。そこを買うということですか」

671 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:02:41.60 ID:7lABGacP

青年商人「今回の作戦は、安全弁が存在しない。
 一度事態が始まったら『同盟』の制御も効かない可能性がある。
 そのため、開始時期の制御および事態の収拾には
 細心の注意が必要です。
 必要以上のパニックは我々の望むところではありません」

本部部長「了解っ」

青年商人「三都市でのタイミングが初めの決め手になる。
 本部長、行ってもらえますか?」

本部部長「わたしがですか? 委員自らが手を下されるのかと」

青年商人「こちらはこの作戦の仕上げがあります」
同盟職員「仕上げ、ですか?」

本部部長「……ふむ」

青年商人「この作戦はタイミングが命です。
 聖光教会にとって1/10税は大事な収入源ですから
 このトラブルに対処をしないと云うことはあり得ない。
 たとえ、それは教会の中心たる大司教がいなくても、です。
 トラブルが発生してから情報が伝わり、対応策を決めて、
 おおよそ一月。年が変わってしばらくたてば今回の騒ぎは
 誤解だったと云うことで鎮火するでしょう。

   仕上げをするためにはそのタイミングを外すわけにはいかない。
 わたしは現場にいるわけにはいかないんです」

同盟職員「……?」

本部部長「判りました。わたしが現場で指揮を執りましょう」

青年商人「ええ、お願いします。必要であれば、
 今回買い切った全ての為替、および本部の流動資産を
 使い切っても構いません。
 我々に現在必要なのは、制御されたパニックと『同盟』の勝利。

   ある意味この作戦は、反則といかさまです。
 一瞬の幻惑のうちに、目的を果たす必要がある」

本部部長「理解しました。安心して行ってきてください。
 この大陸でもっとも固い扉の奥へ」

681 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:16:24.23 ID:7lABGacP

――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍、豪奢な天幕

           ……ォォン!
           ……ドォォーン!

大主教「攻めよ! 攻めるのだ、あの都市を」

従軍司祭長「はっ。灰青王の話では昼夜を分かたぬ砲撃にも
 良く耐えているそうですが、なに。人の心とはそのように
 強き物ではありません。
 一月もたたぬうちに希望の根底もへし折れ、
 頭を垂れて降伏をしてくるでしょう」

大主教「手ぬるい」

従軍司祭長「は?」

大主教「手ぬるいのだ。銃兵を鼓舞せよ。
 あの城門へと突撃させよ。
 何をしている、それが精霊の望みなのだ」

従軍司祭長「そ、それは。流石にっ」

大主教「流石に、なんだ」

従軍司祭長「あの防壁はマスケットや槍程度では
 いかんともしがたく。
 あの都市には火砲はないと確認しておりますが
 それでも投石機や弓矢、防衛兵器は十二分に備えてありましょう。
 歩兵を突撃させるのは、まさしく無謀かと」

大主教「それは、軍の理屈。精霊の理ではない」

従軍司祭長「そ、その……」

大主教「百合騎士団隊長」

百合騎士団隊長「はっ」

684 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:18:02.82 ID:7lABGacP

大主教「汝が鼓舞をせよ。農奴兵を煽り立て、
 あの都市へ突撃されるのだ」

百合騎士団隊長「はいっ。猊下のお心のままにっ」

大主教「ふふふふっ」

従軍司祭長「な、なにゆえに……」

大主教「魔族がいくら死んでも、勇者は現われぬ」

ころり。ころり。

従軍司祭長「は、は?」

大主教「だが、人間の苦鳴に耳を塞ぐことが出来るものかな。
 ……くっくっくっ。鍵は魔王でも、勇者でも良い。
 しかし、戦場で討ち取りやすいのは、勇者。
 我らが精霊の子である以上、勇者は我らを憎めぬ」

従軍司祭長「な、なにを仰っているのか」

大主教「判らずとも良い。……そうであろう?」

百合騎士団隊長「そうです。我らは理解する必要はありませぬ。
 猊下のお言葉と、戦場に溢れる阿鼻の蜜月、
 叫喚の睦言さえあれば他には何もいらぬでしょう?」 とろり

大主教「ふふふっ」

従軍司祭長 ガクガクッ

百合騎士団隊長「出陣いたします、猊下」

大主教「任せよう」

696 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:33:48.35 ID:7lABGacP

――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍

ばさり

メイド姉「お招きくださり、ありがとうございます」にこり
貴族子弟「これは勇壮な軍ですね」きょろきょろ
生き残り傭兵「……」むすっ

王弟元帥(この少女は……。何者だ?)

参謀軍師「では、こちらから名乗らせて頂きましょう。
 我らは聖鍵遠征軍別動部隊。
 こちらは聖王国の王弟元帥閣下です。
 わたしは参謀軍師。お見知りおきを」

聖王国将官「わたしは聖王国将官」

王弟元帥「王弟元帥だ。そちらの身分、および目的を聞こう」

メイド姉「はい。わたしはメイド姉と申します。
 身分は……旅の学士です。
 現在はこの軍を率いる司令官を務めさせて頂いています」

参謀軍師「軍だと……?」

貴族子弟「わたしは貴族子弟」

メイド姉「こちらは傭兵隊長どの。わたしの護衛部隊を
 率いてくれています。強いですよ」
生き残り傭兵「ふんっ。忘れてくれて一向にかまわねぇ」

王弟元帥「して、目的はなんなのだ?」

メイド姉「一つ確認したいのですが、
 この部隊は現在、旧蒼魔族の首都を目指して進軍中ですね?」

聖王国将官「そんな事は見れば判るだろう」

メイド姉「では、兵を引き上げて頂きたく思います」

699 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:38:41.51 ID:7lABGacP

生き残り傭兵「流石に馴れては来たけどよぉ」

王弟元帥「ふふっ。少女よ。いや、司令官だったか。
 いったいどのような権利を持ってそのようなことを云うのだ」

メイド姉「はい。わたしは、現在あの領地を占領しています」

参謀軍師「なっ!?」
聖王国将官「なんだとっ!?」

メイド姉「あの領地を魔王よりあずかっている機怪族は
 我が軍との平和的な交渉の結果、
 領地の支配権を我が軍に全面的に譲渡しました。
 こちらはその書面の写しになっています」

参謀軍師 ばっ! 「……っ。まさかっ」

メイド姉「現在のこの領地の領主として、貴軍に要請します。
 貴軍は現在、旧蒼魔族領地にすでに侵入しています。
 交戦の意図なくば至急軍を返し、領地外に出て行って頂きたい」

聖王国将官「交戦の意図なくばっ!? ふざけるな、我々はっ」

メイド姉「人間の治める国に侵略するのですか?」きょとん

王弟元帥「……っ」
参謀軍師「なんという……」

メイド姉「我が軍はその構成員の全てを人間で編成しています。
 現在、旧蒼魔軍領土は、人間の治める人間の領地」

参謀軍師「そのような寝言をっ。何が平和裏なのだっ。
 軍を持って、兵力の少ない領地を占領したに過ぎないではないか。
 他国の領土に攻め入った上におこがましいっ」

メイド姉「そのお言葉、そっくり御身に返るかと思います」

706 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:43:07.43 ID:7lABGacP

参謀軍師(どうするのだ?
 いくら何でも大規模な軍が魔界へ入っていたとは考えがたい……。
 どのように多く見積もっても1万から2万。
 ひと思いにかたづけられない数ではないが……)

参謀軍師 ちらっ

貴族子弟「それで足りないならば、そうですね。
 ぼかぁ、じつは氷の国に籍を置いている
 外交特使というやつでして」

聖王国将官「氷の国っ!?」
参謀軍師「南部連合が、こんなところにまでっ」

貴族子弟「はい。旧蒼魔族領地ですか。
 この領地は現在我が軍の統治下にありますが、
 自治政府として再生を図っている途上でもあるわけです。
 もちろん南部連合入りを前提としてですね」

参謀軍師(なんだと……。こ、この男。
 それが真実だとすれば、南部連合との全面戦争を
 引き起こしかねない。
 いずれぶつかるのは確実にしても
 いまこの状態でぶつかれば、無防備な聖王国本国が灰燼に帰す。
 奴らは、自分たちの懐が痛まない魔界の一地方を切っ掛けに
 大陸全土を掌握するつもりだと云うことかっ!?)

王弟元帥「貴公の話が事実だという証拠は?」

貴族子弟「もちろん、いくらでも氷の国に照会を
 取って頂いて結構ですよ。
 ただし、嘘だという証拠も無いわけですよね。
 この場を押し通るおつもりであれば、
 これはもう、氷の国としても大変に遺憾であるとしか
 言い様がない痛恨事だと思います」

生き残り傭兵(おったまげるな、この二人……)

707 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:45:29.92 ID:7lABGacP

参謀軍師「……閣下」

王弟元帥「それは知らなかったこととは言え、失礼なことをした。
 全ては情報の遅れと行き違いだ。謝罪をしよう」

聖王国将官「……っ」

メイド姉 こくり

王弟元帥「とはいえ我ら兵を退くわけには行かぬ。
 この進軍は聖鍵遠征軍として大主教猊下の命令の下
 行なっているもの。ひいては、光の精霊の意志。

   中央の国家と南部の連合の間にはなんのわだかまりもないが
 聖光教会は南部連合諸国家を異端の罪で告発している。
 ご承知だろうが、聖鍵遠征軍と南部連合は
 目下交戦状態にあるのだ。
 そのことをお忘れではあるまい?」

メイド姉 じぃっ

参謀軍師(閣下! それでは、それでは戦争が始まります。
 みすみす南部連合を我ら聖王国に進軍させる
 口実を与える結果になってしまいます。
 どうかっ。それだけは!)

王弟元帥「しかし、我ら聖王国を始め中央の諸国家は
 その事態に関して遺憾に思うことがあるのも事実だ。
 何と言ってもわれらは同じ人間。
 魔族の脅威に剣と槍を並べ、戦った仲ではある。

   その同じ人間に対して、数万のマスケットを向けねばならぬとは
 一人の武将として悲痛な思いだ。
 たとえ聖鍵遠征軍とは交戦状態にある南部連合であろうと
 中央国家の武将の一人としては、けして戦を望むわけではない」

貴族子弟(へぇ……。そういうレトリックも使えるわけだ。
 戦争は教会の意志なので、聖王国に罪はない、と。
 さすが聖鍵遠征軍の頭脳、その中心。才気溢れていますねぇ)

711 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:48:15.89 ID:7lABGacP

メイド姉「そうですね、我ら人間同士が争って
 益のあることは何もありません」にこり

生き残り傭兵(痺れるな……。
 こっちは手のひらが汗でぐっしょりだぜ)

王弟元帥「われらは、大主教からこの地を奪い、
 ぜひ補給線を確立させよとの命を受けている。
 この命に背くことは出来ない。光の子として」

メイド姉「わたしも光の子です。
 いっそ湖畔修道会はいかがですか?
 湖畔修道会は、王弟元帥。
 あなた個人も聖王国も、どちらの参加も歓迎しますよ」

貴族子弟(~♪ 云いますね。さすが住み込み弟子だ)

王弟元帥「ははははっ。お申し出は有り難いが
 それを受け入れるわけにも行くまい。
 我ら聖王国は大陸諸国家の長兄として秩序を護る義務がある」

メイド姉「秩序、とは?」

王弟元帥「安心だ。人々が安心して日々を送る事が
 出来るのは何故だと考える?
 それは、昨日と同じ今日が、今日と同じ明日が続くからだ。
 なぜ夜眠れる? それは朝になれば目覚めると判っているからだ。
 もし寝ている間に死ぬかも知れなければ、
 恐怖で眠ることは出来ぬだろう。
 しかし、我らは経験的に、朝になれば目覚めると知っている。
 それが繰り返しであり、秩序というものだ。

   もちろん、中には不幸な例もある。
 あるいは病で、あるいは押し込み強盗に殺されて
 朝になっても目覚める事はないと云うことがな。
 これは繰り返しが壊れるという意味において、
 秩序の破壊であり、混沌だ。

   我ら聖王国は秩序の守護者として、民草の安寧を得るためにも
 昨日と同じ今日、今日と同じ明日を護らねばならぬ」

メイド姉「いままで聖光教会に従ってきたので、
 そしていままで農奴制度を確立してきたので、
 さらに貴族社会と王権の絡み合ったその構造を護るため、
 ……いまさら変われぬと?」

王弟元帥「早い話が、そうだ。そして民もそれが幸せなのだ」

715 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:51:53.00 ID:7lABGacP

メイド姉 きっ

貴族子弟(……敵ながら、肝の据わった男だ。
 この男は欲もあるのだろうが、それ以上の部分がやっかいだな)

メイド姉「では、結論としては?」

王弟元帥「補給線は確立せねばならぬ。
 しかし争いはけして望むところではない。
 大主教の宣言があり、交戦状態ではあるが
 今日このとき、この場所で出会ったことはこちらにとっても
 不測の事態であったのだ。そしてここは魔界。

 お互い人間の軍として、その軍勢を消耗することは
 なんとしてでも避けるべきではないだろうか?
 そこでわたしは提案しよう。

   食料馬車四千台分、および硝石馬車千台分の供出をして貰いたい。
 代金は支払おう。新王国の金貨で、そうだな600枚でどうだろう」

生き残り傭兵(馬鹿云うなっ。そんなはした金じゃ
 武具ひとそろいも買えないだろうが!)

貴族子弟「お断りした場合は?」

王弟元帥「両軍にとって痛ましい事態。
 強制的な補給線の確立と云うことになるだろう」

貴族子弟「南部連合に侵攻すると云うことですね?」

王弟元帥「それは聖光教会の意志だ。
 われら中央国家は、もちろんこの事態に深く心を痛める」

生き残り傭兵「けっ。つまりはドンパチやりたいのか」
参謀軍師「侮辱しようというのか、貴殿っ」

ばさりっ。
   ざっ。

勇者「いや、俺も聞きたいな。ドンパチやりたいのか?
 王弟元帥は。……人間同士の軍で、ドンパチをさ」

822 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20:05:07.47 ID:7lABGacP

――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍

ばさりっ

参謀軍師「このようなところで軍を停止させざる得ないとは……」
聖王国将官「確かに」

とさっ

王弟元帥「勇者よ」
勇者「ほいよ」

王弟元帥「勇者はあの少女と顔見知りなのか?」

勇者「多少はね」

王弟元帥「あの少女はいったい何者なのだ?」

勇者「んー。聖王国や教会が“紅の学士”と呼ぶ女。
 ……の片割れだよ。
 南部連合に農奴開放運動を巻き起こした張本人とも云える」

王弟元帥「――」

参謀軍師「あの少女が?」
聖王国将官「まさか。まだほんの娘ではないか」

勇者「俺もびっくりしてるよ」

王弟元帥「そうか。それであの弁舌、か。ふふふっ」

参謀軍師「元帥閣下……」

824 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20:07:11.69 ID:7lABGacP

王弟元帥「勇者はどう思うのだ?」

勇者「何を?」

王弟元帥「この戦についてだ。
 ここまで同行してきてくれた事については
 深い感謝の意を持っている。
 だが、そちらも散々にはぐらかしてきたのは事実だろう?
 そろそろ聞かせて貰おう、勇者の本音を」

勇者「俺の本音は最初から一つだ。この世界を守る」

王弟元帥「我ら人間の世界をか。
 では、人間同士の軍の衝突はどう考えているのだ?」

勇者「ケツの穴のちいせーことを言うなよ。
 王弟元帥。地上最大の英雄のくせに。
 ここまで歩いてきたんだろう?
 この世界つったらこの世界だよ。
 歩いていけるたった一つのこの世界に人間も魔族もあるものか」

参謀軍師「っ!! なんですとっ」 がたっ

聖王国将官「それは異端だっ!!」

勇者「最初っから聖光教会になんか参加してねぇし
 光の精霊なんか信仰してねぇよ。
 俺は個人的に光の精霊に頼まれて、
 その願いを聞こうかなって思っているだけ。
 俺のは信仰じゃないんだよ」

王弟元帥「ふふふふっ。はははははっ!!!」

勇者「おかしなことを言ったか?」

王弟元帥「いいや、まったく。……たいしたものだ。
 まったく筋が通っている。
 やっと腹蔵無くはなせそうだな。勇者。
 そうだ、初めて話をするような気さえする」

参謀軍師「そんなっ」

826 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20:10:21.36 ID:7lABGacP

王弟元帥「では、勇者は
 いま眼前にある紅の学士と我らとの争いも、
 魔族と聖鍵遠征軍の争いも
 どちらも等しく嫌悪すると。それでよいのだな?」

勇者「そうだよ」

王弟元帥「どうあっても?」
勇者「どうあっても」

王弟元帥「では、眼前にその事態が発生したらどうするのだ」

勇者「王弟元帥こそ止める気はないのか?」

王弟元帥「無いな――。
 勇者よ。聞いただろう?
 我は民草の秩序と安寧のために戦っている。
 そもそも農奴開放がこの世界に何をもたらしたのだ?
 結局は混乱をもたらしているだけではないか。
 貧しくて飢えた不毛な南の地を釣り得に新しい支配者が
 新しい奴隷を、別の名称で募集したに過ぎない。
 そのような偽りな希望をぶら下げるよりは、
 安定した今までの機構を維持する方がどれだけ有意義かも知れぬ。
 歴史がある、というのは
 今までそれでやってこれたことを示すのだ。
 新しいこと全てが正しいなど、どこの寝言だ。
 違うか、勇者?」

勇者「聖王国の利益を保護しているように聞こえるな」

王弟元帥「そうだ。それが何故いけない?
 自らの利益を追い求める王は悪であるなどとは
 所詮は持たざる者どもの僻みの声でしかない。
 王は富んで良いのだ。国を富ませさえすれば。
 聖王国の利益を求めることと、
 民に秩序と安寧をもたらすことは決して相反することではない。
 我はどちらも最大限に大きくする方向を目指して
 進んでいるだけに過ぎないのだ」

830 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20:13:17.56 ID:7lABGacP

王弟元帥「中央大陸には長い間安定して発展を遂げた歴史がある。
 それは農奴制と貴族社会、そして王族による統治を
 前提にしたものなのだ。
 その成果を否定することは誰にも出来ない。
 たとえ、その機構に弱点や汚点があったとしてもだ。
 わたしはそれらが無謬であるなどとは云わないよ。
 だとしても、この数百年人間はその中で栄えてきたではないか。

   その発展の歴史と、聖王国の軌跡は一致する。
 我はこの方向こそが正しいと信じるゆえ、これを堅持するのだ」

勇者「まぁ、そうだろな。新しいことは全部正しいってのは
 確かに言い分としてはおかしいわな。
 何かを新しく始めればそりゃ経験もないわ実績もないわ
 転んだって怪我をしたっておかしくはない」

王弟元帥「……」

勇者「だが“人間には失敗をする自由だってあるはず”ってのが
 まぁ、あっちの言い分なのだろう?」

王弟元帥「で、あれば、我にもまた同じだけの自由を持って
 現在の体制と機構を維持したいと願うことが許されるはずだ」

勇者「その言い分も、正しいな」

王弟元帥「理解してもらえるのならば、勇者。
 これは自由な意志を持つ者同士が
 自分の理を通そうとする激突なのだ。
 ――手出し無用に願おう」

聖王国将官「……」
勇者「……」

王弟元帥「ふっ。我に一理の正しさがあることは認めるのだろう?」

勇者「王弟元帥。ってことは、逆にあの娘が今までやってきた
 新しいこと……例えば、農地改革やら農奴開放やらにだって
 一理があるって事は認めているんだよな?」

聖王国将官「それは、どういうことですか?」

834 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20:22:54.61 ID:7lABGacP

勇者「新しいことが正しいとは限らない。
 それとまったく同じ理屈でもって
 古いことが未来永劫正しいとは限らない、ってことさ」

王弟元帥「理屈の上ではな。そう主張する“自由”はあるのだろう」

勇者「だからこそ、両者はその地平では対等だと?」
王弟元帥「如何にも」

勇者「どちらも人間で、どちらも対等だから、
 勇者である俺には介入するな、と。そう言うことだよな?」

王弟元帥「そうだ」

勇者「で、俺が介入しなかった場合、
 自由な意志を持つ両者の激突でもって事の是非をつけようと」

王弟元帥「我らが絶対善、絶対正義であるなどとは言わぬよ。
 しかし、この世界においては、自らの信じることを
 貫くためには力が必要な時もあるのだ。
 それがもっとも苛烈に試されるのが戦場であり
 その戦場に立った以上、彼女も戦士だ。
 性別や年齢などは考慮されるべきではない」

勇者「そりゃ仰せ、ごもっともだ」

王弟元帥「ならば」

勇者「ならば、の先はこうだ。
 ――王弟元帥。地上最大の英雄。
 “ならば”そのまったく同じ理屈を持って、
 つまりおのれの意を押し通すために、
 戦場で力を示そうとする輩……つまり、攻撃を始める軍を、
 勇者は勇者個人の自由な意志と信条を守り通すために、
 暴力で排除するぞ、とね」

参謀軍師「それはっ」
聖王国将官「勇者殿……っ」

839 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20:27:49.36 ID:7lABGacP

勇者「確かに云うとおり、人間同士、
 意見が異なることもあるだろうが、
 異なる意見を持つという自由はどちらにもあるんだろ?
 その辺は、教会よりも俺はあんたのことは買ってるよ。
 どっちの味方かと云えば、やっぱり王弟元帥がいいや。

   どっちに正義があるかは判らないこの世界で、
 その相違を解決するために話し合いをするつもりならば、
 俺は俺の上限を話し合いまでとさだめるし、
 もし暴力を解禁するのならば俺も暴力を解禁するよ。

   なぁ、王弟元帥」

王弟元帥「……」

勇者「恩着せる訳じゃない。
 どっちかって云うと、飯を奢って貰って恩に着ているのは
 俺の方であるべきだからな……。だけどさ」

聖王国将官 ぞくり

勇者「これは、王弟元帥だから云ってるんだぜ?
 判るだろう?
 聖鍵遠征軍の残り半分はさ。
 暴力を解禁しちまってるんだって事も」

王弟元帥「それは脅迫か、勇者?」

勇者「まさかー」

王弟元帥「勇者、ならばこちらも云わせて貰うが
 ここには数万のマスケットがあるのだ。
 勇者の戦闘能力がどれほどであろうと
 たった一人で軍も歴史もねじ曲げられると考えているならば
 それは思い上がりも甚だしいと云わせて貰わねばならん。
 被害は出るだろうが、我らは勝つ。
 その自信がわたしにはある」

勇者「ったりまえだ。そんな思い上がりはしちゃいない。
 暴力で解決するならば、喧嘩でみんな気持ちが変わるならば
 最初っからこっちは我慢なんかしちゃい無いんだよ。
 こんな面倒くさい問答なんてこっちだって本当は
 一番苦手なんだってんだよ。
 ……本当は飛んでいきたい気持ちなんだ。
 判れよ、この石頭どもめっ」

867 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21:07:53.38 ID:7lABGacP

――開門都市、防壁を囲む聖鍵遠征軍、遠征軍陣地

    ひゅるるる……どぉぉーん!!
      ひゅるるる……どぉぉーん!!

灰青王「一週間か。よく保つな」

観測兵「被害は観測できるのですが、補修を前提にしているのか
 落としきることが出来ません。せめて門を狙えれば」

灰青王「しかし門を落とすためには左右の突出防壁を
 何とかしないと、カノーネを近づけることが出来ない。
 そういう防御策な訳だ」

観測兵「はい……」
灰青王「判ったことは?」

観測兵「どうやら、あの防壁は石組ではなくて、
 巨大な土塁だと考えた方が良さそうです、
 土ゆえに衝撃を吸収して、基幹部が末広がりのために
 倒壊することもない」

灰青王「そしてあの傾斜か……」

    ひゅるるる……どぉぉーん!!
      ひゅるるる……どぉぉーん!!

カノーネ部隊長「灰青王閣下」

灰青王「どうした」

カノーネ部隊長「その、本日の砲撃のご指示を……」

灰青王「右辺突端部に砲撃を集中させよ。
 しかし、1/4は砲撃を散らして敵に安心感と休憩の暇を与えるな」

 

カノーネ部隊長「はっ。はい、その……」
灰青王「どうした?」

カノーネ部隊長「実は、カノーネ用の純度の高い黒色火薬が……」

868 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21:09:52.48 ID:7lABGacP

観測兵「……」

灰青王「後どれくらい残っている?」

カノーネ部隊長「このペースだと、あと3、4日ほどかと……」

    ひゅるるる……どぉぉーん!!
      ひゅるるる……どぉぉーん!!

灰青王「砲撃の手をゆるめるな。
 火薬の件を敵に知らせて希望を与えることは下策だ。
 火薬については、マスケット兵のものを再配分し、
 カノーネ用に供給をし直す。現在のまま砲撃を続けよ。
 右辺突端さえ破壊すれば、正門を崩して流れ込むことが可能だ」

カノーネ部隊長「はっ! 鋭意努力しますっ」

観測兵「……」

灰青王「ちっ。なんというしぶとさだ。
 瀕死の蛇のようにいつまでものたうち回り、見苦しい。
 開門都市など、もう実質的には陥落したも同然ではないか」

観測兵「灰青王閣下っ!」
灰青王「どうしたというのだ?」

観測兵「じつは、百合騎士団隊長が……」
灰青王「あの女が?」

観測兵「そのぅ。夜な夜な、銃兵どもを大量に集めて、
 集会とも、説教会ともつかないようなことをしているようでして」

灰青王「集会?」

観測兵「はい。精霊の宝は開門都市にあると。
 いまこそあの都市を落とさなければならない。
 そのためには光の信徒の心魂を捧げた奉仕が必要である、と」

灰青王「毒をもつ華、か……」

観測兵「いかがいたしましょう」

灰青王「その毒の香りが甘美であるのだから始末に負えぬ。
 ……放っておけ。いずれ俺がけりをつける」

882 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21:36:16.64 ID:7lABGacP

――開門都市、慌ただしい市内、大通り

がやがや……
  がやがや……

魔王「どうだ? 不足している物はないか?」

人魔商人「魔王様っ!? こんなところへいらっしゃらないでも、
 庁舎で休んでいてくださればいいのに!」

魔王「あそこにいてもやることなど無いのだ。
 防壁への登り口はこっちか?」

人魔商人「そうです、はいっ」

ひゅるるる……どぉぉーん!!
  ひゅるるる……どぉぉーん!!

土木師弟「泥濘に石灰を混ぜろっ! 上から応急で流し込んでおけ」

巨人作業員「わがっだ……」
蒼魔族作業員「こっちにも石灰をくれ!!」
人間作業員「いま運ぶっ。台車をまわせぇl」

魔王「どうだ?」
土木師弟「はっ。はいっ」びしっ

魔王「緊張しないでくれ。世話をかけているのはこっちだ」

土木師弟「正直、そろそろ限界です。
 いつ破れてもおかしくない場所がいくつもあります。
 疲労が浸透して、基幹部分にもひびが入っている。
 一応それらしく見せかけてありますから、
 敵の攻撃が集中して無くてごまかせていますけれど……。
 東側は特にまずい。工事の時にも一番後回しにした部分で、
 最初から張りぼて同然だったんですよ」

東の砦長「東側、か……」

883 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21:37:25.82 ID:7lABGacP

ひゅるるる……どぉぉーん!!
  ひゅるるる……どぉぉーん!!

魔王「逆に、まだ強度に余裕があるのはどのあたりだ」

土木師弟「南西の神殿付近ですね。あの辺はまだ攻撃を
 受けてはいないし、最初から防壁の厚さもある。
 あそこならいままでの砲撃を受けても、まだ一週間は耐えられる」

魔王「それでも一週間、か……」

人間長老「魔王殿、このままではこの都市は……」

魔王「沈んだ顔をするな、長老どの。
 まだ決着がついたわけではない。勝負はこれからだ」

人間職人長「しかし、たとえ一週間を耐えても、
 一月を耐えても、いずれは時間の問題で……」

魔王「大丈夫だ。まだ……。まだ、手はある。
 火竜公女!」

火竜公女「はい」

魔王「すまぬが、これを火竜大公に渡してきてはくれぬか?」

人間長老「それは……?」

火竜公女(この書状は……白紙……!?)

魔王「援軍の要請だ。魔界は広い。この都市を救うだけの兵力は
 いくらでも残っている。我らはそれまでの時間を稼げばよい」

火竜公女(そんな兵力があるわけはないではありませぬか。
 たとえあったにしても……。
 半日で三万の屍を築いたあのマスケットの前に、
 どのような長が兵を送ることが出来ましょう。
 だから魔王どのは白紙の書状を……)

東の砦長「済まないな。兵を全部おっぽり出しちまって。
 義勇軍のみんなには苦労をかける」

885 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21:39:20.57 ID:7lABGacP

人間の義勇兵「まぁ、いいってことよ。
 こうやって防壁の修理や
 投石機でたまにお返しをするぐらいしか、
 俺たちは役に立てないんだからな。
 剣を振ることも馬に乗ることも出来ない俺たちには」

竜族の中年女「そうだねぇ! あっはっは。安心おしよ!」

竜族義勇兵「夜になったら、
 また防壁にうまった砲弾を掘ってきてやろう。
 連中達は自分が撃った砲弾が
 投石機で投げ返されてさぞや悔しいだろうよ!」

魔王「うむ。もう少し辛抱してくれ」 にこにこ

人間長老「はっ。魔王様。お心のままに!」

人魔商人「よぉっし。わたしも倉庫を整理して、
 どんな食料が出せるか見てみようじゃないか」

人間職人長「兵隊さん達が出ているから、
 食糧の備蓄は十分ですね。二ヶ月でも三ヶ月でも保ちましょう」

ひゅるるる……どぉぉーん!!
  ひゅるるる……どぉぉーん!!

火竜公女「……」ぎゅっ

東の砦長「姫さん、今晩にでも」

火竜公女「……え?」

東の砦長「爺様の元へと行くんだろう? “安全に届けよ”って
 魔王殿にも云われている。数は少ないが護衛をつけよう」

火竜公女「はい……」

魔王「さぁ! 暗い顔をするな! 
 ここは自由の街開門都市ではないか!
 この街を護りきるのだ! 明日のためにっ!!」

892 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22:14:38.90 ID:7lABGacP

――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、野営地

傭兵弓士「苛々するなぁ……。もう5日だぞ」
ちび助傭兵「うん」

メイド姉「根を詰めては持ちませんよ」

傭兵弓士「そうは云ってもな……。神経がすり減るよ。
 こっちは、だって100名もいないんだぜ!?」

ちび助傭兵「それで3万の聖鍵遠征軍を足止めして、
 あの領地を守りきるだなんて、頭がおかしくなりそうだ」

メイド姉「別に100名が千名でも1万名でも、
 負ければ全滅しちゃうんだから同じですよ」にこり

ちび助傭兵「爽やかな顔で絶望的な事言うなよっ!」
若造傭兵「やれやれ」

生き残り傭兵「まぁ、もう勝ったようなもんだがな」
メイド姉「はい」

傭兵弓士「そうなのか!? だって結局交渉では譲って
 食糧の無償供給までしちゃったじゃないか」

貴族子弟「それはあまり関係ありませんよ」

生き残り傭兵「考えても見ろよ。
 もしも俺たちがれっきとした大国の軍勢の
 一部だったとしてだぜ?
 たかが百騎で300倍の軍を五日も足止めしたんだ。
 あいつらが今からどこへ行こうと一週間は行軍に遅れが出る。
 これが勝ちじゃなくてなんだってんだ」

貴族子弟「そうゆうことです」

メイド姉「機怪族の皆さんの待避も進んでいるでしょうね」

893 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22:16:30.38 ID:7lABGacP

生き残り傭兵「5日もあれば、ずいぶんましだろう。
 食料の持ち出しや隠蔽、
 鉱山の閉鎖などもやってくれているはずだ」

器用な少年「すっげーハッタリだな」
貴族子弟「外交なんてそんなものです」

メイド姉「ハッタリだけじゃありませんよ?
 信じた気持ちの強さが言動になるんです。
 自分の命を掛けないと他人を説得は出来ません」

器用な少年「すげぇ格好良いけれど、それってある意味
 “キチ○イだから無敵です”に聞こえるよなぁ」

貴族子弟「師匠もおおむねそんな感じでしたしねぇ」

メイド姉「あらあら。自分には実感ないんですが」
傭兵弓士(小声)「実感があったら余計にマズイだろう」

メイド姉「でも、あの方とは戦をしたくないですね」

貴族子弟「王弟元帥と?」
メイド姉「はい」

生き残り傭兵「ってことは、代行の姉ちゃんにも
 怖い相手がいるのか?
 さすがにあの威厳と意志の硬さは、歯が立たないか」

メイド姉「いえ、それは怖いですけれど……。
 怖いけれどためらう理由にはならないですよ。
 負けるのならばそこまで悩む必要さえないんですから。
 ただ、あの方にはあの方なりの正義があるのでしょう。
 わたしの決意とは道が違いますけれど
 でも、だからと云って、
 わたしにはあの方の正義を間違っていると云えるだけの
 資格は無いんです。
 あるいはあちらの正義の方が
 世界にとっては良いのかも知れないんですから」

894 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22:17:42.12 ID:7lABGacP

傭兵弓士「……」

メイド姉「わたしは別に聖鍵遠征軍が憎いわけでも
 壊滅させたいわけでもないです。
 出来れば、聖鍵遠征軍の人にだって死んで欲しくはない。
 本当はもっと別の形で争えれば良かった。
 戦以外の形で。
 戦をしてしまうと、喧嘩が続きません。
 片方が死んでしまいますから。
 あの方には喧嘩友達が必要なのじゃないかと思います」

貴族子弟「……」

メイド姉「生意気なことを云ってしまいましたね」くすっ

傭兵弓士「いや、判らないじゃないよ」

生き残り傭兵「そうだな」

器用な少年「そうなのか? さっぱり判らないぞ」

貴族子弟「少年には、早いかも知れませんね」

生き残り傭兵「まぁ。俺たちは傭兵だからな。
 戦場がなければ、食いっぱぐれちまうし、
 仕事が無くなっちまうってのはもちろんあるんだが、
 それ以上に、なんていうか、要らないやつになっちまうんだよ。
 だから何となく判るのさ。
 自分の居場所を定めたやつは、その自分の居場所では
 自分を曲げるなんて事は出来ないし、やっちゃいけないんだ」

器用な少年「要らないやつ?」

貴族子弟「あの方はあれでもまぁ……。
 どうにも始末に負えないながらも
 聖王国の屋台骨ではあるのでしょう。
 現在の中央諸国家は
 長く続きすぎた歴史の中で、若い人材が払底している。
 彼もまがりなりにも英雄と呼ばれる男ですからね。
 ああいう風な生き方でもしない限り自分が立たないのでしょう。
 あの方なりに守るものがあるんですよ。
 要らないやつにならないためにも」

903 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22:48:54.14 ID:7lABGacP

――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍

バサッ! バササッ!

王弟元帥「どうした?」

参謀軍師「本陣から早馬による急使です」
聖王国将官「内容は」

参謀軍師「それはまだ。書状ですので」

王弟元帥「読もう」

ガサッ。シュルシュル……

王弟元帥「……。……ふむ」
参謀軍師「いかがしましたか?」

王弟元帥「都市攻略の遅れだ。
 魔族軍が開門都市内部に撤退してからすでに一週間。
 火薬と食料が徐々に切迫してきた。
 食料は後方陣地から順次送ればまだまだ持つだろうが、
 連続してカノーネを使うのは、莫大な量の火薬を消費する」

参謀軍師「はい。前の早馬によれば、
 昼夜を分かたぬ連続砲撃により、住民の交戦意欲そのものを
 へし折ると、そのように云ってましたが」

聖王国将官「古来、城塞の攻略は力で攻めるのは下策であり、
 これに篭る人の心を攻めることをもって上策とする。
 と云います。灰青王閣下の判断は間違いではないかと」

王弟元帥「間違いではないが、間違えでなければ
 それで勝てるとも限らぬのが戦だな」

聖王国将官「確かに。……苦戦でしょうか?」

904 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22:51:39.05 ID:7lABGacP

王弟元帥「しかし、これは灰青王の手落ちと云うよりも、
 カノーネの連続砲撃を一週間にわたり凌いだという
 開門都市の魔族軍の手柄、と褒むべきかな。
 この目で見ていないこともあって信じがたいが……。
 いったいあのカノーネの砲撃をどのような防壁と
 どのような指揮を持って一週間もの間
 凌ぐことが出来るのかとな」

参謀軍師「まことに。100門のカノーネは、平均的な城壁を
 数時間で破壊することが出来るというにもかかわらず」

聖王国将官「やはり魔界の技術ですか」

王弟元帥「いいや、それにもましてこの場合驚くべきは
 開門都市に籠もった軍と民衆の士気の高さだろう。

   一週間にもわたる砲撃で、周囲との連絡も絶たれ
 補給もままならず、しかも直前の開戦では
 軍の半数あまりが壊滅したのだぞ。
 おそらく街中には負傷者や半死人が溢れているはずだ。
 士気は悪化して、降伏論や自決論も出るだろう。
 争いや喧噪が絶えず、絶望感が蔓延し、
 次第に立ち上がる気力さえもなくなっていくのが
 攻城戦、都市攻略線の常の姿だ。

   いくら強力な防壁があったとしても、
 それで軍と市民の士気を維持できるほど
 攻略戦、防御戦は生ぬるいものではない」

参謀軍師「書状にはなんと?」

王弟元帥「一刻も早い帰還を望む、とのことだ」

聖王国将官「都合の良いっ」 だむんっ!!

王弟元帥「手持ちのカノーネ用火薬の半分以上を使い切ってしまい
 焦りも出てきているのだろう。
 硝石さえあれば、残りの硫黄や木炭はなんとか都合が
 つかなくもないが、硝石だけは貴重品だ。
 もし今砲撃をゆるめようものならば、
 物資の不足を魔族に悟られて希望を与えてしまう。
 それですぐさま勝敗が逆転するというものでもないが
 士気が上がったあの都市はさらに落とし難くなるだろうからな」

906 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22:53:55.92 ID:7lABGacP

聖王国将官「しかし我らも硝石を手に入れるどころか、
 旧蒼魔族領地の辺境部でこうして
 無為な時間を過ごしているわけですし」

参謀軍師「無為とは言葉が過ぎるぞ。聖王国将官どの。
 我らがこうして勇者殿とあの学士を相手にどれだけ
 微妙な舵取りを要求される交渉を続けているかも知らずに」

王弟元帥「こうして我らの足止めをしていると云うことも
 あの学士の目的の一つなのだろうがな……。くくくっ」

参謀軍師「それは……。しかし」

王弟元帥「いいや、これは痛み分けと云えるだろうさ。
 こちらにも兵力を全面で使えない代わりに、
 向こうも譲歩せざるを得ない。
 現に食料を馬車200台分に渡って無償供与を約束させた。
 そして我らがここにいることで、
 あの学士の軍――南部連合の秘密遠征軍も
 その動きが封じられている。
 魔族との平和条約を締結した以上、
 南部連合が魔族に援軍として現われる可能性は
 無いとも云えないのだから。
 そしてそれ以上に、勇者は、この場所を離れることが出来ない」

聖王国将官「しかし、その判断も、灰青王閣下の遠征軍指揮により
 開門都市が攻略が速やかに成れば、の話」

王弟元帥「仕方あるまい。こちらが向こうに頼りたければ
 向こうもこちらに頼りたいのだろうさ」

参謀軍師「本軍は我らが持ち帰る硝石と補給を必要とし、
 我らは本軍があの都市攻略を成功させれば、
 その既成事実を足がかりに、有利な交渉展開、
 もしくは勇者の制止をも振り切った強攻策が取れるのですが」

聖王国将官「千日手、ですね」

王弟元帥「……広範囲斥候の報告次第では移動を開始するぞ。
 硬軟両面に備えて準備を進めるのだ」

916 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 23:36:21.63 ID:7lABGacP

――闇の中の子供

魔王「ふんっ。くだらないな。
 モデル化などといって
 数字パズルをいじくり回して何が楽しいのやら。
 そのような物を使わないと未来予測も出来ないとは」

あの頃のわたしは、寒く孤独な研究室と図書館の中で
自らを構成する要素をとりまとめるだけに精一杯で。
自分の小さなプライドを守るためだけに必死に学んでいたのだ。

魔王「そもそも希少性ある経済資源を再分配するだけのことなのに、
 どれだけ非合理的な欲求を変数として扱わねばならんのだ」

世界の全てを敵に回して
たった一人で孤独な戦いを挑んでいた。

魔王「どだい人間の道徳や欲求などを含んだ行動を
 モデル化したところで、そのモデルは教育程度によって
 変化してしまうではないか。
 そして教育の程度は経済の規模や文化程度、
 すなわち個々の要素を含むゲシュタルトによって成り立っている。
 そうである以上、両者の関係は再帰的に成らざるを得ない」

小さくて惨めな、自分を必死守って
毎日歯を食いしばり学んで、
広い世界の人々を見下すことでしか
自分自身を正当化できなかった幼いわたし。

918 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 23:37:43.46 ID:7lABGacP

図書館が全てだった。
外の世界を憎んでいた。
羨ましくて、ねたましくて、気が狂いそうだったから。

誰も見たことがない未来を望んでいたのに
そんなものはこの世界のどこにも有りはしないと
自分自身を諦めさせるために経済学を学んでいたわたしの
冷たく寂しい冬の尽きせぬ夜のような闇の中に――

魔王「このような、あちらもこちらも再帰するような
 関数モデルを、結局は統計的な手法を元に丸めてゆくのが
 数学的な手法だというのなら、
 その根本なるものは雲の中にあるようなものに過ぎないのに」

――世界を救う人を、勇者と呼ぶ。

そんなおとぎ話みたいな儚い声を、
どうやって信じれば良いんだろう。
こんなに学んでも学んでも、世界は真っ暗なのに。

そんな人がいるのだろうか?
わたしはこんなに寂しいのに。
そんな場所があるのだろうか?
この閉塞したモデルの他にわたし達の住まう場所なんて。

魔王「――くだらないじゃないかっ」

期待して良いのだろうか。
わたしが夢見ることを許してもらえるだなんて。
夢見ても良いのだろうか。
そんなおとぎ話に出会えるだなんて。

919 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 23:38:55.81 ID:7lABGacP

――開門都市、庁舎、魔王の寝室

魔王「……んぅ」

魔王「夢……か……」こしこし

魔王「夢とは言え、痛むんだな」

           ……ォォン!
           ……ドォォーン!

魔王「……」

魔王「会いたいな。勇者に」

魔王「私はがんばってるぞ、勇者」

魔王「絶対この都市は落とさせない。
 この都市が落ちたら、きっと魔族も人間も退くに退けなくなる。

   だから、勇者は来ない方がいいんだ。
 ……ここに来たら、あの祭壇を見てしまう。
 わたしは勇者と戦いたくなんて無い。

   勇者と戦うくらいなら
 ――いい。
 勇者がいなくても、
 我慢する」

魔王「……」ぽろっ

魔王「好きなんだな、わたし」

魔王「……」

魔王「会いたいぞ……」

927 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:10:34.74 ID:ilMrMHoP

――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍、豪奢な天幕

    ……ドォォーン! ……ォォン!
        ……ゴォォン! ……ズドォォン!

大主教「続けよ」

従軍司祭「はっ、はい。豚二千五百頭、小麦馬車8台、
 甜菜樽七つ、果物および香辛料、馬車二台。
 毛布、および防寒具、馬車四台……」

ガサッ

光の兵士「しっ、失礼しますっ」

従軍司祭長「なんだ。伝令か?」

光の兵士「はっ」おろおろ

従軍司祭長「話すが良い」

光の兵士「は、はいっ。我らが大空洞との間に築いてきた
 宿営地のうち一つが、正体不明の軍に襲撃を受けたとのことっ」

従軍司祭「なっ!?」

従軍司祭長「なんだと、詳しく話せっ」

光の兵士「はっ。これも避難してきた兵からの話ですが……
 魔族の精悍な歩兵軍の襲撃があり、
 糧食や武器が奪われたそうでありますっ!」

929 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:11:36.47 ID:ilMrMHoP

従軍司祭長「被害はそれだけか?」

光の兵士「はい。幸いにして死者、負傷者はきわめて少なく、
 ただし馬などは散らされたために、
 徒歩にて本陣へと合流をしている最中」

大主教「取るに足りぬ」

光の兵士「は?」

大主教「取るに足りぬ。攻撃を続行させよ」

従軍司祭長「……。良い、下がれっ」

光の兵士「はっ! はい、かしこまりましたっ!」

大主教「防壁の様子はどうなのだ」

ころり。ころり。

従軍司祭長「はい。昨日からは補修の動きも鈍くなり、
 都市側の資材もかなり困窮してきたと見えます。
 一部の防壁には、ほころびも見栄、おそらくあと4、5日の
 うちには何らかの進展が見られるかと」

大主教「なまぬるいな。突撃をさせるのだ」
従軍司祭長「し、しかしっ……」

大主教「精霊は求めたもう」

従軍司祭長「……っ」

大主教「ゆけ、光の園へ。
 あの都市の住民に恐怖を刻み込んでやるのだ」

930 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:12:44.42 ID:ilMrMHoP

――開門都市、防壁を囲む聖鍵遠征軍、遠征軍陣地

    ひゅるるる……どぉぉーん!!
      ひゅるるる……どぉぉーん!!

光の信徒「聞いたか?」
光の銃兵「ああ」
光の槍兵「何をだ?」

光の信徒「どうやら、2つめと3つめの集積地も落とされたらしい」
光の槍兵「そうなのか!?」

  従軍靴職人 とぼとぼ
  荷馬車の御者「うううぅ、水をくれ」

光の信徒「ああ、見ろ。ここ数日で人が増えているだろう?
 食料も武器も奪われて、荒野を旅してここまで
 たどり着いたらしいんだ」

光の銃兵「そうだったのか。なんにせよ、命があるのは行幸だ」

カノーネ兵「果たしてそうかな?」

光の銃兵「それはどういう事だ?」

カノーネ兵「考えても見ろ。
 奴らは後方の補給線を守って食料を蓄えていたんだぞ。
 そいつらが食料を奪われたばかりか、
 この前線に押しかけてくるって事は、食料は増えていないのに
 その食料を食う口は増えているって云うことだ」

      ひゅるるる……どぉぉーん!!

光の信徒「……っ」
光の銃兵「しかし、同じ光の仲間じゃないかっ!」

光の槍兵「だといいがな」

931 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:13:57.95 ID:ilMrMHoP

光の信徒「ともあれ、あの都市を落とせば、
 食料も水も物資も手に入るはずなんだ!」

光の槍兵「……」ふいっ

光の銃兵「どうしたんだ?」

光の槍兵「いや、考えても見ろ。
 俺たちが砲撃を加え始めてから、明日でもう十日だぞ?
 貴族や司令部は、あの都市さえ落とせば
 食料も財宝もたっぷり手に入るって云っているけれど
 本当に食料なんてあるのか?
 つまり、あの都市には魔族が沢山いるんだろう?
 魔族であってもメシを食うんだろうから
 あの都市の食料を、食い尽くすことだってあるんじゃないのか?」

光の信徒「……」

光の銃兵「それは……」

光の槍兵「そうなったら、俺たちはこの荒野の中で、
 食料も無しで放置されちまう」

光の騎兵「いや、それはないさ。いま王弟元帥閣下がいないのは
 まさにそのためなんだからな」

光の銃兵「へ?」

光の騎兵「王弟元帥閣下と勇者どのは、
 魔族の領土に食料と物資の補給に出ているんだ。
 おそらくそろそろ帰ってくるはずだ。だから大丈夫さ」

光の槍兵「そうだったのか! 勇者さまもかっ!」

カノーネ兵「それで前線には王弟元帥閣下が
 いらっしゃらなかったんだな!?」

光の騎兵「そうさ。王弟元帥閣下さえ帰ってくれば、
 あんな防壁なんて一撃の下に破壊して、
 俺たちはこの戦に勝利が出来る事は間違いないからな」

945 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:48:16.33 ID:ilMrMHoP

――遠征軍、奇岩荒野、物資集積地

がさ、がさりっ

副官「どうだ?」
獣牙双剣兵「おう。見える……。
 明かりが多い。警戒しているようだ」

獣牙投槍兵「すでに襲うのも4カ所目だ、警戒もしているだろう」
獣牙槌矛兵「ぬぅ」

副官「ここからは、奇襲でけりをつけるわけにも行かないか」

獣牙双剣兵「奇襲ばかりではつまらぬだろう」
獣牙投槍兵「本当の戦はこれからよ」

副官(そうはいくか。こっちの数は5000を割ってる。
 奇襲しないでマスケットを喰らえば倒れていくしかない。
 兵の補充が望めない以上、減らすわけにはいかない。
 ……けれど、集積地を襲っていくしか開門都市を
 援護する手段はないと来ている)

獣牙双剣兵「司令よ」

副官「ん、ああ」

獣牙双剣兵「大事にしてくれるのは判るが、
 我らは獣牙の精兵。あの人間界への遠征をも乗り越えた
 銀虎公の部隊なのだ。暴れさせてくれ」

獣牙投槍兵「そうだそうだ。俺の槍はマスケットなどには負けぬ」

獣牙槌矛兵「我ら五千には銀虎公の魂が宿っている。
 負けはせぬ! そんなはずがないっ!」

副官「……」
獣牙双剣兵「ためらっても他に手段などあるまい?」

副官「判った。奇襲を敢行する。出来るだけ広域に散開し
 三日月状の陣形で一気に集積地に接近、マスケット兵を倒すぞ」

獣牙兵「おうっ!」

948 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:48:57.10 ID:ilMrMHoP

ピィィィィッ!!

副官「良し、行くぞっ! 突撃っ!!」

獣牙双剣兵「おおっ!」
獣牙投槍兵「我ら獣牙の力を見せつけてやるっ」
獣牙槌矛兵「我らの魂に力をっ!!」

光の防御部隊長「きっ! 来た。本当に来たっ!?」
光の信徒「ど、どっ!?」
光の歩兵「お、おちつけ!」

光の防御部隊長「そうだ。マスケット部隊! 構えぃ!!」

光の銃兵「はっ!」 がちゃ! じゃき! がちゃっ!!

光の防御部隊長「引き寄せよ、一兵たりとも近づけるな」
光の信徒「ううう、や、槍兵も準備せよ」
光の歩兵「はぁ!」 ザシャ!

副官(読まれていたかっ!? まずいっ)

獣牙双剣兵「左右へ散開しながら前進っ!!」
獣牙投槍兵「行くぞぉ!」

ゴウゥゥン!! ゴォォン!
  ゴウゥゥン!! ゴォォン!

獣牙槌矛兵「かはっ!?」
  「ぐはぁっ!!」 「うぐっ!?」 ばたっ 「ぎゃぁ!」

光の防御部隊長「第二射装填、そっ」
光の信徒「?」

ズギュゥゥーーンッ!
  ばたり

ズギュゥゥーーンッ! ズギュゥゥーーンッ!

954 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:53:10.00 ID:ilMrMHoP

――遠征軍、奇岩荒野、物資集積地近辺の灌木の茂み

女騎士「落ち着け。敵はこちらの位置を把握はしていないぞ」

ライフル兵「はっ!」

女騎士「望遠鏡による光学観測を続けろ。
 パートナーに警告と指示を忘れるな。
 狙撃手と騎士は必ず二人一組で行動だ。

   槍兵は後回しで良い、相手は寄せ集めの軍隊だ。
 指揮官と聖職者をまずは狙え!
 その後は指揮を引き継いで立ち上がったやつから狙撃だ」

ライフル兵「了解っ」

湖畔騎士団「たき火の明かりの中に棒立ちです。右ッ!」

女騎士「落とせ」
ライフル兵「行きます」

ズギュゥゥーーンッ!

湖畔騎士団「命中。次の目標を」

女騎士「悪くない命中率だな」
執事「にょっほっほっほ。わたし直伝ですからね」

女騎士「だからその動きはやめろ」
執事「ふふふっ。では、わたしは少々」

女騎士「どうするんだ?」
執事「向こう側から突出してきた魔族の皆さんの被害を減らす
 ために、少々攪乱してこようかと思います」

女騎士「一人で良いのか? 変態老師」
執事「なんですかそれはっ!?」

女騎士「いや。あのパンツを見た結果、
 中間的な呼称に落ち着いたのだ。……わたしも行こうか?」

執事「いえいえ。大勢で行っては、狙撃の時に不便でしょう。
 わたしなら隠密行動で攪乱できます。お任せあれ」にょりゅん

女騎士「……ふっ。よし、マスケット兵達を押さえつけたならば、
 前進して制圧に移るぞ! 騎士団、準備を開始っ!」

977 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:14:36.74 ID:ilMrMHoP

――聖王都、八角宮殿、冬薔薇の庭園

カッカッカッ ガチャ

 ざわざわ……ざわざわ……
  「商人風情がもっとも由緒正しいこの宮廷に何を」「ああいやだ」

侍女「こちらへ」

青年商人「はい」

カッカッカッ ガチャ

 ざわざわ……ざわざわ……
  「あれが、ほら『同盟』とやらの」「優男ではないか」

青年商人(さすがに豪華絢爛だな。
 たかが廊下にここまで装飾を懲らすとはね)

侍女「この奥でございます。国王陛下はすでにお待ちでございます」

青年商人「了解。飴でも要ります?」

侍女「は?」

青年商人「ただの冗談ですよ。こほんっ」

侍女「では、失礼させて頂きます」

がちゃん。
 ~~♪  ~~~♪

触れ係「『同盟』所属、湖の国商館より、
  青年商人様がいらっしゃいました」

978 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:16:36.40 ID:ilMrMHoP

青年商人「はじめまして、ご挨拶させて頂きます。
 私は湖の国を中心に広く商いをさせて貰っております
 青年商人と申します。以後、お見知りおきを」

国務大臣「うぉっほん。わしが国務大臣だ。そして」

王室付き高司祭「わたしはこの聖王国の王室付きを勤める高司祭」

国務大臣「こちらにいらっしゃるのは、
 精霊の恩寵厚き、我らが16代国王、聖国王様でいらっしゃる」

聖国王 くるり

国務大臣「そちの謁見を許す、との仰っている」

青年商人(これはこれは……。このおつきどもは面倒くさいな。
 多少荒療治も必要か。だが、この王は……)

聖国王「良く来てくれた。経済と商業の立場から
 この王国への提案があるそうだな?
 周囲は止めたのだがな。余とて世相を知らぬ訳ではない。
 今日の話は、密かに楽しみにしておったのだ」

国務大臣「……ふんっ」

青年商人「ありがとうございます。
 本日は色々お話があるのですが……。
 そうですね、まずはお願いがございまして……」

聖国王「申してみよ」

青年商人「私ども『同盟』は商人の間の互助組織でございます。
 一人一人旅商人のようなささやかな商いをしております商人や、
 何代にもわたる一家を作り上げた商人が参加しております
 組織でして、大陸のあちこちの都市に商館を築いております」

980 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:18:23.88 ID:ilMrMHoP

聖国王「ふむ」

青年商人「この度、この『同盟』の商館の一部で
 為替を取り扱う業務を始めまして。
 おかげさまで好評を頂いております」

王室付き高司祭 ぎりっ

聖国王「為替か。うむ、判るぞ」

青年商人「こちらの為替業務に関する許可および、
 勅書を頂けましたならばありがたく思います」

王室付き高司祭「殿下、私は反対させて頂きますっ」

聖国王「なぜだ?」

王室付き高司祭「元々為替なる仕事は我ら教会の業務。
 全国に散らばる光の信徒の相互の互助のために
 興した事業でございます。
 そもそも金銭を扱うのは高度な信用が必要。
 この場合、信用とは資産であります。
 お金を払う約束、貸す約束、どちらの約束にしろそれを
 実行するだけの信用がなければ成り立ちませぬ。
 新興の商業組合にこのような仕事を許可すること自体が
 間違いであったのです」

青年商人「恐れながら国務大臣閣下。この国の方にて、
 為替業務の許可が必要だとの項目はございましたか?」

国務大臣「……それは……無いようですが」

王室付き高司祭「……っ」

青年商人「許可を頂きたいと云ったのは、
 これはもはや純粋な礼儀上のことでございます」

984 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:20:44.33 ID:ilMrMHoP

王室付き高司祭「では、私は聖なる光教会を代表いたしまして
 陛下に求めます。そもそのような法がなかったのは、
 我ら教会以外がその人を全うできなどというのが、
 自明だったゆえのこと。
 すぐさま法を改正し、いや、国王命令でもって教会以外の
 為替業務を停止すべきです。
 これを聖なる光教会として、強く要請いたします」

聖国王「……」

青年商人「さて、高司祭どの」

王室付き高司祭「なんですか、商人“どの”。
 わたしが陛下と話をしているのですよ」

青年商人「じつは、我ら『同盟』でも、
 教会の為替を利用していましてね」

王室付き高司祭「ふん、やはりそうではないか」

青年商人「為替証を現金にしてもらおうと思い、
 西海岸の自由都市にいったのですが、現金化を断られました」

王室付き高司祭「それはっ」

聖国王「それは事実なのか?」

青年商人「困ったわたしは、その隣の都市にも行ったのですが、
 そこでも断られまして」

王室付き高司祭「……っ」

青年商人「じつは5カ所で断られていまして。
 為替証とは公正証書の一種であるはずですよね?
 金を預かりはしたが、契約したにもかかわらず、
 返すことは出来ない。教会はそう仰るのですね?
 西海岸の商人は現在大混乱、いえ、大恐慌です」

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