魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」5

8 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/09/13(日) 18:18:24.27 ID:6HXLExsP

――開門都市、自治議会、執務室

東の砦将「こいつぁ……。本当なのか?」
副官「はい」
魔族娘「……あの、ほ、ほ……。本当なんです」

東の砦将「……っ」ぎりりっ

副官「三日ほど前からゲート方向へと移動する
 蒼魔族の部隊も目撃されています。規模は不明なれど
 1000以下ということはないかと」

東の砦将「警告を送ることも出来ないのか」だむんっ

魔族娘「ひっ。す、す、すみませんっ」

東の砦将「いや、すまん。気が立っちまった」

副官「……」

東の砦将「問題はこの手紙の主か……」
副官「はい」

「――魔族に敵対をしていた南部諸王国三ヶ国は
 中央の国家連合と戦争を行う事になった。
 南部諸王国三ヶ国は目下防御が弱体化しており、
 海岸部、および首都の後背は丸裸同然。
 領土を増やし民を“黄金の太陽の大地”へ導くのには
 絶好の好機かと、ご報告申し上げる」

9 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/09/13(日) 18:20:33.52 ID:6HXLExsP

東の砦将「こいつぁよ」
副官「はい」

東の砦将「人間だよな。ああ、人間だよ。
 俺には判る、間違いないね。人間だ。
 この手紙からは、人間くさい匂いが、腐った人間の放つ
 あのいやーな匂いがぷんぷんしやがる」

副官「……」

東の砦将「嬢ちゃん、そいつはどんなやつだったんだい?」

魔族娘「あの。わたしも見ただけで……。
 その手紙は……掏摸の子供から、買ったんです。
 で、でも……。  その商人は、たしかに蒼魔族の人と会ってました……。
 えっと、背は副官さんくらいで……。
 でも、横幅は、細くて、フードかぶっていて……。
 なんか、その……呼吸音が、変で」

東の砦将「変?」

魔族娘「漏れるような……蛇みたいな……」

東の砦将「喉の裂傷か、病か?」

副官「手配しましょう」

東の砦将「もう街に残っちゃ居ないと思うが、そうしてくれ。
 魔族も人間もかまわずチェックだ。
 くそっ。いったい何がどうなってるんだ。
 これ以上ドンパチ続けてどうなるってんだ!」

15 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/13(日) 18:37:49.43 ID:6HXLExsP

――地下世界への旅

 ヒュバァァァァァ!!

勇者「……魔界?」

「……魔界じゃない。地下世界」

勇者「地面の下に、魔界があったのか!?」

「そう」

勇者「……っ」

「……そもそも転移呪文は、瞬間移動呪文。
 ……次元跳躍呪文では、無い」

 ガクンッ! ガクンッ!
勇者「うわぁっ!?」

「高度を低く」

勇者「何でだよっ」

「地下には引力がない。斥力が代替している」

勇者「引力? 斥力?」

17 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/13(日) 18:41:03.76 ID:6HXLExsP

「……引力は、大地がものを引く力。この力で、物は落ちる。
 斥力は、物を押す力。地下世界では、碧太陽が斥力で
 万物を地面に押さえている。
 ……押さえないと、浮き上がるかもしれない」

勇者「なんで飛行呪が不調になるんだ? 関係があるのか?」

「……地下世界では、碧太陽に近づくほど斥力が強くなる。
 高く飛ぶことは不可能」

勇者「本当なのかよ」

「本当」

勇者「……訳がわからない」

「判るべき」

勇者「なんでっ?」

「いまは魔王が大事」

勇者「何処にいるんだ? あいつはっ。どうなってるんだ」

「“魔王”になりかけている」

勇者「判らないよっ」

「魔王城、その地下深く」

20 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 18:43:28.39 ID:6HXLExsP

勇者「判った!!」

 ヒュバァァァァァ!!

「……魔王の代わりは」ザリッ!「……わたしがする」

勇者「は? なんか変な音がしたぞっ」
「通信の、距離限界。……人間界の援護は、わたしがする」

勇者「出来るのか?」

「……まかせてちょんまげ」
勇者「……」

「……おまかせくださいこのくそ童貞」
勇者「……」

「……」

勇者「わ、わかった。深くは聞かない。頼んだ」

「了解」

勇者「あのさ」

「……」

勇者「来てくれて、ありがとうな。……すげー助かった」

「……いってきて」 ザリザリッ! 「まってる」

22 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 18:45:06.67 ID:6HXLExsP

 ヒュバァァァァァ!!

勇者「ここかっ。警備兵どもは居るのか? まぁいいさ。
 強行突破だ、このまま行くっ。……“加速呪”っ!」

 キュイィーンッ!

勇者「……魔法使い、おい」

勇者「……おいっ」

勇者「流石に通信限界か。
 ――誰もいないな。
 最下層、目指すぜ。たしか、こっちへ……」

 キュイィーンッ!

勇者「宝物庫を抜けて、回廊を抜けて……三層……」

 ドカッ! ガシャン!

勇者「あとで壊したの謝るからなっ! 五層っ!」

 ガチャン! キュイィーンッ!

勇者「七層っ! なっ、なんだっ!?」

 オオオーン!
  オオオオーン!

勇者「どす黒い……。こんな魔素、はじめてだぞっ。
 魔王……なのかっ。こんなに戦闘能力があるのかっ」

27 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:01:36.12 ID:6HXLExsP

――大陸草原、雪の集合地

女騎士「揃ったようか?」
将官「はい、中央征伐軍、どうやら予定数をそろえたようです。
 中央の天幕に主だった貴族、領主が集合。全体軍議を始めました」

女騎士「総数は?」
将官「総数四万近いですね。うち、兵力は二万八千です。
 そのほかは非戦闘要員と見えます。うち騎馬兵力は九千。
 全て望遠鏡部隊により目視確認」

冬国兵士 ごくりっ

女騎士「気にするな。喧嘩にならなければ
 数が多かろうが少なかろうが関係ない。
 いや、少ない方が財布に優しい分、勝ちだ」

冬国兵士「はっ、ははは、はいっ。姫騎士将軍の仰せのままにっ」

女騎士「で、今日の付け届けは?」
将官「はい。氷酒30樽、猪三頭、豚六頭を手配しておきました」

女騎士「ん。それで今晩も宴会だろうな」
将官「はぁ」

女騎士「自信なさそうだな」
将官「いえ。カツアゲされてる気分がちょっぴりわかったり」

女騎士「考えたらダメだ。考えない方が強いんだ」えへん
将官「それはそれでどうかなぁ」

28 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:03:14.49 ID:6HXLExsP

女騎士「次は飼い葉だな」
将官「飼い葉、ですか?」

女騎士「ああ、あれだけの馬が居るとなれば、
 大量の飼料が必要だろう?
 エン麦やカラス麦、干し草なのだろうな。
 もちろん馬車でそれらを輸送してきた領主もいるだろうが
 大半の領主は現地で買い上げるつもりだろう。
 金貨の方が持ち運びやすいのは明らかだ」

将官「はぁ」

女騎士「付近の農家に根回しを続けろ。
 今度はもうちょっと広範囲に広げるつもりがあるな。
 商人風を装え。軍が来ているから、干し草を持っていないと
 嫌がらせをされるかもしれない、と、それとなく云うんだ。
 このあたりの農家は、三ヶ国同盟には同情的だ。
 用意してきた干し草やカラス麦を買って貰え。
 場合によっては、同情した態度で無料で分け与えても良い」

将官「どんな意味があるんです?」

女騎士「ああ。持ってきた飼料は腐り水を吸わせてあるんだ。
 もちろん、馬が死ぬような物じゃない。
 ただ体調は崩すだろうな」

29 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:04:56.20 ID:6HXLExsP

女騎士「馬の体調が崩れれば、開戦日の指定が困難になる。
 もし会戦したとしても、突撃力が明らかに鈍る。
 騎士の取る戦術ではないが、今回は許して貰おう」

将官「なんで飼料にしたんですか?」

女騎士「人間の口に入る物であれば、毒味もするだろうし、
 毒物の選定にも気を遣わざるを得ないだろう?
 そこへ行くと、馬の飼い葉を毒味するやつなんていやしない。
 馬にはちょっぴり可哀想だけどな。
 戦争になれば、死ぬ馬も沢山出てしまう。
 その件で許してもらえれば良いな」

将官「それはまぁ、流れ矢に当たった馬なんて
 息絶えるまで血の泡を吹いて半日以上苦しんでいたり
 軍人のわたしでさえ沈んだ気分になりますからね」

女騎士「よし、指示を伝えてきてくれ」
冬国兵士「はいっ」

将官「これで、数日は稼げますかね」

女騎士「粘るしかないな」
将官「次の手は?」

女騎士「まだ三つ四つは考えているのだが」
将官「ほう?」

女騎士「敵陣の前で熊と素手で戦ってみせるとか?」
将官「それだけは勘弁してくださいっ。イメージが壊れます」

41 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:34:29.89 ID:6HXLExsP

――冬の王宮、謁見の間

女魔法使い「……くぴぃ」

女魔法使い「……すぅぅ……すぅぅ」

冬寂王「……」

女魔法使い「……んぅ。……くぴぃ」

冬寂王「あれは一応玉座だぞ?」
商人子弟「ええ」

従僕「変な女の子……」

女魔法使い「くふぅ……」くてん

冬寂王「我が王座に何でかような少女が寝込んでいるのだ」
商人子弟「さぁ……」

従僕「……」そぉっ つんつん

女魔法使い がぷっ

従僕「っ!?」びくっ

冬寂王「危険な刺客かもしれんっ」
商人子弟「……」こくり

42 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:36:05.88 ID:6HXLExsP

女魔法使い「っ!」 もそもそ
冬寂王「ぬっ」

女魔法使い「くかぁ……。んにゃむにゃ」 しーん

冬寂王「……」

かちゃ

執事「若。お茶が入りましたぞ。気を取り直して
 書類などあああっっ~!?」

冬寂王「爺、どうしたのだ?」

執事「ま、魔法使いっ。ぬし、いままで何処にっ!」がしっ

女魔法使い「……」ぼへぇ

執事「どこにいってたんですかっ。
 勇者も女騎士もさんざんに心配していたんですよっ。
 多量のよだれを流している場合ではありませんぞっ」

女魔法使い「……ねていた」

執事「あなたって人はまったく。まぁ、勇者が居ないので
 いまはまだ正常のようですね」

45 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:38:12.28 ID:6HXLExsP

――冬の王宮、謁見の間

執事「紹介しましょう。彼女がかつての勇者の仲間、
 3人のうち1人。女魔法使いです」

女魔法使い こくり

執事「この状態の時は安全です」

女魔法使い ぼやぁ

冬寂王「この方も伝説の英雄なのか?」
商人子弟「まさかぁ」

執事「そのとおり。彼女こそパーティーの広域殲滅担当。
 108の呪文を修めかつては“出来の悪い悪夢”“昼寝魔道士”
 と呼ばれた最強の魔法使いです」

女魔法使い「……わたしは“ごきげん殺人事件”っていうのが好き」

冬寂王(小声で)「間合いが取りずらいお嬢さんだな」
商人子弟(小声で)「僕も感じてました」

執事「いや、この娘、やる時にはやり過ぎてしまう娘ですぞ」

冬寂王「……あまり決まってないような印象だな」
商人子弟「凄さが判りずらい感じですね」

48 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:40:20.16 ID:6HXLExsP

女魔法使い「……寝る」
執事「いま寝られると困ります。勇者とは会ったんですか」

女魔法使い「会った」
執事「勇者は?」

女魔法使い「魔界と呼ばれていた場所へ向かった」
冬寂王「……やはり、そうか」

商人子弟「こちらはわたし達だけで持たさなければなりませんね」

執事「それで、勇者は何か? 何を知っておるんですか」

女魔法使い「まお……紅の学士から指示を預かってきてる」
冬寂王「っ!?」

商人子弟「学士様とお知り合いなのですかっ?」
執事「旅に出ていると聞きましたが……」

冬寂王「して、どのような?」

女魔法使い「……おしえない」

冬寂王「なにゆえだっ」
執事「学士様とは知り合いなのですか?」

女魔法使い「……学士は、ゆるいところがあるので。
 胸とは言わない。胸はゆるいというより、たぷたぷ。
 それから、わたしと学士は、同じ一族。親戚。姉妹?」

冬寂王「ご親戚だったのか」

50 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:42:22.49 ID:6HXLExsP

女魔法使い「……それに」
執事「それに?」

女魔法使い「……すぅ」
執事「おきてくださいっ」がくがくっ

女魔法使い「……学士は、こちらの状況を、知らない。
 戦争になっていると、思っていなかった。
 ……だから、指示は、かなり。無駄」

冬寂王「そうか……。そういえばそうだったな……」

女魔法使い「……でも、手を打つ」

商人子弟「どんなです?」

女魔法使い「……偶蹄目の動物である家畜を用いて
 その危険性を弱毒化により減少させたウイルスを、
 意図的に患者に罹患させることにより、
 ……近縁種への排他的抵抗性、すなわち免疫を獲得させる治療法、
 およびその一般への啓蒙と頒布、接種体制を確立させる」

冬寂王「?」
商人子弟「……えーっと、判ったか?」

従僕「さっぱり判りませんー」 うるうる

女魔法使い「……」ぽけぇ

冬寂王「もうちょっと判りやすく頼めるだろうか?」

女魔法使い「天然痘の予防体制を成立させる」

52 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:48:48.44 ID:6HXLExsP

冬寂王「っ!?」
商人子弟「何を仰っているのか、判っているんですか!?」

執事「天然痘と云えば……。この大陸の悪夢ですぞ!?
 年間100万人とも、300万人ともいわれる死者を出す……。
 全身に広がった疱瘡や膿、かさぶたは
 たとえ治癒したとしても、一生その傷跡を残す悪魔の病気。
 罹患者を出した家は焼き討ちされるほどの業病ではないですかっ」

女魔法使い「……知ってる。研究したから」

冬寂王「女魔法使い殿は、学者でもあられるのか」

商人子弟「そうなのですか?」

女魔法使い「……専門は伝承学」

冬寂王「な、なるほど」

商人子弟「もし本当だとすれば、
 これは全人類にとって未曾有のニュースになりますよ」

従僕「ぼくの、お父さんの弟も天然痘で死にましたー」ぐすっ

執事「身内を天然痘に奪われたことの
 ないものなどこの大陸には居ないはずですぞ」

冬寂王「うむ、うむっ」

54 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:51:24.01 ID:6HXLExsP

女魔法使い「……治療法ではない。予防法」

冬寂王「それにしたって同じくらい意味のあることだ」

商人子弟「どうするのです?」

女魔法使い「……薬のような物を作って、
 接種という方法で感染させる。
 軽い病気になるけれど、天然痘にはかからなくなる」

執事「なるほど。一度天然痘の治った患者は、二度と
 天然痘にかからないというのと似ているわけですな」

女魔法使い「……同じ仕組みを使う」 こくり

冬寂王「効果のほどは?」

女魔法使い「……約7年」

冬寂王「ふむ、素晴らしい吉報だ」

女魔法使い「を……」

冬寂王「?」

女魔法使い「三ヶ国同盟および協力諸国の国民は
 1人金貨10枚で利用できます」

冬寂王「……っ!」

女魔法使い「そうなったら、いいなー」

56 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:54:04.47 ID:6HXLExsP

冬寂王「それで、風向きが変わるなっ」
商人子弟「ええ、確実に。停戦に向けた動きが可能です」

従僕「す、すすごいやぁ!」

女魔法使い「……そしてわたしは魔族です」

冬寂王「へ?」
執事「何を冗談を言ってるんですか。魔法使い」

女魔法使い「……みたいな」

冬寂王「……」
商人子弟「……」

従僕「?」

女魔法使い「……おね、がい」くてん

冬寂王「つまり、天然痘の予防方法は、
 魔族から技術的に供与されたと?」

女魔法使い こくり

冬寂王「そのように広めてくれと云うことだな?」

女魔法使い こくり

58 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:56:26.35 ID:6HXLExsP

冬寂王「…………」

女魔法使い「……」

商人子弟「王よ……。わたしからもお願いします。
 もう、王にだって、前線の兵士にだって少しずつ
 判ってきているのではないですか?
 確かに魔族は強大で奇怪な姿をしていますが、
 言葉を持つ、知的な種族です」

従僕「……」

執事「……」

商人子弟「進んで友好関係を築くとか、そう言う事じゃないんです。
 でも、一方的に精霊の敵呼ばわりして、
 こちらから反感を煽らなくても良いのではないでしょうか?
 もちろん武力侵攻してくれば戦います。
 そいつらは敵なんですから。

 ただ、人間にも様々な国があるように、
 魔族にも様々な国や派閥がある可能性があります。
 魔族を知らないで、このまま戦ったとしても
 勝つことはおぼつかないのではありませんか」

冬寂王「なぜ……。魔法使い殿はそれを望む?」

女魔法使い「……なぜ?」

冬寂王「なぜ、魔族と我らの仲を取り持とうとする」

60 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:58:48.13 ID:6HXLExsP

女魔法使い「……すぅ」
執事「いちいち眠り込まないと話も出来なくなったかっ」

女魔法使い「……“出来の悪い悪夢”は飽きた」

従僕「……」

女魔法使い「……眠りには、良い夢が望ましい」

冬寂王「そう……か……」

商人子弟「……」

冬寂王「確約は出来ない。中央はともかく民の反応が気になる。
 だがしかし、冬寂王の命ある限り、その言葉胸に留め置き
 決して無為なる血が流されぬように尽力しよう」

商人子弟「ありがとうございますっ」

執事「魔法使い……」

女魔法使い「……魔族です。本当ですよ」

きゅるるっ

冬寂王「はははっ。腹ぺこ魔族のようだな!
 どうだろう。
 我が城の厨房を襲撃しようではないか。
 ここにいる全員で襲いかかれば、
 何らかの食事にはありつけよう」

86 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:29:03.95 ID:6HXLExsP

――鉄の国、首都周辺、修道院の建物

鉄国少尉「洗浄を急げっ! 水を絶やすなっ!」

軍人子弟「布は煮沸するでござるよっ! もっと布をっ!」

鉄国兵士「市民が支援に名乗り出ていますっ。
 いかがしたらよろしいでしょうっ?」

鉄国少尉「いかがしましょう?」

軍人子弟「もちろん有り難いでござる。
 水の用意を、それから炉をさらに作ってもらうでござる!
 鍋を借りてきて湯を沸かせっ」

即席兵士「搬送入りますっ!」
白夜軽騎兵「うううっ!!」

鉄国少尉「白夜の……」

軍人子弟「考えるなっ!! 傷病者の手当は鉄腕王の裁可でござる!
 分け隔てすることなく、重傷者から判別用ハンカチを結びつけよ!
 軽傷者は野外テントへ搬送っ、市民に手当をしてもらうでござる。
 中傷者は修道院内部へ、止血および蒸留酒による消毒っ」

鉄国兵士「はっ!」

 ザッザッザッ

白夜軽騎兵「うううっ。死ぬっ、もうダメだっ」

軍人子弟「しゃっきりするでござる!
 その傷では死ぬどころか休暇にもならないでござるよっ」

87 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:31:56.43 ID:6HXLExsP

鉄国兵士「報告しますっ!」

軍人子弟「聞こうっ」

鉄国兵士「集計終わりました。
 我が軍は、死者18名、負傷者221名。
 白夜国は死者304名、負傷者892名、捕虜450名。
 なお、副指揮官と思われる死体は確認されましたが
 指揮官と目される片目の男は、死体および収容者の中では
 確認できませんでしたっ」

鉄国少尉「困りましたね」

軍人子弟「帰っていてくれれば、
 それはそれで好都合でござるが……」

鉄国少尉「そういうものですか?」

軍人子弟「下手に隠れられるよりも、少ない兵で
 出直してきてくれるなら、察知もしやすいでござるしね」
鉄国少尉「そう言えばそうですな」

即席兵士「あっ。将軍だっ!」

   ああ、将軍だ! すごいだべ! 完璧だたぜぇ
   そうさ、将軍の命令で一列に矢が飛んでいったんだ!

軍人子弟「は?」

即席兵士「将軍! 大勝利! 万歳!!」
  万歳! ばんざーい!! 万歳っ! ばんざいっ!

軍人子弟「ちょっとまつでござるよ。拙者は将軍では
 ないでござる。ただの街道防衛部隊指揮官でござるよ」

88 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:33:38.24 ID:6HXLExsP

鉄国少尉「まぁ、良いではないですか」

軍人子弟「しかし、違うでござる」

鉄国少尉「一般の市民やこの間まで農奴だった開拓民に
 軍隊内部の階級や呼称なんて判るわけがない。
 あの将軍っていうのは
 “格好良い”っていう意味なんですよ」

軍人子弟「――格好……良い?」

鉄国少尉「ええ、そうですよ。
 開拓民の倅の俺が言うんだから、まちがえっこありません。
 それにね、そんな格好良い、
 英雄みたいな将軍に“ありがとう”。って思った時
 学のねぇ頭の悪い連中や、俺たちは
 万歳って云うしかないんですよ」

軍人子弟「……そ、そうでござる……か?」

鉄国少尉「ええ。“将軍”! 今日の戦いは見事でした!
 俺たちはきっと孫が生まれても語り継ぎますよ。
 そのためにも、まだ続く戦、頑張っていきましょうっ!」

軍人子弟「そ、その……よろしくでござる」

即席兵士「将軍っ。あ、あれ? どちらに?」

軍人子弟「斥候が心配でござる。まだ行動可能な体調なものに
 食事と休憩をてはい、その後再編成して巡回部隊を組織すること。
 拙者、王宮への報告および、見回る場所があるでござる」

94 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:48:36.62 ID:6HXLExsP

――ふかいふかい、ねむりのなかで

「なんだ……寝苦しいな……」

「う……うん……」

「まったくべたつくような夜気だな。絞ったタオルでも
 メイド長に持ってきて貰わねば、やりきれ……」

「えっと」

「あれは、誰だ?」

――。

「あれは、わたしじゃないか」

――。

「うわぁ、これが幽体離脱という物なのか。初めてではないか」

――。

「うーん、本体の方がああもすやすや眠っているところから
 推察すると、この寝苦しさは何らかの霊現象もしくは精神的な
 失調と関係があると推測して良さそうだな」

95 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:49:37.98 ID:6HXLExsP

――。すぅ

「おお。本体が起きたぞ。
 すると幽体離脱中でも本体の活動は別口なのか?
 興味深い事象だなぁ」

――。

「こうしてみると、わたしも捨てたものじゃないではないか。
 どこぞのメイド長に虐められてすっかり卑屈だったが
 ぷにってるはぷにってるが、こう……よいのではないか?

   人間界に出てみれば女性の胸は大きくても良いと云うではないか。
 腰回りも無駄でなければ、多少肉がついていた方が
 女らしいわけで……母性本能や癒しが足りないと云われれば
 それはそうだが、こうやって客観的に見ると色気だって
 おい。おっ、おいっ!」

――。

「わたしの身体っ! 色っぽいのはかまわないが
 何でそういやらしい仕草をするんだっ。
 色んな方面への謝罪対応に追われるような表情をするなっ。
 わっ、わたしの身体なんだぞっ!
 調査しなくても知っているではないかっ!

   ど、何処を触っているんだっ。
 っていうか、たのむ、その姿勢は止めてくれっ。
 胸が揺れすぎるからっ」

99 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:53:14.78 ID:6HXLExsP

――しゃ。

「は?」

――ゆうしゃ。

「はぁぁぁ!?」

――ゆうしゃ。

「どっ、どこからとりだしたぁ、そのイメージっ!
 いや、わたしの中からだろうという想像はつくが
 どういうつもりだ身体っ!
 わたしをのけ者にして何をするつもりだ、はっきりとした
 返答をして貰おう期限は二秒だ12終了だ、応えろっ!」

――ゆうしゃ。

「待てっ。その手を止めろっ。
 いくら身体が相手だろうがわたし自身が相手だろうが
 それはわたしの所有物だぞ、
 一切手を触れることまかり成らんっ。
 いまこそ云ってやろう!!

 この駄肉っ!

 そのえろっぽい手をどけろっ!
 それはわたしのだっ!
 わたしが先にもらったんだ!
 おまけにわたしは、それのものなんだっ!
 駄肉風情が駄肉を捧げて手に入れられるなどと考えるなぁっ!!」

102 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:58:58.12 ID:6HXLExsP

――冥府殿、闇の奥底

 きぃいっぃぃっいぃぃいっぃん!!

メイド長「勇者ッ!」

勇者「どっけぇぇ!!」

メイド長「む、無茶ですっ! 勇者っ!
 この中は魔王しか入れない玄室っ!
 歴代魔王の残留思念がうずまいているんですよっ!?」

勇者「無茶を通せない勇者なんて、存在の意味があるかぁっ!!」

 ズガァアーン!!

魔王「――」

 オオオン!!
  オオオオン!!

勇者「おいっ! 魔王っ! 魔王っ!」がくがくっ

メイド長「だ、大破壊!?」

106 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 22:01:45.12 ID:6HXLExsP

魔王「――我の」
メイド長「勇者様っ! 殴って!!」

勇者「へ?」

魔王「――我の玄室へ」
メイド長「急いでっ!」

ぼぐっ

魔王「――」くたっ

 オオオン!!
  オオオオン!!

勇者「なんだってんだ?」

メイド長「昔の魔王の悪霊に取り憑かれちゃい
 かけてるんです! 中身が別物というか……」

勇者「ああ、そういうことか。理解した」

メイド長「いや、汚染でした。どうすれば良いんですかっ」

魔王「――我ヲ」

勇者「おい、魔王っ! 魔王っ! 正気に戻れ」 ぼぐっ

魔王「――」くたっ

116 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/13(日) 22:07:33.06 ID:6HXLExsP

勇者「おい、魔王っ! 何が“魔王にしかできない”だよ。
 強がりやがって! 自分を生け贄にして天災静めようとか
 そういう聖人じみた行動とってんじゃねぇよっ
 しまいにゃ食べてまうぞ、このぷに肉っ!
 おまえが柄でもなくこんなところで身を捧げたから
 偽者だったはずのメイド姉の方だって
 勢い余って聖人になっちまったんだぞっ!」

 ばしっ! ばしぃっ!

魔王「ゆウしゃ」
勇者「もどったかっ?」

魔王「――本物ダ」
勇者「嘘つけ、この旧世代っ!」

魔王「この我のものとなれ、勇」勇者「断る!」

魔王「我と共に来れば、貴様にはこの世の半」勇者「断る!」

魔王「ナ――ぜ――」

勇者「良いか、良く聞け時代遅れのポンコツ魔王っ!
 何が半分だこの詐欺師! そもそもお前のものでも無いくせに
 勝手に譲渡しようなんて片腹痛いんだよっ。
 そういう誠意の無い態度で勇者が口説けると思ったら大間違いだ!

 そんな化石化した台詞はなっ
 “今時の魔王が言っちゃいけない台詞集”にも
 ばっちり収録されてるんだよっ!!」

魔王「ナっ――」

122 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 22:12:31.22 ID:6HXLExsP

勇者「それになっ!」 ぎゅむっ

魔王「!?」

勇者「これは以前から俺の売約済みなんだっ。
 俺のものなんだ。契約をしたんだよっ。
 お前が占拠しようが、汚染しようが、俺のものなんだよっ!」

魔王「――何ヲ」

勇者「そうだよな、魔王っ!」

魔王「――云ッテ」

勇者「そうだよな、おいっ。聞いてるのか魔王っ!!」

メイド長「まおー様っ!!」

魔王「――何ヲ巫山戯タ」魔王「黙れ」

……オオオン!!
  ……オオオオ……ン!!
    ……オオ……オオ……ンッ

魔王「黙れ、駄肉め……。
 これでは甘やかな再会が台無しではないか」

 

勇者「甘いもなにもあるかっ。この強情魔王っ」

魔王「待たせたな――わたしの勇者」
勇者「寝坊しすぎだぞ――俺の魔王」

396 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:30:03.82 ID:498vELIP

――鉄の国、ギルド街、職人通り

片目司令官「はぁっ、はぁ、はぁ……」

 ズキィッ!

片目司令官「ッ!! ぐっふぅ、がふっ! がふっ!
 疼く、疼くぅ……。ここまで我を苦しめるか。
 砦将よ、冬寂王よっ。いや、この汚濁全てが我が目を喰らうのか。
 ~ッふ! ガフッ! アハッ! ギャハッ!」

 ズルン、ズルゥン

片目司令官「はぁっ、はぁ、はぁ……」

片目司令官「だがな、作戦は最後まで秘すべきものだ?
 そうだろう? 白夜王? ここに魔女が居る。
 はぁっ、はぁっ。ふはっ。ギヒッ。
 ここに、世界にあの地下牢で見た闇をぶちまけて、
 暗黒に引きずり落とそうと企む背教者が……。
 ギャハッ! ガフッ!」

……コッコッコッ

   通りすがりの職人「将軍の凱旋だっていうさ」
   通りすがりの徒弟「大勝利かぁ!」
コッコッコッ    通りすがりの職人「怪我をした人も多いらしい」
   通りすがりの徒弟「ああ、今度こそお手伝いしなきゃな」

コッコッコッ……

片目司令官「……ぎひひひっ。……行ったか」

397 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:31:09.42 ID:498vELIP

――鉄の国、ギルド街、鋳造工房、印刷倉庫

ガチャ、ズチャ……

「おねーちゃん。もう遅いよぉー」
「もうちょっとだけ、ね?」

片目司令官「はぁっ、はぁ、はぁ……」

「それにこの姿の時は、お姉ちゃんなんて呼ばないの」
「ぶーぶー。もういいじゃない」
「だーめ。一応あの演説を聴いちゃった人だっているんだし。
 当主様が帰るまではこの姿で居た方が、
 すこしでもみんなのためになると思うの」

片目司令官 にたり

「はいっ。次これでしょ?」
「あら、よくわかったわね?」
「覚えるよぅ。左の棚からねぇ。f、u、d、a、r……。ね?」 「よく出来ました」 「えへへ~」

片目司令官「……紅の魔女にも、家族が居るのか。
 ふふふっ。背教者が人並みの家族だと? 聞くに堪えん。
 その絆もろとも闇淵へ沈むが良い」

「ん~」
「できたぁ?」
「ん。できました。――新しい活版よ」
「刷ろう! 刷ろう~」
「それは明日、職人さんが来ないとね」
「そっかぁ。じゃぁ、ご飯買って帰ろう?
 わたし、親方さんに云ってくるね♪」

398 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:32:31.96 ID:498vELIP

――鉄の国、ギルド街、鋳造工房、印刷倉庫

メイド妹「今日のご飯はなんだろー♪ 温かいスープに
 ちょっぴり黒パン、お豆の入った内臓煮込み~♪」

メイド妹「お宿のベッドはふかふかで~♪
 おうちに帰るの待っている~きゃうっ!?」

片目司令官 にたぁり

メイド妹「ごめんなさっ!? ……お、おじさんは
 ……だ、だ、だれですか?」

片目司令官「……」にやにや

メイド妹「工房の人ですか? 工房の人は、
 もう夜だからいませんよっ。お、親方に用ですかっ。
 親方は母屋だからこっちにはいませんよっ」

片目司令官「我らに光と精霊の加護がありますように」

メイド妹「あ。修道会の人ですか?」ほっ

 ガシィッ!

メイド妹「っ!?」

片目司令官「修道会? あんな異端と一緒にしないで貰おうか。
 我は栄光ある第二回聖鍵遠征軍、駐屯司令官だよぉ。
 ~ッふっふっふ! あはははっ! ギャハハッ!」

400 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:33:48.45 ID:498vELIP

――鉄の国、ギルド街、鋳造工房、印刷倉庫

メイド姉「妹~? 妹~? 片付け終わったわよ~。
 おなかすいたんでしょー? 宿屋に戻りますよ~?」

カツン、カツン、カツン

メイド姉「もう、親方さんのところで
 何かご馳走になっているのかしら?
 うーん。あの要領の良さだけは、本当にすごいんだけれど」

ガゴンッ! ゴゥーン

メイド妹「~ッ! ~ッ!」
片目司令官「お初にお目に掛かりますな、学士殿っ」

メイド姉「だっ、誰ですっ!」

片目司令官「は? あはははは。ひゃっはっはっは!!
 そうか、そうであったな。失敬失敬。
 我を知っているはずもないのか。農奴出身の売女よ。
 ――我はな。お前の死神だよ。あははははっ!」

メイド姉「なっ」

メイド妹「~ッ! ~ッ!」
片目司令官「何をするつもりかって? 知れているだろう?」

メイド姉「妹を離してくださいっ」

片目司令官「はっはっはっは。そのような顔をせずとも。
 なぁ、異端者。くぁっはっはっはっは!」

401 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:34:43.81 ID:498vELIP

メイド姉「……」きっ

片目司令官「まずは跪くが良い。精霊に詫びるのだ」

メイド姉「わたしは精霊様を信じています。跪くくらい
 なんでもありませんっ」 ぺたっ

メイド妹「~ッ! ~ッ!」

片目司令官「お前のような下賎な商売女が精霊様の
 名をかたるなっ! 跪けっ! 許しを請えっ!
 己の罪を告白し、恥辱に涙を流せっ!」

ドガッ!

メイド姉「……なんのっ。ことですっ」
メイド妹「~ッ! ~ッ!」

片目司令官「この位倉庫の中が貴様の懺悔室だと云うことだ。
 くぅっくっくっぅ。あっはっはっはっは!
 だがしかぁし、そこに許しはないがなぁ」 ジャキンッ!

片目司令官「どうだ? 学士? この剣は。
 貴様の二つ名と同じだよ。
 紅の名にふさわしいだけの血を吸ってきている。
 そうさ。ギャハハっ!
 貴様にはここで、精霊の許しも得られず、
 惨めにのたれ死ぬという裁きがくだされるのだよっ。
 我が瞳の中の赤黒い地獄に賭けてなっ!!」

 ヒュバンッ!!

404 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:39:19.25 ID:498vELIP

メイド姉「っ!!」
メイド妹「~ッ!」

ギキィン!!

片目司令官「何者だっ!?」
軍人子弟「ただの軍人で、ござるよ。うぉぉぉっ!!」

ズダンッ!

メイド妹 ずるっ、びりっ「お姉ちゃんっ!!」
メイド姉「妹っ!」

片目司令官「そこをどけぇ!!」

ビュッ! ビュゥッ! シャッ! ジャッ!

軍人子弟「――っ。はっ! やっ!」

メイド姉「あ、あっ」
メイド妹「弟子のお兄ちゃんだぁ!」

ズシャァッ!

片目司令官「見れば青二才ではないかっ! 貴様などとっ
 くぐり抜けてきた地獄と苦痛が違うわぁっ!」

ザシャァッ!

メイド姉「あっ! 腕をっ!」

407 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:40:24.23 ID:498vELIP

片目司令官「ふふふっ。なんだ、貴様?
 はぁん。英雄気取りか? あ?
 この商売女を助けに飛び込みそれでどうにかなるとでも
 思っていたのかっ!?
 あははははっ。この小坊主がぁっ!」

 ギィンッ!

軍人子弟「拙者、ただの軍人でござるよ。
 ――英雄でも勇者でもないでござる」

じりじりっ

片目司令官「ならば上官に道を譲るが良いっ!」

ギィンッ!

軍人子弟「指令系統の違い理解せぬのは
 ――単一独裁になれすぎた悪癖でござるねっ」

ギィン! ギィンッ!!

片目司令官「猪口才なっ! どうした、左手が痛むかっ!
 防御が甘いぞっ! それっ! それっ! アハハハッ!!」

軍人子弟「――っ!」

メイド妹「お兄ちゃんっ!」

(重心を崩すなっ。相手の爪先を観ろっ。視線を観ろ。
 ――ちがうっ! この不器用者っ!
 見るんじゃない、観るんだよっ!
 それじゃお前が隙だらけになってしまうだろうっ!)

409 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:41:26.07 ID:498vELIP

片目司令官「お前に勝ち目はないっ! あはははっ!
 ぎゃははっ! 素直に命乞いをするかぁ? 許さんがなっ!」

ギィンッ!

(相手と自分の弱点、長所を冷静に比較しろ。
 戦争も剣戟も一緒だ。冷静になれ。
 相手の長所をつぶして短所を攻めろっ。
 お前の長所は何だっ? ――常に考えろ)

 キンッ! ザシュ!ガキン!

軍人子弟「――確かにっ。拙者は長所のない男でござるから
 昨日ならば勝てなかったでござろうねっ」

片目司令官「いい謙虚さだっ!」
メイド姉「っ!」

ギィンッ!!

片目司令官「なっ! なっんだ、それはっ。なぜ手首が落ちぬっ!?」

軍人子弟「鋼鉄の矢でござるよ――。
 籠手代わりに巻いてござった」

 ザギンッ!

片目司令官「っ!」

軍人子弟「“ありがとう”。
 そう言われたでござるよ。
 落ちこぼれで、いつも不平ばかりだった拙者が。
 ――“守ってくれて、ありがとう”と。
 民間人を守る軍人にとってこれほどの誉れが他にあると?
 拙者の覚悟は今日定まりました。
 長所などそれ一つで十分でござる」

416 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:47:40.57 ID:498vELIP

――大陸草原、雪の集合地

中央騎兵「くそっ!」
傭兵弓士「なんだこれはっ」

歩兵隊長「またマメの薄いスープ、それに固くなったパンの欠片」
中央騎兵「パンの欠片? これはクズって云うんだ」

傭兵弓士「何が起きているんだ?」
歩兵隊長「軍資金は十分だと云っていたじゃないか」

中央騎兵「貴族のテントでは毎晩のように饗宴」
傭兵弓士「我らは、この塩味のゆで汁だけかっ」

歩兵隊長「穀物の価格が上がっているとは聞いていたが」
中央騎兵「そうなのか?」

傭兵弓士「そんなことも知らないのか?
 大陸中心部では早くも飢餓の兆候が広がっているらしいぞ。
 だから俺たちはまだ物価も上がりきっていないという
 今回の遠征に参加をしたのに」

従士「隊長方、これはここだけの話ですが……」
歩兵隊長「なにかあったのか?」

従士「どうやら、今回の遠征、軍資金はたっぷりとあるのですが、
 食料は殆ど持ってきていないと云う話があるんです」

中央騎兵「……っ!」

傭兵弓士「なん……だと……?」

417 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:48:48.10 ID:498vELIP

歩兵隊長「なんだってそんな」
中央騎兵「司令官達は正気なのか!?」

傭兵弓士「あー、いやだいやだ。お坊ちゃんどもはこれだ」

歩兵隊長「何が言いたい?」

傭兵弓士「考えても見ろ。これだけの人数が居たら、
 食料を運ぶ馬車や従者だけでどれほどの人数になると思う?
 それだけ余計に食料が必要になるだろう。
 食糧補給の望めないような場所にいくならまだしも、
 勢力範囲の中で戦うなら
 金貨を持っていった方が遙かに軽くて運びやすいってこった」

歩兵隊長「それはそうだが」

傭兵弓士「それにおそらく、貴族は焦ってたんだ。
 金貨を持っていても食料がなければ冬は飢えるしかない。
 だから、冬の前に決着をつけようとこの戦争を決意した。
 まだ食料のある南部諸王国を狙ってな」

中央騎兵「そうだったのか……」

傭兵弓士「俺たちだって、隊長のその言葉を信じて
 略奪のしがいのあるこの南の果てまでやってきたってのに。
 くそがっ!」 ぺっ! カランカラン……

傭兵弓士「こんな薄い茹で汁じゃ、戦になんてならねぇっ」

歩兵隊長「じゃぁ、すぐにでも敵陣に
 襲いかかればいいじゃないかっ」

418 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:50:19.13 ID:498vELIP

中央騎兵「いや、数日前から馬の調子が優れないんだ……」
歩兵隊長「なんだって?」

従士「本当です」

中央騎兵「それに、どうやら司令部の間でも意見が
 割れているらしい。湖の国が魔法騎士団を撤退させる、とか」

傭兵弓士「はん。あんな軟弱な学者野郎どもに戦争が出来るか」

中央騎兵「その他にも、いざ南部諸王国を前にして、
 南部諸王国を攻め落とした後の、
 領土分割についてもめ事が起きているんだ。
 どの貴族も、王族も自分の取り分を増やそうと
 派閥を組んでは睨み合っている」

傭兵弓士「ふざけるんじゃねぇっ!」
歩兵隊長「……っ」

傭兵弓士「俺達は戦うために来たんだぞっ。
 戦場で戦って、戦って、戦って。
 真っ赤に染まった剣の血を洗い流して生き残って、
 それで大串に刺した肉をあぶってしこたま強い酒を飲む。
 それが傭兵の戦いだ。
 女の腐ったみてぇに、奪ってもいやしねぇお宝の分け前で
 ぴぃちくぱぁちくするなんざまっぴらごめんだ。
 分け前に文句がありゃぁ簡単だ。
 剣で決めりゃぁいいんだ」

421 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:51:42.80 ID:498vELIP

歩兵隊長「……」
中央騎兵「……」

傭兵弓士「あぁん!? 俺が言ったことが間違っているって
 云うのかよっ! 文句でもあるのかよ、騎士様方はっ!」

歩兵隊長「それは……」

傭兵弓士「こんな薄いスープで一冬過ごせってのかよっ?」

中央騎兵「大司教様も来られている。話をまとめてくれよう」

傭兵弓士「ああ。はいはい。そういうこったね。
 貴族はいつでもそうだ。
 良いことは自分たちの手柄で、辛いだの苦しい事だのは
 全部精霊様の試練だと? あほらしい。
 ……俺は隊長の所に戻るよ。
 これからのことを話さなきゃならねぇ。
 俺たちだって報酬は金貨で貰ってるんだ。
 このままじゃ飢え死にしちまう。せめて肉かパンで
 給料をもらわねぇとな」

歩兵隊長「……」
従士「……」

歩兵隊長「仕方あるまい。立場が違う」

中央騎兵「ああ、我らは本当に困窮すれば領地から
 多少の支援もあるだろうが、傭兵達は根無し草だからな」

歩兵隊長「だがこのままでは……」

従士「寒くなってきましたよ、皆さん」ぶるっ

425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:59:34.46 ID:498vELIP

――魔王城、下層、豪華な寝室

メイド長「いえ、良いですからっ!」
魔王「何を遠慮なんかしているんだ」
勇者「下手だけど頑張るから、ちょっとだけ我慢してくれ」

メイド長「いえ、そうじゃなくて。あんっ。だめですって!
 ま、まおー様がまだなのに、下僕たるわたしなんかが
 勇者さまのをいただくなんて、そんな恐れ多いっ」

魔王「勇者がそんなに甲斐性無しに見えるのか?」
勇者「……いや頼りなく見えるのは知ってるけれど」

メイド長「そういうことではなくて、そっ。見えますし」
魔王「見えないのがいけないのだっ。これ! 暴れるな」

メイド長「暴れますよっ」
勇者「ちょっとだけだって。すぐ終わるからっ!」

メイド長「だめですっ! な、何をしてるんですかっ」
勇者「わ。足首……細ぇ……」

メイド長「どっ、どうにかしてください、まおー様っ」
魔王「手間をかかせるものではないっ」

勇者「押さえてるから、破いちゃってくれ。魔王」
魔王「心得た」

 ビリビリィ!!

勇者「大丈夫、綺麗だぞ」
メイド長「あっ」

430 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01:03:58.32 ID:498vELIP

魔王「どうだ? 腕は治療可能か? 繋がるのか?」

勇者「うん、切り口も綺麗だ。
 これは……指向性の圧縮冷気か?
 氷の刃、というよりは高速水流と冷気の複合技に見える。
 見たことのない技だ」

メイド長「ううっ。じろじろ見ないでくださいっ」

魔王「3代ほどまえに“氷と悪夢の魔王”がいたというから、
 その持っていた技なのかもしれんな」

勇者「何にせよ、傷口が凍り付いたせで出血も見た目ほどじゃない」

魔王「えっと、こうか?」
勇者「角度を完全に合わせて……。神経接合が始まると
 激痛だからな……。“催眠呪”……“小回復”」

メイド長「熱っ!」

魔王「メイド長、しがみついておれっ」
メイド長「すみませんっ」ぎゅっ

勇者「……いいなぁ、胸枕」

魔王「集中せんかっ!」
勇者「わぁってますよっ! メイド長、辛いと思うけれど
 大きく息を吸って、ゆぅっくり吐きだして」

メイド長「……ぅ。ほぅ~」
勇者「そのまま」

メイド長「……ぅ。ふぅ~……ぅ。ふぅぅ~」
魔王「……」ぽむぽむ

432 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01:05:59.41 ID:498vELIP

勇者「……催眠はいったかな。行くよ。……“再生術式”」
メイド長「っ! ふぅ~。……んぅ」

魔王「何とかなったのか?」
勇者「ああ、うん。しばらく握力不足とか、しびれが出るかも
 知れないけれど。多分、傷口も残らない」

魔王「ありがとう」

勇者「いや、場所も良かった。間接部とか重要器官だったら
 俺の呪文じゃ間に合わなかったかも知れない」

メイド長「……すぅ」
魔王「寝ておると、あどけないな」

勇者「しばらく寝かせておいた方がいい。
 血液が減ったのはこの呪文じゃどうにもならないし」

魔王「そうだな……」
勇者「うん」

魔王「……」
勇者「ふぇぇ-。ちっと疲れた」ぺたっ

魔王「その」
勇者「?」

魔王「ありがとう」
勇者「あれは、敵の技との相性だよ。酸の技とかは治癒が辛くてな」

魔王「そうじゃなくて、その……。来てくれて、助かった」
勇者「あ……。うん」

435 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01:08:14.58 ID:498vELIP

魔王「そ、その」
勇者「?」

魔王「疲れたであろう?」
勇者「……うん?」

魔王「おっ……。胸は、その。なんだ。
 メイド長がしがみついているが。膝なら貸せるぞ?」

勇者「は?」

魔王「膝枕などどうだ? い、いまなら特別サービスだぞ」
勇者「……えっと、その。さすがにメイド長もいるし」

魔王「いらないのか?」

勇者「……」(熟考)
勇者「……」(黙考)
勇者「……えっと」(長考)

魔王「いらぬのか?」
勇者「あうっ! ……では、その。ちょ、ちょっとだけ」

魔王「うん」

勇者 ちょこん

魔王「何を膝の先っちょの方に申し訳なさそうに頭を乗せている」
勇者「いえ。いや。えっと? ち、違ったのか?」

442 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01:11:09.78 ID:498vELIP

魔王「勇者ともあろうが、なぜ少年時代の
 ひどい虐めがトラウマになったかのような遠慮をしているのだ」

勇者「す、すんませんっ」

魔王「膝枕というのは、こんな具合におなかに
 頭部が当たるような距離まで深く近寄ってするものだっ」

 むきゅぅ

勇者「……っ。あ、あ、あっ」

魔王「も、文句でもあるのかっ!? ぷにとか言うなよ!」

勇者「いや無いけどっ! そうじゃないけどっ! 静まれ俺の勇者回路っ」

メイド長「……んぅ」すりっ
勇者「ってメイド長の太ももがっ」

魔王「太ももが良いなら頬の下にもあるであろうっ!」
勇者「ごめんなさい、ごめんなさいっ」

メイド長「……んー」

魔王「何を想像しておるのやらっ。勇者のくせに」
勇者「いや、勇者だってその辺の事情と耐性は
 平均的な成年男子と変わらないわけで……」

魔王「……ふん」
勇者「……」

メイド長「……すぅ」
魔王「メイド長の呼吸音が落ち着いてきた」
勇者「ああ、もう大丈夫だ」

446 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01:15:09.50 ID:498vELIP

魔王「……もふもふだ」なでなで
勇者「……うん」

魔王「どうしたんだ、勇者? 何かあったのか?
 あっちはどうなっている? みんな無事なのか?」

勇者「地上も色々大変だよ。大騒ぎだ」

魔王「……」
勇者「ん?」

魔王「そうか、知ってしまったんだな」
勇者「え?」

魔王「――“地上”と」
勇者「あ。うん……。魔法使いに聞いた」

魔王「彼女か。勇者の元仲間だというので、伝言を頼んだのだが」
勇者「何とかの図書館か?」

魔王「ああ、瀬良の図書館は我が一族の故郷にして本拠なのだ」
勇者「そこであいつ、ずっと魔法の本を読んでいたのか」

魔王「なにがあったのだ? 地上の世界で」
勇者「うん、何から話せばいいかな……」

魔王「……なにからでも。全てを聞こう」
勇者「結局、一通の書状から始まったんだ」

魔王「うん」なでなで

勇者「紅の学士は教会の教えに背いた異端者だってさ」

474 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:16:41.00 ID:498vELIP

――大陸草原、雪の集合地、三ヶ国軍天幕

冬国兵士「将軍っ! 姫騎士将軍っ!」
女騎士「何事だっ!?」

冬国兵士「敵軍に動き有りっ!」

将官「なんだって? 会戦日の指定はまだ決着していないぞっ!」

冬国兵士「そ、それがっ。一部の傭兵団のみが移動しています。
 独断で兵を進めている模様っ。望遠鏡と伝令により確認。
 彼らは味方にも隠密で行動している模様っ」

将官「馬鹿なっ! きゃつら戦のルールも判らんのかっ」

女騎士「ルールなどあってないようなものだ。
 彼らの判断は、なにも間違っては居ない」

冬国兵士「いかがいたしましょう」

将官「我が軍も早急に陣ぞなえを変更、三重連隊で
 防御の陣をひき――」

女騎士「不用っ!」

将官「しかし、この戦では防御に徹せよと」

女騎士「大局を見ろっ」

将官「っ!?」

475 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:17:58.34 ID:498vELIP

女騎士「たしかに傭兵どもは中央の考える教会と騎士道の
 規律を破り戦を仕掛けてきた。
 あとでなんらかの処罰があるかも知れないが、
 彼らにも理由が――おそらく食料の不安があるのだろう。
 しかし、その傭兵団との戦いが長引けば、
 救援という名目を中央の軍二万に与える事になる」

将官「……それはそうですが」

女騎士「冬国騎士に通達、直ちに第一種軍装にて会戦用意っ。
 無駄なものはいらぬ、速度を取れっ」

冬国兵士「はっ!」

将官「しかし、それではこちらは200も居ないではありませんかっ」

女騎士「敵だって傭兵団のみだろう?
 で、あるなら騎馬戦力は1000が良いところだ」

将官「無茶ですっ」

女騎士「おい、済まぬが具足と籠手を。盾はいらない」
女修道士「はいっ」

将官「姫騎士将軍っ!」

女騎士「戦ではない。この程度なら、な」

将官「そうではなく、鎖帷子は!? 胸甲はっ!?」
女騎士「重いだろう。つけるのに時間も掛かる」

476 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:19:41.27 ID:498vELIP

――大陸草原、荒れ地の中央部

傭兵隊長「いいか! お前らっ! 良く聞けっ!」

 ざわざわ ざわざわ

傭兵隊長「上の連中は頼りにならねぇ。
 いつまでたっても戦も始められねぇ、とんだ玉なし野郎どもだっ!
 だが俺たちは違うっ! ちゃんと玉のついた男だからよ!
 あんな女子供の率いるへろっちぃ奴らと戦うには
 何のためらいもねぇってもんよ!」

 あはははははっ!

傭兵隊長「だがな、連中の数は数で、
 ド田舎の三流国とはいえちょっとしたもんだ。
 とくに対魔族の常備軍って事で、
 槍兵、石弓兵あたりは随分鍛えられていると聞いている。
 そこでだ、俺たちは風のように襲いかかり、
 奴らの天幕をメチャクチャにして、さっと逃げる。
 先方は、おい、槍騎兵。おめえだ!」

傭兵槍騎兵「はいっ! お任せくださいよ、叔父貴っ!」

傭兵隊長「よーし、よしよし。
 切り裂いて、めちゃくちゃにしろ!
 何でも構わねぇから踏み荒らしてやるんだ。弓騎兵!」

傭兵弓騎兵「はっ!」

傭兵隊長「火矢も使え。天幕を燃やしてやれっ!」

傭兵弓騎兵「わっかりましたぁ!」

477 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:22:08.57 ID:498vELIP

傭兵隊長「だがしかし、おめえら!
 俺はこの激突で長居をするつもりはねぇ。
 さっと攻めて、さっと引き上げる。角笛が鳴ったら退却だ。
 あいつらの数を俺たちだけで引き受けるのはちと辛い。
 奴らの陣地をメチャクチャにして
 体面に泥を塗ってやれっ!
 そうしたら引き上げてこちらの陣地まで引き寄せるんだ。

   やつらはきっとケツにつっこまれたアナグマみてぇに
 怒り狂って追いかけてくるだろう。
 中央の貴族どもも巻き込んでやれ! そうすりゃ乱戦だ。
 これだけの人数差、俺たちが負けるわけはねぇ!!」

  あはははっ! 冴えてるな叔父貴っ!
  お前が大将だっ! 戦の開始だ! わかったぜ叔父貴っ!

傭兵隊長「なぁに。騎士道が何たらだと抜かす連中だって
 本当はこのままじゃ埒なんて開かねぇってことは
 判ってるんだ。
 この件は何人かの貴族様にも司教様にも話は通してある。
 悪いようにはしねぇってなっ!」

  おう、それでこそ俺たちの叔父貴だっ!
  悪知恵が働くことにかけちゃ叔父貴に叶うやつはいめぇ!

傭兵隊長「この腐れ豚野郎どもっ。こいつは悪知恵じゃねぇよ。
 がはははっ。なんつったかな、そうだ。チリャクってんだよ!
 戦の駆け引きだ。経験をつんでねぇ領主のぼんぼんどもに
 遅れは取るなっ! 行くぞ、お前らっ!」

  おうっ! おうっ! はいやっ! 行けっ!

傭兵騎兵「俺たちも行くぞっ! ――ん? あれは、なんだ?」
傭兵槍騎兵「~っ! 敵だっ! 敵襲~っ!!!」

479 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:23:47.81 ID:498vELIP

――大陸草原、荒れ地の中央部

女騎士「では、打ち合わせどおり一撃翌離脱で行くぞ。
 諸君!! 南部諸王国の勇士の力を期待する! 突撃っ!!」

冬国騎士「「「「オオオオーッ!!」」」」

 ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!
  ガキィィーンッ!!

傭兵騎兵「なんだっ!? こ、こいつら、どこから現われたっ」
傭兵弓騎兵「ぎゃぁぁぁっ!」

女騎士「戦果にこだわるなっ! 退けっ、右回転。槍交換っ!」
冬国騎士「はぁっ!!」

傭兵騎兵「なっ。なんて速度だ、反転っ! 後ろに居るぞっ!」
傭兵槍騎兵「いや、右だっ!」
傭兵弓騎兵「何処だ、見えないっ!」

女騎士「第二突撃、つっこめぇっ!!」
冬国騎士「「「姫将軍に勝利をっ!!」」」

傭兵騎兵「ギャァァッ!!」
傭兵槍騎兵「なんて突破力だっ。ば、化け物めっ!」

傭兵隊長「馬鹿野郎っ! 相手は少数だっ!
 取り囲め!  広がって押さえちまえっ!」

女騎士「離脱っ! 陣形直せ! 16番集合っ!
 直ちに第3陣形開始っ!」

冬国騎士「退けっ! 姫将軍の退却命令だっ!」
冬国騎士「イィィーヤッホゥ! お前らに捕まるかよっ!」

480 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:25:12.61 ID:498vELIP

傭兵隊長「追えっ! 見たところ相手は300がいいとこだっ!
 追いつけば一ひねりに出来るぞっ!」

傭兵槍騎兵「はっ! 追え追えっ!」
傭兵弓騎兵「つけあがりやがって、あの女っ!」

  将官「第3陣形っ!」

傭兵騎兵「っ!?」
傭兵槍騎兵「ど、どうしたっ」

傭兵隊長「どうした、追えっ!」
傭兵騎兵「そ、それが、敵が二手に分かれました。
 ど、どちらを追えばっ」

傭兵隊長「ただでさえ少ない兵を二つに? 狂ったか。
 どうせ女のやることはそんなもんだっ。お前は右を追え!
 俺は左を追うっ!」
傭兵騎兵「はっ!」

  女騎士「ふむ、追ってくるか。可愛らしいものだ」
  冬国騎士「ははははっ! 馬が本調子でもないでしょうにっ」
  女騎士「そろそろ、行くぞっ!」
  冬国騎士「了解っ!!」

傭兵騎兵「なっ! また二手にっ!?」
傭兵剣騎兵「どっ、どうするっ。どっちを追うっ」

傭兵騎兵「っ~! 舐めるな、もう数えるほどではないかっ!
 再分割だっ! おまえは左の森の法へ追えっ!
 俺は右を追うッ!」
傭兵剣騎兵「判った! 遅れは取るなよっ!」
傭兵騎兵「女子供に馬鹿にされてたまるかぁっ!」

482 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:27:17.70 ID:498vELIP

――大陸草原、荒れ地、16番集合地点

ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!

将官「何番隊だ?」

冬国騎士「8番隊です。ただいま集合しました」
 伝令騎士「集合した隊は隊員を把握! 報告せよっ」

女騎士「どうだ?」

将官「はい。全ての隊が集合完了。
 ただいま報告させいますが、軽傷者や骨折者が多少出た以外
 大怪我を負ったものも脱落したものも居ない模様」

女騎士「二回撃ち込んだだけだからな。
 敵の被害もさほどでもないだろう。……その敵は、どうだ?」

冬国騎士「はっ。迷走させましたので、
 随分広い範囲に広がってしまっているかと思います」

女騎士「諸君っ! どうだ、疲れたかっ!?」

  おおおお! 我らまだ意気軒昂! 姫将軍、ご采配を!

女騎士「よしっ。呼吸も整っているようだな。
 では、再侵攻を開始する。今度は一丸となって行くぞ。
 先頭はわたしが受けもとう」

冬国騎士「そんなっ」 「そのような軽装で万が一があれば……」
冬国騎士「姫騎士将軍は、シスターの服ではないですか」
冬国騎士「せめて騎士団中央部にっ」「我らが戦いますっ」

483 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:29:10.09 ID:498vELIP

女騎士「そう思うなら戦果を挙げよっ!」びしっ

冬国騎士 びくっ

女騎士「ただし、今度は倒す必要はない。
 出来るだけ落馬させよっ! 敵を殺すのは本意ではない!
 彼らもまた精霊の教え子。
 いまひと時は対峙しているが我らが同胞だっ。
 やむを得ない時をのぞいて、なるべく殺さぬよう。
 落馬させて戦意を奪えばそれで十分。
 あまり倒してしまうとわたしが勇者に……いや、とにかく落とせ!」

冬国騎士「「「はっ!」」」

女騎士「敵の数は多いが、いまや散開につぐ散開を繰り返し
 一つ一つの部隊の数は我ら以下、
 おそらく半分にも満たないだろう。
 一気に襲いかかり突進力で落馬させ、
 残った相手は小刻みに移動しながらたたき落とせっ!」

冬国騎士「「「了解いたしましたっ!」」」

将官「行きますか」
女騎士「ああ、移動開始だ」

ザッカッ ザッカッ ザッカッ

冬国騎士「あ」  冬国騎士「おお」

将官「ん……?」
女騎士「来てくれたか」

将官「援軍ですか?」

女騎士「ああ。……雪だよ」

488 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:47:35.56 ID:498vELIP

――初雪

 ちらちら……
  ちらちら……

「雪だ……」
「ああ、雪だっ」

「このままで戦闘が……」
「うむ、司令部で動きがあるかも知れん」

 ちらちら……
  ちらちら……

「なんだって? ……そうか」
「招集! 招集! 梢の国の騎士よ! 士官用テントへ集まれ!」

 ちらちら……
  ちらちら……

「王弟元帥がご決断為されたっ!
 慈悲深きかの陛下は雪深きこの戦場で
 騎士や従士などがひもじい思いをしているかと思い、
 哀れみをおかけになられたのだっ!
 一部の中流兵をのぞき、今回の征伐軍は春まで延期となるっ!」

「帰れる!」 「俺たちは故郷へと帰れるぞっ!」

493 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:00:19.88 ID:498vELIP

――冬の国、官庁街、高級宿屋

タッタッタッタ。ガチャン!!

辣腕会計「委員っ!」

青年商人「どうしました?」
火竜公女「何か起きましたかや?」

辣腕会計「まったく。……昼からお酒を召し上がるなどと」

火竜公女「寒くて他にすることもありませぬゆえ」
青年商人「ご相伴していただけですよ」

辣腕会計「それより、委員。雪ですっ」

火竜公女「雪……」

青年商人「雪はご存じですか?」
火竜公女「ええ、ゲート付近では目にします」

青年商人「中央は退きましたか?」

辣腕会計「ええ。中央の征伐軍は、短期決戦を諦めた模様。
 ある程度の兵を、現在の平原から少し進めて残し、
 そこに簡易的な砦を作り、南部諸王国を睨みながらも、
 大部分の兵は春になるまで、一旦国元へ戻る様子です」

火竜公女「戦争は回避されたのかや?」
青年商人「当面だけ、です」

495 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:02:27.34 ID:498vELIP

辣腕会計「どうされます?」

火竜公女「……」

青年商人「どうやら天の機嫌も南部諸王国に
 味方している様子ですね。
 巨大市場を形成するなら、ここが好機でしょう」

辣腕会計 こくり

青年商人「すでに中央大陸中心部の貨幣の流れは
 自壊のプロセスに入っています。
 貨幣の再鋳造を始めたら一層の加速をするでしょう。
 再鋳造の応急処置としての意味はあったかも知れない。
 でも、応急処置は応急処置です。

 根本的な農民の貧しさ。
 通貨のぶれに対する信頼性の低下。
 戦争と略奪に依存した未熟な生産性を
 転換するだけの体質改善が本当は必要だったのに。

 ここで貨幣に手を加えるには……」

辣腕会計「“信用”が低下しすぎていた、と」

青年商人「光の精霊を奉じる中央聖教会は
 無限の信用と尊敬を受けている。受ける事が出来る。
 無条件で全員が従うのだと、己の権威を過信していましたね」

火竜公女「では、ここまでですね」

辣腕会計「は?」

496 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:05:08.36 ID:498vELIP

火竜公女「これは戦であったのでしょう?
 で、あるならば収めるべき矛というものがありましょう」
辣腕会計「しかし、この状況下ではまだ搾り取れるっ」

火竜公女「――天が下のすべての事には季節があり
 すべてのわざには時がある

 生まるるに時があり 死ぬるに時があり
 植えるに時があり 植えたものを抜くに時があり
 殺すに時があり いやすに時があり
 こわすに時があり 建てるに時があり
 泣くに時があり 笑うに時があり
 悲しむに時があり 踊るに時があり
 石を投げるに時があり 石を集めるに時があり
 抱くに時があり 抱くことをやめるに時があり
 捜すに時があり 失うに時があり
 保つに時があり 捨てるに時があり
 裂くに時があり 縫うに時があり
 黙るに時があり 語るに時があり
 愛するに時があり 憎むに時があり
 戦うに時があり 和らぐに時がある」

青年商人「あなたは……そう思うのですね」

火竜公女「思うに、商人殿は商人としては純粋だが
 時に危うくも見える。純粋なる鋼の脆さのように。
 時にその非情を悔いておるようにも。
 だからこの国へ来たのではないのかや?
 最後の決断をするために。妾にはそう見えてならぬ」

青年商人「商いの道には情は禁物です」

火竜公女「流される情であるのならばそうでもありましょうが
 情を武器に出来るだけの器量を持ちながら
 怯えるなどとはらしくもない」

497 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/15(火) 13:07:11.53 ID:498vELIP

青年商人「……」
火竜公女「どちらに転んでも良いように準備していたのであろう?」

青年商人「……」
火竜公女「強情な殿方だの」

青年商人「強情ではなく慎重なのです」
火竜公女「妾は助けぬぞ。我が君、勇者のようには」

青年商人「……」
火竜公女「塩は欲しいが、それとこれとは別ゆえな」

青年商人「なかなか、心やすくは行きませんね」

火竜公女「当たり前であろう。
 火の粉が飛んでくる距離が良いと云ったゆえ
 ここも戦場なのだ。心して戦わねば」

青年商人「判りました。聖教会の救援に向かうとしますか」
辣腕会計「……助ける、のですか?」

青年商人「商人なりのやり方でね。
 そのそも二大通貨体制、拮抗体制は視野に入っていました。
 対立二つがあるからこそ、
 その間に入って“利”を得ることが出来る。
 いま一気に搾取するよりも、持続的な商売を採用する。
 そういう判断ですよ」

辣腕会計「はぁ……」

火竜公女「我が君を裏返したような殿方よな」

青年商人「商人子弟殿に冬寂王への面会を依頼してください」
辣腕会計「はっ」

青年商人「南部の英雄と話を固めるとしましょう」

501 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:31:44.21 ID:498vELIP

――聖王都、八角宮殿、西の対の宮、奥深い一室

軍閥貴族「口ほどにもないではないか」

蒼魔上級将軍「ふんっ」

軍閥貴族「何が魔族一の軍勢だ。凍土を越えることも
 叶わず引き返すとはっ」

蒼魔上級将軍「そうは言うが、ご自慢の中央の精鋭兵とやらは
 そもそも戦もせずに、食糧難でとって返したと云うではないか。
 われらが南部諸王国の後背をついたとしても、
 それでは軍略にならぬ。我らを陥れるおつもりだったのか?」

軍閥貴族「貴様、云わせておけばっ」

暗殺者「ふしゅるしゅるしゅる」

蒼魔上級将軍「騎士侯爵だなどと勇ましいことだ」

軍閥貴族「貴様ッ。そのような侮辱捨て置けぬ。
 ここで銀剣の錆にしてくれても良いのだぞっ」

カーテンの影「……」

王室つき司教「おのおの方、その辺で一旦矛を
 収めてはいかがですか?」

502 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:33:31.91 ID:498vELIP

蒼魔上級将軍「……ちっ」
軍閥貴族「はっ」

王弟元帥「良い。初めから一筋縄でいくとは思っていない」

王室つき司教「さようで」

軍閥貴族「しかし、この冬の飢餓を考えれば
 再軍備の目処もなかなかに厳しく、
 また冬の間にきゃつらの巻き返しがあるやもしれぬのですぞ?
 王侯や貴族の中には、南部に尻尾を
 振る事を考える連中も出る始末」

蒼魔上級将軍「裏切り者か? 粛正すれば良いではないか。
 戦うまえから投降を考えるような敗北主義者を
 生かすような柔弱な姿勢が信念の所在を総括させぬのだ」

暗殺者「ふぅーっしゅっしゅっしゅ。
 流石魔族の若君。云うことが血なまぐさい。歓喜の音色」

王弟元帥「いい加減にせぬか。
 ――確かにあの雪の草原で南部三ヶ国同盟を打破できれば
 それに勝る事はなかったが、
 かといってこの敗北で我らが失った物は多くない。
 我らにはまだ大量の臣下、領土、物資、兵士が温存されておる。
 考えてみれば、あの戦で失ったものなど、
 たかが数百人の傭兵のみ」

王室つき司教「さようですぞ」

軍閥貴族「はっ」
蒼魔上級将軍「ふぅむ」

503 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:35:05.85 ID:498vELIP

王弟元帥「通貨の高騰は『同盟』の仕業と判明しておる。
 所詮奴らは時流になびくだけの商人よ。
 甘い蜜、勅書、教会の権威を振れば尻尾を振ろう。
 すでに新貨幣鋳造の準備は整っておる。
 ――そうであるな?」

暗殺者「ふしゅるしゅるしゅる……。御意に。
 魔界より開門都市を通して……砂金の調達も続けております」

王弟元帥「軍資金はこの新貨幣でまかなえばよい」

軍閥貴族「はっ」
蒼魔上級将軍「我らには無縁のこと」

王弟元帥「蒼魔族との約定は先の通り。
 我らの悲願が達成された暁には、南部三ヶ国の領土を与えよう。
 人間界に領土を持つ唯一の魔族として、
 汝らは覇業へとのりだすのであろう?」

蒼魔上級将軍「いかにも。
 そしてその後もずっと『教会の敵』をも演じましょう。
 あなたたちが君臨し、君臨しつづけるためにもね」

軍閥貴族「……腰抜けが」

蒼魔上級将軍「口を控えて貰おう」

暗殺者「ふしゅるしゅるしゅる」

王室つき司教「考えてみれば、南部諸王国などと云う
 無力な防衛のためにずいぶんな金を支出したものです。
 制御できる脅威であれば十分でした物を」

504 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:37:05.66 ID:498vELIP

軍閥貴族「しかし、それもこれも、
 南部の跳ね返りものどもを始末しなければならぬ前提」

蒼魔上級将軍「その通りだ。珍しくもな」

カーテンの影「……教会は常に……一つ」

王室つき司教「さようで。我が教会は常に一つの教え、
 一つの聖書、一つの頂点により構成されねばなりませぬ。
 人を導くとはそう言ったもの。
 我らが教会は堅固にして盤石。
 その信仰心は金剛石よりも確か」

軍閥貴族「では……」

暗殺者「ふーっしゅっしゅっしゅ」

王弟元帥「第三回聖鍵遠征軍を招集する」

軍閥貴族「おおっ!」

王室つき司教「聖鍵遠征軍は貴族だけではなく、
 聖なる教会の信徒全てに直接呼びかける人界最強の軍。
 その軍を持って、三ヶ国同盟を打ち砕き、そのまま開門都市、
 さらには魔王を目指す」

軍閥貴族「希有壮大な……」

暗殺者「ふしゅーるしゅるしゅっしゅ」

505 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:40:10.47 ID:498vELIP

蒼魔上級将軍「ふふふ。その方が我らにとっても好都合。
 魔王さえ死ねば次の魔王を選ぶための儀式が
 早々に始まりますからな」

王室つき司教「その時の魔王は……。ふふふふ」

蒼魔上級将軍「われら蒼魔族のもの」

軍閥貴族「しかしあの広大な魔界の版図を如何に渡るか」

王弟元帥「今回は魔族の側にも協力者が居る。
 詳細な地図の用意も出来た。そのうえ。ふふっ。
 我が手には切り札がある。
 ……あれを持て」

小姓「こちらにご用意してございます」 すちゃ

軍閥貴族「これは?」

蒼魔上級将軍「見慣れぬ鉄杖ですな」

王弟元帥「――マスケット。ふふふ。
 魔力のないものでも中級炎弾を生み出す機械よ」

蒼魔上級将軍「――機械?」

王弟元帥「ブラックパウダーを推進力に変えて敵を討つ。
 その最大の特徴は訓練だ。
 弓兵を育てるには一年以上の教練が必要。
 ましてや、中級炎弾を使う魔道士となれば5年以上が掛かる。
 しかし、このマスケットは違うのだ。これさえあれば、
 奴隷であっても二週間の訓練で軍を編制できる」

軍閥貴族「なんとっ!?」

506 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/15(火) 13:42:12.28 ID:498vELIP

王弟元帥「ふふふっ。これも異端の技。
 鉄の国に住むとある腕の良い鉄職人がな……ふふふっ。
 あの異端の魔女、紅の学士の依頼と指示を受け
 昨年よりずっと開発していたものよ」

軍閥貴族「そのようなものが……」

王弟元帥「これの生産に成功すれば戦が変わる。
 戦に用いることの出来る兵が十倍にもなるのだ!!
 我らにもはや不可能などはない」

蒼魔上級将軍「……寝返りか」

王室つき司教「寝返りではありませぬ。
 彼は光の精霊への正しい信仰に目覚め、
 新たなる帰依の念を深くしたまで。
 いまは精霊の愛に包まれて至福の境地にありましょう」

王弟元帥「この冬は我らにとっても恵みとなろう。
 マスケットを量産するのだ。
 職人を集め、宮殿に巨大な高炉をつくりだせ!
 一切を秘密のうちに数千の武器を作りだし、
 魔界をも駆け抜けようぞっ! 聖鍵遠征軍こそ我らが剣!」

王室つき司教「全ては精霊の御心のままにっ」

軍閥貴族「御心のままにっ」

暗殺者「ふーっしゅっしゅっしゅるしゅる」

507 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:43:33.16 ID:498vELIP

カーテンの影「声が……。聞こえる……」

王弟元帥「……っ」ざざっ

王室つき司教「御お言葉を、お言葉を……」ざざっ
軍閥貴族「猊下っ」ざざっ

カーテンの影「呼ぶ声が……」

王弟元帥「……」

カーテンの影「鍵を……手に入れよ。魔王の……身命を……」

カーテンの影「そして、開門都市にて……我が悲願を……」

蒼魔上級将軍「……」じぃっ

カーテンの影「我らが、教会の……悲願を……」

王室つき司教「必ずや! 必ずやっ!!」

カーテンの影「我らが千年の万年の……」

暗殺者「ふしゅーっしゅっしゅっしゅ! ふしゅーっしゅっしゅ!」

カーテンの影「……光の……精霊の……聖骸を……
 必ずや、必ずや……手に入れるのだ……」

530 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/15(火) 18:48:46.50 ID:498vELIP

――冬の王宮、広間、対策会議

青年商人「お初にお目に掛かります。
 南部諸王国の王侯の方々。
 わたしは『同盟』所属の商人。
 あらかじめ商人子弟殿を通して
 ご紹介して頂いたとおりのものであります」

辣腕会計「補佐を務める会計と申します」

鉄腕王「ご挨拶痛み入る」
氷雪の女王「雪の国の女王です。以後お見知りおきを」

冬寂王「畏まることはない。我らは王族とは言え、
 もはやこの三ヶ国同盟において農奴は解放されたのだ。
 もちろん我ら自身の誇りと名誉によって民のために
 身命賭ける覚悟はあるが、我らはもはや王という
 支配者ではない。同名の管理人にすぎぬ」

商人子弟(それこそが王の資質なんだと、
 僕なんかにゃ見えてるんですがねぇ……)

青年商人「かたじけなきお言葉を賜り有り難く存じます。
 では、時間も差し迫っていることかと思いますので、
 手早く交渉に移りたいと思いますが……」

冬寂王「……」ちらっ

商人子弟 こくり

冬寂王「よろしくお願いする、青年商人殿」

532 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18:49:56.19 ID:498vELIP

青年商人「まずは第1の話題です。
 わたしども『同盟』は三ヶ国同盟が国家備蓄として
 保持している馬鈴薯の全て。また春までに生産される
 追加分全てを引き取りたい、と云う意向を持っています」

鉄腕王「全て……!?」
氷雪の女王「とてつもない量になりますよ?
 船で運ぶのなら何十隻を必要とすることかっ」

冬寂王「何に使うつもりなのだ?」

青年商人「中央の諸国家に売ります」

鉄腕王「馬鈴薯は聖教会によって異端食物の指定を
 受けているんだぞ?」

青年商人「中央は現在深刻な穀物不足です。
 もっともわたしが『不足』などと表現すると、
 色々問題もあるような気がしませんでもありませんけれど。

   だがしかし、飢餓が目の前に迫っているのは現実。
 この状況を打破するためには多少劇薬が必要でして」

冬寂王「それが馬鈴薯か?」

青年商人「飢えた腹で食べる馬鈴薯はさぞや旨かろうと思います」

氷雪の女王「……っ」

青年商人「飢えて死ぬよりは、馬鈴薯を食べますよ。
 人間そこまで割り切れて生きれる物じゃぁ、無い。
 意地っ張りも居ますが、この件では多数派ではないでしょう」

534 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18:53:25.81 ID:498vELIP

冬寂王「しかし、中央諸国を全て救うほどの馬鈴薯は……」

青年商人「その辺はご心配なく。
 高価格を維持する程度にコントロールして麦を放出します。
 飢餓を起こすことが『同盟』の目的ではない」

冬寂王「我ら三ヶ国通商同盟に肩入れをしてくださると?」

鉄腕王「ふむ? 肩入れとはどういう事だ?」

青年商人「いえ、馬鈴薯を食べた国民が、
 その味を理解しそれが悪魔の果実などではないと云うことを
 自らを持って体験してしまう。
 その結果、いくつかの国々が三ヶ国通商同盟の方へ傾く。
 そんなことが仮にあったとしても、別にそれは
 『同盟』が三ヶ国通商に好意を持っているという話では  ありません」

氷雪の女王「……」

商人子弟「だがしかし、そうであってもわたし達には追い風です」

青年商人「それはもちろん。で、あればこそ交渉の余地がある」

冬寂王「『同盟』の意図はこの場合何処にあるのかね?」

青年商人「……」

冬寂王「もちろんそれが『同盟』の機密であるなら
 聞くわけにも行かないだろうが……」

商人子弟「いえ、おそらくそれが今日の交渉の一つの本題」

535 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18:55:46.73 ID:498vELIP

青年商人「そうですね。冬寂王陛下。
 陛下達はいま、意識してか否か、歴史の岐路に立っておられる」

冬寂王「……」じぃっ

青年商人「三ヶ国通商同盟は拡大するチャンスがあります。
 今回の戦を無血に近い状況で回避できたこと。
 中央諸国の飢餓の兆候、長きにわたる不況、経済の停滞。
 そして聖教会の横暴と、農奴の解放運動」

氷雪の女王「それらが追い風になる、と?」

商人子弟「ええ」

青年商人「……すでにいくつかの打診があるのではないですか?
 自国だけは関税を緩和して欲しいであるとか、
 秘密軍事同盟を結びたいであるとか、と云った件です」

冬寂王「それはお答えしかねる」

青年商人「いままでのこの大陸では“聖王国-聖なる光教会”の
 一極支配がまかり通ってきた。
 もちろん様々な国や領主が存在していましたが、
 それらは結局はこの『中央』の自治地方として
 認められていたに近い。
 民を治めてはいましたが、教会には頭が上がらないというのが
 現状でした。また聖教会は聖王国と癒着して、
 氾濫しそうな分子を武力粛正することが出来た。
 三ヶ国通商は、そう言った状況に発生した、
 武力と、教会以外の教会――すなわち修道院の結合。
 これは歴史上類を見ないことです。
 規模は小さいけれど、そこにまったく新しいチャンスがある」

536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18:56:52.47 ID:498vELIP

青年商人「……そのチャンスとは、勢力圏であり、経済圏。
 わたし達商人の言葉で言えば、市場です。
 新しい政策を打ち出し、
 新しい農業を営み、人口も増えている三ヶ国。
 そこに中央からいくつかの国家が加われば、
 聖王国や教会でもおいそれとは手出しの出来ない勢力が誕生する」

鉄腕王「お前達は共倒れを狙っているのか!?」

商人子弟「いえ、そうではありません。鉄腕王よ。
 彼らは商人です。もしわたし達が共倒れをしてしまえば
 商売をする相手が居なくなってしまう。
 彼らが望んでいるのはあくまで利益なのですから」

青年商人「そうです、鉄腕王よ。
 たった一つしか国がない状態では商売の幅が狭くなってしまう。
 もしまったく二つの異なった勢力があれば、
 どれほどに商売の幅が広がるでしょう?」

鉄腕王「それが本題なのか」

冬寂王(中央諸国のいくつかを、寝返らせ、それが無理でも
 中立状態に持ってゆき、停戦の道を探るというのが
 わたし達の当初立てたプランだった。
 彼のこの発言はそれを後押ししてくれるに等しい。
 だが……)

冬寂王「商人殿。……そこまでの部分のお話は判った。
 それに対する対価はどのように支払えばよいのだ?」

537 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:01:00.83 ID:498vELIP

青年商人「まず、第1に馬鈴薯についてですが、
 これは0.8倍の重さの轢いた小麦、
 もしくは1.55倍の重さの大麦との交換でいかがでしょう?」

冬寂王 ちらっ

商人子弟 かちゃかちゃ「妥当……ですね」

青年商人「次に経済圏設立提案ですが、こちらはただの
 アドバイス。無料です」

鉄腕王「ただより高い物はない、と云うな」

青年商人「……ええ、至言ですね。
 この商売のやり方は、ある方より教わった物でして。
 ははは。
 私どもは、この場合“概念”といいますか“考え”を
 売っているのです。儲けは度外視してもですね。

 私ども『同盟』は新しく設立したその勢力内でも商売をします。
 勢力に活気があればあるほど利益が大きくなります。
 ですからこそ、無料と云うことでも利益は上がる。
 もちろん、そうですね。
 とりあえず、手始めに商館と銀行業開始の許可を
 頂きたいですね。商館は地区支部です。
 それは私ども『同盟』の活動拠点ですから」

冬寂王「ふむ。銀行施設、か」

538 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:06:23.61 ID:498vELIP

商人子弟「王……」

青年商人「……なにかございますか?」

冬寂王「いや、わたしも国がこのような状況でな。
 すっかり貧乏なのだよ。内帑金を用いて一つ新しい事業を
 興してみたいのだが、その銀行とやらは相談に乗ってくれるかね?  いや、商人どの。そなたは共同経営に興味はないかな?」

青年商人「ほう、どのような事業で?」

冬寂王「三ヶ国内部、また賛意を示してくれる国全てに
 湖畔修道会の修道院を作ってゆく計画だ」

青年商人「重要な考えかと思います。中央聖教会に対応する
 ためには修道院の密度も連携もいまより格段に必要となる
 でしょう」

冬寂王「それらの修道院では天然痘の予防治療を行う」

青年商人「……事実ですか?」
冬寂王「そうだ」

青年商人「あの人ですか?」
冬寂王「……あの方の一族、だな」

青年商人「判りました。わが『同盟』は初年度において
 金貨5000万枚相当の援助を行う用意があります」

辣腕会計「それは本当なのか。……奇跡だ」

539 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:10:17.34 ID:498vELIP

青年商人「このようなニュースを耳にするとは……」
商人子弟「黙っていたのは、騙していたわけじゃないんですよ」

青年商人「いえ、それはもちろん判ります。
 むしろこのような機密をわたしのような得体の知れない商人に
 打ち明けて頂いたことの方が大きな驚きです」

冬寂王「紅の学士殿にあったのだろう?」

青年商人「はい。機会は多くはありませんが。
 あの美しい方は、外面だけではなく
 この世界まれに見る気高く聡明な魂を持っていますね」

冬寂王「ああ。二人共に……」

青年商人「――」
辣腕会計 ?

青年商人「ですがどうして?」

冬寂王「あの方は出会った者に刻印を……。
 いや、種を撒かれているような気がする。
 さっき話した商人殿の中に
 あの方の残した種の芽生えを感じたのだ」

商人子弟(……判る人には、やはり判るのだ)

青年商人「判るような気がします。
 だがわたしも商人です。商売のことでは退きませんよ?」

冬寂王「結構だ」にやり

543 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:17:11.74 ID:498vELIP

青年商人「それでは、今日の本題の二点目にして、
 最後の交渉です」

冬寂王「伺おう」

青年商人「我が『同盟』は、三ヶ国通商同盟と魔族との
 少なくとも魔族のいくつかの部族との早期停戦合意を
 希望しています」

鉄腕王「なんだとっ」ガタッ

青年商人「落ち着いてください」

冬寂王「……」

氷雪の女王「まずは話を聞こうではありませんか」

青年商人「わたし達『同盟』は魔族との交易を望んでいます。
 小競り合い程度ならともかく、全面戦争は交易にも
 深刻な不都合をもたらします」

鉄腕王「相手は魔族なんだぞ!? 取引など出来るものかっ」

青年商人「出来ます」
鉄腕王「何を根拠に大口を叩くっ!」

青年商人「誤解しないで頂きたい。あなた方だけが命を
 掛けているのではない。本日わたしが持ってきた交渉の
 材料――物資、資金、情報、信用。これらすべては
 『同盟』所属の商人たちが命がけでそろえたもの
 わたしは彼らを代表して。いわば一勢力の司令官として
 この席に望んでいるのです」

546 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:42:43.51 ID:498vELIP

青年商人「そのわたしが、出来る。と云っている。
 それはわたしのみならず『同盟』所属商人全ての
 声だと思って頂きたい。
 何を根拠に? そうお尋ねですが、
 根拠はそれです。わたしがわたしであるから。
 商人であるから、出来ると云っているのです。
 命を賭して、やる。と」

鉄腕王 がたん

氷雪の女王「ほぅ」

商人子弟「……お歴々方。この件に関しては、
 僕は心情的には青年商人さんの味方です」
従僕「へっ?」

商人子弟「いや、僕はしがない役人にすぎないのですが。
 商人の家の倅ですからね。商人ってのは、特に旅回り
 なんて云うのは辛いものです。嫌われようと疎まれようと
 村から村へ、国から国へと回って物を売り買いするんですよ。
 そこには敵も味方もないんです。必要なことをやってるだけ。
 自分で決めた道を自分で歩んでいるだけですからね。

   この青年商人さんにとって、この話は
 “戦争中の隣の国だけど、実はすごい特産品があるんだ。
 そうか。そんな所へ行って交易がしてみたいな”って
 それだけのことなんですよ。
 まぁ、そのために中央大陸の農民の命を盾にとって
 戦争を止めようとするほど業情っ張りの御仁ですけどね。

   なんだかその気持ちはわかるような気がするんですよ」

547 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:43:43.38 ID:498vELIP

青年商人「……」
辣腕会計「子弟殿……」

商人子弟「ま、それに。おい、試算」すちゃ
従僕「はいっ!」ぴょこっ

商人子弟「現実問題、中央とのもめ事に軋轢を抱えたまま
 対魔族戦線や警戒網を維持するのは無理な話じゃないですか?
 聖王国からは宣戦布告まで出されちゃってるんだから、
 魔族あいてには多少なりとも懐柔工作なり、すくなくとも
 中立派工作なり行って、いまの事実上のこの戦争休止状態を
 何とか延長することに何の問題もないと考えます。

   この試算によると、魔族との交易が推定規模に達した場合
 三ヶ国同盟の税収額の実に36%が、関連税、または港の使用料から
 まかなうことが可能であり、対魔族交易の中心地となる。
 また現在のかさんだ防衛予算を圧縮することも可能です」

辣腕会計「……やりますね、彼」

鉄腕王「……」

氷雪の女王「国民の納得はどうなるのだ」

商人子弟「実際の魔族と戦っていたこの国として
 そこをじっくりと考えて欲しいとは思います。
 本当に魔族って人間を堕落させるための破壊の化身なんですか?
 僕には……。
 こう言うと魔族との戦で死んでしまった人に
 申し訳が立たないのかも知れませんが、
 戦場で出会った魔族の方が、教会の説教に出てくる魔族より
 ずっと人間らしかった気がするんですよ」

548 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:45:04.34 ID:498vELIP

冬寂王「やはりこの件については、重大すぎるために
 すぐさまお返事するわけには行かない。
 申し訳ないが商人殿」

青年商人「そうですか……」

冬寂王「しかし、早急に魔界に対する調査団を派遣しようかと思う」
氷雪の女王「調査団?」

冬寂王「わたしも指摘されて思い知ったのだ。
 我らは魔界のことを知らなさすぎると、ね。
 なぜだろう?
 二回も聖鍵遠征団を送り、
 合計で10万人に迫る人間が魔界へと入り込んだのだ。
 その風物や産業、あるいは風景くらいは
 聞こえてきても良いのではないか?

   それなのに、なぜか我らの知っているのは、
 悪夢じみたおとぎ話にも思える戦闘の様子ばかり。

   何かがおかしいような気がしてならぬ」

氷雪の女王「云われてみれば……」

冬寂王「いまはこのくらいしかお答えできぬ。すまない」

青年商人「いえ、十分でしょう」
辣腕会計「委員……」

冬寂王「もしかしたら、二つの世界は意外に近いのではないか。
 そのような予感もわたしにはするのだ……」

554 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20:24:07.38 ID:498vELIP

――開門都市、神像の無き神殿、最深部

女魔法使い「……」

女魔法使い「……すぅ、すぅ」

女魔法使い びくっ

女魔法使い「……」きょろきょろ

女魔法使い「……発見」

カツン

女魔法使い「……不可視化解除。……ここ」

女魔法使い「……」

女魔法使い「……」

女魔法使い「……」

女魔法使い「……冗長系としてのマージンがわたしを
 誕生させたけれど、その意味について設計者が
 関知しているかは疑問」

女魔法使い「……存在するなら進む。結果を見るのが、
 勇者なら、わたしはそれでも悪くない。
 ……ん。……正しく、冗長系だね」

560 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20:45:25.57 ID:498vELIP

――魔王城、前庭、“忘れえぬ炎”の広場

魔王「我が同胞(はらから)よっ! 我が臣民よっ!」

おおおおお! 魔王! 魔王!

  勇者「なんだよ、魔王。人気ないって云ってなかったか?」

  メイド長「歴代の中では不人気なんですよ。
   魔界では戦闘能力があるほど尊敬されますしね。
   先代魔王が広場に集まった民にこんな呼びかけをしたら
   もう、4、5人鼻血だしてたおれてます」

魔王「長きにわたる不在! みなのものには心配をかけたであろう。
 様々な憶測、流言飛語があったかと思うが、
 わたしはこの通り壮健であるっ」

おおおお! 魔王! 魔王! 魔界に栄光あれっ!

魔王(小声)「メイド長っ」
  メイド長「何でございますか? まおー様」

魔王(小声)「この服、もうちょっと何とかならなかったのか?」
  メイド長「何とかなったからそうなのでございます」

魔王(小声)「胸があふれそうだっ」

  勇者「あー。やばいな。眼がちかちかするわ」
  メイド長「女性魔王たるもの、色気を無駄に
   垂れ流さなくてどうします」

  勇者「お約束?」
  メイド長「お約束でございます」

561 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20:49:02.77 ID:498vELIP

魔王「諸君! 長きにわたる憂悶の日々に堪えてくれたことを
 嬉しく思う。……わたしは帰ってきた。この魔界にっ」

  勇者「なんか、そうぽよぽよされると、ほら、なんての。
   相方として、泣きたくなるじゃんね? 普通に」

魔王(小声)「殴る」

  メイド長「勇者様にもアピールできるチャンスですのに」

おおおおお! 魔王! 魔王!

魔王「わたしが雌伏している二年の間に何があったかは
 知っている。まずは人間の征服していた我らが聖地の一つ
 開門都市を取り戻せたことは喜ばしいっ。
 かの都市は以降、我が直轄領としての庇護を与えるっ」

  メイド長「えー。次の原稿は……」

魔王「わたしが姿を見せぬ間、魔王に反旗を翻し、
 またわたしがさだめた法を逸脱したものに関しては
 我が忠実な剣にして将、黒騎士がその斬魔の剣にて
 粛正を与えたっ!」

  メイド長「勇者様、ここで前に出て、ガオーって」

勇者「え?」 ざざっ。じゃきんっ 「こうか?」

  メイド長「もっとすごい感じで、ガオーって!」

勇者「うう。なんだよそれ……こ、“広域殲滅光炎陣”っ!」

 ヒュカッ!!  ……ビリビリ゙ビリ……チュドオオオオオオン!!!

569 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20:52:22.99 ID:498vELIP

  シーン ……と、塔が一瞬で
  ヒソヒソヒソ…………な、なにごとだ

魔王「こっ……。これが我が将の実力だっ!」
  メイド長「まおー様、ナイスアドリブフォロー」

おおお! すげー! 黒騎士すげー! すごすぎる! 魔王! 魔王~! 魔王ーっ!! 魔王!!

勇者(やっべなんか出過ぎた)

魔王「本日は我からみなに通達がある。
 忠実なる同胞よ、我が臣民達よ! 人間と接触しはや20年。

   彼らの持つ姿も力もその性格も、すでに我らの
 よく知るところとなった。
 我らはいま正にっ! 歴史の岐路に立っておるっ」

魔王! 魔王~! 魔王ーっ!! 魔王!!

魔王「わたしはっ!」 ばばっ
  メイド長「おお。黒マントひるがえり演出っ」

魔王「ここに、大部族会議っ、忽鄰塔の招集を告げるものである!」

魔王! 魔王~! うぉぉ! とうとうこの日が来たっ!
人間との全面戦争だぁ! 今度こそ我らの大勝利だぁ!!

魔王「え? ちがっ。そうでなく」

魔王! 魔王~! 魔王万歳っ!! 魔界万歳っ!!

魔王「……ええーいっ。
 すべては忽鄰塔において族長による決定があるっ!
 魔界の隅々にまで伝えよっ! 魔王が招集をしているとっ」

654 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:21:59.11 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、真冬の朝、村の入り口

痩せたした村人「ほーぅい」
中年の村人「どんな案配だい?」

痩せたした村人「今日も寒いなぁ」
中年の村人「ああ、氷っちまうだがよ。何処へいくだ?」

痩せたした村人「ちょっくら豚肉をとりに倉庫へな」
中年の村人「おいら氷溶かしだがや。……おや」

痩せたした村人「?」

中年の村人「ほーぅい! ほーぅい!」

痩せたした村人「ありゃ、学士様でねぇかい!
 都におられるって話だったけんど
 おら達が村に帰ってきてくれたのかい!?」

中年の村人「ほーぅい! 学士様よぉーい!」

  魔王 ぶんぶんっ
  勇者「そんなに手を振らんでも」

たったったった

痩せたした村人「おかえりだがや! 学士様!」
中年の村人「おかえりなさい、学士様!」

魔王「うん。いま帰った」にこっ

656 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:24:02.27 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、暖炉の暖める広間

 めらめら、ぱちぱち

メイド姉「申し訳ありませんでした、当主様」

魔王「もう良いと云っているではないか」

メイド姉「しかし、当主様のお姿であのようなことをしでかし
 この件の影響は大きく、今後の当主様の活動にも
 変化を与えずには済みません」

魔王「かといって、あそこで殺されておったら、
 それこそわたしは幽霊になって
 住む家もいままでの成果も失ってしまう。
 おまけにメイド姉の幽霊も出てくるだろうから
 幽霊にたたられる幽霊ではないか」

メイド姉「は、はい……」

魔王「その件は、帰り道に勇者にも聞いておる。気にするな」

メイド姉「は、はい……」

魔王「それより長い間大変だったのであろう?
 もういいのか? 怪我などはしていないか?
 疲れてはいないか?」

勇者「いや、それは自分に云えよ」
メイド長「まったくです。人より重いものぶら下げてるんですから」

657 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:25:27.04 ID:BJlDi/AP

メイド姉「いえ、皆さんに本当に良くしてもらって」
メイド妹「うんうんっ! 鉄の国の料理も教えて貰ったよ!」

魔王「そうか、それは楽しみだな」なで
勇者「どんなのだ?」

メイド妹「海賊風スープとか、猪の香味炙り焼きとか」
勇者「豪快だな」

メイド妹「味が濃くて、ぎゅーって感じで美味しいよ?」
勇者「おお、なんか美味そうなな感じだ!」

メイド長「当主様がお出かけの間、
 家事に遺漏はありませんでしたか?」

メイド姉「家を空けておりましたので、
 その間は世話が行き届かなかったのですが
 村の方達が、冬支度と、雪下ろしをやってくれましたようで。
 昨日帰りましてから、邸内の埃払いなどを始めております。
 明日には全ての清掃管理を以前と同じような段階まで
 戻せるかと思います」

メイド妹「私もがんばったよ!」

メイド長「妹は何をしていたのです?」

メイド妹「シーツ全部洗濯した! リネンも全部きれい!」

メイド長「……よろしい。評価に加えましょう」

658 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:26:37.91 ID:BJlDi/AP

メイド姉「では、わたし達は廷内の清掃に戻りますので」
メイド妹「え? もっとお話……」

メイド姉「戻りますよ。妹。お話は夕食の時でもできます。
 それにいま全部聞いちゃったら、冬籠もりの間に
 お話を聞く楽しみが無くなっちゃうでしょ?」

メイド妹「うー」

メイド姉「ほら、いくよ?」 ずるずる
メイド妹「と、当主様。またー!」

メイド長「では、まおー様。わたしも冬の間の届け物や
 屋敷の遺漏、仕事の具合などをチェックしてまいりますので」

魔王「うむ。頼んだ」
勇者「よろしくなっ」

とっとっと

メイド長「あ、そうでした」

魔王「なんだ?」

メイド長「まだ屋敷の何処が汚れているか判りません。
 チェックも終わっていませんので、多少ご不便でしょうが、
 しばらくはこの部屋で大人しくしていてください。
 夜までには執務室を使えるようにしておきますので」

魔王「うん、お願いする」
勇者「たかが掃除で。汚れても死なないって」

メイド長「汚れた格好で歩き回られると掃除の手間が増えます」

660 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:28:28.73 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、暖炉の暖める広間

勇者「メイド長も神経質だなー」

魔王「ふふふ。あれでも気を遣ってくれたのだろう」
勇者「?」

魔王「少し休憩しろ、と云うことなのだ」
勇者「ああ。まだるっこしいなぁ」

魔王「そういう性格なのだ」にこっ

 めらめら、ぱちぱち

勇者「……」
魔王「……」

 めらめら、ぱちぱち

勇者「それにしてもさ、そのー。Quriltai?」

魔王「忽鄰塔だ。魔族の族長が集まり、
 重要事項を決定する大会議だな」

勇者「なのに、かえって来ちまって良かったのか?」

魔王「開催するためには一ヶ月以上掛かる。
 使者をとばして向こうも準備をせねばならぬからだ。
 忽鄰塔は本当に大きな集まりで、
 一人の魔王の治世の中でも2回も開けば多い方だ。
 中には1回の忽鄰塔も開かなかった魔王もいる」

勇者「ふぅん」

661 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:29:57.69 ID:BJlDi/AP

魔王「会議は族長同士で行われるが、
 族長だけが集まるわけではない。
 氏族の主立った顔ぶれがあつまって交流するのだ。
 市が開かれ交易も行われる。
 腕試しの決闘がそこここで開かれるし、
 中には恋に落ちる若者同士もいる。
 忽鄰塔の期間に生まれた子供は、将来利発になるとも云うな。
 そして多くの宴も催される。
 宴だけで時には一月にわたることもあるほどにだ」

勇者「ふーん。会議とお祭りと旅行が一緒くたのようなものか」

魔王「魔族の氏族の中には個性が強いものもおる。
 例えば竜族などは強力な氏族だが、多くの場合自分たちの
 領土に閉じこもって生活を続けているな。
 獣人族は山野を駆け巡る狩人で、あまり人里には暮らさない。
 彼らが他の氏族とふれあう機会である、というのも
 忽鄰塔の大きな役割なのだ」

勇者「そうか、人間と一緒にしちゃいけないな」
魔王「そのとおり」

勇者「今回の会議はやっぱり、その」
魔王「ああ、人間族との関係を見直さなければいけない時期だ」

勇者「……」

魔王「大丈夫。なんとかなるさ。そのためにもしばらくは
 この屋敷と地上界で資料集めや援軍の準備をしなくては」

勇者「そっか」

662 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:32:03.69 ID:BJlDi/AP

 めらめら、ぱちぱち

魔王「……ふわぅ。……んぅ」ぐぃっ
勇者「どうした?」

魔王「いや。暖かくてな。なんだか緊張が」
勇者「疲れてたんだろう?」

魔王「そうなのかな」
勇者「緊張している時は、疲れが自覚できないもんだ」

魔王「む。そういうものなのか」

勇者「激しい戦の後なんか、特蜷。
 もう何が何だか分かんないくらい気合いが入っちゃって、
 戦った後に海に飛び込んでゲラゲラ笑いながら8時間泳いで、
 陸に上がった後にいきなり寝むりこけて
 二日たった事もあったくらいだ」

魔王「それは勇者だけだ」

勇者「すこし寝るか?」

魔王「いや、眠くはないのだが。ちょっとだるいだけで」
勇者「そっか。……えーっと」

魔王「ん?」
勇者「あんまり柔らかくないし、
 寝心地悪いけど、膝を貸してやろうか?」

魔王「良いのか?」
勇者「おやすいご用だ」

668 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:37:27.58 ID:BJlDi/AP

「そこまでですっ!」
「その手を……は、離してくださいっ!」

「貴様ら、何者だっ!?」

 凍り付いたような月光の中を飛び込んできたのは二つの小さな
影だった。
 まだ子供のようなあどけない表情を、それでも闘志に燃やして、
 栗色の長い髪をたなびかせる少女。彼女のその幼いしかし将来を
十分に予感させる可憐な美貌に似合わない、薄手のぴっちりとした
服の胸部を盛り上げる発育した胸がふるえる。
 愛らしい腰回りにフリルを沢山つけたミニスカートからはニー
ソックスに包まれた健康そうな太ももを突き出され、強気そうに
大地を踏みしめた体勢で高らかに名を名乗る。

「わたしはごきげん剣士ななこっ!」

 その傍らに立つのは、少女と見まごうばかりの可愛らしい表情を
した少年。まだ発育しきらない、薄く華奢な上半身の線を晒しだし
てしまうような丈の短いブラウスと、細く滑らかな足を見せつけて
しまうようなきわどい半ズボンで、その身体を覆っている。
 少年はその格好が恥ずかしいのか、内股になって身をよじりなが
らも、奇っ怪な黒い影を見つめて気丈に声を張り上げる。

「ぼ、ぼくはごきげん賢者すいかっ!」

 二人が呼吸を合わせて手をハイタッチさせると、そこから奔流の
ように光が流れ、あたりに輝きの微粒子が舞い踊る。
 音楽的な炸裂音と七色の閃光は暗い倉庫を照らし、コウモリにも 似た怪人の網膜を焼き尽くす。

「わたしたちっ!」「ぼくたちっ!」
 くるりと回って武器を構える二人。

「相手が悪だかどうかも確認せずに、ノリと勢いで征伐執行!
 わがままいっぱい甘えたい盛りのお年頃っ!
 その名もっ“ごきげん殺人事件”っ!! 執行完了170秒前っ!」

675 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:42:32.34 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、暖炉の暖める広間

魔王「~♪」
勇者「……ん」

魔王「勇者の膝、気持ちが良いぞ」
勇者「おお、そりゃよかった。眠くなったら寝ても良いんだぞ?」
魔王「そうさせて貰うかも知れないが……」

勇者「ん?」

魔王「勇者は何を読んでおるのだ?」
勇者「新作」

魔王「は?」

勇者「いや、五巻目らしいんだ。『ごきげん殺人事件5 3回チェ
 ンジで温泉旅行殺人事件』なんだけど」

魔王「意味がわからない」
勇者「俺にだって判らないよ」

魔王「判らないものをどうして読んでおるのだ?」
勇者「友人が書いたんだ」

魔王「ほう」
勇者「ほら、女魔法使いだよ」
魔王「そうなのか? 彼女にそのような趣味が?」

勇者「ああ。あっ。これは秘密だぞ? そう言えば
 口止めされてたんだった」

魔王「判った……。だが知ってしまうと興味をそそられるな」
勇者「貸してやろうか? 1巻から読めば同時に読めるぞ」

680 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:46:05.74 ID:BJlDi/AP

魔王「……」ぺらっ
勇者「……」

 めらめら、ぱちぱち

魔王「くっ。……ウサりんご大佐め、なんて憎たらしいやつなのだ」
勇者「そいつムカつくよなぁ~」

 ぺらっ、ぺらぺらっ

魔王「……」
勇者「……ほほう」

 ぺらっ

魔王「なっ!? 胃の中までカブ汁で満たすだと……?
 なっ、なんて猟奇的で残虐な発想なんだ。作者は正気かっ!?」

勇者「……いやぁ、どうかな」

 めらめら、ぱちぱち

魔王「ふぅーむ」
勇者「どうした?」

魔王「いや、意味はまったくわからないが面白いな」
勇者「面白いが読み終わってもあらすじを解説できないんだ」

魔王「新規な体験と云えよう」
勇者「珍奇な経験としか云えないと思うぜ」

684 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:48:53.17 ID:BJlDi/AP

 めらめら、ぱちぱち

魔王「ふぅー。堪能したぞ。1巻最大の見せ場は、ショーツを
 盗まれたすいか少年のあられもない必殺技だな」

勇者「……いや、それはうがちすぎた見方だろう?」
魔王「では何処が良いというのだ?」

勇者「やっぱり深夜の路上でゾンビの物まねをする村人が
 60ページに渡って描写される所じゃないか?」

魔王「震えが来るな」
勇者「まったくだ」

 めらめら、ぱちぱち

魔王「……」
勇者「……」

魔王「勇者と、こうして背中をくっつけあって本を読む日が
 くるなんて、わたしは想像もしていなかったよ」
勇者「俺だってしてなかったさ。魔王となんて」

魔王「背中……暖かいな」
勇者「うん」

魔王「わたしはずっと一人で本を読んできた。
 もちろん簡単な物から難しいことまで、
 それこそ気が遠くなるほどの勉強もしたけれど、
 それにもまして一人であれやこれや、
 他愛のないことを想像してきたよ。
 でも、勇者と背中をくっつけるなんて簡単なことも
 想像していなかった」

勇者「実物で手を打てば良いんじゃないか? 魔王」

704 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:31:00.16 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、食堂

メイド妹「じゃーん! 今日はご馳走です!」

魔王「おお! 美味しそうだ」
勇者「家空けてたのに、良く食料があったな」

メイド長「ええ。村長と村の方達が、
 先ほどから何名もいらっしゃって。
 ご帰還のお祝いだと届けてくれるんです」

魔王「ああ、ありがたいな。
 それでは遠慮無くいただこうではないか」

勇者「おう」

メイド長「では、給仕を……」

魔王「ああ。良い。一緒に出してしまってくれないか?
 それに今日は、みんなで一緒に食べよう」

勇者「そうだな」

メイド長「ですが……」

魔王「習慣にする訳じゃない。今日だけだ。
 メイド長、ゆるしてくれ」

メイド長「主人の希望を叶えるのもメイドの仕事ですからね……」

705 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:32:17.41 ID:BJlDi/AP

魔王「では、頂きますだ」
勇者「いっただっきまーっす!」

メイド長「パンも焼きたてですね」
メイド姉「はい」にこっ

メイド妹「明日はレーズンの入ったのを作るよ。
 あ、お兄ちゃん。テーブルでの給仕はわたしがやるのっ」

勇者「いいじゃん。たまには楽すれば?
 スープくらい自分で出来るよ」

メイド妹「ちがうのっ。これはわたしの仕事なのっ。
 それにね、作った料理を盛りつけて、お届けして
 “美味しい~”って顔を見るのは、お仕事だけど
 お仕事って云うよりもご褒美なんだよ?
 そこまでセットで料理人なのっ」

魔王「そのとおりだな。それはメイド妹の労働対価だろう?」

勇者「……そうなのか。判ったぞ。おねがいします」

メイド妹「は~い♪ どうぞっ」
勇者「ん……」

メイド妹「どう?」
勇者「美味しいぞ。ベーコンも炒まって、馬鈴薯も最高だ」にこっ

メイド妹「わーい♪」

706 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:33:47.72 ID:BJlDi/AP

メイド長「こほん。妹」
メイド妹「はいっ」

メイド長「食事の場で腕を振り回す物ではありません」
メイド妹「ごめんなさい」

メイド長「でも、料理は腕を上げましたね」
メイド妹「は、はいっ」がたっ

勇者「――直立不動で敬礼してるし」
魔王「うむ、メイド長。良い掌握だ」

メイド長「これからも精進なさい」
メイド妹「はいっ♪」

勇者「美味いなぁ」
魔王「うん。この貝のバター焼きも良いな」

メイド長(小声)「ところで、まおー様」

魔王「どうした?」

メイド長(小声)「いかがでした?」
魔王「なにが?」

メイド長(小声)「お二人の時間ですよ」
魔王「ああ、楽しかったぞ。どきどきわくわくだ」

707 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:36:30.24 ID:BJlDi/AP

メイド長(小声)「おや。流石の童貞勇者も、では抱擁くらいは」

魔王「それにしても2巻でいきなり武器が砕けた上に
 自分たちが逮捕されるとは……」

メイド長(小声)「はい?」

魔王「“才能の無駄遣い”?
 ……いや“無駄遣いにしか使用できない才能”なのかな。
 世間の評価は判らぬが、ともあれ問題作ではあった」

メイド長(小声)「何を仰ってるのか、わたし……」

魔王「いや、『ごきげん殺人事件』だ。新しい形の物語で
 勇者と二人でずっと読んでいたんだ。面白かったぞ」

メイド長(小声)「ずっと?」
魔王「うん、ずっと」

メイド長「……」
魔王「?」

メイド長「勇者様ー?」
勇者「ん。なんだい、メイド長?」

メイド長「まおー様が、今晩の湯浴みでは背を流したいそうです」
勇者・魔王「えっ!?」

メイド姉「え、あ、わわわ」
メイド妹「一緒お風呂なの? いいなぁ~」
メイド姉「わたし達は良いのっ」

勇者「何を言ってるんだっ。そ、そ、そんなのっ」
魔王「そうだぞっ。メイド長っ。横暴だぞっ」

708 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:37:46.80 ID:BJlDi/AP

メイド長「これは決定です」ぎろっ

勇者「お、おーぼーだぞー。ですよー?」
魔王「な、なんでそんなに怒っているのだ? 悪いことしたか?」

メイド長「まったく。時間というのは有限なのですよ」

勇者「その件は慎重に論議をしてだな」
魔王「そうだ、こういうのはムードとかタイミングが」

メイド長「お二方は何を聞き分けのない……。
 判りました。では、勇者様の背中はわたしがお流しします」

メイド妹「お、おねーちゃん?」
メイド姉「わたしたちには早すぎる話題だから、
 静かにしてようね、いもーと」

勇者「メイド長が……ふにふにほわぁん」
魔王「何を想像しているっ、勇者っ。
 そのようなこと許せるわけがないではないかっ」

女騎士「ふぅ。何で毎回こういう展開に出くわしてしまうのだ」

勇者「何時の間にっ」

女騎士「何度も声をかけたぞ。せっかく帰ってきたと聞いて
 たずねてみれば、灼熱開戦とはこのことだ」

魔王「女騎士ではないかっ! 無事に帰ったぞ!
 さぁ、座ってくれ。メイド妹、食事をもう一人分だ」

メイド妹「はーい!」

710 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 14:38:41.28 ID:BJlDi/AP

勇者「まぁ、とにかく風呂の話題は置いておいて」
魔王「う、うむ。ここは一時停止だ」

メイド長「判りました。二人ではともかく
 三人ではちょっと手狭ですしね」

勇者「そういう問題なのかよっ!?」

メイド長「主人のハーレムを整えるのもメイドの役目」

勇者「本当なのかよ、それ」
魔王「メイド長の“メイド道”は複雑怪奇なのだ」

女騎士「無事に帰って良かった。……これは修道院から
 くすねてきたワインだ。まぁ、控えめに飲んでくれ」

メイド長「有り難く頂きますわ」

魔王「話は簡単にだか聞いている。
 中央との戦を双方最小限の被害で食い止めてくれたとか、
 いくら礼を言っても足りない」

女騎士「相手は2万、こっちはその4分の1以下。
 いくらわたしでもまともにやったら死んでしまうよ。
 あれはああでなくては、わたしも困っていた」

勇者「悪いな、来てもらっちゃって。
 明日にでも挨拶に行くつもりだったんだけど」

女騎士「それが待てなかったのはこっちの都合だから。
 お帰りなさい、勇者」

723 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 15:32:34.88 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、夜の執務室

魔王「ふぅ……。やれやれ、やっとおちついたか。
 これで報告書やら書類の整理やら……。
 おおっと、そうだ。
 頼まれていた土産も渡してやらぬとな。
 明日は村長の所にも顔を出さないと……んっ。
 土産の包みは何処へ……」

コンコン

魔王「開いている。どうぞー」

女騎士「いま、良いだろうか?」

魔王「ああ。女騎士か。済まないな、騒がしい夕食で」

女騎士「いや、いいんだ。楽しかった。
 修道院の夕食は、宗教的な制約で静かだから。
 こういう楽しい食事は、気持ちが和むよ」

魔王「それなら良いんだが」

女騎士「うん」

魔王「……」
女騎士「…………」

魔王「どうした?」
女騎士「ああ。その。今晩のうちに話したいことがあって」

魔王「聞こう」

724 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15:34:32.03 ID:BJlDi/AP

女騎士「その、魔王がいない間に」
魔王「うん」

女騎士「勇者に、剣を捧げた」
魔王「……?」

女騎士「判らないか。そのぅ……。
 剣を捧げるというのは、騎士にとって重要な
 ……誓約の儀式なんだ。
 それをしないと一人前とは云えないと云うほどの」

魔王「ふむ」

女騎士「騎士は主人を持って、
 剣を捧げた主君を持って初めて一人前になる。
 剣を捧げるというのは騎士にとって
 主君に全てを委ねると云うことで、
 主君のために働き、戦場では武勲を立てる生き方の規範なんだ。
 主君のことを思い、主君のために尽くす。
 ……主君のものになると云うことなんだ」

魔王「……っ」

女騎士「その誓いを、勇者に捧げた」
魔王「……」

女騎士「魔王がいない間に許可も得ずに、内緒で、卑怯だと思う。
 それは判っている。それに、勇者に対しても
 もしかした無理強いをしたんじゃないかとも……思っている。
 その……。剣を捧げた後、わたしは戦場に行ってしまったし
 勇者は魔界に行ってしまったから、確認はしてないけど。
 困ったような表情は、させてしまった」

725 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 15:36:26.26 ID:BJlDi/AP

女騎士「だからといって取り消せない。
 それは誓いだから、絶対に取り消せないし、
 もし可能だとしても取り消したくはない。
 勇者に剣を捧げたいというのはわたしの魂の願いなんだ。
 ――でも、これは魔王に内緒にすべきではないと思った。
 魔王が勇者の持ち主だからって言うのもあるけれど」

魔王「……」

女騎士「友達だって云ってくれたから」

魔王「……」

女騎士「だから、告げに来た。
 罵ってくれて構わない。いや、そうされるために来たんだ。
 も、もちろんっ。
 わたしは勇者のものだけど、勇者はわたしのものじゃない。
 ――騎士の誓いとはそういう物じゃないんだ。
 だから勇者がわたしに触れなくてもわたしは一生我慢できる。
 魔王と勇者の仲を邪魔するつもりはなくて、
 それは魔王が正しくて……。
 勇者に触れて貰ったりもしてないぞ?
 いやそれは、何というか、そういう意味でと云うことだが」

魔王「ん」
女騎士「うん……」

魔王「そうか」
女騎士「うん……」

727 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15:38:30.33 ID:BJlDi/AP

魔王「わたしは、図書館で育って。
 と、いっても普通の図書館とも違うのだけれど……。
 つまり、人とのふれ合いが少ない環境で育ったのだ。
 だから男女に限らず情愛には疎くてな」

女騎士「……」

魔王「女騎士は、嫉妬を感じたことがあるか?」

女騎士 こくり

魔王「それは、なんだか胸のあたりがちくちくといがらっぽく
 呼吸が苦しくなるような、
 平衡感覚が失われるようなものだろうか?
 相手を特定できないような無方位の怒りと苛立ち
 それから自己嫌悪と寂しさがミックスされたような感情なのか?」

女騎士「うん、そう」

魔王「ではわたしは嫉妬しているのだな……」
女騎士「……」

魔王「わたしがもし魔力に溢れる魔王であれば、
 漏れ出したそれだけで、床を焦がしてしまうやも知れない」

女騎士「うん……」

魔王「一番哀しいのは、どこかで惨めな気分になっている
 自分が存在することだ」
女騎士「え?」

729 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15:41:41.92 ID:BJlDi/AP

魔王「やはり勇者は人間の娘のほうが好きなのだろうな。
 ――などと思う自分がいるのが、ただ、哀しい」

女騎士「魔王……」

魔王「いや、そんな弱気は全体から見ればほんの1%にも満たない。
 勇者はわたしのものだ、誰にも渡さない。
 あんな過去の魔王など指先さえも触れることは許さない。
 でも、それでも。
 人間である女騎士には負けてしまいそうな気持ちもある」

女騎士「……」

魔王「でも、やはりだめだ。騎士の誓いが譲れぬものであるように
 わたしの所有契約だって不破の約束。
 ずっと昔から勇者が会いに来てくれるのを待っていたのだ」

女騎士「うん」

魔王「……」
女騎士「……そう、だよね」

魔王「だが、仕方あるまい」
女騎士「え?」

魔王「わたしは“仕方ない”と云う言葉が嫌いでは、ないのだ。
 もちろんその言葉は、十分な努力もしていないものが
 己の安逸を求める言い訳に使うことが多い事も承知している。
 だが、時にその言葉は飲むに飲めない妥協へ飲み込んでも
 前へと進む言葉になってきた。
 辛く厳しい現実を受け入れてでも立ち上がる
 勇気に満ちた言葉だからだ」

730 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15:45:30.84 ID:BJlDi/AP

女騎士「……」

魔王「だから、わたしが魔族なのは仕方ない。
 女騎士が、勇者に……想いを寄せたのも、仕方ない。
 いや、沢山の類似ケースを考えれば
 一番妥当で痛みのないケースかもしれないな。
 そもそも歴代魔王の中ではハーレムを持たない者の方が
 少ないくらいだ。勇者のことは知らないが、
 それくらいの規模は予想してしかるべきだった。
 でも、そんな時に勇者の隣に誰がはべろうが、
 その中でも、女騎士が、いちばん“仕方ない”。
 他の誰であるよりも、わたしは我慢が出来ると思う」

女騎士「……魔王」

魔王「だからといって譲るつもりも負けるつもりもないぞ?
 大体の所、騎士の誓いとは聞けば主従契約ではないか。
 つまり終身雇用だ。所有とは概念レベルで勝負にならぬ」

女騎士「わたしにだって、勇者と旅をしてきた歴史があるのだぞっ」

魔王「歴史? 歴史と云ったか、この図書館族のわたしに?
 歴史などという言葉は150年前に通過済みだ」ふっ

女騎士「意味不明だっ。わたしは勇者(の毒蛇に噛まれた傷口)に
 口づけをしたことだってあるんだぞっ!?」

魔王「~っ!? な、な、なっ。
 過去の栄光にすがってどうする! わたしは勇者に膝枕を
 した上に、先ほどは二人で読書デートを決行したのだっ!」

女騎士「はっ。読書デート。それこそ子供のような」
魔王「云ったな、女騎士」 ごごごご

732 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 15:48:19.60 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、談話室

 ドッゴォォォーン!!
  バキャァ!!

メイド姉「なんだか大きな音が……」
勇者「ああ、再会を祝ってるんだろう? 二人で。
 酒を入れるとみんな明るくなるよなぁ……」

メイド姉「当主様、飲んでいたかしら?」
メイド妹「ねーねー。お兄ちゃん、それはいいからー」

勇者「おう、そうだったなー。えーっと」ごそごそ

メイド妹「わくわく」

勇者「じゃーん、こいつがお土産だ! かさばったぞう!」
メイド姉「これは、なんです?」

勇者「まず、妹には緑柱石の髪飾りと“せいろ”だ」
メイド妹「せいろー? おっきいー。これ、かご?」

勇者「いや、これは鍋の上にのっけるんだ」
メイド妹「のっける?」

勇者「下でお湯を沸かして、湯気でものを暖めるんだよ。
 “蒸す”っていうんだけど。判るか?」

メイド妹「うわぁぁ! おもしろーい!!」

733 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15:49:52.50 ID:BJlDi/AP

勇者「で、メイド姉には、こっちだ」
メイド姉「いただけるんですか?」

勇者「おう、あいつが選んだのはこの櫛。
 あいつも昔から使っているんだって。まか……じゃない。
 学士の故郷じゃ、娘が一人前の年齢になると、
 櫛を貰うんだってさ。美人度が上がって彼氏が出来るように」

メイド姉「綺麗です。宝石みたい……」

勇者「こっちは俺からだ」
メイド姉「これ……」

勇者「絹の朱子織だよ。ほら、なんかさー。
 服とかそういう洒落たものを買っていくと良いのかなって
 思ったけれど、そういう知識もないしさ。
 大きさが違うのもよく判らないし。
 だから、悪いけど、この布地で」

メイド姉「すごい……」

勇者「あ、やっぱだめだった? 手抜きだった? ごめんな」

メイド姉「いえ、いいんです。嬉しいですっ!
 こんな上等な。こんな綺麗な布地は見たことがありませんっ」

メイド妹「うん、すごーい! お姫様の衣装みたい」

勇者「そっか。学士が、姉なら仕立ても出来るって云ってたから」

メイド姉「はい、ありがとうございますっ」

746 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 20:02:52.49 ID:BJlDi/AP

――地下世界(魔界)、辺境部の通商道

びゅぉぉぉぉっ

中年商人「うっぷ、すごい風だな」
犬頭の商人「季節風だよ」
歴戦傭兵「こいつぁ、参るな」

中年商人「おーい! 飛ばされんじゃねぇねぇぞ!
 しっかり荷の確認をしろーい」

キャラバンの一行「ほーぅい!」

犬頭の商人「逞しいな、あんたらは」

中年商人「商売って云ったら何処でも同じじだろう?
 逞しくなきゃやっていけやしないさ」

犬頭の商人「違いない」

歴戦傭兵「この辺の治安ってのはどうなんだい?」

犬頭の商人「良かったり、悪かったりだね」
歴戦傭兵「ふぅむ」

犬頭の商人「近頃は落ち着いているが、
 この開門都市ってのは古代からの聖地なんだ。
 何十もの神殿があってね。
 それらのお参りで人の出入りが激しい。
 人間世界と軍が行き来していた頃は主要な中継地にもなってた。
 知ってるように、あんたらと戦争してたからだ」

歴戦傭兵「ああ」

747 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 20:06:22.25 ID:BJlDi/AP

犬頭の商人「そんなこんなで、支配者や、
 そん時ついてる勢力が変わるたびに治安が乱れるんだよ」
歴戦傭兵「なるほどな」

中年商人「いまは?」

犬頭の商人「今やってるのは随分と評判が良いね。
 税も安いし、交易はだいぶ自由だ。
 毎月のように広場を開放してくれるし、
 毎週月の曜と木の曜には市場を開いてくれる。
 俺たち旅商人には有り難いし、治安も悪くはないね。
 でも、だからって、このあたりが物騒になりやすい地域だって
 事には何の代わりもない。
 俺たちは決して油断をしないんだ」

歴戦傭兵「ああ、それが一番だよ」

犬頭の商人「あんたらは随分と大きなキャラバンだもんな」

中年商人「そうか?」

犬頭の商人「ああ、ここらを歩く商売人の殆どは
 らくだ一頭に荷を左右にぶら下げて引き歩く行商人だよ」

中年商人「馬車や、らくだ車は流行らないのか?」

犬頭の商人「砂やぬかるみに弱いからね。
 手を集めて引っ張り出せるあんた達のような十人以上の
 一行なら扱えるんだろうが、独り者の商人の手には負えない」

中年商人「なるほど。俺も若い自分にはポニー一頭をひっぱって
 旅暮らしをしていたことがあるよ」

748 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 20:07:44.19 ID:BJlDi/AP

犬頭の商人「何を扱っていたんだ?」

中年商人「その頃は麦、香辛料、それに割れ物だな」

犬頭の商人「麦か。このあたりでは、取れるには取れるんだが、
 あまり質は良くねぇな。殆どを酒にする」

歴戦傭兵「良い酒なのか?」

犬頭の商人「いやぁ、全然さ。酒と云えば、妖精族のが一番だ。
 竜族の醸す強い酒も上等だな。鬼呼族の作る米の酒も値段は
 張るが乙なものだ。なかなかお目にかかれないけどね」

歴戦傭兵「酒は、やはり難しいか」

中年商人「割れたりするトラブルがつきものだからなぁ」

犬頭の商人「そうだなぁ、だが、良い値段で売れた時には
 美味しい商売だ。何よりも、何処でもそれなりに商品を
 さばける」

歴戦傭兵「ちがいない。はっはっはっ」

中年商人「都に着いたら、何処を根城にすると良いかね」
犬頭の商人「まぁ、まずは庁舎に行って商札をもらわねぇと」

中年商人「許可か」
犬頭の商人「そうだ。そのあとは、茶館にいって一服するといい」

750 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 20:10:07.70 ID:BJlDi/AP

中年商人「茶館?」

犬頭の商人「ああ。そうだ。……人間達の街では違うのか?
 茶館っていうのは、茶を出す建物のことなんだよ。
 茶ってあるのか?」

歴戦傭兵「もちろんあるさ。馬鹿にするな。
 まぁ、言葉で何となく判るがよ」

中年商人「商人が集まるのか?」

犬頭の商人「ああ、そうだな。
 茶館は都市の商人が集まる、情報の集積地だ。
 高級な茶館には高いものを売り買いしたい
 金を持った商人があつまる。
 まぁ、茶館のランクがそのまま商人の懐具合になってる感じだな。
 もちろんこれは何の保証もないから、
 目星をつけた後は、嗅覚とコネを使って相手を見定める必要が
 あるのは、何処で知り合っても一緒だ。
 茶館によっては個室で茶を供するところもある。
 商談には便利な場所だよ」

歴戦傭兵「そういうことか」
中年商人「酒場と似たようなものだな」

犬頭の商人「酒場は朝早くは開いていなかったりするだろう?
 茶館は小鳥の鳴き声がする前から開いている。
 小鳥をかごに入れて飾っている建物が茶館なんだ」

中年商人「良いことを教えて貰ったよ」

犬頭の商人「そら、そろそろ見えてきたぞ」
歴戦傭兵「おお、あれかぁ。……はるばるとした街じゃないか」

犬頭の商人「あれが『開門都市』。このあたりじゃ一番の都だ」

753 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 20:33:08.45 ID:BJlDi/AP

――魔王城、東館展望部

メイド長「……ふっ。集いなさいっ!」

メイドゴースト ――

メイド長「ふむふむ。判りました。12番は腹痛で欠席ですね。
 他には体調を崩した子はいませんか?」

メイドゴースト ――

メイド長「わかりました。では、本日の業務内容です。
 今週はこの東館を集中的に。
 いいですか? 集中的に清掃を行います」

メイド長「リネンのセット、生花の準備、
 庭の手入れを行ってください」

メイドゴースト ――

メイド長「厨房ですか? 当然です。今週は食糧倉庫の
 全品入れ替えも行いますからね、手抜きはしないこと」

メイドゴースト ――

メイド長「は? ゴキブリ? 許可します。殺りなさい」

メイドゴースト ――

メイド長「怖い? それくらいどうにかなさいっ!。
 場合によっては初級魔術の使用も許可します。
 いいですね、当魔王城のメイド部隊の名にかけて
 遺漏は許しませんよっ!」

758 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 20:54:13.67 ID:BJlDi/AP

――地下世界(魔界)、開門都市、中央庁舎

副官「砦将、お客人です」
東の砦将「おお、入ってもらってくれ」

 ガチャ

中年商人「お邪魔しますよ」

東の砦将「いらっしゃい。俺がこの都市の自治政府、
執行委員なんてものを仰せつかっている砦将というものだ。
  あー、すまないが……」

中年商人「わたしは中年商人というものですよ。
 お初にお目に掛かります。
 いや、人間の方が仕切りをやっているとは聞いていましたが
 長い旅をしてきてみると感無量ですな」にこにこ

東の砦将「ははは。逃げ出す時に転んで取り残されただけだ」

 がしっ

中年商人「このような薄汚れた格好で申し訳ない。
 しかし、取り急ぎ報告をした方が良さそうだと思って」

東の砦将「どのようなご用件だろう?」

中年商人「塩の輸入を依頼されて運んできたんです」

759 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 20:55:22.25 ID:BJlDi/AP

東の砦将「火竜公女かっ? はははっ! やりやがった!」

中年商人「そう、随分気合いの入ったお嬢さんでしたよ。
 手紙も預かっている、これですな」にこにこ

東の砦将「かたじけない! 彼女は?」

中年商人「手紙にも書いてあると思いますが、
 まだあっちにいますよ。そうだ、紹介しましょう。
 こっちは今回のキャラバンの副長兼、護衛隊長の歴戦傭兵」

歴戦傭兵「よろしく」
東の砦将「おお、よろしく。これはわたしの副官だ」
副官「副官です。以後お見知りおきを」

中年商人「荷物は荷馬車に十八台。確認してみてくれませんか?」

東の砦将「よし、副官。見てきてくれ」
歴戦傭兵「俺も立ち会いましょう」すくっ

中年商人「頼んだぞ」
歴戦傭兵「一働きしてきますさ」

 がちゃ、とっとっとっと

東の砦将「……ふぅ、これで一つ心配事が減った」

中年商人「こっちも長旅の肩の荷が降りた想いです」

760 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 20:57:03.56 ID:BJlDi/AP

東の砦将「彼女はところでどうだった、どうしている?」

中年商人「わたしは、じつは『同盟』というあっちでは
 名の知られた商人のギルドに所属しているんですが」

東の砦将「ほう」

中年商人「彼女はそこに接触して、わたしの上司とでも
 云うべき商人に渡りをつけまして。
 その手配で今回の荷運びをしたってわけなんですよ」

東の砦将「そうだったのか。支払いの件など
 どうすればよいのだろう?」

中年商人 ふるふる
中年商人「私はすでに『同盟』のほうから手当を
 受けているんです。
 『同盟』のほうはお嬢さんと協力してもっと大きな仕事に
 手をつけてって云う話でしてね」

東の砦将「大きな仕事?」

中年商人「こういった塩をもっと潤沢に
 輸入するための仕事だそうですよ。
 今回のキャラバンは当面の塩不足をどうにかするための
 手始めらしくてね。わたしはそのために雇われたんです」

東の砦将「……ふむ」

中年商人「そちらの儲けからたっぷり手当は頂いているから
 代金などは頂く必要がないんですよ」

東の砦将「そうか。……では、中年商人殿は、この街への
 視察をかねていると思って良いのだな?」

762 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 21:02:47.10 ID:BJlDi/AP

中年商人「いや、それはどうだか。わたしは小物ですから」

東の砦将「ふっ。では、接待などしなくてはならないだろうな。
 だがこの街の政府は自治政府で、台所事情が厳しいのだ。
 わたしの馴染みの場末の酒場と云うことになってしまうが」

中年商人「いや、それはありがたい。
 かえってそう言う場所の方が気兼ねないというものです。
 わたしはこの街は初めてなんですよ。
 しかも長い旅をしてきた。
 長い旅の後に、都に詳しい人について酒場に入り、
 冷えた酒を一杯やる。これに勝る幸せなんてどんな宴に
 だってありはしませんよ」にこにこっ

東の砦将「はははは! 宿舎のでよかったら、
 水を浴びてくれ。日が暮れたら繰り出そうじゃないか。
 その頃には塩の検品も終わっているだろう」

中年商人「ああ、品質だけは保証できますよ。
 西ノ海で取れたまじりっけなしの雪花石膏のような花の塩です」

東の砦将「して、帰りは何か荷物でも仕入れるつもりなのかな?」

中年商人「いや、しばらくはこの街を根城に、
 色々話を聞いていこうかと思っているんですよ。
 良かったら紹介して欲しい職種もいくつかあるのですが」

東の砦将「ほう? どのような?」

中年商人「魔族の職人や傭兵というのは、
 どうすれば雇えるのでしょうね。
 ゲート後に開いた大穴、あそこに安全な街道を造るのは
 なかなかなにやりがいのありそうな仕事だ」

765 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 21:47:46.32 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、執務室

魔王「すさまじい激変だったようだな」

メイド長「ええ、レポートを見るだけでも、大騒ぎですね」

魔王「異端審問から始まり、天然痘の撲滅までか」
メイド長「はい」

魔王「青年商人の企てた策は、まさに“売り浴びせ”だ。
 資産の全てを投げ打つ戦略にはわたしでさえ背筋が氷る。
 さらには原始的な先物さえ創造しているんだ。
 銀行システムが流布していない世界において、
 半ば強引に信用創造を行い“見かけ上の現金”を
 増やしてのけた。
 その長いロープは中央諸国の首を軒先にぶら下げるに
 十分だったろうな」

メイド長「ええ」

魔王「それに、そのオチの付け方が洒落ているではないか」
メイド長「そうですか?」

魔王「ああ。ジャガイモに変える、とはな」
メイド長「はい」

魔王「青年商人は、あの位置から聖王国最大のスポンサーに
 なることも出来た。
 そうしなかった理由が、わたしとの約束という義理なのか
 それとも商人の嗅覚なのかは判らないが
 彼は二大経済圏の成立という賭けに討って出たんだ。
 その方が明日があると信じて」

766 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 21:51:24.73 ID:BJlDi/AP

魔王「彼の判断は、理論としては正しい。
 経済の発展のためには、多数の国家や多数の貨幣、
 それらの衝突や摩擦が必要だ。
 いずれやってくる魔族との交渉のためにも、
 それらの経験値は必要不可欠」

メイド長「ゲートは、壊れてしまったのですからね」

魔王「ああ」
メイド長「早かったですね」

魔王「だが、だからといって伝統や慣習に
 こだわる守旧派勢力が勝たないとも限らない。
 いや、事実それらの勢力は今まで勝ち続けてきたはずだ。
 それなのに、その賭に出た。
 一回も見たことがない勝利に賭けた。
 その商人の魂に、深い敬意を抱くよ」

メイド長「あとは、勝負ですか」

魔王「そうだろうか。時間との、相手の覚悟との、
 押しとどめようとする勢力との勝負だろう。
 でも、いずれ同じ事。二つの世界は“異世界”など
 ではなかったのだ。
 いずれ誰かが気が付いて、二つの世界の垣根は
 ぐっと引き下げられていただろう。
 それがゲート破壊と云う手段かどうかは判らないけれど

   魔力や法力による操作をしなければ行き来できない
 ゲートがなくなったことで地上と地下世界はいっそうの
 接近を迎えた」

767 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 21:53:37.40 ID:BJlDi/AP

メイド長「この波は、止めることは出来ない」

魔王「そうだ」

メイド長「準備が出来ていればいいのですが」

魔王「何時の場合も“十分な準備”などというものは
 存在しない。現場の工夫で乗り越えられるか否かだけだ。
 そのための支度だけは、出来うる限りしてきたはずだ。

   それに……」

魔王「見たか? メイド長?」きらきら

メイド長「はい」

魔王「すごいじゃないか! 素晴らしいじゃないか!
 これは……これだけはわたしが残していったものじゃない。

   生命、財産、自由の三つを自然権として謳っている。
 まだ旧来の信仰や神学と融合した形だが、これは明らかに
 人間性の自立や他者への友愛を含んだ、lumen naturale。
 啓蒙主義的な発想だ。
 ……この言葉は、この世界にいきている
 彼女個人が傷と痛みと精神の血の中から必死でもがき、
 探り出した自由主義の萌芽だ。

   わたしが教えたものじゃない。
 いや、教えたとしても“知識”では越えられない壁が
 存在するはずだ。教えることでどうにかなるものじゃない。

   彼女はその壁を魂の輝きで乗り越えたんだと思う」

メイド長「はい」

768 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 21:57:54.39 ID:BJlDi/AP

魔王「嬉しくないのか?
 この報告の言葉には、書いてあるよ。
 “二度と虫にはならない”、
 “それがどんなに辛く厳しくても”と」

メイド長「……いえ」

魔王「?」

メイド長「わたしは、彼女に……」
魔王「うん……」

メイド長「……なにか」

魔王「……」

メイド長「何ほどのことが出来たかと」
魔王「うん……」

メイド長「だめですね。……これは、言葉にはなりません」

魔王「……ふふ。彼女だけじゃない。見てみろ」

魔王「他にも有りとあらることが起きているようだ。
 紙を利用した記録の有用性の再発見。
 試験制度や報酬制度を含んだ官僚主義の成立。
 関税による輸入障壁に、原始的な本位制度。
 それにしても馬鈴薯本位とはね。
 なかなか上手く切り抜けたようじゃないか。商人子弟」

772 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:03:02.14 ID:BJlDi/AP

魔王「軍事にしてもそうだ。
 わたしは詳しくはないけれど
 野戦陣地や斜線陣形はこの時代の発想にはない戦術だろうな。
 戦場医療の充実、か。
 医療については確かに発想が抜けていたな。

 どれもこれも確かに教えたのはわたしだけど、
 すべてに工夫の跡がある。
 この世界に生きる人間が、この世界なりのやり方で、
 ちょっとでも何かを手にするために
 自分たちの知恵を凝らした創意の跡が見える」

メイド長「はい」

魔王「人間は、すごいな。
 世界は、すごい……。
 魔族だって負けていない。沢山の風車が回っていた。
 為替の機構だって軌道に乗ったそうだ。
 郵便の話を聞いた時には、わたしだってびっくりした。
 公共工事で病院を設立もすごい。
 獣人族、鬼呼族は互いの利益を保護するために
 共通の憲法に署名をするそうだ」

メイド長「はい」

魔王「図書館の外の世界が、
 こんなに騒がしくて
 こんなに無秩序な世界が、こんなに愛しく思える」

メイド長「まおー様?」

魔王「ん?」

774 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:06:56.60 ID:BJlDi/AP

メイド長「泣いて、いるんですか?」

魔王「え?」

メイド長「まおー様」

魔王 こしこしっ
メイド長「……レディはハンカチを使うものですわ」

魔王「ん」
メイド長「辛いのですか?」

魔王「いや、違う。たぶん」
メイド長「はい」

魔王「ちがうよ。これは。
 涙だけど、おそらく泣いている訳じゃない。
 良かった。そう思っている

 多分、わたしは、ちょっとだけ
 誇らしいんだ。

 わたしの手柄じゃないけれど
 この世界が、好きなんだ」

メイド長「――わたしもそう思っています。
 出会って、良かったと」

780 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:26:08.63 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、修道院裏手の広場

ギィンッ!

勇者「……はぁっ、はぁっ」
女騎士「はっ、はぁっ……はぁっ、はぁっ」

ギンッ! ギンッ! ザシュッ!

勇者「せいっ!」
女騎士「やぁっ!」

ギィンッ!

勇者「気合い入ってるな」
女騎士「まだまだぁっ! はっ!」

勇者「こっちだっ!」

ヒュバンっ!!

勇者「~っ! “加速呪”っ!」
女騎士「“瞬動祈祷”っ」

ギン!ギン! ガギン! ギッ! ギガッ! ガガっ!
 キンキンキンキン! ザシュ! ヒュバッ!

勇者「や、るなぁっ! せやっ!!」
女騎士「ま、だだぁっ!」

ジャギンッ!!

783 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:29:31.81 ID:BJlDi/AP

勇者「すごいな、腕が上がったのか、気合いか」
女騎士「両方だ」

じりじりっ

勇者「んじゃ、こいつで、仕舞いだっ! はぁぁ!」
女騎士「っ! “光壁三連”っ!」

ヒュバウッ!! シュバァァァーーッ!!

女騎士「~っ!! って、うわぁぁぁっ」
勇者「で、おっしまい」 ぴたり

女騎士「……っ」
勇者「俺の勝ち~」 だばだば♪ だばだば♪

女騎士「くっ……」ぷいっ

勇者「女騎士から稽古しようって云ったんじゃん」

女騎士「それはそうだが、悔しいものは悔しい。
 この悔しさを無くしたら、わたしは弱くなる。
 だからこの場合、悔しいのは正しんだ」

勇者「そっかそっか」 とさっ
女騎士「どうした?」

勇者「俺もちょっと休憩」

784 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:31:32.79 ID:BJlDi/AP

女騎士「髪は、切ったんだな」
勇者「うん。切って貰ったぞ」

女騎士「その方が良い。似合うぞ」
勇者「そうかな。頭が軽いと調子が良いな」

女騎士「じゃ、勇者は不調にならないな」

勇者「ああ、そうな」

勇者「……」
女騎士「……」

勇者「ちょっと待て、それどういう意味だ!」
女騎士「いや、他意はないんだ。軽口だ。ほんとだ」わたわた

勇者「……そ、そか? お、おう」
女騎士「……」

女騎士(ど、どうする。勇者の態度も不審だぞ。
 こっちまでドキドキしてきた。剣を捧げてから
 二人きりなんて無かったしな。ってか、顔おかしいか?
 わたしはもしかして赤面しているんじゃないのか!?)

勇者「……あー」女騎士「なんだ勇者っ」

勇者「なんでもない」

女騎士(な、なんであんな口調で返事してしまうのだっ
 わたしの脳みそのほうが最軽量かっ!?)

786 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:34:03.74 ID:BJlDi/AP

勇者「まぁ、女騎士は防御が固いけど」
女騎士「う、うん」

勇者「大きな技ほど光壁で止めようとするからな。
 自分の力量と停止力に自信があるんだろうけど」

女騎士「そうかな?」
勇者「わりとな」

女騎士「そうか……」

勇者「……あ、えーと」
女騎士「?」

勇者「けなしてるんじゃないからな?」
女騎士「そんなことは判ってる」ぷいっ

勇者「……」
女騎士「……」

勇者・女騎士「その」

勇者「あ、どうぞ。」
女騎士「そか……その、だな。勇者」

勇者「ん?」

女騎士「さっきも使ってた、剣がふわってぶれて、
 霞んで消える技な。気配も消えてしまう技」

789 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:36:19.21 ID:BJlDi/AP

勇者「ああ、勇者剣技その46なー」

女騎士「そうなのか? 昔からたまに使うよな。
 あれを覚えたい、見せてくれないか?」

勇者「そりゃ、無理だろう」
女騎士「そうなのか?」

勇者「だって、勇者の剣技だしなぁ。特別なんじゃないか?」
女騎士「やって見なきゃ判らないだろう?」 勇者「……それもそうか」

 かちゃ

勇者「こんな風に構えるだろう? いや、足はどうでもいいや。
 とにかく、剣を敵に向けて半身だ」
女騎士「ふむ」

勇者「で、左手の薬指で、重心を取るみたいに力を抜いて」
女騎士「剣を落としちゃうじゃないか」

勇者「そこはバランス取るんだよ。手のひらで柄が
 ぶらぶらする感じだ」
女騎士「なんて適当な技なんだ……」

勇者「そしたら、剣の刀身から魔素を吸い込むような気持ちで」
女騎士「詠唱するのか?」

勇者「いや、気持ちだけ。そんな気分で、周辺の空間を掴んで、
 引っ張るわけだよ、こうきゅーっと。で、いてもうたる! と」 女騎士「いきなり難しいぞ、おいっ」

勇者「だって、そういう気分の技なんだ」
女騎士「気分で技を作るなっ」

791 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:38:37.34 ID:BJlDi/AP

女騎士「まったく信じられないな」

勇者「そう言われても」

女騎士「人に教えるのも向かないのは判ったよ」
勇者「自分でも判ってる」

女騎士「……しょげてるのか?」
勇者「いや、そんなことはないけど。
 でも、壊したり殺すのが得意でも、あんまり面白くはないぞ」

女騎士「……そっか」
勇者「そういうもんだ」

女騎士「……」
勇者「……」ぶるっ

女騎士「冷えてきたな。修道院に戻ろう、暖かいものでも出すよ」
勇者「そうすっか」

女騎士「そしてその後、膝枕をする」
勇者「はぁ!?」

女騎士「少しでもハンデを埋める」
勇者「何の話だ」

女騎士「いいではないか! 協力してくれてもっ!
 胸は追いつけないんだから。太ももくらい使わせてくれっ」
勇者「……な、何で怒ってんだろう」

女騎士「これでもわたしは遠慮しているのだ。欲求不満だぞっ」

796 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:45:04.65 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、談話室

魔王「慰安?」
勇者「旅行?」

メイド長「はい」

魔王「なんだそれは? 天文学用語か?」
勇者「いや、それはないだろう」

メイド長「古代から伝えられるメイドへの報償です」

魔王「そうなのか?」くるっ
勇者「俺にふるなよ。聞かれたって知らないよ、そんなの」

メイド長「間違いございません」

メイド姉「旅行?」
メイド妹「おねーちゃん、それってなに?」

魔王「あー。遠くへ行くことだな」
勇者「旅みたいなものだ」

メイド妹「お引っ越し?」

魔王「いや、引っ越しは伴わない」

メイド妹「じゃ、屋根無し? 家無し放浪?」 じわぁ

勇者「なんか、生い立ちが忍ばれて胸が痛むな」

797 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:46:34.57 ID:BJlDi/AP

メイド長「慰安旅行というのは、普段家事に追われている
 メイドに対する最高の報酬であり、
 古来様々な文献において、絶賛されている休暇のあり方です。
 神代のギルドには専用の役人や部署まであったとか」

メイド姉「はぁ」

勇者「それは、どんなことをやるんだ?」

メイド長「まずは遠隔の景勝地へと赴きそこに宿を取ります」

魔王「ふむ」

メイド長「宿には当然他の使用人がおり、
 炊事洗濯掃除と云った日常的な雑事をメイドに代わり行います。
 普段は家事に忙殺されているメイドを解放する。
 それが慰安旅行の目的です」

魔王「つまり、休日か。なるほど、云われてみればもっともだ」

勇者「そういえば、そうだな。
 二人にはお休みらしい休みもなかったもんな」

メイド長「さらに云えば、慰安旅行には温泉がつきものです」

メイド妹「温泉?」
魔王「大きな風呂だな。場合によっては、
 城の大広間くらいの大きさがある」

メイド姉「そんなに!?」

メイド長「この温泉において日頃の疲れを洗い流し、
 メイドは新たなる段階へとステップアップできるのです」

798 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:50:53.85 ID:BJlDi/AP

魔王「ふむ、云わんとすることは判った」

メイド長「今回まおー様とわたしの里帰りによる長い不在。
 そのあいだこの二人のやってきた仕事と
 周囲の評価を鑑みるに何らかの報酬を与えるのが
 妥当と判断しました」

メイド妹「つまり、ごほーびって事?」ぴょんっ!
メイド姉「大人しくしてるの、妹」

魔王「うむ、この件については、
 わたしはメイド長に全幅の信頼を置くものだ」
勇者「云われれば納得だ。今まで思いつかなかったのが
 不思議なくらいだぞ」

メイド長「いえ、聞けば長い間、かなりの大騒ぎで
 それどころではなかったそうですし、仕方のないことでしょう」

魔王「わたし達も忙しかったしな」
勇者「魔王は例の広間で寝てただけじゃないのか?」

メイド長「メイド姉、メイド妹。こっちに来なさい」
メイド姉妹「はい」「はいっ」

メイド長 なでなで

メイド妹「え……」
メイド姉「あ……」

メイド長「よくやりました」

799 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:53:17.57 ID:BJlDi/AP

メイド妹「ありがとう! 眼鏡のお姉ちゃん!」
メイド姉「ありがとうございます、メイド長」

魔王「ふふっ」にこっ
勇者「よかったな!」 にこにこ

メイド長「ついては、まおー様、勇者様。お二方、加えて
 僭越ながらわたしも同じ場所に行きたいと存じます。
 他にもお誘いになりたい方がいれば準備させます」

勇者「そうなのか?」

メイド長「救出にも一役買って頂いたことですし、
 こちらでは戦争の危機回避やいざこざなどもあったそうですね。
 疲労もたまっていることでしょう。
 冬が開ければまた忙しくなるのでしょうから、
 行くとすればここがチャンスかと心得ます」

魔王「そう云えそうだな」
勇者「そうかぁ」

メイド姉「ご一緒ですね」にこっ
メイド妹「一緒一緒!」

メイド長「移動は勇者様にお願いします」
勇者「あー。転移? まぁ、手間が無いっちゃないか」

魔王「宿は取ってあるのか?」

メイド長「はい。長い伝統を誇る古城民宿でして
 目下急ピッチで準備中。3名どころか連隊規模の
 入浴にも堪える大浴場を備える雰囲気ばっちりの宿でございます」

858 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/17(木) 12:41:51.81 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”入り口

しゅいんっ!

メイド長「さぁ、到着ですよ」

魔王「なかなか綺麗になっているではないか。
 掃除したのか? 普段とは大違いだぞ」

メイド姉「ここが民宿ですかぁ、すごいです。まるでお城みたい」
勇者(いや……城だよ……)

メイド妹「すごーい! すごーい、これ壺?」ぴょこぴょこ

女騎士「ちょ、ま、まて。勇者。
 身体を休めるための二泊三日の小旅行だと
 云ったではないかっ!」

魔王「いかにもそうだが?」

女騎士「ここは、まっ。まっ。まっ」

メイド長「高級古城民宿、“まおー荘”でございます」

女騎士「嘘をつけぇい!
 どこからどう見ても民宿じゃないだろっ。
 なんだあの鎧はっ! 血の流れる絵はっ!
 何処の民宿にあんなものがあるのだっ!」

女魔法使い「……アート」

メイド長「あらあら。ゴーストのおもてなしの心は
 ちょっぴりずれていますわね」

859 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12:43:21.98 ID:z6GJxeoP

女騎士「ちょっぴりで済むかっ。く、くそっ。
 ああ、精霊様すみません。汚い言葉を使ってしまいましたっ。
 あまりの事態のせいです。お許しください。
 こんなところで死地に踏み込むとは一生の不覚っ。
 わたしが突破のための尖錐騎行をするっ。
 勇者は中衛でみんなの護衛を、
 魔法使いは後方警戒と火力支援をっ」

勇者「おちつけ」 めこっ
女騎士「何をするっ!」

メイド妹「騎士のお姉ちゃん痛そ~」

  勇者(小声)「少しは落ち着けっ!
   俺たちは魔王と一緒なんだぞ! やばいわけ無いだろっ!」
  女騎士(小声)「そ、そうであった……。すまない」

女魔法使い「仲良し……」

メイド姉「ええ、お二方は仲が良いです」

魔王「わたしだって仲良しなんだぞ。ほんとは」ぶつぶつ

メイド長「ええ、そうですとも。
 まおーさまと勇者様は仲良しですとも。
 わたしがその生き証人です」

魔王「メイド長のせいで、すごく嘘くさくなってしまったではないか」

860 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12:45:10.64 ID:z6GJxeoP

メイド姉「仲の良いことはよいことですよ」にこにこ

メイド妹「いいこと?」

女魔法使い「……比較において好ましいということ。わたしも
 メイド妹と、仲良し」すりすり

メイド妹「昼寝のお姉ちゃんと仲良し」むきゅ

   女騎士「いーやっ! わたしの方が仲良しだっ」
   魔王「仲良しにおいてはわたしに一日長があるっ」
   勇者「もうね。みんな仲良しで良いじゃないですか」

メイド長「あらあら」
メイド姉「仲良しが過ぎてなんだか大変ですね」

メイド妹「お兄ちゃんは、女の人と仲良し?」
女魔法使い「……女の人、沢山と、仲良し」

メイド妹「もてるんだね♪」
女魔法使い「……そのような解釈をすることも出来る」

  魔王「……」
  女騎士「……」

メイド長「そういえば、勇者様。執事さんは
 誘わなかったんですか?」

勇者「いや、ほら。まだ色々話していないこともあるし。
 そもそも温泉にあの爺連れてきたらどうなるか判るっしょ」

メイド長「3人子弟の皆さんは?」
勇者「みんな忙しいんだよ。それにやっぱり前述の問題が、その」

863 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12:47:56.24 ID:z6GJxeoP

メイド妹「お兄ちゃんは、男の子の友達いないの?」

女騎士・魔王 ビキィッ!

勇者「な、な、なにを云ってるのかな?」

メイド妹「一緒にお出かけしてくれる友達、いないの?」

勇者「え? あ。
 ……そんなことないすよ?
 たまたま。
 たまたまだよ?
 ほら、みんなもう要職って云うか、国家運営って云うか、
 組織の指導っていうか、いろいろあるわけじゃない?
 その辺子供にはちょっと難しくて判らないかなぁ、って
 思うんだけどさ。世の中ってのはそう簡単にはできてない
 わけですよ。ね。何事もさ。
 俺くらいの年齢になるとさ、一人で動くのがクールっていうの?
 なんでも群れて動けばいいってもんじゃないっしょ? ね?」

メイド長「そういえば、男性は勇者様一人ですね~」
女魔法使い「……独占欲」

魔王「ゆ、勇者? そうなのか? 以前から勇者の知り合いは
 どうも女性が多すぎるのではないかとうすうす感じていたんだが」

勇者「な、なにをっ」

女騎士「大体勇者が見境なくあっちの街でもこっちの街でも
 ピンチの女性や少女を都合良く発見、
 その上救出しているからこうなるんだ。
 勇者はファンクラブでも作るつもりなのかっ。
 それとも作った上で会員を増やそうと営業しているのかっ」

864 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12:50:02.67 ID:z6GJxeoP

メイド妹「お兄ちゃん虐められてる?」
メイド姉「怒られてるみたいね」

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

女騎士「大体勇者はちょっと胸の大きい女性を見ると
 すぐにぽやんとして節操というものがないっ」

魔王「良いではないか。胸くらいっ。勝手に育ったんだ。
 肉に罪はない。いつまでたっても増えないよりは利息が付いて
 健全な財務状況というものだっ」

勇者「な、何で到着早々こんな流れに……」

メイド妹「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
勇者「ううう……」

メイド妹「大丈夫。わたしが友達になったげるね♪」なでなで

女騎士・魔王 ビキィッ!

勇者「え、あ。……う、うん。ありがとう」

女騎士「勇者、まさか……」
魔王「よもやそんなことはあるまいと思っていたが」

勇者「ちがっ。ちげーよっ! 誤解だよ。
 なんか誤解に満ちてるよっ」

メイド姉「こ、こらっ。妹」ぺし
メイド妹「はう?」

865 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12:51:40.46 ID:z6GJxeoP

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

女騎士「だいたい身近に女性が複数いながら
 新規開拓とはどういう了見だっ」

魔王「勇者の所有者としても勇者の交友関係の
 性別比率については一言言わせて貰いたいっ」

勇者「ううっ。違うっ! 違うんだっ!
 今回はたまたまだったんだっ!」

女騎士「言い訳とは騎士らしくありませんね」

勇者「俺は騎士じゃないっ」

魔王「ただでさえハンデがあるというのに、
 これ以上出走馬を増やされては叶わないっ。どうにかしろっ」

女魔法使い「……勇者も受難」
勇者「助けろ、魔法使いっ」

女魔法使い「殺人事件は、常にごきげん」

勇者「意味がわからねぇ~っ」

女騎士「それもこれも勇者が悪い」
魔王「甲斐性の欠如だ。安心感と安定感がないのが悪い」

勇者「言いたい放題云いやがって!
 女は簡単に連合軍を作るから包囲戦じゃねぇかよっ!。
 わぁった! 見てやがれっ。俺だってダチの一人や二人いるんだ。
 後で見てろよっ!!」

 ひゅいんっ!

881 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 13:17:41.28 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”、客室・姉妹

メイド妹「すごいすごーい! お布団ふっかふかぁ!」

 ぼふんっ! ぼふんっ!

メイド姉「こら。いもーと。そんなことしないの」
メイド妹「だって、ふっわふわだよぉ? すっごいよ?」

メイド姉「そ、そう?」
メイド妹「うんっ♪」
メイド姉「そうなんだ……」
メイド妹「お姉ちゃんもしようよっ!」

……ぼ、ぼふっ

メイド姉「わ、すごいっ」
メイド妹「でしょー? これ何で作るのかな? 綿かな、藁かな」
メイド姉「鳥の羽で布団を作るって読んだことがあるわ」

 ぼふんっ! ぼふんっ!

メイド妹「そうなんだ! すごいねぇ。鳥さんの羽で
 こんなふわふわ布団になるのかなぁ。――あ」
メイド姉「どうしたの?」

メイド妹「こっちにドアついてる」

とてて、ガチャ

メイド妹「わぁーっ!」
メイド姉「どうしたの?」

882 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 13:18:33.66 ID:z6GJxeoP

メイド妹「なんかね、洋服が一杯掛かってる。
 あと、リネンとか、お風呂もついてるよー」

メイド姉「温泉? 広間くらい広いの?」

メイド妹「ううん。お屋敷のと同じくらいだよ」
メイド姉「そうよね。メイド長も人が悪いから……。
 大広間ほどのお風呂があるなんて、大げさよ」

メイド妹「だよねっ!」

とてて

メイド姉「でも、とっても素敵なお風呂ね」
メイド妹「うんっ。あ、お姉ちゃん!」

メイド姉「なに?」
メイド妹「この石鹸、薔薇の花の形してるよ?」
メイド姉「わぁ……」

メイド妹「すっごいね!」
メイド姉「うん、うんっ」

メイド妹「後で入ろうね!」 メイド姉「そうね。二人で入るには大きいくらい」

メイド妹「お姉ちゃんとお風呂だぁ」
メイド姉「そんなにはしゃがないの」
メイド妹「髪も洗って~♪」
メイド姉「はいはい」 にこっ

887 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 13:34:15.13 ID:z6GJxeoP

――魔王城、最下層、冥府殿の扉

女魔法使い「……」
メイド長「どうでしょう?」

女魔法使い「……反応はない」
メイド長「消失しましたか?」

女魔法使い「……判らない。でも」
メイド長「はい」

女魔法使い「この扉を破ったのは、勇者?」
メイド長「そうです」

女魔法使い「……」
メイド長「……」

女魔法使い「……残留思念の止揚結界も、破壊されている」
メイド長「やはり……」

女魔法使い「おそらく、もう継承は行えない。もしくは」
メイド長「もしくは?」

女魔法使い「……世界全てで無秩序に継承が行われる」
メイド長「では、魔王の霊は?」

女魔法使い「世に、放たれた」

893 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:03:21.90 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”、客室・姉妹

こんこんっ

魔王「おーうい、姉~。妹~」

ぱたぱたっ

魔王「わたしだ」

ガチャ
メイド姉「あ、はい当主様っ」
メイド妹「当主のお姉ちゃん、どうしたの-?」

魔王「なにをしていたのだ?」
メイド姉「いえ、お風呂に入って、着替えようかと」
メイド妹「うん。あのね、あのねっ。石鹸が可愛いんだよっ」

魔王「丁度良かった。お風呂に入るぞ」

メイド姉「はい?」

魔王「風呂は、少し離れた場所にあるのだ。案内に来た」
メイド姉「え? ……そのぅ、別の場所?」

魔王「そうだ。着替えだけ持ってゆこう」
メイド姉「は、はいっ」

  メイド妹「ぱ、ぱんつー。ぱんつどこやったっけー」
  メイド姉「妹のは、こっちの袋っ」

魔王「ふふふっ」

894 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:04:22.81 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”、大温泉

ドドドドドド!

メイド姉妹 ぽかーん

女騎士「んぅ。熱くて心地よいな」
メイド長「手前に行くほど浅くて温くなっていますよ」

女騎士「わたしは熱い湯が好みなのだ」
女魔法使い「……茹で騎士」

ドドドドドド!

メイド姉妹 ぽかーん

魔王「何を硬直しているのだ?」

メイド姉「だ、だって。お風呂に滝がありますよっ!?」
メイド妹「お風呂なのに天井がないよぅっ!?」

魔王「そんなことを云われても。それが温泉なのだ」

メイド姉「そ、そんな」おろおろ
メイド妹「湯気で真っ白でふわふわだよぅ」わたわた

メイド長「これ。取り乱さないで落ち着きなさい」

メイド姉妹「はいっ」びしっ

895 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:05:28.33 ID:z6GJxeoP

メイド姉「温かい……」

メイド妹「うん、熱々~」
メイド長「真っ赤ですよ、妹」

メイド妹「でも、平気~」ふらふら

女騎士「こらこら。ふらついているじゃないか」

女魔法使い「……南方寒冷地に住む人々は、
 普段このような熱い湯に長時間つかる習慣がない。
 それだけに耐性が低い」

魔王「そうなのか。風土的なものなのだな」

メイド姉「妹ったら、みんなと一緒のせいではしゃいでるんです。
 ごめんなさい。ちょっとあがってれば平気だよね?」
メイド妹「うー」

女魔法使い「……“氷の息吹”」ひやっ
メイド妹「ひゃうっ!?」
女魔法使い「……回復した」

ざざーん

魔王「うん。久しぶりだが、心地よいな」
女魔法使い「……」じぃっ

魔王「どうした? 魔法使い殿」
女魔法使い「なんでもない」

魔王「同じ一族ではあるが、入れ違いになり、
 あまり話も出来なかったな」

女魔法使い こくり

896 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:07:41.63 ID:z6GJxeoP

魔王「わたしは魔王で、専門は経済学と金融史だ」
女魔法使い「……魔法使い、伝承学」

魔王「そうか。勇者の、仲間だったのであるな」
女魔法使い こくり

魔王「勇者は、どんな人だった?」

女魔法使い「ばか」

魔王「そうか」
女魔法使い「……人を救うばか。損ばかりしている」

魔王「そうか……」

女魔法使い「魔界の勇者」
魔王「ん?」

女魔法使い「――人界の魔王は、好ましい?」

魔王「勇者のことは……。うん、大事な人だ。
 ……勇者は、なぜ王にならなかったんだろう?
 あれだけの戦闘能力、行動力、優しさ、
 そして勇者であるという、その名前の価値からすれば
 王になっていて当然なのに」

女魔法使い「……」

魔王「魔界に勇者がやってくる時、それはわたしの予想では
 まだ5年は先だったけれど、その時はきっと地上の王として
 やってくると思っていた」

897 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:08:37.17 ID:z6GJxeoP

女魔法使い「……ばかだから」
魔王「そうか」

女魔法使い「……」

魔王「勇者が人間の、地上の世界を統べる王となり、
 地下世界に攻め込む。
 わたしは魔族の希望を一身に背負う一人の勇者として
 地上世界にいる勇者を目指して討伐の旅に出る。
 ……そんな物語もあったのかな」

女魔法使い「意味はない」
魔王「ない、か」

女魔法使い「……その旅にきっとあなたはいない」
魔王「そうだろうな。わたしは、戦闘はからきしだ」

女魔法使い「……」
魔王「……」

女魔法使い「……」じぃっ

魔王「どうしたのだ? 魔法使い殿。わたしの内側に、
 何か見えるのだろうか」

女魔法使い「……でかい」
魔王「は?」

女魔法使い「……」
魔王「こっ、これは。い、いや。見ないでくれ」

899 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:11:49.92 ID:z6GJxeoP

メイド長「いえいえ、そうは参りません」すちゃ
女魔法使い「……こっちは美乳」

魔王「なっ」

メイド長「彼我戦力差を考えた上でも、
 ここは物量による飽和攻撃を敢行すべきかと存じます。
 駆け引きや、胸を温めるような幼い想い。
 そのようなものは圧倒的な戦力における理性の蹂躙の前には
 小枝で支えた抵抗線です」

女騎士「小枝とか云うな」
女魔法使い「……ちっぱい」ぷくっ

魔王「そうはいっても、わたしはこの胸にそこまで自信が
 持てないのだ。たゆたゆして落ち着かないし、形だって
 ちょっともったりしているというか……」

女騎士「重力に魂を引かれるのがそんなに自慢かっ」じわっ

  メイド妹「お胸のはなし?」
  メイド姉「わたし達は年齢なりだから。
   ほら、向こうで髪の毛洗おうね」

メイド長「いーえっ。男性の好みは女性の美意識とは
 自ずと違うものっ。指ののめり込むような柔らかさの中に
 殿方を引きつけてやまない甘い毒があるのですっ」

女騎士「~っ。一部の大国の専横が価値観を歪める。
 そのような無法がまかり通って良いのかっ!?
 我が湖畔修道院はそのような横暴には断じて抵抗するぞっ!」

901 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:14:17.71 ID:z6GJxeoP

魔王「そ、そうなのか? こんな駄肉でも価値があるのか?」
女魔法使い「……魔王は、だいたい傾城将軍たゆんと同じくらい」

魔王「第3巻で負けたではないかっ」
女魔法使い「……人気に応えて5巻で再登場」

女騎士「虐げられた、貧しい暮らしに甘んじている
 心優しき人々の切なる願いを貴様はむげにするのかっ!」

女魔法使い「……大丈夫。そういう趣味の人もいる」

メイド長「あらあら、まぁまぁ。
 せっかくの機会を設けましたのに、
 審判たる勇者様がいませんと話にオチがつきませんね」

魔王「む、む、胸で人の価値を計るべきではないっ!」

女騎士「おお! 珍しく合意点が見つかったな!! そうだ!
 人間の価値は胸のサイズで計られるべきではないっ」

女魔法使い「……理知の光で真実を照らす。啓蒙主義」

  メイド妹「お姉ちゃん達、難しい話をしてるね」
  メイド姉「そうね。ほら、お耳に水が入っちゃうわよ?」
   ざざー。
  メイド妹「ううっ」ぶるぶるっ
  メイド姉「あのお話は皆様に任せましょうね」

メイド長「こうなっては、決着は次の勝負に持ち越しでしょうか」
魔王・女騎士「勝負?」

メイド長「はい、宴席を用意しておりますから」にこっ

905 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:24:09.44 ID:z6GJxeoP

――辺境の森

きつね「きゅーん」

勇者「た、たのむっ。俺の友達になってくれっ!」
きつね ダダダッ

たぬき「もっきゅー」

勇者「お友達からお願いしますっ!」
たぬき ビク

くま「がぁぉ! ぐぉふぐぉっふ」

勇者「この際何でも構わんっ!
 ともだーちーぃ、ぼしゅぅぅぅぅ~ちゅぅ~!!!」

くま びくっ。だだだだっ

925 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:32:31.82 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”畳の広間

魔王「勇者は遅いなぁ。冷めてしまうぞ」

メイド姉「どうしたんでしょうか?」
メイド妹「おぃひぃのにね♪ わぁ、こっちのお肉も美味しい!」

メイド長「援軍要請に手間取っているのですわ」
女騎士「宴会に遅れるとは間の悪い」

女魔法使い「……来た」

 とっとっとっと、ガチャ!

勇者「待たせたなっ! ばぁあーんっ!」

 東の砦将「……」
 副官「……」

メイド姉「お帰りなさいませ」
メイド妹「お帰り、お兄ちゃん」

メイド長「あら、お二人ですね?
 すぐ食事とお酒を用意させますわ」

女騎士「勇者、遅いぞ~」
女魔法使い「……もぐもぐ」

魔王「話はともかく、まずはお酒だ。
 せっかくの慰安旅行だからなっ!」

927 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:33:59.26 ID:z6GJxeoP

勇者「だよなっ! さぁ、座ってくれ。飲もうぜっ」
東の砦将「ちょ、お、おい」

勇者「なんだよ?」
東の砦将「ちょっとこい」

  勇者「どうした?」
  東の砦将「こっ、ここはまさか」
  勇者「うん? 魔王城」

  東の砦将「だって、お前。
   黒騎士が、珍しく酒を驕るって云うから」

  勇者「おう。おごり、おごり。無料宴会」
  東の砦将「何がどうなってるんだよ。
   ってか、どういう集まりなんだよ」

  勇者「家族旅行みたいなものだよ」

メイド長「まずは一献どうぞ」
東の砦将「は、はい。……おおっと、ありがたい。
 これは……鬼呼族の米の酒ですね。珍しい上物だ」

メイド長「わたくしは、当主様の世話をさせて頂いております
 メイドの束ねメイド長と申します」

東の砦将「はぁ、これはご丁寧に。……やい、黒騎士」

勇者「?」

東の砦将「魔王の側近ってのはふかしじゃなかったんだな。
 こんな美人さんのメイド長がいるのか、
 お前、実はすごいやつだったんだな」

928 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:36:26.42 ID:z6GJxeoP

勇者「俺のメイドじゃないって。魔王のだよ」

東の砦将「そうか、魔王か……。
 もちろんあんな場所で執行委員なんてのをやってるから
 疑ったことなんか無かったが、魔王がいるんだよな。
 当たり前だが。

 俺も様々な戦場をくぐってきたが
 あのクラスの美女をメイドとして使う魔王か。
 やっと魔界の広大さが実感できた気がするぜ」

勇者「魔王か? 話すか? おい、魔王。魔王ー」

魔王「なんだ勇者? この魚も美味いぞ」のこのこ

東の砦将・副官「え?」

勇者「話してただろ? こいつが、東の砦将。
 開門都市で自治政府のとりまとめをやってくれてるって。
 こっちはその副官。いつも世話焼いて貰ってる」

魔王「おお! そうであったか! お初にお目に掛かる!
 砦将どの。あの都市の最近の安定ぶり、復興発展ぶり、
 全て聞き及んでいます。確かな手腕をお持ちのようだ」

東の砦将・副官「え?」

  東の砦将「ちょっとまてやぁ!?」がしっ
  勇者「いきなりなにするんだよ。
   魔王城なんだから魔王がいたって仕方ないだろうっ」
  東の砦将「サプライズアタックかよ! 心の準備させろよっ」
  勇者「傭兵だろっ! 出たとこ勝負で行けよっ」
  副官(副官で良かった……)

メイド姉「ほら、こぼしちゃだめよ?」
メイド妹「はぁい♪」

929 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:38:28.09 ID:z6GJxeoP

勇者「で、こっちが湖畔修道委員長でもある女騎士。
 時たま暇つぶしに将軍業もやってたりする」

女騎士「お目にかかれて光栄だ。東の砦将殿」

勇者「こっちは魔法使い。あー。眠そうに見えるが
 これでも結構強い。“出来が悪い悪夢”で判るかな」

女魔法使い「……もぐもぐ」ぶい

副官「そ、そ、それって」

東の砦将「救世の勇者の一行じゃないかっ!?
 なんでその英雄達が、魔王城で、し、しかも
 魔王と酒を飲んでいるんだっ!?

   どこの世界の家族旅行がこんな状況になるってんだよっ!!」

女騎士「おい、勇者。何の説明もしていないのか?」

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

副官「ゆ、ゆうしゃ?」

勇者「悪い、悪い。おれ黒騎士だけど勇者もやってるんだ。
 いや、正確に言えば、勇者が黒騎士にスカウトされたんだよ。
 魔王倒しに云ったら、一緒にやらないかーって」

東の砦将「……」
副官「……」

937 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:54:13.03 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”畳の広間

~♪ ~~♪
  メイド妹「んっみぃはよ~♪ んみぃだよぉ~♪」

女騎士「――飲まれているか? 砦将殿」

東の砦将「先ほど情けのないところをお目にかけました。
 すいません。女騎士様。頂いております」

女騎士「騎士様はよしてくれ。わたしのほうが年下ではないか。
 砦将殿の長年の経験や、将軍としての姿勢を聞かされて
 一度は会いたいと思っていたのだ」

東の砦将「は、はぁ……」

女騎士「さぁ、杯を交わそう。わたしのことは騎士と呼んでくれ」
東の砦将「じゃ、騎士殿」

とくっとくっとくっ

女騎士「……はぁっ!」
東の砦将「良い飲みっぷりですなぁ! ぷは!」

女騎士「そちらこそ、やるではないかっ」
東の砦将「はっはっは。傭兵ですからね。
 剣の腕、度胸、気っ風。その次に大事なのが、酒の強さです」

女騎士「あははははっ。もう一杯行こう!」
東の砦将「はっ!」

女騎士「あの街の様子はどうなのだ?」
東の砦将「開門都市ですか?」

939 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:56:17.51 ID:z6GJxeoP

東の砦将「近頃では、随分人も増えましたよ。
 最初は行商人ばっかりでしたけれどね。最近じゃぁ、
 逃げ出した人や新しい人もぼちぼち戻ってきています。
 人間の商人もね」

女騎士「人間の? ゲートは破壊されて大空洞になったのだろう?
 正式な通行許可はどこも卸していないと思うのだが」

東の砦将「商人ってやつは逞しい。
 許可があろうが無かろうが、商売のチャンスさえあれば、
 やってきますよ。
 もちろん見つかりゃぁ密貿易ってことになるんでしょうがね」

女騎士「ふぅむ」

東の砦将「……それにしてもね」

女騎士「ん?」
東の砦将「そうかぁ、勇者だったんですかい」

女騎士「どうしたのだ?」

東の砦将「いやいや。あの黒騎士ってのは、酒を飲むたんびに
 なんでこんなにいい加減なやつが、あんなに強いのかとも
 思ってましたが、勇者だったんですかい」

女騎士「ああ。勇者だ」ふわり
東の砦将「……」

女騎士「……」
東の砦将「……」

女騎士「ん?」
東の砦将「いや、騎士殿は」きりっ

東の砦将「勇者を見つめる時はとても良い眼差しをされますな!」
女騎士「か、からかうなっ!」

943 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:58:11.67 ID:z6GJxeoP

東の砦将「ってことは、勇者達はやっぱり戦争を?」

女騎士「したくはないと云うことだ」

東の砦将「そうでしょうなぁ。黒騎士はあの都市でも、
 随分そのことだけは口を酸っぱくしていっておられた。
 “魔族が嫌いな人間は俺の所へ来い。代わりに殴られてやる”
 “人間が憎い魔族は俺の所へ来い。代わりに俺が憎まれてやる”
 ってね」

女騎士「……そうか」

東の砦将「どうしたんで?」

女騎士「いや、地上世界もぐちゃぐちゃでな。
 魔族を許さないと燃え上がる中央と、
 三ヶ国同盟は対立を続けている。
 平和に暮らしたいはずなのに、誰もが手に剣を持っている時代だ」

東の砦将「そいつはぁ、仕方ありませんやね。
 あんな物騒な街に住んでいるから思うのかも知れませんがね。
 誰か偉い人が来て、全員から武器を取り上げれば
 そりゃ平和になるかも知れない。
 けれど、そんなものはお父やお母にゴチンとやられて
 喧嘩を止める子供のようなもんでしょう?
 そんなのは、本当に平和って云うんですかね?
 武器を持ったままでも握手を出来るから
 平和って云うんじゃないですかね」

女騎士「……」

東の砦将「いや、差し出がましい事を云っちまいましたね」

女騎士「出来ると思うか?」
東の砦将「魔族との共存ですか?」

944 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/17(木) 16:00:45.74 ID:z6GJxeoP

東の砦将「それは出来るでしょう」けろり

女騎士「そうかっ」

東の砦将「そんなことは自明ですよ。
 もう穴っぽこだってあいちまってる。
 今はまだ細い流れだけど、この流れが途絶えることは
 もう無いですよ。共存しなきゃ滅ぼしあいだ。
 共存するっきゃないでしょう。
 そんなものは『開門都市』を見ればすぐ判ります。
 ええ、共存できますよ。
 魔族だって人間だって、本当はたいした違いなんて無いんだ」

女騎士「うん」

女魔法使い「……問題は損害許容限界」
東の砦将「そうですな」

女騎士「どういうことだ?」

東の砦将「いずれ共存は出来ますよ。それは保証できる。
 問題は、それまでに、どれだけの血が流れるかって事です。
 その共存は五年後か、十年後か、百年後かは判らない。
 それまでに流れる血は年月に比例して大きくなるでしょう。
 もしかしたら、人間か魔族かどちらかの血を
 全て流し尽くすほどの血が必要かも知れない。
 共存は出来るでしょうが、それまで人間や魔族が
 『保つ』かどうかは別問題です」

女騎士「……」

東の砦将「キツイでしょうが、それが傭兵の見立てです。
 明日は来るけれど、今日流れる血の量は判らない」

947 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 16:11:06.40 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”畳の広間

副官「美味しいですね、これは何でしょうね?」
メイド姉「これは、野菜?」
メイド妹「にんじんだよぉ」

副官「にんじんはこんなに甘いのですか!?」
メイド妹「多分、蜜で煮てあるの」

副官「初めて食べましたよ」
メイド姉「わたしもです」
メイド妹「わたしも~♪」

副官「やぁ、なんかすごいメンバーですねぇ」
メイド姉「そうですか?」
メイド妹「お兄ちゃん? お姉ちゃん?」

副官「いやいや。皆様すごいですよ」
メイド姉「あまり気にしたことはありませんが……」

メイド妹「ねーねー。これ! これすごく美味しいよっ!!」

副官「どれです?」
メイド妹「この赤い枝みたいなの」

副官「ああ、これは大沢カニですよ。割ると中身が美味しいです」
メイド姉「へぇ……わたしも」
メイド妹「うんうんっ。たべよう!」

 ぱきっ! ほじほじ。 ぱきっ! きゅりきゅり。

副官「何か落ち着きますねぇ」
メイド姉「はい」
メイド妹「美味しいもんねぇ~」

949 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 16:18:45.22 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”畳の広間

~♪ ~~♪
  東の砦将「んっなみぃがおっどるぜぇ♪ っぽをたてろ~♪」

魔王「うむ。勇者」
勇者「どした?」

魔王「飲んでるか」
勇者「飲んでるよ」

魔王「わたしも飲んでいる」
勇者「知っているよ」

魔王「いや、知っていると云うことは知っている」
勇者「な、なんだそれ」

魔王「しかし、わたしは
 わたしが知っていると云うことを知っているか
 勇者が知っているかについて確認したかったんだ」
勇者「こ、こんがらがってきた」

魔王「そんなことはどうでも良いんだ」
勇者「魔王が言い出したんだろうっ!?」

魔王「多数の耐久財、資本財がある経済でしか成り立たない
 限定解などこの場合どうでも良い」
勇者「どうでもよさが難解になったっ」

魔王「勇者っ」
勇者「は、はいっ」

魔王「勇者、勇者、勇者っ」
勇者「さ、三連突撃ときたっ」

954 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 16:22:52.29 ID:z6GJxeoP

魔王「ほ」
勇者「ほ?」

魔王「ほーわこうげきっ!」 のしっ!
勇者「っ!?」

魔王「う。ダメだ。ここは譲らぬ、ぞ……。くぅ」
勇者「……えっと」
メイド長「あらあら、まぁまぁ。膝枕が気に入ったんですかねぇ」

魔王「……すぅ」
勇者「寝ちまったのか? 魔王」

魔王「……すぅ……すぅ」
メイド長「寝てしまいました?」

勇者「そうみたいだ」

メイド長「よっぽど思うところがあったのでしょうね。
 ……たぬき寝入りかも知れませんけれど」

          ぎく
勇者「?」

メイド長「いえ、勇者様。魔王様を寝室に連れて行って
 差し上げていただけますか?」

勇者「うん、ああ」
メイド長「では、よろしくお願いします」にこっ

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