魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」11

4 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:24:04.47 ID:ilMrMHoP

聖国王「そのような事実はあるのか、高司祭」

王室付き高司祭「そ、それは……。一時的な……」

青年商人「実は本日陛下にお目にかかったのは、
 一部にはこれも理由でして。
 西海岸を中心とする商人5千人からの嘆願書でございます。
 教会に預けた金が、返ってこない、と」

王室付き高司祭「証書は必ず現金化するっ」

青年商人「そのような問題ではございません。
 わたし達商人は毎日を血の流れぬ戦場で過ごしております。
 我らが麦を運ばねば、飢えて死ぬ地方がいくつもあるのです。

   証書を現金化できなくて麦が買えなかった商家をご存じか?
 それでもその商家の麦を載せるはずだった船は出るのですよ。
 それが契約ですからね。
 何も乗せていない船が海を南北に動く。
 その損害をいかがお考えか?

   教会の信用? そのような物があるのであれば
 その教会に信用を傷つけられた
 我ら商人の信用はいかがすればよいのですか?」

王室付き高司祭「全ての損害を賠償しようっ」

青年商人「信用が金で買えると?
 ではわたし達も金で買いましょう。
 先ほど仰っていた教会の信用は金貨でいくらになるので?」

王室付き高司祭「そのような物が売れるわけが無かろうっ!
 恥を知れ、この背教者めっ!!」

聖国王「そこらで矛を収めよ」

6 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:27:22.11 ID:ilMrMHoP

青年商人「失礼いたしました」

王室付き高司祭「はんっ。破落戸が」

聖国王「どうしたものか」

国務大臣「国王陛下は司法の長でもあります。
 ここは国王陛下のご判断を仰ぐのが早道かと存じますが?」

聖国王「そうだな。ふーむ。……高司祭よ、
 さきほど損害分は全て払うと云っておったな」

王室付き高司祭「はい」

聖国王「さらに、西海岸の商人の信用を傷つけたことも認めるな?」

王室付き高司祭「商人などという生き物に人間なみの信用があれば、
 でございますが。ええ、認めましょう」

聖国王「損害全てのほかに、その信用をあがなうための
 賠償金の支払いが妥当だろう。どの程度を支払えばよい?
 高司祭、そちはどう思う?」

王室付き高司祭「金貨で10万枚で宜しいでしょう。過ぎた額だ」

聖国王「うむ、そちはどう思う、青年商人?」

青年商人「わたしのみの信用であれば、多額に過ぎる額です。
 さすが聖なる光教会の司祭様の見識、感服いたしました」

王室付き高司祭「所詮金か。卑しい男よ」

青年商人「しかし、先ほど申し上げましたとおり、
 この嘆願書には五千名からの商人が名を連ねております。
 そのため私一人の話では済みません。
 私が責任を持ってまとめますので、彼らの損害額の50%を
 賠償金として上乗せする、と云うことで納得して頂けませんか?」

王室付き高司祭「よかろう」

10 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:29:48.18 ID:ilMrMHoP

青年商人「して、支払いはいつ?」

王室付き高司祭「ここは聖王国だ。
 本日城の帰りにでも教会へ寄り、持っていくが良い」

聖国王「これでよいか? 青年商人」

青年商人「確かに。確約いたしましょう」

王室付き高司祭「では話は終わりだ」

青年商人「金額の方は、金貨にして33億枚ほどになります」

王室付き高司祭「なっ」
国務大臣「!?」

青年商人「まず、証書の額面ですが金貨にしておおよそ2億7500万枚。
 損害率である8を掛けますと」

王室付き高司祭「何故そのような数字が出てくるのだっ!?」

青年商人「現在の木炭の価格をご存じでしょう?
 我ら同盟のメインの取引先である梢の国で購入して
 湖の国の湖上交通を利用して運びますと、
 仕入額のおおよそ16倍の価格になります。
 二国間の関税の額は、いやはや我ら商人の悪夢ですよ。

   全てがこのような消費に回されるわけではありませんので
 その半分の数字8を採用してみましたが、詳しい計算を行なえば
 10を越えることになります。よろしいですか?」

王室付き高司祭「くっ……。好きにしろっ!」

青年商人「では10のほうで……」

王室付き高司祭「8で良いと云っているのだっ!!」

青年商人「はい。では2億7500万枚8を掛けましてに22億枚。
 これに信用毀損の賠償金50%を加えまして金貨33億枚となります」

19 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:33:19.04 ID:ilMrMHoP

王室付き高司祭「きっ、貴様……」

青年商人「もちろん、金貨33億枚を本日中に
 お支払い頂けないとあらば、それに対する損害も発生しますゆえ
 先ほどの計算をもう一度繰り返すことになります。
 すると……
 今度は金貨495億枚になりますね。いやいや、計算が難しい。
 念のために確認しますと、その次は5940億枚ですよ?」

王室付き高司祭「……っ!!」

聖国王「あははははははっ!」

王室付き高司祭「国王陛下っ!」

聖国王「良いのか? 聖王都の教会の資金をかき集めぬと
 2、3日のうちに負債はもっとふくれあがってしまうぞ?」

王室付き高司祭「こっ。これで失礼するっ! 国務大臣っ!!」
国務大臣「……え?」

王室付き高司祭「資金のことで相談がある、付き合って欲しい」
国務大臣「は、はいっ。陛下っ。では私もしばし離席を」

どっどっどっ。
  がちゃんっ!!

聖国王「ははははっ! 見ろ。
 尻に矢が刺さったアナグマのようではないか!!」

青年商人「はははは。そうですね」にこっ

聖国王「ははははっ。おかしいな。
 ここまで笑ったのは少年の時以来だった気さえする」

青年商人「それはよかった。
 わたしもそうやって笑わせてもらったことがあるのですよ」

27 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:36:27.04 ID:ilMrMHoP

聖国王「さて、商人殿の手腕は判った」
青年商人「は」

聖国王「あの者達を、追い払いたかったのであろう?」

青年商人「いえいえ。あの者達は聖王陛下に
 無礼な態度を取っていましたからね。
 ちょっとお灸を据えてやろうかと思っただけですよ」

聖国王「あれ達は忠実なのだ。……余にではないがな」

青年商人「ふむ」

聖国王「教会に、欲望に、正義に。あらゆる権威に。
 そこには余が含まれていない。それだけのことだ」

青年商人「……」

聖国王「出来る弟を持った凡庸な王とは
 こういうものだよ。商人殿。
 なかなかゆったりして悪くない暮らしさ」

青年商人「それでも、わたしには陛下が必要なのです」

聖国王「わたしが? 勅書、と云っていたな。
 何でも書かなくてはならないだろうな、借金のカタだ」

青年商人「借金?」

聖国王「はははっ。先ほどの国務大臣を見ただろう?
 高司祭は本日中になんとしてでも金貨33億枚を
 支払うつもりなのだ。
 金貨33億枚も途方もない額だが500億枚となれば、
 これは大陸の小麦全ての数年分の金額。
 破滅以外にはない金額だ。金貨33億枚であれば、
 聖都の教会全てと、我が王宮の国庫を空にすれば
 なんとか払える額だろうな」

青年商人「国庫? よろしかったのですか?」

32 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:38:55.78 ID:ilMrMHoP

聖国王「なにがだ?」
青年商人「そのような支払いをお命じになって」

聖国王「なに。二人にはよい薬さ。
 薬効が強すぎてあの二人が首をつっても仕方ない。
 それはまさに身から出た錆。
 ばれないと思っているだろうが
 そもそも国庫にわたしの許可無く手を触れれば死罪なのだ。
 もっとも、処刑人でさえ、今やわたしの声に従うか判らぬが」

青年商人「……」

聖国王「元帥がまぶしすぎるのだろうな」

青年商人「そのようなことはないかと存じます。
 聖王陛下は、私のペテンを見抜いておられた。
 生まれるべきところを間違えただけでしょうし、
 まだ遅いとは思われません」

聖国王「そうかな」
青年商人「はい」

聖国王「で、あれば。その言葉を信じて、
 あの情けない二人を救ってみるとしようか」にこり

青年商人「どのように?」

聖国王「商人殿。
 商人殿は、たったいま、金貨33億枚を手に入れた。
 これを取り戻し国庫を充填せねば、
 あの二人は死罪相当の罪だろうな」

青年商人「はい」

34 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:41:53.94 ID:ilMrMHoP

聖国王「あれらの主として、余は部下の失態の責任を取って
 その33億枚を商人殿から取り戻したく思う」

青年商人「ほほう。良い提案です」にこり

聖国王「商人殿は大金を手にされて浮かれているかもしれん」
青年商人「ふむ、そうかも知れませんね」

聖国王「で、あればその隙をつこう」
青年商人「ほほう」

聖国王「そして、何らかの勅書が欲しいらしい」
青年商人「はい」こくり

聖国王「せいぜい足元を見させて頂く」
青年商人「わかりました」

聖国王「では、望みは? 商人殿」

青年商人「聖王都に湖畔修道会を建築する許可を」
聖国王「……っ」

青年商人「加えて、その修道院の内側で行なわれる取引
 および売買には税を掛けないという、聖光教会にたいして
 為されるのと同じ免税特権をお与えください」

聖国王「それは……」

青年商人「聖光教会と決別を求めているわけではありません。
 両立、平行でよいではありませんか。王家の皆様があの
 古い伝統ある教会に帰依しているのも理解しております」

聖国王「……っ」
青年商人「ここだけの話。じつは、為替証ですけどね」

聖国王「まだ何かあるのかっ!?」

青年商人「本日持参したものは、我が同盟とその友好的な
 商人のもの。もちろん、この大陸中にある為替証は
 そのような少ないものではありませんよね。
 本日の取引、……8倍の1.5倍。つまり12倍。
 この情報が流出した場合、おそらくさきほどの10倍、
 いや50倍では効かない請求が詰めかけましょう。
 聖光教会を助ける選択肢は、
 いまや、勅書をいただけることです」にこり

46 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:51:26.54 ID:ilMrMHoP

――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、風の鳴る丘

 びゅおおおおーっ。びゅぉぉぉ……

王弟元帥「学士殿」

メイド姉「はい」

王弟元帥「この勝負の一旦の勝敗は、学士殿に譲ろう」

メイド姉「退いて頂けますか?」

王弟元帥「うむ。どうやら後方が騒がしいようでな。
 おちおち細かい交渉をしている暇はなくなったようだな。
 ここは、貴公の勝ちだ」

生き残り傭兵(この姉ちゃんやりやがったっ!!)

参謀軍師「しかし、食料850台および、医薬品の約束は」

メイド姉「もちろん我が師の名誉に誓って」

王弟元帥「……」 メイド姉「……」

 びゅおおおおーっ。びゅぉぉぉ……

王弟元帥「勇者に感謝するのだな。これは学士殿一人の力ではない」

メイド姉「はい、それは初めから」

勇者「はははっ! 昔から、俺をこき使うもんな。
 あの演説の時だってさ!」

メイド姉「それは謝ったではありませんか」くすっ

王弟元帥「これで終わりではあるまい?」

メイド姉「はい、所用を済ませたのち、
 わたしも開門都市にゆきます」

49 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:56:02.23 ID:ilMrMHoP

王弟元帥「それはぜひ歓迎しないといけないな。
 しかしその時は勇者の影には……」

メイド姉「はい。勇者様にも邪魔はさせません。
 次は、王弟元帥さま。……わたしとあなたで争いましょう」

参謀軍師「っ!?」
生き残り傭兵「ばっ! 何を言いやがるっ!?」

勇者「あはははっ。すげぇぞ。なぁ……魔王」

メイド姉「それから、訂正します。元帥さま」ぺこり

王弟元帥「なにをだ?」

メイド姉「旅の学士、と名乗ったことです。
 もちろんそれは嘘ではありません。
 わたしは学問を学びましたし、旅もしていましたから。
 実をいえば、聖王国へも行ったことがあるんですよ」

王弟元帥「ほう」

メイド姉「でも、旅の学士か、と尋ねられれば
 やはり微妙な気分です。自信もありませんし、
 なんだか、当主様に恐れ多くて……」

王弟元帥「?」

メイド姉「ですから、わたしは王弟元帥さまと聖王国の方々
 そして勇者様と、わたしの仲間の前で名乗りましょう。

   わたしは冬の国に生まれた貧しくてみすぼらしい農奴の娘」

聖王国将官「農奴だって!?」

メイド姉「はい。そして、また。
 ただ人間であることのみを望む無力な一人の娘です。
 しかし、今日、今、このときより名乗りましょう。

   わたしは、今一人の勇者。
 この世界を救おうと決意する、
 あの細い道を歩み始めた大勢のうちの一人です」

400 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 19:17:35.95 ID:8sofY9MP

――15年前、春

勇者「おいじじー」
老賢者「なんじゃ小僧」

勇者「さかな取ってきたぞ」
老賢者「焼けばー? 食えば-?」

勇者「なんてつめたいじじーだ」
老賢者「これも修行なのじゃ」

勇者「しゅぎょーっていえば、何でも良いと思ってるだろ」

老賢者「修行なんて言い訳つけなくても、
 何を言っても許される。それが賢者クオリティじゃ」

勇者「……おにじじーっ」
老賢者「むっしゃむっしゃ」

勇者「あ! 魚!?」
老賢者「美味しいのぅ。美味しいのぅ」

勇者「ううう。おれのさかな……」
老賢者「まだ残ってるじゃろうが。くかかか」

勇者「うー。“小火炎”っ!」ぼひっ

老賢者「真っ黒焦げじゃな。かーっかっかっか!」
勇者「……あう」

老賢者「どれこうやるんじゃ。貸してみろ」
勇者「うん」

老賢者「まず塩をふるじゃろ?」
勇者「うんっ」

401 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 19:19:28.66 ID:8sofY9MP

老賢者「そうしたら、後で熱くなっても持てるように、
 木の串にさしてじゃな……」

勇者「うん……」ぐーきゅるる

老賢者「そうしたら、こんな感じで手を離して、
 最初は弱い火力で“炎熱呪”……ほーら、熱くなってきた。
 “火炎”ではなく、“炎熱”で炙るのがコツじゃな」

勇者「なぁ、じじー。なんでおれ、“術”とか“術式”とか
 つかっちゃだめなんだ? “呪”は詠唱無くてむずかしいぞ」

老賢者「戦闘中に詠唱しておるようなぽんぽこぴーの
 一般人に媚びてどうするんじゃ。最初っから無詠唱。
 これが大賢者と勇者の歩む道じゃ」

勇者「そうなのか」くんくん

老賢者「犬のように鼻を鳴らすのではないわ」

勇者「だって良い匂いしてきたぞ?」

老賢者「まだじゃ。ここで焦っては事をし損じる。
 決して魔力を揺るがせず、集中力にて制御する。
 そうすれば、皮の部分がぱりぱりの焼き魚に仕上がるのじゃ」

勇者「そうなのか! もう出来るか?」

老賢者「うむ、完成じゃ」

勇者「美味そうだなぁ!」

老賢者「美味いぞう! むっしゃむっしゃむっしゃ」

勇者「え?」ぽかーん

老賢者「デリィシャスじゃ!」ぐっ!

402 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 19:21:03.17 ID:8sofY9MP

勇者「えぅ」うるうる

老賢者「泣けば済むと思ったら大間違いじゃぞ!
 はーっはっはっは! この世は弱肉強食、食卓弱者差別なのじゃ」

勇者「……」きゅるるるぅ

老賢者「ふんっ。ほれ、焼いたパンとベーコンじゃ。
 食っておくが良いわっ。へたれ勇者くーん。れろれろれろ」

勇者「やた!」 がつがつがつがつっ
老賢者「獣じゃのう、まったく」

勇者「……」がつがつ 「美味ぁ~い♪」
老賢者「そーか。今度また買ってきてやるわい」

勇者「俺も街に行きたい。色んなご馳走食べたいぞ」 老賢者「止めておくんじゃな」

勇者「どして?」きょとん
老賢者「勇者は、街には住めぬよ」

勇者「なんで?」

老賢者「羊の群に、狼は住めぬだろう?」
勇者「おれ悪さなんてしないよ? 悪いことすると、
 じじーすごく怒るじゃん。鉄の杖で叩きやがって。
 俺の頭が悪くなったら、じじーのせいだぞ」 むぅ

老賢者「それでもじゃ」

勇者「わかんないよ」

老賢者「羊を食わない狼であっても、狼が羊の巣にいれば
 羊は怯えよう? 怯えた羊は狼に当たるだろう。
 羊の食える狼だったら羊を黙らせれば済むが
 食えない狼は、さぞや切ない思いをするだろうな……」

勇者「難しくて、よくわかんないよ」
老賢者「それでいいのだよ」

406 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 19:23:07.44 ID:8sofY9MP

勇者「飯食ったら何するんだ、じじー」

老賢者「“飛行呪”と“遅滞呪”をつかって、
 低速飛行の訓練じゃ」

勇者「苦手だ」 老賢者「出来るようになれ」

勇者「出来るようになったら、偉いか?」
老賢者「偉くはないが、桃を食っても良い」

勇者「そうか! がんばるぞ!」
老賢者「うむ」

勇者「……“遅滞呪”っ! “遅滞呪”っ!」
老賢者「……なんで2回云うのじゃ」

勇者「これおわったら、チチハハのところへ行って良いか?」
老賢者「お前も、あそこが好きなのだなぁ」

勇者「悪いか。じじー。子供は親をだいじにするものだぞ」
老賢者「あれは、中身のない石塚じゃよ」

勇者「いいか? 行っても」
老賢者「良いぞ」

勇者「やった。――“飛行呪”っ!」
老賢者「1回で成功したのぉ」

勇者「馴れた」
老賢者「そうか。もう15の基礎呪文は全て覚えたか」

勇者「おれ、てんさいだもん」
老賢者「天才とはもう少し品がある人物を指すな」

勇者「むぅ」 老賢者「ほれ。早く行かないと夕暮れが来るぞ。
 7つの梢のリボンを全て別の枝に結び終えてくるのだ。
 ただし、決して手を使ってはならぬぞ」

勇者「わかったよー。じゃ、いってくるぞ、じじー。いってきます」
老賢者「“いってらっしゃい”。小僧」

416 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:02:19.01 ID:8sofY9MP

――遠征軍、奇岩荒野、湖畔修道会自由軍

副官「では、南部連合の援軍もこちらに向かっているとっ?」

執事「や、それは判りません」

女騎士「いや、ここは向かっているとしておこう。
 伝言は残してきたから、おそらく手配してくれるだろう」

副官「伝言?」

女騎士「“食料とか援軍とか、適当に頼む”と」

副官(っ!? こ、この人はこれで南部の英雄、姫将軍なのか!?
 うちの大将もいい加減だけど、もうちょっとは考えているぞ!?)

獣牙双剣兵「なんにせよ、有り難い。助かった」

女騎士「副官殿はどうしてここに?」

副官「はっ。最初からお話しします。
 先日、と云ってももはや一週間前になりますが
 紋様族および鬼呼族を中心とした魔族連合軍は、
 開門都市を直前とした平野にて、聖鍵遠征軍と激突しました。
 聖鍵遠征軍15万にたいして、魔族軍6万をもってあたり
 ……壊滅を」

女騎士「壊滅……」

副官「魔族軍は遠征軍のマスケット射撃によって、
 その半数3万を失いました。
 撤退戦は熾烈を極めたのですが、
 その戦いのさなか我が主、魔王殿、銀虎公が帰還し
 からくも全滅を免れることが出来ました。
 しかし、銀虎公は魔王殿をかばって戦死され。
 残された軍にも大きな被害が出ました」

執事「銀虎公……」
湖畔騎士団「あの勇猛と聞こえた将軍が」

女騎士「状況は理解した」

417 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:05:27.31 ID:8sofY9MP

副官「わたしがここにいるのは、砦将の命令です。
 魔族軍が撤退し、都市に引き上げた次の瞬間に下された命令が、
 故銀虎公の残された精鋭部隊5000を率いて
 開門都市から出撃せよ、とのものでした。
 敵の数は膨大で、今や開門都市は
 完全に包囲されているかと思います。
 少人数で抜け出すならともかく
 軍を出撃させることは不可能になる。
 そのことを察した将軍はわたしを臨時の前線指揮官として、
 この部隊を率い、まだ包囲されていなかった
 西の城門から逃しました。
 聖鍵遠征軍がおそらく作り上げている補給路を断つためにです」

獣牙双剣兵「うむ」

女騎士「そうだったのか。
 ……その判断が出来る司令官。名将だな」

執事「“草原の鷹”と云えば、
 傭兵時代から有名な隊長でしたからね」

副官「しかし、やはり多勢に無勢。
 飛び道具もなく、消耗戦は避けられないところでした。
 ご助勢に感謝します」

女騎士「いや、こちらも状況が
 まだつかみ切れていないところだった。ありがたい」

副官「あの武器はなんだったのですか?」

女騎士「ライフル。と云うらしい。
 マスケットの高性能なモノだと思えば良い。
 グリスを塗ったドングリ状の弾丸を飛ばすんだ。
 射程だけで云えば、マスケットよりも3倍はある」

副官「3倍!?」

女騎士「連射性能はそこまで良くないし、
 扱いも手入れもデリケートだ。
 おまけに50丁しかないと来ている。
 だが、相手は戦に不慣れな足跡の兵士達だからな。
 指揮官を落としてゆけば、判断能力が下がって
 パニックになったり動けなくなったりする。
 そういう意味では、有用な武器だな」

418 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:07:37.31 ID:8sofY9MP

執事「そしてこちらは、湖畔騎士団」

湖畔騎士団「湖畔修道会の聖騎士です。
 隊長である女騎士様に従って、
 地の果てまでお供する所存であります」

副官「こちらは、獣牙軍。故銀虎公の残された精鋭部隊だ」
獣牙双剣兵「よろしく頼むぞ、女戦士どの」

女騎士「しかし、われらが合流しても、良いところ七千少しか」

執事「この数で、開門都市奪還というのはさすがに
 少々厳しいですな」

湖畔騎士団「そうですね」

女騎士「双肩遠征軍の様子はどうなのだ?
 被害状況や軍様は。そして指揮や運用はどうなっている?」

副官「指揮は無慈悲なほど的確なものでした。
 先ほども云いましたが、その数は15万」

女騎士「ん? 少なくないか?」

副官「もちろん後方陣地として、
 先ほど我らが襲ったような宿営地を
 何個も残しているというのもありますが、
 どうやら別働隊を動かしたようなのです」

女騎士「別働隊? 規模と司令官は?」

副官「司令官はおそらく王弟元帥、規模はおおよそ三万。
 しかし、その行方となりますと、こちらでも会戦が
 始まってしまったためにつかみ切れていません」

獣牙双剣兵「だが、斥候の報せだと、その出発の様子から
 精鋭兵の部隊だったのではないかと察せられる」

執事「……ふむ。じつは、この魔界には、我らより先んじて
 潜入した軍があります」

419 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:09:37.67 ID:8sofY9MP

副官「それは?」
女騎士「ああ、そうだったな」

執事「氷の国の貴族子弟殿とメイド姉が率いる傭兵部隊100名です」

副官「100、ですか」

女騎士「少ないが、彼らは我らにはない大きな武器を持っている」

獣牙双剣兵「それはなんだ?」

女騎士「時間だよ。我らよりも二ヶ月。
 聖鍵遠征軍がこの魔界へと入るよりもそのさらに前から、
 彼らは活動を開始しているはずだ。
 あるいは情報だけで云うのならば、
 聖鍵遠征軍よりも持っているだろう」

執事「諜報部に接触できれば、その行方も判るかも知れませんが」

湖畔騎士団「開門都市に入り込むのは、当面難しいでしょうね」

副官「ええ、我らもそこまで確認している暇はありませんでしたが、
 おそらく開門都市は、
 現在、聖鍵遠征軍の激しい砲撃に晒されているかと思います。
 開門都市は防壁の建築を急いでいましたが、
 どこまで持ちこたえることが出来るかはわかりません」

獣牙双剣兵「……一刻も早く戻らねば」

女騎士「保つさ」

副官「え?」

女騎士「魔王が都市に入ることに成功したのならば
 おめおめと落ちるなんてありえない。
 今は開門都市の無事を祈って、我らは我らの勤めを
 果たすべきだな」

副官 こくり

女騎士「よし、副官殿。軍を合流させ、補給基地を
 壊滅させてゆこう。援軍が送られぬうちに電撃作戦で
 最低後4つの陣地を落としたい」

423 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:44:25.43 ID:8sofY9MP

――湖の国、首都、『同盟』本部執務室、深夜

ザー

青年商人「ひどい雨だな……」

ザーーザーーザザザ

青年商人「嵐でも来てるのか。……さて」

青年商人(聖王国への湖畔修道院の進出は認めさせた。
 できれば主要都市全てに同時に建築を開始したいな。
 大主教が戻る前に、既成事実とする。
 ……と、同時に、湖畔修道院の敷地内には『同盟』の
 小取引所、および銀行を併設してゆく。
 これは修道院の建築費と引き替え取引で達成できるだろう。
 湖畔修道院の修道院長とも、面識が無いわけでもないしな)

ザーーザーーザザザ

青年商人(と、なると当面は戦争の結果待ち。
 ……それから資金面の手当てか。儲けの皮算用はその後に。
 しかし、な。戦争――か)

青年商人「ふむ」

ザーーザーーザザザ

青年商人(勝敗。……勝敗ね。
 そもそも何を持って勝敗とするかだ。
 魔界の全面的な征服など、現実的な意味でもって
 想像が出来る人間などいるのかな……。
 いくら地底にあるとは云っても、
 世界丸ごと1つを戦って所有権を得るなどと。
 ――“征服”。
 なんだかまるで夢物語みたいだな。
 そもそも魔界の全土征服など、誰が望んでいるんだ。
 まったく愚かしい)

424 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:51:26.56 ID:8sofY9MP

青年商人(今回の遠征に参加した王族や領主は合わせて40あまり。
 彼らに1つずつの新しい領地を与えるために
 40の都市を占領してそれぞれに防御部隊を
 置いたとしたらどうなる?

 遠征軍参加者が30万。その全てが戦闘員だとしたところで
 ……1つの都市に7500人でしかない。
 ばかげた話だ! 1つの都市を7500人で征服し続ける?
 7500の兵士、しかも勝手のわからない異境で
 分散された防備軍など、都市から逃れた魔族の兵や民によって
 あっという間に分断され、小部隊ずつ殲滅されてしまうだろう。
 それが判らぬ聖光教会でも王弟元帥でもない。
 彼らには別の目的がある。

   それはおそらく、中央大陸の意思の統一。
 第一次聖鍵遠征軍から始まった物語だ。
 魔族という敵を得た中央中枢国家群は
 中央大陸の権力の掌握に大きな一歩を踏み出した。
 しかしその流れは途中で大きく変更を受けてしまう。
 忠実な前線兵だったはずの南部諸国の“反乱”によってだ。
 あの“反乱”は彼らのストーリーには存在しなかった。
 南部は己の意識など持たない木偶人形として、
 永遠に中央の指揮の下に戦場で踊り続ける哀れな奴隷だったはず。

   しかしその筋書きは“なぜか”失敗してしまう。
 自分たちの意志を持った南部は三ヶ国通商同盟を結成。
 着実に経済力や防衛力をつけて、中央の制御から外れ始めた。
 このままでは流れが止まり、中央諸国家には南部に同情的な
 国家や領主も増えるだろう。
 ……事実その傾向は見え始めていた)

ザーーザーーザザザ

青年商人「お茶を誰……。誰もいる時間じゃないか」

427 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:54:19.49 ID:8sofY9MP

ザーーザーーザザザ

青年商人(中央諸国家にとっては、大陸の意思を統一する上で
 “共通の敵”だけではもはや足りなくなっていた。
 その“敵”でさえも、南部諸国家では情報統制が崩れ、
 真実の姿が見えかけていたからだ。

   そんな中枢が考えた戦略は2つあっただろう。
 1つは大兵力もしくは権謀術数を持って南部連合、
 特にその主要国である旧三ヶ国通商を瓦解させること。

   しかし、おそらくはその戦略は凍結された。
 ――種痘のせいだ。三ヶ国は滅ぼしたいが、あの技術は欲しい。
 大方そのようなところだろうな。
 本当であれば、湖畔修道会への調略工作は熾烈を極めたはずだ。
 しかし、調略して裏切らせるには、湖畔修道会は素朴すぎ
 その頂点は清廉でありすぎた)

青年商人「そこが“らしい”。あの勇者のお仲間ですから」

ザーーザーーザザザ

青年商人(もちろん武力制圧も検討しただろう。
 しかし、そのするには、湖畔修道会および南部連合は
 平和的な態度を徹底してしまった。
 異端指定をしてきた聖光教会すら否定しなかったのだ。

   聖光教会は自分たちの影響下にある国から、湖畔修道会の
 建物全てを撤去させ、追放した。
 焼き討ちを許し略奪を行なった土地さえある。
 しかし、一方南部連合の三ヶ国は、領内の聖光教会の活動を
 禁止さえしていない。
 この状態で南部連合に戦争を一方的に仕掛けるというのは
 あまりにも“大義名分”がなさ過ぎた。

   そもそもの発端、あの“異端指定”の時からがそうだったのだ。
 中央は南部諸王国を挑発し、武力で歯向かうように仕向けていた。
 そうすれば大義名分を持って南部諸王国を討てたからだ。

   しかし、中央中枢の思惑を大きく越えるほどに、
 南部の盟主、冬寂王の政治的バランス感覚とカリスマ性は
 ずば抜けていたわけだ)

428 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:57:40.08 ID:8sofY9MP

青年商人(こうして、中央諸国家は南部連合を
 直接的に攻撃するという戦略を放棄せざるを得なかった。
 南部連合は降りかかる災厄、白夜王の侵攻や魔族の介入を
 全て振り切り、その上で内政を疲弊させることも
 最小限にして着実に発言力を伸ばしてきていた。

   そこで中央中枢はもう一つの選択肢、
 魔界への侵攻を検討し始める。
 ここまで考えれば、彼らの狙いは明白だ。

   彼らにとって大陸の意思統一のためのテコはすでに
 “共通の敵”だけでは不十分なのだ。
 時代は転換してしまった。
 中央が中央の意志を固く1つにまとめるためには、
 新しいテコ、つまり、強力な報酬が必要なのだ。
 魔界への侵攻は、その餌。“新しい領土と無限の富”。
 しかしそれも実際には与える必要のない餌だ。

   農業技術の進化や極光島に代表される魔族撃退を受けて
 今や大陸の生産力は確実に上がっている。
 諸侯や諸王国も富と資源、そして兵士を蓄えて、
 外へ向かって進出する力を水面下ではつけ始めている。
 その野心を刺激された諸王国はこれからも
 甘言に乗せられるだろう。
 何度失敗しても、いや、失敗すればするほどに
 新しい領土や富への欲求は身を焦がして彼らを飢えにも似た
 欲望へと追いやるだろうに……)

ザーーザーーザザザ

青年商人「戦争、ですか……」

青年商人(聖鍵遠征軍が30万、そしてマスケットが如何に
 優れた兵器だとしてもとうてい魔界の全土征服など
 可能だとは思えない。

   もし、可能だとすれば、それは30万をそのまま運用して
 補給などは現地略奪に頼り、出会う魔族は一人残らず抹殺。
 そして都市を征服しても占領もせずに焼き討ちにして、
 次の都市へと向かう。
 つまり虐殺的な手法だ。
 しかし、そんな風にして荒廃させた領土の価値を回復させるには
 どれほどの時間と資金が必要なことか)

429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:59:50.98 ID:8sofY9MP

青年商人(かといって、都市を占領し、魔族を支配して防備軍を
 置くとすれば、その上限数は、自ずと5つやそこらになるだろう。
 それを越えればその後は拡散してゆくだけとなる。
 あの広い魔界の中で、20万だろうが30万だろうが
 まるで水に入れた湯のように、
 その熱を放散させて、やがて溶けて消える……。

   だとすれば、やはり中央中枢の目的は
 幾つかの都市を陥落させて、いわば“美味しい餌”であることを
 諸侯や諸王国に印象づけることか。
 それで次回、その次の遠征軍へと望みをつなげ
 南部連合をも既成事実と“餌の魅力”で切り崩しをはかってゆく。

   ……だとすれば、魔界の全土は当面無事といえるし、
 現在の我ら『同盟』の戦略方針は間違えていない。

   でも、なんだろう。この違和感は……)

青年商人「……」

ゴゴンッ

青年商人「?」

ザーーザーーザザザ

青年商人「誰か来たのですかー?」

ズル、ズルッ、ズルッ

青年商人「今日はもう会議も打ち合わせもありませんよ。
 こんな夜は宿舎で酒でも飲んで寝た方が」

ガチャリ。ぽたっ。ぽたっ。ぽたっ。

火竜公女「……」
青年商人「公女……?」

443 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 21:42:43.75 ID:8sofY9MP

火竜公女「……」

青年商人「転移符ですか!?
 どこから歩いたんですか、まったく。
 ……ぐしょ濡れじゃないですか。
 雨とは云っても冬なんですよ? 死にますからね、まったく」

火竜公女「……」

青年商人「公女はこういう事をしない人だと思ってたんですが」

ザーーザーーザザザ

火竜公女「……助けてください」
青年商人「え?」

火竜公女「商人殿に頭を下げるのはいやでありまする。
 この胸が玻璃の様に粉々に砕ける思いさえしまする。
 しかし、妾にはもう他に頼るべき人もおりませぬ……。
 開門都市が陥落しようとしております。
 なにとぞお力添えを。
 なにとぞ……」

青年商人「……」

火竜公女「開門都市は遠征軍二十万に包囲され、
 その火砲の脅威は昼と夜の別なく、
 市民を責めさいなんでおりまする。
 聖鍵遠征軍は狂気のごとく都市防壁に押し寄せては、
 命も省みずに突撃さえ繰り返す有様。
 開門都市は魔王殿の指示の元良く耐えていますが」

青年商人「魔王? 魔王殿が開門都市に?」

火竜公女「そうでありまする。
 この都市は失うわけにはいかない、と」

青年商人(なにゆえに? 一度奪わせて奪い返す方が、
 遙かに容易なはず。戦争のことは詳しくはないが
 補給線を伸びきらせるだけ伸びきらせ、
 魔界の奥深くへ誘い込み戦うのが定石なのではないか?
 あるいはマスケットの力を見誤ったのか?)

火竜公女「聖鍵遠征軍も、執拗なほどの執着を見せて
 開門都市の一帯は、今は魔界最大の戦場となってしまいました。
 すでにして死者は三万を遙かに超え、
 大地は血の供物を飲み干すばかり……」

青年商人「王弟元帥……」

444 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 21:44:16.46 ID:8sofY9MP

火竜公女「王弟元帥なる敵の総司令官は、会戦が始まる前に
 なにやら別働隊三万を率いて軍から離れた模様であります。
 未だその動きは知れませぬが……」

青年商人(本軍15万に、王弟元帥がいない……?)

火竜公女「……」
青年商人「辣腕会計は?」

火竜公女「待避しました」ぽつり
青年商人「そうです。『同盟』の商館は待避するように
 司令の手紙を出したはずです。公女はなぜ残ったんです?」

火竜公女「妾は竜の公女ゆえ」きっ
青年商人「……」

火竜公女「同胞を見捨てることなど出来ませぬ」

青年商人「そう……でした。すみません。
 公女のことをよく考えもせず、わたしは退避命令を出した」

火竜公女「……辣腕会計どのも、中年商人殿も、
 それ以外の職員達も我が父の居城へと、
 会戦が始まる前に移動しております」

青年商人「……」

火竜公女「何とぞ、お力添えを」ぎゅっ
青年商人「わたしは商人です。なんの兵力もない」

火竜公女「それでも、商人様ならば」
青年商人「出来ません」

火竜公女「報酬ですか? 報酬ならば何でも。
 妾に払えるのならば、どのようなものでもっ」

青年商人「商いの道を歩むのならば、
 “何でも”なんて手形を出してはいけませんよ」

445 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 21:46:37.14 ID:8sofY9MP

火竜公女「やはり、わたしには商いの道は無理です」

青年商人「……」

火竜公女「商人殿と世界を渡るのは楽しかった。
 あちらでは鉄を買い、こちらでは塩を売る。
 まだ見ぬ場所に乗り込み、初めて顔を合わせる人と渡り合い、
 交渉し、妥協点を探り合う。
 互いの利を手渡して、まだ見ぬ商いを考える。
 それは、とても、とても楽しかった。
 狭い世界で生きてきた妾にはまぶしかったのでありまする。

   しかし、妾は竜の公女。
 やはりともがらは裏切れませぬ。
 それに妾は――あの都市が愛おしい。
 壊滅の中から産声を上げて、人と魔族がすれ違うあの都市が。
 楽園ではなくて、そこではだましや裏切りや
 詐欺などがあったとしても、
 それが出来るだけの多様性と自由を持つ
 あの都市の行く末を見届けたい。

   商人殿にこれを云うのは、切ない。
 胸の奥が帰するように悲鳴をあげまする。

   商人殿は、取引相手としての妾を買っていてくれて
 気を許してくれてはいぬにせよ
 ……すこしは、意味を感じていてくれたと思うゆえ。

   このように情にすがり、取り乱し、弱い妾はきっと軽蔑される。
 そう思うと膝が砕けて立ってもいられぬ心持ちがします。
 一度膝を屈した妾を、商人殿は決して、決して対等の相手とは
 もはや見てくれなくなるでしょう。それが妾には切ない。
 でも、妾に支払えるモノは多くなく、
 商人殿に軽蔑される事くらいしか」

青年商人「聞きたくありません」

火竜公女「そうで、ありましょう……な……」

446 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 21:48:50.19 ID:8sofY9MP

青年商人「魔界は聖鍵遠征軍に全土征服はされない。
 たとえ魔界が都市の5つや10失ったところで、
 その市場性と価値は揺るぐことはない。
 これからは聖王国を中心とした聖光教会文化圏と
 南部連合と、そして魔界。
 3つの経済圏が複雑に絡み合った新しい世界が開かれる」

火竜公女「……」

青年商人「それがわたしと『同盟』の予測にして野望。
 その世界でなら、3つの文化圏の間を自由に商取引をする事が
 出来る商人は、今の何十倍も飛躍的に力を広げることが出来る」

青年商人「なぜ魔王は、開門都市を手放さなかったのですか?」

火竜公女「わかりませぬ。……ただ、未来のため、と。
 魔族自身の誇りと、人間族のためでもある。と」

青年商人「それを、魔王が?」

火竜公女 こくり

青年商人(我らのあの都市に対する価値判断が間違っていたのか?
 あの都市には我らが考えていた以上の軍事的、経済的な
 価値があると? ……それは考えづらいだろう。
 だとすれば、文化的、宗教的……。あるいは象徴的な意味での
 価値がある、のか?
 ――その可能性はどうなのだ?

   なぜあの都市を失うことが出来ないのだ……。
 あの都市を失って、何が失われる。
 なぜ魔王はこのタイミングで、あの都市に戻り、死守をしようと)

火竜公女「……」

青年商人(“人間族のためでもある――”とは?)

青年商人「っ!」 がたりっ

火竜公女「商人殿?」

青年商人「魔王はっ! 魔王殿の瞳は紅いのですかっ!?
 磨き抜いた葡萄の酒のようにっ!?」

463 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:20:54.79 ID:8sofY9MP

――遠征軍、奇岩荒野、湖畔修道会自由軍

 ズギューン!!
 「だ、だめだっ!?」 「どこから撃たれているんだっ」
 「前線が持ちませんっ!」 「このままじゃお終いだぁ」

女騎士「副官殿? 後事を託して良いか?」

副官「拝命いたしました」

女騎士「獣牙の精鋭兵諸君っ! 突撃だ! 騎士団続けっ!」
獣牙双剣兵「おおおーっ!!」
湖畔騎士団「姫将軍に続けっ!」

ダカダッ ダカダッ ダカダッ ダカダッ 
   ギィィン!! うわぁぁぁ! うわぁぁぁ!!

副官「すさまじい速度ですね」
執事「にょっほっほ。性格ですな、あれは」

副官「良し、我々も移動しましょう」
執事「御意」

副官「狙撃部隊! 場所を移動しますよ、右前方の丘へ。
 護衛騎士は周辺を索敵。夜露に警戒をしてください。
 火薬の補給は後方部隊管理っ!」

執事「副官殿は細かい用兵が得意ですな」

副官「大将がずぼらですからね。雑用ばかり身について」
執事「にょほほ。良いことです」

副官「位置についたら各自狙撃位置を確保!
 後方の司令部が立ち直る気配を見せたらこれを狙撃」

ライフル兵「了解ッ!」

執事「これで、この陣地も落ちましたな」

464 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:23:15.90 ID:8sofY9MP

副官「はい……」

執事「気になることでも?」

  ダカダッ ダカダッ ダカダッ ダカダッ
     「我につづけぇ! 降伏したものは敵に非ず!
    伏せたものにはそれ以上の攻撃は無用だっ」

副官「卓越した手腕です。我らだけで襲撃を企てていた時よりも、
 被害も小さく、遙かに早い攻略です。ですけれど……」

執事「焦っているのですね」
副官「はい」

執事「もう少しです。あと2つ」

副官「しかし、落としたとしてもこの軍だけの兵力では」
執事「そうでしょうかね」

副官「?」 執事「聖鍵遠征軍の中にも、きしみが出ているのではないですかな。
 にょっほっほっほ。総司令が本軍から出るとは、異例ですぞ。
 あのつるつる将軍もおそらくそれを考えているはず」

副官「王弟元帥が?」

執事「彼がいれば、包囲戦はもっと絶望的だったでしょうからね」

副官「そうでしょうか?」

執事「今指揮を執っている指揮官もきわめて優秀かつ、
 合理的なのでしょうが、その上を行くでしょう。
 格、というものは時に冷酷です。自覚でしょうが」

副官「自覚、ですか?」

執事「ええ。手を汚す、もしくは手を汚さない。
 何が出来て何が出来ない。全て自覚のたまものですよ。
 わたしは少々年が行ってからそれに気が付きましたが」

副官「それが、英雄の資質なのでしょうか」

執事「あるいは、勇者の。かもしれませんな」

465 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:24:39.01 ID:8sofY9MP

――魔界、大空洞近辺、赤い荒野

鉄国少尉「報告しますっ。最後方部隊、大空洞を抜けるためには
 あと一日半はかかる模様」

軍人子弟「よし、先遣隊を先行させるよう指示をだすでござるっ」
鉄国少尉「了解っ」

鉄腕王「どうだい?」 軍人子弟「あと一両日で全ての部隊が大空洞を抜けるでござる」

鉄腕王「たいしたもんだ。行くって決めてから一週間で
 ここまで来ちまうとはな」

軍人子弟「それもこれも、多数の協力があってのことでござる」
鉄国少尉「まったくです」こくり

冬寂王「なかなか暖かいな、この装備は」
羽妖精侍女「温イノデス」

将官「商人子弟殿が、これだけの予備の防寒具を備蓄しているとは」

冬寂王「小癪な真似をする男だ。ふははは」

軍人子弟「……感謝でござる」

鉄腕王「しかし、準備が良い割には糧食が少ないな」
将官「ええ、一週間分しかないのでは?」

冬寂王「強引に出てきたからか……」

軍人子弟「これで良いでござるよ。計画通りでござる」
冬寂王「そうなのか?」

軍人子弟「糧食を持てば安心感は増すでござるが、
 行軍速度は著しく落ちるでござる。
 全ての行動を輜重隊の速度を基準に考える必要があるで
 ござるからね。
 今回の遠征では、補給線は軍とは独立して動かすでござるよ」

鉄腕王「こいつが強情で、そこは譲らないんだ」

467 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:26:41.83 ID:8sofY9MP

軍人子弟「出来れば補給は持ちたくないのが本音でござる。
 それに関しては、当てになるかどうだか判らない
 気障ったらしい男がいるのでまぁ、なんとなく」

鉄腕王「いいのか? 当てにならない男を当てにして」
冬寂王「ここには3万の連合軍がいるんだぞ!?」

軍人子弟「何とかするでござろう。あれでも同期でござる。
 それに拙者、全面戦争で勝てるとは思っていないでござる」

鉄腕王「うむ……」

将官「やはりマスケットには」

軍人子弟「マスケットの一斉射撃に、
 歩兵や騎兵を突入させるには無理がござるよ。
 もちろん幾つか使える策がないわけではござらんが
 相応の犠牲を払う覚悟で行なう、いわばいかさまでござる。
 拙者も前線司令をする限りどのような手でも使うつもりでござるが
 大局的に見て、いかさまだけで勝てる相手でもござらん。
 いかさまはやはり時間稼ぎや、
 局所での戦術的な勝利を得るに留まるでござるよ。
 戦争に勝つとは、大局で勝つと云うこと。
 おそらく、師匠なら……」

鉄国少尉「?」

軍人子弟「いや、何でもござらん。
 肝心の“荷物”は十分に用意が出来たでござるしね。
 負けるぐらいならば、逃げ出すでござるよ」

鉄腕王「わしは負けるなんて考えていないぞ」

羽妖精侍女「急ギマショウ。皆サン」パタパタ

軍人子弟「侍女どの、ではこれから先の地勢を
 教えて欲しいでござるよ」

羽妖精侍女「ハイデス」

471 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:50:21.61 ID:8sofY9MP

――14年前、夏、ある領主の館、広間

裕福な貴族「ほほう、これは賢そうな!」
貴族婦人「ええ、まさに英雄の相ですわ」
貴婦人「可愛らしい黒髪ね、小さな勇者さん」

勇者「えへへ~」

老賢者「何をでれでれしておるのじゃ。きもいわ」
勇者「う、うるさいっ」げしっ

老賢者 ひょい 「甘いわ」 ぼこんっ
勇者「あうっ!」

裕福な貴族「賢者様、そんなにしからないでやってください」

貴族婦人「そうですよ。勇者さまは平和と繁栄の象徴。
 この世界の守護者なんですからね」

裕福な貴族「この年でもうすでに二十四音呪全てを使いこなすとか」

勇者 えへん

貴族婦人「素晴らしいことですわ。そのうえ、剣技においては、
 もはや大国の騎士団長クラスにも達するのでしょう?」

貴婦人「強いのですね、勇者様は」にこり

老賢者「強いか弱いかとは、
 何も技のみにて決まるわけではないですからな。
 この勇者は、いってみればまだ見習いでして。
 人を救う意味がわからない限り
 ケツはブルーのまんまでありつづけて青いあざが取れませんなぁ」

勇者「むー」

貴婦人「そんなことないわよね?」

勇者「うん! おれがんばるもん!」

474 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:53:05.69 ID:8sofY9MP

裕福な貴族「ふふふっ。そうだ、勇者どの?」

勇者「はいっ?」

裕福な貴族「武器庫でも見に行ってくるかね?
 これでも我が領地は歴史があるのだ。
 勇者ではないが、伝説の剣士が使っていたという
 名剣もあるのだよ」

貴族婦人「あら、そういえばそうですね」

勇者「行って良いか、じじ……賢者ー」
老賢者「まぁ、良かろう」

勇者「行きたいですっ!」

裕福な貴族「では、侍従に案内させよう」

 侍従「ははっ。こちらでございます、勇者様」
 勇者「ありがとうね、お爺さん」

  ガチャ。カッカッカッ

裕福な貴族「ふむ。あの少年が……」

老賢者「そうですな」

裕福な貴族「どうなのですか、素質は?」

老賢者「まさに勇者です。歴代の中でもことに優れた、
 心根の正しく、優れた若者になるでしょう。
 しかし、それには時間が必要ですな」

裕福な貴族「時間はない。賢者殿もお聞きになられたでしょう?
 教会付きの法術官も高名な占術士も、こぞって告げるのを。
 新たなる魔王が現われたのです。一刻も早く勇者を旅立たせねば」

老賢者「あの子はまだ幼いのです」

裕福な貴族「幼いとは言え、二十四音呪と無類の剣技。
 勇者としての力は十分だ。一刻も早く戦場へ出さねば我ら人間は
 魔族の脅威にいつさらされるのか判らないのですぞ? 賢者殿」

老賢者「そんなことで滅びるぽんぽこぴーなど
 滅びてもちっとも構わないとわたしは思うのですがね」

480 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:56:01.06 ID:8sofY9MP

――14年前、夏、ある領主の館、武器庫

じゃきーん! がちゃー!

勇者「うっわ、すっげぇ! 格好良いー!」

勇者「いいなっ。いいなっ。これ格好良いなぁ」

がちゃがちゃ

勇者「これなんかすごい良いなぁ。鎧は、結構大きいけど。
 剣なら持てるよな。この剣、魔力あるんだな」

 ペカー! キラキラ! シュォンシュオン! ライドゥ!

勇者「すっげー! 回るよ! 音が出るよ! 光るよ!」 きらきら

  貴族の娘「ねぇねぇ、あれ?」
  貴族の息子「そうだろう」

勇者「ん?」

 貴族の息子 じー

勇者「こんにちは?」 ぺこっ

貴族の息子「お前、勇者なのか?」
貴族の娘「勇者なの?」

勇者「うん、そうだけど。この家の子?」

貴族の息子「そうだ。領主の跡取りだ、偉いんだぞ」
貴族の娘「わたちは姫なのよ」

勇者「そうなんだー。おれ勇者。よろしくねっ」

貴族の息子「ふぅん」じろじろ
貴族の娘「勇者は無敵って、本当?」

481 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:57:05.76 ID:8sofY9MP

勇者「えーっと、強いよ。うんっ」にこぉ

貴族の息子「本当かよ?」
貴族の娘 くすくす

勇者「え?」
貴族の息子「ちょっと向こう見てみな、お前」

勇者「うん」くるっ

ゲシッ! ボカッ!!

貴族の息子「うわー! 本当だ!」
貴族の娘「すっごーい!!」

勇者「い、痛いな。何するのさっ!!」

貴族の息子「剣が刃こぼれしてるよ!」
貴族の娘「ほんとだ、ほんとー!」

勇者「なにするんだよっ」

貴族の息子「怒るなよ。良いじゃないか、怪我しないんだから」
貴族の娘「身体が鉄なんでしょ?」

勇者「違うよ。ちゃんと痛いよっ」
貴族の息子「血も出て無いじゃないか」 蹴りっ

勇者「あぅっ」

貴族の息子「わ、すげー! “がちん!”だって」
貴族の娘「ほんと? ほんと?」

勇者「なんで痛くするんだよっ」

貴族の息子「訓練だよ。兵士はみんなやってるだろう?」

勇者「俺は兵士なんかじゃないよっ」
貴族の息子「兵士だろ? 父様が言ってたぞ」

484 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:58:15.66 ID:8sofY9MP

勇者「違う。おれは勇者だもんっ」
貴族の息子「給料が要らないから便利、なんだよな」
貴族の娘「ねー?」

勇者「……ちがうもんっ」

貴族の息子「ふーん。つまんないのっ」
貴族の娘「田舎者ね-。言葉が通じないわ」

勇者「通じてるよ」ぶんぶんっ

貴族の息子「何かぶひぶひ聞こえるねー」
貴族の娘「豚さんじゃないわよ。豚さんはもっと可愛いもの」

勇者「っ!」

貴族の息子「しーらない。おい、勇者、ここ、片付けておけよ。
 あと、いくら金に困ってるからと云って盗むなよ」

貴族の娘「着てる服も、ぼろぼろだもんねぇ」

勇者「~~っ!」

がちゃっ

  貴族の息子「全然言い返せないの。弱虫だ」
  貴族の娘「勇者なんて、ただの田舎者ねー」

勇者「……」

かちゃ、かちゃ

勇者「……」

かちゃ、かちゃ

勇者「馬鹿は相手にしなーい。じいちゃんも云ってたもんね。
 そんなの予想済みだもんねーだ。ばーやばーや。うんこたれー」

かちゃ、かちゃ

勇者「お掃除、片付け。おけー」 ぐいっ

488 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23:04:02.84 ID:8sofY9MP

――14年前、夏、ある領主の館、廊下

がちゃ。かつーん、かつーん。

勇者「じじーの話は終わったかな。おなかへっちゃったよ」

かつーん、かつーん。

勇者「でも、も、いいや。……早く帰ろう。
 森で修行してたほうが楽しいや。
 貴族の子供って、うるさいし、偉そうだし。馬鹿ばっかりじゃん」

    貴婦人「ええ、先ほどお目にかかりましたわ」
    若い貴族「ほほう」
    貴族の女性「どうでした? 勇者とやらは」

勇者「あ! さっきの綺麗なお姉さんだ♪」

    貴婦人「気持ち悪い。見られただけでぞっとするわ。
     あの黒く磨いたような髪の色。あんなに幼いのに
     二十四音呪を全て使うそうですよ?
     湖の国の魔法学院であれば八の呪をこなすだけで
     教授として迎えられるほどの難関詠唱魔法を」

    若い貴族「それはそれは」

勇者「え……」

    貴婦人「見た目は子供ですけれど、とんでもない。
     こちらの頭の中も服の中までも見通されているのかと
     思うと怖気がとまりませんわ」

    若い貴族「ははは、気にしすぎですよ。
     あれは、王の使う強大な軍事力の1つに
     過ぎないんですから」

    貴族の女性「でも、気持ちは判りますわ」

489 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23:05:59.09 ID:8sofY9MP

    貴婦人「ええ。考えてもご覧なさい。
     一緒の部屋に自分を一瞬にして
     氷付けにもで消し炭にでも出来るような怪物がいるのよ。
     自分の命も尊厳もそいつの言いなり、指先1つ。
     幼い姿をしていてもそんな存在は、怪物よ」

    若い貴族「確かにそうかもしれないな」

    貴族の女性「わたし達は遠慮して正解でしたね」

勇者「――」

    貴婦人「にこにこと人間のように喋って……
     わたしはダメ。一緒の部屋にいただけで気が狂いそう」

    若い貴族「ははは。これは嫌ったものだ。
     憂さ晴らしに葡萄酒でもどうです? 梢の荘園を
     もつ叔父から素晴らしい一品が……」

かつん、かつん、かつん

勇者「――」

勇者「……ぽんぽこぴーの。……ぽんぽこぴー。
 一般人なんてぽんぽこぴー……♪」

がちゃん。ざっ

老賢者「おろ?」

勇者「あ! じじー。もう話し終わったのかっ? 帰るか?」

老賢者「うむ、そうじゃの。疲れたわい」
勇者「おれもだよー。やっぱ森がいいね」

かつん、かつん、かつん

勇者「……」
老賢者「……」

勇者「あのさ。じじー」
老賢者「なんじゃ?」

勇者「期待なんてするもんじゃないね」

老賢者「それに気が付くとは、成長したではないか。勇者よ」

513 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23:47:39.25 ID:8sofY9MP

――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍、陣地後方

光の銃兵「王弟元帥だっ! 王弟元帥の軍が戻られたぞっ!」
光の槍兵「聖王国の王弟元帥、総司令官だっ!」

カノーネ部隊長「王弟元帥の軍が戻られた!
 これで食料が手に入る!」

カノーネ兵「なんと、王弟元帥の軍は、
 一戦もせずに無傷で食料を手に入れて戻られたらしいぞ。
 流石希代の名将だ。敵さえもその意の前にはひれ伏すという!」

 「王弟元帥っ!」 「王弟元帥っ!」 「元帥万歳っ!」

王弟元帥「現金なものだ」
参謀軍師「それが民草というものです」
聖王国将官「いかがしましょう」

 光の銃兵「王弟元帥万歳!」
 光の槍兵「ばんざーい!!」

王弟元帥「食料馬車50台分を振る舞え。
 医薬品は全て我が軍の天幕へ。
 残りの食料は2/3を灰青王へと届けさせろ。
 1/3は我が軍で押さえておけ」

参謀軍師「そんなにも灰青王へと送って平気なのですか?」

王弟元帥「やつは無能な男ではない。
 上手く配分して長持ちさせるだろうさ。それより問題は後方だ」

参謀軍師「はっ」
聖王国将官「謎の軍によって、我が軍の後方陣地および
 食料集積地点が強襲されている問題ですね」

王弟元帥「残りはいくつだ?」
参謀軍師「現在はすでに残り3かと」

王弟元帥「もはや無いな」
聖王国将官「え?」

王弟元帥「この時点ですでに落ちているだろう」

516 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23:49:36.52 ID:8sofY9MP

参謀軍師「敵の軍とは……?」

王弟元帥「それは判らぬな。しかし、ここは魔界だ。
 あの都市で打ち破ったという敵の軍勢六万が
 魔界の軍の全てなどと云うことはあるまい。
 未だに十万、二十万の軍を保持しているはずだ。
 今までその軍が出てきていないのは、
 ただ単純に氏族間の力関係の問題であるか、
 集合に時間が掛かっていると云うことに過ぎないのだ。
 また、如何に宗教的な聖地であるとはいえ、
 1つの都市を守るために割ける防衛力には、
 自ずと価値的な限界があるという事実を示唆するともいえよう」

参謀軍師「はっ」

王弟元帥「あるいは……」
聖王国将官「あるいは?」

王弟元帥「可能性は濃いとはいえないが、人間か」

聖王国将官「人間と云いますと」

王弟元帥「南部連合だ。
 南部連合が、魔族の援軍に立つと決めた場合、
 その侵攻ルートからしても聖鍵遠征軍の後衛地は
 全て撃破されるだろうな」

参謀軍師「……ふむ」

伝令兵「伝令です! 王弟元帥閣下!!」

王弟元帥「なにごとだ?」

伝令兵「はっ。本陣後方、つまり南方から接近中の軍有り。
 距離はまだ10里ほどあるはずですが、その数おおよそ4万弱。
 王弟元帥閣下におかれましては、食料調達の遠征より戻られ
 お疲れかとは存じますが、麾下三万を率いて、この軍勢4万に
 当たって頂くようにとの、大主教猊下からの仰せです」

参謀軍師「統帥権は王弟閣下にあるのだぞっ」
聖王国将官「4万……」

王弟元帥「しかし防がぬ訳にも行かぬだろうさ。
 都市攻略にかかり切りの灰青王の軍では再編成が間に合わぬ。
 となれば仕方があるまい。
 行くぞっ! 至急前線の決定と周辺索敵、
 そして軍議の準備をせよっ!」

517 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23:51:19.69 ID:8sofY9MP

――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍、豪奢な天幕

           ……ォォン!
           ……ドォォーン!

伝令兵「王弟元帥閣下、軍を返し最後尾警戒に入られました。
 元帥閣下は早くも前線司令部として天幕を設営、
 周辺に灌木を用いて防御柵を作られております」

従軍司祭長「わかった。何か変事があれば、即座に知らせるが良い」

伝令兵「はっ! 承りました」

           ……ォォン!

従軍司祭長「王弟元帥閣下であれば
 後方の守りは盤石でありましょう」

大主教「丁度良い時に帰ってきた。有能な男よ」

従軍司祭長「はい」

大主教「これもやはり精霊の導き。天意は我にあり」

ころり。ころり

従軍司祭長「そ、その……。大主教、猊下?」
大主教「どうした?」

従軍司祭長「目の……瞳の治療をされねば……」

大主教「よいのだ。ふふふ。
 我らが光の子の同胞、前線の兵士達が
 その命を掛けて戦っている……。
 われも相応の痛みをともにせねばな。ふっふっふっ」

百合騎士団隊長「そのお心、感じ入ります」

518 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23:52:31.44 ID:8sofY9MP

大主教「ふふふ。それに、われにはもはや俗世の視力など
 必要はない。常に精霊の導きを見ることが出来るゆえ」

従軍司祭長「で、では、せめて包帯を」

大主教「好きにいたせ」

百合騎士団隊長「私がやりましょう」にこり

従軍司祭長「あ、ああ……」

大主教「ふふふ。さて、隊長よ、あちらの準備はどうだ?」

百合騎士団隊長「ええ、大主教猊下。機は熟しました」

従軍司祭長「……?」

大主教「防壁は、崩れそうか?」

百合騎士団隊長「灰青王様の言葉によれば、
 もはやひびの入った欠陥品とのこと。
 巨大な鉄槌の一撃あれば卵の殻のように砕け散りましょう」

大主教「任せる。好きなようにせよ」

百合騎士団隊長「有り難き幸せです」とろん

従軍司祭長「……」

           ……ォォン!
           ……ドォォーン!

大主教「後方を王弟元帥が固めている間に」

百合騎士団隊長「承りました」
従軍司祭長「何を……?」

百合騎士団隊長「精霊の子らの献身を届けるのです。光の根源に」

521 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:08:48.63 ID:fsI5836P

――地下城塞基底部、地底湖

ピィピィピィ! ピィピィピィ!

女魔法使い「うるさい……」

明星雲雀「起きて、起きてご主人。寝ている間に終わっちゃう」
女魔法使い「……」

明星雲雀「ご主人ぼろぼろ」
女魔法使い「……すぅ」

明星雲雀「起きて! 起きてご主人!」
女魔法使い「……揚げちゃうぞ」

明星雲雀「ピィピィピィ! 虐待反対動物愛護!」

女魔法使い「……」

ふわり

メイド長「魔力回路のチェックはただいま急がせています」

明星雲雀「ピィピィピィ!」
女魔法使い「……助かる」

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

明星雲雀「揚げられちゃうよ! 食べられちゃうよ!」
女魔法使い「……“捕縛式”」

明星雲雀「ピギャン!」

メイド長「女魔法使い様」

女魔法使い「……?」

メイド長「僭越ながら、お手当を」

522 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:11:52.46 ID:fsI5836P

女魔法使い こくり
メイド長「では、包帯を巻きますので」

女魔法使い「聞かないの?」
メイド長「……」

女魔法使い「この両手の平の刻印を」

メイド長「聞いて宜しいのですか?」

女魔法使い「……」
メイド長「……」

女魔法使い「……」

メイド長「仰る必要はありませんよ」

女魔法使い「……必要だから」

メイド長「はい」

明星雲雀「ピィピィ!」 バタバタ

女魔法使い「騒がしい」

メイド長「18小隊のメイドゴーストを配置しております。
 まもなく、回路の断線部分は全てリスト化されるでしょう。」

明星雲雀「わたしが修理しますよ。するんだったら!」ばたばた
女魔法使い「させる。鳥に」

メイド長「はい」

明星雲雀「わたしは専用なんですからねっ」
女魔法使い「……態度が大きい」

明星雲雀「ピィピィ! 主人、仕事をとってはダメですよ」
女魔法使い「……判ってる」

527 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:18:16.65 ID:fsI5836P

――火焔山脈、紅玉神殿、あてがわれた官舎

カツーン、カツーン

辣腕会計「15番から42番までは小麦」
中年商人「小麦確認。よーっし」

同盟職員「こちらも合致ー」

辣腕会計「ふぅ。欠品は無いようですね」
中年商人「ああ。それにしても。だが」

同盟職員「お茶でも持ってきましょうか?」

辣腕会計「ああ、頼む」

中年商人「街では今頃激しい戦闘だろうな」

辣腕会計「そうですね」
中年商人「俺たちはこうして倉庫の資材管理かー」

辣腕会計「これも大事な仕事ですよ」

中年商人「それにしても、この量はなんだ?
 『同盟』はこれほどの物資を開門都市に集めていたのか?
 どうやって運び出したんだ?」

辣腕会計「これは火竜大公の個人財産ですよ」

中年商人「個人財産!? 馬鹿いえ、べらぼうな量の小麦だぞ。
 俺は魔界でこんな量の小麦を見たのは初めて。
 いや、魔界ってそもそもこんな量の小麦がとれ」

ガチャ

青年商人「ご無沙汰してますね」

中年商人「おい、なんでこんなとこにっ!」
辣腕会計「委員! いつこちらにっ!?」

529 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:20:34.38 ID:fsI5836P

青年商人「たった今ですよ。
 転移符のおかげで、身体中痛くてかないません。
 こんなに衝撃があるとは……。
 勇者のはもうちょっと乗り心地が良かったのですが」

火竜公女「お二人の力が必要です」

中年商人「これは姫君」
辣腕会計「やっとこちらへ避難されたのですか?」

青年商人「いや要らないでしょう」
火竜公女「必要です」

青年商人「ここは穏便に三人で話を詰めてですね」
火竜公女「そのような時間的猶予はありませぬっ」

中年商人「どういう事なんだ?」
辣腕会計「さぁ」

ガチャン!! ざっざっざっざっ

火竜公女「お二人もついてきてくださりますよう!」

青年商人「……」じー

中年商人「あの視線はついてくるなって云う意味じゃねぇか?」
辣腕会計「そうですね」けろり

中年商人「結構趣味悪いな、お前さん」

辣腕会計「口に出して再度要請しないと云うことは、
 “ついてきて欲しくはないが、止めるほどの強い権限はない”
 というところでしょう。で、あれば事態を把握しておく方が
 後々委員のためにもなるかと考えます」

中年商人「ものは言いようだな」
辣腕会計「内勤が長いとは言え、わたしも商人ですから」

中年商人「違いない」

531 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:25:15.84 ID:fsI5836P

――火焔山脈、紅玉神殿、大公の部屋

バターンッ!!

火竜公女「父上っ!!」

火竜大公「むぅ、なんじゃ小桜角。騒々しい。
 いったい何時ついたのだ。探させておったのだぞ」ぼふぅっ

  辣腕会計「“小桜角”ってなんです?」
  青年商人「幼名ですよ」
  中年商人「詳しいんだな」
  青年商人「ありがたくないことにね」

火竜公女「結納とはどういう事ですっ!?」

中年商人「はぁぁぁ!?」
辣腕会計「結納っ!?」

青年商人「……」ふいっ

火竜大公「いや、結納とは、結婚を望む殿方の家から
 花嫁の家に送られる支度金の一種じゃな」

火竜公女「そのような蘊蓄を聞いているわけではありませんっ!」

火竜大公 ちらっ

青年商人「ふぅ……」

火竜大公「そこなる男から、送られてきてな」

火竜公女「それは聞きました。わたしがお聞きしたいのは、
 なぜわたしの意志も確かめずにそのような
 仕儀となったかと云うことですっ」

火竜大公「それこそ、二人で話合えば済む問題ではないか」

532 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:26:46.67 ID:fsI5836P

青年商人「あー」ちらっ

  中年商人「こんどこそ“出て行ってくれ”のサインじゃないか?」
  辣腕会計「そのようですね」しらっ

火竜公女「どのような意図なのですか。商人殿」ぎらり

青年商人「説明しましょう。
 これは高度に政治的判断に基づく先行投資とでも呼べる行動で、
 将来のあり得る行動オプションの幅を確保するための
 自衛的な防御策です」

火竜公女「妾の家に贈り物をするのが?」
青年商人「あー。そうですね、結果的にそうなります」

火竜公女「妾との婚姻をお望みでしょうか?」

  中年商人「ド直球だな」
  辣腕会計「姫ですから」

青年商人「いや、決してそう言うわけではありません」
火竜公女「では結婚するつもりは全くないと」

青年商人「そのように取られても困ります。
 未来は、全周囲的に広がっているわけですからね。
 特定の契約において将来的な契約の幅を狭めるのは
 感心できない取引手法です」

火竜公女「どうあってもしらを切るつもりでありまするか」

青年商人「それは心外です。わたしは誠実な取引相手です」

火竜公女「曖昧な態度は商人殿の器量の底を策見せまする」

青年商人「機に臨んで応変なんです」

534 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:29:52.65 ID:fsI5836P

火竜公女「……」
辣腕会計「……」

火竜公女「判りました」
青年商人「判って頂けましたか、感謝いたします」

火竜公女「この二人と父上では、証人が足りないと仰せなのですね」

青年商人「そのようなことは云っていませんっ。
 だいたいのところ、開門都市を助ける算段の中で、
 商人ゆえ兵力がないという話だったではありませんか。
 兵力はないが兵力になりそうな物資の話に及んだから
 その存在をお教えしただけで、
 どうして話がそこまでこじれるのですか」

火竜公女「こじれるもなにも、商人殿が逃げ回っているのです」
青年商人「逃げていません」

火竜公女「では、開門都市を救ってください」
青年商人「わたしはただの商人ですっ」

火竜公女「違います。勇者、もしくは魔王です」

  辣腕会計「は?」

火竜公女「妾は黒騎士殿と約しました。幸せになると。
 はっきり言います。黒騎士殿を振りました。
 振られたのかも知れませぬ。
 あれは魔王殿のものですから」

青年商人「知っています。いまさらですが
 ……気が付きましたからね」

火竜公女「ですから、妾は幸せになる必要がありまする。
 黒騎士殿が悔し涙を流すほどに。
 ですから、妾と添い遂げる殿御は勇者もしくは魔王に
 準じるほどのお方でないと約束を違えます」

  中年商人「むちゃくちゃな話だ」
  辣腕会計「剛速球も良いところですね。
   言いがかりじゃないですか」

火竜大公「はーっはっはっはっ。
 わしもどうせ嫁にくれてやるなら相手は
 その程度の大器であって欲しいものと思うておった」

538 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:32:28.58 ID:fsI5836P

青年商人「二人で何を無茶なことを言っているんですか!?」

火竜公女「商人殿が魔王になってくださるのならば、
 この件での追求は取りやめましょう」

  中年商人「おいおい」
  辣腕会計「委員がこんなに追い詰められているのは始めてみましたよ」

火竜公女「いかがかや?」

青年商人「いったいなんですか。論理が捻れているではないですか。
 なぜわたしが魔王にならなければならないのですか!?」

火竜公女「魔王であれば、妾も幸せになれますし
 あの都市を救ってくれるはずであるまする」

青年商人「それは間尺に合いませんよ。
 魔王になれば、仮に、ですよ。
 仮に魔王になればあの都市を救えるかも知れない。
 でも、実際救うかどうかは別でしょう?
 取引をするのであれば“魔王になる”か
 “あの都市を救う努力をしてみる”かのどっちかですよ!
 それが等価交換というものです。
 1つの弱みで無限に譲歩を引き出すとはどんな悪辣なやり口ですか。
 商人としての仁義にもとりますよっ」

火竜公女「では、商人殿はどちらなら引き受けるのです?」

青年商人「どちらかと云えば……」

  中年商人「二重拘束だ」
  辣腕会計「は?」
  中年商人「無茶な選択肢を2つ突きつけて選ばされてる。
   選んでいるようで、追い詰められてるだけだ」
  辣腕会計「ずいぶん交渉術を覚えましたね」

青年商人「選びませんからね。そもそも魔王は一人でしょう?
 こんな茶番には意味なんて無い。
 名乗ったからって実力がつくわけもない」

火竜公女「いえ、選んでくれまする」
青年商人「……」

火竜公女「妾は確信しておりまする」じぃ

541 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:39:33.26 ID:fsI5836P

青年商人「はぁぁぁ……。失着手でした」
火竜公女「お選びください」

青年商人「判りました。魔王の方で。しかし良いですね、
 こんなのはお遊びに過ぎませんからね。
 わたしが魔王を名乗ったところで、現実には何一つ変わらない。
 なんの実力がついたわけでもないし、それと開門都市を救う
 とか云うのは全くの別問題なんですからね?」

火竜大公「くくくっ。はーっはっはっはっは!
 未だかつてこのような場所で、これほど安易に
 魔王を名乗った男などいなかったであろうになっ。
 はっはっはっはっは!!」

火竜公女「承知しておりまする。では妾が勇者ですね」

青年商人「は?」
火竜公女「残り物ですが、それも縁起がよいと申しまする」

  中年商人「何を言ってるんだ、姫は」
  辣腕会計「わたしに判るわけが無いじゃないですか」

火竜公女「確認いたしまするが、魔王になられたからには
 あの都市を救う力があるのですよね?」

青年商人「それは判りませんが、もしその必要があれば
 微力を尽くしましょう。
 おそらくは、あの都市はわたしが考えていたよりも、
 大きな意味合いを持っているのでしょうから。
 しかし、わたしはあの都市のために何かをすると
 決めたわけではありません。
 貴女の詭弁に乗って見ただけに過ぎませんからね」

火竜公女「ええ、商人殿。この件では永久に感謝しましょう。
 さて、父上。しなければならぬお願いがありまする」

火竜大公「申すが良い」

火竜公女「忽鄰塔開催を。その権利は魔王のものなれど
 父上は魔王の権威を議長として預かったはず。
 で、あれば魔王殿に変わり忽鄰塔を招集することも可能でしょう」

火竜大公「忽鄰塔を?」

火竜公女「そうです。魔界の全部族をあの地に。
 忽鄰塔であれば、魔王殿の力を存分に発揮できるはず。
 ましてや二人もいるのであれば。
 ――妾とて望みを叶えるためにならばどのような
 あがきもして見せまする」

612 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20:03:11.25 ID:fsI5836P

――11年前、冬、深い森の広場、木の根もと

勇者「おい、じじー」

老賢者「……」

勇者「林檎持ってきたぞ」

老賢者「……うむ」

勇者「……」
老賢者「……」

勇者「何を見てるんだ」

老賢者「……星を」
勇者「星?」

老賢者「あれは、なんだろうな」
勇者「星だろう?」

老賢者「星とは、なんだろう」
勇者「……うーん」

老賢者「不思議だ」
勇者「そうかなぁ?」

老賢者「……歳を降るごとに不思議が増える」
勇者「うーん」

老賢者「……」
勇者「……」

613 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20:04:09.72 ID:fsI5836P

勇者「じじーは、最近静かだ」

老賢者「……うむ」

勇者「林檎、食べないのか?」

老賢者「うむ」
勇者「食べちゃうぞ?」

老賢者「食べるが良い」
勇者「……。むしゃ」

老賢者「……」
勇者「……むしゃ」

老賢者「……」
勇者「なぁ、じじい」

老賢者「……」
勇者「食べようぜ? 林檎」

老賢者「――勇者」
勇者「ん?」

老賢者「わしには、もういらないのじゃ」
勇者「……」

老賢者「……」
勇者「……やだな」

老賢者「どうした?」
勇者「そんなのは、いやだな。
 ……なんか変じゃん。間違ってるよ」

老賢者「自然なことだ」
勇者「そんなことないっ」

老賢者「時が来たのだよ」
勇者「嘘だっ」

616 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20:05:32.55 ID:fsI5836P

老賢者「勇者」
勇者「っ」

老賢者「こうして耳を澄ましておると、
 世界の至る所にある小さな呟きやさざめきがきこえる。
 清澄さを増した闇の中を、遠い遠い音信のように伝わる。
 この世界は豊かだ。
 小さな者どもの、睦言がさざ波のように波紋を広げている」

勇者「判らないよ」

老賢者「……わるくない。そう言ったのだ」

勇者「余計わからないよ……」

老賢者「勇者」

勇者「……」ぎゅっ

老賢者「期待をするのは、馬鹿のやる事よ」
勇者「うん」

老賢者「しかし、期待することを諦めるのは唾棄すべき所行だ」
勇者「――」

老賢者「期待せよ」
勇者「なんで、いまさら。そんなっ」

老賢者「そなたには、その力がついたのだから」
勇者「勇者の力なんて欲しがった事、一度もないっ」

老賢者「それは勇者の力とは別だよ」
勇者「判らないって云ってるじゃんっ!」

老賢者「……上手くは、教えて、やれぬなぁ」にこり

勇者「――っ」

618 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20:08:00.68 ID:fsI5836P

老賢者「期待せよ。
 ……いつか始まるお前の物語に。
 そしていつか出会うお前の友に。
 お前は馬鹿だが、けして臆病ではない。
 だから、いつかは“あたりくじ”を引くことも出来ようさ。
 暇があるのならば、守ってやってくれ。
 人々を。――彼らは、馬鹿ではなく、無知で臆病なのだ」

勇者「なんでそんな事言うんだよっ」

老賢者「他に何をお前に云ってやれる?」

勇者「そう言うのは良いから、林檎食おうよ。魚だってさっ。
 肉だって自分で取れるようになった!
 街への買い物だって今なら一時も掛けずに行って帰ってこれる。
 おれ、じじーに恩を返せるようになったんだよっ。
 見てくれよっ」

老賢者「見えておるよ……」
勇者「そうじゃなくてっ」

ぽろぽろ

老賢者「ちゃんと、見ておるよ……」
勇者「そういうんじゃ、なくてさぁ……」

ぽろぽろ、ぽろぽろ

老賢者「……なぁ、勇者。若者よ」

勇者「……うん」

老賢者「わしは、わしで良かったな。
 悔恨と失意に満ちた人生だったが、
 最後になってやっと帳尻があった。
 お前がいて、楽しかったよ。
 ……わしはどうやら、時を得たようだ」

勇者「いやだってば、そんなのいらないってばっ!!」ぎゅうっ

老賢者「はははは。……甘えてばかりでは、ダメだ。
 ねだっても、与えられはしない。
 勇者、最後の教えだ。
 期待は、するな。
 しかし、与えて、勝ち取れ。
 おまえの友を。お前の大事な人々を。
 与えられた時間を有意義に使うが良い。
 ――やがて行く闇の中には
 思い出の他には何も持って行くことは出来ないのだから」

626 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20:38:18.39 ID:fsI5836P

――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線

  「急げ! 王弟元帥閣下の指示だっ」「切り出し運びました」
  「ノコギリのヤスリはどこだっ!」「大天幕を持ってこーい!」

 バサリッ!

参謀軍師「どの位置だ?」
斥候兵「このライン、距離にして、すでに4里に迫っております」

聖王国将官「4里……」

参謀軍師「馬ならば2時間もかかりませんね」

王弟元帥「ふふふっ」

参謀軍師「元帥閣下。迫ってくるのが、南部連合軍と聞いても
 あまり驚かれていないようですね」

王弟元帥「その程度の事は起きるさ。
 これだけの戦だ。
 それにあの娘が“次は戦争だ”と云ったのだ。
 ――ならば援軍ぐらいは現われるだろう」

参謀軍師「……」

聖王国将官「準備は現在の方向で宜しいでしょうか?」

王弟元帥「よい。まずは馬防策だ。
 南部連合となれば、予想される主兵力は歩兵だが、
 騎馬兵力も過小評価すべきではないだろう。
 問題なのは、率いているのが誰か、と云うことだな」

参謀軍師「冬寂王が軍中にあれば、南部連合は完全に本気。
 この一戦に連合の命運をかけているといえるでしょう。
 総司令に鉄腕王、もしくは南部連合のしかるべき王を
 据えているのであれば、これも相当な入れ込みです。
 負けるつもりはさらさらない。
 どこかの将軍であるか、騎士隊長あたりが
 率いているのであれば、とりあえずの出兵。
 防備軍の寄せ集めであれば言い訳のための出兵、
 と云うあたりでしょうか」

聖王国将官「その辺の報告はないのか?」

斥候兵「いえ、斥候ではそこまでは……。
 それに、4里接近の報せを最後に、多くの斥候部隊との
 連絡が途絶しております」

627 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20:40:34.08 ID:fsI5836P

王弟元帥「いつか見た、あの女騎士将軍である可能性もあるな。
 彼女は湖畔修道会を率いる英雄でもあるという……」

参謀軍師「あれが”鬼面の騎士”、”極光島の白薔薇”ですか」

聖王国将官「確かに非凡な用兵でしたね」

王弟元帥「まぁ良い。監視を……、いや、違うな。
 斥候班を撤収させよ。撤収した斥候からは綿密な聞き取りをいたせ」

斥候兵「はっ! 失礼します」

ばさっ!

参謀軍師「ふむ……。今回の戦は、待ちですか?」

王弟元帥「攻守考えてはいるが、
 我ら後方防備軍3万と都市攻略軍15万。
 この間隙を突くのが奴らの基本戦略だろう。
 奴らの数は3万にすぎぬ。
 全てを相手にするとは悪夢の光景だろうさ」

参謀軍師「そうですね」

王弟元帥「で、ある以上、我らが突出をしすぎて、
 本陣との距離が空けば空くほど、奴らには余裕が生じる。
 実際に本陣から兵が派兵されることはなくとも、
 その圧力を奴らに掛けつつ戦うためには、引きつける必要がある。
 奴らに小細工や攪乱工作を用いらせないためにもな」

参謀軍師「それにしても、3万とは」
聖王国将官「ふざけた数字だ」

王弟元帥「いや、彼らは彼らの国力を精査した上で
 判断したのだろう。
 結成したての南部連合で、大規模な派兵は、
 連合内部の不協和音に繋がりかねない。
 また、本国に兵を残すことで、大陸の国家に対する圧力を
 掛けることも出来る。現実的な判断であるとは思うが
 果たしてその3万で、聖鍵遠征軍に何をしようと思うのか」

参謀軍師「考えが読めませんな」

王弟元帥「矛を交えれば、伝わってくるだろう」

630 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21:12:43.96 ID:fsI5836P

――遠征軍、奇岩荒野、湖畔修道会自由軍

湖畔騎士団「以上でありますっ!」

女騎士「来たな」

副官「はい。しかも予想以上に早く」
執事「しかし、三万。ですか……」

女騎士「仕方がないさ」

獣牙双剣兵「なんの。三万の援軍があれば、
 十万の兵でも打ち破れもうす」

湖畔騎士団「剛毅だな。お前達は。はははっ」

副官「俗に攻城三倍などといいます。あの開門都市には、
 現在おおむね二万程度の戦闘可能な兵力が残っていますから」

執事「その人数で10万あまりを支えているのですから、
 まさに五倍ですな。お見事という他ありません」

女騎士「さて、どうするか。だな」

副官「後方の南部連合軍と合流するのでは?」

執事「……」

女騎士「今わたし達のもつ7000あまりを加えれば、
 確かに南部連合軍にとっては大きな力になるだろうが
 それでも聖鍵遠征軍全ては十五万を越えている。
 合流してさえもばかばかしい戦力差だ。
 南部連合軍三万。
 都市内部の魔族軍二万。
 我ら七千。
 全て加えても五万七千。
 三倍にもおよび、しかもマスケットを装備した聖鍵遠征軍を
 相手にするにはまだまだ絶望的な状況が続いている」

631 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21:14:10.31 ID:fsI5836P

副官「……」
執事「それにですな」

女騎士「うん」 獣牙双剣兵「あの陣か」

執事「さようです。聖鍵遠征軍後方守備のあの陣地。
 二重に引いた馬防柵は、細いがしなりやすい灌木の枝を
 利用したもの。騎士の突撃は受け止められるでしょう。
 そこにマスケットの銃撃を浴びせかける魂胆かと」

湖畔騎士団「なぜあの防御戦は波打ってるんでしょうね」

副官「それは判りませんが」

女騎士「おそらくは、密を作り出すためだ」

湖畔騎士団「密とは?」

女騎士「あの陣地に突撃をする場合、一定数以上の兵力で
 突撃をすれば、陣の突出部分と後退部分のどちらにも
 兵が入り込むことになる。
 突出部分に性格に突撃した兵は、前方の敵に集中すればよいが
 へこんだ部分に入り込んだ兵は、前方に半円状の敵陣地を
 持つことになる」

獣牙双剣兵「ふむ」

女騎士「あのへこんだ陣は、マスケットを生かすための殺戮部分だ。
 へこんだ部分には、マスケットの射撃線が交わるように
 設定されているのだろう。
 こちらが密集隊形になればそれだけで命中率は跳ね上がる。
 多数方向から銃撃を浴びせかけて、火力を一点集中させる工夫だ」

湖畔騎士団「そんな……」

副官「初めて見る戦法ですね」

執事「ではやはり……」

女騎士「うむ。この間の遊軍合流は、王弟元帥。
 そしてその王弟元帥本人が、対南部連合を意識して、
 後方防御軍の指揮に回ったのだろうな」

632 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21:16:20.70 ID:fsI5836P

副官「王弟元帥、ですか」

執事「聖鍵遠征軍最大の軍事的才能でしょう」

女騎士「中央諸国家をまとめ、今回の遠征軍成立を働きかけた、
 その張本人でもある」

獣牙双剣兵「敵の首魁か?」
湖畔騎士団「首魁というのとは違うだろうな。
 だが、最大の将軍。もっとも力ある司令官と見て良い」

副官「……なぜか、切迫感を与える陣容ですね」

執事「その感覚は覚えておかれた方が良い。
 司令官自身の気迫が全軍に伝わり、
 緊張感を持った前線となっているのです。
 あの陣地を突破するのためには生半可な手法では間に合いますまい」

女騎士「そうだな」

獣牙双剣兵「しかし、ずいぶん防御的だぞ?」

女騎士「それはおそらく、本陣と引きはなされるのを
 嫌っているのだ。20万に迫る巨大兵力で十分に
 可能だとは言え、聖鍵遠征軍は現在開門都市の攻略と
 後方部隊への対処という、いわば二正面作戦に近しい状態にある。
 これは軍事的に云えば、
 消耗の大きい、あまり褒められない状況だ。
 後方守備軍が突出しすぎれば、数にもよるだろうが
 我が軍に取り囲まれ壊滅の危険もある」

獣牙双剣兵「ふぅむ」
湖畔騎士団「では、まさにおびき出せば!」

執事「それに乗ってくれるような男ではありませぬ。
 あれで目から鼻へと抜けるような才気。
 幼い頃から周囲の風景さえ違って見えたほどで」

633 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21:17:38.51 ID:fsI5836P

女騎士「そうなると――。情報戦か」

副官「とは?」

女騎士「現在どちらも決定打に欠ける。
 こちらから突っかかってゆけばマスケットの餌食だが
 向こうも本陣からは離れたくないだろう。
 と、なると、互いに相手の手の内を読み合う戦闘が始まる。
 こちらの手を隠し、相手の手の内を読む。
 そのためには情報が必要だ。
 おそらく、契機は2つ」

副官 こくり

女騎士「1つは、開門都市の防壁がどれほど
 持ちこたえられるのか? この情報だ。
 我らは今、都市の内側と連絡を取ることが出来ない。
 しかし援軍の接近を知らせて彼らの士気を高める必要がある」

副官「その通りです」

女騎士「もう一つは、聖鍵遠征軍内部の物資の量だ。
 主に食料と、火薬だな。
 この2つの量次第で遠征軍の戦術は大きな制約を受けざるを得ない。
 いくら王弟元帥であっても空中から補給を取り出すことは
 出来ないだろうからな」

執事「確かに」

女騎士「この2つの情報を手に入れる必要がある。
 と、同時に、敵の情報を遮断する必要があるな」

湖畔騎士団「斥候の対処ですね」

副官「それならば、我らが適任ですね」

女騎士「頼めるだろうか?」

636 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21:19:21.41 ID:fsI5836P

副官「お任せを。このあたりの地理はわたし達が
 一番詳しいですし、何より精強な獣牙兵がついています。
 斥候や偵察部隊なら、大規模軍と云うこともないでしょう。
 また、付近には妖精族の者たちも身を潜めているはずです」

執事「では、わたしは敵の陣中に忍びますか」

女騎士「出来るか?」

執事「誰に仰るっ! この老執事今まで夜這いが発覚したことなど
 一度たりとてありませんぞっ。侮辱してはいけませんっ!」

女騎士「……」
副官「……」

執事「あの聖鍵遠征軍の中にどんな娘さんがいるかと思うと
 にょっほっほっほ。……む、胸が苦しくてはち切れそうですぞ」

副官「……あの、この方は」
女騎士「何も云わないでくれ」

 ドグワァッ!!

執事「なっ! 何をするのですか」

女騎士「妄想は良いからとっとと情報を集めてこい」

執事「恋する信者は執事さんのことを思うと
 いけないマスケット兵になっちゃうのかも知れないのですぞ!?」

女騎士「愛剣・惨殺大興奮が
 老人の脳の実態調査に乗り出すぞ」 じゃきーん

執事「ふっ。余裕のない人ですね」
女騎士「良いから行ってこい」

執事「余裕のない逼迫した貧しく悲しいサイズですね」
女騎士「良いから行けーっ!!」

副官「なんだかよく判りませんが、色々お疲れ様です」

644 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21:37:22.04 ID:fsI5836P

――魔界のあちこちで

「忽鄰塔?」
「そう! 忽鄰塔!」

「人間族がまたもや開門都市に迫ってきているんだ。
 魔王様が立てこもって必死に戦っているんだってさ」

「どこでやるのさ? また平原で?」
「ううん、今度はその開門都市らしいよ」

「もしかして、人間の軍と戦うための忽鄰塔なのかな」
「そうかも知れない」

「忽鄰塔か……。戦は怖いな」
「でも行かなきゃ。魔王様が読んでいる。もしかしたら
 魔王様が助けを求めているのかも知れないよ?」

「ともあれ、伝令を伝えよう」
「銀鱗族へも、羽耳族へも」

「忽鄰塔……か」
「人間って、見たことある?」
「いいや、ないよ」

「人間が作った鍋を、こないだ竜族の商人が運んできたよ」
「人間かぁ。どんな奴らなんだろう?」

「こんなところまで攻めてくるんだ、戦争好きなんだろう」
「じゃぁ、獣牙みたいな感じかな?」
「蒼魔みたいな感じじゃないか?」

「そうかもな」
「ともあれ、忽鄰塔だ。長老にも知らせなきゃ!」
「そうだな、これは一大事だぞ!」

657 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 22:39:31.17 ID:fsI5836P

――開門都市、防壁の上、補修部隊

 ひゅるるる……どぉぉーん!!
   ひゅるるる……どぉぉーん!!

獣人軍人「はこべ! 石灰を運んでくれっ」

土木師弟「まずいな」

巨人作業員「いま、もってゆく……」

 ひゅるるる……ぉーん!!

義勇軍弓兵「ま、また来たぞあいつらっ!!」

獣人軍人「~っ!!」

巨人作業員「だ、だめだ。……おれ……こわい」

義勇軍弓兵「無駄だって云うのにっ」

  光の狂信兵「精霊は求めたもうっ!」
  光の狂信兵「精霊は求めたもうっ!」
  光の狂信兵「我らの魂は光の加護があある! 突撃っ!」

人間作業員「くっそう! 気が狂いそうだっ」

蒼魔族作業員「馬鹿な人間どもがっ」

獣人軍人「弓兵! 射撃!!」

義勇軍弓兵「くそったれ!!」

 びゅんびゅんびゅん!! びゅんびゅんびゅん!!!

 「ぎゃぁぁー!!」 「精霊に光りあれっ~!」
   「精霊万歳!」 大主教猊下、ばんざーいっ!!」

どすっ! どすっ! ばた、ばたっ

659 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 22:42:43.62 ID:fsI5836P

義勇軍弓兵「あ、あいつらあんなに……あんなに……はぁ、はぁ」

人間作業員「いくら防壁がそろそろ限界だからって、
 その防壁に槍や剣で突っ込んで
 どうなるもんでもないじゃないかっ。あいつら、おかしいぞっ!」

蒼魔族作業員「なんの意味があるんだ、こんなのにっ」

獣人軍人「心を揺らすな! 監視と補修作業をするんだ」

義勇軍弓兵「おかしい。あいつらおかしいよ……」

 ひゅるるる……どぉぉーん!!
   ひゅるるる……どぉぉーん!!

人間作業員「血が……。防壁にも血がべったりだ」
蒼魔族作業員「気にしたらダメだ。よし、こっちは終わった」

獣人軍人「市内へ行って交代班の編制を聞いてきてくれ」

義勇軍弓兵「はい、了解しました……」 ふらふら

土木師弟(限界だ……。防壁の強度もそうだけれど、
 精神的な疲労もピークに迫りつつある。
 防備軍は混乱しているが、あれは一種の恐怖戦術なのか。
 考えたくはないが……。あいつらは命をなんだと思っているんだ)

蒼魔族作業員「監督、石の配置を」

 ひゅるるる……

土木師弟「おっ。おう。土嚢と混ぜるように、
 壁の欠損箇所を補修していくぞ。おーい! 十人ばかり」

どぉぉーん!! どぉぉーん!!
   どぉぉーん!! どぉぉーん!!

巨人作業員「~っ!」
義勇軍弓兵「近い、下がれ! 待避だぁっ!!」

人間作業員「大将っ!」

土木師弟「なっ。総攻撃っ!? 何を考えてるんだ。
 いきなり火力を集中してきたぞっ!?」

666 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 23:27:54.01 ID:fsI5836P

――聖鍵遠征軍、中核陣地、だらしない天幕の群

         ……ォォン!
        ……ドォォーン!

光の銃兵「はぁ……」
光の槍兵「腹が減ったな」

カノーネ兵「王弟元帥が食料を持ってきて
 くれるんじゃなかったのか?」

光の銃兵「持ってきてくれたさ。現に振る舞ってくれた」
光の槍兵「それじゃなんで……」

カノーネ兵「食料は貴族どもがかき集めちまったって話だ」

光の銃兵「灰青王は何をやっているんだ」
光の槍兵「教会に云われて、どうにもならないらしい」
カノーネ兵「また豆のスープか……」

斥候兵「たまには、温かくて白いパンを食いたいな」
光の銃兵「もうずいぶん長い間食ってないような気がする」
光の槍兵「ああ、そうだな……」

カノーネ兵「……」
斥候兵「……」
光の銃兵「……」

         ……ォォン!
        ……ドォォーン!

光の槍兵「なあ……」
カノーネ兵「ん?」

光の槍兵「このスープ……」
カノーネ兵「うん」

光の槍兵「これって、悪魔の」
カノーネ兵「しぃっ!」

667 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 23:29:35.91 ID:fsI5836P

光の槍兵「えっ? そ、そうなのか?」
カノーネ兵「食っちまえよ」
斥候兵「馬鈴薯さ」

光の銃兵 ご、ごくり
光の槍兵「いいのか? そんな物を食べてっ」

カノーネ兵「黙ってろよ。これは略奪品の中に入ってたんだ」

光の銃兵「い、異端の」

カノーネ兵「いやなら食うなよ。俺が食うから」

光の銃兵「い、いや……」
光の槍兵「これ、美味いんだよ。俺は向こうでも
 食っていたことがある」

光の銃兵「そうなのか?」
光の槍兵「ああ」

         ……ォォン!
        ……ドォォーン!

カノーネ兵「こんな物でも食べなきゃやっていられないじゃないか」
斥候兵「ああ、そうだ」

カノーネ兵「集会に参加すれば、小麦がもらえるらしいけどな」

光の槍兵「いやだいやだ。俺は一度行ったことがあるけれど、
 薄っ気味悪いところだぜ。二度と行きたくはねぇよ」

カノーネ兵「でも、パン……」
斥候兵「ああ」

カノーネ兵「俺は今晩にでも参加してみるよ。
 懺悔集会なんだろう?
 頭を下げていれば、それで小麦がもらえるなんて楽なもんだ。
 いいや、どうせ俺はここに来た時から、
 食わせてもらうためだったら何でもするつもりでいたんだからな」

676 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 23:54:16.64 ID:fsI5836P

――聖鍵遠征軍、中核陣地、百合騎士団の仕官天幕

バサリッ!!

灰青王「百合のっ!」
百合騎士団隊長「あら?」にこり

灰青王「どういう事だ」
百合騎士団隊長「どうとは? 灰青王さま」

灰青王「なにゆえ、あのように無防備で
 意味のない突撃をさせるっ!?」

百合騎士団隊長「意味のない?」

灰青王「あの防壁は、マスケットや騎馬突撃で破れる強度ではない。
 ましてや、剣や槍でどうしようというのだっ!?
 歩兵の集団突撃など愚の骨頂ではないか!」

百合騎士団隊長「いけませんわ。灰青王さま」

するんっ

灰青王「っ!」

百合騎士団隊長「あれらの献身は、精霊様に対する信仰の証し。
 それを愚の骨頂であるとか、無駄などと云っては。
 それは背教者の言いざまです」

灰青王「信仰など知ったことかっ!」 ダンッ!!

百合騎士団隊長「聖鍵遠征軍は信仰の軍なのです」

灰青王「だとしても、その前線指揮は
 現在わたしが預かっているのだっ。
 前線に無用の混乱を引き起こし、士気を瓦解させるような
 戦術は司令官として見過ごすわけには行かないっ」

百合騎士団隊長「これは大主教猊下直々の御指図なのです」

677 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 23:57:37.96 ID:fsI5836P

灰青王「~っ!」

百合騎士団隊長「そのように驚きになられなくても宜しいでしょう?
 猊下は前線で苦しむ兵士の姿を拝見になられ
 その苦しみの何分の一かでもその身のお引き受けになろうと
 自らの両目をお抉りになったのですよ?」

灰青王 ぞくっ

百合騎士団隊長「ふふふっ。あのような血と脳漿の中で
 天に召された兵士達は、必ずや光の精霊の安らかなる胸の中で、
 永遠の至福を味わっているはず」

灰青王「そのような戯れ言っ」

百合騎士団隊長「ふふふっ」

 ちゅく。

灰青王「っ!?」

百合騎士団隊長「そんな表情をされなくても。
 初めてではないくせに。もうお忘れに?」

灰青王「俺は何かをごまかすために、自分の意を通すために
 心も寄せてない女を抱いたことは、一度もない。
 これまでも、これからもだっ」

百合騎士団隊長「わたしにはあるのです」とろり

灰青王「……っ」

百合騎士団隊長「もはや私たちは、1つの船に乗っているのです。
 この聖鍵遠征軍という船に。あの都市を落とせなければ、
 あなたもわたしも漆黒の炎で焼かれるさだめ。
 ふふふふっ。
 あの都市を炎の中に沈め、わたし達の未来を照らす
 かがり火にしようではありませんか。
 精霊は祝福されているのですから。うふふっ。
 くすくすくすくすくすくすっ」

697 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:18:49.24 ID:quxpU4cP

――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、南部連合軍

女騎士「来てくれたのか!」

軍人子弟「当たり前でござるよ!」
鉄国少尉「お久しぶりですね! 騎士将軍」

女騎士「少尉も立派になられたな」
鉄国少尉「ははははっ。そんな事はないです。まだまだですよ」

軍人子弟「騎士師匠の軍は?」

女騎士「先行偵察で散っている」
軍人子弟「このあたりはどうでござる?」

女騎士「このなだらかなうねりを持った荒野が四方に続いている。
 魔界では比較的豊かな土地だが、戦火で荒れ果てているし、
 潅漑がされていないからな」

軍人子弟「……見晴らしが良いでござるな」

鉄国少尉「ええ」

女騎士「至近距離での奇襲など成功できる土地じゃないな」

軍人子弟「そうでござるね」

伝令「軍人子弟殿、後方部隊のとりまとめが済んだよし、
 伝令であります!」

軍人子弟「よっし、護衛部隊とともに出発!」

鉄国少尉「我らは先行しても平気ですかね?」

女騎士「ああ、この辺に敵の小部隊は出ていない」

軍人子弟「では、王も呼んでくるでござるよ」

698 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:22:49.99 ID:quxpU4cP

――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、南部連合軍、丘の上

ビョオオオー!

女騎士「あれが、おそらく王弟元帥の引いた防衛線です」

冬寂王「むぅ」
鉄腕王「ふんっ。何とも小憎らしい」

軍人子弟「見事な防御戦でござるね。馬防柵に所々の土嚢、
 簡単とは言え、物見櫓。消火用の砂山……」

鉄国少尉「その進撃速度から、電撃作戦を好む好戦的な
 司令官だと思っていたのですが、そう言った雰囲気は
 感じられませんね」

冬寂王「そこがかえって恐ろしいな」
鉄腕王「あの軍にもマスケットが配備されているのか?」

女騎士「確実に」 こくり

冬寂王「やり合うとなれば、相当の被害は避けられぬな」
鉄腕王「そうなるか」

軍人子弟「今回は先方に主導権を取られているでござる。
 我らには戦場決定の自由がない。そして陣地を築くのは
 向こうの方が早く、こちらに有利な条件は少ない」

鉄国少尉「……」

女騎士「そして、おそらくあの司令官はこちらを
 甘く見ることも油断することもないだろう」

将官「では、こちらの勝機は薄いのですか?」

女騎士「薄いな」

700 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:25:04.12 ID:quxpU4cP

冬寂王「ふむ……」
鉄腕王「どうするのだ?」

冬寂王「どうする、とは?」

鉄腕王「今回わしをあえて戦闘の全権将軍にしたのは
 何か思惑があるのだろう? 
 責任を逃れるためにそのようなことにするような王でもあるまい」

女騎士「……」

冬寂王「思うところはないではないが、まずは、魔族だ」

鉄国少尉「まずは、とは?」

冬寂王「そもそも今回の戦は、
 魔界へと聖鍵遠征軍が攻め入って始めたもの。
 攻め入ったのは人間、中央諸国家。
 そして攻められたのは魔族の土地だ。
 妖精族の領事館を通して支援要請があったとはいえ、
 正式な宣戦布告をしたわけでもない。
 どちらに味方をするかと問われれば、それは魔族だ。
 これは南部連合会議の結果であり、変えることは出来ない。

   しかし“どのように”助けるかと問われれば、
 それは魔族側からの要求を第一に考えるべきだろう」

軍人子弟「……魔族、でござるか」

女騎士「魔王……」

冬寂王「その魔王だよ。
 わたしは魔王がどのような人物なのかそれに興味がある。
 これだけの魔界をまとめ上げ、
 そしてあの人間界側から戦争を持ち込んだ
 第二次までの聖鍵遠征戦争を経験しながらも、
 対等な平和条約を結ぼうと努力できるその精神に興味があるのだ」

鉄腕王「では、このまま待つと?」

702 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:27:14.95 ID:quxpU4cP

冬寂王「そのつもりだ」

軍人子弟「そうなのでござるかっ!? 魔界まで来ながらっ!?」
鉄国少尉「まさかっ!?」

冬寂王「最大限犠牲を少なくなる手法を議会で確約しただろう。
 我らは軍装を持ってこの魔界へと入ったが、聖鍵遠征軍ではない。
 最初から相手を殲滅する意図を持って行動するのは
 我ら南部連合の流儀ではないはずだ。
 わたしは魔王の話を聞きたい。
 その意志が、もはや聖鍵遠征軍はこの地上に存在すべきではない。
 そういうのならば、人間としてその決定には一言言う必要がある。
 また、もし聖鍵遠征軍が魔王の声を無視してただいたずらに
 領土と血の供物を求めるのであれば、その行いを正す必要もある」

軍人子弟「しかし、そのための実力が我が軍にあるかと申しますれば」

冬寂王「だから、将軍を任せたのさ。将軍をしていては、
 綺麗事を吐く時に口が鈍る」

鉄腕王「なっ。冬寂王っ」
軍人子弟「勝つ算段は現場でやれと!?」

冬寂王「どちらにしろ、今は時間が必要だろう?
 それは現場も上も同じ事のようだ。ほら、見てみろ」

鉄腕王「あれは……」

軍人子弟「望遠鏡を貸すでござる」
鉄国少尉「はっ」

軍人子弟「カノーネ、でござるね。
 こちらに向けて、あんな風に姿をさらして」

冬寂王「寄らば撃つ。あれは示威だ」

女騎士「どうやら向こうもとりあえずは硬直を望んでいるようだな。
 もし早めにけりをつけたいのであれば、あそこに構えたカノーネは
 隠しておき、我らの突撃にあわせて不意に発射すべきだった」

冬寂王「魔王殿の意志が判るまでは、戦闘による被害をなるべく
 押さえながらこの位置で圧力をかけ続けると云うことになるな」

708 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:51:44.06 ID:quxpU4cP

――5年前、梢の国、魔物の現れ始めた洞窟

パチパチ、メラメラ。

女騎士「なぁ、勇者」
勇者「なんだ?」

女騎士「勇者ってさ。どんな子供時代だったんだ?」

執事「そうですなぁ。そう言えば、聞いたことはありませんでしたな」
女魔法使い「……すぅ」

勇者「どうって……普通だったと思うぞ」

女騎士「そうなのか?
 なんかすごい英才教育を受けたりはしなかったのか?
 毎日すごく苦い強壮剤をバケツ一杯飲まされたから強くなったとか」

勇者「どんな虐待家庭だよ」

執事「たしか、聖王国で暮らされていたんですよね?」

勇者「聖王国って云っても、国境の深い森の中に、オンボロ家だよ」

女騎士「ふぅん。森暮らしだったのか?」

勇者「うん。まーね」

執事「剣技や魔法は、どのように身につけたのですか?」

女騎士「興味があるな。勇者の剣は一件めちゃくちゃだが
 よく見ると、めちゃくちゃだ。……ちがった。
 よくよく見ると、有るか無きかの品というか、
 本格的な型があるように見える」

執事「剣はまだしも、魔術はある種の学問ですから、
 我流で身につけるわけにも行かないでしょう?」

710 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/13(火) 00:53:10.33 ID:quxpU4cP

勇者「……んー」
執事「?」

女魔法使い「……すぅ。……すぅ」

パチパチ、メラメラ。

女騎士「どうしたんだ?」

勇者「内緒なのだ。勇者72の秘密の1つだ。ぽんぽこぴー」

執事「そうなのですか」
女騎士「うーん。残念。……勇者は自分のことは話さないからな」

勇者「別に過去が無くたって、戦えるじゃん?
 どこで覚えた技だって、役に立てば問題ないってなもんだ」

女騎士「それはそうだけど」

執事「そう言うことにしておきますか」

勇者「ふわぁーぁ。もう、眠いよ。明日もあるし、寝ようぜ。
 魔法使いなんてメシ食ったら30秒で寝てるじゃないか」

執事「はははは。彼女は眠るのが趣味ですからね」

女魔法使い「そして、爺さんはおさわりが趣味、と」

執事「それはもう良いではありませんかっ」

勇者「じゃ、俺も寝るよ。あそこの端っこの木陰、もらうな。
 んじゃな! 見張りの交代になったら起こして良いからなー」

713 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:54:55.77 ID:quxpU4cP

パチパチ、メラメラ。

女騎士「また、失敗してしまったかな」

執事「そんな事はないでしょう」

女騎士「勇者、聞かれたくなかったんじゃないかな。
 でも、勇者は時々辛そうで、あんまりにも頑張り屋で。
 みていられないんだ……」

執事「そうかも知れませんねぇ」

女騎士「……」

執事「でも、それでも良いのではないでしょうか。
 世の中には、本人は尋ねられたくないことでも
 尋ねた方が良いこともあると思うのです」

女騎士「どういうこと?」

女魔法使い「……古い」

女騎士「起きてたのか? 魔法使い」

女魔法使い「……古い思い出は、時に取り出して
 空気に当てて、埃を払う必要がある。たとえ、痛くても。
 自分がどこに立っているか、思い出すために」

女騎士「?」

執事「判らないでも宜しいでしょう。女騎士も、勇者も
 それに女魔法使いも、まだとてもお若いのですから」

女魔法使い「……としより」びしっ

執事「にょっほっほっほ。わたしは年寄りなんですけどね~」

714 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:56:36.04 ID:quxpU4cP

パチパチ、メラメラ。

女騎士「わたしは、自信がないんだ。
 わたしは湖畔修道会で騎士になり、
 剣技も祈祷も人よりもずっと早く身につけてきた。
 みんなはわたしにとても良くしてくれた。
 天才だともてはやされもしたよ。
 勇者の再来、いや、真実の勇者だとも云われた。
 自分でも思っていた。
 わたしは出来るじゃないかと。
 相当にすごい力なんじゃないかって」

執事「……」

女騎士「でも、勇者に出会ってそんな考えは吹き飛んだ。
 わたしがどんなに早く動いても、どんなに強く剣を振っても
 勇者はその先にいっているんだ。
 わたしが高速詠唱をする間に、勇者は無詠唱攻撃呪文を
 2つは放っている……。
 勇者の戦闘センスの鋭さはわたしのそれよりも高すぎて、
 時には勇者がどんな連携を望んでいるか判らなくなる。
 勇者の見ている世界が判らないんだ。
 わたしは勇者に追いつきたくて必死だけど、
 勇者はいつでも寂しそうで、わたしに優しくて
 わたしは自分の無力さに押しつぶされそうになる」

執事「そうですね……」

女魔法使い「……かんけーない」
女騎士「え?」

女魔法使い「……それでも、一緒にいればいい。それだけ。簡単」

女騎士「……」

女魔法使い「……最後まで一緒にいれば、勝ち。
 今は判らなくても、いずれ判れば、勝ち」

女騎士「そう、かな」

女魔法使い「……勝つ気がないなら酒場に帰ればいい」

女騎士「そんなことはない」むっ

715 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:57:42.47 ID:quxpU4cP

女騎士「最後までたっているのは得意だ。
 重装甲に身を包んだ教会の騎士は全兵科のうち
 もっとも装甲の厚い、鉄壁の防御力を誇るのだからな」

執事「ぜっぺ」

ひゅばっ!!
女騎士「なにか?」

執事「いえ……。おほん、おほん」

女騎士「こう言っては悪いが、ただ立っているだけで、
 あっちへふらふら、こっちへふらふらしているような
 寝不足魔道士はわたしのような克己心や自制心は
 望むべくも無いだろう」えへんっ

女魔法使い「……胸も、態度ほど大きくなればいいのに」

女騎士 かちん

執事「ま、ま! ここはひとつっ」

女騎士「ふっ。そうだな。光の神のしもべは
 くだらないことは気に掛けないのだ」

女魔法使い「……ゆずらない」

女騎士「ふんっ。それはこっちの台詞だ」

執事「これに気が付かないのですから信じられません。
 それこそが勇者の資質なのかと疑うくらいですよ」ぼそぼそ

女魔法使い「……寝る」もそもそ

女騎士「何をしているんだ!? 勇者の次の見張りはわたしだ。
 そこはわたしの場所だぞ」
女魔法使い「……けち」

執事「先が思いやられますなぁ」

732 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01:24:49.30 ID:quxpU4cP

――開門都市、庁舎、執務室

鬼呼の姫巫女「――殿、――殿っ!!」
鬼呼執政「……どのっ」

鬼呼の姫巫女「魔王殿っ!!」

魔王「っ。すまない。続けてくれ」

鬼呼の姫巫女「……限界と見えるぞ。魔王殿。
 睡眠し、食事を取らなければ」

鬼呼執政「お顔の色が真っ青ですよ」

魔王「元から戸外生活は苦手の屋内派なのだ」

鬼呼の姫巫女「そんな冗談を言っている場合ではない」

鬼呼執政「ええ。このまま魔王殿がお倒れになられては、
 それだけでこの開門都市は陥落してしまいます」

      ……ォォン!
魔王「……眠れなくてな」

鬼呼の姫巫女「あの大砲か。確かに恐ろしげな音だな」

庁舎職員「無理もありません」

魔王「……会いたい人に会えない。それだけだ」

鬼呼の姫巫女「――」

魔王「いや、忘れてくれ」
鬼呼の姫巫女「それは……」

こんこんっ

魔王「誰だろう?」

庁舎職員「見て参ります」

733 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01:26:48.84 ID:quxpU4cP

かちゃり
火竜公女「魔王どのっ。ただいま帰参いたしました」

魔王「公女。わたしは、あなたには落ちて頂こうと」

鬼呼の姫巫女「ふふふっ。こうなると思っていた。
 公女、良く帰ってきてくれたな!」

青年商人「ご無沙汰していますね」

魔王「商人殿ではないかっ」 がたりっ

鬼呼の姫巫女「この方は?」

魔王「ああ、この方は」

火竜公女「人間界有数の商人の組織『同盟』の幹部の一人にして
 人界の魔王とよばれるかた。商人殿でありまする」

魔王「え?」

青年商人「魔王とか勘弁してください」
火竜公女「妾の良人と紹介すればお気が済むのかや?」

青年商人「……この件が終わったら苛烈な報復を決意していますからね」
火竜公女「どのような仕置きでも受けましょう」

魔王「どういう事なのだ?」

火竜公女「魔王殿に頼まれていた、援軍でございまする」

青年商人「それにしても、しょぼくれていますね。
 学士殿。
 あの日のわたしに詰め寄ってきたあなたからは
 想像もつかないほどだ。
 手元にあれば、水でも掛けるところです」

736 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01:31:16.08 ID:quxpU4cP

魔王「商人殿。それはないであろう。
 いまや、開門都市の危急の際なのだ。
 そもそも身なりに構ったことなど無いのだ、わたしは」

青年商人「そういう話ではありませんよ。
 あまりにも狼狽しすぎていて、みっともないと云ったんです」

鬼呼執政「み、みっとも!?」

魔王「っ!」
青年商人「怒りましたか? 早く回転数を上げてください」

火竜公女「何を、商人殿……?」

青年商人「あなたが魔王をさぼっているから、
 わたしのところにまで案件が持ち込まれているんですよ。
 いい加減に本気を出して仕事をしてください」

魔王「している。しているではないかっ」

青年商人「出来ていません」
火竜公女「っ!?」

青年商人「そもそも魔王の仕事はなんですか?
 都市防備の指揮ですか? 前線司令ですか?
 ただでさえあなたはそういう資質がないというのに。
 人がいないというのならばともかく、
 いながら使っていないだけではないですか」

魔王「……っ」

青年商人「あなたの持ち味は、無限にも思えるほど
 遠くを見渡す視界の広さと、味方も敵もないほどに
 透徹したバランス感覚。その冷たい論理とはうらはらに
 呆れるくらいにお人好しで理想家で、本当は全員を助けたいと
 死にものぐるいで願っている決死さだったのじゃありませんか?

   あなたは二番目に強力な絆は損得勘定だと云った。
 それは一番が神聖だったからではないのですか?
 正直、少しがっかりしました。
 もっと回転をあげて思考速度を早めてください。

   大事な臣下を失って、その痛みにすくんでいるのは判ります。
 だからといって、あなたの歩いている道から
 犠牲者がいなくなるなんて事はない。
 その数を数えているくらいなら、
 一人でも減らすために仕事を始める頃合いじゃないんですか?

   あなたのやるべき事は、目先の軍を防ぐことではない」

738 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01:34:18.87 ID:quxpU4cP

魔王「……」
青年商人「違いますか?」

魔王「済まなかった。その通りだ」

火竜公女「魔王どの……」
鬼呼執政「魔王さまっ!?」

青年商人「宜しい」

魔王「二分時間をくれ」

青年商人「……」 火竜公女「……」
鬼呼の姫巫女「……」

魔王「――優れた問いか。
 忘れていた。最初の問いは常に
 “いま問えばよいのは何か?”だ」

青年商人「そうです」

魔王「その答えにして次の問いは“わたしはこの戦役の
 着地点をどのような位置にしたいのか?”だな」

青年商人「はい」

魔王「だとすれば、答えは決まっている。
 ……人間にも魔族にもこれ以上の被害を出させないように、
 双方に矛を収めさせる。そして平和条約だ。
 もしこの都市が落ちれば魔族は人間を恨む。
 人間は魔界をただの新しい植民地と見なすだろう。
 それは千年にわたる争いの幕開けだ。
 この開門都市こそはその瀬戸際。
 血に染まった歴史を見ぬためにこの都市を守らなければならない」

青年商人「しかし守るだけでは意味がない」

魔王「そうだ。守りきりさえすればば、
 聖鍵遠征軍が軍を引くというのは希望的観測に過ぎない。
 なんとしてでも、あの軍に我らが希望を理解させ、
 交渉のテーブルにつかせる必要がある」

739 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01:36:06.72 ID:quxpU4cP

青年商人「承りました」
火竜公女 こくり

魔王「は?」

青年商人「このことを話すのは非常に気が重く、
 わたしとしても痛恨の出来事であり、汗顔悔悟の至りなのですが
 とある権謀術柵に巻き込まれた結果、
 現在わたしは魔王を名乗るに至っているのです」

火竜公女「身から出た錆でありまする」

魔王「それは……」

青年商人「ええ、理解しなくても構いません。
 むしろあまり深い理解はわたしを傷つけると察してください。
 ともあれ、そのような事態で、
 わたしにもこの都市を救う義務があります。
 ですから、もちろん救う、などというお約束は出来ませんが
 それでも、この場は――お任せあれ」

魔王「……」

青年商人「この執務室は私と公女が借り受けます。
 ふむ……」

 ぺらっ、ぺらっ

魔王「それらの報告は……」

青年商人「このような報告、庁舎の職員と砦将に
 任せればいいのです。魔王どのには、魔王どのの仕事があるはず」

火竜公女「妾も覚悟を決めました。
 この都市を救うために全てを賭けて戦う覚悟を」

740 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01:38:18.91 ID:quxpU4cP

魔王「しかし、わたしがここでっ」

青年商人「足手まといだと云っているのです」

火竜公女 にこり

魔王「あしで、まとい?」

青年商人「はい。勇者のいない魔王は、足手まといです」
火竜公女「ゆえに妾達が、ここは支えまする」

魔王「――」

青年商人「探しに行ってください。見ていられません」

魔王「しかし。わたしたちは……。
 わたしと勇者は、いずれあの祭壇の前で……。
 それが、契約で……。
 だからわたしと勇者は、もう。
 もう……」

バタンっ!!

伝令兵「魔王様っ!!!」

火竜公女「何事ですかっ! 云いなさいっ!」

伝令兵「ただいま、防壁、南部大門が突破されましたっ!!」

魔王「なぜだっ!? 南側の壁は確かに亀裂が入っていたが、
 それだとしても、一挙に大門まで粉砕されたというのか?
 いったい何があったというのだ!?」

伝令兵「聖鍵遠征軍は、想像も出来ない行為をっ。
 あ、あいつらは、その……。人間を……。人間が……」

青年商人「落ち着いてください」

伝令兵「人間が、爆発したんですっ。
 何十人かのいつもの狂信者が槍で突撃をしてきたかと思ったら
 その身体ごと、巨大な爆発がっ。
 砦将はすぐさま防御軍を結集され南通り一帯は
 市街戦になっています! なにとぞご避難を、魔王様っ!」

806 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 18:54:05.04 ID:quxpU4cP

――開門都市、南大通り、六番街

東の砦将「隊伍を組めっ! 長槍兵! 戦列を崩すなっ」

竜族軍曹「左右の商店を崩せっ!」
人間衛兵「しかしっ」

東の砦将「いまは防ぎきるのだ! そうでなくても略奪にあう。
 くずせ! バリケードを作れ!!」

竜族軍曹「そうだっ! 弓兵配置は終わったかっ!?」

   耳長弓兵娘「配置完了しましたっ!」

東の砦将「矢の尽きるまで撃ち込めっ! 地の利はこちらにある。
 街路を封鎖して、敵をここで足止めするんだっ!
 全ての通用門封鎖っ! 防備部隊を配置っ!」

ゴウゥゥン!! ゴォォン!

光の銃兵「左右へ散開しながら前進っ!!」
光の突撃兵「精霊は求めたもうっ!」

  ゴウゥゥン!! ゴォォン!

東の砦将(展開がにぶい……?)

竜族軍曹「どうやら遠征軍も攻めあぐねている様子」

東の砦将「指揮がなっちゃいないな。どういうことだ」

竜族軍曹「マスケットの砲声も少ないですな」

東の砦将「……。押し戻せ! 何はともあれ、
 連中はまだ統制が取れていないようだっ!
 いまならまだ押し返せる。――短弓で左右の家の上から
 応戦しろ! 小刻みに動けっ」

807 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 18:56:08.50 ID:quxpU4cP

竜族軍曹「足を止めるな!! 槍兵中隊、前進っ!」

ザッザッザッ!

人間槍兵「我らに自由をっ!」
蒼魔槍兵「我が地に平安をっ!」

キィン! ガキィン!!

隻腕の獣人男「うぉぉ!!! どけどけぇぇ!!
 命が惜しければ逃げるがいいや。ここは一歩も通さねぇ!
 のど笛噛みちぎってでもお前達を進めさせはしないぞ」

中年の義勇兵「押せ! 押せ!」

ゴウゥゥン!! ゴォォン!
  ゴウゥゥン!! ゴォォン!

東の砦将「八番切り込み隊! 紫神殿通りを迂回して、
 南大通りの左翼から敵に突っ込め!! 射手は援護を!
 獣牙族の動ける範囲を増やせ、屋根の上の自由を奪われるな」

竜族軍曹「動け! 足を止めるな!!
 敵は多いのだ、こちらが遊兵をつくると押し込まれるぞっ」

東の砦将「おい、副官。門の外の状――ちっ!」

人間衛兵「は? 砦将」

東の砦将「なんでもねぇ。不便を実感していただけだ。
 防壁はどうなっている?」

竜族軍曹「南門近くの防御用司令部に遠征軍が
 群がっているようだ。あそこには義勇兵しか居ない、まずいぞっ」

東の砦将「俺が行くっ。鬼呼抜刀隊、ついてこいっ!!」

811 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 19:24:28.31 ID:quxpU4cP

――魔界、白詰草の草原、開門都市、西方2里

タカタ、タカタ、タカタ、タカタ

メイド姉「お気を悪くされてはいませんか?」
勇者「なにが?」

メイド姉「いえ、その。わたしが勇者を名乗るだなんて」

勇者「ああ。びっくりしたけどさ。面白かった」

メイド姉「はい。あの……」
勇者「……」

メイド姉「勇者様が、1つじゃなくても良いんだって」
勇者「え?」

メイド姉「昔、仰ったじゃありませんか。
 教会は1つじゃなくても良い。って。
 そして湖畔修道会が冬の国では正式な教会として認められて」

勇者「うん」

メイド姉「だから、思ったんです。
 勇者も、一人でなくても良いんじゃないかって。
 ……すみません。なんだか、何を云えばいいかよく判らなくて」

勇者「勇者の力が欲しかったの?」

メイド姉「いいえ。……むしろ勇者の苦しみを」
勇者「?」

メイド姉「わたしにも背負える荷物があるのではないかと。
 わたしが流せる血があるのではないかと、そう思いました。
 わたし達は、自らの負債を勇者様や当主様に
 押しつけているのではないかって。
 目には見えないから、実感できないから
 罪の意識もなく罪を重ねているのではないかと」

勇者「……」

812 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 19:26:41.78 ID:quxpU4cP

タカタ、タカタ、タカタ、タカタ

メイド姉「当主様も勇者様も優しいから。
 もしかしたら、払いすぎてはしまわないかと。
 それが心配です。
 あの冬の夜、凍り付くような納屋の中で
 別に特別なことでもなんでもないかのように
 わたし達姉妹を救ってくれたように。

   特別なことでもなんでもないことのように、
 世界を救ってしまうかも知れないのが心配です。

   そんなお二人だから、
 それがあんまりにも当たり前のことのように感じてしまって。
 どんなに大事に思っているか、どんなに感謝しているかを
 伝えることも忘れて、当たり前になってしまうのが心配です。

   当主様も勇者様も、血を流すことに馴れすぎているから」

勇者「そんなことは、ないよ」

メイド姉「それを確認したいんです。勇者になって。
 勇者でいると云うことが、どれだけの痛苦を要求されるか。
 どれだけの恐怖を強いられるか」

勇者「……」

メイド姉「膝がガクガクしますよね。
 喉は干上がって、身体は木で出来たかのように
 思い通りに動かないし、
 頭は熱に浮かされたようにぼやけている割に、視界は鮮やかで。
 みんなの不安そうな顔も苦しそうな呟きも
 いやになるほどはっきり聞き取れて。
 手綱を握る手のひらは、汗で滑って。

   滑稽で臆病ですよね、わたし。
 全然向いてないって、よく判ります」

勇者「相当に場慣れして見えたよ」

メイド姉「それはもう。自分のお葬式に参加してる気分で
 生きていますからね。ふふっ」

815 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 19:29:19.10 ID:quxpU4cP

タカタ、タカタ、タカタ、タカタ

メイド姉「止めないで、下さいね」
勇者「……」

メイド姉「チャンスがあるのならば、賭けてみたい。
 わたしはやはり、
 わたし達がそこまで馬鹿だとは思いたくないんです。
 わたし達は自由なのですから。
 縛られたままでいる幸福も、世界にはあるって知っています。
 でも、それでも飛び立ってゆく鳥を留めることが出来ないように
 わたし達は明日を探しに飛び出してゆける。
 本当は誰だって知っているはずなんです」

勇者「うん」

メイド姉「そのために血が必要なら、
 その席を譲るわけにはいきません。
 たとえ相手が勇者様にであっても、当主様にでも。
 その席は、言い出しっぺであるわたしの座るべき場所なんですよ」

勇者「……」

メイド姉「元帥さまだって判ってくれますよ」

勇者「……」

   傭兵弓士「おいっ! 開門都市が見えたぞ!」
   ちび助傭兵「煙が上がっているな」
   貴族子弟「持ちこたえている証拠ですよ」

メイド姉「間に合いましたか」ほっ

勇者「――っ!」 キンッ

   傭兵弓士「え?」
メイド姉「どうしたんですか?」

勇者「なっ。……死? 火薬? 破裂、血、硝煙、破壊」

817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 19:30:57.09 ID:quxpU4cP

貴族子弟「どうしたんです!? なにが?」

勇者「死んだ。何かが……。な、これっ……。
 気持ち悪いぞ、なんだこの真っ黒なのはっ」

   傭兵弓士「黒煙が発生。大規模攻撃か!?」

   ちび助傭兵「斥候に出るっ! 若造、フォローっ」
   若造傭兵「判った、行けっ!」

生き残り傭兵「何が起きているんだ。どうする、代理?」
メイド姉「進みましょう」

勇者「悪いな」
貴族子弟「え?」

勇者「つきあえるのは、ここまでだ」

勇者「“飛行呪”っ! “加速呪”っ! “雷鎧呪”っ!
 術式展開っ、“天翔音速術式”っ!!」

キュゥンっ!

メイド姉「勇者さまっ!」

勇者「縛りプレイだとかそんな事、もう知るかっ。
 俺の目の前で、お前らいったいどれだけっ……。
 やるなって云ってるのにっ。
 なんでお前らはそうなんだ。壊したり、殺したりっ。
 そういうのはさっ!」

 ひゅばっ!

器用な少年「すげぇ、なんだ、それっ」

勇者「いい加減飽きたって云ってるんだよっ!!」

839 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20:15:17.00 ID:quxpU4cP

――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、南部連合軍、丘の上

……オォォン!!
       うおおおっ!!

鉄腕王「なんだっ」
斥候兵「報告申し上げます! 前方遠征軍で大きな動きがありっ」

鉄腕王「見れば判るっ! 詳細をっ」

斥候兵「それは現時点ではっ」

軍人子弟「何か動きがござったな。
 こちらではない、とすると……。
 開門都市防備軍との戦いに何らかの動きが」

鉄国少尉「防壁が破られたのでしょうか」
将官「その可能性はあるな」

冬寂王「いや、前方の陣ぞなえにも変化が」
鉄腕王「なんだと?」

軍人子弟「これは、突撃陣形……」
鉄国少尉「王弟元帥は持久戦を望んでいたのではありませんか?」

女騎士「王弟元帥の望みとは別に、そうせざるを得ないのだろう。
 おそらく、防壁の一部が崩れたのだ。
 前方の遠征軍が市街への侵入を開始した。
 そうなれば、我らは、撤退するか、
 突撃を仕掛けて援軍に向かうかの二択を強いられる。
 あれは、意思表示だ。
 近寄るならば、食らいつき、蹂躙すると云うな」

冬寂王「うむ……」

鉄腕王「仕方あるまい。どだいここまで来て
 一戦も交えぬと云うことに無理があったのだ」

840 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20:16:28.93 ID:quxpU4cP

軍人子弟「鋼盾の準備をさせるでござる」
鉄国少尉「了解しました。……馬車に装甲板を取り付けよ!」

羽妖精侍女「魔王サマ……」

女騎士「何かが、おかしい……」

軍人子弟「どうしたでござるか?」

女騎士「いや、おかしい。違和感がある。ここまで露骨な。
 ……余裕のない動きをする司令官か? 何が起きている?」

冬寂王「何が気になるのだ?」

女騎士「わかりませんが……。
 遠征軍の陣地で、何か大規模な問題が発生していると見えます。
 突破のチャンスなのか、罠なのか……」

冬寂王「チャンスだ」
鉄腕王「気にしたって仕方がねぇ」

鉄国少尉「装甲馬車、第一波準備良しっ!」

将官「――それは?」

軍人子弟「堡塁と車両の両方を兼ね備えた策でござるよ。
 樫で作られた丈夫な馬車を鉄の装甲板で強化したものでござる。
 8輪を持ち、多少の砲撃でも移動可能なうえに、
 その気になれば人力で押してゆくことも出来る。
 この車両20台を弾よけとして押し上げてゆくでござる」

女騎士「ふっ。考えたじゃないか」

軍人子弟「誰一人、死なせたくないでござるからね。
 しかし、それも、騎士師匠が約束を守ってくれていれば、
 の話でござる」

845 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20:22:30.40 ID:quxpU4cP

女騎士「任せて欲しいな。
 ――ライフル部隊! 多少狭いが馬車に乗り込めっ!
 射撃準備をして火薬も持ち込めよっ!」

将官「それは……?」

軍人子弟「あの部隊は、狙撃用の銃兵部隊でござる。
 数は少ないでござるが騎士師匠が鍛えた勇士でござるね。
 その射程距離と攻撃力を生かすためには、
 安心して銃撃が出来る砲座が必要でござる。

   あの馬車は重装甲でござるが、
 銃眼とよばれる小さな窓がついているでござる。
 いわば、移動用の小さな砦といえるでござろう。
 防御に安心が出来るからこそ、
 狙撃などと云うことが可能になるのでござる」

鉄国少尉「こちらの兵を守る砦になりつつ、武器にもなるのです」

女騎士「数が少ない銃兵を生かして、敵の力を発揮させない
 方策というわけだ。この程度の事はさせてもらわないと」

将官「そうかっ。うむ!」

軍人子弟「そして歩兵部隊には、下部の尖った鉄の盾を運ばせる。
 この杭のように尖った部分は、地面にさして即席の壁を
 作り出すことが出来るでござる」

女騎士「この2つで、こちらの陣地は柔軟に運用する」

冬寂王「……やるな」

鉄腕王「よっし! 鉄腕国、遠征部隊っ!
 および南部連合、連合軍!!
 眼前の聖鍵遠征軍後方防御部隊との間に戦端を開くっ
 命を無駄にするなっ! 敵はマスケットだ。
 鉄壁と装甲馬車を弾よけにしろ! 敵に突撃戦力はないか
 あってもごく少数だ! 第一射を撃たせろっ!」

軍人子弟「皆の味方を信じるでござる!
 この盾も車両も、鉄の国の鉄工ギルドが
 総力を挙げて研究したもの!
 マスケットの弾は20歩離れた場所から撃っても
 貫くことは出来ないでござる! 工兵は縦線塹壕の準備!
 急ぐでござるっ!!」

853 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20:42:44.57 ID:quxpU4cP

――聖鍵遠征軍、本陣上空

ひゅばぁぁぁぁああっ!!

勇者「つぐみっ!」
夢魔鶫「御身の側に」

勇者「魔王は!?」

夢魔鶫「判りません。しかし、防壁の一部が破られ、
 聖鍵遠征軍は開門都市内部に侵入した模様」

勇者「こんな事になったら約束も糞も関係あるかぁっ!」

――転移は禁止。上級呪文も禁止。勇者呪文もダメ。
 とにかく、勇者としての力を使ってはいけない。
 それを狙っている相手がいる。
 最後のその時まで、勇者は力を使ってはダメ。
 そうでないと……止められる人がいなくなる。

勇者「知ったことかっ。招嵐っ!!」
夢魔鶫「これは……」

勇者「気象制御だ。あいにくこれだけの広域となると、
 ごっそり魔力使っちまうが。そんなんどうでもいいっ」

夢魔鶫「ですが、御身が」

勇者「温度低下系は苦手なんだ、離れてろ」
夢魔鶫「はい……」

ぱたぱたぱたぱたっ

(……大気中の水分を凝固させる。
 中心だけ冷やすと、雪や霙になってしまうから、
 全体を攪拌してゆく。
 暖かい空気の流れから水を絞り出すイメージが重要)

勇者「雷鳴よ、大気を切り裂き、黒雲を呼べっ。
 全てを包む豪雨をもって結界とせよっ。“招嵐万雨呪”っ!」

857 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20:50:57.31 ID:quxpU4cP

――開門都市近郊、聖鍵遠征軍中枢

地方領主「行けっ! 突撃だぁ!」
小国国王「防壁は崩れたのだ、数で押せ! 攻めこめぇ!!」

光の銃兵「うわぁぁぁ!! 精霊は求めたもうっ!」
光の槍兵「勝った! 勝ったんだ!! 食い物をよこせぇ!!」

カノーネ兵「撃てぇ! 敵は弱っているぞ。撃ちつくせっ!!」

小国国王「団長、構えて乗り遅れまいぞっ!」
小国騎士団長「ははっ!」

小国国王「開門都市が陥落したとなれば、
 その財貨はいかほどになろうか?
 こたびの遠征には多大な費用がかかっているのだ。
 城にいち早く乗り込み、全ての宝物を略奪せよっ」

ドォオォォン!! ドォォオン!!

地方領主「進め! 進めぇ! 今回の遠征第一の功は我らのものだ!
 王弟元帥閣下と大主教猊下に覚えて頂くためにも、農奴どもよ!
 死にものぐるいで進め!
 死体なぞ放っておけ、そいつらは犬の餌にもなりはせぬ!
 進んで進んで、火薬の尽きるまで魔族どもを撃ち殺すのだっ!!」

ドォオォォン!! ドォォオン!!
   ゴォォォォン! ズドォォーン!!

農奴槍兵「もう、ダメだ……。俺は我慢できないっ」
農奴突撃兵「なっ。どうするつもりなんだよ?」

農奴槍兵「このどさくさに紛れて、領主様の糧食を盗むんだ」
農奴突撃兵「えっ!?」
農奴歩兵 ごくり

農奴槍兵「領主様だけは毎日肉やミルクやパンをどっさり
 食っている。俺たちから巻き上げた食料でだ。
 王弟元帥閣下が奪ってきてくれた食料を奴らは俺たちから
 取り上げて、これ見よがしに浪費しているんだ」

859 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20:52:48.98 ID:quxpU4cP

農奴突撃兵「そ、それは、反乱っじゃ……」ごくり
農奴歩兵「おい、い、いいのかっ」

農奴槍兵「反乱なんかじゃない。
 だってこのままじゃ、俺らは突っ込まされて、
 結局は戦いで死ぬだけじゃないか。
 死ぬくらいなら、最後にパンを食って死にたい……」

農奴突撃兵「……」

ドォオォォン!! ドォォオン!!

農奴槍兵「それに、いま領主の騎馬部隊は
 開門都市に突撃をしていて、食料をたっぷり詰め込んだ
 天幕も馬車も、見張りを数人置いているだけだ。
 これは反乱なんかじゃない。
 褒美を前払いしてもらいたいだけなんだ」

農奴突撃兵「う、うん」

ドォオォォン!! ドォォオン!!

農奴歩兵「そうだ。食料を奪って配ろうじゃないか」

農奴突撃兵「えっ!?」

農奴歩兵「だって、開門都市はもう陥落するんだろう?
 そうすれば、食料だってどっさり手に入るはずだ。
 だとすれば、俺たち兵士が少しくらい食ったって
 問題ないじゃないか。
 どうせ俺たちだけじゃない。みんなだって腹が減っているんだ」

農奴槍兵「そうだなっ。精霊様だってお許しになるはずだ」

農奴突撃兵「奪って、食料をばらまきながら軍の反対側に抜けよう」

農奴歩兵「そうだな。それなら他の奴らにも、声を掛けないと」

866 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 21:25:08.46 ID:quxpU4cP

――開門都市近郊、聖鍵遠征軍本陣内、豪奢な天幕

ちゅぷ、くちゃぁ。ころり、ころり。

大主教「……動いた」
従軍大司祭「は?」

大主教「至急、司祭を集めよ。全てのだ。
 かねてから用意させていた祈祷を行なわせる」

従軍大司祭「対黒騎士の、ですか?」

大主教「急がせよ」

従軍大司祭「は、はいっ! ただいま!」

大主教「司祭よ」

見習い司祭「はっ、はいっ!」

大主教「天幕の布を二重に。雨が降る」

見習い司祭「え? 今日も良い天気ですけれど」

大主教「いいや、降るのだ」

ちゅぷ、くちゃぁ。

見習い司祭「は、はいっ。そ、そ、それは?」 がくがくがく

大主教「精霊の光を見せてくれる、わしの眼だ。
 口蓋は脳と通じる髄液を出すという。
 舌の上でころがす度に、
 我が心は清澄なる恩恵の光で満たされるだよ。
 くっくっくっ。ふぅっふっふっふ」

見習い司祭「す、す、すっ。すみませんっ」

大主教「やはり、これだけの“死”に我慢しきれずに
 誘われいでたか。……黒騎士よ。
 魔王の首で門を開けることになるかと思ったが、
 もはやどちらでも構わぬ。
 いや、“勇者”であればさらに都合がよい。
 その力も我が使いこなして見せよう。
 必ずや捕縛祈祷で捉え……その力の全てを奪い取るのだ」

871 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 21:31:35.37 ID:quxpU4cP

――聖鍵遠征軍、本陣上空

ゴォォォオオオオ!!

勇者「気圧低下……。こっから冷却して……っ」

ゴォォォオオオオ!!

勇者「招雨っ!! 来たれぇ!!」

ザアァァァァアア!!!

勇者「よっしゃ。――んじゃま、今度は落雷でもサービスすっか」

勇者(……当てたくはないな。適当な鐘楼とか、地面とかにでも)

ビギィン!!

勇者「なっ。んだ……これっ」

ギリギリギリっ

勇者「力が……。吸われ……っ」

夢魔鶫「主上っ!! 主上っ!」

勇者「逃げろ、つぐみ……」

夢魔鶫「主上っ。このままでは落下してしまいますっ。
 飛行を、魔力をっ!! このままでは、嵐に巻き込まれてっ」

ギリギリギリっ

勇者「……だめ、っぽ。……うっわぁ、二回目。
 かっこわる……。痛いなんて……もんじゃ……」

夢魔鶫「主上~っ!!」

勇者「……魔王。……だって……こんな……」

874 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 21:35:54.77 ID:quxpU4cP

――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、後方戦線

軍人子弟「急げ! まだ馬が使えるっ」

ザッザッザッ

鉄国少尉「まだマスケットは届かないぞ!
 落ち着いて作業と進軍を進めろっ!」

女騎士「マスケットの射程ぎりぎりまで装甲馬車を進めよう」

軍人子弟「了解したでござる」

鉄国少尉「馬車と馬車の間は五十歩の間隔を守れ。
 前線に到着したら鉄盾の配置を忘れるな!
 命を守る盾だぞっ」

ザッザッザッ

将官「医療部隊の配置完了」

女騎士「……」

鉄腕王「どうしたい? 騎士将軍」

軍人子弟「まだなにか?」

女騎士「いや。なんでもない。ただ……」

軍人子弟「?」

女騎士「胸の奥がざわざわするんだ」

ゴゥゥン!!

878 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 21:40:51.64 ID:quxpU4cP

伝令兵「前線接触!! 遠征軍のマスケット銃撃が始まりました!
 しかしまだ遠距離なことと我がほうの装備もあり、実質被害無し」

軍人子弟「威嚇でござる! 進め!
 いまのうちに有利な位置を取るのでござる!」

  冬寂王「はじまるな」
  鉄腕王「ああ。大丈夫だ。あの男は、人一倍小心者だ。
   だから勝つためならこすっからいことでもやる」

  冬寂王「ずいぶん褒めるではないか」
  鉄腕王「女に弱いところ位だな。ダメなのは」
  冬寂王「はっはっはっ。貴君と一緒だな」

ゴォォン! ドオッォン!

軍人子弟「よしっ。車止めにて固定っ! 合図を」
女騎士「……」

軍人子弟「宜しいですか、騎士師匠」
女騎士「ん。ああ。すまない」

軍人子弟「……師匠っ」
女騎士「なんだ?」

軍人子弟「采配をよこすでござるよ」
女騎士「え?」

軍人子弟「……大丈夫でござる。ここは任されたでござる」
女騎士「子弟……」

軍人子弟「今は駆け出す時でござるよ。
 心配で心配でたまらぬのでござろう?
 今ならば騎士団を都市の反対側に迂回させることも
 不可能ではござらん。ここはいいでござる。騎士師匠」

女騎士 こくり

軍人子弟「ご武運をっ!」びしっ

女騎士「感謝するぞ! 我が弟子よっ!」ばっ
 「お前は、まだまだだっ。終わったらまたしごいてやるから
  死んだりしては駄目だからなっ」

軍人子弟「それはお互い様でござるよ。
 ……街を人々を頼むでござるっ。そして再びっ」

892 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22:16:29.57 ID:quxpU4cP

――5年前、魔界の小さな村

ガチャリ

勇者「……」

きしり、きしり……

かちゃり

勇者 そぉっ

執事「……こんな夜更けに、どちらに夜這いですかな~」

勇者「ちょ。爺さん、なんてことをっ」びしっ
執事「もがっ。もがっ。こ、呼吸がっ。げふっげふっ」

勇者「あ、ごめん」
執事「危うく殺されてしまうところでしたぞっ!」

勇者「良いじゃないか、もう十分生きただろう?」
執事「さっぱりした顔をして鬼も顔負けな恫喝台詞をっ!?」

勇者「あ、いや。すまん。悪気はないんだ」
執事「一般会話へたくそですからね。勇者は。童貞ですから」

勇者「童貞で悪いか」
執事「いえいえ、にょっほっほ。……さてはぱふぱふに?
 こんな小さな村にはぱふぱふ酒場もありませんぞ」

勇者「えっと、ちょっと、星を見に」
執事「ほしぃぃぃ?」じとー

勇者「いや、すんません。嘘つきました」
執事「判れば宜しい。さ、庭にでも出ましょうか」

893 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22:25:32.97 ID:quxpU4cP

執事「……良い風ですな。確かに星も綺麗だ」
勇者「そうだな。綺麗だ……」

そよそよそよ……

勇者「……」
執事「……」

勇者「んじゃ」
執事「……」

勇者「えっと、さ」
執事「ええ」

勇者「行くよ」しゅたっ
執事「はい」

勇者「止めないのか」
執事「止めて良いのか、考えているのです」

勇者「……」

執事「わたし達は、あなたに科せられた枷のようなものですから。
 あなたにとっては、やはり重荷なのか、
 窮屈なのかとも考えます。
 そもそも……この際ですから聞いてしまいますが
 あなたが世界を救う理由は、無いような気さえする」

勇者「……」

執事「聞いて良ければ。……どうしてですか?」

勇者「他にやること無いからだよ」
執事「……」

勇者「だってそうじゃん。魔法使えるし、剣技も使えるけれどさ。
 こんな化け物、学院でも騎士団でも雇ってくれないよ。
 どこに行っても歓迎されるけれど、
 ずっと住んでくれなんて云う村も町もなかっただろう?
 “有り難いには有り難いけれど、
 ずーっといられても困っちゃうのよね~”とか。
 勇者って、そういう感じじゃん?」

897 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22:38:38.56 ID:quxpU4cP

勇者「おれ、頭悪いから、よく分かんないだけどさ。
 ――多分、おれ人間じゃないんだ。
 だって人間は俺に優しくはないもの。
 でも人間じゃなかったらなんだろうって考えると、
 俺ってやっぱり勇者なんだよね。
 しかたない。
 人間に生まれたこと無いから、なんで嫌われるかは
 よく判らないんだけどさ」

執事「……」

勇者「弱いってさ。弱くて一杯いるってさ。
 すげー暴力的だよ。
 弱い奴らが不幸になると、
 それが真実かどうかなんてお構いなしに
 近場にいる強いやつを一斉に指さして、お前が悪だって言うんだ。
 そんでもってそれに抗議をすると、
 “ほら、やっぱり私たちを責めるんだ! こいつは悪だ!”
 って大喜びしてさ。そう言うのってすごい暴力的だ。
 そういう意味では、俺はたしかに、救う理由なんて無いけどさ」

執事「……はい」

勇者「でもさー、やっぱりさー」
執事「……」

勇者「全部を嫌いになるのは、無理」 にかっ
執事「……」

勇者「だって、みんな健気なんだもん。優しいし、温かいしさ。
 ただ、そういうのが、俺に向かってないってだけでさ。
 基本的に人間は良いやつばっかりだ。
 じいちゃんが、最後には帳尻があったって言ってたけれど
 幸せだけなんてないんだよな。
 たぶん、帳尻が合うだけ。
 全てはモザイク模様で、白と黒とのコントラスト。
 白だけとか、黒だけとか、そういう手に入れ方は出来ないんだな。
 たぶん“全部もらう”か“全部要らない”かしか
 選べないセットメニューなんだよ。
 ……だから、俺がどんなに辛くても、
 誰かにとっては大事なこの世界は、壊しちゃいけない」

898 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22:41:16.74 ID:quxpU4cP

執事「勇者……」

勇者「爺さんとか、あの二人と一緒にいるとさぁ」
執事「……」

勇者「なんか、人間みたいな気分で、楽しいわけだ」てへっ
執事「……」

勇者「だから倒してきてやるよ。魔王を。
 それくらいの幸せは、受け取った」

執事「……」

勇者「それにさ。やっぱ、もてたい訳よ」
執事「そう、ですか……」

勇者「童貞だから」
執事「童貞ですからね」

勇者「期待しちゃう訳よ」
執事「そりゃしますな。期待こそ青春ですから」

勇者「だから」
執事「?」

勇者「そのうち、なんつーか。ほらよ、なんつーかな!」
執事「はい」

勇者「“わたしのものになってくれ”なんて云ってくれる人が
 ……俺にだって現われるかも知れないじゃん?
 魔物殺すのと都市壊すのくらいしかできないけどさ。
 俺は人間じゃないから、仲間はずれだけどさ。
 そんなのは、俺のセットメニューに
 入ってないなんて判ってるんだけれどさ。
 そう言うこと云ってもらえるのは、人間なんだろうなって。
 ――でも、
 そういうの、期待しちゃうんだよ。馬鹿だから」

911 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:17:20.66 ID:quxpU4cP

――開門都市近郊、聖鍵遠征軍本陣内、豪奢な天幕

ザザザアアアーーーー!!
  ゴゥゥン! ゴロゴロゴロゴロ

大主教「落ちたな」
従軍大司祭「は?」

大主教「黒騎士が落ちた。……勇者と呼ばれていた男だ」
従軍大司祭「勇者が!?」

大主教「勇者は光の精霊を裏切ったのだ。その証拠に精霊の
 祈りの力を受けて身動きも叶わなくなり、地に落ちたではないか」

従軍大司祭「そ、そんな」

大主教「騎士団よ」

百合騎士隊員「はっ! 猊下」

ちゅぷ、くちゃぁ。
 ――ころり、ころり。

大主教「勇者は激しい雨と落雷を呼び寄せたが、
 祈りの結界に閉じ込められて戦場に落ちた。
 その能力は、祈りの続く限り、腕の立つ騎士の一人と大差ない。
 聖なる祈願を込めたマスケットと百合騎士隊で
 捉えることが出来るだろう。
 良いか、必ずや捉えろ。
 むしろ、殺してしまえ。
 ただしその首は持ち帰るのだ……」

従軍大司祭「まさか勇者が……」

ザザザアアアーーーー!!
  ゴゥゥン! ゴロゴロゴロゴロ

912 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:19:13.90 ID:quxpU4cP

大主教「勇者はもはや闇に堕ちたのだ。
 漆黒の鎧をまとい、魔族に味方をし
 精霊の遠征軍に雷の刃を向けたのが、その証し……。
 教会は、精霊の御名により、彼の者に異端の烙印を押す」

従軍大司祭「お、御命をうけたまわりましてございます」
百合騎士隊員「ははぁっ」

 ふわり

大主教「行けっ。すぐさま伝えよ」

 執事「そうはいきません」
  ひゅばっ! キィン!

大主教「行け」
従軍大司祭「はっ、はいっ」

 ダッダッダッ!!

大主教「そなたは……。見覚えがある。聖王国の」
執事「勇者の仲間です」

大主教「背教者め」
執事「その黒い呪力。……魔王になりましたなっ」

 ひゅん! ひゅわんっ! ビキィッ!

執事「その魔力っ。防御力っ。大主教ともあろうものがっ!」

ちゅぷ、くちゃぁ。
 ――ころり、ころり。

大主教 にまぁ

執事「……っ!? それは、刻印王のっ!?」

915 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:24:06.52 ID:quxpU4cP

大主教「われは人間だ。
 徹頭徹尾、ただの、無力な、か弱い人間だよ。
 はぁっはっはっは」

執事「偽るおつもりかっ! あなたが黒い意志ではないですかっ!?」

ガギンっ! ヒュドンッ! キン、キィン!

大主教「見えない魔弾か。造作もない」
執事「人間に弾けるはずもないっ」

大主教「人間に撃てるものは、みな人間に防げるのだ」
執事「その力は、魔王の力だっ」

キュン、キィン!

大主教「だが我は人間だ。この眼球を我が眼窩に移植をすると?
 それは。くっくっく。
 確かに魔王の資格も得るだろうが、
 それでは“勇者の敵”になってしまう」

執事「……っ!?」

大主教「勇者は強い。魔王が弱いこの時代において、
 その力は、世界でもっとも強大なもの。
 それが赦せぬ。
 この世界は人間のものなのだ! あのような超人の闊歩する
 箱庭ではない、我らが、この世界の王なのだっ!
 くっくっくっく。はぁーっはっはっは!
 何が悪い!? 人間が人間のまま、魔王を! 勇者を!
 あやつら人外どもを越えて何が悪いというのだ!」

執事「だとしたら同じ人間としてあなたを
 生かしておくわけにはいきませんぞっ!」

ギィン!

大主教「“鉄甲祈祷”、“魔盾祈祷”、“光輪祈祷”っ」
執事「……っ! おされるっ!?」

大主教「たかが弓兵ごときが、我にかなうと思っているのか。
 勇者は光の縛鎖にて――“人間の悪意”にて縛った。
 もはや我を越える力を持つ者は、この世界にはいない」

執事「っ!?」

大主教「次は、『聖骸』を。そして世界は真の平和を得るのだ」

926 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:41:53.21 ID:quxpU4cP

――地下城塞基底部、地底湖

ブゥウンッ!

メイド長「今の映像は……」
女魔法使い「……遠隔視の術式」

メイド長「あれは、あの男はなんなのですかっ!」
女魔法使い「……」

メイド長「あのような人間など。
 なぜ今まで隠していたんですかっ。女魔法使い様」
 ゆさゆさっ

女魔法使い「汚点」

メイド長「え?」

女魔法使い「……一族の、ミス」

メイド長「とは……?」

女魔法使い「……遙か昔、1400年前に人間世界へと出た図書館族。
 その、子孫。末裔。……それが、あれ」

メイド長「そんな、図書館……わたし達の、一族?」

女魔法使い「……存在の可能性は認識していた。
 幾つかの事象から、その実在が高い確率で想定できた。
 でも、正確に誰がそうなのか判ったのは、今が最初」

メイド長「そんな……」

女魔法使い「あれが、魔王と勇者がやろうとしていることの、
 もう一つの側面。眼をそらしては、いけない」

930 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/13(火) 23:47:22.82 ID:quxpU4cP

メイド長「……」

女魔法使い「……人々を善導する意志が、歪み、腐り、淀む。
 善意はやがて支配へとすり替わる。
 全ての革命の行き着く先。その、なれの果て。
 魔王と勇者が産もうとしているのは、あれかもしれない」

メイド長「だからといって、歩みを止めるわけにはいかない。
 それは死です。全てが腐敗するとしても、だからといって
 腐敗するために生きるわけではない」

女魔法使い「……」

メイド長「違いますか?」

女魔法使い「……“仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明”」

メイド長「なんですか、それは」

女魔法使い「……明滅している現象だけが、生だと。
 永遠の光も、永遠の闇も。永遠という意味では透過。
 永遠は死。なぜならそこに時間の経過はないのだから。
 明滅だけが永遠ではない。永遠でないと云うことは、
 つまり、明滅の許容」

メイド長「わかりません。そんなことは。
 ――それより、まおー様は!? 勇者様はっ!?」

女魔法使い「魔王は死地に向かっている。勇者は死にかけている」

メイド長「何をしているんですかっ。お助けしなくては」くるっ
女魔法使い「いかせないっ」 がしっ

メイド長「っ!」

女魔法使い「勇者は、全部を掛けると云ったっ。
 何でも払うと云ったんだ。だから、行かせない。
 あなたは回路を調査する。わたしはそれを修理する。
 それが役目。絶対だ。
 ……いいか? 最初から不可能だったんだ。
 可能性はゼロだ。今さら、魔王が死のうが、勇者が死のうが、
 ゼロはゼロ以下にならないっ。
 それでもっ」

934 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:51:15.48 ID:quxpU4cP

女魔法使い「あの二人は微笑みさえ浮かべて即答した。
 それでも構わないから、賭けると即答した。
 だったら生き延びる。いや、死んでいたって生き返る。

   二人が生きていたってそれだけ駄目なんだ。
 最初から不可能だった。
 この開門都市全てが、生け贄の祭壇。
 勇者か魔王の魔力全てを注ぎ込み、その命を絶つことによって
 起動する、天空への架け橋。『天塔』。
 片方の死を持って残り一人を『終幕』へと導く崩壊装置。
 『ようせいのふえ』にて封印されたと
 古の歌は語る伝説の中の幻の塔だ。

   それでもあの二人は、その『終幕』を拒絶するつもりなんだ」

メイド長「そんなっ」

女魔法使い「最初から奇跡の五つや六つ揃わないと
 駄目な賭けだったんだ。だからわたしはここを動かない。

   いいか? 勇者はわたしに奇跡を望んだ。
 奇跡を、望んだんだ。
 “お前なら出来る”ってなぁ!
 だからメイド長、あなたも逃亡は許さないっ。

   この世界には奇跡が溢れている。
 あの二人がそう言ったのだからわたしは信じる。
 たとえ、それがどのような荒唐無稽な話であっても。
 だからあなたにも信じてもらう。
 わたし達の知らない、どこかの奇跡があの二人を救うことをっ」

メイド長「まおー様が、そんなことを?」
女魔法使い「云ったさ」

メイド長「判りました。――宜しいでしょう」
女魔法使い「……」

メイド長「まおー様が言うのならば、そうなんでしょう。
 奇跡なんて信じないで奇跡みたいな冗談を言う人ですからね。
 冗談は胸だけにして欲しいと云ったら、
 冗談を言ってるつもりはないなんて云うほどの人です」

女魔法使い「……」

メイド長「まおー様を信じましょう。それが必要なのならば。
 わたしはあの人のメイド。主人を助けるための無限の力です」

941 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 00:05:11.60 ID:NoxjAlgP

――開門都市、戦乱の市街

ヒュルルルル……
 グシャァァッツ!!

勇者「っ!!」
夢魔鶫「主上っ。主上……お気を確かに」

勇者「っぁく。な……んだ、この痛みは」
夢魔鶫「おそらく、体力低下の呪詛かと」

勇者「……っく」
夢魔鶫「動いては駄目です。“小回復術”」

ザァァァーザザザー

勇者「どこだ、ここは……」
夢魔鶫「おそらく開門都市の市街部かと」

勇者「周辺の偵察を」
夢魔鶫「しかし……」

勇者「行け」
夢魔鶫「はっ」

パタパタパタっ

勇者(っく! 雨が……。それでも雨だけは降ったか)

ドォオォォン!! ドォォオン!!
 キィン! ガキィン! おおおお、精霊は求めたもうっ

勇者「近いな……」

943 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/14(水) 00:10:50.64 ID:NoxjAlgP

夢魔鶫「主上、どうやら一街区先では、激しい戦闘が」

勇者「マスケットはどうだ?」

夢魔鶫「そろそろ、火薬が湿り、火も消えて使い物には
 ならなくなった模様ですが……」

勇者「?」

夢魔鶫「いかんせん、外の遠征軍の数が多すぎます。
 都市防衛軍は良く防いでいますが、この豪雨では
 マスケットももちろんですが、弓矢も殆ど役には立たず
 援護のない大通りでの白兵戦、しかも乱戦状態となっています」

勇者「行って援護をしてくれ」
夢魔鶫「しかし」

勇者「いいからっ」
夢魔鶫「……御命、承りました」

ぱたぱたぱたっ

勇者「……っ」

勇者(こりゃ、ちっと動けないな……。しばらく休憩しないと)

 キィン! ガキィン! 押せ! 引くな!
  ドゴォン! この都市には一歩たりとも入らせんっ!

勇者(魔王は、無事なんだろうな……)

勇者(再生が始まらない。出血制御も組織封鎖もままならない……、
 なんだこれ、毒……なのか?
 いや、でも解毒酵素も動かないぞ。身体が重い。
 神経の伝達速度が二桁も落ちてる……)

勇者「ってな。これっくれぇ、なんだってんだ」 ズキィッ

ぼたっぼたっ……

勇者「これくらい……血が……」

ぐしゃっ

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